転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 マーテリアはストライン家の前当主で、引退した今も大きな力を持っている。
 現当主の母さんも、彼女の命令に逆らうことはできない。

 しかし。

 孫を利用して、孫を殺そうとした。
 これは決して許されることではない。

 ……というか、事情を知った母さんは激怒した。

 現当主命令で、マーテリアの持つありとあらゆる顕現を剥奪。
 そのまま辺境の地で監視、軟禁をすることに。

 マーテリアが前当主でありながら大きな力を持っていたのは、彼女に味方する親族が多かったのが一つの要因だ。
 しかし、今回はやりすぎだ。
 誰も彼女の味方をすることなく、マーテリアは全てを失うことに。

 そして、俺とアラムは……



――――――――――



「ごめんなさい……!!!」

 色々なことが片付いた後、学院に戻り……
 寮の中庭に呼び出された俺は、アラムからの謝罪を受けた。

 って、なんで謝罪?
 今回の事件絡みの謝罪なんだろうけど、アラムはなにもしていない。
 むしろ、マーテリアに利用された被害者だ。

「どうしてアラム姉さんが謝るんですか? 謝る理由はないような……」
「いいえ、そんなことはないわ……私は、弟であるあなたのことを……」
「でも、それはマーテリアの命令だったんでしょう? なら、アラム姉さんが気にすることじゃあ……」
「そんなことないわ!」

 アラムは強く俺の言葉を否定した。
 その姿は、自分を戒めているかのようでもあった。

「私は最初、お祖母様の言うことに従っていた。命令されたからではなくて、そうすることが……レンを退学させることが正しいと思っていた」
「それは、家の名前に傷がつくから?」
「……ええ」

 アラムは己の選択を悔いている様子で、ぎこちなく頷いた。

「最初は、私の意思でレンを追い出そうとしていたの……そうすることが正しいと思って、自分で行動していたの……」

 でも……
 それもまた、アラムのせいではないと思う。

 今回の事件で、マーテリアの身辺が徹底的に調べられた。
 その結果、彼女の元にアラムが預けられていた間、マーテリアは徹底的な女尊男卑思考を孫に教え込んでいたという。

 そのせいでアラムの性格が歪んで……
 彼女の責任ではないと思う。
 なんだかんだ、やっぱりマーテリアが一番の元凶なのだ。

 ただ、アラムはそう割り切ることができないらしい。
 原因はどうあれ、自分がやらかしたこと。
 ならば、その責任は自分にある。
 その罪から逃れたくはない……そう考えているのだろう。

 真面目だな。
 苦笑してしまうほどに真面目で……
 でも、そういうところは誇らしいと思う。

 うん。
 俺にとってアラムは誇らしい姉だ。

「今更、っていうのはわかっているわ。都合がいいって思われても仕方ない……ただ、私は、その……」

 アラムは視線をさまよわせた。

 言葉に迷っているというよりは、俺のことを見るのが怖いようだ。
 どことなく、親に叱られている子供を連想させる。

「私は……やり直したいの」
「それは、どういう意味ですか?」
「本当に都合がいい話なのだけど……ちゃんとした姉弟として、レンとやり直したいの……しっかりとあなたのことを見ていきたい」
「……アラム姉さん……」

 なぜか。
 その言葉に、訳もわからず泣いてしまいそうになった。

 それと同時に気づく。
 俺も、アラムと仲直りをしたかったんだ。
 エリゼと同じように、家族を大事に思っていたんだ。

 前世では家族なんて無縁だったから、気づくのが遅れたけど……
 そういうことなんだろうな。

「アラム姉さん」
「……ええ」
「その、なんていうか……」

 うまい言葉が見つからない。
 そのせいで、アラムが不安そうにしていた。

 ああもう。

 前世では賢者と呼ばれていたのに、今はなんて情けない。
 仲直りの言葉一つ、出て来ないなんて。

「つまり、だ」

 どうにかこうにか言葉を考えて、それを口にする。

「アラム姉さんって、確か、お菓子作りが得意でしたよね? なんか、よくエリゼに作っていた記憶が」
「え? ええ……そうね。あくまでも趣味の範囲だけど、よく作っているわ」

 それがどうしたの? と、アラムは不思議そうな顔に。

 俺は、彼女から少し視線を逸らす。
 なんていうか……直視するのが妙に恥ずかしい。

「だから、なんていうか……」
「?」
「今度、俺にも作ってくれませんか? その……アラム姉さんのお菓子を」
「……あ……」

 アラムは、キョトンと目を大きくして驚いて……

「ええ、もちろん」

 次いで、優しくにっこりと笑うのだった。
 翌日から、俺は学業に復帰した。

 マーテリアの件で時間をとられてしまったものの……
 学生の本分は勉強だ。
 そして、魔法の研究と研鑽にある。

 今日からまたがんばらないといけないな。

 なんてことを思いつつ、勉学に励んで……
 そして、昼休み。

 エリゼとアリーシャと合流して食堂へ向かい……
 食堂で、さらに一人プラスされる。

「えへへ、今日からお姉ちゃんも一緒ですね」
「ええ、よろしくね。アリーシャさんも、よろしく。二人の姉のアラムです」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 初対面に近い二人が挨拶をする。

 アリーシャは我が家に滞在したことがあるが、その時、アラムはマーテリアの支配下にあったので、俺達と必要以上に接触を持とうとしなかった。
 なので、ちゃんと話をするのはここが初めてだ。

「それじゃあ、私が席をとっておくから、レン達は注文を済ませてきてくれるかしら? あ、私はAランチセットにしたいのだけど、レン、お願いできる?」
「はい、いいですよ」

 エリゼじゃなくて俺に頼むなんて、ちょっと意外だな。
 そんなことを思いつつオーダーを済ませて、料理を受け取り、アラムが確保した席へ向かう。

「「「いただきます」」」

 みんなてテーブルを囲み、ごはんを食べる。

 アラムが一人増えただけなのだけど……
 なんだか場が華やかになって、自然と会話も弾む。

「あら」

 ふと、アラムがこちらを見る。

「レン、頬にソースがついているわよ」
「え、本当ですか?」

 子供みたいなことをしてしまい、少し恥ずかしい。

「ふふ、仕方ないわね。じっとしててちょうだい」
「え?」

 アラムは優しく微笑みながら、紙ナプキンで俺の頬をそっと拭う。
 親猫が子猫に接するかのように、とても優しい手付きだ。

「はい、とれたわよ」
「あ、ありがとうございます……」
「レンは大人びているけれど、でも、まだまだ子供ね。しっかりしないとダメよ?」
「す、すみません……?」
「でも、子供でいてもらった方がいいかもしれないわね。大人になってしまうと、こうしてレンのお世話をすることができなくなってしまうもの」
「えっと……」

 誰だ、この人は?
 微笑ましそうに幸せそうにするアラムなんて、今まで一度も見たことがない。

 ツンツンして。
 口を開けば悪態が飛び出して。
 キッといつも睨みつけている。

 それがアラムなのに……

「ふふ」

 今はとても穏やかな笑みを見せている。
 正直、違和感しかない。

 マーテリアの事件でショックを受けて、こうなってしまったのだろうか?
 それとも、改心してやり直すことにした?

