翌日。美桜が起きて一時間ほどたってから、桜からビデオ通話がかかってきた。
画面を見ると、白髪と碧眼に変わった桜がそこにいた。
『美桜ヤッホー。朝早くに電話してごめんね。見てよ、あの天馬とかいう人が言ってたことは本当だったみたい』
『ホントだ―。なんだか別人みたいだね』
『ふふふ、そうでしょ。昨日に花嫁のこと話したら、親もなんか疑っている感じだったけど、麻変わっているの見たら本当に驚いちゃったらしいよ。おかげで朝からパーティーやってる』
かすかに向こうから騒がしい音がする。
『もう連絡した?』
『いや、落ち着いたら電話しようと思ってる。美桜はもう話した?』
『まだなんだよねー。今日の昼ごはんの時に話そうと思ってる』
『そうなんだー。うまくいくといいね。じゃあ結果はすぐ教えてね。またねー』
12時。
美桜は昼ご飯を用意するためにあわただしく動いていた。
しかし、この後のことを考えると緊張してしまって、ドジばっかりしている。
ガシャン!
皿を落としてしまった。
確認したら、ヒビは入ってない。
家族は話に夢中で気づいていないようなので、ほっと溜息をつく。
そして昼ご飯を食べ終わると、話そうと覚悟を決めた。
美桜は両親の方へ向き、話し始めた。
「大事な話があります」
そこで麗美が口をはさんできた。
「大事な話って何なの、不吉なくせに!」
両親もあざ笑い、聞く耳を持たない。
なので、大声で言った。
「龍神の花嫁になれるみたいなの!」
麗美が顔をしかめてにらむ。
「はぁ、何言ってんの。妖術もないお姉ちゃんがなれるわけないじゃん」
両親も麗美に同調するのかと思いきや、真剣な顔で話を聞いてきた。
「どういうことか説明しなさい」
パーティーでのあれこれを話すと、両親の目が欲にまみれた。
「龍康殿様は援助して下さるのかしら?」
「龍康殿様は大きな会社も経営している。働かなくても済むかもしれない」
「美桜、それはぜひ花嫁となりなさい」
もし美桜が嫌だと言ったらどうするのだろう。
それでも無理やり花嫁にさせるかもしれない。
この人たちはいつも自分の利益のことしか考えていないのだ。
そう思うと、怒りよりも哀れになる。
麗美がそこで叫んだ。
「お姉ちゃんが龍神の花嫁?そんなわけないじゃない!あんな綺麗な人がお姉ちゃんのことを選ぶはずがないよ。そもそもお姉ちゃんはどんな妖術を持ってるというの?」
「私の妖術は」
ピ~ンポ~ン♪
言いかけたところでチャイムが鳴った。
「お姉ちゃん出て!」
美桜がドアを開けると、そこには…
「迎えに来た」
「龍康殿さん…どうして…」
龍康殿聖等がいた。
美桜の声を聞いて驚いた両親が急いで玄関に来た。
その後ろから、麗美も疑わしそうにやってくる。
「これが美桜の両親か?」
聖等は隣にいる天馬に尋ねる。
「そうです。そして後ろにいるのが妹のようです」
父は興奮気味に聖等に尋ねる。
「美桜が花嫁というのは本当ですか?」
「そうです」
そこで母が問う。
「おお、そうでしたか。この子は不躾なところがありますが、なにとぞよろしくお願いします。美桜が花嫁になったら援助はしてもらえるのでしょうか」
聖等が眉間にしわを寄せる。
その質問には答えず、美桜に視線を向ける。
「美桜、すまないが君のことを調べさせてもらった。この家で不遇な扱いを受けていたというのは本当か?」
何と答えていいのかわからず、俯く。
両親が慌てたように弁解を始めた。
「いやあ、そんなことはないですよ。この子は昔からあることないこと言って周りを驚かせるんですよ。そのことも美桜が周りに噓を言ったに違いない…」
「黙れ」
両親の言葉を途中で遮り、制した。
「お前らの意見なんか求めていない。援助だのなんだかんだ言っていたが、娘の意見も尊重できない、バカな親に援助してやるつもりはない。それに、美桜が望むのであればこの家を出て、俺の家で暮らしてもらう」
