やはり、ここはエルシドの世界らしい。
ゲームの世界に入ってしまった、ってことか?
だけど、それなら、俺の姿まで変わっているのは変だ。
あるいは――。
ゲームにそっくりの世界に『生まれ変わった』とか?
小説や漫画なんかで時々見かけるネタだ。
それなら姿が変わっていることにも、いちおうの説明がつく。
まあ、どちらにせよ……あるいは、別の事情にせよ、俺が今『暗黒騎士ベルダ』として、エルシドそっくりの世界に存在していることは確かだ。
そのことについて、俺は不思議なほどすんなりと受け入れることができた。
もともと、現代日本にあまり未練がなかったからかもしれない。
来る日も来る日もブラック企業に勤め、ただ働き続けるだけの毎日。
キツい仕事が終わりなく続き、日々の喜びなんて何もない、疲労と苦痛、そして虚無――そんな毎日。
あるいは、俺は喜んでいたのかもしれない。
あの日々から『解放』されたことに。
とはいえ、バラ色の人生に変わったわけじゃない。
とりあえず、問題が二点ある。
まず一点目にして最大の問題。
それは、俺がゲーム内の中盤イベントで死んでしまうことだ。
そう、暗黒騎士ベルダは主人公によって殺されるのだ。
もしこれが夢じゃなく現実ならば――。
俺が殺されるという結末だけは絶対に避けなければならない。
そして、二つ目の問題
暗黒騎士ベルダは魔王ゼルファリスによって『呪い』を受けている。
自分の命令に絶対服従させるための呪いだ。
ゲーム内では一度、ベルダはゼルファリスに反逆し、自らが魔王になろうとして『呪い』の力でそれを阻止される――という場面がある。
このときもベルダは呪い殺される寸前だった。
この『呪い』にも十分気を付けないとな。
魔王の命令に反したり、意志に背いた場合には『呪い』による処罰を受ける可能性がある。
「あーあ、なんで悪役なんかに転生したんだろうな……」
俺はため息をついた。
「何かおっしゃいましたか、ベルダ様?」
隣でコーデリアが怪訝そうにたずねる。
「……なんでもない」
俺は首を左右に振った。
やっぱり……信じられないくらい綺麗な女の子だな。
彼女の美貌につい見とれてしまう。
全然女っ気がない人生を歩んできたせいか、こんな美少女が側にいるだけでテンションが上がってしまう。
ゲームそっくりの世界に転生した(かもしれない)という異常な状況にも、比較的冷静でいられているのは、俺自身のテンションが上がっていることも大きな一因だろう。
コーデリアの存在が、俺にとって一種の精神安定装置になっていた。
それはそれとして。
「気が進まないなぁ……」
「先ほどからどうされたのですか、ベルダ様」
コーデリアが不審そうに俺を見た。
「ご様子が少々……その」
「い、いや、えっと、体調が悪くてさ」
「任務に支障があるようでしたら、あたしが代わりに村人を皆殺しにしてきましょうか? たかが一つ二つの村を殲滅する程度の任務、あたしと魔獣だけで……いえ、あたしだけでも十分すぎます」
と、コーデリア。
「皆殺しなんて……簡単に言うなよ」
思わず俺は口を出してしまった。
「ベルダ様?」
ますます不審そうな顔をするコーデリア。
とっさに言ってしまったけど、怪しまれたよなぁ。
でも、こんな可愛らしい女の子が簡単に『村人を皆殺しにする』なんて言われて、思わず言ってしまったんだ。
「とにかく、任務は俺がやる。君は待機だ。いいな?」
「……ベルダ様がそう仰せでしたら」
コーデリアは従順に従った。
俺は一部隊を率いて、目標の村までやって来た。
部隊構成は俺とコーデリア、二十名ほどの魔族兵、そして魔獣が一体だ。
一時間ほどの行程を経て、目的の村にたどり着いた。
「う、うわぁぁぁぁ、魔族だぁぁぁっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
村人たちがパニックになっている。
うーん……どうしよう。
もちろん、殺すなんて無理だ。
絶対無理だ。
「ベルダ様、村人が逃げます!」
