急に紫紺様が真面目な顔をして、

『ところで父さん。忍葉の妹の美咲の花紋が消えたと聞いたのですが、何か知ってますか?』

美郷様を見ていた悠然様が顔を上げた。

『ああ、僕も聞いたよ。当主になってから、聞いたのは初めてだけど、花姫の長い歴史の中では、花姫の花紋が消えたことは何度かあるんだよ。先代当主の時もね。

代々、五族の当主と花姫会会長に口頭で伝わっている花姫に(まつ)わる言葉があるんだよ。

『母親の腹に宿りし時より、
誠の愛受ける花姫、
地に根付き、時来れば花開き
実り豊かに長きに咲き誇る

母親の腹に宿りし時より、
愛受けぬ花姫、
消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ、
地根付かず その身育つも、
花開くことなき

母親の腹に宿りし時より、
歪みし愛受ける花姫、
(たが)えて根付き 時来れば花開くも
狂い咲けば 儚く散る』

って言うんだけどね。

花姫は成長すると、神獣人の特徴を少し持つけど、人間だから、他の人間と変わらず、
母親の影響を強く受けて育つんだそうだ。

特にお腹に宿ってから、2歳くらいまでの3年くらいの間に、母親が子どもの心に与える影響は大きいんだって。

さっき言った言葉の通り、
花紋を始めとする花姫の体質の特徴は、心の影響を強く受けやすいんだ。

花姫が日本の宝と言われるまでになったのは、歴代の花姫の質が高かったからだよ。

だからね、代々の神獣人五族の当主たちは、花紋が現れて、質の高い花姫たちが健やかに育つように、子の育つ環境に関することに陰で色々してきてるんだ。

花姫は神獣人一族にとっては、大切な存在だからね。

忍葉ちゃんは、両親を相手に裁判を起こすだろう?親子関係に関する法の改正も、歴代当主が関わっていることが多いんだよ。』

それは道忠さんが言ってた…。

『それで、妹の美咲って子のことだけど、
あの言葉の様に、
狂い咲いていたんじゃないかい?』

『狂い咲く?』

『ああ、これは僕もどんな風になるかを知らなかったけど、柘榴ちゃんが、花紋の花がまがまがしいギラギラとした色になるって言ってたよ。』

『あっ‼︎なってた‼︎凄い濃い、ギラギラした桃色になってた。』

あの時見た色が、花紋が消える前兆だったってこと?

『花姫が現れた花姫の体は、神獣人のように神気が巡るようになるんだよ。それは知ってるかい?』

『あ、はい。神蛇先生に教えて貰いました。』

『妹の美咲って子は我儘で、人の気持ちを顧みない…、端的に言えば傍若無人な子だったろ。そういう人間は、皆、穢れを寄せ付けやすいいんだ。

そして妹は花姫だ。

花姫の体は気が巡り流れる。神気のような良い気だけじゃなく穢れもね。

神獣人は、体内で霊気を生み出しているからね。多少、穢れを貰っても、自分の生み出している霊気で、穢れを浄化できる。

だけど、花姫はそうはいかないから、花木の精霊から良い気を貰っている。
それでも穢れの浄化力はあまりないんだ。

それに対して、穢れっていうのは、気の悪くなったところを好んで巣くうからね。

体内を巡る穢れが浄化されずに、多くなっていくと花紋がギラギラしてくるんだそうだ。

そして、一定量を超えて巡り続けると、一気に花紋が消失する。

そうなったら、全く普通の人間の体には戻らないけど、花姫としての体質や機能は、ほぼ失う。

花紋が現れた花姫と花王子は、互いの気が巡るようになるんだよ。

一旦、そうなってから、
花姫が機能を失って、花姫側の気が殆ど巡らなくなると、花王子の花紋も自然と消えるんだ。

今日、翔の番の花紋が消えたと報告があったよ。美咲も翔も、花姫でも花王子でもなくなった。』

『えっ‼︎……………… 、そんな‼︎
…2人は、2人は、どうなるの?』

『一度消えた花紋が元に戻ることはないそうだ。

だけど、繋がってきた記憶は消えない。

特に花王子は生まれた時から花紋を持っていて、長い年月、一方的に繋がりを感じているからね。辛いだろうね。

それに、全く気が流れなくなるわけじゃないから、繋がりがプッツリ消えるわけじゃないらしいんだ。
それが互いにとってどんな影響を及ぼすかわからない。

僕が知っているのはこれだけだよ。

番の花紋の結びつきは強いからね。
今後の恋愛や結婚には影響はでると思うよ。
人生にも。

だけど、ただの男女として、美咲や翔がどうなるかや、美咲や翔の今後の人生は、誰にもわからないし、全て本人次第だよ。』

『そう…ですか…。教えて下さってありがとうございます。』

悠然様の話はショックだった。ショック過ぎて、それ以上何も言葉が出なかった。

『話はわかりました。父さん、母さん、今日は、帰ります。』

『そうね。それがいいわね。忍葉ちゃん。また、いらっしゃい。』

『僕たちも、屋敷の者も、忍葉ちゃんを歓迎してるからね。いつでもおいで。』

『はい。ありがとうございます。』

『行こうか?忍葉。』

『うん。』

紫紺様に促されて立ち上がると、

『今日は、お時間を取って下さってありがとうございました。これから宜しくお願いします。』
と言って、紫紺様と屋敷を出た。