____チャイムと同時に席替えだぞーと担任の声が聞こえた
新しい席は日向とは離れた
紬は逆に日向と前後の席になっていた
その2人が醸し出す空気は周りの人を、微笑ましく応援されるような可愛いものだった
_____「やってられない」
そんな言葉がでた時は席替えから2週間経過しようとしてた
猛暑が残り、じんわりと汗をかく暑さのこの季節は余計にイライラさせた
そしてそのイライラが私の体調を害した
まだ夏風邪といってもおかしくないこの残暑
「そろそろ温度下がりなさいよね」
1人ベットの上で寝込んでいる私は呟く
___小さい頃から私の身体は“弱い”
風邪もすぐこじらせてしまう
それはいろいろと訳ありだが、そんなことも考えたくないぐらい、体温も上昇し、辛い
両親は学校を休ませた
共働きであるため夕方までは1人だ
共働きといっても母はパートであるため、帰ってくるのは父より早い
寝付けない私は寝返りを打つと目にはいるのは机の上のカレンダー
ありきたりな学校行事も入学してきてから経験したけれど、私にとって大切な学校行事はテスト
こんなこと言えば周りから笑われるかもしれない。でも心から笑えて楽しい時間はテストだった
風邪により人肌恋しいのか、はたまたテスト期間のことを思い出したからなのか、私の指は勝手に日向へ連絡を入れていた
『日向、テスト勉強のためのプリント持ってきて』
『いいけど風邪治すことに専念しろよ』
すぐに返信がかえってくる
ニヤけた顔を元に戻すのには、日向が来るまで無理だった
母が帰宅が少し遅くなると連絡が来た夕方
待ちわびた夕方
チャイムが鳴り響く
体力が低下した私はマスクをつけ、フラフラとしながら、出迎えに行く
「わざわざごめん…」
扉を開けると夕日に照らされ心配そうな顔をした日向がいた
日向と勉強したあの日のように目が奪われた
「プリント…あとゼリーとか食えるか?」
丁寧にクリアファイルにいれたプリントと、コンビニで買ったであろう袋の中にゼリーと飲み物が入っていた
「そんなのいいのに…ありがとう」
「早く治せよ」
日向は私の頭をぽんぽんと撫でた
そのまま帰ろうとする日向の腕を持って止めた
だって
だって
だってだって
「今日の日向、元気ないけど、どうして?」
気づいてしまったのだ
私に見せる日向はコロコロと表情を変える
それは演じてる日向であっても他者との壁を作るために変える
日向の肩はビクッとした
「無理に話さな…」
「紬と喧嘩した」
私の言葉を遮るように日向は振り向かず言う
私は返す言葉が思いつかなかった
無言の時間がどれだけ続いただろう
はたから見れば数秒であったかもしれないが私には何十分も経ったように長く感じた
立ち尽くす私に日向はゆっくり振り向いた
「紬のこと、傷つけたくなかったのになあ」
無理してニッコリ笑う日向を初めて見た
「日向…」
許せなかった、日向を傷つけた紬を
許せなかった、日向にこんな表情をさせる紬を
許せなかった、紬のことで傷つく日向を
許せなかった、紬のことを想っている日向を
許せなかった…こんな日向を見た事がない私が
家では18時を知らせるチャイムが鳴った
母がもうすぐ帰るであろう時間
それが私を現実に引き戻した
「日向。風邪、移るといけないから電話するから全部話して」
「でも」
「気にしないの。ほらはやく帰った帰った!」
渋る日向を私は強制させた
一旦別れを告げてベットに戻った
数分後、母の帰宅を知らせる玄関の扉を開く音と着信が鳴った
電話に出て少し他愛もない話をした後、日向は話し出した
「本当は話したくねぇーけど、月が言ったんだからな、後悔するなよ」
真剣な声で日向は前置きした
「今日、紬と夕食を食べに行く予定だった。月からプリント持って来て欲しいって言われた。後で迎えに行くから、先家帰ってって言ったんだよ」
私は驚いた
私のせいで喧嘩したのだ
「行くなって柄にもなく止めてくるから理由聞いても答えねぇし、何求めてんのか分かんなくて、ついイラッとしてさ」
困惑している日向が目に浮かんだ
私は少し嬉しかった
少なからず、私を選んだということだから
「じゃあ紬も来るか?って言ったんだよ。それでも首を横に振るから。これ以上そこに居ても、紬を責める気がしたからさ、もういいわ、理由言えねぇんなら月んとこ行くわって言って来ちまった」
「へー。それ嫉妬したんじゃない?」
私は唸る日向にそう一言、言い放った
「し、、っと?」
日向は少し声が上ずった
「うん、紬は元々私と日向が仲良いの知ってたからね。きっと嫉妬したんだよ」
私は続ける
「日向、嫉妬させたことないの?」
私はニヤッとした
「相手が傷つくことしたくないから…初めてかも…やべぇ。嬉しい」
顔を赤らめた日向が想像した
少しイライラしながらも言う
「こういうのもありなんじゃない?嫉妬させるの」
私はもう自分のために一生懸命だった
誰かのために一生懸命になる主人公なんてまっぴらごめんよ
「日向、たまには私を優先させてみてよ」
と続けた
きっと今の私は想像以上に悪い顔をしている
日向は戸惑いながらも承諾した
人のことがよく分かる日向がこうも1人の彼女に頭を悩ませ、いい方向に行くはずがない甘い誘惑に二つ返事をする
