悪役の暗黒騎士に転生 ~主人公に討伐されるルートを避けるため、こっそり人間の味方をしていたら、俺の方が主人公よりも無双&ハーレムルートに入ってる件について。


「あたしは――魔界の辺境の出身です」
「ん?」

 突然、出自の話をし始めたコーデリアに戸惑う俺。

 とはいえ、無関係の話ではないんだろう。
 黙って聞くことにする。

「あるとき、そこに魔王軍の一隊が現れました。あたしの住む町は魔王様に敵対する勢力の拠点だったからです。その隊を率いていたのは――あなたです、ベルダ様」
「俺……?」

 俺が現代日本から転生する前の『暗黒騎士ベルダ』がやった、ってことか……。

「拠点を守る魔族を、ベルダ様はたった一人で蹴散らしました。ほとんど皆殺しだったはずです。その中には――軍属だったあたしの父と母もいました」
「っ……!」

 俺は息を飲んだ。

 ベルダとコーデリアにそんな関係性があったなんて知らなかった。
 少なくともゲームでは見たことがない。

「じゃあ、俺はお前の仇……なのか」
 俺は彼女を見つめた。
「――そうです」
「俺を殺したいか?」

 ストレートに聞いてみた。
 わざわざ今、そんな話をする意図が知りたかったのだ。

「……あたしではベルダ様を殺すことなどできません。仮にあたしが五人いても、あなたの足元にも及びませんから」

 それだけの実力差があることは確かだ。

「じゃあ、お前が俺を襲わないのは『勝算がない』からなのか?」
「だと言ったら、どうします?」

 コーデリアが俺を見つめ返す。

「あたしを殺しますか? それとも拷問でもしますか? 犯しますか? あるいは魔獣の餌にでも?」
「い、いや、どれもちょっと……」

 俺は汗ジトで言った。

「――で、本当の理由はなんだ?」

 話の流れからして、たぶんコーデリアが俺を殺そうとしないのは『勝算がないから』ではないんだろう。

 それに以前は俺に対していい感情を持っていなかった様子の彼女が、ここしばらくは少し好感度が上がっている気がするんだ。

 俺がベルダとして転生してきたからなのか。
 俺が彼女の命を救ったからなのか。
 あるいは――。

「……話はここまでです。行きましょう」
「えっ」

 俺はコーデリアを見つめる。

 俺たちの関係性の一端は分かった。
 けど、結局彼女は俺をどう思っているんだ?

「あなたがその拠点を守る軍属の魔族たちを殺したのは、魔王様の命令――あなた自身の意志ではないのでしょう? 実際、ベルダ様は民間人にはまったく手を出しませんでしたし」

 と、コーデリア。

「だからといって、両親を殺したあなたを許す……という話にもなりません。分かりますよね?」
「ああ、当然だろう……」
「あたしは、あなたに対していくつもの感情があります。仇としての。上官としての。そして、あたしを救ってくれた恩人としての」

 コーデリアの眼光に鋭さが増した。

「あなたがあたしにとってどういう存在なのか。どのような気持ちを向ければいいのか――それは、今後の行動で決めていきたいです。今はまだ……あたし自身にも分からないので……」
「分かった。とりあえず、今は作戦遂行に集中しよう。それでいいかな?」
「……承知しました」

 そして、俺たちは地下道を進む。

 地下道内には無数のモンスターが生息していた。

 本来のゲームシナリオであれば、主人公の前に立ちはだかる敵たちだ。
 モンスターの戦闘能力はその時点の主人公がある程度苦戦するくらいになっていたはず。

 けれど、今の俺のレベルやステータスは――。

「【上級斬撃】! 【旋風刃】!」

 剣術や風魔法のスキルで、次々にモンスターを蹴散らしていく。
 ほとんど瞬殺だった。

「つ、強い……」

 コーデリアは半ば感心、半ば呆れたような様子だった。

「並の魔族ではとても突破できないような難易度に思えますが……さすがにベルダ様ですね」
「いや、まあ……」

 真正面から褒められると、どうにも体がこそばゆくなる。

 ともかく、俺たちはいっさい苦戦せず、苦労もせず、あっという間に出口近くまでやって来た。

 そこで一つの宝箱を発見した。

「これは――」

 宝箱を開けると、宝玉が入っていた。

「どういうアイテムなんだろう? あ、そうだ、【鑑定】スキルがあったな」

 俺は【鑑定】を発動した。
 すると、

――――――――
名称:超加速の宝玉(仮)
※未実装アイテムです。詳細を表示できません。
――――――――

「えっ……?」

 確かに『超加速の宝玉』なんてアイテムは見たことがない。
 未実装アイテム、ってのは、たぶんそのままの意味だろう。

『エルシド』には実装されていないアイテム――。
 驚きつつも、俺はとりあえずそのアイテムを回収した。

 念のため、装備はしないでおく。



 俺たちは地下道をさらに進んだ。

「もうすぐ出口だ」

 俺はコーデリアに言った。

「よく分かりますね。確かに、出口が近いような雰囲気はありますが」
「カンだよ、カン」

 この言い回し、けっこう便利かもしれない。
 コーデリアに怪しまれたら、基本的に『カン』で乗り切るか。

 ……ちょっと安直な考えかな。

「どうかしましたか、ベルダ様?」
「いや、なんでもない。進もう」

 ――そのとき地面が激しく揺れた。

「きゃっ……」

 コーデリアがバランスを崩して倒れそうになる。
 俺はとっさに彼女を抱きとめた。

「大丈夫か、コーデリア?」
「あ、は、はい……っ」

 彼女の顔は真っ赤だった。

「どうした?」
「い、いえ、ちょっと近い……かも……」

 などとつぶやいている。

「コーデリア?」
「し、失礼しました。その、あたしは男性に免疫がなくて……あの、抱きしめられたのも初めて……」
「あ、すまない……」
「いえ、ベルダ様はあたしを助けてくださったので」

 コーデリアがぶんぶんと首を左右に振る。

「ただ、気恥ずかしかっただけなんです……」
「そ、そうなんだ」

 彼女がここまでうろたえるのは、ちょっと意外だ。

 ――また、地面が激しく揺れた。

「これって、もしかして」

 そうだ、確かこんな演出だったな。
 地下道が三回か四回くらい揺れて、その後に――。

「フロアボスが出てくる……!」

 うおおおおおおんっ!

 雄たけびとともに現れたのは、三つの頭を持つ狼だった。

 この地下道のボスモンスター『トライファング』。

 三つの頭で1ターンにつき三連続攻撃を仕掛けてくる敵だ。

「フロアボスが現れたな」
「あたしが排除します」

 剣を抜くコーデリア。

 彼女の魔法は氷雪系が多い。
 ダンジョン内では崩落の危険があるため、爆裂系の魔法やスキルは使いづらい。

 そして俺の得意技は、その爆裂系が多い。
 ここはコーデリアが適任かもしれないな。

「じゃあ、任せるよ」

 フロアボスの力は、コーデリアでも十分に倒せるレベルだったはず。

 俺は、今回は見学に回ることにした。



「【斬撃】【氷嵐】」

 コーデリアが剣術スキルで攻撃しつつ、氷の魔法を放つ。

 剣と魔法の同時攻撃!
 ボスモンスターは大きく後退した。

 そこへ、すかさず突進するコーデリア。
 相手の隙を逃さず、

「【上級斬撃】!」

 必殺の一撃を叩きこむ。

 俺の【超級斬撃】ほどじゃないが、十分に高威力の攻撃だった。

 ざんっっっ!

 見事に両断する。

 強い――。
『トライファング』に必殺の三連続攻撃を出させる前に、一瞬で片付けてしまった。

「すごいじゃないか、コーデリア。圧勝だ!」

 俺は思わず叫んだ。

「お褒めにあずかり光栄です」

 一礼する彼女。
 ――そのとき、地面がふたたび揺れた。

「えっ……!?」

 こんな演出は知らない。
 フロアボスを撃破したら、後は地下道の出口を抜けて、先へ進めるはずだ。

 ちなみに道を塞いでいた『ギガントロック』はこの時点では戦わないし、倒すこともできない。

 奴との決戦はもっと先のイベントである。

 おおおおおおおんっ。

 咆哮が、響いた。

 そして、新たなモンスターが俺たちの前に現れた――。

 そいつは、虎の頭を持つ獣人騎士だった。

 体色はまばゆい黄金。
 虎の頭以外は全身を銀の鎧に包んでいる。
 手にしているのは長大な槍だ。

「【斬撃】【氷嵐】!」

 コーデリアがふたたび剣と魔法のコンビネーションを仕掛けた。
 先ほどフロアボスを倒したのと同じ攻撃だ。
 だが、

 ばちぃぃぃっ!

 そのいずれもが、奴の前面で弾け散る。

「バリア……!?」

 どうやら目に見えない障壁が、コーデリアの攻撃を防いだらしい。
 かなりの防御力だ。

「効かない――」

 コーデリアは表情を険しくすると、剣を手に突進した。
 近接戦闘に持ちこむ気か。

「きゃあっ!?」

 だが、奴に近づいたとたん、コーデリアはバリアに吹っ飛ばされた。

『エルシド』のバリア系の防御には、距離を詰めると無効化できるものと、距離を詰めてもバリアの防御力で対象にダメージを与えるものがある。

 どうやら、こいつが使うのは後者だったようだ。
 厄介なタイプのバリアである。

「大丈夫か、コーデリア!」

 俺は彼女の元に近づいた。

「ううう……」

 両腕が黒焦げになっている。
 無惨な姿だった。

「【治癒】!」

 俺は大急ぎで治癒呪文を発動した。

「ベルダ……様……」
「休んでいろ」

 苦しげな彼女に声をかける俺。

「あいつは――俺がやる」



 俺は虎の騎士と対峙した。

「……ほう、貴様は」

 と、奴が俺を見て驚いたような顔をした。

「この世界の理の外から来た者か」

 虎の騎士が告げる。

 こいつ、しゃべれるのか。
 いや、それよりも――

「世界の……理の外……?」

 俺は奴を見つめる。

 どういう……意味だ。

 今の言葉は、まるで――。
.14 未実装の存在


「私もまた世界の理から外れた存在……未実装の存在ゆえに」

 奴は、小さく笑ったようだ。

「だが、お前はさらにイレギュラーな存在のようだな」
「お前、何か知っているのか」

 俺は思わず身を乗り出した。

「この世界の秘密みたいなものを……? 俺がどうしてこの世界に来たのかも、もしかして知って――」
「ふふ、少ししゃべりすぎたかな?」

 虎の騎士はニヤリとした。

 虎の顔をしているのに、まるで人間みたいな表情だ。

「未実装とはいえ、私には役割がある。実装されていれば、私もまたこのイベントの敵キャラだった」

 と、槍を構える虎の騎士。

「ゆえに、ここでお前を阻ませてもらう」
「なら、俺はここでお前を打ち破り、先へ進む」

 剣を構える俺。

 一瞬の静寂――。

 次の瞬間、

 どんっ!

 同時に突進した。

 まず仕掛けたのは俺の方だ。
 最高速度で突進し、正面から【超級斬撃】を叩きつける。

 その一撃が空を切った。
 奴が俺の攻撃を避けたのだ。

 さらに追撃も簡単に避けられてしまった。

「こいつ――速い!」

『暗黒騎士ベルダ』はゲーム内でも最強クラスのステータスを備えている。
 当然、スピードも最速クラス。

 にもかかわらず、虎の騎士はその速度にやすやすと付いてくる。
 いや、それどころか、

「どうした? それが限界か」

 余裕の笑みとともに――。

 ブンッ……!

 奴のスピードがさらに加速する!

「は、速――!?」
「こっちだ」

 背後に現れた虎の騎士の斬撃を、

「【防壁】!」

 とっさに展開した防御魔法でかろうじて防ぐ。

「ほう、詠唱破棄による魔法の高速発動か。さすがに剣士としても魔法使いとしても、実装されたキャラの中で最高ステータスだけのことはある」

 虎の騎士が笑う。

「何……?」

『実装されたキャラ』……か。
 なら、こいつはゲーム内に登場する予定だったけど、なんらかの事情で実装されなかったキャラクターってことなんだろう。

 それが、この世界には存在している――。

 理由なんてわからない。
 ただ、俺の前に立ちはだかっているのは事実だ。

 なら、攻略方法を見つけて、撃破するしかない。

 ……とそこまで考えを整理したところで、ふと気づく。
 奴が未実装キャラだというなら、俺にだって――。

「未実装のアイテムが、ある!」

『超加速の宝玉』。
 こいつの力を使えば、あるいは――。

「いくぞ」

 俺は宝玉を剣にはめこんだ。

「【超加速】!」
.15 超高速の決着


 もしかしたら――『超加速の宝玉』はこの『虎の騎士』に対抗するためにアイテムだったのかもしれない。

 こいつのスピードは作中最速クラスの俺をも上回っている。
 それを攻略するために、スピードアップアイテムである『超加速の宝玉』が実装される予定だった。

 が、『虎の騎士』が未実装に終わったため、このアイテムも同じく未実装になった。
 可能性としてはあり得る。

 だから俺は、その可能性に賭けてみたんだ。

「おおおおおおおっ!」

 限界速度のさらに先――。

 俺はステータス上の最高速度をはるかに超えて加速した。

 黒い鎧が空気との摩擦で赤熱化する。
 暗黒騎士というより、さながら『灼熱騎士』といった出で立ち。

 赤い鎧をまとった俺は、虎の騎士へと肉薄した。

「ほう!? この私の速度をさらに上回るか! 面白い!」

 奴は逃げない。

 長大な槍を頭上に掲げ、俺を待ち受ける――。

「はあああああっ!」

 俺と奴の気合いの声が重なった。

 俺の剣と奴の槍が交差する。
 そして――。

 きんっ……!