 ……いや。

 たぶん、これが本来のアラムなんだろうな。
 マーテリアの呪縛から逃れることができて、本当の自分を出すことができた。

 優しく、穏やかで。
 姉らしい姉。
 それが、アラム・ストラインなのだろう。

 今までケンカしてばかりで、まともに話をしていないのだけど……
 でも、今の俺はまだ若い。
 いくらでもやり直せると思う。

「えへへ。お兄ちゃん、嬉しそうですね」
「そうか?」
「お姉ちゃんと仲直りできて嬉しいとか、ホント、子供っぽいところがあるのね」

 エリゼとアリーシャがニヤニヤと笑う。

 くそ。
 少し恥ずかしいな。

 でも……
 悪い気分じゃない。

 そうやって昼休みを満喫していると、視界の端に見覚えのある姿が見えた。

「え、えっと……確か、ミックスサンドとハムサンド、フルーツサンドが三つずつ。それと、ミルクといちごミルクと……」

 確か……そう、クラスメイトのフィアだ。
 初日、挨拶で慌てていたのが印象に残っている。

 一人分とは思えないほどのパンや飲み物を買っているが……なんだ?
 もしかして、パシらされている?
「あっ……あああっ」

 フィアは両手いっぱいにパンや飲み物を抱えていた。
 ただ、とても不安定で、バラバラと落としてしまう。
 ついでに財布も落としてしまい、効果が床の上に散らばる。

「わっ、わっ……す、すいませんすいませんっ」

 フィアはパンと硬貨を拾おうとするものの、慌てているらしく、なかなかうまくいかない。

「……悪い。ちょっと席を外す」
「お兄ちゃん?」

 不思議そうにするエリゼとアリーシャを置いて、俺は、フィアのところへ移動した。

「手伝うよ」
「え?」

 声をかけると、フィアがびくっと震えつつこちらを見た。
 その顔には、なんで? という疑問の色が浮かんでいる。

「そ、そんな……悪いです。わ、わたしが悪いんですから……」
「いいって。そんなこと気にしないで」
「で、でもでも……」
「ほら。あれこれ言ってるヒマがあるなら拾った方が早いぞ。手伝うから」
「……あ、ありがとうございます」

 少々強引だったけれど、無理矢理、手伝うことにした。
 でないと彼女、いつまでも恐縮していそうだ。

「えと、その……ありがとう、ございました」

 パンと硬貨を拾い終えた。
 硬貨を財布にしまい、パンを一度テーブルの上に置いて……それから、フィアは深く頭を下げた。

「そこまでする必要ないって」
「で、でも……」
「ただ単に、落とし物を拾うのを手伝っただけだろう? それなのに、わざわざ頭を下げなくていいよ」
「えっと、えっと……でもでも。その……う、うれしかったので」
「そう?」
「だ、だから、その……あ、ありがとうございます!」
「そっか……うん。どういたしまして」

 きっと、とても律儀な子なんだろうな。
 そして、まっすぐな心を持っているんだろう。

 こういう子は、なかなかいない。
 フィア・レーナルトという女の子のことを好ましく思った。

「ところで、そのパンの山は?」
「あっ……えっと、これは……」

 見られてはまずいものを見られた、というような感じでフィアの顔が曇る。

「一人で食べるにしては多いけど……それとも、もしかして全部食べる?」
「た、食べませんよぉ……わたし、そんな大食いじゃないので」
「なら、どうして?」
「あ、えと……」

 困った様子でフィアは視線を泳がせた。

 そうやって焦るくらいなら、最初から適当なウソをついていればいいのだけど……
 根が真面目で、きっとウソがつけないのだろう。

「誰かに頼まれたとか?」
「い、いえ、そのようなことは……むしろ、自発的に……」
「本当に?」
「は、はい……」
「ちなみに、誰のもの?」
「えっと……クラスメイトやシャルロッテ様のもの……です」

 もしかして、パシられているのだろうか?

 シャルロッテ……俺に決闘を挑んできた、女王様みたいにプライドが高いクラスメイトだ。
 これだけの量を一人で買いに行かせるなんて……
 どうやらあの女王様は、プライドが高いだけではなくて、性格も歪んでいるらしい。

「無茶なことをさせるな」
「い、いえ……! そんなことは、その……」
「俺が言ってやろうか?」
「い、いえいえ! だ、大丈夫ですから、ホント、大丈夫です。それにこれは、ほとんど自分で言い出したようなものなので!」
「でも……」
「あ、あの……わたし、急がないといけないので……で、では!」
「あっ、おい!」

 引き止める間もなく、フィアはぺこぺこと頭を下げながら立ち去ってしまった。

「んー……気になるな」

 フィアと親しいわけじゃない。
 日頃から話をしているわけじゃないし、なんだったら、まともに話をしたのは今日が初めてだ。

 そんな間柄なのに、心配するのはおかしいかもしれない。
 でも、女の子が困っている。
 男としては見過ごせない。

「とはいえ、ここであれこれと口を出すのは、おせっかいがすぎるか」

 フィアがパシらされているものの、それがいつものことなのかわからない。
 たまたま、今日一日だけのものかもしれない。

 それに、外野が口を出すことで、フィアをますます追い込んでしまう可能性がある。
 口を出す時は、絶対に問題を解決してみせる、という覚悟が必要だ。

 今の俺は、まだフィアという女の子をよく知らない。
 だから、どこまでつっこんでいいものか迷うところがあって……
 正直なところ、覚悟はまだない。

 これ以上は、どうこうすることはできないか。
 もやもやとしたものを抱えつつ席に戻る。

「今の子、知り合い?」

 席に戻ると、アリーシャがそう尋ねてきた。

「クラスメイトなんだ」
「へー……さっそく、女の子と仲良くなったんだ」
「お兄ちゃん……手が早いです」

 なぜか、アリーシャにジト目を向けられた。
 エリゼも便乗している。

 俺、何も悪いことはしていないよな……?

「仲良くなった、っていうほどじゃないさ。一言二言、しゃべったくらいだよ」
「どうかしら」
「つっかかるなあ……というか、俺がフィアと仲良くしてアリーシャが困るのか?」
「そ、それは……まあ、困らないというか困るというか……」

 どっちだ?