美桜は目をつぶり、しっかり考えてから口を開いた。
「私はこの家から出ます。不吉とか言われて生活するのはもう嫌!」
聖等はふっと笑みを漏らし、美桜に微笑みを投げかけ、両親を睨んだ。
「よく言えたな。では荷物をまとめて出るぞ」
それから、麗美のことも睨んだ。
「あとお前も美桜に相当な仕打ちをしたそうじゃないか。これ以上かかわるならば、鬼の花嫁もやめてもらうから覚悟しとけ」
美桜は最低限の荷物をまとめると、三人の恨みがましい視線を受けながら何も言わずに出て行った。
家を出た後、天馬という男性は急いで桜の家に向かい、美桜たちは聖等の家に向かった。
家は天龍都の中にあるようだ。
しばらく車を走らせたら、着いた。
そこには、美桜の家が数えきれないほど入りそうな屋敷が待っていた。
「ここが俺の家だ。美桜にはここで暮らしてもらう」
ここまでしてもらい、なんだか申し訳ない。
「ありがとう、龍康殿さん」
「聖等と呼んでくれ」
「ありがとう、聖等」
微笑んでみせると、聖等も微笑みを返した。
中に入ると、使用人らしき人たちが玄関で頭を下げて待っていた。
「花嫁様、ようこそお越しくださいました」
すると中から10代後半くらいの若い女性が前に進み出て、礼をした。
「お目にかかれ、恐縮です。今日から花嫁様のお世話をさせていただく白雪と申します。何卒よろしくお願いします」
大勢から頭を下げられ、緊張しつつも美桜も挨拶をした。
「よろしくおねがいします!」
ひとしきりの自己紹介なども終わると、聖等は父親に呼ばれたらしく、不満そうにしながらも出て行った。
なので、白雪が部屋に案内してくれた。
ドアを開けると、高級ホテルかと見間違うほどの綺麗で、なおかつ可愛らしく整とんされた部屋だった。
驚きで固まっていると、白雪が横から心配そうに声をかけてきた。
「お気に召されませんでしたか?」
「いや、ここまでしてもらえるなんて驚きで固まってしまっただけです。私か使えるなんてもったいないです」
「あなたは花嫁なのですから、これくらいのことは当然ですよ。龍神の花嫁になれる方は非常に少ないので、同時に二人も出るなんて奇跡なんですよ」
「知らなかったです」
「大丈夫です。これから覚えればいいのですから。では、何かありましたらお呼びください」
そういって女性は出て行ってしまった。
改めて部屋を見渡すと、何から何までそろっていた。スマホや、化粧品まで。
クローゼットを開けると、10代に人気の服が取り揃えられていた。
ベットのふかふか加減もちょうど良い。
感動していると、また白雪が来た。
「美桜様、同じく花嫁になりましたご友人の桜様がいらしています。会われますか?」
「はい!」
玄関に着くと、桜が待っていた。
「美桜~!」
「あれ、桜も住み変えたの?」
「うん!報告とかもあるし、長くなるから部屋上がってもいい?」
「いいよ」
部屋に着くと、高級さに驚くのかと思いきや、平然としていた。
「驚かないの?」
一瞬ぽかんとしていたが、笑って答えた。
「ああ、そういうことね。花嫁になる前だったら驚いてたけど、天馬の家もこういう感じだし」
「そっかー!それでさ、何でこっちで住むことになったの?」
「美桜の妹が特例だったみたいで、普通花嫁は相手の家で過ごすみたいだよ。あとね、ここから歩いてすぐのとこにあるの!だから、今から家に来ない?」
「行くー!」
白雪に声をかけてから桜の家に―本当は天馬の家―に向かった。
近いとは言え、家の仲がすごく広いので、結構歩いた。
家の中に入り、たくさん話して、新しい家に帰っていった。
家に入ると、先に聖等は帰っていた。
微笑んで出迎えてくれる。
「おかえり」
「ただいま!」
元気よくそういうと、聖等は嬉しそうにして、いきなり頭をなでてきた。
「っ!」
顔がどんどん真っ赤になっていくのを感じて、急いで顔を手で覆った。
美桜の分かりやすい反応に聖等はクスクス笑っている。
「からかわないでよ!」
