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「えっ?」
「君からすれば、知ろうとしなければ知ることもなかった出来事だ。気持ちのいい事件ではないし、普通の人なら知りたいと思うことすらないだろう」
「でもっ」
「自分がどんな思いをするか分かっていながら知ろうとする事こそが、大切なんだと思う。入手経路なんて、二の次さ」
僕はそう言うと、珈琲を煽った。恥ずかしさが込み上げてくるが、それすらも一緒に流し込む様に。少し冷めて適温になった珈琲は、程よい苦みを残して喉元を過ぎ去っていく。少しくさい台詞をいってしまっただろうか。……そうは思うものの、言ってしまったものはもう戻すことができない。僕は気恥しさを隠すように再び咳払いをし、僕は彼女に向き合った。目の端でウエイターが僕たちの注文品を持ってくるのは、確認済みだ。
「と、まあ僕の持論は置いておいて……どうだい。ちょうど注文したものも来たみたいだし、食べながら話さないかい?」
「は、はい」
ウエイターが彼女の前にベリーのたっぷり乗ったパンケーキを、僕の前には珈琲ゼリーを置き、お辞儀をして去って行く。その姿を見送り、僕は彼女に笑いかける。
「どうぞ、召し上がれ」
「い、いただきます」
両手を合わせ、行儀よくお辞儀をした天使は、ナイフとフォークをその細く白い手に取った。綺麗な指先と洗練された所作は、高校生とは思えない程美しい。
(……やっぱり、綺麗だなぁ)
「あの……?」
「あ、ああ、すまない。君があまりにも美しい所作をするものだから、ついね」
「えっ」
「不快に思ったのなら謝罪するよ」
すまないと頭を下げようとして、彼女がブンブンと顔を横に振る。
「い、いえっ! 確かに驚きましたけど……所作が綺麗だと言われたのは、初めてでした」
「そうなのかい? まるでドラマの女優のようだったけれど」
「は、はい。なので……その……嬉しかったです」
顔を赤く染める彼女に、僕は心臓が大きく脈打つのを感じた。白い雪のような肌が紅潮している。所在なさげにしている目が忙しなく動く様は、初心な少女の反応そのままで。
(……可愛いなぁ)
てっきり慣れているものだと思っていたけれど、どうやら現実は違うらしい。僕は内心でそう呟くと、込み上げる笑みを咬み殺すように言葉を続けた。