「と、とにかく! あの子がどうしたの? 何か気になっているの?」
「見ればわかるだろう? あんな量のパンを買って……聞けば、クラスメイトに頼まれたものらしい」
「しのご言わず買ってこいや。でないと、恥ずかしい思いをすることになるぜ、ぐへへへ……というヤツですか?」

 不思議そうにしながら、エリゼがそんなことを言う。

 妹よ。
 どこでそんな言葉を覚えたんだ?
 お兄ちゃんは心配です。

「パシリ、っていうやつね。いじめられてるの?」
「よくわからない。本人はパシリを否定してたし……まあ、素直に認められるものでもないけどな。今の段階でどうこう、ってのは難しい気がするんだ」
「なるほどね。だいたいのことはわかったわ」
「はい」

 アリーシャとエリゼも難しい顔になる。

 他人のことなのに、自分のことのように考えることができる。
 二人が優しい心を持つ証拠だ。

「もしも何かされているんだとしたら、力になりたいです」

 エリゼが拳をぐっと握りながら、強く言った。
 その言葉に頷く。

「そうだな。その時は、なんとかしようと思うよ」
「はい! なにかできることがあれば、私もお手伝いしますね」
「やれやれ、似たもの兄妹ね」

 アリーシャがそんなことを言うものだから、俺とエリゼは揃って首を傾げる。

「どういうことですか?」
「おせっかいなところが似ている、って言いたいのよ」
「おせっかいなのか?」
「なんでしょうか?」

 再び、揃って首を傾げた。

「ま、そういうところは、レンとエリゼらしいって思うわ。そのおかげで、あたしも助けられたわけだし」

 アリーシャは柔らかく笑い、そう話を締めくくるのだった。
 昼休みが終わり午後の授業が始まる。

 ちなみに、一日の授業は六回に分けて行われる。
 一限目、二限目、三限目……というふうに分かれている。
 四限目の後に昼休みが挟まれて、後に、五限目と六限目が行われる。

 五限目は一般教養だ。
 魔法使いを育成する学校だからといって、魔法のみを学ぶわけではない。
 そんなことをしたら、常識をまるで知らない、力だけが強い無能の魔法使いが生まれてしまう。
 なので、一般教養を始め、礼儀作法などもカリキュラムに組み込まれている。

 この制度に不満を持つ生徒は多少いるらしい。
 自分は魔法を学びに来たのだ、一般教養を学ぶのならば普通の学院に行く……と。

 でも、俺は不満なんて覚えない。
 むしろ大歓迎だ。

 一気に500年後に転生したため、新しい世界の常識などを覚えきることができていない。
 学院に入学するまで、勉学は欠かさなかったのだけど……
 どちらかというと魔法に比重を置いて、一般常識は後回しにしていた。

 知らないことはたくさん。
 なので、一般教養の授業はありがたい。

 そして、五限目の一般教養の授業が終わり……

 六限目。
 魔法の実践授業へ移る。

「ここが第二訓練場ですよ」

 ローラ先生の案内で、俺達は第二訓練場へ移動した。

 学院の訓練場は全部で三つある。
 第一訓練場がシャルロッテと決闘をしたところ。
 その他に二つの訓練場があるという。

 一般教養もカリキュラムに組み込まれているものの……
 ここは魔法学院なので、やはり、メインの授業は魔法だ。
 そして、魔法は実践を繰り返すことで成長していくもので、そのための訓練場は必要不可欠。
 なので、他のクラスとバッティングしても問題ないように、三つの訓練場が設けられているらしい。

 第二訓練場は屋外に設置されていた。
 いうなれば、スポーツの競技場……というところか?
 第一訓練場よりも広いスペースが確保されている。

 広大なグラウンドが四つ、併設されている。
 複数のクラスが同時に利用できることを目的にされたらしい。

 第一訓練場と違い観客席はない。
 代わりに、日差しよけの屋根やベンチなど、簡単な休憩所が設置されていた。

「見た目だけなら、ホント、スポーツの競技場だなあ」
「はいそこ、レン君。ちゃんと先生の話を聞いてくださいね」
「すみません」

 怒られてしまった。

「とはいえ、レン君の感想は、あながち的外れというわけではありません。ここでスポーツを行うこともあります。魔法使いとはいえ、体力が必要になる時はありますからね」

 何人かのクラスメイトが、えー、という声をあげた。
 きっと運動が得意じゃないのだろう。

「他にも、スポーツに似た内容の授業を行うことがあります。ちょうど、今回の授業がそれになりますね」

 魔法の授業なのにスポーツと似ている?
 どういうことだろう?
 クラスメイト達も同じ疑問を抱いたらしく、皆、不思議そうな顔をした。

 そんな俺達の疑問に答えるように、ローラ先生は、近くのカゴからボールのようなものを取り出した。

「これは、今日の授業で使う『マジックコープ』というアイテムです」
「ボールだ……」
「ボールだよね……?」
「ボールよ……」

 クラスメイト達が口々に言う。
 ローラ先生が取り出したものは、どこからどうみても普通のボールだった。
 大きさは手の平を広げたくらい。
 軽々と持っているから、重さは大したことないのだろう。

 そんな俺達の反応に苦笑しつつ、ローラ先生は説明を続ける。

「見た目は普通のボールですが、こうして魔力を流すと……」

 ボールが発光して、ふわりと浮き上がる。

「この通りです」
「「「おおおーーーっ!」」」

 まさか、そんな仕掛けがあるなんて。
 みんなと同じように、俺も驚きの声をあげてしまう。

 ボールは淡い光を放ちながら、ローラ先生の手の平の上で、ふわふわと浮いていた。
 いったい、どういう仕組みなんだろう?
 気になる……徹底的に研究したい。
 分解して組み立てて、もう一度分解してみたい。

「こうすることで魔力コントロールの訓練ができます。マジックコープは適当な魔力を受けるとふわふわと浮きますが……んっ」

 ローラ先生の手に魔力の粒子が集まる。
 今まで以上に強い魔力を込めているみたいだ。

 すると、ボールがさらに輝いた。
 そして……ポンッ! とボールが明後日の方向に飛んでいってしまう。

「魔力のコントロールに失敗すると、見ての通り、マジックコープはうまく浮かばず、どこかに飛んでいってしまいます」
「なるほど」
「適切な魔力を適切な方法で流し続ける……できる限り、ずっと。これを繰り返すことで、魔力のコントロール能力が大幅に上昇するでしょう」

 前世にはこんなものはなかった。
 おもしろそうな訓練で、わくわくするな!

「マジックコープの数には限りがあるので、三人一組になって、順番に練習をしてください」

 三人組を作る必要があるのか。
 さて、どうしたものか?
 とりあえず適当に声をかけて……

「レン君、私と一緒に組まない?」
「あっ、ずるい! 私が先に誘おうとしてたのに」
「へへーん、早いもの勝ちだもん」
「ねえねえ、あっちの二人よりも私と組もうよ」
「いやいや、ここは私の方がいいよ? 今ならお買い得!」
「なんのセールなの? ほら、こんな人達は放っておいて、私と組もう?」
「えっと……?」

 クラスメイト達がこちらに殺到して、あちらこちらから誘われる。
 なんで?

「ふふっ、レン君は人気者ですね」

 ローラ先生が他人事のように言う。
 いや、まあ。実際、他人事なんだろうけどさ。

「レン君は男性ですが、魔法を使えるということを示しました。さらに、とんでもない力を持っていることも証明しましたからね。みんな、レン君に興味津々なんですよ。女の子しかいない環境だと、なおさら、唯一の男の子であるレン君は目立つでしょうし」

 そんなことを笑顔で言われても……
 ローラ先生、もしかしてこの状況を楽しんでないか?

