俺はソキウス。
平民の生まれでありながら、この世界『フィーリウス』を管理する女神様である『フィーリア』によって勇者として選ばれた。
その目的は、新たに現れた魔王を倒すというもの。
さらに、妹のルリアが聖女として選ばれた。
俺は、アグリアス王国で他の仲間と共に魔王を倒す旅に出たのだが、その仲間とはどうも反りが合わず、衝突を繰り返していた。
そして、決定的な分岐点が今、訪れようとしていたのだった。
「お前……、ルリアに何を……」
「貴様の妹だからな。 気絶させてもらったよ。 後で人形にしておくつもりさ。 何せ聖女は使い道があるからな」
妹であり、『聖女』だったルリアを『賢者』のシュルツが気絶させた。
俺達は、ここ『ガイストガストの岬』で、魔王四天王の水のウォルネルを討ち取ったのだが、その直後、この事態が起きた。
エレンがどうもルリアの背後を狙って、締め落としたようだ。
そして、俺はシュルツと戦士のエレンと対峙をしていた。
「我々は魔王討伐のために、寄り道をする貴様が邪魔なんだよ。 よく賢者の私と口論してくれたもんだよ」
「困っている人々を救うことの何が悪いんだ!?」
「私はそれが気に食わないのだ。 速攻で魔王を倒せばいいものを」
「そうさ、魔王さえ倒せば人々は救われるんだから、人助けなんて必要ないじゃん」
「聖剣の発動条件がの一つが人助けなんだけどな。 それを聞いてないお前らじゃないだろう」
「だから、魔王さえ倒せば人助けになるんだから必要ないんだよ!」
だめだ……!
シュルツも戦士のエレンも自分の事しか考えていない……!
聖剣が発動しなければ魔王を倒せないのに何を言ってるんだ、こいつらは。
まさか、こいつらは……!?
「長話が過ぎたな。 ここが貴様の墓場になる」
「シュルツ……!!」
「もう、魔王退治に貴様は不要だ……! 死ね、ソキウス」
そしてシュルツの魔法が広い範囲で俺を襲う。 崖に追い詰められているので、避けられず直撃してしまう。
「う、うわあぁぁぁぁぁっ!!」
「ははは、あの世で悔いながら見届けるんだな、ソキウスーーー!!」
落ちていく俺を見下しながら、狂ったような雄たけびを上げるシュルツを見たのを最後に、俺はそのまま意識を失ったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ、今日もピクニック日和ですね」
「たしかに、一昨日の雨が嘘のようだ」
「じゃあ、ここでお弁当にしましょうか~」
「わーい♪」
私はセシリア・アルテミシオン。
クレストリア王国の辺境に構えるアルテミシオン領の領主の娘です。
今日は、妹のフィンランと両親と共に近場の川沿いでピクニックをしていました。
せせらぎの音を聞きながら母の作った弁当で舌鼓を打っていたその時でした。
「あら?」
「どうした、セシリア?」
「あそこに何かが光ってませんか?」
「そういえば、向こう側からこっちに流れてきているわねぇ」
川の向こう側からこっちに向かって、光が近づいてきている事に気付きました。
私が気付いた後で、両親も気付いたようで、気になったようです。
「ねーね、あれ!」
「え、人!?」
「フィオナ! 魔法でこっちに引き揚げてくれ!!」
「任せて!」
フィンランが光に包まれている何かに気付き、私に声を掛けました。
その光の中にはぐったりとした様子で人間が流されていたのです。
おそらく男性でしょうか……?