 俺の剣も奴の槍も、ともに真っ二つに折れ飛んだ。



「――私の負けのようだ」

 折れた槍を手に、虎の騎士は後退した。

 その口元には、どこかシニカルな笑みが浮かんでいる。

 素直に負けを認めたとはとても思えない笑みが。

「引き分けじゃないのか?」
「そちらにはもう一人、戦闘力を残した騎士がいる。丸腰の私では勝てんよ」

 虎の騎士の笑みが苦笑に変わった。

「潔く負けを認めよう。そしてここは退かせてもらおう」

 背を向ける虎の騎士。

「――我が名は『獣人型モンスター502S』。いずれ、また」

 なんだ、その名前は。

 いや、それってまるで……。
 ゲームの未実装キャラにとりあえず付けた整理番号みたいに思えた。
.16 地下道突破、そして次の関門へ


「大丈夫か、コーデリア」
「は、はい、治りました……」

 見れば彼女の両腕は火傷一つなく、完全に元通りだ。

「よかったな。綺麗だ」
「えっ、き、綺麗……っ!?」

 コーデリアが赤い顔をした。

「そ、そんな、あたしなんて、全然美人じゃないです……も、もう、ベルダ様はいきなり何を言い出すんですか……っ!?」

 めちゃくちゃ戸惑っている様子だ。

「コーデリア……?」
「意外とベルダ様って軽薄なことも言うんですね……で、でも、悪くない気分かも……ふふふふ」
「……肌が綺麗に治ったな、って意味で言っただけだぞ」

 思わずジト目になる俺。

「っっっっ!?」

 たちまちコーデリアが目を見開いた。



 俺たちは地下道を進んでいた。
 フロアボスや虎の騎士を突破したから、もう間もなく出口が見えてくるはずだ。

「さ、先ほどは本当にすみません……早とちりしてしまって……ああ」

 コーデリアはまだ顔が赤い。
 よっぽど恥ずかしかったらしい。

「いいって、そんな。何度も謝るなよ」

 俺は苦笑した。

「俺も誤解を招く言い方をして悪かった」
「いえ、あたしが勝手に勘違いしただけです……ああああああああああああああ」

 思い出してまた恥ずかしくなったらしく、コーデリアが頭を抱えている。
 と――そのとき、前方から光が差しこんできた。

「出口みたいだな」
「あああああああああああああああああ」
「まだ照れモードなのか……」
「あああああああああああああああああ」
「ほら。いくぞ、コーデリア」

 彼女の肩にポンと手を置く。

「あああああああああああああああああ………………は、はい」

 お、ようやく照れモードから脱したか。

 俺とコーデリアは並んで出口へと向かった。
 地下道突破だ。
.17 そのころ、王国では(勇者ルーカス視点)


「魔王軍に負けて逃げ帰ってくるとは……勇者の恥さらしよな」

 女王に嫌みったらしく言われて、ルーカスは怒りを抑えるのに必死だった。
 日頃は自分のことを『勇者』として持ち上げるくせに、ちょっとでも戦果が低かったり、今回のような敗北を喫すると、手のひらを思いっきり返される。

(勇者ってのも楽じゃないよな……あーあ)

 ため息をついた。

 この世界に召喚――いわゆる『異世界転移』をしてから数か月、さまざまな体験をしてきた。

 現代日本ではとても味わえない冒険の数々。
 仲間との絆。

 それらはかけがえのないものではあったが、同時に、常に死と隣り合わせの危険なものでもあった。

 実際、モンスターや罠に出会って死にかけたこともある。
 仲間や兵士たちの死を目の当たりにしたことなど、何度もある。

 前世の日本での生活と比べて、どっちがいいんだろう?
 比較しても仕方がないことを、つい考えてしまう。

「次こそは、必ずや」

 ルーカスが女王の前に恭しく跪く。

 寄る辺のないこの世界で、多大な権力を持つ女王に逆らうことはできない。
 こうして従順な態度を装うしかないのだ。

(今に見ていろ、このクソ女……!)

 内心では怒りを燃やしているにせよ。
 と、そんな彼の内心を知ってか知らずか、女王が微笑んだ。

「そこで――新たな勇者を召喚することにしました」
「…………………………はい?」

 ルーカスは思わず目を見開いた。

 今、なんと言ったのだ?
 この女は、俺を差し置いて、新たな勇者を……呼び出す?

「い、いえ、勇者ならば、すでにこの私がいるわけで――」
「魔王軍に負ける勇者などいりません」

 女王はぴしゃりと言った。

「異世界にはまだまだ勇者候補がいる。お前の代わりなど、いくらでもいるということです」
「っ……!」

 ルーカスは言葉を失った。

「ま、まさか、あなたはこの私を――」
「お前には今までの戦いでの多大な功績があります。無下にはしませんよ」

 女王がにっこりと笑った。
.18 勇者召喚の儀、ふたたび(勇者ルーカス視点)

「では、召喚の儀を行います」

 女王の前に巨大な魔法陣が描かれている。

「俺もこうやって召喚されたのか……」

 どうも、この魔法陣を作るには莫大な費用がかかるらしい。

 高価な特殊魔道塗料を大量に使って描いた魔法陣。
 その原料も魔獣の血や爪、希少な魔石などをふんだんに使っている。

「まあ、軽々しく次から次に召喚、ってのは非現実的なんだろうな」

 勇者を三人も呼べば、まちがいなく国家の財政が傾く、と女王が言っていた。

 とはいえ、それでもなお二人目を召喚することに決めたのは、女王なりに財政リスクを背負う覚悟があるんだろう。
 その価値が、あるのだろう。

「俺にはもう期待してない、ってことなのか……?」

 あの、たった一回の敗北で――。

(くそっ、ふざけるなよ……!)

 ルーカスははらわたが煮えくり返る思いだった。

「――神の聖なる光に導かれし魂、この地に降臨せよ! 【勇者召喚】!」

 女王が厳かな呪文とともに【勇者召喚】を発動する。

 その場に、まばゆい輝きがあふれた。
 同時に圧倒的な魔力が場に膨れ上がっていく。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 ルーカスは思わず声を上げた。

 信じられないほどの、すさまじい魔法力を感じる。

 勇者はもともと魔力ステータスが高いのだが、それにしても異常だった。
 自分の、ゆうに五倍はありそうだ。

 といっても、ルーカスが低いわけではない。
 彼自身の魔力だって、並の魔法使い十人分くらいはあるのだから――。

「こいつが……化け物すぎるんだ……」

 一体、どんな奴が出てくるのか?

 光が晴れると、そこにはグラマラスな裸身をさらした美しい少女が現れていた。
.19 二人目の勇者(勇者ルーカス視点)


 光が弾け、一瞬見えた裸体にビキニアーマーが装着される。
「来たか、勇者ミリーナよ」
 女王が満足げにうなずいた。

 ミリーナ――ゲーム内で女主人公を選んだときのデフォルトネームである。
 ちなみにルーカスは、男主人公のデフォルトネームだ。

「あれ、ここは……?」

 彼女……ミリーナは戸惑ったように周囲を見回していた。

「私は……確か、死んだはず……」

 同じだ。
 ルーカスは思った。

 彼もまた現代日本で死んだ。
 彼の場合は発作的な自殺だったのだが……気が付いたら、この『エルシド』そっくりの世界で『勇者ルーカス』として召喚されていたのだ。

 生まれ変わったのか、死ぬ寸前に転移したのか。
 正確なところは分からないが、直感が『自分は一度死んだ』と告げていた。

 死んで、このゲームそっくりの世界に生まれ変わったのだ。
 彼は現世での名前を捨て、ルーカスとして生きることにした。

 幸い『エルシド』はそれなりにやりこんでいたため、シナリオに沿ってさまざまな物事を進めていくだけで、大きなトラブルはなかった。
 魔王軍との戦いで次々に勝利を収めていく彼に、人々は大きな称賛を送った。

 女王も同じだった。
 未亡人の彼女は、「いずれはそなたを我が伴侶に」とまで言っていた。

 だが――順調だったルーカスの異世界ライフに暗雲が生じた。

 そう、先日の『暗黒騎士ベルダ』との戦いである。
 ベルダにあっさりと敗れて以来、女王の態度が急変したのだ。

「そなた……思ったほど強くなかったのだな。いくら敵が陣営最強クラスとはいえ、あまりにも無様な負けっぷりじゃ」

 そして今回、二度目の勇者召喚を行った。

(俺は明らかに……女王に見限られようとしている)

 冗談ではない。

 このまま無用者として国外追放ならまだマシ。
 苛烈な一面を持つ女王のことだから、役立たずとして処刑される可能性も低くない。

 そんな死に方は嫌だった。

 せっかく現代日本から異世界の勇者として転生したのだ。
 どうせなら英雄になり、栄耀栄華を極めたかった。

 そこまでいかなくても、最低でも平穏で幸せな生活は送りたい。

(見てろよ……俺はこのままじゃ終わらない)
.1 最後の関門へ


 俺たちは地下道を出て、地上に戻った。

 地上で行く手を塞いでいた『ギガントロック』を上手く乗り越えて、その向こう側に出た形だ。

「じゃあ、次の関門を目指そう」

 残るはもう一つ。

 二つ目の関門を抜ければ――いよいよ今回の目的である『三つの魔道具』を収めた古城に到着する。

 首尾よく『三つの魔道具』を手に入れれば、『絶望の神殿』の三重結界を通り、内部に入ることができる。

 その神殿内ではラストイベントである『剣魔ドレイク戦』が待っている。

 奴は手ごわいが、今の俺には『超加速の宝玉』もあるし、決して難しい相手じゃないだろう。

「おっと、『超加速の宝玉』の性能テストもやっておかないとな」

 なにしろ虎の騎士との戦いで一度使っただけだ。
 どんな欠点があるかも分からないし、どれくらいまで加速できるのかも不明だった。

「この先はどんな難関が待っているのでしょう?」

 コーデリアがたずねた。

 俺はこの先にどんなイベントが起きるか知っている。
 彼女にもそれを伝えて、心の備えをしてもらうのが、戦術的にはベストだろう。

 だが、『この先ではこういうことが起こるぞ』って素直に伝えたら、『なぜそんなことを知っているのですか!?』って反応が返ってくるに決まっている。

 コーデリアに怪しまれないよう、少しボカして伝えるしかないか……。



 ここから先で起きるイベント――『三つの魔道具を収めた古城』にたどり着くための、最後の関門。

 それは『青き墓場の峡谷の戦い』だ。

 名前の通り、峡谷に作られた墓地を通ると、無数の骸骨兵が現れて襲ってくる、というもの。

 骸骨兵が現れるタイミングにバラつきがあり、さらに地形変動も起きるため、仲間同士が分断させられ、各個人で骸骨兵を撃破していかなければならない。

 仲間の協力不可のイベントだった。

 イベント通りに行くと、俺とコーデリアは引き離され、それぞれが一人ずるで骸骨兵の群れを撃破しなきゃいけない。

 俺は大丈夫だと思うし、コーデリアも……まあ、まず大丈夫だろう。

 とはいえ、さっきの未実装キャラみたいな『未知の敵』が現れないとも限らない。

 地形変動の場所はだいたい覚えているから、それを先読みして、何とかコーデリアと分断されないように動きたいところだ……。
.2 コーデリアと野宿


 俺たちはさらに進む。

「今日はこの辺りで宿泊でしょうか」

 コーデリアが言った。

 暗い森の中だ。

「野宿か……」

 そういえば、彼女と二人っきりで泊まることになるんだよな?

「……ベルダ様、今何か邪なことを考えませんでしたか?」

 コーデリアにツッコまれてしまった。



「あたしが見張り番をしますね」
「いや、女の子一人にそんなことはさせられない」
「……お言葉ですが、あたしは魔族の騎士です。『女の子』扱いは侮辱となります。いかにベルダ様のお言葉とはいえ、聞き捨てなりませんよ」

 コーデリアがじろりと俺をにらんだ。
 デレ傾向にあるとはいえ、やっぱり彼女の態度は厳しい。

「……いや、そもそも今のは俺が悪いか。すまない、コーデリア。他意はなかったんだ」

 俺は素直に頭を下げた。

「……やはり、以前とはまったく性格が違いますね」

 ため息をつくコーデリア。

「以前ならば、下手をすればあたしは斬り捨てられていたでしょう」
「えっ、そうなの?」

 オリジナルの『暗黒騎士ベルダ』ってとんでもないパワハラ野郎だな……。

「殺される覚悟を持って、あたしは騎士の誇りを守るために、今の言葉を継げました。まさか、素直に謝られるとは予想外でしたが……」
「……俺はそんなことしないよ。本当にすまなかった」
「い、いえ、二度も謝らないでください。悪気も他意もないと十分に伝わりましたので」

 俺たちは互いに何度も謝り、その後で互いの顔を見合わせて小さく笑った。

 結果的に――。
 彼女との距離が少し縮まった気がする。

 こういう他愛のないやり取りが、人との距離を近づけることもあるんだな。
 前世では希薄な人間関係の中で生きてきたから、こんなふうに家族以外の人間と一緒に何日も旅をするなんて初めてだ。

 悪い気分じゃなかった。



「どうぞ、ベルダ様」

 コーデリアが木のトレイに乗せた料理を差し出した。
 同じく木の器に入ったサラダやスープである。

「これ、コーデリアが作ったのか?」
「この辺りの野草や木の実などを選別して、火や水、風の魔法を使って簡単に調理してみました」
「この器は?」
「木をくりぬいて、魔法で加工してあります。もちろん魔法を使って消毒もしてありますので」
「便利だな、魔法……」
「これくらい造作もありません」
「いや、すごいよ。コーデリア、本当にありがとう」

 俺は彼女に感謝した。

 まさか野宿でこんな立派な料理を食べられるとは。
 魔法戦闘なら俺の方が彼女を圧倒的に上回っているけど、俺にこんな真似はできない。

 うん、持つべきものは仲間だな。
.3 コーデリアとイチャラブっぽく過ごす


「ふう、美味しかった。料理も上手いんだな、コーデリアって」
「そんな……褒めすぎです。いいお嫁さんになれますか?」
「なれるなれる」
「やった」

 コーデリアが小さくガッツポーズしている。

 可愛い。
 ……っていうか、こんなキャラだったっけ?

「あ、すみません、ついはしゃいでしまったみたいです」

 コーデリアが照れた。

「コーデリアってさ、けっこうツンデレ?」
「つんでれ……?」
「あ、この世界にそういう言葉はないのか」
「もしかして――褒められました?」
「うーん……誉め言葉なのかな、ツンデレって」

 何とも言えないけど、コーデリアがデレているっぽい姿は、可愛らしいと思った。



 料理の後片付けも、コーデリアが各種魔法を組み合わせて手早く終わらせてしまった。

 食べものの残りがあると、それをかぎつけて野生のモンスターが来るかもしれないそうだ。

 なので、そういった痕跡自体を彼女が魔法ですべて消し去ってしまった。

「何から何までありがとう。コーデリア、本当に優秀だな」
「造作もないことです」
「感謝してるよ」

 俺はにっこり笑った。

「えへへ」

 コーデリアがはにかんだ笑みを浮かべた。

 俺は懐から小さな宝玉を取り出す。

「よし、少し『超加速の宝玉』の使用テストをしてくる」
「それなら、あたしも一緒に。お手伝いできることがあると思います」

 と、コーデリア。

「だけど、疲れてないか?」
「大丈夫です」

 見た感じ、多少の疲労はありそうだったが、コーデリアは健気にそう言ってくれた。
 まあ、宝玉のテストは大事だし、ここは彼女にも頑張ってもらうとするか。

「じゃあ、頼む。ただし無理はするなよ」
「お気遣いありがとうございます。ベルダ様」

 コーデリアが微笑む。



 俺たちは森の中の広まった場所に移動した。

「まずはどれくらいまで加速できるのかをテストするよ」
「あたしが速度を計測しましょうか?」
「できるのか?」
「【鑑定】系の魔法を組み合わせれば可能です」

 お、そういう細かい技術はたぶんコーデリアの方が上っぽいな。

「頼もしいよ」
「これくらいのこと、造作もありません」

 会釈して一礼するコーデリア。

 この有能感……心地いいな。
 彼女みたいな部下がいて幸せだ。
.4 『超加速の宝玉』性能テスト


 俺は宝玉を剣にはめこんだ。

「いくぞ――【超加速】!」

 地面を蹴って突進する。

 ヴンッ!