「「「さあ、レン君!」」」
「えっと……」

 モテ期到来なのだろうか?
 それとも、未だに珍獣扱いなのだろうか?

 よくわからないものの……とりあえず、適当に三人組を作るのだった。
 俺と組んだのは、メガネをかけているルシアと、ソバカスが特徴的なラーナだ。

「レン君、よろしくね!」
「よろしく」

 二人とも気さくな性格をしているらしく、笑顔で握手を求めてきた。
 こういう人ならうまくやっていけそうだ。
 適当に組んだだけなのだけど、正解だったかもしれない。

 俺も笑顔で握手に応じる。

「うふ、うふふふ……男の子の手って、こんなふうになっているんだ……若いから、とてもスベスベね」

 なにやら、握手したまま手を離してくれない……

「こら」
「あいたっ」

 ラーナは、興奮した様子のルシアの頭をこつんと叩いた。

「レン君が困っているだろう。やめないか」
「ちぇ、もうちょっと堪能していたかったんだけど……残念」

 濃い二人だなあ。

「とりあえず、始めようか。誰からやってみる?」
「はいはいーい、私、やってみたい!」

 ルシアがまっさきに手を上げた。
 ラーナも異論がないみたいなので、ルシアにマジックコープを渡した。

「えっと……どうやるんだっけ? 魔力を流し込めばいいんだっけ?」
「魔力を注げば、マジックコープが反応して宙に浮きますよ。あとは魔力量を調整しつつ、できる限り長い間、宙に浮かせてみてください」

 ローラ先生がやってきて、そう説明してくれた。
 あちこちを見て回りフォローしてくれているみたいだ。

「むむむ、適切な魔力を……えいっ!」

 ルシアの手の平に魔力の粒子が集まり……
 マジックコープが輝いて、ふわりと浮いた。

「おおおぉーーー、浮いた! 浮いたよ!?」
「すごいね」

 ラーナと一緒にパチパチと拍手をする。
 ただの訓練とはいえ、うまくいくとうれしいだろう。
 俺も早くやってみたい。

 というか、マジックコープに興味がある。
 どんな仕組みなんだろう?
 一つもらえないかな。
 ぜひ分解して、とことん調べてみたい。

「っと……ととと!?」

 異変はすぐに起きた。
 ルシアが難しい顔をして、その変化に反応するように、手の平の上に浮いているマジックコープの輝きが不安定になる。
 光を放ったり、暗くなったり……
 さらに、左右にぐらぐらと揺れるようになる。

「こ、これはなかなか……おっ、おおお!?」

 動物のようにマジックコープがガタガタと暴れ始めて……
 パーンッ! という音と共に、明後日の方向に飛んでいった。

「たはーっ、ダメだぁ……私にはコレが限界っぽい」

 ルシアがその場にへたりこんでしまう。
 見ると、いっぱいの汗をかいていた。
 それくらいに辛いことだったのかもしれない。

「ふむ。それほどまでに難しいのか……レン君。すまないが、次は私でいいか?」
「ああ、構わないけど」
「ありがとう」

 興味をそそられたらしく、ラーナが次の名乗りをあげた。
 飛んでいったマジックコープを拾い、チャレンジする。

「んっ」

 ラーナの魔力が流し込まれて、マジックコープがふわりと浮いた。
 ルシアの時よりも輝きが強い。
 それに、動きも安定している。

 これならいけるか?

 ……と思ったのだけど。

「くっ……こ、これは……!?」

 一分ほどしたところで、ラーナが苦しそうな顔をした。
 さらに集中して耐えようとするものの、

「うあっ!?」

 長くは続かず、マジックコープが飛んでいってしまう。

 ラーナはルシアと同じように汗をかいていて、肩で息をしていた。
 どうやら思っていた以上に厳しい訓練のようだ。

 二人にタオルを渡す。

「おつかれさま」
「ああ、ありがとう……」
「やっぱり難しい?」
「そうだね、これはなかなか……魔力のコントロールにとても繊細なものを要求されて……さらに、ごっそりと魔力が吸い取られていく。どうやら、私では一分が限界のようだ。まあ……他のみんなも同じみたいだから、これくらいが限度なのかもしれないね」

 少し離れたところで同じ訓練をしているクラスメイト達を見ると、ルシアやラーナと同じように、一分ほどしたところでマジックコープを飛ばしていた。
 ラーナが言ったように、そこが限界なのかもしれない。

 なら、俺は3分にチャレンジしたいな。
 前世が賢者なのだから、それくらいはやっておかないと。

「それじゃあ、俺の番だ」

 マジックコープを拾い、手の平に乗せる。
 息を吐いて、吸って……
 集中をしてから魔力を注ぎ込む。

 ふわりとマジックコープが浮いた。
 白く明るい光を放つ。

「おぉ!?」
「こ、これは……」

 ルシアとラーナの驚く声が聞こえた。

 マジックコープは今までにない輝きを放ちながら、まるで静止しているかのように、ピタリと宙に浮いていた。
 そのままの状態で一分が経過した。

「……」

 特に疲労などは感じない。
 このまま問題なくいけそうだ。

 さらに一分、二分、三分が経過して……五分が経過した。
 それでも、俺は輝きと浮遊をキープしていた。
 ここでポーンと飛ばしてしまう、というオチはない。

 確かに、繊細な魔力コントロールを要求されるし、消費される魔力も膨大だ。
 それでも、なんとかなる範囲だ。
 これなら10分はいけるかな?
 なんてことを思ったのだけど……

「す……すっごーーーい!!!」
「うわっ」

 突然、ルシアが抱きついてきて……
 その反動と驚きでマジックコープが飛んでいってしまう。

「ちょっ……なにを……うぷ!?」
「あーもうっ、すごいなあ! それなのに、かわいいなあ!」

 ルシアが俺を胸に抱く。
 ルシアはそれなりに成長がよろしくて……
 やわらかい膨らみに顔が埋もれてしまう。

 幸せだ……
 でも、息ができない。
 天国と地獄の両方を同時に味わうことに。

「ルシア、それくらいにしておくんだ。レン君が苦しそうだぞ」
「あっ……ご、ごめんね。つい興奮しちゃって」
「いや。こちらこそありがとう」
「うん? なんで、レン君がお礼を言うの?」

 しまった。
 ついつい本音が。

「いや、気にしないで」
「そっか……まあいいや」
「それにしても、レン君はすごいんだな。初めてなのに、五分もあの状態をキープするなんて」

 ラーナが感心したように言う。

「どうすれば、そんなに上手にできるんだい?」
「どうすれば、って言われてもなあ……」
「よかったら教えてくれないか?」
「あっ、それナイスアイディア! 私達に教えてくれない?」

 ルシアとラーナが俺の手を取り、お願いをする。

 教えてほしい、と言われてもな……
 俺は我流だから人に教えられるような知識はない。

 でも……

 ふと、エル師匠のことを思い出した。
 エル師匠は優れた魔法使いというだけではなくて、優れた指導者でもあった。
 そんなエル師匠を見習い、俺も、誰かにものを教えるということを学んだ方がいいのかもしれない。

 そうすることで、さらに一段、上に上がれるような気がした。

「わかったよ。俺でよければ」
「やったー!」
「ありがとう」

 今度は二人に抱きつかれてしまうのだった。
 幸せではあるが、やはり苦しい。
「わーーーっ!」

 ふと、離れたところで歓声があがった。

 見ると、シャルロッテの姿が。
 その手の平の上で、マジックコープがふわふわと浮いている。
 一定量の光が放たれていて、安定した動きだ。
 ローラ先生並に上手なのでは?