恥ずかしさ紛れにそういうと、またもや笑って、手をつないできて歩き始めた。
驚いて固まってしまうと、さも不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたんだ?夕食の時間だから早く行こう」
花嫁を持つものはこれが普通なのか。赤くなっていくのを隠すのを諦めながら、聖等について行くと、見た目も栄養もよさそうな食事が出されていた。
ここにあるもには何でも驚いてしまう。
見た目通りおいしい食事を食べながら、聖等といろんなことを話した。
そうして過ごしていくうちに、だんだんと聖等のことが好きになっていく感じがした。
朝5時。
いつもの癖でだいぶ早めに起きてしまった。
環境が違うのでちゃんと眠れるか心配だったが、いつも通り眠れたらしい。
美桜の部屋にはバスルームや、洗面所までついていたので、洗顔をして肌のお手入れをし、整備されている化粧品で少し顔を整え、部屋を出た。
まだ誰も起きていないだろうから、この屋敷になれるために散歩しようかと思ったら聖等はもう起きていた。
「美桜、おはよう」
「おはよう」
聖等が投げかけた微笑みは、朝陽よりも眩しく、向けられているこっちが恥ずかしくなる。
聖等と一緒に朝食の席に着くと、一流料理店のような朝食が運ばれてきた。
そこで美桜はある疑問が頭に浮かび、聖等に尋ねた。
「そういえばさ、高校ってどうやって行けばいいの?」
「これからは、家を出るときは車で移動してもらう。すぐ近いコンビニとかでもだ」
「別にそんなたいそうなことしなくても歩きか電車で行けるよ?」
「花嫁というのは大事な存在だからな。もし、天馬の花嫁と一緒に行きたければ一緒の車で行けばいい」
「ありがとう!」
朝食も食べ終えたところで、美桜よりも早く聖等は会社に行くらしい。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
そういって見送っていると、聖等は不意に足を止めて、頬にキスをしてきた。
驚いている美桜を残したまま、聖等はさっさと行ってしまった。
学校に行く途中の車内でさっきのことを報告すると、「私もさっきされたわよ」という答えが返ってきた。
「桜はどうしてそう平然としてられるの?」
「花嫁がいるんだからそうなるのは当然でしょう。私はもう天馬のこと好きだと思うし。逆にうれしいけどね」
確かに桜は、一目惚れとかが多かった気がする。
「どこが好きになったの?」
「イケメンなところ、優しいところ、後全部かな。あと私もう好きになったって伝えたし。」
ええ!行動はや!
地味に驚いていると、爆弾発言をしてきた。
「でもさあ、なんかキスされたって話してたとき美桜嬉しそうだったけど?好きなの?どうなの?」
「…多分好きだと思う」
「なんで多分なの?すごく好きそうに見えるけど?」
「だって、聖等が本当に私のことを好きなのかわからないんだもん。もしかして、私の妖術を利用しているだけで本命がいるのかなーて疑っちゃたりして」
運転手に聞こえないようにささやき声で言うと、地味に引かれた。
「ええ、美桜ってそんなに疑うんだ。花嫁のことを裏切るわけないじゃん。それに、普通好きでもない人にキスなんてする?」
「しないと思うけど…」
「いい、美桜。信じ合わないと愛し合えないよ」
「それは分かってるけどねえ、あんなにイケメンなんだよ?恋人とかいそうじゃん!」
「まあいそうな顔してるけどねえ、そんなわけないっしょ」
「だよねえ」
そうやって自分を納得させていると、学校に着いた。
まさか聖等に恋人なんていないよね……。
ここに来てから約2週間たった。
屋敷での生活にも慣れてきたころに、夕食中にいきなりこんなことを言われた。
「次の日曜日、あやかしとの顔合わせパーティーがある。そこで美桜も出席して、両親と顔合わせをしてほしい」
