御霊還りの桜の花姫

♢♢♢♢♢

紫紺様の邸宅も、凄い門構えの大きな屋敷だった。

それでも、本宅ではない紫紺様の邸宅は、柘榴様邸より、少し小さかった。

普通に考えたら充分に豪邸なんだけれど、柘榴様邸に先にお邪魔して驚きを消化していたお陰か、さほど震えないで済んだ。

私がちゃんと紫紺様の花姫だとわかる姿で、初めての挨拶をしたかったので、紫紺様の家に向かう前に、紗代ちゃんの家で、用意してきた花紋がちゃんと見える服に着替えさせて貰い、羽織を羽織っていた。

車を降りる前に、羽織りを脱いで、玄関に足を踏み入れた。

沢山の使用人の方に出迎えられ、視線がいっきに鎖骨の辺りに集中するのを感じて、穴が開くかもしれないな…と思ったけど、

道忠さんが、事前に、紫紺様を説得して、執事の実忠さんに花紋の画像を送り、皆んなに見せておいてくれたせいか、花紋があると確認したら、皆あっさりと受け入れてくれたようで、ホッとした。

挨拶を済ませると、私の専属の使用人を紹介された。

私専用の使用人と言われて、ちょっと前まで、小間使いみたいだった私には、畏れ多いと思ってびくついてしまったけど、紹介させたのは、花姫会の龍咲さんと昨日までずっと一緒にいた櫻葉さんだった。

『どうして花姫会の龍咲さんと櫻葉さんが?』

『私たちは、3年程前から、未来の紫紺様の花姫につかえるように、悠然様に雇われて、花姫会で働いていましたので。
この日をやっと迎えられて嬉しく思います。』

『父さんのやりそうなことだよ。嫌だったら本家に帰すぞ。どうする。』

『ダメ。ダメ。返しちゃダメ。
どうしても専属の使用人がいるなら、龍咲さんと櫻葉さんがいい。』
と焦って言ったら、紫紺様が、

『だそうだ。良かったな。』
と悪戯っぽく言った。

その後、櫻葉さんに、用意してある私の部屋に案内された。

日当たりのいいベランダ付きの広々とした部屋に、ウォークインクローゼットとサニタリールームがあって、桃色を基調にした可愛らしい部屋だった。

広いウォークインクローゼットには、椅子や姿見、着替えスペースもあり、洋服や靴や鞄がかなりの量、既に、置いてあった。

『えっと、中の服や鞄は?』

『忍葉様のものです。何も無いと困りますから。最小限は、こちらで揃えさせて頂きました。お気に召しませんでした?』

…最小限…?

『いいえ。そんなことは全く‼︎一杯あって、驚いただけです。』

お祖父ちゃんの家に行く時に用意して貰った物だけで、十分だったから、驚いてしまった。

サニタリールームは、客室じゃないせいか、流石に、お風呂とトイレはなかったけど、
シャワー付きの洗面台に、化粧スペースまでついていた。

これが私の部屋…?

雲の上を歩いている気分になって来た。

慣れるのかな?というか、こんな贅沢に慣れていいの? あっ、でも、紫紺様と生きて行くって決めたから、慣れた方がいいんだよね?
いや、でもこれは…と、暫く葛藤してしまった。

暫く頭の中で押し問答をした結果、なるようになるから、棚上げして置くことにした。

部屋の確認が済んだら、紫紺様との生活スペースに案内して貰うと、
リビングに紫紺様がいた。

『部屋は、もう見てきたか?』

『はい。何もかも揃っているし、広すぎてビックリしたけど、可愛かったです。』

『そうか。気に入ったなら良かった。』

『ここは俺が案内するから、下がっていいぞ。』

『はい。失礼します。』
と言って、櫻葉さんが、リビングから出て行った。

広いリビングの奥に柘榴様邸にはなかったキッチンがあった。

『わあ〜凄い。キッチンがある。きっと柘榴様の家みたいに料理人がいるから、キッチンは無いと思ってた。IHが3口もある。すごい、すごい‼︎
…アレ。でもこれ…、新品じゃない?』

まさか?と思って紫紺様を見る。

『忍葉が、出汁の取り方を教わっていると聞いて、用意した。間に合って良かった。』

『えっ‼︎それだけで…?こんな凄いキッチンを…⁉︎』

『一般家庭とそう変わらないだろう?』

『えっ‼︎設備が最新だよ。それに、ファミリー向けの大きさじゃない。2人なのに。』

『家族はいずれ増えるだろう?それも見越して作った。あの出汁は、忍葉の家庭の味なんだろ?なら子どもにも食べさせたいんじゃないかと思ったんだが、違ったか?』

『えっ⁈こっこども…。』

全く考えていなかった次元の言葉に、衝撃を受けつつも、

『うん。食べさせたい。

小さい頃、ご飯を美味しいねっ。って食べた温かくて幸せな気持ちと出汁の味は繋がってた。

病院で、料理長の辰ちゃんが作ってくれたお弁当を食べたとき、愛されていて、ここに居ていいって安心してた気持ちを思い出した。

お祖母ちゃんは、昔からずっとあの出汁で料理を作っていたから。

あの出汁で作った料理を食べると、ホッとする。あ〜家だって。
そういう思いを子どもにもして欲しい。』

『あー、これで味噌汁も、茶碗蒸しも作れる。本当は、昨日か、今日、作って、紫紺様に食べて貰うつもりだったけど…、色々あったから…。もう機会はないと思ってた…。
嬉しい、ありがとう。紫紺様。』

『そんなに喜んでくれるなら、作って良かった。忍葉の作った料理食べたいしな。楽しみだ。』

ちょっと待って…アレ…?
プロの料理人が作った料理を食べてる紫紺様に私が料理を作っていいの?
口に合うの?