 おおよそ300メートルほどを走り抜けた。

「計測終わりました」

 と、コーデリア。

「どうだった?」
「ベルダ様のスピードが約8倍ほどにアップしています」
「8倍か……!」

 思った以上に上がっていた。

 このゲームにおいて、キャラクターの速度を上げるアイテムや魔法などはいくつかある。
 が、上位のものでもアップする倍率はせいぜい3倍から5倍。

 8倍もの速度アップというのは破格である。

「こいつが実装されなかったのは、ぶっ壊れ性能だからなのかな……」

 可能性は、ある。

「じゃあ、次は持続時間とクールタイムをテストするぞ。とりあえず十分程度から――」
「はい、どうぞ」

 コーデリアが合図をくれたので、俺はさっそく『超加速の宝玉』を発動する。
 先ほど同様にすさまじい加速感とともに、俺は走り回った。

 五分経過。
 まだ使用できる。

 十分経過。
 まだ使用できる。

 十五分――で突然、宝玉から光が消えた。

「連続使用は十五分までかな」

 俺はコーデリアの元に戻ってきた。

「このままクールタイムを測ればいいんですね?」
「ああ、頼む」

 それから三十分ほどが経ち、

「お、宝玉に光が戻った」

 試しに【超加速】を発動すると、ちゃんと効果を発揮した。

 どうやら連続使用は十五分まで、一度使うと再使用までに三十分かかる――ということらしい。

「ありがとう、コーデリア。有用なテストができた」
「わずかでもお役にたてたならば光栄です」

 恭しく頭を下げるコーデリア。

「そろそろ夜も遅くなってきたし寝ようか」
「っ……!?」

 いきなりコーデリアの顔が赤くなる。

「ね、ね、ね、寝るというのは、つまり、二人で一緒に、ということでででででしょうか……っ!?」
「いやいやいやいや」
「あ、あたしは処女なのでっ……や、優しくしていただけると……っ」

 言いながら鎧を外し始める。
 肌着が見えて、ドキッとした。

 ……コーデリア、けっこう胸あるんだな。

「じゃなくって! 違うから! そういう意味じゃないから!」

 俺は頬が熱くなるのを感じながら、慌てて彼女を止めたのだった。
.5 コーデリアと過ごす夜



 すぐ側でコーデリアが眠っている。

 野草を集め、彼女が魔法で加工して即席の布団に仕立てたのだ。
 本当に何から何までありがたい。

「魔法って便利だよな……」

 あらためて思う。

 ゲームだと攻撃や防御、補助など戦闘面にかなり偏った使い方をするけど、実際に『魔法が存在する世界』に転生してみると、こういう生活面でのちょっとしたことに魔法がすごく役立つ。

 もちろんコーデリアの魔法の実力あってこそだ。

 俺の方は戦闘面はともかく、こういう生活面での魔法はさっぱりだった。
 いちおう彼女に教わって同じようなことをやってみようとしたのだが、俺の魔法は威力が大きすぎて、生活面で使用するには向いていないのだ。

 ――ともあれ、代わりばんこに寝ることにして、今は俺が見張り番をしている。
 とくにやることもなく、手持無沙汰で空を見上げた。

「なんだか……随分と遠いところまで来ちゃったなぁ……」

 地球とは違う、どこか別の世界。

 ゲームそっくりの世界に転生したのか。
 それともゲームの中のキャラクターとして俺は存在しているのか。

「いや、ゲームのキャラクターってプログラムとかで動いてるんだよな……どう考えても、今の俺は前世と一緒で『生物』だ。ゲームのキャラクターになった説は却下だな」

 とすれば、ここはやはりゲームそっくりの世界か。

 しかし、俺の前に現れた虎の騎士は自分が未実装のキャラクターである、みたいなことを言っていたわけで。

「その言い回しからすると、ここはゲームの中そのもの……?」

 うーん……分からん。

 ともあれ、俺たちの旅はまだ続く。
 そして俺の新たな人生もまだまだ続くはずだ――。



 朝になり、俺はコーデリアと一緒に出発した。

 二時間ほど進み、

「そろそろ『青き墓場の峡谷』が見えてくるはずだ」

 俺はつぶやいた。

 本来のシナリオなら突然の地形変動で、パーティメンバーが全員バラバラに分断されてしまう。

 同じことが起きるなら、俺とコーデリアは分断されるだろう。
 そうならないよう、対策を考えてある。

「コーデリア、手を」
「えっ」
「手を握っていいか?」
「っっっっ……!?」

 たちまちコーデリアが真っ赤になった。

「な、ななななななな、あたしとベルダ様が手を握る!? いけません、そんな! け、結婚前の男女がはしたないっっっ!」

 こいつ、本当に男に免疫がないんだな。

 っていうか、いくらなんでも価値観が前時代すぎるような……。
 まあ、魔族だしな。

「いや、これは妙な意味じゃない。互いの陣形を保つための対策だ」

 正確には、対策の一つである。

「対策……つまり戦術上の行動ですね? それなら大丈夫ですっ」

 いきなりコーデリアの表情がキリッとした。

 自分の中でなんらかの折り合いがついたらしい。
.6 青き墓場の峡谷


 やがて俺たちは峡谷地帯にたどり着いた。

 ここが『青き墓場の峡谷』だ。
 墓場、といっても墓石な墓標が立っているわけじゃない。

 むき出しの岩場に無数の骸骨が転がっている殺風景な場所だ。
 いずれも、ここを訪れた魔族の死体である。

「ゾッとする光景だな」
「あら、暗黒騎士ベルダ様ともあろうお方が怖いのでしょうか?」

 コーデリアがクスリと笑う。

 もちろん、冗談だろう。
 ただ、こんなふうに軽口を叩くのは、俺に対して打ち解けている証だと思う。

 最初のころの彼女なら、絶対にこんな冗談は言わなかったはずだ。

「はは、正直言うとちょっと」

 なんか、目の前の髑髏が動いてる気がするしな。
 気のせいか……ん?

「――って、本当に動いてる!?」

 いや、落ち着け。

 こいつらは髑髏の兵士として動いて襲ってくるんだ。
 ただ、それはイベントが始まってからだと思ってたんだけど、どうやら普段からちょこちょこ動いてるらしい。

「そういう細かい動きってゲームじゃ分からないもんな……」
「げえむ? なんの話ですか?」

 コーデリアが首をかしげた。

「いや、なんでも……とにかく、俺の手を離すなよ」
「はい、ベルダ様」

 俺たちはさっきから手を握りっぱなしだ。

 地形変動に備えた対策である。
 別に女の子と手を握った経験がないわけじゃないけど……いや、ほとんどないな。

 ちょっと甘酸っぱい気分になるというか、なんというか。

「ベルダ様?」
「いや、なんでもないっ」

 俺は頬が熱くなるのを自覚し、コーデリアから視線を逸らす。

 と、そのときだった。

 ごごごごご……っ!

 突然、地鳴りがした。

 来たか、地形変動――。

 古城にたどり着く前の、最後の関門の始まりだ。
.7 女勇者ミリーナ(勇者ルーカス視点)


「へえ、これが異世界転生ってやつですか? それとも転移の方?」

 新たに召喚された二人目の勇者……ミリーナは自分の体を見下ろし、興味深げにしている。

 紫色の髪を三つ編みにした美しい少女だった。
 身に付けているのは扇情的なビキニアーマーで、グラマラスな肢体が息を飲むほど艶めかしい。

「まずはそなたの力を見せてみよ、新たな勇者」

 女王が厳かに言った。

「あんた、誰――って女王様? やっぱりエルシドと同じ世界か」
「えるしど? ルーカスもそのような単語を口にしていたが……そなたも同じか。同郷のようだな」

 女王が眉根を寄せた。

「まあ、よい。そなたにはこれと戦ってもらう――【召喚】」

 と、呪文を唱え、モンスターを召喚した。

 現れたのは全長五メートルほどの鋼鉄の巨人。

 アイアンゴーレムだ。

「中位魔族程度の力を持たせた特別製じゃ。勇者の力があれば、造作もない敵じゃろう」
「……けっこうハードだな」

 端で見ているルーカスがつぶやく。

 勇者としての力を使いこなせればともかく、素人同然の状態では絶望的な敵だった。
 生身で虎100頭を倒せ、と言われるようなものである。

「ふーん、チュートリアルってやつですか?」

 だが、ミリーナは動じない。
 口元に好戦的な笑みを浮かべていた。

 この状況を――このピンチを、楽しんでいるかのように。

「好きな武器を取るがいい」
「じゃあ、ナイフで」

 ミリーナは小ぶりなナイフを一本手にした。

「むっ、ナイフ一本で戦う気か? それほど易しい相手ではないぞ」
「だって、重そうな武器を振り回すの、だるいじゃないですか。これなら軽いし」

 ミリーナがナイフを構えた。

 あまり様にならない構えだった。
 武術の心得はなさそうだ。

「それに――」

 ナイフの先端部に光が宿る。

「これ、ただの『発射装置』だからどうでもいいんですよね。魔法を撃つためのイメージ作り用の小道具ってとこ――」

 ボウッ!

 宿った光が一気に膨れ上がった。
 直系数百メートルの光球に。

「馬鹿な、この膨大な魔力は――!?」

 女王が驚愕の声を上げる。

「魔王ゼルフィリスをも大きく超えている――」
「吹っ飛べ――ですっ」

 ミリーナが放った光球は、テスト用のモンスターを跡形もなく消し飛ばし。

 さらに、大爆発とともに、周囲に直径一キロにも及ぶ巨大なクレーターを作り出したのだった。
.8 女勇者が引き起こした惨劇(勇者ルーカス視点)


 もうもうたる黒煙はまだ収まらず、周囲には爆発後の熱が充満していた。

 周囲は阿鼻叫喚に包まれていた。
 それはそうだろう、王都の一画が勇者の一撃によっていきなり焼失してしまったのだ。

「ふふ、我ながらすっごい威力」

 ミリーナが微笑む。

「お、おい、いくらなんでもやりすぎだろう!」

 ルーカスはさすがに見かねて飛びだした。

「誰、あんた?」

 ミリーナが冷ややかに彼を見据える。

「ルーカスだ。お前の先輩勇者だぞ」
「へえ……ルーカスって、確か主人公の性別を男にしたときのキャラクターですよね。普段使わないから覚えてないけど、こんなルックスでしたっけ」
「……ああ」

 ルーカスがうなずく。

「『エルシド』を知ってるってことは、お前も日本から来たのか? いや、別の国かもしれないが」
「日本人ですよ。『元』日本人って言うべきかしら?」

 ミリーナがクスクス笑う。

「俺も同じだ。死んだはずなのに、気が付いたらこの世界にいて、勇者になっていた」
「同じくですね。私は殺されたはずなんですけどね……」
「殺された?」

 物騒な話に、ルーカスは思わず聞き返す。

「ええ、警官との銃撃戦で」

 ミリーナはニヤニヤ笑っていた。

「こう見えても、前世じゃ連続殺人犯だったりするんですよ、私」
「な、何……!?」

 驚くルーカス。
 と、

「き、貴様。この私まで巻きこもうとするとは……」

 黒煙の向こうから怒りの表情を浮かべた女王が現れた。
 どうやらとっさに魔力のシールドを張ってやり過ごしたらしい。

「あ、生きてたんだ。いきなり女王殺し、なんてのも面白いかな、って思ったんだけど」

 ミリーナが笑う。

「――その者を殺せ」

 女王が冷たい瞳でミリーナを見据えた。

「その者、勇者にあらず! ゆえに、勇者ルーカスよ、その女を殺せ!」
「ええっ、私ですか!?」

 ルーカスは思わず自分自身を指さした。

 はっきり言って――勝てる気がしない。
.9 勇者VS女勇者(勇者ルーカス視点)


「他に対抗できる者がおるか?」
「いや、その、騎士団とか魔法戦団とか……」
「瞬殺されるに決まっておろう。そなたは曲がりなりにも勇者! 立ち向かえるのは、そなたを置いて他におらん」
「ううう……最悪だ」

 ルーカスはうなだれた。

 どう考えても、勝ち目のない勝負だった。
 それほどまでに、ミリーナの魔力量は異常だった。

「たぶん基本ステータスが違うんだろうな……俺、【鑑定】スキルを持ってないから、彼女のステータスを見られないけど」
「ん、私は自分のステータスを見れるよ」

 ミリーナが言った。

「えっ」
「だって【鑑定】スキル持ってるし」

 言うなり、彼女はスキルを使ったようだ。

「んーっと……あ、すごいレベル500だって」
「な、何……!?」

 ルーカスは呆然となった。

 異世界に来て数か月、勇者としての能力をフルに生かしてレベル上げをした彼でさえ、やっと100ちょっと。
 それでも、この世界では大陸でも指折りの実力者だ。

 ミリーナのレベル500というのは、規格外だった。

「か、勝てるか、こんなもん……」

 ルーカスは及び腰だ。

 こうなったら逃げるしかない。
 脳内で必死に逃げる算段を整えながら、ルーカスはミリーナを、そして周囲にいる女王や兵士たちを見つめていた。

「覚悟は決まった?」
「決まるか!」
「ふーん、私はもう覚悟を決めたから……いっくよー!」
「お、おい、待」

 俺はみなまで言うより早く、

 どんっ!

 ミリーナが空中を突進してくる。

 飛行魔法だ。
 その速度はルーカスとは比較にならなかった。

「くっ、速すぎる――」

 気づいたときには、ミリーナはもう目の前だ。

「殺される……!」
「ねえ、手を組まない? あたしたち」

 ミリーナがささやいた。

「……手を組む?」

 ルーカスの眉がぴくりと動く。

「どのみち、このままなら、あんた死ぬよ? 私が殺す」
「……淡々と恐ろしいこと言うな」
「本気だから」

 ミリーナの声には、確かな殺気がこもっていた。
 ルーカスはゾッとなって彼女を見つめる。

「死にたくなければ、言うことを聞いて」
「……分かった」

 彼はうなずくしかなかった。

「で、俺は何をすればいい?」
「まず、私を倒したフリをして。私は死んだことにして、裏で動きたい。で、あなたは王国を牛耳り、私が色々と手を引く」

 ミリーナが言った。

「そして、しかるべきタイミングで表に出て、私がこの世界を支配する」
「は? 支配?」

 何を言ってるんだ、こいつは――。

 ルーカスはポカンとなったが、ミリーナの表情は真剣だった。
.10 イベント最速攻略1


「地形移動が始まる――俺から離れるなよ、コーデリア」
「は、はい、ベルダ様……ぎゅっ」

 いきなり抱き着いてくるコーデリア。

「んっ?」
「とりあえず、しがみついてみました――あわわ」
「お前、顔真っ赤じゃないか」
「だ、男性に免疫がないんです……っ」

 ますます赤くなりながらも、コーデリアは俺にギュッと抱き着いている。

 豊かな胸がぎゅうっと腕や胸に押し付けられ、俺もドギマギした。
 まあ、鎧を着ているから、残念ながら彼女の胸の感触はあんまり味わうことができない。

 ただ、気分的にはやっぱりドキドキする。

 少なくとも前世で、こんな綺麗な女の子とこんな密着したことは一度もないからな。
 ……というか、女性とこんなに密着したこと自体が……げふんげふん。

「と、とにかく、二人で突破するぞ!」

 俺は気を取りなおして叫んだ。

 と、第二波が来た。

 ごごごおおっ!