普通なら溺死しているのですが、光の膜のおかげで辛うじて生きている状態です。
父が母に魔法でその人を引き揚げるように頼み、母はそれに応えるべく、魔法でこっちに引き揚げました。
「酷い……、ボロボロじゃない」
「生きてはいるが……衰弱している。 家に運ぼう」
「分かりました。 フィンもいいかな?」
「うん!」
丁度弁当を食べ終えたため、フィンランはぐずることなく素直に理解を示してくれました。
父が男性を背負って、母が転移魔法の準備をしだしました。
治療が出来る道具は家に置いたままなので、そこで治療するつもりなのでしょう。
回復魔法は、『聖女』しか使えませんからね。
「セシリアとフィンランはしっかり捕まっててね。 『テレポート』!!」
母は転移魔法を発動し、光に包まれました。
そして、一瞬で我が家の玄関に着きました。
突然現れて驚くメイドさんに事情を話し、すぐに部屋に運び、手当てを行いました。
そして、私は知ることになるのです。
救出した男性こそ、勇者だった方で仲間に裏切られた事を。
さらには、その仲間が反女神の思想を持っていた事に……。
「ん……」
重い瞼が不意に開けていく。
その側には、知らない少女と幼女が心配そうな様子で見ていた。
俺が目覚めたのに気付き、安堵していた。
「よかった……。 目が覚めたのですね」
「ここは……?」
目覚めた先が、知らない場所だったので、側にいた少女に聞いてみた。
「クレストリア王国領内の町『ザッハトルテ』にある私の家です。 家族でピクニックに来ていた時に近くの川で流されていたあなたを見つけ、救助しました」
「そうか……」
しかし、クレストリア王国に流れ着いていたなんてな……。
それに、まさか四天王の一人を倒した後で裏切りに遭うなんてな。
「あなたは確か勇者様ですよね?」
「どうしてそれを?」
隠す必要はないし、勇者の件は他国にも共有しているから、知っていても不思議ではないが、いきなりストレートに聞かれたので、戸惑ってしまった。
「流れ着いていた時、あなたの周りに光の膜が張られていました。 文献を調べた所、あれは勇者が予定外の危機に晒された時に発生される結界みたいでしたので、もしやと思い聞いてみました」
それは旅立ち前に聞いた事があったが、まさか本当にそれが発生していたなんてな。
予定外の危機とは、さっきの裏切りを意味してたのかな。
俺は正直に打ち明ける事にした。
「ああ、俺はアグリアス王国から出発した勇者だよ。 だけど、途中で仲間だった者の裏切りにあって、崖から突き落とされてね……」
「そうなのですか……。 賢者と戦士が勇者様を裏切るなんて……」
簡単な形で事の顛末を聞いた少女は、ショックで開いた口が塞がらないような様子だった。
勇者パーティの賢者と戦士が俺を裏切り、聖女の妹と離れ離れにされたのだから。
「にーに……」
「ん?」
ここまで黙って聞いていた幼女が、俺の頭に小さな手を乗せて来た。
「いいこいいこ」
そのまま、俺の頭を撫でて来た。
小さい手で撫でてくる健気さが俺の心に伝わってくる。
「ありがとうな……。 えーっと……」
「あ、私はセシリア・アルテミシオンと言います。 この子は妹のフィンランです」
「フィンランちゃんか。 ありがとうな」
「えへへ♪ にーに、げんきでた?」
「ああ、君のおかげだよ」
俺はそう言ってフィンランちゃんの頭を撫でる。
撫でられたフィンランちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべている。
「俺はソキウス。 ソキウス・エグジット。 今後この名前が名乗れるかどうかは分からないがよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。 お母さんを呼んできますね。 フィン、行くよ」
「はーい」
セシリアがフィンちゃんを連れて一緒に彼女達の母親を呼びに行ったようだ。
どれくらい流れていたかは知らないが、一応は助かったのだろうか……。
だが、向こうの国……アグリアス王国では、死亡扱いにされているのだろうから……この名前を名乗れるのは最後になるのかも知れない。
妹はこれを知ったらショックを受けるだろうなぁ。
「セシリアから目覚めたと聞いたので来ました。 調子はいかがですか?」
そんな事を考えている俺の元に、セシリアとフィンちゃんの母親が来たようだ。
いい意味で、この親にしてこの娘ありだなって思ったのは内緒だ。
親子そろって美人すぎるじゃないか!
「ええ、おかげさまで」
「それは良かったです。 命の輝きはありましたが二週間程意識がなかったので……」
(二週間も意識を失っていたのか)
二人の母親から聞いた話だと、どうやら俺は二週間は意識がないままだったらしい。
シュルツに崖から落とされて、ここに流されてきた時期を含めてそれ以上は意識を失っていた事になるな。
そう考えてる俺に向けて、母親がある話をし始める。
おそらく、向こうでの俺の扱いだろうが……。
「さて、ソキウス様。 かなり残念な話ですが、あなたは向こうの国では死亡したとされています」
「やはりですか……」
大方の予想通りだった。
シュルツやエレンの事だ。 必ずあらゆる理由をつけて、俺が死んだという報告をするだろうな。
そして、新たな勇者を選定してシュルツの思うままの人形として作り上げるのだろう。
妹のルリアと共に。
「驚かれませんでしたね」
「だいたいの予想はついていましたから」
「ソキウス様……」
「にーに……」
母親の隣にいたセシリアとフィンランちゃんも悲しそうな表情をする。 特にフィンランちゃんは泣きそうだ。
「フィンランちゃん、おいで」
俺がフィンランちゃんを呼ぶと、素直にこっちに来てくれる。
そして、フィンランちゃんの頭を優しく撫でながら、俺はこう言った。
「お兄ちゃん、少しショックを受けたけど、大丈夫だからね」
「んみゅ……」
「本当に大丈夫なのですか?」
「ああ。 これを機に名前を変えて新たな生活を目指そうかと思っているよ」
妹のルリアの事は心配だが、死人扱いの俺が今行った所で厄介なトラブルを生む。
なのでひとまずは、裏切られた二人の事は忘れ、名前を変えて新たな生活を目指していこうと告げた。
「その事なのですが、提案があります」
「提案?」
セシリアの母親から俺に提案があるのだそうだ。
名前を変えて新たな生活を目指すのにいい案があるのだろうか?