しまった…そこを考えてなかった…。

『どうした忍葉?』

『えっ、あっ、私の作った料理で、紫紺様の口に合うか急に気になって…。』

『祖父母の家で食べてただろう。あそこの家の料理はなんでも美味いぞ。忍葉が作れば、もっと美味いはずだ。
俺は、忍葉の作ったものならなんでも食べたいんだから、そんなことを気にする必要はない。』

相変わらず、紫紺様は表現がストレート過ぎてこちらが、タジタジする。

それに本人を前に、惚気てる気がするけど…、紫紺様は、気づいているのかな…。

とりあえず、そこは放っておこう…。
放ってばっかだけど…。

『うん。作りたいものを作って、紫紺様にも食べて貰う。』

『それでいい。』
と言って頭をヨシヨシしてくれた。

撫でてくれるタイミングがわかってきて、自然と期待するようになってる自分がいる。

撫でられると、心地よさと満たされた気持ちがして、恥ずかしいけど、なんだかいい気分だった。

『失礼します。』
と言って、道忠さんが来た。

『準備はできたか?』

『はい。それで少しお話を。』

『わかった。』

『忍葉。話があるこっちにおいで。』

そう言って手を引かれて、ソファに座った。
隣に紫紺様も座った。

多分、お母さんたちのことだと思ったから、黙って従った。

道忠さんが座るとすぐ、口を開いた。

『忍葉様のご両親と法的に関わらないようにする為の手続きと、三枝夫妻との養子縁組について準備が整いましたので、説明と忍葉様の希望に合っているか確認させて頂きます。』

『はい。お願いします。』

『まず、少々、お話しにくいことから、話させて頂きますが、宜しいでしょうか?』

何だろうと不安になりつつ、
『はい。構いません。』
と答えた。

『裁判をしなくても、養子縁組の必要書類に、忍葉様のご両親と三枝夫妻のサインをいただいて裁判所に提出すれば、養子縁組はできるのですが、

その方法ですと、率直に申し上げますが、
忍葉様のご両親は、常識が通じない方々なので、後々、忍葉様を花王子家に奪われたと騒ぎ兼ねません。』

道忠さんの言葉を聞いて、もっと凄いことを切り出されると思っていたので、
ああ、そのことか…と変に安心した。

『気を遣わせてしまって、ごめ…、気を使って頂いてありがとうございます。
でも、もう大丈夫です。
私もそれは今回でよくわかりました。道忠さんの言う通りだと思います。』

道忠さんがホッとしたのがわかった。

『安心しました。
忍葉様のご希望は、ご両親と関わりになりたくないということでしたね。』

『はい。』

『まずここから説明した方が宜しいと思うのですが、ご両親と関わらないための法的な手続は、ややこしいんです。

簡単に説明しますと、
花姫の歴史は400年と長いのですが、時折、忍葉様のように両親に問題がある花姫様が現れることがあり、特に戦後からですが、
歴代の神獣人五族の当主たちが、親子関係に関わる法律や、親に虐待されている子どもの保護問題に取り組んで来ました。

神獣人は、表には出ませんから知られていませんが…。

手続きは私が致しますので心配いりませんが、古い法律の上に、ケース、ケースに合わせて色々な法律を作ってあるので、少々、ややこしいんです。

でも、こちらの状況に合うようにすることが可能ですので、忍葉様に合う方法で準備を致しました。

ザックリとどうするかの説明をまずさせて頂きます。

戸籍上、実親、実子となっていると、様々な生活の場面で関わりが出てきますので、
まず、親権と養育権を親から奪い、国に移し、戸籍から忍葉様を抜いて、国の保護下の状態にします。
もうこの地点で戸籍上、忍葉様とご両親は他人になります。
その後すぐ、三枝夫妻との養子縁組をします。
そうすれば、忍葉様が誰と養子縁組をしても、ご両親が口を出す権利はありません。

そのためにまず、
ご両親が親権と養育権を持っていることで、忍葉様の権利が奪われていることを訴えて、
親から国の保護下にするための裁判を起こします。こちらの準備はもう出来ています。

そうしておけば裁判記録は残りますから、後々、ご両親が不当に子どもを奪われたと騒いでも、 こちらの正当性は証明できますから問題にならなくなります。

ここまでしておきたいのは、紫紺様が、神獣人一族を纏める麒麟の次期当主であることが大きな理由になります。

花姫は国の宝と言われていますし、国民の大半は好意的ではありますが、

花姫は、花紋が現れるとすぐ、花王子家に入ります。警備上仕方ありませんし、
花王子、花姫は結びつきが強いので、
ご本人達やご本人たちをよく見ている周りの親族は、問題にしませんが、

古い慣習で、現代に合わない、花姫や花姫家族の権利を脅かしているとする反対派もいますし、
神獣人は、財力も権利もありますから、隙があれば潰そうと狙っている輩は常にいます。

紫紺様は、上位ですから尚です。

花姫を不当に奪ったと訴える両親がいれば、そこに漬け込んで、悪巧みをする連中も出て来ないとは言えません。

そういう意味でも、ご両親に親の権利が何もない状態になって頂いていた方が、悪巧みをする連中にご両親を抱き込まれる心配がなくなりますから、安心できますし、

神獣人は秀でてますから、叩ける材料が出てくれば、ここぞとばかりに叩かれますから、

面倒ではありますが、法に則って、きちんと手続きをしておけば、風評被害も最小限に留められます。

こちらの方法で進めますが、宜しいですか?』

『はい。それでお願いします。』

『そうですか。ホッとしました。

花紋の件も、今回の件もですが、花王子家に入れば、忍葉様には、人間社会には無かった神獣人社会や黄竜門家の事情を汲んで頂かないといけない場合が多くございます。

大丈夫でしょうか?』

『大丈夫かどうか、正直わかりません。
ただ、私はここに根付くと決めてきました。
だから、大丈夫じゃなくても、大丈夫になるように頑張ります。…それじゃ駄目ですか?』

『充分です。』

道忠さんにその言われてホッとした。

『あの〜、養子縁組をするのと同時にもう一つしたいことがあるんですが…』

『なんでしょう?』

『何だ?』

道忠さんと紫紺様が同時に聞いた。

言っていいものか迷っていると、

『大丈夫だから言ってみろ。』
と紫紺様が心配そうに見つめる。

『うん。あの…、名前を変えたいの。』

美羽(みう)にか?』

『うん…。

お祖母ちゃん…、一緒に住んでいた方のお祖母ちゃんが、

『お前はみっともないから、葉っぱに隠れるように忍んで生きろ。って、名前を忍葉とお母さんがつけたんだ。誰にも見えないように小さくなってな。家の恥なんだから。』
ってよく言ってた。

先週、お祖父ちゃんたちに色々、話を聞いたでしょ。

生まれる前、お母さんは、私の名前を美しく羽ばたくように、美羽って付けるって決めてたって。

普通とは違う姿で生まれた私を見て、忍葉に変えたって。

それ聞いて、お祖母ちゃんが言っていたのは、あーそういうことだったんだ。
って納得がいった。

それでも、生まれる前の私には、
愛や期待を持って美羽って付けようとしたお母さんはいたんだ。
と思って嬉しくもあったし、

美咲も美月も、「美」が付いてるでしょ。
ちゃんと姉妹だったんだって。
本当は、私は、美羽だったんだって、思ったらしっくりした。

名前を美羽に変えたら、また、お母さんがやっぱり私のことを思っているのね。
とか調子のいいことを思い込んで厄介になるかと思って悩んで諦めてたけど、

紗代ちゃんたちの養子になる‼︎
って思った時に、何かが吹っ切れた。

親が何をしてくるかを考えてしたいことをしないのを辞めようって思った。

名前を変えるなら、紗代ちゃんたちの養子になる時がいい。
紗代ちゃんと和君の娘で、三枝 美羽。
それが私だとしっくりくる。
だからそうしたいけどできますか?
何か問題があるなら無理にとは言いません。』