 足元の地面が大きく揺れる。
 岩というより、まるで波だった。

 とても立っていられない――。
 もしくっついていなければ、俺たちはとっくにバラバラだっただろう。

「【フライト】」

 俺は飛行呪文をコントロールし、揺れる岩場から飛び上がっていた。

「……というか、この辺り一帯を爆裂系の呪文で吹っ飛ばせばいいのか」

 ゲームでは基本的に『魔法で地形を壊す』なんてことはできないが、ここは現実(?)の世界だ。
 きっと魔法で地形を破壊することもできるはずだ――。

「吹き飛べ――」

 俺は魔力を集中した。

「【ダークボム】!」

 地面に向けて暗黒エネルギーの爆弾を放つ。



 大爆発――。
 爆炎が晴れると、周囲の岩場がまとめて吹き飛んでいた。

「……まあ、こんなもんだよな」

 竜や大型の魔族などですら一撃で倒せる呪文だ。
 地形を多少壊すくらいは当然できる。

 ゲームでは仕様上できないとしても――ここは、やはりゲーム内じゃない。

 俺はあらためて確信した。

「さあ、先へ進もう」

 分断を阻止したから、後はコーデリアとともにこの先の敵を蹴散らすだけだ。
.11 イベント最速攻略2


 前方から大量の髑髏兵が現れた。

「来たぞ、コーデリア」
「ここはあたしが」

 俺が声をかけると、彼女が前に出た。

「雑魚はあたしにお任せください」

 と、剣を抜く。

 ひゅうっ……!

 その刀身から吹雪がほとばしった。
 彼女の氷雪魔法で、髑髏の兵士たちは一蹴される。

「さすがだな……」
「この程度の敵を相手にお褒めいただく必要はありません」

 コーデリアはあくまでもクールだ。

「で、でも、やっぱり褒められると嬉しいです……」

 と、いきなりデレた。

 だんだん、彼女のデレっぷりが可愛く感じられるようになってきたぞ。
 まあ、俺は彼女の両親の仇みたいだし、そもそも魔王への忠誠を疑われていたりとか、まだまだコーデリアに関しては油断はできないんだけど。

 さらに側方から、後方から――髑髏兵は次々に現れる。

 コーデリアは剣を掲げ、吹雪を放った。
 広範囲の氷雪魔法だ。

 髑髏兵は現れる端から吹っ飛ばされていく。

 本来のシナリオなら、地形変動に巻きこまれ、不利な地形での戦いを強いられたり、不意打ちを食らったりするんだけど、俺たちはその地形変動を最初から見極めて移動したから、ベストの陣地で戦いに臨めている。

 その状態なら、髑髏兵なんて敵じゃなかった。

 コーデリア一人の活躍で髑髏兵を一掃し、俺たちは峡谷を抜けた。



 なんなく『青き墓場の峡谷』イベントを突破した俺たちは先へ進んだ。

「いよいよ、この先だな」

 俺は自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

『三種の魔道具』を収めた古城があるはずだ。
 一時間ほどの道程で、俺たちはその古城までたどり着いた。

「へえ、あんたが『暗黒騎士ベルダ』か」

 城の前に誰かがいた。

「お前は……?」

 鳥のような翼を備えた女魔族だ。
 身に付けているのは魔法使い風のローブ。

「『虎の騎士』から聞いてるよ。なかなかの腕だそうじゃねーか」

 彼女が笑う。

「あたしは『鷹の魔術師』。『虎の騎士』の――同類さ」
「同類……!?」

 まさか、こいつも未実装のキャラか――。
.12 鷹の魔術師


「『虎の騎士』から聞いているよ。あんた、見た目は『暗黒騎士ベルダ』だけど、中身はちょっと違うみたいじゃねーの」
「……何?」
「あたしたちのようなイレギュラーなのかい? 面白いねぇ」
「イレギュラー……?」

 ゲーム内の用語だとしたら、俺には聞いたことのない言葉だった。
 ただ、イレギュラーという言葉の意味から、だいたいの想像はつく。

「ふん、自分が何者なのかも知らないか――創造神(ウン=エイ)に会ったことはなさそうだね」
「創造神……?」
「ま、いずれ知るだろうさ。あたしが教えなくてもね」
「……教える気もなさそうだけどな」
「さあ? あたしに勝ったら……ヒントくらいは教えてあげようかな」

『鷹の魔術師』が笑う。

「俺と戦う気か?」
「別に敵対する気はないよ。するメリットもない。けど――」

 ばさり、と『鷹の魔術師』が羽ばたく。

「いずれ創造神(ウン=エイ)と相まみえる可能性もあるし、そのときに味方としてふさわしいかどうか、あるいは敵になるのか――どっちにしても力量は把握しておきたいねぇ!」

 言うなり、『鷹の魔術師』は飛び立った。

「【フェザーバレット】!」

 羽毛が無数の弾丸となり、空中から降り注いだ。

 いや、よく見れば羽毛じゃない。
 羽毛型をした魔力の塊――魔法弾か。

「しかも、めちゃくちゃ速いぞ、これ――!」

 超高速の連撃だ。

 防御の暇もないタイミングで、数百単位の魔法弾が雨あられと降り注ぐ。

 こんな呪文は見たことがない。
 もしかしたら……いや、きっとこれも未実装の攻撃呪文だろう。

「なら、これで――【超加速】!」

 俺は宝玉を剣にはめ込み、一気に加速した。

「これは――!」
「『虎の騎士』から聞いてなかったか? 未実装の力を使えるのは、お前だけじゃない!」
.13 『絶望の神殿』へ


 超高速の魔法弾を、それを上回る超加速能力で避けていく。

「こ、このスピードは――話に聞いていた以上の――」
「おおおおおおっ!」

 俺は咆哮とともに剣を繰り出す。

「くっ……【防壁】!」
「【魔導破壊】!」
『鷹の魔術師』が張った魔法のシールドを、俺は魔法を破壊する剣技で打ち砕いた。
「……負けだよ。あたしの」

 彼女は両肩をすくめた。

「さすがはゲーム内最強格の一人だ。大した強さだねぇ」

 正直、簡単な相手じゃなかった。

『超加速の宝玉』がなければ、もっと苦戦しただろう。
 やはり未実装の敵キャラは、通常の敵よりもずっと強いようだ。

「約束通り創造神のヒントを教えるよ」

 はあ、とため息をつき、悔しげに俺を見る『鷹の魔術師』。

 創造神――。

『ウン=エイ』と呼ばれているなら、まあ要するに……ゲームの『運営会社』だよな、たぶん。

 だとすれば、ここはゲームの中なのか?
 それとも、やっぱりゲームそっくりの世界?

 そして、運営会社はこの世界にどうかかわっているんだ――?
 いくつもの疑問が俺の頭の中に浮かんでいく。

 と、そのときだった。

「【石化】!」

 背後にいきなり出現する気配。
 そして放たれたのは、灰色の霧だった。

「くっ!?」

 慌てて避けるが、

「きゃあっ……」

 コーデリアが霧をまともに受けてしまった。
 あっという間に石像と化すコーデリア。

「ああっ……」
「何をしている、『鷹』」

 現れたのは獣人型の魔族だった。

 蛇の頭部に人間型の体。
 身に付けているのは軽装鎧で弓を背負っている。
 腰からは蛇の尾が生えていた。

「『蛇の弓術士』ってところか……?」
「ふん、名前など好きに呼ぶがいい。俺たちには正式な名前などない。名を付けられることなく、世界に捨てられた存在だ」

 と、『蛇の弓術士』が言った。
.14 石化を解くために


「わざわざそいつの有利になる情報を与える必要はない。行くぞ」
「けど、あたしはこいつと約束――」
「行くぞ。二度は言わせるな」

 抗議しかけた『鷹の魔術師』に、『蛇の弓術士』が告げる。

「……分かった」

 彼女は俺を見て、わずかに申し訳なさそうな素振りを見せた。
 それから『蛇の弓術士』を抱え、空に飛び上がる。

「待て――」

 追いかけようとしたときには、もう二人は空の彼方へと飛び去っている。

 すさまじい飛行速度だった。
 俺の飛行魔法でも、あれには追いつけないだろう。

 たぶん、あれも未実装の飛行呪文だと思う。

「まずは……コーデリアの石化をなんとかしないとな」

 俺はため息をついた。

 石化を施した『蛇の弓術士』を倒せば解けるかもしれないが――奴に追いつくのは難しいだろう。

 とりあえず追いかけて、奴を探すか。
 それとも、別の手段を探すか。

「……まずは古城に入るか。そこで石化解除のアイテムを探してみよう」

 俺は決断した。

「【インベントリ】」

 俺は収納呪文を唱え、石化状態のコーデリアをその内部に入れた。
 このまま置いておくと、誰かに壊されないとも限らないからな。

「ちょっと狭いけど我慢してくれ。すぐに元に戻してやる」

【インベントリ】の異空間内にいるコーデリアに声をかけた。

 当然、返答はない。
 石化している間、意識があるのかどうかも分からない。
 ともあれ、

「待ってろよ、コーデリア――」

 俺は古城の内部に入る。

『絶望の神殿』に行くための三種の魔道具を手に入れるのはもちろんだが、なんとかコーデリアの石化を解けるようなアイテムも一緒に見つけたいところだ。



 俺は古城の中に入った。

 ひと気のない城の中を進んでいく。

 ときどきモンスターが現れたり、罠があったりしたが、いずれも俺のステータスの前には障壁にすらならなかった。
 楽々突破して進んでいく。

 やがて最上階にたどり着いた。

 そこは王に謁見するための広間だ。
 赤絨毯がまっすぐに敷かれ、その最奥に数段高くなった場所がある。

 そして、玉座が。

 そこには一体の髑髏が腰かけていた。

「王の死体か……?」

 それとも――。

 ヴンッ。

 突然、髑髏の両眼が赤く輝いた。
.15 古城の王


「何用か、生者よ」

 髑髏の王がたずねる。

 このキャラクターは見たことがなかった。

 ゲーム内で『三種の魔道具』を手に入れるときは、簡単なテキストが流れるだけだったからな。

 だけど、イラスト化さえされてないキャラクターにしては、この髑髏の王はなかなか存在感があった。
 そして、威圧感も。

 こうして向かい合っているだけで、背中にじっとりと汗がにじむ。

「この城にある『三種の魔道具』が欲しい」

 俺はその威圧感に対抗するように奴をまっすぐ見据え、ストレートに用件を告げた。

「『三種の魔道具』?」
「それを使って『絶望の神殿』の結界を通りたいんだ」
「なぜ、かの神殿に向かう?」
「それは――」

 ゲーム内のイベントだから、なんて正直に言っても、相手は理解できないだろう。

「答えられぬか。何やら、やましい事情でもありそうだな」

 髑髏の王が立ち上がった。

 ボウッ!

 その全身から黒いオーラが立ち上る。

「ここって戦闘イベントがあったっけ……?」

 俺は記憶をたどった。

『三種の魔道具』って古城に寄っただけで、特にイベントもなく手に入ったはずなんだが――。

 俺の記憶違いだろうか?
 それとも、もしかしたら――。

「……まさか、お前も未実装キャラなのか」
「何をわけの分からぬことを。さあこの『髑髏王』の力を受けよ!」

 ボウッ!

『髑髏王』の周囲に立ち上った黒いオーラが、無数の黒い魔力弾と化して発射された。

「【防壁】」

 俺はシールドを張って防ぐ。
 攻撃力はそこそこだが、俺の防御を破れるほどじゃない。

 こいつが未実装キャラだとしても、『虎の騎士』たちほどの強さじゃなさそうだった。

「悪いけど、立ちふさがるなら薙ぎ倒していく」

 俺は剣を抜いた。

「コーデリアの石化も解かなきゃならないからな」
「……ほう」

『髑髏王』が小さくうなった。

 ボウッ!

 ふたたび飛んでくる無数の魔力弾。

 当然、これらも俺のシールドで全部防ぐ。

 俺は剣を手に玉座に近づいた。
『髑髏王』は玉座の側に立ったまま、逃げようとしない。

 傲然と俺を見下ろしていた。

 その様は、まさに王者の風格――。
.16 シナリオの流れ


「【腕力強化】【脚力強化】」

 俺は例によって身体能力を強化する。

 四肢に力がみなぎると、床を蹴って一気に髑髏王へと斬りかかった。

 奴は避けない。
 俺は剣を振り下ろす。

 ざしゅっ!

 あっさりと奴の体を両断できた。

「無駄だ。我は不滅――」

 バラバラになった骨が空中に浮かび上がり、ふたたび髑髏王になって降り立つ。

「……アンデッドだもんな。剣じゃ倒せないか」
「【ゴーストキャノン】」

 髑髏王から紫色の瘴気の砲撃が放たれた。

「【防壁】」

 俺はすかさず魔法のシールドでそれを防ぎ、

「剣が駄目なら魔法で――【ラグナフレア】」

 反撃に上級の火炎魔法を放った。

 物理的な火炎ではなく、魔力の炎。
 その効果は物質だけでなく、エネルギー体などを燃やすこともできる。

「ぐおおおおおおおっ……こ、これほどの高位魔法を易々と操るとは……さすがは名高い暗黒騎士……!」

『髑髏王』は絶叫とともに燃え尽きた。

「意外とあっけないな」

 っていうか、俺のことを知っているみたいだったな。
 やっぱり『暗黒騎士ベルダ』って魔界でも有名なんだな。

「まあ、そりゃそうか……ん、あれは?」

『髑髏王』が燃え尽きた後に何かが落ちている。

「エリクサー……?」

 魔法薬の入った瓶である。

――――――――
『石化解除薬』
――――――――

 俺の頭の中に自然とその情報が入ってきた。

「石化解除……」

 じゃあ、コーデリアを元に戻せるかもしれないな。

「えらいピンポイントなアイテムが手に入ったな……」

 つぶやいたところで、ハッと気づく。

 いや、これは一連の『シナリオ』なのか。
 仲間が石化される→その先の敵を倒すと石化を解くアイテムが手に入る。

 いかにもゲーム的な流れである。

「じゃあ、やっぱりこれがコーデリアを元に戻すことのできるアイテムか」

 さっそく使ってみよう。

 俺は【インベントリ】に収納しているコーデリアの石像を取り出した。
 そして『石化解除薬』を使う。

 ぽんっ。

 白煙が立ったかと思うと、石像だったコーデリアが生身に戻った。
.17 三種の魔道具ゲット



「あ、あれ……? あたし――」
「よかった、元に戻ったみたいだな」

 俺はホッとして彼女に語りかけた。

「そうか、あたしは石化して――ベルダ様が助けてくださったのですか」
「ああ、首尾よく解除薬が手に入ったんだ。
「ありがとうございます……!」

 コーデリアは深々と頭を下げた。

「とりあえず『三種の魔道具』を探そう。たぶんこの部屋にあるんじゃないかな」

 ゲームではテキストでサラッと説明されていただけだったから、実際にどこに『三種の魔道具』があるのか、よく覚えていない。

 とはいえ、さっきの『石化解除薬』のようにゲーム的にアイテムを手に入れられるとしたら、分かりやすい場所においてあるはず――。

「あ、玉座の裏にありました!」
「わかりやすっ!?」



 こうして首尾よく『三種の魔道具』を得た俺は、いよいよ本来の目的地である『絶望の神殿』に向かった。

 途中までは飛行魔法で移動したのだが、神殿の数キロ四方からはその飛行魔法が使えなくなった。
 結界のせいだ。

 やむなく、そこからは徒歩で進んでいく。

「ありがとうございました、ベルダ様」

 彼女は何度も礼を言ってくる。

「いや、そんなにかしこまらないでくれ。仲間なんだから助けるのは当たり前だろ」
「仲間――」

 コーデリアがハッとした顔になる。

 ……そう、俺と彼女は仲間だけど、同時に俺は彼女の親の仇でもある。
 俺自身の意志でやったことではなく、俺が『暗黒騎士ベルダ』に転生する以前の出来事。

 だけど、そんなことは彼女には関係がない。
 そもそも俺が現代日本から転生してきた存在だということを、彼女は知らない。

「……そう、ですね」

 コーデリアがうなずいた。

 その口元にかすかな笑みが浮かぶ。
 どこか寂しげで、悲しげな笑みだった。

 その表情が意味するものをくみ取ろうとした、そのとき、

「見えてきましたよ、ベルダ様」

 コーデリアが前方を指さす。

 小高い丘の上に、巨大な神殿が鎮座していた――。
.18 勇者たちの策動(勇者ルーカス視点)