 そんなシャルロッテの技術に、周囲の生徒達は驚き、尊敬の眼差しを向けていた。

「ふふーんっ、わたくしにかかればこれくらい朝飯前ですわ!」

 彼女達の視線を受けて、シャルロッテは得意げに笑った。

 そんなことをしつつも、マジックコープは未だ安定している。
 彼女の高い技術、強い魔力がうかがえる瞬間だった。

「すごいね、シャルロッテさん!」
「私達、そんな風にできないよ。さすがだね!」
「ねえねえ、どうしたらそんな風にできるの?」

 クラスメイト達が彼女のところへ殺到する。

「ふふふふふーーーんっ、まあ、これくらいわたくしなら余裕っていうか? 当たり前っていうか? まあ、楽勝ですわ!」

 シャルロッテはますます得意げな顔に。
 調子にのってるなあ……
 でも、不思議と憎めないところがある。

 自分に強い自信を持っているからだろうか?
 その自信は彼女の魅力を引き立てることになり、ある種のカリスマ的なオーラを発していた。
 それに惹かれる人は多いだろう。

 見ると、フィアもキラキラとした目でシャルロッテを見ていた。
 憧れているというよりは、尊敬しているという感じの目だ。

「むむっ、レン君。ライバル出現だよ!」
「ルシア、なにか変なことを考えていないかい?」

 ラーナが困ったように言うが、ルシアは彼女の言葉を聞いていない。

 ルシアは、すぅっと息を吸い込んで……

「わぁーーー、レン君、すごいねーーー!!! シャルロッテさん以上に、マジックコープをうまく扱っているよ!!!」

 大声でとんでもないことを口にした。

「えっ、なになに!?」
「レン君って、シャルロッテさん以上に上手なの?」
「見て! あれだけ輝いているのに、マジックコープはぴたりとも動いてないわ」
「ホントだ……まるで、時間が止まっているみたい」
「もしかしてもしかしなくても、ホントにシャルロッテさん以上?」
「ねえねえ、レン君。どうやって魔力をコントロールしているの? お姉ちゃんに、ちょーっと教えてくれない?」

 今度は、クラスメイト達がこちらに殺到してきた。
 その様子を見て、ルシアが自分のことのように得意そうにした。

 って、こんなことをしたら……

「ぬぐぐぐっ……!」

 案の定、シャルロッテがものすごい顔をしていた。
 俺をキッと睨みつけている。
 まるで親の仇を見ているかのようだ。

 確かに、活躍の場を奪うようなことをしてしまったが……
 なにもそこまで睨まなくても。

 女王さまらしく、シャルロッテはプライドが高いんだなあ。
 面倒なことにならなければいいのだけど。

「ふんっ」

 シャルロッテはおもしろくなさそうな顔をしつつも、こちらに絡むことはなく、いくらかのクラスメイトと一緒に訓練を続けた。
 この前の実技訓練で独断専行をしているから、同じことをしたらさすがにまずいと判断したのかもしれない。

「ふぅ」

 シャルロッテは体の力を抜いて、マジックコープへ注ぐ魔力を消した。
 マジックコープは軽く揺れて、シャルロッテの手の平の上に落ちる。
 どうやら彼女の番は終了みたいだ。

「さあ、次はあなたがやりなさい」

 シャルロッテは、フィアにマジックコープを渡した。

「はっ、はひ!」

 フィアは、あたふたしながらマジックコープを受け取った。
 直接、シャルロッテに手渡されたこと。
 いよいよ、マジックコープを使った訓練に入るということ。
 二つのことで、いつも以上に緊張しているみたいだ。

 そういう性格なのだから仕方ないのかもしれないが……
 そこまで緊張する必要はないと思うんだけどな。

 俺達は、所詮、学生だ。
 失敗するのが当然であり、そこから色々なことを学ぶことができる。
 なので、失敗を恐れていたら意味がないのだけど……

「わっ!? わわわ、あうううっ!?」

 フィアは失敗を恐れているらしく、必要以上に力が入っていた。 
 その結果……

 ぽーん……と、マジックコープは明後日の方向へ飛んでいってしまう。

「もうっ、なにをしているのよ? わたくしの前で無様なところを見せないでちょうだい」
「す、すみませんすみませんっ」
「あなた、魔力が足りないだけじゃなくて、運動神経も悪いんじゃない? でないと、そんな失敗はしないと思うわ」
「うぅ……め、面目ないです……」
「あなは、わたくしのもの。だからあなたが失敗すると、わたくしも恥をかくことになるの。そのこと、ちゃんと理解しているかしら?」
「は、はいっ……す、すいません……」
「言葉じゃなくて行動で示しなさい! ほらっ、シャキっとしてちょうだい! 大丈夫、あなたならできるわ! なんだかんだで、しっかりしていますからね。わたくしは信じているわ」

 フィアの指導をするシャルロッテ。
 自分なりに、これが正しいと思い、そう信じて行動しているのだろう。

 ただ……ちょっと言い方がキツイんだよな。
 陰湿さはないのだけど、しかし、そうでなくても、時と場合により言葉は鋭い刃となる。

 叩かれて伸びる子もいるが……
 どう見ても、フィアは違う。
 彼女は褒められて伸びるタイプだ。
 それなのにあんな言動をとっていたら、余計に追い込む結果になってしまう。

「ちょっとごめんね」
「あっ、レン君!?」

 ルシアとラーナ、その他のクラスメイト達を置いて、シャルロッテのところへ向かう。

「シャルロッテさん」
「……あら、ストラインですわね。なにか用でしょうか? というか、名前で呼ばないでくださる? わたくしのことを名前で呼んでいい許可なんて、あなたには出していませんわ」

 めんどくさい女王さまだなあ。

「じゃあ、ブリューナクさん」
「なにかしら」
「そういう言い方は、よくないと思うぞ」
「あなたにそんなことを言われる筋合いなんてないのだけど。大体、わたくしが男であるあなたをどう呼ぼうが勝手でしょう? なに。それともあなた、わたくしにちやほやされたいのかしら?」

 彼女の言動から男を軽視していることがわかる。
 昔のアラムかな?