コーデリアが叫んだ。
「魔王様の命令は『皆殺し』です。一人でも逃がせば……任務未達成となり、罰を免れませんよ」
「ならば、我らが――」
数名の兵が村人を追いかける。
「あ、おい……!」
兵たちは、あっという間に村人に追いつき、その背中に剣を投げつけて――。
「やめろぉっ!」
その瞬間、俺は飛びだしていた。
体が、熱くなる。
なんだ、この感覚は――。
「力だ……」
つぶやく。
俺の中から、あふれる力。
この力の正体を、俺は知っている。
たった今、思い出した。
いや、あるいは――。
『暗黒騎士ベルダの記憶』が俺の中に唐突に現れた、というべきなのか。
ともあれ、
「【制止】【物理防御】」
俺は二つの魔法を同時に発動した。
兵たちの動きが止まり、村人の背中に当たった剣が、がきん、と跳ね返される。
一つ目の魔法で兵たちの動きを止め、二つ目の魔法で村人を剣から守ったのである。
これが――俺の魔法。
『魔法剣士』である暗黒騎士ベルダの、力か。
「ベルダ様……?」
コーデリアが不審そうに俺を見つめた。
「なぜ部下を止めたのですか」
「なぜって……村人を殺そうとしたし」
俺は半ば反射的に答える。
「理由になっていません。彼らは任務を果たそうとしただけです」
「俺は……人を殺したくない」
「……?」
コーデリアはポカンとした顔になった。
よほど驚いたのか、目を丸く見開いている。
元がクール系の美人だから、ちょっと可愛らしい表情に思える。
「一体どうなさったのですか、ベルダ様……冷酷無比にして悪逆非道、魔王様の命とあらば、いかなる残酷な所業もいとわないあなたが、たかが村一つを滅ぼすことを躊躇するというのですか」
コーデリアが俺をにらむ。
冷たい目だった。
「魔族として――まして魔王様の右腕としてあるまじき醜態です」
言いながら、腰の剣を抜いた。
しゅおうっ……。
その刀身を小規模の吹雪が覆う。
二つ名の通り、彼女は氷雪系の魔法を操るのだ。
「……俺を斬るつもりか」
ごくりと息を飲んだ。
それは――生まれて初めて味わう、本物の『殺意』だった。
ただ、不思議と恐怖は感じない。
多少の緊張感はあるけれど、それだけだ。
心のどこかで、こんな気持ちがこみ上げていた。
たとえコーデリアが斬りかかってきても、俺なら問題なく対処できる――と。
実際、ゲームにおいては暗黒騎士ベルダと氷雪騎士コーデリアのステータスには圧倒的な開きがある。
というか、魔王軍でベルダと対等のステータスを持つ者なんて、ほとんどいない。
ほぼ全員が、はるかに格下である。
だからこそ、主人公もベルダに大苦戦するわけだが――。
……どうする。
俺は内心で自問自答した。
力で退けることは、おそらくたやすい。
俺がゲーム通りの強さを出せれば、だが。
でも、俺に彼女と戦えるんだろうか?
魔族と言っても、見た目は人間そのものだ。
俺が全力を出して戦った場合、どうなるか分からない。
もしかしたら、あっさり殺してしまうかもしれない。
「最後にもう一度だけお聞きします、ベルダ様」
コーデリアが俺を見据える。
「魔王様の命令に従うか、否かを」
「俺は――」
もう迷っている時間はない。
俺の結論は――。
おおおおおおおおおんっ!
そのとき、咆哮が響いた。
「なんだ……!?」
振り返ると、
「うわぁぁぁぁぁっ……!?」
兵士たちが悲鳴とともに吹っ飛ばされているのが見えた。
その中心部にいるのは、体長十メートルくらいのモンスターだ。
外見は全身が真っ黒な狼といったところか。
ただしその額と両肩から鋭利な角が生えていた。
「ラゼルヴ!?」
コーデリアが叫ぶ。
ラゼルヴ――今回の部隊に加えている魔獣の名前だ。
「まさか、暴走している……なぜだ!」
そう、魔獣はこちらの制御を振り切り始めたようだ。
さっきまではおとなしくしていたのに、今は見境なく暴れている。
手近の魔族兵たちを一人、二人と蹴散らしていく。
――こんなイベント、ゲームにはなかったよな……!?