『忍葉がそうしたいなら。俺はいい。
これからずっとお前の名前を呼ぶんだ。
お前が自分だと思える名前で呼んだ方がいい。』

『戸籍の名前を変えるならまず、変えたい名前を使うのがいいです。
それはいつからでもできますからね。
常用した年数と、名前を変えたい事情次第で認められるかどうか違いますから、調べてみますね。 』

道忠さんの言葉を聞いたら、
檻からやっと解放される気がして、自然と顔が綻んだ。

『お願いします。』

『今から使うか?』

『沙夜ちゃんたちの養子になった日からにしたい。』

『その方がいいですね。』

『そうだな。』

『他に何かありますか?』

『美咲の花紋が消えたってどういうことですか?お母さん、元に戻らない以外教えてくれなかった。』

紫紺様と道忠さんが顔を見合わせた。

『俺たちにもわからない。ただ、消えたことは確かみたいだ。医師の神蛇か、父さんか、柘榴様なら何か知っているかも知れない。

丁度、明日、一緒に本家に挨拶に行こうと思っていたから、ついでに聞いてみるか?』

『うん。聞きたい。…挨拶…‼︎大丈夫かな。』

『忍葉は俺の花姫だ。皆んな歓迎する。大丈夫だ。』

『…そうならいいけど。』

『紫紺様のご両親も、本家の連中も、忍葉様に花紋が現れたと聞いて、大喜びしてましたから、大歓迎されますよ。

それでは、私はこれで。』

『ああ。』

道忠さんが出ていくとすぐ、櫻葉さんが来た。

『夕食の準備ができています。お運びして構いませんか?』

『ああ、頼む。』

気づけば外は真っ暗だった。
♢♢♢♢♢

今日は少し早めに起きて、まつのや旅館の料理長、辰ちゃんから、分けてもらった鰹節と昆布で出汁をとり、昨日の夜、用意して貰って置いた食材を使ってだし巻き玉子と味噌汁を作った。

昨日の夜、使用人の方が運んでくれた夕飯を紫紺様と食べていて、朝、昼、晩と、上げ膳据え膳が続く日々を思ったら、

自分の世界がガラッと変わりすぎて、立ってる場所を見失うようなそんな感覚を感じて、
無性に恐くなった。

1日の何処かで料理を作る習慣を守ることと、お出汁の味が、自分でいられる支えになる気がした。

特に、今日は、本家に挨拶に行く。

だし巻き玉子と味噌汁を食べて望みたい。

そう思って、紫紺様に作ってもいいか?調理の人に聞いて貰えないかお願いした。

紫紺様は、忍葉がしたいようにすればいいし、せっかくだから、全部、忍葉が作った朝食が食べたいと言ってくれたけれど、

それはそれで紫紺様の家に来て初めて迎える朝に、全部自分が作った朝食を食べるのは、何が違う気がしたし、

それに紫紺様は、いいって言ってくれたけど、ホテルのレストランで家庭料理出すみたいな場違い感を感じて、
私が一食全部作っていいの?という気持ちがある。

だし巻き玉子と味噌汁を作るので後は、何か作って下さい。は、返って手間をかけるかもとか、失礼なことかもしれないと思ったけど、使用人の分もつくるから、それは気にしなくていい。

ただその日のメニューによっては対応できないことがあるので、その辺をこれからどうするかは明日相談しましょう。

と料理長の方が言ってくれた。

優しそうな人で安心した。

朝食一つで交渉が必要だから、これから暫くは大変かもしれないけど、味噌汁を作りながら、変わらないものがあるって、安心するんだなとしみじみ思った。

これがあって紫紺様が居てくれたら、凄く頑張れそうな気がしてきた。
♢♢♢♢♢

朝食を食べている時に、紫紺様が、

『自分の家のダイニングに入って、あんな風に味噌汁の匂いがしたのは初めてだ。いいものだな。』
と言ったのが嬉しかった。

思い出して、ついこの間お祖父ちゃんとお祖母ちゃんとした子どもの醍醐味の話をした。

朝食の後、少しゆっくりしてから、紫紺様と本宅に挨拶に行った。

もの凄く緊張していたけど、
紫紺様のご両親に

『浅井 忍葉です。昨日から紫紺様の家にお世話になっています。花姫としてこれから宜しくお願いします。
家に入るのが遅くなり申し訳ありません。』

とご挨拶をしたら、

『いやあ。やっと僕のお嫁さんに会えたよ〜。』

『悠君のお嫁さんは私よ‼︎』

『父さん、忍葉は僕の花姫です‼︎』

というボケとツッコミが起きて、拍子抜けした。

『間違えちゃった。ごめんね。美郷ちゃん。僕のお嫁さんは、美郷ちゃんだよ。

紫紺君の花姫にやっと会えて嬉しいよ。
ずっと待っていたからね。
ねっ、美郷ちゃん。』

えっ?緩い、凄く緩い感じだけど、紫紺様のお父様は、麒麟の当主様だよね?

普段からこうなの?今だけ?
想像してたのと違う…、

『そうよ〜。道忠から花姫が見つかったって聞いた時はもう嬉しくって、会えるの凄く楽しみにしてたのよね〜。悠君。
紫紺君は全然、教えてくれないんだから。
紫紺君の恋の応援をしようと思ってたのに。残念だわ。』