「これは辺境伯である夫からの提案でもありますが、娘であるのセシリアの婿養子としてあなたを家族に迎え入れようと二週間かけて考えたのです」
「家族? 婿養子? セシリアの……!?」
「お母さん!!」
俺をセシリアの婿養子にするという提案を聞いたセシリアが赤くなっていた。
流石に恥ずかしいのだろう。
だが、辺境伯という言葉にも少し引っ掛かりを覚えた。
「私達家族は、ここ『ザッハトルテ』を始め辺境にある村や町を治めているのです」
「辺境? 『ザッハトルテ』は町だった……」
「辺境伯が治めているエリアの中では唯一の町ですからね。 それでこの『ザッハトルテ』を拠点にあなたのやりたいことをやってみたらいいでしょう」
確かにここが辺境の中で町クラスの規模ならば、色々武器も防具、道具も替えるしな。
だが、それがセシリアの婿養子になるという理由にならないと思ったが、次の発言で納得した。
「私達家族で考えている間に、勇者ソキウスが死亡したというニュースが写真付きで送られてきたのです。 それで写真と当時のあなたの姿を確認した所、まさしくあなたがソキウス様だと判明しました」
「そこで俺が勇者である事と、その俺が死亡扱いされていたのが分かったのですね」
「ええ、夫の耳にも届いていましたわ。 向こうの国ではそして一度鬼籍に入ってしまうと、生きていたとしてもアンデット扱いされて迫害されるのです」
「もしかして、俺が新しい名前を名乗ろうと考えていたタイミングで婿養子の提案を?」
「そうです。 出会って間もないでしょうが、これはセシリア自身も理不尽なお見合いを回避する為でもあるのです」
シュルツ達によって、『ソキウス・エグジット』が鬼籍扱いされた事は辺境伯の耳にも届いていたようで、もし俺が目覚めた場合にセシリアの婿としてかつ婿養子として迎えようと眼が得ていたそうだった。
確かにアグリアス王国では、一度鬼籍入りされると生きて帰って来たとしてもアンデット扱いをされて迫害されるのだとか。
そうなると、アグリアス王国には戻ることはできないから、この提案は俺が新しい生活をするための足掛かりでもあるわけだ。
そして、セシリアも辺境伯の娘で貴族でもあるので、他の自己中心的な貴族からのお見合いが後を絶たないらしいから、それを回避するための案でもあった。
「ソキウス様……」
「にーに……」
セシリアとフィンランちゃんが俺を見つめる。
まぁ、母親からここまで聞かされたのだから、もう答えは決まっている。
「分かりました。 その提案は受け入れます」
この答えを言った時、セシリアはパァッと嬉しそうな笑顔になり、フィンランちゃんもわーいと嬉しそうに走り回っている。
「提案を受け入れてくださり、ありがとうございます。 早速夫にも伝えますね」
「はい。 それで俺の新しい名前ですが……」
「ええ、もちろん向こうで提案させていただきますわ。 それにこのここまでの間に面白いことが起こっていますから、それも向こうで教えます」
「面白い事?」
辺境伯がいるという場所にて、俺の新しい名前を提示してくれるそうだが、どうも面白いことが発生したたしくその事についても教えるのだそうだ。
「同じアグリアス王国の勇者パーティだった聖女ルリア様を知っていますか?」
ルリアだって!?
まさか、ここで聖女である妹の名前が出てくるとは予想だにしなかった。
「ルリア……だって!?」
セシリアの母親が口にした聖女ルリアの名を聞いて俺は驚いた。
「ええ、やはりご存じで?」
「あいつは俺の実の妹で、唯一の家族です」
「ソキウス様の妹さん!?」
「あらあら……」
聖女ルリアが俺の実の妹だと答えると、セシリアは驚き、母親の方も驚きの表情をしながら、冷静になろうと振る舞っていた。
「そのルリアが何か?」
「実は4日前に突然、領主である夫の家の前に転移してきました」
「転移?」
「はい。 ただ事ではないという事で、夫が彼女を保護し、真相を聞いたのです」
転移でここにダイレクトに来れるのだろうか?
