わたしはもう一度大会が行われた会場に行き、リンクの大きさや氷の質を改めて確認することにした。

こうして自分が滑る意外でリンクを訪れるのはいつぶりだろう。

いつもは競技前になると、スケート資金を貯めるためにバイトに追われているわたしに代わり、京介が会場に行って写真や動画を撮り、学校の休み時間に見せてくれていた。

一見すると、スケートリンクは限りなく平らに見える。でも実際に滑ってみると、所々凸凹していたり、傾斜があって、それを考慮して滑らなければならない。

これはかなり些細なもので、ただ滑る分には特に気にしなくても良い。

でも、演技をするとなると話は別だ。傾斜を利用してスピードを乗せることもあるし、反対にジャンプ時に些細な凹凸に足を取られ、バランスを崩してしまうことだってある。

もちろん競技の時はリンクが一度整備されるから、今の状態と同じとは言えない。

けれど傾斜の傾向や水が溜まりやすいところは大体同じだから、下見をしてリンクの特徴を掴んでおく必要がある。

ーーあいつ、こんなに細かいところまで見てたんだ。

まじまじとリンクを見つめてみると、京介が事前に教えてくれた情報がいかに正確であったのかがわかった。

一通り見て回ったら一番上の階のスタンドに行き、ベンチに腰掛ける。

休日の会場は一般開放されているようで、たくさんの人が滑っていた。

小さい子供がお母さんと手を繋ぎながら、滑っている。転んでもキャッキャと笑いながらすぐに起き上がっている。

その隣では、大学生くらいのカップルが、おっかなびっくりしながら滑っている。きっと今日初めて氷の上に立ったのだろう。

長年スケートを競技として続けていたからか、嫌でも上手い人と下手な人の区別が付いてしまう。でも、当の本人たちにとってはそんなことはお構いなしで、ただ滑ることを楽しんでいる。

「……良いなあ……楽しそう」

「お前は楽しくないのか?」

「わあ!びっくりした!」

突然隣後ろから声が聞こえてきたと思ったらハイデさんが座っていた。驚きのあまり隣のベンチに立てかけていた松葉杖を蹴飛ばしてしまった。

清掃員さんが不思議そうにこちらを見ていたからわたしはあははと笑ってごまかしておく。もう!登場する時はいつも突然なんだから!

「もう手続きは終わったの?」

「おう。巻き戻しの日程も決まったぞ。三日後だ」

「意外と早いね」

わたしの場合はあまりにも直近であるため、巻き戻し実行のための準備時間も短めに設定されたらしい。

「余裕なんてねーぞ。頑張れよ」

ハイデさんはまるで人ごとかのように笑いながら「へー!これがスケートリンクってやつか」と物珍しそうに眺めている。あなたの人生がかかっているんですけど……

「それで、何か収穫はあったか?」

「えっと、わたしが滑るルートの特徴は復習できたよ」

会場のお客さんはいないけど、その雰囲気はこの前経験したから大丈夫だろう。

「ふむ、悪くはないが、それは巻き戻しをしてからでも出来るんじゃないか?それよりもっと根本的な対策をした方が良くねー?」

「根本的なこと?」

「彩叶。お前は行動力や負けん気はある。もちろんそれは誇れることだが、肝心な自分自身のことを全然理解できていない」

「自分自身のこと?」

「そうだ。お前が転けたのはリンクのせいでもないし、スケート靴のせいでもないと思うぞ。話を聞く限りそもそもお前は珍しく緊張していたんだろ。その原因を探った方がいいぞ」

「うーん……どうしてだろう。色々重なったのがあると思う」

「その色々を解決した方がいいぞ」

「もうちょっとヒントをくれても良いじゃん」

「それじゃお前の為にならねえだろ。考えろ」

ハイデさんってわたし自身の問題に関しては自分で解決しろの一点張りだ。絶対に失敗できないのなら、もうちょっと助けてくれても良いじゃん。なんて言ったらまた怒るだろうけど。

「ハイデさんは緊張しないの?……失敗するのが怖くないの?」

そもそも巻き戻しは失敗したら人生が大きく変わってしまうほどの一大イベント。ハイデさんもわたしと似たような状況じゃないか。

「怖いぞ」

ーーえ……?

意外だった。

強気ですぐわたしのことをバカにするからてっきり「怖くなんてないだろバカ」とか言うと思ったのに。まさかハイデさんの口から怖いなんて言葉が出てくるなんて。

「なんだよ。その顔は」

「だって……」

「そりゃ怖いに決まってんだろ。しかもこの儀礼は俺の力じゃどうにもできない要素も含んでいるから、余計に怖えよ」

「わたし次第ってこと?」

「そうだ。お前自身がなんとかしないと成功できない」

「うう……これ以上プレッシャーかけないでよ」

「あのな。それはお前が勝手に感じてるだけだろ」

ハイデさんは大きくため息をついた。

「俺は誰よりも訓練したし、失敗もたくさん経験した。やれるだけのことはやってきたんだ。だから怖がっていてもしょうがない。あとはやるだけだ。だからお前も自分のやることに集中しろ」

一体どれだけやればハイデさんのように言い切れるんだろう。

わたしはどれだけ練習しても自信なんて付かないんですけど……

「安心しろ。仮にお前が失敗したとしても別に恨まねえよ。失敗した時は、単に俺の見る目がなかったってことだ」

「そんな簡単にわたしに任せちゃっていいの?ハイデさんだったらわたしが成功できるように導けるんじゃないの?」

「他人の問題に介入してもろくなことは起こらねえ。それに、もし仮にお前が俺の言う通りにして上手くいったとしても、お前自身の力で解決した訳じゃないからその先でまた躓く。それじゃ意味ねえだろ。それに、俺はお前なら上手くできると思ったから声をかけた」

「そ、それはどうも。ハイデさんって良い人だね」

「はあ?今頃気付いたのか」

「だってわたしのことをこんなにも考えてくれてるし」

ハイデさんに言い切ってもらえると、なんか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

「お前、一番大事な奴を忘れてないか」

「え?誰?」

「誰って、お前には誰よりもお前のことを考えてくれる奴がいるじゃないか」

「……京介のこと?」

「そうだ。小さい頃からお前のことをずっと応援してくれてんだろ。一つ助言をするとすれば、京介とさっさと仲直りしておくことだ」

「え?どうして?巻き戻せるなら別に良いじゃん」

「あのな。お前が本当に豆腐メンタルだったら、そいつとの関係が拗れたまま巻き戻しても、京介を見たらいらん事考え始めるだろ。そんな状態で大会に挑んでもまた失敗をするぞ。もう一度言うが、時間は巻き戻るがお前の記憶は消えない。スッキリさせた状態で巻き戻した方が良いだろ」

「あ、そっか」

「おいおい、同じ失敗をしてもらっちゃ俺が迷惑被るんだ」

「うう……でも、ちょっと気まずいかも……どうすればいいの?」

「そんなもん自分で考えろ!バカ!」