『色々あったみたいだからね。仕方ないよ。美郷ちゃん。無事、花紋も現れたみたいだし、紫紺君のところに来てくれてありがとう。忍葉ちゃん。可愛い娘ができて嬉しいよ。』

あっ、あ、困惑してる間に、会話がどんどん続いてく…紫紺様のご両親は、普段からこんな感じなのかな…

『本当‼︎これからは、なんでも相談してくれていいからね。忍葉ちゃん。』

『はい。ありがとうございます。美郷様。』

『あら、お母さんでいいわよ。』

『えっ‼︎』

お母さん…って、…結婚‼︎えっ…紫紺様と…、あっ昨日、子どもって…

一気に真っ赤になった。

『母さん‼︎忍葉は、恥ずかしがり屋なんだから。』

『大丈夫か?忍葉?』

『うん。大丈夫。ちょっと恥ずかしくなって
…。』

『やっぱり女の子は可愛いわあ。今はね、言葉数が少なくて、仏頂面をしてるけど、紫紺君もね、小さい頃は、可愛かったのよ〜。

あ、そうそう。アルバム、忍葉ちゃんが来たら見せようと思って、用意してたの。忍葉ちゃん、紫紺君の花紋見たことないでしょ。
ちょっと待ってて。』

そう言って立ち上がると、すぐ近くのサイドボードの上にあったアルバムを持って戻ってきた。

『紫紺君が生まれた頃の写真。ほらこれ、花紋。』

『わあ〜。綺麗な目の色。この目の色大好き。紫紺様が赤ちゃん‼︎凄く可愛い。……あっ‼︎一緒。本当に一緒の花紋。』

食い入るように花紋を見つめた。本当に、同じ花紋を紫紺様は胸に持って生まれてきたんだ。そう思うと胸がジーンとした。

『僕たちは、生まれた紫紺君の目の色を見て、あんまり綺麗だから、紫紺って名前をつけたんだ。

忍葉ちゃんが紫紺くんの目を色を大好きって言ってくれて嬉しいよ。』

やっぱり名前は目の色からきていたんだ。
と思って聞いてたら、
…えっ‼︎あっ?…私…、大好きって言った…⁈……つい…思わず…言った…あぅ…。まさか自爆するとは…。

真っ赤になって俯いてると、紫紺様が頭を撫でてきた。
紫紺様が、今、どんな顔してるかわかる。
もう顔があげられない。
どうしようと思ってたら、

『見ちゃうわよね〜。私たちも忍葉ちゃんの花紋の画像、実忠に見せて貰った時、感慨深くってジッと見ちゃったわ。あ〜、ちゃんと桜が咲いた日、忍葉ちゃんは生まれてきて、紫紺君に会ったんだって。ね、悠くん。』

と美郷様が話し始めてホッとした。

『うん。あの桜が咲いた日から、ずっと会えるのを心待ちにしてきたからね。』

『それに花紋が見えるように服を選んできてくれたのね。
ありがとう。間違いない。忍葉ちゃんは、紫紺君の花姫だわ。

あっ。そういえば、桜の木見に行った?』

『まだだ。先に、挨拶に来たから。』

『桜の写真は、ここにあったはず、これこれ。見て、これ始めて咲いた年の写真だわ。凄く綺麗でしょ。』

『あっ、花紋と同じ桜…。これが庭に?』

『ええ。そうよ。そう言えば…、紫紺君…、毎年、忍葉ちゃんの誕生日に桜の写真を撮って、メッセージカード書いてたわよね。
その

『母さん‼︎』

と紫紺様が強く言って美郷様の言葉を遮った。珍しく焦った表情を浮かべていた。

『えっ‼︎何?』

『きっと紫紺君、まだ忍葉ちゃんに言ってなかったんだよ〜。』

『えー‼︎そうなの?言っちゃいけなかった?』

『はあ〜。』
と紫紺様が大きな溜息を吐いた。

誕生日に、桜の写真とメッセージカードと聞いて黙っていられなくて、

『メッセージカードはもうないの?』

紫紺様がなんだか困っている?と思いつつ、聞いた。

『……………ある。』

『欲しい。欲しい。……………ダメ?』

『うっ…。あーーもう‼︎いいよ。後でな。』

『やったー。嬉しい。楽しみ。』
思わず手を叩いて喜んだら、

『忍葉は、可愛いな。』
と言って紫紺様が頭を撫でた。

いつものようにすっごく可愛いものを見る顔をして。

ボッと顔が真っ赤になったのがわかった。

『し、紫紺様…お母様たちの前で…恥ずかしいです。』
なんとか口に出して言ったら、恥ずかしさにプシュっと自分が小さくなるのを感じた。

『本当に忍葉は何しても可愛いな。』
と言って頭を優しくポンポンと叩いた。

お母さんたちの前でまさかのダブル攻撃⁉︎
自爆はするし…、…恥ずかし過ぎて戦闘不能になりそう…あぅ。

『紫紺君と花姫のこんな初々しい姿が見れるなんて、本当に感慨深いよ。』

『本当よね〜。忍葉ちゃんすっごく可愛いし…。花紋見れたし、私、涙、出てきちゃった。』

『美郷ちゃんは泣き虫だね。』
そう言って、悠然様が美郷様の頭を撫でている。

愛情表現のストレートさやスキンシップの多さは、花王子だからかとずっと思ってたけど、家系なのかも…、
それとも、神獣人は皆んなこんな感じなの?

えっ‼︎これ誰に聞いたらいいんだろう…⁈

想像していた紫紺様のご両親像が、ガラガラと崩れた。

崩れて思った。私は自分の親を社会全体の親や夫婦像として見てだんだなって…、

紗代ちゃんと和君夫婦だって、お祖父ちゃんたちだって、仲がいいし、穏やかだ。
それにそれぞれ違う。

夫婦の数だけ、夫婦の形はあるのか…、家族もそうなんだ。そう思ったら、もう縛られなくていいんだとまた、思った。

『母さんたちは、テンションが高いからな。
大丈夫か?』

『うん。大丈夫。悠然様と美郷様仲が良いね。』

『ああ。ずっとあんなだよ。時々、見てて、こっちが恥ずかしくなる。』
と仕方ないなって顔をして紫紺様が言った。

確かにあんまり堂々と親の仲の良さを見せられたら恥ずかしいとは思うけど、なんかいいなぁと思った。
急に紫紺様が真面目な顔をして、

『ところで父さん。忍葉の妹の美咲の花紋が消えたと聞いたのですが、何か知ってますか?』

美郷様を見ていた悠然様が顔を上げた。

『ああ、僕も聞いたよ。当主になってから、聞いたのは初めてだけど、花姫の長い歴史の中では、花姫の花紋が消えたことは何度かあるんだよ。先代当主の時もね。

代々、五族の当主と花姫会会長に口頭で伝わっている花姫に(まつ)わる言葉があるんだよ。

『母親の腹に宿りし時より、
誠の愛受ける花姫、
地に根付き、時来れば花開き
実り豊かに長きに咲き誇る

母親の腹に宿りし時より、
愛受けぬ花姫、
消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ、
地根付かず その身育つも、
花開くことなき