「よくやったぞ、ルーカス。やはり、そなたこそが真の勇者だ」

 女王がルーカスをねぎらった。

 ミリーナとの打ち合わせ通り、ルーカスが彼女を倒した。
 一撃を受けて気絶した(と見せかけている)ミリーナは、すでに地下牢へと運ばれていた。

「王都の復興が急務だが……それはそれとして、そなたの功績をたたえて、今宵は宴を開く。主賓として出席するがいい」

 ミリーナの一撃で王都の一画が吹き飛ばされてしまったため、まずそこの復興に全力を尽くすべきでは? と思ったものの、

「承知いたしました、女王陛下」

 ルーカスは恭しく頭を下げた。

 とにかく、今は女王の機嫌を取り、チャンスを待つのだ。

 ミリーナはミリーナで、牢に捕らわれたまま、自分の力の使い方を研究する、と言っていた。
 ルーカスをはるかに上回る彼女が、その力を使いこなせるようになれば――世界中に敵はいないだろう。

 そのときを待って、ルーカスがミリーナを脱獄させ、二人で世界を制圧する――。

 ミリーナは大雑把にそんなことを言っていた。

「いくらなんでも、滅茶苦茶だ……そんなこと、できるわけがない」

 ルーカスはそう思っているのだが、ミリーナに『逆らえば殺す』と言われては、従うしかなかった。

 それほどまでに彼女の力は圧倒的だった。



 翌日、ルーカスはミリーナが捕らわれている牢を訪れた。
 門番たちは、勇者であるルーカスをフリーパスで通してくれた。

 彼女は魔力を封じる首輪や腕輪などを付けられ、ほとんど下着同然のボロ布一枚を着た状態で牢に放り込まれている。

「【遠隔視】?」
「うん、勇者のスキルの中にあったから、使ってみた」
「俺、そんなの使えないぞ?」
「ミリーナ専用のスキルよ。ルーカスには使えない」

 と、ミリーナが言った。

「で、その【遠隔視】で魔界の動向を探ってるの」
「魔界の?」
「だって、このゲーム内じゃ魔界がこの世界に攻めてきてるでしょ。まず、あいつらをどうにかしないと、世界制覇なんて言ってられない」
「世界制覇か……」
「他人事みたいに言わないでよ。私とあんたでするのよ」

 ミリーナが言った。

「なんか現実感がなさすぎて……」
「異世界で勇者として生まれ変わる時点で現実感なんてないと思うけどな、私」

 ミリーナが言った。」

「まあ、確かに……」
「せっかく現実離れした体験してるんだから、とことん味わってみようよ」

 言うと、彼女の姿が消えた。

 次の瞬間、彼のすぐ側にミリーナの姿があった。

「えっ……!?」
「【空間転移】よ。勇者のスキルの一つ。私にとって、こんな牢なんていつでも抜け出せるの」

 こともなげに言って、ミリーナが顔を近づける。

「えっ、ミリーナ……?」
「世界を征服したら、私が女王、あんたは王様。でしょ?」

 ちゅっ、と音を立て、ルーカスの唇にミリーナの唇が軽く触れた。

 それは――恋人同士の甘いキスではなかった。

 戦友同士の、誓約の口づけだ。
.19 勇者たちの目的(ルーカス視点)



「で、話の続きだけど」

 まるで先ほどのキスなどなかったかのように、ミリーナは平然と言った。

 ……俺のことをどう思ってるんだ、この女?
 ルーカスの方はキスで多少なりとも気持ちが盛り上がってしまったため、憮然としてしまう。

「ん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでも……」
「魔界の最大勢力は言うまでもなく魔王ゼルフィリス。ついで暗黒騎士ベルダ。覇王アルドーザに関しては、少し前に討たれたみたいね」
「アルドーザって中ボスの一つだよな。このタイミングで死ぬんだっけ?」
「うーん……ゲームのシナリオとはだいぶズレてる感じがあるわね」

 と、ミリーナ。

「そもそもゲーム内に私とあんた、勇者が二人いるっていう状況がかなりイレギュラーなわけだし……シナリオ通りにはいかない、という前提で今後の行動を決めた方がいいと思う」
「なるほど……」

 確かに一理ある。

「で、魔王軍を撃退するためには、まず暗黒騎士を殺す。次に魔王ね」

 とミリーナ。

「魔王軍は魔王と暗黒騎士の二強よ。二人を順番に撃破すれば、残りは雑魚――私はもちろん、あなたでも滅ぼせる」
「け、けど、その二強がとんでもないレベルだろ」
「魔王は当然だけど、暗黒騎士だって俺はまったく歯が立たなかった」
「あなたじゃそうね。でも、私は違う」

 言って、ミリーナの姿がまた消えた。
【空間転移】で牢の中に戻る。

「まず暗黒騎士ベルダから殺しに行くわ」
「けど、君はここから出られないぞ。もちろん【空間転移】で出られるだろうけど、それをしたら世界中でお尋ね者だろう」
「ええ、だから合法的に出ましょ」
「合法的?」

 首をかしげるルーカスに、ミリーナが笑う。

「あなたがあたしを従えて暗黒騎士を討ちに行くの」
「俺が?」
「女王の許可を取ってきなさい」
「……簡単に言ってくれるな」

 ルーカスは憮然となった。

「大丈夫よ。あの女王、あなたに惚れてるから」
「まさか」
「本当だってば。ゲーム内の裏設定でそうなってるの」
「まじか!?」

 ルーカスは心の底から驚いて、声を上げてしまった。
.1 『絶望の神殿』に到着



 俺たちはついに『絶望の神殿』に到着した。

 この神殿に封じられた超強力なアイテム――。

 それには魔王の力を封じる効果があるとされ、俺にかけられた『魔王ゼルファリスの呪い』を解くことができるかもしれない。

 そうすれば、俺は晴れて自由の身。
 魔王の部下から卒業である。

 実際、今のまま『暗黒騎士ベルダ』としての人生を続けたら、そのうちげーーむ通りに勇者に討たれてしまう可能性が高い。
 今のうちに、そのルートから離れないとな……。

「やはり三重に結界が敷かれていますね」

 コーデリアが言った。

「じゃあ『三種の魔道具』を使うぞ」

 先の古城で手に入れた三つの魔道具をかかげる。
 すると、結界の一部が開き、俺たちが通るための道ができた。

「行こう」

 俺はコーデリアとうなずき合い、先へ進んだ。



「お待ちしておりました、ベルダ様」

 入口の前に三人の女がいた。

 いずれも黒い神官服を身に付けた美少女たちだった。
 顔立ちが似ているのは、三姉妹だからだ。

 彼女たちはいずれもSRキャラクターの巫女たち。

 ボブカットにしているのが長女のルーミィ、ポニーテールが次女のカレン、ツインテールが三女のライカである。

「お前たちは……」

 もう知っているんだけど、いちおう初対面っぽくたずねてみる。

「我らはこの神殿に仕える巫女でございます」

 長女のルーミィが一礼した。

「あなた様がこの先にあるアイテムの持ち主になった暁には、お仕えさせていただく所存」
「さあ、お進みください」
「どうぞ」

 三人の巫女が告げる。

「それは――俺がアイテムの所有権を手にすることを認める、ってことでいいんだよな?」

 いちおう確認しておく。

 本来のゲームシナリオでは、これは『暗黒騎士ベルダ』ではなく『勇者』が体験するものだ。

「その通りでございます。長らく閉ざされていたこの神殿に最初にたどり着いたあなた様こそ――アイテムを所有するための試練に挑む資格があります」

 うなずくルーミィ。

 よし、アイテムを手に入れることに関しては問題なさそうだ。

 俺はコーデリアとうなずき合い、進むことにした。
.2 神殿内部に眠る超強力アイテム


「申し遅れましたが――私たちは三人姉妹なのです、ベルダ様」

 ルーミィが言った。

「私は長女のルーミィと申します」

 うん、知ってる。

「ちなみにボクが次女だから。名前はカレン」
「あたしは三女だ。ライカっていうの」

 二人が口々に言った。

「ほらほら、二人とも。そんな口の利き方は失礼ですよ」

 長女がなだめる。

「えーだって、ボク堅苦しいのは苦手だよ~」
「あたしもだ」
「言葉遣いなんてどうでもいいさ。話しやすいように話してくれ」

 俺は苦笑交じりに三姉妹に言った。

 それから、俺たちは神殿の中に入った。
 長い廊下を進んでいく。

「ここに超強力なアイテムがある、っていう話を聞いて、それを譲り受けられないかと思って来たんだ」

 俺は歩きながらルーミィに話す。

「ええ、すべて存じております」

 うなずくルーミィ。

「ボクたちは巫女だからねっ」
「あたしたち三人が同時に『神託』を授かった。ここを訪れし強者に『宝具』を渡せ、と」
「宝具……か」

崩王(ほうおう)の宝具』。
 それが超強力なアイテムの正式名称である。

 魔王の力をも崩し、対抗できる力を持つアイテム――。



「ここです、ベルダ様」

 ルーミィたちが扉を開く。
 その向こうに広間があった。

「あれは――」

 俺は表情を引き締めた。

 広間の奥に巨大なシルエットがたたずんでいる。

 この展開は知っているぞ。
 本来のゲームシナリオでは勇者が魔界までやって来て、試練を超え、この神殿に入って相対する敵。

「『宝具の番人』です、ベルダ様」

 ルーミィが言った。

「なんだ、あいつは――?」

 俺が知っている『宝具の番人』とデザインが違う。

 それは、まさに巨人だった。
.3 未実装の敵


 全長二十メートル近い、鋼の装甲に覆われた機械巨人。
 それが俺の前に立っているモンスターのビジュアルだ。

「番人の名は【タイタン】といいます、ベルダ様」

 ルーミィが説明した。

「【タイタン】……?」

 なんだ、こいつは?

 ゲーム内にこんなモンスターいたっけ……?

 俺は首をひねる。
 いや、もしかして――。

「こいつ、未実装の敵モンスターか?」

 あの『虎の騎士』たちのように。

 だとすれば、通常モンスターよりもずっと強いはずだ。
 気を引き締めてかからないとな。

「ベルダ様……」
「こいつは俺の敵だ。コーデリアは下がっていてくれ」
「でも――」
「大丈夫だ」

 心配そうな彼女に俺はにっこり笑った。

 正直、未実装の敵は危険だし、コーデリアを危険な目に遭わせたくない。
 しかしそれを言うと、コーデリアは危険を承知で助けに入るかもしれない。

 だから俺は余裕のある態度で笑った。

「こんな奴、俺一人で十分だ」
「……ご武運を」

 俺の真意に気づいたのか、どうなのか。

 コーデリアは深々と一礼した。



「さあ、始めるか」

 俺は【タイタン】と向かい合った。

 全長二十メートル以上の身長は、さすがに大きい。
 文字通り見上げるような巨大さである。

 とはいえ、俺のステータスなら正面からの力押しでなんとかなるかな……?
 まずは試してみよう。

「【腕力強化】【脚力強化】」

 いつものように四肢の力を倍増させる。

 どんっ!

 床を蹴って【タイタン】に肉薄した。

 さすがに正面からパワー勝負を挑むわけにはいかない。
 体格差が十倍以上あるからな。

 おんっ!

 俺を踏みつぶそうとする【タイタン】の一撃を、寸前で避ける。
 大きく跳び上がり、斬撃を放った。

 がいんっ!

 俺の剣が弾かれた。

「硬いな――」

【腕力強化】した俺の一撃は、ドラゴンですら易々と両断する。

 が、【タイタン】の装甲は防御力の桁が違うらしい。
 さすがは未実装モンスター。

 一味違うということか……。
.4 未実装の敵をなんなく撃破する



「ベルダ様!」
「大丈夫だ」

 慌てたように駆け寄ろうとするコーデリアを、俺は視線で制した。

 おんっ!

【タイタン】がいきなり跳び上がった。

 神殿の天井を突き崩しながら着地する。
 そのとたん、

 ごおおおおおおおっ!

 床が激しく揺れる。
 立っていられない――!?

「くっ……」

 俺はとっさにジャンプした。

「コーデリア!」

 振り返ると、彼女は飛行魔法で宙に浮いていた。

 とりあえずホッとする。

 その一瞬のうちに【タイタン】が俺に向かって攻撃を繰り出していた。
 コーデリアを振り返ったために、回避のタイミングが遅れる。

「【防壁】!」

 とっさにシールドを張り、なんとか奴の攻撃を受け流した。

 ぱりんっ……。

 たった一撃で【防壁】が砕け散る。

「攻撃力が高いな。それにさっきのスキル――」

 大地震を起こして、こちらの動きを制限する。
 そんなスキル、ゲーム内では見たことがない。

「【大圧殺】。【タイタン】の固有スキルです、ベルダ様。てごわいですよ?」

 ルーミィが説明した。

 三姉妹は、いずれも俺をジッと見つめていた。

 まるで値踏みするように。
 まるで俺の力量のすべてを測るように。

 なら――今、見せてやる。

「とにかく、手数で勝負だ」

 俺は同じ箇所に徹底的に攻撃し続けた。

『暗黒騎士ベルダ』の圧倒的なステータスに任せた力押しだ。
 数十数百の斬撃を一か所に集中し、なんとか【タイタン】の装甲を貫く。

「仕上げだ!」

 装甲に空いた穴に【ファイアボール】を大量に撃ちこんだ。

 ごうんっ!

 内部から爆発し、【タイタン】はようやく倒れたのだった。
 と、

「これは――」

【タイタン】の残骸の中に何か光っている。
 俺は近づいてみた。

「手甲……?」

 もしかして、これって――。

「『超加速の宝玉』みたいな未実装アイテムか」

【鑑定】してみた。

―――――――――
『超貫通攻撃の手甲』
―――――――――

 名前だけが表示され、効果の説明はなかった。
.5 未実装アイテム二つ目をゲット

『超貫通攻撃の手甲』。

 聞いたことがないアイテムだ。

 俺が知らないだけという可能性もあるけど、【鑑定】しても効果の説明が出ないことを考えると――、

「やっぱり、こいつも未実装アイテムって考えたほうがいいかな」

 効果を説明する文章がなくても、名前からその効果を十分に推測できる。

「貫通攻撃の威力がものすごく上がる……って感じなのかな?」

 威力か、貫通力か、あるいは攻撃範囲などが上がるのか、その辺は分からないけれど……。

「いずれにしても役立ちそうだな」

 俺は手甲を手にした。

 ……もらっていいのかな、これ?