「違う違う。俺じゃなくて、フィアのことだよ」
「フィア?」

 自分がきついことを言っているという自覚がないらしく、フィアの話になると、シャルロッテはきょとんとした。

「彼女に対してキツイ指導は、逆効果だと思うぞ。フィアのためを思うなら、もうちょっと言葉を選ぶべきだ」
「……余計なお世話ですわ。男であるあなたの指図なんて受けません」
「指図っていうわけじゃなくて、俺は、ブリューナクさんやフィアのことを気にしているだけで……」
「うるさいうるさいうるさーーーいっ!!!」

 癇癪を起こした子供のように、シャルロッテが爆発した。
 まあ、俺と数歳しか変わらないから、子供といっても過言ではないのだけど。

「あなた、さっきからうるさいですわよ! 男のくせにわたくしのやることに口を出すなんて、とても生意気ですわ!」

 シャルロッテは、ビシッとこちらに指を突きつけてくる。
 そして、そのままの体勢で言い放つ。

「男であるあなたに、そのようなことを言われる筋合いはないわ! 余計な口を出さないでくれるかしら? いい!? でないと後悔するわ!」
「具体的に、どう後悔するんだ?」
「えっと、それは……」

 気になって尋ねてみると、シャルロッテが言葉に詰まる。
 しばし、考えるような間を挟んで……

「と、とにかくひどいことになるの! 絶対に後悔するんだからっ」

 これ、何も考えてないやつだ。

「ふん、いくわよ、フィア!」
「は、はい、お嬢さま!」

 フィアに声をかけて、シャルロッテは俺から離れていくのだった。
 放課後。

 今日は図書室で魔法書を読み漁ろうか?
 それとも、自主的に使える訓練場で魔法の練習をしようか?

「あ、あの……」

 あれこれ考えていると、フィアがやってきた。

「えっと……」
「……」
「その……」
「……」
「あ、あの……」
「……」
「……はぅ」

 なんだろう? と思っていたら、勝手に涙目になってしまう。

 いや、待ってくれ。
 俺はなにもしていないぞ?
 本当だ。

 というか……
 前々から感じていたけど、この子、男が苦手なのかな?
 あるいは、コミュニケーションが苦手とか。
 だから、こうして言葉に詰まってしまうのかもしれない。

「どうしたんだ?」

 こちらから話しかけてみることにした。

「あっ……えっと、はい。お嬢様がストライン君のことを呼んでいて、な、中庭に来るように……と」
「お嬢様?」
「えと、えと……シャルロッテ様のことです」

 あの小さな女王様は、クラスメイトに様付けを強制しているのか?

「あ、えとっ……シャルロッテ様はシャルロッテ様で、その、変な感じではなくて……!」

 あたふたとフィアが言う。
 強制されているわけじゃないよ、と言いたいのだろう。

「レーナルトさんは、ブリューナクさんと仲が良いの? 友達?」
「そ、そんな! シャルロッテ様と友達なんて、お、恐れ多いです! はうあう」
「そうなのか?」
「はい!」

 ものすごい勢いで肯定されてしまった。

 うーん……思っていた以上に複雑な関係なのかな?
 そんな俺の疑問を察したらしく、たどたどしいながらも、フィアが説明をする。

「えっと、その……わ、わたしの家は、シャルロッテ様の家に仕えていて、で……代々、専属の侍女となっていまして……」
「へえ、そういう関係なのか。でも、主があれだと苦労するだろ?」
「い、いえいえ! そんなことは決して!」

 ぶんぶんぶんぶんぶん! と手を振り、フィアは俺の言葉を否定した。
 それだけ強く否定したら、逆に、苦労しています、って言いたいように見えてしまう。

 まあ、仲は悪くないのだろう。
 むしろ良い方なのだろう。
 フィアのような子がここまで主張しているんだから、その言葉に嘘はないと思う。

「あんな風に見えてもシャルロッテ様は、その……とても優しいです。わたし、何度も助けてもらったことが……あっ!? あ、あんな風にという言葉は不適切でした。えと、えと……あうあう!?」

 自爆してしまい、フィアはぐるぐると目を回して混乱した。
 見た目通り、ドジっ子なのだろうか?

 シャルロッテがフィアに慕われているというのは、ちょっと意外だった。
 あんな風に見えて、意外と面倒見がいいのだろうか?
 それとも、時折見せる優しさが心に染みているのだろうか?

 俺は知らないだけで、シャルロッテにも優しい一面があるのかもしれない。

 今後、彼女と接する時は、一方的な偏見を持たないように気をつけよう。
 そして、俺には見せていない一面を見つけることができるよう努力しよう。

「でも、いいのか?」
「なにが……ですか?」
「そういうことを俺にしゃべっても、っていうこと。ブリューナクさんが今の会話を聞いたら、たぶん、怒りそうだけど」
「あうっ!? そ、それは……」

 そこまで考えていなかったらしく、フィアが慌てた。
 あちこちに視線を泳がせて、あわあわとうろたえて……

 少しして、じっとこちらを見る。

「そう、かもしれないけど……でも、その……ストライン君にウソはつきたくない、というか。ちゃんと話をしたいなあ……って」

 妙に俺の評価が高い。
 力がある、ということを見せつけたからなのだろうか?

 そんなことを思うが、フィアが口にしたのはまったく別の答えだった。

「あの、ね……? 最初、教室で自己紹介をする時、わたしのこと助けてくれたでしょう?」
「えっと……ああ、そういえばそんなことも」
「すごく、嬉しかったから……」

 フィアがにっこりと笑う。

 もしかして、そのお礼として……?
 だから、ちゃんと俺と話をした、っていうことなのか?

「それが理由?」
「そう、だよ……?」

 むしろそれ以外になにがあるの? と言うように、フィアはきょとんとした。

 正直なところちょっと驚いた。
 俺の力じゃなくて、行動を評価してくれるなんて初めてのことだから……

 でも……うん、そうか。
 フィアは、そういうことができる子なんだな。
 なかなかできることじゃないと思う。

 フィア・レーナルト。

 これはただの勘でしかないのだけど……
 きっと、彼女とは仲良くなれるような気がする。

「あのさ、友達になってくれないかな?」

 気がついたらそんな言葉が飛び出していた。

「ふぇ!? わ、わわわ、わたしなんかが!?」
「うん。君と友達になりたいんだ」
「あわわわ……え、えっと……よ、よろしくお願いします!」

 思い切り頭を下げられてしまう。
 そこまでしなくても、と苦笑するものの、でも、いつも一生懸命な彼女のことを好ましく思う。

「じゃあ、これからよろしく。あ、そうだ。名前でも呼んでもいいかな? それとも、レーナルトさんの方がいい?」
「えっと、その……名前で」
「そっか。じゃあ、フィアって呼ばせてもらうよ。俺のことも、レンって呼んで」
「わ、わかりました……レン君」