母親の腹に宿りし時より、
歪みし愛受ける花姫、
(たが)えて根付き 時来れば花開くも
狂い咲けば 儚く散る』

って言うんだけどね。

花姫は成長すると、神獣人の特徴を少し持つけど、人間だから、他の人間と変わらず、
母親の影響を強く受けて育つんだそうだ。

特にお腹に宿ってから、2歳くらいまでの3年くらいの間に、母親が子どもの心に与える影響は大きいんだって。

さっき言った言葉の通り、
花紋を始めとする花姫の体質の特徴は、心の影響を強く受けやすいんだ。

花姫が日本の宝と言われるまでになったのは、歴代の花姫の質が高かったからだよ。

だからね、代々の神獣人五族の当主たちは、花紋が現れて、質の高い花姫たちが健やかに育つように、子の育つ環境に関することに陰で色々してきてるんだ。

花姫は神獣人一族にとっては、大切な存在だからね。

忍葉ちゃんは、両親を相手に裁判を起こすだろう?親子関係に関する法の改正も、歴代当主が関わっていることが多いんだよ。』

それは道忠さんが言ってた…。

『それで、妹の美咲って子のことだけど、
あの言葉の様に、
狂い咲いていたんじゃないかい?』

『狂い咲く?』

『ああ、これは僕もどんな風になるかを知らなかったけど、柘榴ちゃんが、花紋の花がまがまがしいギラギラとした色になるって言ってたよ。』

『あっ‼︎なってた‼︎凄い濃い、ギラギラした桃色になってた。』

あの時見た色が、花紋が消える前兆だったってこと?

『花姫が現れた花姫の体は、神獣人のように神気が巡るようになるんだよ。それは知ってるかい?』

『あ、はい。神蛇先生に教えて貰いました。』

『妹の美咲って子は我儘で、人の気持ちを顧みない…、端的に言えば傍若無人な子だったろ。そういう人間は、皆、穢れを寄せ付けやすいいんだ。

そして妹は花姫だ。

花姫の体は気が巡り流れる。神気のような良い気だけじゃなく穢れもね。

神獣人は、体内で霊気を生み出しているからね。多少、穢れを貰っても、自分の生み出している霊気で、穢れを浄化できる。

だけど、花姫はそうはいかないから、花木の精霊から良い気を貰っている。
それでも穢れの浄化力はあまりないんだ。

それに対して、穢れっていうのは、気の悪くなったところを好んで巣くうからね。

体内を巡る穢れが浄化されずに、多くなっていくと花紋がギラギラしてくるんだそうだ。

そして、一定量を超えて巡り続けると、一気に花紋が消失する。

そうなったら、全く普通の人間の体には戻らないけど、花姫としての体質や機能は、ほぼ失う。

花紋が現れた花姫と花王子は、互いの気が巡るようになるんだよ。

一旦、そうなってから、
花姫が機能を失って、花姫側の気が殆ど巡らなくなると、花王子の花紋も自然と消えるんだ。

今日、翔の番の花紋が消えたと報告があったよ。美咲も翔も、花姫でも花王子でもなくなった。』

『えっ‼︎……………… 、そんな‼︎
…2人は、2人は、どうなるの?』

『一度消えた花紋が元に戻ることはないそうだ。

だけど、繋がってきた記憶は消えない。

特に花王子は生まれた時から花紋を持っていて、長い年月、一方的に繋がりを感じているからね。辛いだろうね。

それに、全く気が流れなくなるわけじゃないから、繋がりがプッツリ消えるわけじゃないらしいんだ。
それが互いにとってどんな影響を及ぼすかわからない。

僕が知っているのはこれだけだよ。

番の花紋の結びつきは強いからね。
今後の恋愛や結婚には影響はでると思うよ。
人生にも。

だけど、ただの男女として、美咲や翔がどうなるかや、美咲や翔の今後の人生は、誰にもわからないし、全て本人次第だよ。』

『そう…ですか…。教えて下さってありがとうございます。』

悠然様の話はショックだった。ショック過ぎて、それ以上何も言葉が出なかった。

『話はわかりました。父さん、母さん、今日は、帰ります。』

『そうね。それがいいわね。忍葉ちゃん。また、いらっしゃい。』

『僕たちも、屋敷の者も、忍葉ちゃんを歓迎してるからね。いつでもおいで。』

『はい。ありがとうございます。』

『行こうか?忍葉。』

『うん。』

紫紺様に促されて立ち上がると、

『今日は、お時間を取って下さってありがとうございました。これから宜しくお願いします。』
と言って、紫紺様と屋敷を出た。
♢♢♢♢♢

紫紺様が、気を使って
『桜どうする?今日は、このまま帰るか?』
と聞いてくれたたけど、

なぜかどうしても、桜の木を見たかった私は、

『ううん。桜見たい。連れてって。』
とお願いした。

『わかった。こっちだ。』
そう言って手を引いて連れて行ってくれた。

玄関の反対側にある立派な庭園の中に、その桜の木はあった。

『樹齢150年の枝垂れ桜。俺たちの木だ。』

青々とした緑の葉が、夏の日差しを受けて、キラキラ輝いて見えた。

巨木で、荘厳な佇まいをしているのに、
不思議なほど瑞々しい生気を感じられた。

吸い寄せられるように桜の木の幹に触れると、木の脈動を感じた。

私はこの木を知っている。

なぜかそう思った。

いつの間にか、側に紫紺様が来ていて、私の手を繋ぐと、桜の葉を眺めたまま、徐に話始めた。

『俺が7歳のとき夜中に、忍葉が天使の羽をつけてこの木に舞い降りてくる夢を見たんだ。

目を覚まして見にきた。

次の年、朝早くに忍葉の産声を聞いたんだ。
走ってここに来たら、満開に咲いていた。

でも、桜からは、消えてしまいそうなほど、強い哀しみが伝わってきた。

それから、毎年、桜が咲くと見に来た。
なぜかいつもわかった。

忍葉を強く感じた時も来た。

暫くは、幸せそうだった。
風に舞う花びらが踊っているように見えた。

それが、また哀しさを感じるようになって…、何年も続いたら、
それすら感じることが無くなった。

それでも、この木はあの日、咲いて以来、毎年、花を咲かせた。

桜が咲くのを祈り、花姫にいつか会えるのを願って、この木とずっと待ってきたんだ。』

そう言うと、私の方を向いて、

『忍葉。来年は、絶対、幸せな花を咲かせる。もうあんな哀しそうな桜を見たくない。
だから、もうずっと俺の側に居てくれ。』

ああ、幸せな花とはそういう意味だったのかと思った。

『はい。もうずっと、ずっと側にいます。』
そう答えた。

胸が一杯だった。
♢♢♢♢♢

家に帰ると、紫紺様の部屋に連れて行ってくれた。

私をソファに座らせると、
『ちょっと待ってろ。』
と言って、仕事机の引き出しから、何か袋を取り出して戻ってきた。

『これだ。』
素っ気なく言って、無造作に渡してきたものを受け取った。

『中を見ていいの?』

『ああ。』

何だろうと思って袋の中を覗くと、手紙?
あっ、美郷様が言ってたメッセージカードだと気付いて、一気に中身をテーブルの上に出した。

紐で縛って丁寧に束ねてある色や形が様々なメッセージカードの束がポロッと出てきた。

紐を解こうとしたら、
『下から古い。』
と紫紺様が言った。

紐を解いて、一個、一個、カードを手に取ってみた。どれも可愛いカードだった。

下から古いなら、一番下は、私が生まれた時?