「それは試練を乗り越えたあなた様のものです。どうぞお持ちください」

 ルーミィが言った。

「そっか、ありがとう」

 それなら、ありがたくもらっておくことにする。
 俺は手甲を右手に装備した。

「では、神殿の奥へどうぞ」

 と、三姉妹が俺に向かって一礼する。

「ベルダ様は見事に試練を乗り越えられました。この神殿に安置された『崩王の宝玉』を受け取ってくださいませ」



 神殿の奥には祭壇が設置されていた。
 その最上部に輝く玉が見える。

「あれが――」

 目的の『崩王の宝玉』か?
 と、

 どがあっ!

 祭壇の近くの壁が割れて吹き飛んだ。

「そのアイテムは渡せんな」

 壁の割れ目を通って現れたのは一人の剣士だった。

「――やっぱり、来たか」

 ここはゲームシナリオの展開通りだった。

 魔界における伝説的な英雄、剣魔ドレイク――。

 奴との再戦のときだ。
.6 剣魔ドレイクとの再戦1


「久しいな、暗黒騎士。君なら試練を乗り越えて、この神殿に現れると思っていた」

 ドレイクが告げる。

「お前も試練を乗り越えてきたのか」
「無論」

 告げて、剣を抜くドレイク。

 あいかわらず、すさまじいプレッシャーだった。

 さすがは魔界に名高い伝説の剣豪だ。

 と、さらに一人の魔族が現れた。
 身の丈を超える大剣を背負った男である。

「お前が高名な暗黒騎士ベルダか。そっちは氷雪のコーデリア……知っているぞ」

 男が笑う。

「お前たち二人を倒せば、俺の名も挙がるというもの!」
「我らは魔王軍の所属だ。それに手を出すというなら、すなわち魔王ゼルファリス様への反逆となる」

 コーデリアが凛とした口調で言い返した。

「おお、かっこいいぞ、コーデリア」
「えへへ」

 思わずつぶやいた俺に、コーデリアが照れたような笑みを浮かべる。
 ……本当に、出会ったころと比べてキャラ変わったな。

「知るか! お前らを殺せるほどの腕なら、魔王様も俺を高く買ってくれるだろうよ! それが魔族の世界だろうが!」
「殺伐とした世界だな……」
「魔族ですので」

 俺のつぶやきにコーデリアが冷静なツッコミを返した。

「ま、それは確かに」

 魔族の剣士が近づいてくる。
 大剣を掲げ、

「さあ、死ね――」
「邪魔だ」

 ざんっ!

 ドレイクの一閃で、その魔族の首が飛んだ。

 ……まあ、この辺もゲームシナリオ通りだったりする。

 だから、そこに驚きはない。
 ただし――。

「今の……斬撃そのものが見えなかった……」
「あたしも……残念ながら、何も見えませんでした」

 うめいた俺の隣で、コーデリアも同じようにうめく。
 思った以上の、すさまじい斬速だった。

 俺の――『暗黒騎士ベルダ』のステータスを持ってしても、視認できないほどとは。

「こいつは……ガチの強敵だな」

 俺は剣魔ドレイクと向き合った。

「悪いが、アイテムは渡せない」
「『崩王の宝玉』が必要なのは、私も同じこと」

 ドレイクが告げた。

「――これ以上の問答は無粋。いざ、参る」

 そして俺とドレイクの戦いが始まった。
.7 剣魔ドレイクとの再戦2


「【縮地】!」
「【脚力強化】!」

 俺たちは同時に突進した。
 そのままの勢いで距離を縮め――。

「はああああっ! 【百連撃】」

 先制攻撃はドレイクだった。

 強烈な一撃が次々に繰り出される。

 まさに斬撃の雨――。
 俺はそれをことごとくブロックした。

「やるな! やはり、さすがの腕前!」
「お前もだ、ドレイク!」

 俺たちは剣を繰り出しながら、互いをたたえ合う。

 ――楽しい。
 自分の中から湧き上がる感覚に、俺は多少の戸惑いを覚えていた。

 これが自分の感情なのか。
 それとも『暗黒騎士ベルダ』の感情なのか。

 だんだん分からなくなってくる。

「俺は、俺のはずだ――」

『暗黒騎士ベルダ』じゃない。
 体や能力はベルダのそれでも、意識や人格は俺なんだ。
 現代日本で生きてきた俺なんだ。

 ……あれ、俺って前世ではどういう人間だっけ?

 ふと疑問が浮かぶ。

 おかしい、思いだせない。
 記憶がぼやけている……?

「どうした、君の剣に迷いが見えるぞ!」

 ドレイクの斬撃がさらに鋭さを増した。

「ちいっ」

 俺はいったん跳び下がった。
 いけない、戦いの最中に迷うなんて。
「今はこいつとの戦いに集中だ」

 俺は剣を握り直した。

 とはいえ、力はほぼ互角。
 どうやって倒すか――。

 考えたとき、右手の手甲が目に入った。

「そうか、こいつを試してみよう」
.8 超加速&超貫通


 俺とドレイクは激闘に決着をつけるべく向かい合う。

「【超加速】!」

 今度は俺から仕掛けた。
『超加速の宝玉』を使い、一気にスピードアップする。

 一瞬にしてドレイクの間合いに侵入した。

「速い! だが、それくらいで――」

 さすがに伝説の剣豪だけあって、ドレイクはすでに防御態勢を取っていた。

 このまま攻撃しても、簡単にブロックされるだろう。
 だからこそ、

「【超貫通】!」

 俺は二つ目の未実装アイテムの効果を発動した。

 がきんっ!

 俺の剣とドレイクの剣がぶつかり合う。
 そして、

 ざしゅっ……!

 ドレイクの刀身をあっさりと貫き、俺の剣が奴の胸元に突き立った。

「あ……が……っ……!?」

 ドレイクは呆然とした顔で俺を見つめ、そして倒れる。

「今のは……なんだ……!?」
「悪いな。勝負は互角だったけど、アイテムの差で俺の勝ちだ」
「アイテム……そんなものは、私の知識にはなかった……実装されていない……アイテム……だが、それもまた勝負だ……」

 ドレイクが弱々しくうめく。

「『宝玉』さえあれば……私は、このシナリオから……抜け出せ……」
「えっ……」
「無念……やはり、私は……ここで死ぬ……うんめ……い……」

 がくり、とその手が力を失った。

 ドレイクの最期の言葉はどういう意味だったんだろう?

「もしかして、お前は――」

 いや、お前も……もしかしたら……?



「とにかく、これでシナリオクリアだ……」

 つぶやきながら、もはや動かなくなったドレイクを見下ろす。

 彼の正体が気になるところだ。

 俺の推測通りなら、彼はもしかして――。

 ヴン……ッ。

 光に包まれ、ドレイクの体が消滅していった。

「お見事です、ベルダ様」

 ルーミィたち三姉妹が進み出た。
 俺に向かって手を差し出す。

「ん?」
「さあ、私たち三人を――」
「あなたのものにしてください」
「そのとき、『崩王の宝玉』も同時にあなたの所有物となります」

 三姉妹が言った。
.9 崩王の宝玉


「あなたのものに、って……?」

 俺は戸惑いを隠せなかった。

「もちろん、身も心もあなたのものにしてほしいということです」

 ルーミィが艶然と微笑む。

「ちなみに、あたしたち三人とも生娘だよ」
「ボクたちの純潔――まとめて、ベルダ様に捧げちゃうよ~」

 と、カレンとライカ。

 つまりその……三人とエッチする、ってことだよな……?

 なんだ、その展開は?
 ゲームと全然違うじゃないか。

「さあ、ご遠慮なさらずに」
「『宝玉』に選ばれた者に仕えるのは、あたしたちの喜び」
「ボクたちを可愛がってね」

 三姉妹が俺を囲み、寄り添ってくる。
 と、

「ふふ、よかったですね、ベルダ様」

 コーデリアが俺を見て微笑んでいた。

 ……って、なんか目が笑ってないんだけど!?

 というか、全身から妖気が漂ってないか、コーデリア?

「三人とも類まれなる美少女ではありませんか。英雄色を好むともいいます……さあ、あたしのことはお気になさらず行ってください」

 だから、笑顔が怖いんだけど……。

「え、えっと……」

 まさか……もしかして、ヤキモチ焼いてるなんてことは……さすがにないいよな?

 まあ、どっちにしろアイテムを手に入れるためには、三姉妹とエッチしなきゃいけないみたいだし……。

「しょうがない、よな」

 こっちだって、遊びでやって来たわけじゃない。

 宝玉を手に入れ、魔王の呪いを解き、魔王軍から自由になる。
 そして俺は、自分の死という運命が待っているゲームシナリオから自由になるんだ。

 ――よし、ここは覚悟を決めて、三姉妹とエッチしよう。
 俺もそんなに経験が多いわけじゃないけど、初めてってわけじゃないし……いいか。

 いや、こっちの世界では――この『暗黒騎士ベルダ』の体になってからは初体験になるな。
 それが一気に三人の女の子を相手にするとは。

「どうなさいました?」
「遠慮しなくていいぜ」
「ボクたちをまとめて女にしてねっ」

 三姉妹が俺を誘う。

 ――よし、いくぞっ。

 それからの数時間、俺は三姉妹とめくるめく快楽の時間を過ごしたのだった……。
.10 事後と宝玉ゲット


 コーデリアには離れた場所で待機してもらい、俺たちは祭壇の前で交わった。
 まあ、要するにエッチしたわけだ。

 はっきり言って……めちゃくちゃ気持ちよかった。

 女性経験はゼロじゃないけど、三人を同時に相手にするのは初めてだった。

 しかも三人とも、こんなに綺麗な女の子で――まるで夢のようだ。
 ただ、なぜかコーデリアに対して多少の罪悪感を覚えてしまうのはどうしてだろう。

 別に恋人同士ってわけじゃないし、なんなら俺は彼女の親の仇なんだけど――。

「ふう、すごかったです、ベルダ様……」
「ふあぁぁ……男の人を知ってしまった……」
「ボク、純潔を捧げっちゃったんだぁ……」

 三姉妹はいずれも夢見心地で俺の左右に寝そべっている。

 いずれも全裸である。

 清楚な容姿に似合わぬグラマラスな長女ルーミィ。
 引き締まっていて、小ぶりながらも形の良い胸が魅力的な次女カレン。
 小柄だけれど、胸は爆乳サイズの三女ライカ。

 それぞれが異なる個性を主張する魅惑的な裸体だ。

 当然、俺も全裸だった。

 先ほどまでの三対一の激しいエッチの余韻が、全身に残っている。
 俺はその余韻にしばらくの間、浸っていた。
 そして――。



 衣服を整えた俺と三姉妹はそのまま祭壇の前に進んだ。

 そこに、虹色に輝く玉が乗っている。

「これが『崩王の宝玉』か……」

 俺は宝玉を手にした。

 大きさは野球のボールくらいである。
 どうやって使えばいいんだろう?

 試しに念じてみるか。

 ――俺にかけられた『魔王ゼルファリスの呪い』を解除してくれ。

 すると、

 ヴンッ……。

 宝玉がうなるような音を立て、黒い輝きを発した。
 そして次の瞬間、俺の体から何かが抜け落ちたような感覚が訪れる。

「えっ、これって――」

 いや、間違いない。

 感覚で分かる。

 魔王にかけられた呪いが、あっさり解けてしまった――。
.11 解呪、そしてこれからの人生は


「コーデリア、ちょっといいか?」

 俺は離れた場所で待っていた彼女を呼び寄せた。

「なんでしょう? 先ほどはお楽しみでしたね?」
「えっ? ええと……」
「お楽しみでしたね?」
「コーデリア?」
「お楽しみでしたねっ?」
「いや、明らかに怒ってるよな!?」
「ふふふふ、ベルダ様は宝玉を得るために必要なことをしただけでしょう? あたしはちーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとも怒ってませんよ?」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃん……」

 と、

「これからどういたしましょうか、ベルダ様」

 ルーミィがやって来た。

「むむむ……」

 コーデリアが彼女をにらむ。

「あら、怒ってらっしゃるのですか、コーデリア様?」

 ルーミィが微笑む。

「もしかして――あなたもベルダ様に抱かれたかった、とか?」

 言いながら、見せつけるように俺に腕を絡ませるルーミィ。

「ベルダ様から離れろ」
「なぜです? 私はこの方のモノ。身も心もすべてを捧げているのです。この方が命じられればどんなことでもしますし、求められれば、いつでも体を差し出す所存」
「むむむむむ……」

 ふふんと笑うルーミィに、コーデリアは悔しげな顔だ。

「それとも――羨ましいのですか? ならば、あなたもベルダ様に抱かれてみますか?」
「っ……!」

 たちまちコーデリアの顔が赤くなった。

「お、おい、ルーミィ……」
「ふふ、冗談が過ぎましたね。お許しを、コーデリア様」

 ルーミィは頭を下げた。

「へえ、コーデリアさんもベルダ様が好きなの?」
「じゃあ、ボクたちのライバル?」

 カレンとライカがにっこりとした顔で言った。

「あ、あたしはあくまでも、この方の副官としてだな、その……」

 コーデリアはますます顔を赤くする。

 なんだか――急ににぎやかになったなぁ。
.12 地上へ戻る



「地上に戻ってきたぞ」

 俺は周囲を見回した。
 半ば無意識に深呼吸してしまう。
 やっぱり人間界と魔界じゃ空気の感じが違うな。

「魔王のところまで行かないとな」
「ベルダ様……!?」

 俺が『魔王』と呼び捨てにしたことに、コーデリアは驚いた様子だ。

「そうだな、お前には言っておくよ。俺は――魔王と決別する」

 その言葉に、コーデリアは呆然としたように目を見開いた。

「な、何を言っているのですか、ベルダ様……!?」
「今言ったとおりだよ。俺は魔王とは違う道を進む」
 俺はコーデリアに言った。
「魔王軍も辞める」

 シン、と沈黙が流れる。

 もしかしたら『裏切り者』と糾弾されるのだろうか。
 ほとんど反射的に身構えるが、

「ならば、あたしも――」

 コーデリアが身を乗り出した。

「あなたとともに行きます」
「コーデリア?」
「あたしはあなたの副官ですから」

 微笑むコーデリア。

「もちろん、私たちも」

 ヴンッ……!