「逃げろ!」
俺は思わず叫んでいた。
「ベルダ様!」
「こいつは俺が止める」
言って、剣を抜く俺。
混乱はあったが、自分でも驚くくらいに冷静な気持ちも同時にあった。
あらためて対峙すると、とんでもない巨体だ。
こんなモンスターを相手に勝てるのか、俺は……!?
戦慄する。
恐怖がこみ上げる。
だけど――、
「ううう……」
「ベルダ様……」
周囲には苦しみにうめく兵士たちの姿があった。
人間だろうと魔族だろうと関係ない。
こんな状況を放っておくことなんてできない。
状況を打開できるのが、俺しかいないなら――、
「来い……!」
恐怖を押し殺し、俺は魔獣を見据えた。
おおおおおおんっ。
突進してくるラゼルヴ。
「【斬撃強化】【火炎の刃】【連撃×5】」
俺は同時に三つの魔法を唱えた。
ヴンッ!
手にした剣が赤い輝きを放つ。
炎が、刀身に宿る。
「はあああああああああっ!」
振り下ろした剣は、おそらく音速に達していただろう。
それが、合計五度。
魔法効果により速度を増した上に五連撃になった、その魔法剣は――。
ラゼルヴをバラバラにし、さらに跡形もなく燃やし尽くした。
「なぜ任務を果たさなかった、ベルダ?」
俺は魔王に問い詰められていた。
ここは謁見の間。
俺はコーデリアとともに床に跪き、玉座の魔王を見上げている。
「我が命令は村の殲滅だ。だがお前は村人を一人も殺さずに戻ってきた」
切れ長の目で俺をにらむゼルファリス。
美人が怒ると迫力が三割増しくらいになるなぁ……。
俺はそんなことを呑気に考えていた。
「彼らは逃げてしまいましたゆえ」
「追いかけて殺せばよかろう。お前の腕なら造作もないはず」
「魔獣ラゼルヴの対処で手が塞がっておりました」
俺は魔王を見上げた。
「申し訳ありません、陛下」
うーん……やっぱり怒られるよなぁ。
内心でつぶやく。
「ですが……魔獣の暴走には不審な点があります」
「――ほう?」
魔王が片眉をぴくりと上げた。
「軍の方で万全に調整された魔獣がなぜ突然暴走したのか? それも私の任務中に、まるでタイミングを合わせるかのように――」
俺は一気にまくしたてる。
まくしたてながら、あらためてエルシドの設定を思い起こす。
このゲームにおいて魔王軍は一枚岩ではない。
魔王に反目する者。
魔王に忠誠を誓う者。
さらにその中でもいくつかの派閥に分かれ、ときには他の足を引っ張ることもある。
もちろん、魔獣の暴走が仕組まれたものだという確証はない。
ただ、こうやって思わせぶりなことを言っておけば、もしかしたら――。
「……ふむ」
魔王の表情がわずかに変わった。
何か心当たりでもあるんだろうか。
きっとあるだろうな。
ゲーム内の設定や魔王軍の事情はだいたい知っているから、適当に思わせぶりなことを言っておけば、相手の方が勝手に深読みしてくれる。
これは俺にとって大きなアドバンテージだ。
「怪しむべき点を感じ、戻ってきたわけか」
「村一つを殲滅するなどいつでもできること。ですが、魔王軍の中に陛下の意志に背き、陛下の命に反する者がいるなら、これを見つけ、討滅することこそ急務、と」
「……考え合ってのことか」
「無論です。我が剣は、常に陛下のためにのみ振るわれます」
俺はしれっと言ってのけた。
即興だけど――意外とノリノリで話せたことに、自分でも驚く。
俺、こういう役を演じるの、結構好きなのかもしれない。
「申し訳ありませんでした、ベルダ様」
コーデリアが深々と頭を下げた。
「そのような深謀遠慮があるとは存じもせず、あたしはあなた様を疑い――この罪、万死に値します。どうかいかようにも罰してくださいませ」
言って、彼女は両膝をついて俺の前にかしこまった。
「いや、お前の立場からすれば疑うのは当然だ。よく俺を諫めてくれた」
俺は彼女に微笑んだ。