束をひっくり返してみる。

天使の絵がついた白いバースデーカードだった。

『中を見ていいの?』

『ああ。』

ドキドキしながらカードを開くと、バースデーソングが鳴って、桜の木の写真が挟んであった。

子どもの字でメッセージが書いてあった。

夢中になって、順番にカードを開いていった。

カードは全部で17枚あった。
どれにも桜の写真が挟んであった。

一枚読む毎に、漢字が増え、字が綺麗になって行くのがわかった。

5行くらいのメッセージは紫紺様らしい素っ気ない文章だった。

だけど、さっき桜の木の側で話してくれたことが書いてあった。

本当にずっとあの桜と一緒に、待っていたんだと実感した。

どうしても、紫紺様の花紋が胸にあるのを確認したくなった私は、恥ずかしさも何もかも吹き飛んで、

『紫紺様、花紋見たい。見せて。』
と言っていた。

紫紺様は、着ていたシャツのボタンを外して脱ぐと、中のシャツも脱いで見せてくれた。

本当に私にあるのと同じ番の花紋が、紫紺様の胸にあった。

これが消えることがある…そう思ったら、耐えられないと思った。

知らないうちに花紋を指でなぞっていた。
愛おしくて堪らなかった。

ふいに、紫紺様が、

『忍葉、もう駄目だ。我慢できない。くすぐったい。』
と言った。

『えっ‼︎』
と思って顔を上げたら、すぐ近くに紫紺様の顔があった。

『わあっ。』
っと後ろに飛び退いてから、自分のしていたことを思い出して顔が熱くなった。

『忍葉は時々、夢中になると大胆になるな。』
そう言って笑うと、
『ちょっと待ってろ。』
と言って、頭をポンポンと優しく叩くと、奥の部屋に入っていった。

私は真っ赤になったまま、呆けて座っていた。

紫紺様が、作務衣を着て戻ってきた。

『もう今日は、出かけないからな。この方が楽だし、いつでも、花紋を見せられるぞ。』
と私をチラッと見て、揶揄うように笑った。

恥ずかしさにプシュ〜っと小さくなってしまいたかった。

『さあ、忍葉。お昼を過ぎてる。ご飯にしよう。』
と部屋を出て行こうとした。

慌ててついて行こうとして、

『あっ、待って。カード。カードしまわなきゃ。』

カードを束ねて、元のように紐で縛るのを見ていた紫紺様が、

『流石に、誕生カードの束は、重過ぎて引かれるかと思って、内緒にしていた。』
とぼそっと呟いた。

そうだったんだ…。美郷様がポロっと口を滑らせてくれなかったら、知らないままだったのか…。

『美郷様には感謝しないとね。』

『カードより、花紋の存在が重いと思う。
花紋がなくなるなんて…考えただけで、胸が締め付けられるもの。カードは、嬉しかった。部屋にしまってくるね。』

『えっ‼︎忍葉の部屋に持って行くのか?』

『…私にくれたんじゃないの?』

『いや。いつか忍葉に、渡すために書いたんだ。だけど、自分の手元から無くなる日が本当に来ると変な感じだな。』

そういうものかもしれないなと思いつつ、もうこれは誰がなんと言おうと私のだ。

『もうこれは私の宝物だから、絶対、返しません‼︎』
と取られないように胸にひしっと抱いて言うと、

『そうか。』
と言って紫紺様が笑った。

思わず見惚れてしまった。

♢♢♢♢♢

昼食の後は、紫紺様と家の料理長の竜谷 白銀(たつたに しろがね)さんと話し合いをした。

暫く名前を覚えるのに、苦労しそうだけど、
目や髪の色に因んだ名前の方が多くて、助かったと思った。

白銀さんも綺麗な白銀の髪をしていた。

毎月、1ヶ月分のメニューを立てるそうで、
紫紺様が私が来るからと、女の子が喜ぶメニューを加えるように言ってくれていたらしく、見せてくれたそれまでのメニューにはない、色々なメニューが加えられていた。

私が料理を作りたいなんて我儘言っちゃいけないんじゃ…と思ったら、察したらしい、
紫紺様が、

『忍葉、迷惑をかけると言って我慢するのは無しだ。』
と言った。

よくわかっていると思いつつ、

『でも、これ凄く考えてあるし、和、洋、中、だけじゃない聞いたことないメニューばかり…、朝食も、このエッグベネディクトとか、あと、朝食にクレープって?意外だし…どんなのか見たい。食べないのも勿体ないよ。紫紺様。』
と言ったら、なぜか白銀さんが、凄く食いついて、画像を見せて色々説明してくれた。

『紫紺様はあまり食に興味が無いようですし、仕事で召し上がれないことも多いので、段々、ここで働く者用のメニュー中心になってきてまして…、たまには凝ったものを作りたいのですが…。
興味持たれるっていいですね。』

十分、凝ったメニューに見えるけど…。
違うのか‼︎とビックリしつつ、

『やっぱり色々食べてみたいし、朝食は和食が多いから、まず和食の時に味噌汁だけ作りたい。それからまた考える。
そうしてもいいですか?白銀さん。』

『構いませんし、特別なメニューでなければ、他の者と同じメニューですから、その日に何か作りたければそうして下さって構いません。材料は大体揃っていますし、言って下さればこちらで用意します。
花姫様が家に入られますと、その家の食も変わるそうですから。楽しみにしてましたしね。遠慮はいりません。』

その言葉を聞いてホッとした。

『忍葉が作った朝食を食べたかった。残念だ。忍葉が食べたいなら仕方ないな。
だけど、茶碗蒸しもお預けか?』

『それくらいのちょっとした量のおかずならいつ作っても大丈夫そうだよ。その日のメニューによるけど。』

『そうか。ならいい。』
そう言った紫紺様が、なんだか嬉しそうに見えた。

白銀さんが仕事に戻ると、

『忍葉、学校のことももう一度、考え直したらどうだ?』
と紫紺様が言った。

『考え直すって?』

『九十九學院は、寮に入るために決めたようなものだろう。忍葉が、火傷して入院した時に、入学の話を保留にしていたんだ。

花姫になる強い抵抗がなくなれば、話は変わってくるから。

忍葉はここに根付くって決めたんだろ。ならそれに相応しい学校を選び直したらどうだ?』

言われてみればそうだ…。

『うん。そうだね。自分のことなのに、全然、気づかなかった。』

『明日、龍咲に学校の説明をするように言っておく。土曜から、ずっとバタバタしていたから、今日は、もうゆっくりしてるといい。
疲れただろう?』

『そうかな?自分じゃよくわからない。』

『俺は少し部屋で仕事をしてくる。夕飯まで休め。』

『あっ、本当は今日、仕事だったんじゃない?』

『そんなことは気にしなくていい。花姫を迎えたばかりだ。色々、あるのは皆わかっているし、普通は、花姫が現れたら、まとめて休むところを働いているんだから。
1日くらい休んだって問題ない。
道忠が上手くやるしな。』

