それを目にしたのは、ほんの偶然だった。
朝、教室へ入ると、クラスの女子達が黄色い声を上げて何やら盛り上がっていた。その集団の中には、奈央ちゃんと楓の姿もある。
「理央、おはよう! ねえ、見て見てコレ!」
机の上に置かれていたのは一冊の雑誌。どこにでもある、女性向けのファッション雑誌だ。私はファッション誌を買ったことがないし、あまり興味も無い。
「何かすごいものでも載ってるの?」
「すごいっていうか、ほら、これ! この人っ! めっちゃカッコよくない⁉︎」
何だ、イケメンの話か。あまり興味は無いものの、楓に渡された雑誌を手に取る。
誌面に大きく載った顔に、私は固まった。
何かの間違いかと思った。そう思いながらも、私は食い入るようにその顔を見つめる。
「あー、やっぱ理央もタイプ? だよねだよね、かっこいいもんねえ!」
楓が頬を緩めながら私に同意を求めてくる。違う。タイプとか、そんな次元の話じゃない。
「はー、超カッコいいんだけど! あたし、この動画見たことあるよ!」
「私も! 動画も素敵だけど、この写真の顔もヤバくない?」
「ねえ、この動画に映ってる女の子ってさ、リアル彼女かなあ? 演技にしてはすっごいナチュラルじゃない? ホントに付き合ってるみたい」
――動画? 女の子?
私は、居ても立っても居られなくなった。
朝の休み時間を終えるチャイムが鳴って、藤本先生が教室に入ってきた。その横をすり抜けるようにして、私は教室から飛び出す。
「えっ、ちょっと理央? どこ行くの?」
楓が慌てて追いかけてくる。
「ごめんっ! 私、帰る!」
「はっ⁉ 大澤⁉ 授業始まるぞ!」
「先生ごめん! お腹痛いから帰る!」
見え透いた嘘をついて、私は廊下を走って校門を目指した。
確かめなければ。
ちゃんと、もっと、この目で。
駅前に唯一あるコンビニエンスストアのラックに、先程と同じファッション誌はあった。ドキドキしながら、私はそれをレジまで持っていく。この中に写っているのは、本当に彼なのだろうか。
こんな時間に帰ったら澄子さんが心配するだろうと思い、私は那智と行ったあの児童公園で足を止めた。ベンチに座り、先程買ったばかりの雑誌を膝に乗せる。大きく深呼吸をして、ページを開いた。
そこに載っていたのは、「今、人気急上昇! 俳優・KYLEの素顔」と踊る見出しと共に、物憂げな表情をした男性——那智海路だった。
やっぱり見間違いじゃなかった。でも、本当にこれは彼なんだろうか? 四ページに渡っている特集の、どの写真にも私の知っているあの那智はいなかった。
記事によれば、彼はある一本の動画によって注目をされ始めたという。私はスマートフォンを取り出すと、「KYLE 動画」と検索した。その動画は、すぐにヒットした。
那智と過ごしたあの夏が、そこには映されていた。
出会った教室。寝起きの顔。黒板に文字を書く姿。シャープペンを返してくれないいたずらな顔。あの日の海。シートを追いかけ、波打ち際に走っていく背中。ムキになって勝負したビーチフラッグ。膨らませてくれたビーチボール。きらきら光る海と、那智の笑顔。大好きな笑顔。私だけに向けられた、優しい眼差し。ポルトガルへ行こうと言った、真っ直ぐな瞳。
先程のクラスの女子たちの声が頭の中を駆け巡る。
この女の子は、私だ。
那智と二人だけで過ごしたはずのあの時間は、誰かにずっと見られていた。そればかりか撮影までされていた。もちろん、私だとはわからないように、顔は見えないよう上手く編集されてはいる。でも。
那智は、あの動画を撮る為にここへ来たんだ。隣のクラスでも、同級生でも何でもない、彼は俳優だった。自分のイメージ動画を撮る為だけに、世間に注目される為に、私を利用したんだ。——それじゃ、那智の話は全部嘘だった? この町で育ったというのは? ご両親のことは? 本当のお父さんを探したいというあの話は? ポルトガルに行きたいという夢は? 私に、一緒に来てほしいと言ったあの言葉は……?
何もかも、嘘だったの?