 俺達はにっこりと笑い、これからよろしく、と握手を交わすのだった。
「ちょっと、遅いではありませんか!」

 フィアの伝言を受けて中庭に行くと、すでにシャルロッテがいた。
 俺の姿を認めると、むすっと不機嫌そうな顔になる。

 こんな子がフィアに尊敬されている?
 うーん……ないな。

「俺のことを呼んでいるとか?」
「ええ、そうですわ。ちょっと話……というか、聞きたいことがありますの」
「聞きたいこと?」
「さっきの授業のことですわ」

 はて、なんのことだろう?
 授業中、シャルロッテと絡むことはないし、注目を受けるようなこともしなかったはずなのだけど。

「あなた、あれだけの力をどうやって身につけたのかしら?」
「え? どういうこと?」
「ごまかさないでくださる? わたくしよりもずっと上手に魔力をコントロールしていて、先生も一目置くほどで……どうやって、そのような力を?」

 転生したから。

 なんて言っても信じてもらえないだろう。
 バカにしないで、と怒られるのが通常のパターンだ。

「幼い頃から毎日、トレーニングを積み重ねてきたんだよ。その結果だ」

 ウソは言っていない。
 全部を口にしてもいないけどな。

「どのようなトレーニングを?」
「色々とやったけど……基礎がメインかな? こんな感じで……光<ライト>」

 光球を生み出した。
 周囲を照らす、光属性の初歩中の初歩の魔法だ。

「それがどうかしまして?」
「これを、ずっと使い続けるんだ」
「ずっと?」
「そう。魔力切れになるまで、それこそ何時間も」

 通常、この魔法は10分ほどで効果が切れてしまう。

 でも魔力を調整して、色々な制御を試みると、持続時間が何倍も伸びる。
 その分、魔力の消費は激しくなり、コントロールも難しくなるのだけど……
 だからこそ、良いトレーニングになる、というわけだ。

「へぇ……とても良い方法ね」

 シャルロッテは感心したように頷いた。

 まさか、この話をするために俺を呼び出した?

「でも、大変じゃないかしら?」
「もちろん。でも、大変だからこそ伸びるものだろう?」
「そうですわね……ええ、その通りですわ。あなた、意外と努力家なのですね。そういうのは嫌いではありませんわ」
「それはどうも」
「あなたは男だけど……まあ、多少、見所はあるかもしれませんわね」

 『男』と口にする時、シャルロッテは嫌悪感をハッキリと表に出していた。

 男嫌いなのだろうか?
 それとも、マーテリアのように男を軽視しているとか?

「俺からもいい?」
「なにかしら?」
「シャルロッテは……」
「ブリューナク」

 ついつい名前で呼んでしまうと、即座に訂正を求められた。

「と言いたいところですが、名前で呼ぶことを許可いたしますわ」
「いいの?」
「……性は好きではありませんの」

 とても複雑な表情を見せる。
 なにか問題を抱えているのかもしれない。

「じゃあ、改めて……シャルロッテは、魔法の詠唱速度が異常に速いだろ? あれ、どうやっているんだ?」

 最初の授業で試合をした時、シャルロッテは、俺の詠唱速度を明らかに上回っていた。
 その秘密が知りたい。

「知りたいのですか?」
「もちろん。あんな魔法技術、見たことも聞いたこともない。だから、ものすごく興味がある」
「ふふんっ、それはそうでしょう! あれは、わたくしのとっておきですからね!」

 褒められて嬉しいらしく、シャルロッテはドヤ顔を決めた。

「ダメか?」
「ダメですわ」
「そこをなんとか」
「んー……まあ、ヒントくらいは差し上げもよろしいですわ。さきほど、あなたのトレーニングを聞いたので」

 そこから魔法について語り合う。
 技術、理論、改善案……色々な話をした。

 とても楽しい時間だ。
 シャルロッテも、いつの間にか楽しそうにして、魔法について熱く語る。

 魔法が好きなんだな。
 そして、魔法が好きな人に悪い人はいないはず。
 エル師匠のことを思い出した。

「……と、いうわけですわ」
「なるほど、勉強になった。それで、あの詠唱速度はどうやって?」
「そこはぼかしていましたのに、まだ諦めていませんのね……」
「気になることは、とことん追求しておきたいんだ」
「やれやれ……詳細を話すつもりはありませんが、まあ、調べればわかることですわね。あれは、遅延魔法というものですわ」

 それは俺の知らない魔法技術だった。

 あらかじめ魔法を唱えて、それを発動することなく、ストックしておく。
 それを任意のタイミングで解放することで、即座に魔法を発動することできる。
 それ故に、詠唱は通常よりも短く、驚異的な速さで魔法を発動することができる……というものだった。

 アリーシャの魔法剣、シャルロッテの遅延魔法。
 この世界の魔法は衰退していると思っていたが、そうでもないみたいだ。
 一部、発展しているところは発展している。

 こういうところを吸収して強くなっていかないと。

「んー……」

 話が終わったところで、再び、シャルロッテがじーっと見つめてきた。

「なんだ?」
「思えば、このようにまともな話をするのは初めてですわね」
「そういえば」

 いつも突っかかられていたからな。

「男にしては意外だけど、あなた、頭は悪くないのね。それに力もあるし……あと、なんか話しやすいわ」
「褒めてるのか、それ?」
「当たり前じゃない」

 シャルロッテの褒めるの基準はよくわからない。

「あなたは男だけど、実は意外といい人なのかしら?」
「どうだろうな? いいヤツの定義なんて個人によって変わるし、それはシャルロッテが判断することだろ?」
「それもそうね」

 不思議なヤツだ。

 最初は意味もなくつっかかってきて、アラムと同類みたいな感じがして、女王さまみたいに思っていたのだけど……
 こうして話をしてみると、人格が破綻しているという風には感じない。
 むしろ、しっかり者という印象を受けた。

 まあ、プライドが高いことに代わりはないが……
 それはそれで、一つの持ち味として見ることができる。

 シャルロッテ・ブリューナク。

 彼女のことは、以前ほど悪い印象を持たなくなった。
 というか、良い印象を持つようになった。

 ただ、男なんて、とか口にすることが多い。
 やはり、マーテリアの同類なのか?

「もう一つ、聞いてもいいか?」
「ええ、いいわ。あなたと魔法の話をするのは、それなりに有意義な時間ですもの」
「いや、個人的な質問だ」

 いまいち、シャルロッテがどういう人なのかわからない。
 なので、もう少し踏み込んでみることにした。

「シャルロッテは、男のことをどう思っているんだ?」
「……どういう意味かしら?」
「いや。なんか、男なんて、とか言うことが多いからさ。女尊男卑的な思考が根付いているのかな、って」
「そういうつもりはありませんわ。確かに、魔法が使える女性の方が力は上かもしれませんが、だからといって、女性だけで社会は成り立ちません。世界も。ただ……」

 シャルロッテはとても苦い顔をした。
 ハッキリとした嫌悪感を表に出す。

「男性は嫌いですわ」
「あー……なんか、悪いことを聞いたか?」
「……別に」
「別に、っていう顔じゃないだろ。それ」
「……」
「まあ……なにかあるなら、無理に話す必要はないさ。ただ単に、俺がシャルロッテのことを知りたいって思っただけだから。でも、そんなことに応える義務も義理もないからな」
「どうして、わたくしのことを知りたいの?」
「なんとなく」
「変わった人ね……あなたは、わたくしの知る男とぜんぜん違いますわ」
「どういう意味だ?」
「わたくしの知る男っていう生き物は、サイテーということですわ」
 シャルロッテの表情には男に対する嫌悪が見えた。