『本当にそうなの?』

『ああ。そうだ。藍蓮はずっと休んでいただろう?』

『うん。』

『じゃあ、部屋まで連れて行ってやる。』

『えっ。いいよ。一人で行ける。』

『いいから、一緒に行くぞ。ほら、おいで。』
と手を差し出された。

言われるまま、紫紺様に手を引かれて部屋まで行った。
♢♢♢♢♢

紫紺様は、しっかり中まで入り、私をベッドに寝かせて、頭を撫でて、

『ちゃんと休め。』
と言ってから出て行った。

そのままぼんやりしているうちに、眠っていた。

目を覚ましたら、
「あー、本当だ。私、疲れていた。」
と思った。

顔を洗って、スッキリしたら、美月やお祖母ちゃん、紗代ちゃんたちに連絡していないことに気づいた。

環境が変わって、緊張というか、気が張って昂っていて気付かなかったけど、ここ数日、大変だったから疲れていたんだなと思った。

紫紺様はどうしてわかったんだろう?
後で、聞いてみようと思った。

お祖母ちゃんと紗代ちゃんに、昨日、紫紺様の家に無事について、ご両親に挨拶もしたし、皆優しいから心配いらないと電話を入れた。

安心したみたいだった。

その後で、美月に電話をすると、凄いスピードで、電話に出た。

お母さんたちが、お祖父ちゃんの家に来たことも、私が紫紺様の家に来たことや、美咲の花紋が消えたことも、藍蓮様や柘榴様から聞いたみたいで知っていたみたいで、

心配だけど、大変なんだろうなと電話が来るのを待っていたらしい。

『夜までに来なかったら電話しようと思ってた。紫紺様の家はどう?』

『えっと、柘榴様の家とそう変わらない。大きい家で、使用人が一杯いて、でも、みんな優しそう。』

『そりゃぁ。そうよ。お姉ちゃん花姫なんだから。』

『そうなのかな?キッチンを紫紺様が用意してくれたから、料理長の人と今日、相談して…

『えっ。お姉ちゃん、キッチンって、料理してるの?』

『えっと、料理ができるようにダイニングにキッチンを作ってくれていたから、少し料理もさせて貰うつもり。朝は、味噌汁とだし巻き玉子作ったし…。味噌汁は、

『食べたい‼︎お姉ちゃんの作ったご飯食べたい‼︎あ〜、どうしよう‼︎お姉ちゃん、今日、何か作る?っていうか作って、味噌汁飲みたい。だし巻き玉子も、あと、ポテトサラダと、酢豚と、肉じゃがと、あっ、唐揚げも食べたいし…。オクラも食べたい。それから、』

『ちょ、ちょっと待って⁈……どうしたの美月。』

『お姉ちゃん、あのね。…柘榴様の家の食事は美味しいし、不満があるわけじゃないけど、なんか違う…、
なんか足りないと言うか?
よくわからないけど、
とにかくお姉ちゃんの作ったご飯が食べたい。今日、食べに行っていい?』