 突然、俺の前に三姉妹が現れた。
 空間転移系のスキルを持っているらしい。

 ……急に出てくると、びっくりするんだけど。

「あたしたちはベルダ様にお仕えする者」
「どこまでもついていくぞっ」
「いや、でも俺は魔王から離れるんだぞ? 下手したら魔王軍の反逆者だ」

 というか、そうみなされる可能性は十分にある。

 でも、他に選択肢はない。
 俺がこのまま魔王軍の重鎮として居座り続ければ、遠からずあのイベントが来る。

 勇者が暗黒騎士ベルダを撃破する、あのイベントが――。
 その前に、俺は魔王軍から離れる必要があった。

 魔王軍所属でなくなれば、あのイベントと同じシチュエーションは発生しない。

 全然別のシチュエーションで勇者と対決する可能性がないとはいえないが、それはもはや別イベントだろう。
.13 魔王城へ


「魔王軍の本隊に合流しよう」

 俺はコーデリアたちに言った。

 現在、俺たちは五人パーティになっている。
 俺とコーデリア、そして巫女三姉妹。

 この五人で地上の魔王城に向かうことになった。

 ちなみに魔王城は地上侵略用の拠点として作られたもので、魔界にも当然オリジナルの魔王城がある。
 魔王ゼルファリスは通常、地上の魔王城にいるはずだった。

「飛行魔法で行くか……距離はどれくらいだ?」
「ここからですと、およそ二時間ほどで到着するかと思います」

 俺の問いに答えるコーデリア。

「けっこう遠いな……」
「あら、私たちの転移術なら数秒で到着しますよ?」

 と、ルーミィが言った。

「転移術? 本当か」

 そういえば、そんなスキルがあったような気がする。

「私たち三人がそろったときだけ発揮できるユニークスキルです。この場の全員を魔王城に転移できます」
「じゃあ、頼む」

 俺の言葉にルーミィたちはうなずき、三姉妹が手をつないで輪になった。

 ポウッ……。

 淡い光がその輪の内側から立ち上り、天空にまで上っていく。

「【空間転移】!」

 そして術が発動した。

「うっ……?」

 視界が一瞬揺らぎ――。
 次の瞬間、俺たちは魔王城の前に転移していた。

「あれは――」

 城の前でいくつもの火の手が見えた。
 悲鳴や怒号がいくつも聞こえてくる。

「魔王軍と人間の軍が交戦している――」
「友軍を助けましょう」
「……待て、俺一人で行く。コーデリアたちは手を出さないでくれ」
「ベルダ様……?」

 俺はコーデリアたちに微笑み、剣を抜いた。

 最近はそれなりの強敵が相手で、苦戦が続いていたけど、ここは圧倒的な力で薙ぎ払える局面だろう。

「【多重照準固定】」

 俺は剣を掲げた。

「【自動追尾型流星弾】!」

 そして、数百単位の魔法弾をいっせいに撃ち出した。
 魔法弾はいったん上空まで上がった後、雨のように降り注ぐ。
 さらに、

「【超貫通】!」

『超貫通の手甲』の力を上乗せ。

 がががががががががっ!

 結果、破壊力と貫通力を兼ね備えた魔法弾が、魔王軍も人間軍も関係なしに、彼らの武器を片っ端から破壊していった。

「な、なんだ……?」
「俺の剣が……」
「槍が消滅した……」

 魔族も人間も呆然としている様子だ。

「退け」

 俺は空中から両軍に言った。

「無益な戦いはやめろ」
.14 凱旋


「な、なんだ、あいつは……」
「ひいい……」

 人間たちが怯えた表情を見せた。

 武器をすべて失ったのだから当然か。

 仮に、俺がその気になれば、人間たちを虐殺することだって可能だ。
 絶対にやらないけどな……。

「な、なぜ、我らの武器を……」
「ベルダ様……?」

 一方の魔族たちは戸惑っている様子だ。

 まあ、それはそうだろうな。
 本来の俺の立場からすれば、人間たちだけを攻撃すればいい話だ。
 今の俺の力量なら、人間軍を全滅させることだって難しくない。
 けれど――。

「魔族たちよ、全員城の中に戻れ。いったん待機だ」
「えっ……」
「お前たちはここまでの戦いで消耗が激しい。休息が必要だ」

 適当に理由付けしておく。

「おお、ベルダ様は我らを気遣ってくださったのか……」
「なるほど、戦い自体を続けられないように、あえて俺たちの武器まで全部壊したってことか……」
「さすがは暗黒騎士ベルダ様……」

 口々に感嘆しながら、魔族たちは城の内部に引っこんでいった。
 ……若干、過大評価された気がしないでもないが。

「後は、お前たちだ。退け」

 俺は残った人間軍に言った。

「それとも――武器なしで俺に向かってくるか?」

 言いながら、魔法剣を放つ。

 ごばあっ!

 地面が爆裂し、クレーターができた。
 もちろん、これは単なる威嚇だ。

「ひいいいいいいいいっ……」

 人間たちは恐怖の声を上げて、いっせいに逃げ出した。
 よし、これで当面の戦いは回避できた。



 俺はコーデリアや三姉妹とともに城に入った。

「おお、ベルダ様のお帰りだ」
「魔王城に攻めこんでいた人間どもを一掃されたとか」
「さすがは暗黒騎士ベルダ様!」
「ベルダ様、ベルダ様!」

 魔族たちは大歓迎だ。

 凱旋、という感じだった。

 俺は彼らに軽く手を振って、応える。
 それから魔王がいる最上階へと向かった。

 いよいよ、魔王ゼルファリスとのふたたびの対面。

 そして、決別のときだ――。
.15 暗黒騎士と混沌の魔術師


 かつ、かつ、と足音高く、俺は魔王城の廊下を歩いている。
 気分が高ぶっているせいか、自然と歩調が強くなってしまう。

 と、前方から誰かが近づいてきた。
 魔術師のローブをまとった金髪碧眼の美少女――。

「お前は……」

 俺と同じく魔王軍四天王の一人、『混沌の魔術師ヴィム』だった。

「ひさしぶりだね、ベルダくん」
「ああ、元気そうで何よりだ」

 挨拶を交わす俺たち。

「へえ

 と、ヴィムが俺をしげしげと見つめた。

「……なんだ?」
「魔王様の呪いが解けているね」
「……!」

 一目で見抜かれ、俺は思わず硬直した。

「あれ? バレバレなのに……もしかして隠してるつもりだった?」
「いや、別に」
「だよねぇ。どういうつもりかな? 君、魔王様から離れる気じゃないだろうね」

 ヴィムが追及してくる。

「なぜそんなことを聞く」

 俺はイエスともノーとも言わなかった。
 下手なことを言って、ツッコまれたくなかった。

「もし君が魔王軍を離脱するなら……寂しいじゃないか」
「えっ」
「つれないなぁ……私と君は親友だよ?」
「あ、ああ、そういう設定だっけ」
「設定!? ひどいなぁ」

 ヴィムがぷうっと頬を膨らませた。
 すねた顔がけっこう可愛い。

「俺はもう行くぞ。早いところ魔王に会ってきて、いろいろ話さなきゃいけない」
「へぇ、『魔王』……って呼び捨てなんだ」

 あ、しまった。
 ちょっと気が逸ってたか。

 まあ、いいか。
 どうせ魔王軍を離脱するんだし。

「まあ、だいたい察しがついたよ。じゃあ、またね」

 ヴィムが手を振る。
 俺は背を向け、彼女から去っていく。
 と、

「ねえ、ベルダくん」

 背後からヴィムが声をかけた。

「なんだ?」
「君のことはいい友人だと思っている。けれど、私は魔王様に恩義があるんだ」
「……何が言いたい?」
「魔王軍を離れるというなら、私としても君に友好的な態度を取りづらくなる、ってことさ」

 そのとき――。
 ヴィムから強烈な殺気が放たれた気がした。
.16 魔王との対面


 黒曜石を思わせる漆黒の長い髪と瞳、そして黒衣。

 まさしく黒ずくめの絶世の美女――魔王ゼルファリスと、俺は久しぶりに対面していた。
 謁見の間で跪き、玉座の魔王を見上げる。

「我が腹心ベルダよ、よく帰ってきた――と言いたいところだが」

 魔王は明らかに怒っているようだ。

「単独行動が多すぎる。一体どうしたというのだ!」
「私なりに考えあってのことです、魔王様」

 俺はまっすぐに彼女を見つめた。

「考え……だと?」
「私は、あなたの元を離れようと考えています」

 はっきりと告げる。
 直球勝負だ――。

「な、なんだと……!?」

 魔王は大きく目を見開いていた。
 さすがに驚いた様子だ。

「我の聞き間違いか? もう一度、大きな声で言ってくれないか、ベルダ?」

 魔王が俺を見据えた。

「まさかとは思うが、我が元を離れる……などと言ったのではあるまい? そんなことをすればどうなるか……聡明なお前にはよく分かっているはずだ」
「聞き取りづらかったのであれば、もう一度申し上げましょう」

 俺は立ち上がった。

「私は魔王軍を辞めます……!」
「っ……!」

 再度の言葉に、魔王は息をのんだようだ。

「ば、馬鹿な……」

 わなわなと震える唇から血の気が失せている。

「本気か、ベルダ!?」
「無論。私が魔王様に偽りを申すなど、あり得ぬこと」

 恭しく告げる。

「本気で我が元を去ろうというのか!? なぜだ!」

 ゼルファリスが叫んだ。

「我の気持ちも知らずに……うう」
「えっ」

 なんだ?
 今、ゼルファリスの顔が赤らんだような――。

 まさか、裏設定とかで『実は魔王は暗黒騎士ベルダに恋している』なんてことはないよな……?

 でも、この手のゲームだと、どっちかというと『最終的に魔王は主人公の勇者にデレる』の方がありそうだな。

「お前は我が軍最強の戦力だ。我が易々と手放すと思うか?」
「申し訳ありませんが、私は私の意志で動きます。私の行く道は私自身が決めます」
「言うようになったな……だが、我の呪いがある限り――」

 言って、ゼルファリスはハッとした表情を浮かべる。

「貴様……呪いが……!?」
「恐れながら――あなた様から受けた呪いは、すでに解かせていただきました」

 恭しく頭を下げる俺。

「さあ――」

 今度は俺が彼女を見据える。

「そろそろ終わりにしよう。ゼルファリス。俺はもう、お前の部下じゃない」

 俺は魔王を見つめた。

 魔王ゼルファリスの腹心としての態度もここまでだ。
.17 そして決別へ


「我がお前を手放すと思うか、ベルダ」

 ゼルファリスが玉座から立ち上がった。

「悪いが、お前の意志は関係ない。これは俺の意志だ」

 俺は魔王を真っ向から見つめる。

「俺が自分で決めたことだ。お前がどう思おうと、決めたことは変えない」
「ふざけるな! お前は我のものだ! 我の許可なしに、どこへも行かさん!」

 告げて、ゼルファリスが右手を突き出した。
 そこから無数の魔力の網が放たれる。

 捕縛系の呪文か。
 だが、

「【腕力強化】【斬撃×10】」

 十連続の斬撃で空間ごと魔力の網をまとめて斬り散らす。

「貴様――」
「どうした? 力ずくなら俺を止められると思ったか?」

 告げて、俺は床を蹴る。

「【超加速】!」
「は、速すぎる――」

 一瞬にして魔王のすぐ目の前まで移動し、剣の切っ先を彼女の喉元に突きつけた。

「俺はずっと戦ってきたんだ。お前が知らない力を手に入れた」
「ぐっ……」
「退くか、それともこのまま貫かれるか……好きな方を選べ、ゼルファリス」
「――後悔するぞ、ベルダ」

 ゼルファリスの全身から威圧感が消えた。
 この場は負けを認めた、ということか。

 俺も剣を引く。

「世話になったな、魔王」

 そして謁見の間から去っていく。

「……運命からは逃れられんぞ、ベルダ」

 背後でゼルファリスがつぶやいた。

「誰も逃れられんのだ。貴様も、我も……誰一人……」



 俺は魔王城から出ると、外で待機していたコーデリアや巫女三姉妹と合流した。

「よかった、ご無事で――」
「心配かけたな、コーデリア……うわっ!?」

 彼女は俺に抱き着いてきた。

「魔王とは決別した。ここから俺は魔王の腹心ではなく、ただのベルダとして旅に出る」
.18 魔王軍を離れ、新天地へ


 俺たちは魔王軍から離れて進んでいた。

「まずは人間からも魔族からも干渉されにくい場所に行きたいよな」
「無用な戦いを避けられる場所、ということですね」

 俺とコーデリアは話していた。

 すでに何度となく話し合ったことだが、それでもこうしてまた話題に出すのは、俺自身の気持ちが完全に固まっていないから。
 そして、それを固めるためだ。

 おそらくコーデリアも同じだろう。
 今までの地位や生活をすべて捨てて、新たな居場所作りに旅立つ――不安にならないわけはない。
 それでも彼女は俺について来てくれた。

 感謝しかない。

 そして、もちろんルーミィたち三姉妹についても同じだ。

 正直、寄る辺のないこの異世界で彼女たちがいなかったら、俺は途方に暮れているだろう。
 力だけなら、この世界でも有数のものを持っているつもりだけど、だからといって人は一人では生きられない。
 魔族であっても同じこと。

 仲間がいることのありがたみを、今まで以上に感じる――。

「魔界ではなく人間界に住まうつもりなのですか、ベルダ様」
「まあ、こっちの世界の方が馴染むし……やっぱ人間だからな」
「えっ」

 ルーミィたちがキョトンとした顔をする。

 事情をある程度知っているコーデリアだけはクスリと笑っているが。

「あ、いや、俺は魔王と決別したわけだし、魔界にいると色々と……な。人間界の方が魔王の影響は少ないし、過ごしやすいと思ったんだ」
「なるほど……確かにそうですね」

 実際、魔王の逆鱗に触れている可能性もあるからな。

 魔界にいると魔王の刺客が次々に俺を狙ってくる――なんて可能性だってある。
 総合的に考え、俺たちの安住の地は人間界に築きたいところだ。

「ではベルダ様が収める地を作るのがよいのでは」
「……それって人間界の一部を支配するってことにならないか?」

 コーデリアの提案に俺はジト目になった。

「人間が誰も済んでいないような場所を目指すとか?」
「お、それいいな。辺境開拓ってやつだ」

 こうなるとゲームシナリオからは完全に離れることになる。

 今まではこの先に何が起きるのか、ある程度予測できたことも多かったけど、今後はそうはいかない。

 でも、ま、人生なんて先が分からないのが当たり前だもんな。

「さあ、辺境開拓編スタートだ」

 そして、それはゲームシナリオにはまったく存在しない、俺の意志で切り開く人生なんだ――。
.19 宿に泊まる


 とりあえず大陸の南端を目指すことになった。

 そこは気候も温暖で作物も豊かに育つような土地なんだとか。
 さらに人間と魔王軍との戦場からは、ある程度の距離がある。

 うん、新生活を始める場所としては悪くない。
 むしろ理想的かもしれない。

 ただし――かなり距離が遠い。

 しかも周辺には飛行魔法を封じるエリアなんかもあって、空路で一直線に行くのは難しいようだ。

「ま、急ぎの旅じゃないし、のんびり行こうか」

 俺たちは数時間飛行した。

 この辺りはまだ飛行魔法を封じられているエリアからは遠い。
 日が沈み始めたため、眼下の町に降りる。

「私が全員に認識阻害魔法をかけますね」

 ルーミィが言った。

「私たちは全員、人間型ですし、魔族特有の尖った耳は初歩の視覚魔法でごまかせます。ですが、見破る者がいないとも限りませんので……念のために、もう一段カモフラージュをします」
「助かるよ、ルーミィ」