ねえ那智。教えてよ。
朝、教室へ入ると、クラスの女子達が黄色い声を上げて何やら盛り上がっていた。その集団の中には、奈央ちゃんと楓の姿もある。
「理央、おはよう! ねえ、見て見てコレ!」
机の上に置かれていたのは一冊の雑誌。どこにでもある、女性向けのファッション雑誌だ。私はファッション誌を買ったことがないし、あまり興味も無い。
「何かすごいものでも載ってるの?」
「すごいっていうか、ほら、これ! この人っ! めっちゃカッコよくない⁉︎」
何だ、イケメンの話か。あまり興味は無いものの、楓に渡された雑誌を手に取る。
誌面に大きく載った顔に、私は固まった。
何かの間違いかと思った。そう思いながらも、私は食い入るようにその顔を見つめる。
「あー、やっぱ理央もタイプ? だよねだよね、かっこいいもんねえ!」
楓が頬を緩めながら私に同意を求めてくる。違う。タイプとか、そんな次元の話じゃない。
「はー、超カッコいいんだけど! あたし、この動画見たことあるよ!」
「私も! 動画も素敵だけど、この写真の顔もヤバくない?」
「ねえ、この動画に映ってる女の子ってさ、リアル彼女かなあ? 演技にしてはすっごいナチュラルじゃない? ホントに付き合ってるみたい」
――動画? 女の子?
私は、居ても立っても居られなくなった。
朝の休み時間を終えるチャイムが鳴って、藤本先生が教室に入ってきた。その横をすり抜けるようにして、私は教室から飛び出す。
「えっ、ちょっと理央? どこ行くの?」
楓が慌てて追いかけてくる。
「ごめんっ! 私、帰る!」
「はっ⁉ 大澤⁉ 授業始まるぞ!」
「先生ごめん! お腹痛いから帰る!」
見え透いた嘘をついて、私は廊下を走って校門を目指した。
確かめなければ。
ちゃんと、もっと、この目で。
駅前に唯一あるコンビニエンスストアのラックに、先程と同じファッション誌はあった。ドキドキしながら、私はそれをレジまで持っていく。この中に写っているのは、本当に彼なのだろうか。
こんな時間に帰ったら澄子さんが心配するだろうと思い、私は那智と行ったあの児童公園で足を止めた。ベンチに座り、先程買ったばかりの雑誌を膝に乗せる。大きく深呼吸をして、ページを開いた。
そこに載っていたのは、「今、人気急上昇! 俳優・KYLEの素顔」と踊る見出しと共に、物憂げな表情をした男性——那智海路だった。
やっぱり見間違いじゃなかった。でも、本当にこれは彼なんだろうか? 四ページに渡っている特集の、どの写真にも私の知っているあの那智はいなかった。
記事によれば、彼はある一本の動画によって注目をされ始めたという。私はスマートフォンを取り出すと、「KYLE 動画」と検索した。その動画は、すぐにヒットした。
那智と過ごしたあの夏が、そこには映されていた。
出会った教室。寝起きの顔。黒板に文字を書く姿。シャープペンを返してくれないいたずらな顔。あの日の海。シートを追いかけ、波打ち際に走っていく背中。ムキになって勝負したビーチフラッグ。膨らませてくれたビーチボール。きらきら光る海と、那智の笑顔。大好きな笑顔。私だけに向けられた、優しい眼差し。ポルトガルへ行こうと言った、真っ直ぐな瞳。
先程のクラスの女子たちの声が頭の中を駆け巡る。
この女の子は、私だ。
那智と二人だけで過ごしたはずのあの時間は、誰かにずっと見られていた。そればかりか撮影までされていた。もちろん、私だとはわからないように、顔は見えないよう上手く編集されてはいる。でも。
那智は、あの動画を撮る為にここへ来たんだ。隣のクラスでも、同級生でも何でもない、彼は俳優だった。自分のイメージ動画を撮る為だけに、世間に注目される為に、私を利用したんだ。——それじゃ、那智の話は全部嘘だった? この町で育ったというのは? ご両親のことは? 本当のお父さんを探したいというあの話は? ポルトガルに行きたいという夢は? 私に、一緒に来てほしいと言ったあの言葉は……?
何もかも、嘘だったの?
ねえ那智。教えてよ。