 昔の姐さんのように、魔法を使えない男を見下しているわけではなくて……
 シャルロッテの場合は、きちんとした理由があるように思う。

 なんだかんだ、彼女はしっかりした人なのだ。
 たぶん。

「よかったら話してくれないか?」
「なんで、話さないといけないのかしら?」
「シャルロッテに興味があるんだ」

 これはウソじゃない。

「……まあ、別にいいですわ。貴重な話をしていただいたお礼、ということで。それに……調べようと思えば簡単にわかることですし」
「ありがとう」
「ふん」

 シャルロッテは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 魔法の話で盛り上がったものの、やはり男は嫌いみたいだ。

「わたくしは貴族なのですが、知っていますか? ブリューナク家というところなのだけど」
「聞いたことはあるよ」

 俺も貴族なので、横からそういう情報は入ってくる。
 それにクラスメイト達の間で噂にもなっているし、なんとなくではあるが、彼女の家のことは知っていた。

「ブリューナク家は、今時、珍しく男が当主なのよ」
「へえ、それは確かに珍しいな」

 女尊男卑というほどではないけれど、魔法が使えることで、なんだかんだ女性の方が立場が強い。
 ウチも母さんが当主だ。

「跡継ぎが男しか産まれなくて……それで、父さまが当主になったらしいわ。でも、父さまは最低の人よ」
「言うね」
「事実ですから。汚職に癒着。パワハラにセクハラ。女性に手を出して……まあ、権力を盾に色々とやりたい放題。幸いというべきか大きな事件はまだ起こしていないけれど、小さな事件はしょっちゅう起こしているわ。で、それを権力で握りつぶしている」
「おぉ……」

 こう言ったらなんだけど、典型的な小悪党みたいだ。
 そんな俺の考えを見抜いたらしく、シャルロッテは苦笑する。

「その通り、小悪党よ」
「なるほど、ね」
「……ウチの親戚は、女尊男卑の思想が強いのですわ。そのせいで、父様は昔、色々と辛い想いをされたようですが……だからといって、今、好き勝手していい理由にはなりません。そして……一番の被害者は母さまですわ。母さまは気が弱い人で、父さまに酷い目に遭わされてきた。わたくしが小さい頃から酷い目に……ずっと」

 シャルロッテは拳を力いっぱい握る。
 爪が刺さり、血が出てしまいそうなほど、強く強く握る。

「父さまだけではなくて、その周りの男もくだらない連中ばかり。甘い汁を吸うためにすり寄ってきて父さまにへりくだり……好き放題してくれましたわ」
「一つ疑問なんだけど、そういうのって周囲が正してくれないのか? あるいは、さらに上の偉い人とか?」
「もちろん、正してくれますわ。なんだかんだ、女性の方が力を持っているもの。ですが、父さまはずる賢い人だった。表向きは何事もないように振る舞い、女性に媚を売り、母さまが上に立っているように見せて……でも、裏で好き勝手していた。だから、上や周囲の人々はなかなか動くことができないのですわ」
「なるほど」

 シャルロッテの父親は、魔法という力を持たないが、権力と悪知恵という力は持っていたみたいだ。
 うまく立ち回り、ずる賢く生き抜いてきたのだろう。

「まあ、それもわたくしが10歳の時に終わりを迎えたわ。長年、好き勝手やっていた父さまは、自分は一番偉い、って勘違いしたのでしょうね。どんどん増長していって、周囲の人々にケンカを売るようなことをして……そのまま反撃をくらい、叩き潰されましたわ。で、今までのことが明らかになって、家を追放されたの」
「壮絶だな……」
「わたくしはとてもスッキリしましたわ」

 追加で聞いたところ……

 全てを失ったシャルロッテの父親は、家を追われて姿を消したらしい。
 今は、どこにいるかわからない。消息不明だ。

「男なんて、くだらないですわ」

 シャルロッテは不快感を隠すことなく、はっきりと表に出して言う。

「魔法が使えないと、自分には力がないからと卑屈になり、必死になって媚を売る……かと思えば、権力などの力を手に入れたら、増長して好き勝手にふるまう。男なんて、みんな勝手ですわ」

 シャルロッテの気持ちはわからないでもない。
 産みの親がそんなヤツだとしたら、ここまでひねくれてしまうのも納得だ。

 でも、男の全てをくだらないと判断してしまうのはどうかと思う。
 父さんみたいにしっかりした人もいるし、一部だけでは?

 なによりも、俺達はまだ幼い。
 15歳といっても子供だ。
 自分の目で見たものが正しいと限らないし、後で価値観が覆されることもある。
 絶対にこうだ、と決めつけてしまうことは、ちょっと寂しいような気がした。

「わたくしが男を見下しているのは、魔法が使えないからではありませんわ。サイテーのどうしようもないロクでなしの生き物だから、見下しているの」
「シャルロッテの言い分はわかったけどさ……それでも、そうと決めつけるには早いんじゃないか? 父親の件も、一部の話に過ぎないだろう?」
「……そんなこと、わかっていますわ。ですが、仕方ないではありませんか」

 シャルロッテは、寂しそうに悔しそうに、顔を歪める。

「そういう風に思うようになってしまったんですもの。一度こうと認識した価値観は、そうそう簡単に塗り替えることはできませんわ」
「……それもそうだな」
「それに、この人はすごい、っていう男に会ったことがないし……考えを改めようとしても、そうするだけのきっかけがないの。だから無理ですわ」
「なら、俺がそう思わせてみせるよ」

 気がつけば、自然とそんなことを口にしていた。

「え?」
「俺のことをすごい、って思わせてみせる」
「あなたが?」
「俺が」

 第一印象は、わがままな女王さま。
 その次は、昔のアラム姉さんのような困ったちゃんで、扱いに困る女の子。

 でも、こうして話してみると、そういった印象は消えていた。
 ちょっとプライドが高いだけで、普通の女の子に思えた。

 だから……
 もう少しだけ踏み込んでみようと、そう思ったのだ。

「……」

 シャルロッテがじーっと見つめてきた。
 顔が近い。
 吐息が触れてしまいそうだ。

 そんな至近距離で……

「ぷっ」

 シャルロッテが笑う。

「ふふ。わたくしの話を聞いて、まさか、そんなことを言えるなんて……あなた、変わっていますわね」
「そうかな?」
「変わっているわ。ものすごく。少なくとも、今まで生きてきた中であなたみたいな男に出会ったことがないですわ」
「褒められてる……のかな?」
「自分をすごいと思わせてみせる、か……ふふっ、楽しみにしていますわ」

 シャルロッテが、とんっと俺の胸を軽く叩いた。
 それから、にっこりと笑う。

 その笑顔は、素直にかわいいと思った。