 俺たちは手近な宿に入った。

 資金については、俺たちの装備品の一部……主に装飾品の部分を適当な値段で売って調達した。
 さすがに人間界の金貨は持っていなかったからな。

 装備の一部から宝石などが欠けてしまったが、もともと予備の装備だし、まあいいか……。

 で、今は全員で宿の一階にある酒場にいて、夕食タイムだ。
 全員の前にエール酒があって、なんだか現代の飲み会みたいな絵面になっていた。

 とりあえず生、って感じである。

「では、あらためて……かんぱーい」
「かんぱーい!」

 俺たちは大いに食べ、飲んだ。

 楽しかった。
 この世界に転生して以来、きっと初めてだ。

 魔王の呪いや人間との戦い、そして俺自身の破滅の運命……そんなプレッシャーから解放され、何も考えずにただ食事や酒に没頭できるのは。
.20 ハーレム飲み会


 楽しい飲み会は続く。
 酒を飲み、美味しい料理を食べ、いい気分で宴が進む。

「なあ、コーデリア。俺がやったことって正しかったのかな?」

 俺は隣に座るコーデリアに語り掛けた。

 魔王城で、魔族と人間の戦いに割って入り、双方を引かせたことを言っているのだ。
 あれは――単なる自己満足だったかもしれない。

 俺が間に入ることで、この場での戦闘はとりあえず回避できた。
 けど、魔王軍も人間軍も武器を補充したら、また戦闘を始めるだろう。

「あのときは正しいと思ってしたことだけど、今振り返ると、単に正義の味方ごっこをしたような気になってさ……」
「お悩みなんですね、ベルダ様」

 コーデリアが俺に寄り添う。

「少し……な」
「どうぞ」

 コーデリアが微笑みながら酒を差し出した。
 新しい酒だ。

「あたしも一緒に。少しでも気分がまぎれるかと」

 コーデリアが一礼して、自分の分も注いだ。
 俺たちは笑みを交わし、乾杯する。

「ありがとう。いつもそばにいてくれて……気遣いも感謝するよ」
「っ……!」

 お礼の言葉にコーデリアの顔が真っ赤になった。

「こ、この程度、お礼には及びません……」
「あいかわらずだな」

 俺は笑った。
 彼女と出会って、せいぜい一月ほどだが、もう何年も一緒にいるような気がしていた。
 それだけ密度の濃い時間を過ごせていたからなのかもしれないな。

「あ、二人っきりでずるいです」
「ちょっと目を離すと……油断ならないね」
「ボクもベルダ様ともっと飲む~」

 三姉妹がたちまち俺を囲んだ。

「あ、ちょっと。今はあたしがベルダ様と話してるんだぞ」

 抗議するコーデリア。
 ぷうっと頬を膨らませた顔が可愛らしい。

 道中、こんな表情はほとんど見なかったな。

 軍から離れてコーデリアも変わりつつあるのか?

 変わっていこうとしているのか。
 あるいは、これこそが彼女の本当の姿なのか。



「あー、楽しかった」

 飲み会を終えた後、俺は部屋でくつろいでいた。
 ちなみに全員個室で隣り合わせである。

 こんこんとドアがノックされた。
 魔王軍の追っ手や、人間側の刺客が来る可能性もないわけじゃない。

 俺は一応警戒しつつ、ドアを開けた。

「コーデリア……?」
「夜分に申し訳ありません。少しだけ……お話させていただけますか」

 言ったコーデリアの顔は、ほのかに赤らんでいた。
.21 俺とコーデリア、二人きりの話


 コーデリアが入ってきて、俺は少し緊張を高めていた。

 部屋の中に二人っきりというシチュエーションには独特の緊張感があるな……。

「話ってなんだ、コーデリア?」

 俺はその緊張を押し殺してたずねた。

「ルーミィたち三姉妹のことです」
「ん?」
「ベルダ様は……『崩王の宝玉』を得るために、彼女たちと契りを結んだのでしょう?」
「契り……あ、ああ、エッチしたってことか。まあ、その……うん、した」
「っ……! ストレートに言われると恥ずかしいです……っ」

 コーデリアが真っ赤になった。

「あ、悪い」
「ううう……」

 彼女は顔から火が出そうな勢いで、一気に真っ赤になっている。
 頬も、尖った耳も、首筋辺りまで全部赤い。

「あ、いえ、話を続けますね。あたし……その」

 コーデリアがモジモジしながら告げる。

「……正直に言います。あたし、あのときすごく嫉妬しました」
「えっ……」
「あなたを……お慕いしているからです、ベルダ様」

 コーデリアは俺をまっすぐに見据えていた。

 俺の方は息をするのも忘れるくらいに驚いていた。

 まさか、いきなり恋の告白をされるとは。
 まあ、好意を持たれてるっぽいのはさすがに感づいていたけどな。

 ただ、そう簡単に『好きです、ベルダ様!』なんて迫ってくることはないだろうと思っていた。
 なぜなら――、

「俺はお前の親の仇だろう」
「それは魔王様の命令を受けてのこと。それに戦いの中でのことでしょう」

 首を左右に振るコーデリア。

「そうかもしれないけど……簡単に割り切れることなのか?」
「簡単では……ありません……っ」

 言って、コーデリアの表情がかすかに緩む。

 ん、なんだ?

「それに――あなたは、あのときのベルダ様とは別人でしょう?」

 俺はハッと息をのんだ。

「お前、気づいて――」
「あなたの一番側にいるのですよ。さすがに違和感に気づきます」

 コーデリアが悪戯っぽく笑った。

「俺は……」

 彼女にどう言えばいいだろう。

 今まで通り、ごまかすか。
 何も言わないのが、一番安全な気がする。

「俺は『暗黒騎士ベルダ』だ」

 だから、通り一辺倒の返事をしておいた。

「……そう、ですか」

 だけど、

「いや、やっぱりこの言い方は不正確だな」

 ゆっくりと息を吐き出し、俺はコーデリアに向かい合う。

 やはり、誰かに聞いて欲しかった。
 俺が何者なのかを。

 突然、見知らぬ異世界での生活が始まり、今までの自分とは全然別の存在になり、知り合いが誰一人いない世界で孤独に戦う――。

 そんな生活に疲れ始めていたのかもしれな。

 そして、それを打ち明けられる相手はコーデリアしかいなかった。
.22 俺はコーデリアに真実を告げる


「異世界の人間……」

 コーデリアは目を丸くして俺を見つめている。

 やっぱり、信じてもらえないかな。

 まあ、それはそうだろう。
 俺だって逆の立場だったら、たぶん信じられない。

「いや、悪かった。こんな話、信じてくれっていうほうが無茶だよな」

 俺は彼女に頭を下げた。

「混乱させてしまったな。今の話は忘れてくれ。俺のたわごとだから――」
「信じます」

 コーデリアは、けれど俺の言葉に首を振った。
 微笑みをたたえ、優しく俺を見つめている。

「あなたの言葉を信じます、ベルダ様」

 コーデリアがもう一度、そう告げた。

「コーデリア、お前……」
「ベルダ様が本当のご自身をさらけ出してくれた以上、あたしも――」

 彼女は突然、服を脱ぎ始めた。

「えっ、あの……」
「本当の、自分を……」

 一糸まとわぬ姿を俺の前にさらす。

「コーデリア……!?」
「嫉妬している、と申し上げたでしょう。あたしのことも……彼女たちのように抱いてくださいませ」

 えっ、それって――ルーミィたちに対抗意識を燃やしてる、ってことか?

「ベルダ様……」

 混乱する俺にコーデリアが抱き着いてくる。
 そのままの流れで、俺たちの唇が重なった。

 柔らかな唇を吸いながら、下半身に熱が集まるのを感じる。
 酔っていることもあって、いつもよりも欲望の高まりが激しかった。

「……いいのか?」
「二度も言わせないでください、ベルダ様。恥ずかしい……です」

 頬を赤らめ、うつむくコーデリア。

 俺は手早く衣服を脱ぎ、彼女をベッドの上に押し倒した。
 白い裸身はまさしく芸術品だ。

 その美しさに息をのみ、淫靡さに下腹部をこわばらせながら、俺はコーデリアの体に覆いかぶさっていった――。



 そして、翌朝。

 窓から差し込む朝日で俺は目を覚ました。

「ん……」

 隣のコーデリアもちょうど目を覚ましたようだ。

「ベルダ様……」

 上体を起こすと、豊かな乳房が俺の目の前であらわになった。

「えっ……? き、きゃあっ、あたし、裸だった……!」

 慌てたように両手で胸を隠すコーデリア。

「……うう、昨日のことを思い出すと恥ずかしいです」
「俺も割と照れてる……」

 というか、恥ずかしがる彼女を見て、俺まで恥ずかしくなってきたのだ。

 昨晩は、彼女を抱いたんだよな……。

 あらためて思い起こすと、夢のような一夜だった。
 コーデリアは、処女だった。
 俺に初めてを捧げ、幸せそうに微笑んでいた。

 まだ彼女の肌の感触を覚えている。
 まだ彼女の蕩けるような内部の感触も覚えている。

 めくるめく快楽と、そして愛おしさ。

「ベルダ様」

 コーデリアが俺に向き直った。

「今後とも――末永く、よろしくお願いいたします」

 丁寧に一礼する。

「俺の方こそ、よろしくお願いします」

 俺も礼を返した。

 ――って、これじゃ結婚の挨拶みたいだな。
.23 魔王ゼルファリスの想い1(魔王視点)


「おのれ、ベルダめ……」
「どうか、お心を安らかに……魔王様」

 現れたのは、魔王四天王の一人にして、魔王軍最強の魔術師……ヴィムだった。

「ヴィムか」

 魔王が彼女を見つめる。

「私もベルダくんの離脱はとても残念です」
「……本当か? 顔がニヤついておるぞ」
「気のせいです」
「じー」

 魔王は側近を凝視した。

「……魔王様がひそかにベルダくんに恋していたのが、これを機に暴走するかなーと楽しみにする気持ちがあったりなかったり」
「まったくお前は……相変わらずだな、我が妹よ」
「お姉さまは見ていて飽きませんもの」
「魔王様、だろ」
「二人のときくらい、いいじゃないですか」

 ヴィムが笑う。

 そう、この二人は姉妹だった。
 性格は真逆に近いが――。

「まあ、いいか。しかし、やはりベルダの存在は惜しい。いや我が奴に恋をしているとかしていないとか、そういう話ではなくてな」
「傍に置いておきたいですもんね」
「だから、違うというに! いや、違わんか……」

 魔王は顔を赤らめながら、

「ただ、戦力として惜しいというのは本当じゃぞ」
「魔王軍最強戦力ですからねー。しかも色々アイテムを手に入れて、さらに強くなったみたいです」
「うむ。我も本気でなかったとはいえ、奴に後れを取った……相当強化されている……」

 うなるゼルファリス。

「私が、もう一度ベルダくんと話してきましょうか?」
「何?」
「丁寧に説得すれば、魔王軍に戻ってくれるかもしれませんよ?」

 と、ヴィム。

「真意はなんだ?」

 魔王が彼女をにらんだ。

「やだなぁ、ベルダくんは私にとって大切な友人。戻って来てほしいと思う気持ちは魔王様と同じです」

 ヴィムが笑った。

「……ふん。お前も我と距離を置きたいのか」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな。これからの運命(シナリオ)を薄々感づいておるのだろう?」

 魔王の表情が険しくなる。

「我らはしょせん創造神の運命に逆らえぬ。誰一人……」
「私たちを待ち受けているのが滅びの運命とは限りませんよ?」

 ヴィムはにっこりと笑った。
.24 魔王ゼルファリスの想い2(魔王視点)


「違う可能性だってあるかもしれません。魔王軍の大勝利エンドとか」
「あるわけがなかろう」

 魔王はため息をついた。

「正義が勝ち、悪しき者は敗れる――最後にはそうなるよう決まっておる」
「私たちが敗れる、と?」
「当然だろう」
「ですが、この世界は物語ではありませんよ、お姉さま」

 ヴィムの笑みが深くなった。

「私たちの立ち回り次第で、きっとシナリオを変えることはできます」
「シナリオを――」
「たとえば、創造神(ウン=エイ)と掛け合うとか」

 ヴィムが笑う。

「お前は……何かを知っているのか? 我も知らない何かを」
「ふふ、なんのことでしょう」

 魔王はヴィムに近づく。

「いいだろう。お前はベルダを追え。なんとしても我が軍に連れ戻せ」
「了解です」
「そして――もしシナリオを変える方法とやらがあるのなら、実行してみせよ。我らの滅びの運命を覆せ」
「それも了解です。では」

 言うなり、ヴィムは姿を消した。

「ふむ……我が滅びずに済むのなら……たのむぞ、ヴィム」

 今一つ信用が置けない側近だが、今は彼女に頼るしかない。

 魔王は空を見上げ、ため息をついた。
.25 そして旅路は続く


 俺はロビーに降りた。

 少し遅れてコーデリアがやってくる。

「どうせなら一緒に来ればよかったのに」
「いえ、その恥ずかしくて……ベルダ様のお顔を見るのが……」

 言いながら、視線を逸らすコーデリア。

 もはや、初対面のときのクールさは微塵もないな……。
 めちゃくちゃデレてる感じだ。
 と、

「ん? んんんっ? なんか二人の空気が変っ」

 新たにやって来たのは、巫女三姉妹の次女カレンだった。

「さては……昨晩はお楽しみでしたねっ?」
「っ!?」

 俺の隣でコーデリアが言葉を失った。
 ものすごい勢いでモジモジし始める。

「あわわわわわわわわわわわ」

 いや、モジモジしすぎだろ!?
 なんか両手の動きに残像ができてるし……。

「ふーん……ま、それくらいで動揺したりしないもんね! っていうか、あたしだってベルダ様とエッチしたし! 純潔を捧げたし!」

 そのとたん、周囲の客がいっせいに俺たちを見る。

「あんなかわいい子を二人も……」
「純潔を捧げたって……ぐぬぬ、許せん」
「うらやま……うらやま……」

 たちまちあふれる怨嗟の視線と声。
 うああ、居心地悪い……。

「ともあれ――これでコーデリアさんもライバルだねっ」

 カレンがコーデリアをびしっと指さした。
 コーデリアの方はまだモジモジしている。

「ライバルって……」
「ふふふ、もちろん、恋のライバル! 略してもちこい!」
「略されても……」

 思わずつぶやく俺。

「どちらがベルダ様のハートを射止めるか、勝負だねっ」

 カレンの目が燃えていた。

「あ、あたしは、その恋と言われても、えっと……」

 一方のコーデリアはモジモジしている。

 もはや、初対面のときのクールさは(以下略
 さらにルーミィやライカもやって来た。

「……まさか、ベルダ様。コーデリア様と……」

 ルーミィがジト目になっている。

「えええ、ちゃんとボクだけを見てよ、ベルダ様~」

 ライカが悲鳴を上げている。

 うーん、完全にハーレム状態だなぁ。
 まあ、悪くない気分ではあるが、正直戸惑いもある。

 人生において、ここまで立て続けに女性から迫られたことはなかったからな。

 ともあれ、俺たちの旅路は続く。

 その先に何が待ち受けているのか。
 願わくば、平穏で幸せな人生を送っていけることを――。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:37

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

表紙を見る
表紙を見る
役立たずの冒険者、スキル覚醒で得た魔剣と魔道具で世界最強に至る
  • 書籍化作品
[原題]無能と呼ばれ、ぼっち冒険者だった俺は、チートスキル【アイテム交換所】に目覚めた。最底辺冒険者の成り上がりが今始まる――魔石を集めてアイテムと交換→チートアイテムを集めて世界最強に。

総文字数/14,204

異世界ファンタジー8ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

エラーが発生しました。

この作品をシェア