「そ、そんな、あたしは――」
「お前はかけがえのない副官だ。今後も頼りにしているぞ」
「っ……! は、はいっ」
コーデリアが顔を赤らめる。
ん、なんかポーっとした顔で見つめられてるな。
ゲーム内ではこの二人って反目したままなんだよな、確か。
けど、今のコーデリアは明らかに俺に対して好感を抱いているように見える。
必ずしもゲーム通りの関係性にはならない、ってことだろうか。
だとすれば、朗報だ。
俺の行動次第でゲームの内容を変化させられるなら――。
俺が死んでしまう運命を回避できるかもしれないからな。
いや、必ず回避してみせる。
その日の夜――。
「ベルダよ、やはり命令違反は命令違反だ」
気が付けば魔王が目の前にいた。
あいかわらず、すさまじい威圧感だ。
美しい瞳が俺を見つめている。
吸いこまれそうなほど深い眼光――。
そこに見とれていると、
「ゆえに――罰を受けてもらう」
魔王が俺をまっすぐ指さす。
指先がチカッと光った。
次の瞬間、
「ぐあああああああああああああああっ……!」
全身に電流が走り、信じられないほどの激痛が駆け抜ける。
こんなもの、あと数秒受けていたら精神崩壊するぞ……!
そんな絶望感とともに目が覚めた。
「……なんだ、夢か」
それにしては生々しい痛みだった。
もし本当にあの電撃を食らったら――。
考えるとゾッとしてしまった。
「なんとか呪いを解除できないかな」
右手に視線を落とす。
手の甲に魔王の紋章が赤く輝いていた。
これが『呪いの刻印』だ。
俺が魔王の意に反することをすれば、紋章を通じてすさまじい激痛が走る……らしい。
実際に食らったことはないが(食らってみたいとも思わないが)、きっと夢の中で味わったような感じなんだろう。
……絶対に体感したくない。
「あーあ、いやな夢見たな……」
俺は城の中を歩いていた。
城内の一室に俺専用の部屋があり、昨日はそこで休んだ。
で、一通り支度をして(俺の世話をしてくれるメイドが数十人単位で控えていた)、今は執務室に向かっているところだ。
その途中――長い廊下を歩いていると、
「どうした、将軍殿。考えごとか?」
誰かが話しかけてきた。
振り返ると、そこには金髪碧眼の美しい少女が立っている。
身に付けているのは魔術師風のローブ。
「……お前は?」
「同僚の名前を忘れたのかい? 冷たいなぁ」
彼女は爽やかに微笑んだ。
「私は君を親友だと思っているのに」
「親友……」
「そう、この『混沌の魔術師ヴィム』は君の大親友さ」
「そうなのか」
「……君、本当に覚えてないんじゃないだろうね」
彼女……ヴィムがジト目になった。
「いや、冗談だ」
「あはははは! 君の冗談なんて初めて聞いたよ」
「ちょっと芸風を変えたんだ」
「芸風? へえ」
ヴィムは楽しげに笑っている。
『混沌の魔術師ヴィム』。
俺、つまり『暗黒騎士ベルダ』と同じく魔王軍四天王であり、魔王軍で最強の魔術師でもある。
そして、どうやら俺とは男女の垣根を超えた親友という設定らしかった。
まあ、こいつが一方的に『親友』と言い張っているパターンかもしれないが。
「……ゲームにそんな設定あったかな?」
記憶を掘り返す。
「ゲーム? なんの話だい?」
ヴィムがキョトンとした顔をした。
あどけない顔立ちは普通の中学生か高校生の少女みたいな印象で、とても魔王軍最強の魔術師とは思えないほどだ。
「で、何に悩んでいたんだい?」
「……別に」
「呪いのことかな?」
「っ……!?」
思わず表情をこわばらせてしまった。
「あ、正解だった? あいかわらず嘘が下手だね。私の鎌かけにすぐ引っかかる」
「む……」
俺はちょっとムッとした。
対して、ヴィムは楽しげに、
「ねえ、ベルダくんは呪いを解きたいのかい?」
そう問いかけてきた。
――ベルダくんは呪いを解きたいのかい?