私の作るご飯を食べない禁断症状みたいに聞こえるけど、そんなのあるの?
でも、なんか美月必死そうだし…、

『そんなに言うなら、紫紺様と、白銀さんに聞いてみる。藍蓮様や柘榴様は?いきなり出かけて大丈夫なの?』

『聞く。聞いたら電話する。』

そう言うとプツンと電話が切れた。

なんだったんだろう…。

とにかく、紫紺様にまず、聞かなきゃ。

あっ、その前に、部屋着に着替えなきゃ。

洋服のまま寝ちゃった。あーあ。
と思いながら、身支度を整えて、紫紺様の部屋の前まで来た。

ノックをして、
『忍葉です。』
と言ったら、すぐドアを開けてくれた。

事情を説明したら、

『疲れてたみたいだったけど、忍葉は、もういいのか?』

『うん。眠ったら、楽になった。何で紫紺様は疲れてるってわかったの?私、気づかなかったのに。』

『いつもとちょっと違ったから。』

『それだけ?』

『ああ。』

それじゃ全然、わからない…と思いながら、

『いい?』
と聞いたら、

『あんまり無理するなよ。』
と言った。

『うん。わかった。』

『それで、何を作るんだ?』

『わからない。美月に聞いてみる。』

その時、スマホが鳴った。

『藍蓮様がいいって。今から行くから。』

『ちょっと待って‼︎美月、一番食べたい。メインとサブを言って。』

『唐揚げ甘辛に絡めてあるやつね。それとポテトサラダ』

やっぱりそういうことかなと思うことがあった。

『紫紺様、今から、材料貰いに行って邪魔じゃない?』

『ここはもう忍葉の家だ。そんなことを一々、気にしなくていい。一緒に行くぞ。』

『うん。』
♢♢♢♢♢

材料を一通り貰ってエプロンも借りて料理を始めた。

白銀さんが材料は一通りあると言っていたけど、本当になんでも揃ってた。

料理を初めたら、紫紺様が、キッチンカウンターに座った。

『仕事はいいの?』

『いい。』

『……ずっと見てる気?』

『ダメか?』

すっごく悲壮な顔をして聞いてくる。顔がズルい。そんな顔したらダメっていいにくい。

『あっじゃ、そこでお手伝いしてくれたら、いいよ。』

『俺にできるか?』

『あ、うん。大丈夫。手を洗って紫紺様。』

『ああ。』
と言って、手を洗いに行った。

わざわざ洗面所まで行くんだ。
キッチンが今までなかった生活ってこうなんだなと思った。

戻ってきた紫紺様の前に、
解凍した鞘付き枝豆を置いて、

『こうやって中身をここに入れて、皮はこっち。全部お願いします。』

『わかった。』

そこに美月と道忠さんが、なぜか一緒に、櫻葉さんに案内されてリビングに入ってきた。

『2人がどうして一緒なの?』

『玄関で会いまして。それよりも、紫紺様は何をなさっておいでですか?』

『忍葉。これは何の作業だ?』

『枝豆の鞘取りだよ。』
と美月。

『なぜ紫紺様がその様なことを?』

『料理するのを見てるって言うから、ただ、見られてたら恥ずかしいから。』

『……そうですか。』

『道忠、決まったのか?』

『はい。それと他にもお話しが…。』

『忍葉。まだ、残っているが、道忠と話してくる。』

『うん。』

『私がやる。紫紺様、手を洗うなら、そこ。』
と美月が指を指した。

『あっ、そうだな。』

紫紺様が手を洗うと、道忠さんと、リビングを出て行った。

2人が出て行ってから、
『紫紺様の枝豆の鞘取り姿が見れるとは思わなかった。

家にキッチンがあるっていいね。家って感じする。お姉ちゃんが立っているし…。
私のお母さんは、ある意味、お姉ちゃんかも…。

さっき、お姉ちゃんが、料理するって聞いたら、もう食べたくて仕方なくなって気づいた。家庭の味って、お姉ちゃんの味なんだよ。私。』

『美月は、そうかも…ね。私の家庭の味は、旅館の出汁だったけど。』

『藍蓮様は?一緒じゃないの?』

『夜勤で、明日の昼頃、帰るはず。柘榴様も、今日は遅いって。』

『それじゃ、寂しいね。』

『うん。でも、使用人は一杯いるし、家みたいにギスギスしていないから、楽。

ただ、やっぱりお姉ちゃんが居ないと、色々、話したいことが溜まっていく。

今の変化って誰にでも話せる話しじゃないし、学校休みだし、あっても転校生になるし…、暫く大変そう。

夏休みの間は、時々、ここに来たらいいんじゃない?私も、色々、美月と話したかったし…。』

『うん。そうする。紫紺様にも、聞かないとね。あー、なんかホッとした。気づいてなかったけど、寂しかったのかも?』

『お姉ちゃんが居て良かった。ほかの花姫はどうしているのかな?みんなが姉妹で花姫ってわけじゃないでしょ。』

『どうなんだろうね。』

本当にそうだ。私たちは、今、恵まれているのかも知れない。

美咲はどうしているんだろう…。

『お姉ちゃん、終わったよ。次、何手伝う?』

『まず、それ片付けて。』

『わかった。』

『急に来て良かった?』

『うん。紫紺様は、無理するからって、そこは心配してたけど、私が作った料理は食べたかったみたいだし、

私、遠慮してて…。紫紺様の食生活と私じゃ…ね。

私が作る物を、一食丸っと食べさせてしまっていいものか?
踏ん切りがつかなかったの。

だから、味噌汁と時々、ちょっとしたものだけ作ろうと思ってた。

美月の切羽詰まった声を聞いたら、吹っ切れた。

電話でオクラって言ったでしょ。

本当は、オクラとか、茹でたほうれん草に、鰹節をかけて、お醤油垂らすみたいなシンプルなものとか、切ったトマトとか、洗ったきゅうりとか、凄くシンプルなものが、無性に食べたかったの。』

『わかる〜。私もなんでかそういうの食べたかった。』

『美月もなんだ…。なんでかな…。
あっ。食べちゃいけないって思ってたからかも…。』

『あ〜、そうかも。ちゃんとした料理が、凄いお皿で出てくるし、カトラリーも、箸だけじゃないし…。納得。』

『それはそうと、お姉ちゃんって、踏ん切りつくと、大胆だよね。』

『そう?』

『だって、踏ん切りついたからって、いきなり紫紺様に、枝豆の鞘取りさせる?
それにこないだは、告白してたし…。』

その言葉で、紫紺様の花紋を触ったことを思い出して、一気に赤面した。

『お姉ちゃん、真っ赤になって…、思い出したの?本当、恥ずかしがりだよね。』

紫紺様のご両親と話した時のことまで、思い出してきた…。

『美月、その話し後にして。手を切りそう。』

『はいはい。次は何する?』

『これ潰して。』

今、私に手を切られたら困ると思ったのか?それからは、話題は、美月がお祖父ちゃんの家から帰ってからの日々についてに変わった。

美月の話を聞きながら料理が終わる頃、紫紺様が戻って来た。

『道忠さんは?』

『帰ったよ。』

『えっ?そうなの?ついでだから、食べて行ったら良かったのに。もう遅いじゃない。』

『家に帰れば、ご飯はあるだろ。』

『そうだった。』

『ついでだから、食べていったらいいって、お姉ちゃんって、新婚っていうより、ベテラン主婦みたいだよね。女子高生なのに。』

『新婚…。』

真っ赤になったのを見て美月が、

『お姉ちゃん、そこで赤面するの?本当照れ屋だね。花姫なのに、大丈夫なの?』

『大丈夫だ。忍葉は、何をしても可愛い。』

プシュンと座り込んでしまった。

今日の紫紺様は、攻撃力が高い。

『お姉ちゃん、こっち座ってて、後、あれ運ぶだけ?』

ヨロヨロと椅子に座ると、紫紺様が頭を撫でてくる。

それを美月が面白そうに見てるのが見えた。

『美味そうだ。それに品数が多くないか?』

『うん。なんか吹っ切れたら、色々、作って食べたくなって…。』

『うん。食べよう。頂きます。』
と言ったら、

紫紺様が、
『忍葉の祖父母の家でもそうだったけど、自分の家で、大皿から、料理を取るのは初めてだな。』
と言った。

『あっ、それだ‼︎』
と美月が言った。

『無性にお姉ちゃんが作ったものが食べたかった理由。柘榴様の家の食事、美味しいんだけど、なんか足りないって思ってた。
これだった。』

『やっぱり。』

『えっ‼︎お姉ちゃん、わかってたの?』

『美月が食べたがったものって、美月の好きなものだけど、全部、大皿に盛ってた物ばかりだったし、私もなんか物足りない気がしてたから。

だから、ゴボウフライも作った。
美月好きでしょ。それに、手でとって食べれるような、しちゃいけなさそうなものが食べたかったから、美月もそうかと思って。』

『そういうことか‼︎紫紺様、時々、お姉ちゃんのご飯食べに来ていい?』

『ああ。泊まって行ってもいいぞ。
今は、両親や美咲のこともあるし、
新しい生活に慣れるまでは、互いに必要な話し相手だろう。』

紫紺様は、察しがいいなと思った。

『今日は?今日、泊まっていい?』

『ああ、俺はいいぞ。』

『お姉ちゃんもいい?』

『家の方が良ければいいよ。』

『良かった。2人で色々、話したかったんだ。なんかホッとした。話せるって大事だね。』

美月は相当溜まってたんだなと思った。

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