確かに聖女は、転移魔法『テレポート』を使えるが、あくまで緊急の為の転移魔法なので、場所は指定できなかったはずだ。
「まず、ルリア様は女神様のお告げと助力でこの『ザッハトルテ』に転移してきたようです。 女神様が勇者様の因子を発見したのでしょう」
「あ……」
母親から聞いた内容で、俺は思い出した。 聖女のもう一つの『顔』を。
それは女神様にコンタクトを取る『連絡者』としての役割を持っていた。
だから、緊急用の転移魔法でも女神様の力でダイレクトにここに来れたんだろう。
特に妹のルリアは、女神様の声を孤児院に引き取られた時から聞き取ることが出来たらしいので、勇者選定の権利を持つアグリアス王国が俺を勇者に任命すると同時にルリアも聖女に任命された。
俺の行動は、俺の意志も大半だが女神経由でルリアからの勧めでもあった。 だが、それを魔王討伐だけを優先すべきという賢者のシュルツや戦士のエレンは批判していた。
女神様の勧めで人助けした時もそうだったが、あいつらは反女神派なのだろうか?
色々と考えていたが、続きが気になるので、母親の話に再度耳を傾ける。
「保護された後で、聞いた話ではまず、気を失っている時に、念話で勇者様であったあなたが賢者と戦士に崖に突き落とされた事と、あなたの鬼籍入りを女神様から知らされたのです」
シュルツによって気絶させられたルリアは、気絶している間は常時念話魔法を発動した状態になっていたのか。
女神様から知らされた内容は、ルリアとて気が気じゃなかったはずだ。
「女神様の力のおかげで意識を取り戻したルリア様は、まず転移でアグリアスの王族に伝えました」
「ルリアが……。 しかし、俺は鬼籍入りされているんだけど」
「そうです。 賢者のシュルツはどうやら王族を欺いて新たな勇者選定をさせるように動いていたみたいです」
「なんだって!?」
「向こうではあなたやルリア様は平民生まれだったのですよね? そんな人物が勇者に選ばれるのが不快だったようですね」
根っからの貴族主義だったのか。
そりゃあ相容れないはずだ。 あの手の貴族は自分本位だから、他人が困っていようとも見捨てる事こそ至高なのだろう。
だが、それを抜きにしても何故、安易に俺の鬼籍入りを許可したのだろうか?
「あそこは王族のいずれかの一人が、サインをすれば鬼籍入りが完了するようです。 どうも王族の中にシュルツとつるんでいた人物がいたことが発覚。 除籍かつ追放処分になったそうです」
「王族にも俺が勇者なのを嫌っているのがいたのか」
「鬼籍入りの件だけではないのです。 追放した王族……、つまり第一王子だった者ですが、書類を改ざんしてシュルツとエレンを加えさせるようにしていたそうです。 本来では別の方が勇者パーティに入る予定でした」
「マジか……。 というかそこまでして俺を……?」
「そのようです。 そして、ルリア様は女神の声を聴くという事でその仕組みの実験台にするつもりだったのでしょう」
あいつがあの時に使い道があるといったのはそういう意味か。
思い出しただけで腹が立ってきた。
「そのルリア様からの告発で、他の王族や国王は一斉に調査を行った結果、シュルツとエレンが第一王子や大臣と結託して改ざんなどを行っていたことが判明。 さっき言ったように第一王子は除籍勝つ追放処分でその際に何も持たせないまま追い出したそうです。 大臣やシュルツ、エレンは現在牢屋に放り込まれています」
「あいつらは牢屋か。 だけど、脱出の可能性があるのでは?」
「一応、女神の結界を掛けて脱出はしないようにしているみたいですが……、シュルツがルリア様を気絶魔法で気絶させたのであるなら可能性としてありえるかもしれませんね。 本来、聖女は気絶魔法などの異常系は効きませんから」
聖女にはそういう仕組みがあったのか。 基本は女神様の巫女みたいなものだから。
それを無視して気絶させたのなら、やはり反女神派なんだろうな、あいつらは。
「そして、その後はルリア様は女神様の導きでここに転移で来たようです」
そういうわけか。
何にしてもルリアが無事だった事は、女神様に感謝しないとな。
「それで、ルリアには会えますか?」
「大丈夫ですよ。 ついでに改名などの手続きを行うついでに会いに行けますから」
「ありがとうございます。 今から会いに行っても?」
「いいですよ。 娘たちも連れてですが……」
「構いません。 フィンランちゃんも懐いてくれてますし」
「それでは、準備をして私の夫の所に……この町の役所の機能をも持つ辺境伯の家に行きましょう。 セシリア、フィンランも準備しなさい」
「はい」
「あーい」
セシリアもフィンランちゃんも元気に返事をして、部屋を出ていく。
母親も『では、準備が終えたら玄関に』と言いながら部屋を出て行った。
ルリアが生きていて、会えるという事に心を躍らせながら、俺は着替えなどの準備をし始めるのだった。