ヴィムの問いかけに、俺は即答しなかった。
「俺は――」
答えを、吟味する。
もちろん本音で言えば、解きたいに決まっている。
魔王の呪いを受けた状態で毎日を過ごすなんて絶対に嫌だ。
が、うかつにそうは答えられない。
『呪いを解きたい』という意思が、魔王への反逆とみなされる可能性もあるからだ。
『呪いを受けたまま働く』というのが、イコール魔王への忠誠とみなされているかもしれないからだ。
いや、その可能性は高い。
ならば、ここでの最適の答えは――、
「はは、そんなに警戒しなくても。僕が君の不利になるようなことを言いふらすとでも思った?」
ヴィムが苦笑する。
「秘密は守るさ」
「ヴィム……!」
「ま、君が『呪いを解きたがっている』という前提で話すよ。ここからは私の独り言だから、君がこれを聞いても罪に問われることはない」
「……お前が罪に問われるんじゃないのか?」
「友だちのためなら、それくらいどうってことないさ」
ヴィムは爽やかに微笑んだ。
「じゃあ、話すよ。君の呪いをどうやって解くかを――」
「『解呪の宝珠』を使うんだ」
ヴィムが言った。
「解呪の……宝珠?」
そのまんまなアイテム名だな。
「エルシドにそんなアイテムあったっけ……」
うーん、俺が知らないだけなのか、それともこの世界はオリジナルのエルシドと微妙に違うのか。
「なんだい、『えるしど』って?」
「……なんでもない。話を続けてくれ」
「『解呪の宝珠』は、とある魔族が手にしている」
ヴィムが説明を再開する。
「彼ら――『覇王アルドーザ』はゼルファリス様と対立する一派だ。次期魔王の座を狙っているという話もある。以前から魔王様は彼らの弱体化、もしくは殲滅を目論んでいる」
ヴィムが声を潜めた。
「殲滅……」
「私だけに教えてくれたマル秘情報さ。口外しちゃ駄目だよ」
「そんな重要情報を俺にあっさり教えていいのか?」
「君は親友だから特別さっ」
微笑むヴィム。
「で、彼らへの攻撃を近々始める予定なんだ。君がそれに志願して、戦いのドサクサにまぎれて『解呪の宝珠』を奪ってくればいい」
「……なるほど」
分かりやすいやり方では、ある。
それに前回みたいな人間を相手にした作戦より、魔族相手の戦いの方が罪悪感なしで戦えそうな気がする。
いいかもしれないな。
……まあ、こいつの言うことを全面的に信用するのは危ないかもしれない。
俺のことを『親友』だって言ってくるけど、ヴィムが信用に値する相手なのかどうか、判断する材料が少なすぎるからな。
ゲーム内でもベルダとヴィムの仲が良かったり、親友だったなんて設定は聞いたことがないし。
情報は情報としてありがたく受け取りつつ、行動はもう少し慎重に検討したほうがよさそうだ。
――とりあえずの方針は決まった。
俺はヴィムと別れると、城の外に出た。
他にもやることは色々とある。
まずは――。
「自分の能力について正確に把握しておかないとな」
つまりスキルテストだ。
「まずは身体能力から試すか」
俺は剣を抜いた。
「【腕力強化】」
腕の力を強化する。
剣を思いっきり振ってみた。
すると――、
ごうっ……ばきばきばきばきっ……!
