その日の夜――。

「ベルダよ、やはり命令違反は命令違反だ」

 気が付けば魔王が目の前にいた。

 あいかわらず、すさまじい威圧感だ。

 美しい瞳が俺を見つめている。
 吸いこまれそうなほど深い眼光――。

 そこに見とれていると、

「ゆえに――罰を受けてもらう」

 魔王が俺をまっすぐ指さす。
 指先がチカッと光った。
 次の瞬間、

「ぐあああああああああああああああっ……!」

 全身に電流が走り、信じられないほどの激痛が駆け抜ける。
 こんなもの、あと数秒受けていたら精神崩壊するぞ……!

 そんな絶望感とともに目が覚めた。

「……なんだ、夢か」

 それにしては生々しい痛みだった。

 もし本当にあの電撃を食らったら――。
 考えるとゾッとしてしまった。

「なんとか呪いを解除できないかな」

 右手に視線を落とす。

 手の甲に魔王の紋章が赤く輝いていた。
 これが『呪いの刻印』だ。

 俺が魔王の意に反することをすれば、紋章を通じてすさまじい激痛が走る……らしい。

 実際に食らったことはないが(食らってみたいとも思わないが)、きっと夢の中で味わったような感じなんだろう。

 ……絶対に体感したくない。



「あーあ、いやな夢見たな……」

 俺は城の中を歩いていた。

 城内の一室に俺専用の部屋があり、昨日はそこで休んだ。
 で、一通り支度をして(俺の世話をしてくれるメイドが数十人単位で控えていた)、今は執務室に向かっているところだ。

 その途中――長い廊下を歩いていると、

「どうした、将軍殿。考えごとか?」

 誰かが話しかけてきた。

 振り返ると、そこには金髪碧眼の美しい少女が立っている。
 身に付けているのは魔術師風のローブ。

「……お前は?」
「同僚の名前を忘れたのかい? 冷たいなぁ」

 彼女は爽やかに微笑んだ。

「私は君を親友だと思っているのに」
「親友……」
「そう、この『混沌の魔術師ヴィム』は君の大親友さ」
「そうなのか」
「……君、本当に覚えてないんじゃないだろうね」

 彼女……ヴィムがジト目になった。

「いや、冗談だ」
「あはははは! 君の冗談なんて初めて聞いたよ」
「ちょっと芸風を変えたんだ」
「芸風? へえ」

 ヴィムは楽しげに笑っている。

『混沌の魔術師ヴィム』。
 俺、つまり『暗黒騎士ベルダ』と同じく魔王軍四天王であり、魔王軍で最強の魔術師でもある。

 そして、どうやら俺とは男女の垣根を超えた親友という設定らしかった。

 まあ、こいつが一方的に『親友』と言い張っているパターンかもしれないが。

「……ゲームにそんな設定あったかな?」

 記憶を掘り返す。

「ゲーム? なんの話だい?」

 ヴィムがキョトンとした顔をした。

 あどけない顔立ちは普通の中学生か高校生の少女みたいな印象で、とても魔王軍最強の魔術師とは思えないほどだ。

「で、何に悩んでいたんだい?」
「……別に」
「呪いのことかな?」
「っ……!?」

 思わず表情をこわばらせてしまった。

「あ、正解だった? あいかわらず嘘が下手だね。私の鎌かけにすぐ引っかかる」
「む……」

 俺はちょっとムッとした。
 対して、ヴィムは楽しげに、

「ねえ、ベルダくんは呪いを解きたいのかい?」

 そう問いかけてきた。