聖等の両親との顔合わせ!「お前など花嫁にふさわしくない!」とでも言われたらどうしようかと思っていたら、心でも読んだのか、フォローしてくれた。
「大丈夫だ。美桜が思っているほど両親は怖くない。むしろ穏やかな方だと思う。問題は別にあってな…」
聖等によると、パーティーには花嫁も来るので、麗美も来るらしい。
美桜は聖等を心配させまいと微笑みながら言った。
「大丈夫。麗美には聖等が釘さしておいてくれたんでしょう?麗美がいるのに気づいたらなるべく避けるし。心配しないで」
「そうか。じゃあ、時間があるときでいいから美桜の部屋の隣の部屋は部屋になっているからそこからパーティーで着た生き物を探しておいてくれ」
「わかった」
その後、衣装部屋の広さに悶々とするのであった。
パーティー当日。
白雪やほかの使用人たちに手伝ってもらい、あわただしく準備をしていた。
生まれて初めて本格的な振袖を着てみて、舞い上がってしまった。
美桜が選んだのはピンク色の花柄で、金色の刺繍が入った可愛らしい振袖だった。
着付けをしてもらった後に化粧をしてもらい、出来上がった後の自分が別人のように見えて驚いた。
「白雪さん、どうですか。変なところあります?」
「大丈夫です。いつも可愛らしいですが、振袖が映えてもっと可愛らしいですよ」
白雪の確認を得て玄関に向かうと、黒と藍色の着物を着た聖等が待っていた。
いつも屋敷にいるときは和服だが、いつもの和服とは違ってちゃんとしたものを着ているので、クラりとする。
「可愛いな」
美桜をじっと見つめてから聖等はそうつぶやいた。
イケメンから可愛いなんて言われたら、普通の女性は腰を抜かしてしまう。
美桜は言われ慣れているので、何とか腰を抜かさずに済み、聖等の手を取って会場へと向かった。
会場に着いたが、先に聖等の両親への顔合わせをするみたいなので大広間から離れ、両親が待機している部屋へと向かった。
部屋のドアの前に立ち、何度も深呼吸している美桜に聖等は少し笑った。
「心配するな。美桜が思っているようなことにはならない」
そういう聖等と目線を合わせ、覚悟を決めてドアを開けた。
中に入ると、目鼻立ちのはっきりとしたとってもきれいな男性と女性がいた。
「お母さん、お父さんこちらが花嫁の美桜です」
この人たちが聖等のご両親?
想像していたのはもっと厳格な人かと思っていたのだが、とても慈愛に満ちた優しい表情をしている。
「あなたが美桜ちゃんね。私は聖等の母の夏帆です。よろしくね」
「僕は、父の聖史だよー。よろしくー」
「お目にかかれまして光栄です。美桜です。これからよろしくお願いします。あとこれ、よかったら食べてください」
選びに選び抜いた和菓子を渡した。
「まあ、これ私の好きなお菓子なの!ありがとう、美桜ちゃん」
顔合わせも終わり、聖等のご両親と聖等はあいさつ回りに行くようなので、美桜は一人になった。
桜とも会い、話しているうちに時間は過ぎていった。
そろそろ帰る時間かと思って桜とも別れ、聖等を探していると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「えっ嘘‥‥‥。」
聖等が誰かと抱き合っている。
その事実を飲み込めずに呆然としていると、後ろに麗美がいた。
「あそこにいるのはね、聖等様といとこの波奈様よ。お姉ちゃん驚いてるみたいだけど知らないの?波奈様と聖等様は昔から付き合っているのよ。それなのに騙されちゃってかわいそうに」
「違う!聖等はそんなことしない!」
「じゃあ、私たちに見えてるのは幻とでも言いたいわけ?あーあー、今の見た?顔が重なったよね、キスしちゃったのかなー?騙されてるんだよお姉ちゃんは。騙されてることに気づいて元の生活に戻れば?」
そう吐き捨てて麗美はどこかへ行ってしまった。
聖等と波奈は、歩き出してどこかへ行こうとしていた。
聖等が行ってしまう。
そう思うのに、何もできなかった。