目の前の空間に亀裂が走った。
「空間をも切り裂く斬撃――か。ゲーム通りだな」
これがあるため、ベルダは【腕力強化】した後は通常攻撃でもけっこうなダメージを繰り出してくる。
「次は【脚力強化】だ」
だんっ、と地面を蹴って、ジャンプしてみた。
「うおおおおおおおおっ!?」
軽く蹴ったはずなのに三十メートルくらい跳び上がってしまう。
「ふうっ……」
着地するとき、ちょっと怖かったけど、ビビってる姿を周囲に見せられない。
俺は平静を装った。
「次は攻撃スキルを試すか。周りに人がいないほうがいいよな……」
移動するか、と周囲を見回した、そのときだった。
「隊長、剣の稽古ですか」
誰かが近づいてくる。
銀髪に赤い瞳をした美しい少年だ。
額からは角が生えている。
「お前は――」
確か中位魔族でシナリオによっては主人公の仲間になるんだっけ。
ただ、その場合は途中で主人公をかばって死んでしまう。
逆に主人公の仲間にならないパターンのシナリオだと、普通に戦死する。
つまり、どうあがいても物語の途中で死んでしまう役回りである。
「ラシルド、か」
「俺の名前を憶えてくれてるんですね、光栄です!」
彼は嬉しそうに顔を輝かせた。
性格は良さそうだ。
しかも俺に懐いてるっぽいな。
こいつが、いずれ死んでしまうと思うと、なんだか複雑な気持ちだ。
いくら魔族とはいえ……こうして接していると、やっぱり情が湧くからな。
「あ、あの……」
ラシルドがおずおずと言った。
「ん?」
「い、いえ、やっぱりなんでもないですっ! すみません……」
何か言いたいことがあったようだけど、遠慮しているんだろうか。
「構わないぞ。言ってくれ」
俺は続きを促した。
「その、でも、やっぱり申し訳ないというか、俺なんかが――」
「いいよ。遠慮するなって」
俺は彼を後押しした。
「そのことで俺が君を咎めたり、罰したりすることは一切ないと約束する」
「で、では、その……」
ラシルドはそれでも遠慮がちに、
「あ、あの、一本でいいので、稽古をつけていただけないでしょうか? 俺、ベルダ隊長にずっと憧れていて、その……」
顔が真っ赤だ。
本当に、俺のことが――『暗黒騎士ベルダ』のことが憧れの的なんだろう。
「なんて、不躾すぎますよね。申し訳ありません、今言ったことは忘れ」
「分かった」
「本当に申し訳ありませんでした、隊長……って、ええええええっ!?」
反応がワンテンポ遅いな……。
「別にいいよ。剣の稽古だろ」
俺は気軽に言った。
「た、隊長が……他人に親切にしているだと……!?」
「ど、どうなっているんだ……!?」
周囲の魔族たちがどよめいていた。
「な、なんだ、俺が他人に親切にするのって、そんなざわめくレベル……?」
「天変地異も覚悟しておいた方がいいぞ」
「いや、そこまでかよ!?」
「では、いきます――」
ラシルドの全身が青いオーラに包まれた。
「スキル【身体強化】」
腕力や脚力のような特定部位じゃなく、全身の力をくまなく強化するスキルだ。
その分、特定部位強化に比べて、筋力の増加幅は少ない。
【腕力強化】や【脚力強化】が一点特化型なら、【身体強化】はバランス型といったところか。
「おおおおおっ!」
ラシルドが突進してきた。
一点特化より劣るとはいえ、さすがに速い。
「【反応強化】【脚力強化】」
俺はまず反射速度と足の筋力をパワーアップ。
ラシルドの突進を苦もなく避ける。
「まだだっ!」
反転して斬撃を放つラシルド。
俺の方は【腕力強化】が間に合わない。
しまった、間合いを詰めさせる前に腕も足も強化しておくべきだった。
ゲーム内じゃセオリーともいえる戦い方でも、実際の戦闘になると勝手が違う。
基本的なことすら上手くできない。
がきんっ!
ラシルドの繰り出した剣を、俺は自分の剣で受け止めた。
「っ……!? うあああぁっ!?」
跳ね飛ばされるラシルド。
「あ、あれ……?」
【身体強化】しているラシルドより、俺の素の腕力の方が強い、ってことか……?
「さすが隊長……身体能力が化け物すぎますね……!」
ラシルドがよろよろと立ち上がった。
……『暗黒騎士ベルダ』ってやっぱり強いんだな。
俺はあらためて実感した。
強化なんてしなくても、大概の相手には素の能力だけで勝ってしまいそうだ。
さらに身体強化系のスキルと各種の魔法まで備えているんだから、ちゃんと力を出し切れば無敵だろう。
「そう、力を出し切ればな……」
まだ『暗黒騎士ベルダ』としての戦い方に慣れていないことが、俺にとって最大の弱点だ。
早く慣れなければ――。
「では、もう一度――いきます!」
ラシルドがふたたび突っこんできた。
「【分身】【同時斬撃】!」
スキルを二つ重ねて発動する。
同時に、ラシルドの体が五つに分裂し、さらにその五人のラシルドがいっせいに剣を繰り出してきた。
いくら俺の素の運動能力た高いとはいえ、さすがに五つ同時に受けるのは難しい。
「なら、魔法でいくか――」
俺は右手を突き出した。
「【爆風】!」
ごうっ!
名前の通り、すさまじい風が吹き荒れる。
「うあああああああああっ!?」
五人のラシルドはまとめて吹き飛ばされた。
数百メートルくらい。
「……ち、ちょっと吹っ飛ばしすぎたか」
大丈夫だろうか、ラシルド?
「つ、強すぎる……ベルダ様……完敗です……」
地面に叩きつけられたラシルドはよろよろと立ち上がるが、そこで失神してしまったようだ。
俺の圧勝である。
「やっぱりベルダ様はすごいです!」
ラシルドはさっきまでにも増して目を輝かせていた。
「それよりお前、体は大丈夫か? やりすぎてしまったみたいだ……悪かった」
「何を謝ることがありますか! 真剣勝負ですから!」
ラシルドはぶんぶんと首を左右に振った。
「ありがとうございました! 俺、今日の模擬戦を励みにして、もっともっとがんばります! もっともっと強くなります!」
「ああ、がんばれ。ラシルド」
「もっと強くなれたら――いつかまた戦っていただけるでしょうか?」
「もちろん。約束だ」
「ありがとうございます!」
ラシルドの目はキラキラしている。
めちゃくちゃ尊敬されてる感じだなぁ……。
「アルドーザの討伐、だと?」
「はっ、この私にどうかお命じください、陛下」
俺は謁見の間で魔王ゼルフィリスに直訴していた。
魔王に反抗する一派――『覇王アルドーザ』の討伐任務を命じてほしい。
表向きは、魔王のために戦いたいという意思を示す行為だが、もちろん真の目的は違う。
ヴィムに教わった『解呪の宝珠』をアルドーザから奪い取るためである。
その宝珠があれば、俺は魔王の呪いを解くことができる。
そうなれば、魔王から離脱することができるだろう。
俺が、ゲーム通りのバッドエンドを回避するための第一歩だった。
「確かにアルドーザは我が軍と何度も敵対してきた。恭順か死か……何度か選ばせようとしたが、奴はのらりくらいと避け続けているのが現状だ」
と、魔王ゼルファリス。
「奴を討つとなれば、それなりの戦力が必要だ。下手をすれば、こちら側に大きな痛手が生じることもあり得る。ゆえに手出しできなかったのだが――お前なら、奴を倒せるか」
「無論です。心安んじてお待ちください、陛下」
俺は自信ありげに宣言する。
本当は不安な気持ちもあるけど……な。
それを表に出すわけにはいかない。
自信満々の態度で、魔王から『アルドーザ討伐』の命令を受けなければ。
「覇気のある顔だ。それでこそ魔王軍最強の暗黒騎士ベルダよ」
ゼルファリスは満足げにうなずく。
「よかろう。お前に命じる。我が敵である『覇王アルドーザ』を討ってまいれ」
「必ずや、陛下の御前に奴の首を捧げてまいりましょう」
俺は恭しく一礼した。
俺こと『暗黒騎士ベルダ』が率いる魔王軍・第一軍は最強と謳われている。
通称を『暗黒騎士団』。
「そのまんまのネーミングだよな、『暗黒騎士団』って」
城門の前で、俺は苦笑した。
これからアルドーザ討伐に向けて出発するところである。
「ベルダ様を頭にいただく最強の軍団――これ以上はないネーミングかと」
コーデリアが俺の隣に並ぶ。
その口元に微笑が浮かんでいる。
「ん? 上機嫌だな、コーデリア」
「みずから『覇王アルドーザ』討伐を進言したと聞きまして」
コーデリアが俺を見つめた。
「それでこそベルダ様だと」
「えっ」
「先日の任務ではベルダ様らしからぬ姿を見たような気がしましたが、どうやら考えすぎだったようですね」
ああ、疑い深そうに俺をにらんでたもんな、コーデリア。
今回の討伐進言で、俺に対する不信が一気に信頼に変わったのかもしれない。
「アルドーザは強敵だ。頼むぞ、コーデリア」
「ベルダ様の足を引っ張らないよう精進いたします」
「確かアルドーザってめちゃくちゃ兵隊が多いんだろ? 中盤のシナリオで苦労した覚えがあるぞ」
俺はソシャゲ『エルシド』の内容を思い出しながら言った。
ゲームシナリオでは、『覇王アルドーザ』は主人公の勇者に討伐されることになる。
その際の戦いで、アルドーザは無限ともいえる兵団を繰り出し、一度は主人公も敗退を余儀なくされる。
いわゆる負けイベントである。
今回は俺が主人公の代わりにアルドーザに挑む格好になるんだろうか。
だとすれば、同じように『無限の兵団』と戦うことになるわけだが――。
「いくら俺でも無限に出てくる敵を一人で倒すのは厳しい。そうなると部下の働きがキーポイントになるよな……」
当然、その一番手は俺の右腕にして副官――コーデリアだ。
「頼りにしてるからな」
「ベルダ様……?」
コーデリアが軽く首をかしげた。
俺たち『暗黒騎士団』はアルドーザの領地に向けて出発した。
奴はこの世界ではなく魔族たちの世界――『魔界』にいる。
そのため、まずここから魔界に入らなければならない。
「『次元門』ってところを通って、魔界に入る。で、その『次元門』はここから東方五十キロくらいの地点に設置してある……でいいんだよな?」
「はい。人間どもが現在、攻め入っているようですが『次元門』を守るのは、魔王軍の精鋭たちなので落とされることは考えにくいです」
答えるコーデリア。
「……ですが、この程度の情報はあたしから申し上げなくても、とっくにご存じでは?」
「あ、ああ、その、確認だよ確認。なにごとも確認が大事だろ?」
「はあ……」
コーデリアは怪訝そうだ。
「それに騎士団の中にそういう基本的なことを忘れている者がいないとも限らないじゃないか。そういう者に伝えるために、あえて基本的なことをこうやって話しているわけだ」
「なるほど、部下を思いやってのことでしたか」
お、納得してくれたか。
「……部下を思いやるなど、明らかに以前のベルダ様と違うように感じます」
コーデリアがぽつりとつぶやいた。
しまった、余計に怪しまれた!
うーん……なにせ『暗黒騎士ベルダ』だからなぁ。
ゲーム本編じゃ悪逆非道なキャラクターとして描かれていた。
だからといって、俺にそんな行動をするのは無理だ。
「あたしは……今のベルダ様の方が接しやすいです」
コーデリアが小さくつぶやいた。
「えっ」
よく見たら、彼女の頬がかすかに赤い。
お、好感度が上がってるのか……?
「このままデレてくれると嬉しいな……」
「いえ、デレませんよ?」
コーデリアがいきなり素の顔に戻って、俺をにらんだ。
やっぱツンか……。
俺たちは一日ほどの行程で目的地にやって来た。
「あれが『次元門』か――」
前方にそびえる巨大な黒い門。
「……なんか想像していたより大きいな」
ゲームで見たことがあるけど、そこではせいぜい高さ数メートルくらいの建造物に見えた。
けど実際の『次元門』はたぶん三十メートルを超えていると思う。
「ゲームのグラフィックと現実とは違う、ってことか……?」
おおおおお……おおぉぉ……っ!
そのとき、風に乗って鬨の声が聞こえてきた。
「なんだ……?」
明らかに戦闘が行われているような、声。
そういえば人間たちが攻め入ってるってコーデリアが説明してたけど――。
なんだか、きな臭い予感がするぞ。