こんなことしてはいけないとどこかで警鐘を鳴らしている
そんなのものを聞かぬフリをして目を閉じた
そんな私は日向とどんな事をするのか作戦を立てる会話をしながら楽しんでいた
本当は聞くべきで見るべきだった
理想の主人公像は脆く崩れる警鐘だったのだから
___テストが間近に迫る頃には私は万全とは言えないが熱も下がったため登校していた
あれから2人は少しギクシャクしていた
風邪をひく前よりも甘い空気は感じない
日向のほうは謝ったと言っていた。テスト週間だが部活の試合が近く練習しており、紬と少し距離が出来てしまっていたとのこと
それでも仲良く話している事は変わりはない。
そのことにイライラしていても少し優越感があった。
だって今日は日向と勉強するのだから。
紬を嫉妬させようと考えた結果、こう2人で放課後残ることが人目に触れていいと考えた
____放課後
友人達に別れを告げ、席からよく見える窓には紬が一人、歩いているのが見えた
「ざまあみろ」
そんな言葉がボソッと出てきた
今の私は目に光はないだろう
いつからこんなにも我儘になってしまったのだろうかと考えれば考えるほど、私の物を奪った泥棒が悪いのだと言い聞かせてしまっていた
私は一人、静かな教室で待っている
万全の体調ではないため、少しうつらうつらと眠気が誘われていた
ぶわっと秋を知らせる風でカーテンがなびいたその先に太陽に照らされた日向が優しい顔をしてこちらを見ていた
「日向…眩しいよ」と口が勝手に動いていた
「ん?どした?」と日向の少し驚いた声でハッとする
私と向かい合わせで日向はカリカリ音を立てて勉強していた手を止めた
私の目線の先には誰もいない
「や、ごめん…ボーっとしてた」と私は頭を振りながら手元の教科書に目を移した
「そうか?ならいいけど」とまた勉強を再開させた
体調が悪いせいで白昼夢でも見ていたんだ私はと考えるしかなかった
陽に照らされた日向を目を奪われることがあっても眩しいと思ったことはない
ため息を小さくついた
切り替えよう、そう思った
日向は私のそんな異変にピクリとも反応しない。
紬のあの鼻緒には気づいていたのに…
そう思えば、また“いつもの私に”戻れた気がした
勉強を終えた私達は、日向に自然と送ってもらえる形となった
「んーー!疲れた!」と日向はのびをしていた
「お疲れ様、よく頑張ったよ」とわらってみせると
「月、体調悪かったろ?無理してごめんな」とこちらを振り返り真剣な顔していた
「そんなことないよ」と慌てて隠そうとすると
「ばーか、分かんだよ。月の体、弱いことぐらい」と日向は陽が落ち、月が登るのが早くなっていた空を見つめて言った
どうして君はそんなに期待させるのか
言い聞かせていた私がバカみたいに見える
言葉を失っている私を見かねて日向は少し前を歩きはじめこう伝える
「俺と月、昔会ったことあるんだよ」と。
「え、同種に会うのは初めてだって…」って私が続けると「はいはい、帰んぞー」とお得意のスマイルで振り返る
こうなってしまったらこの会話はおしまいだということ
会話は少し気まずい雰囲気のせいでなく淡々と歩いていると、ブロック塀の上のそこには暗くなり始めた空に溶け込もうとする1匹の黒猫がいた
私はいつの日か八つ当たりした黒猫に姿を重ねていた
というかそっくりだった
「おー、猫。可愛い」と気づけば日向は分かりやすくテンションを上げ、黒猫に近づく
日向から差し出された手に黒猫は顔を擦り付けていた
イケメンに動物が寄ってくるってこういうことかと実感させられた
「こいつ、可愛いし人馴れしてるな。月も触れば?少し元気でるぞ」と日向に進められ、手を出すと黒猫はシャアって怒り、私を引っ掻いた
そして気づく、あの時の猫だと。
猫は私のこと覚えているのだろうかとぐるぐる考えていると日向はその姿をみて笑っていた
なんて冷徹なやつ、心配してくれてもいいじゃんと思いながら痛みを感じた
当の本人は「おいおい黒猫ちゃんよ。美人さんの手に傷つけちゃダメだ」と黒猫を叱っていた
私は右手の人差し指から流れる血をティッシュで押えていた
「もうバカ日向」と少し怒った振りをしながら絆創膏を貼っていた
黒猫はその場からスっといなくなり、日向はこちらに戻ってくる
「その手、しっかり石鹸で洗えよ?菌でも入ったら大変だ」と優しく怪我をした手を握ってさすってくれた
「冷たくてごめんな」とはにかむ日向
ひんやりとした日向の手
どことなく陽の暖かさを感じていた
自然とズキズキしていた痛みはそのさすってくれた手に吸収されたのだろうか、もう痛みは感じない
日向のこういう所がさっきの黒猫と似ている
いい顔をしていると思えば、気分で平気で傷をつける
でも誰よりも人を見てくれていると知っているからそんなことだってどうでもよかった
恋は盲目ってやつだ
テストも無事に終えて、いよいよ秋本番がやってくる
私の体調はすこぶる元気と言える日々に戻りつつあるが右手の人差し指は傷の治りが遅く、跡になってしまった
私は今、日向とデートに来ていた
デートと言っても紬のバースデープレゼント選びだった
日向はどうしても紬に似合うものが選べないと嘆いており、ほかの女の誕生日プレゼントなんて選びたくもないが日向といれるならと思い、今に至る
「日向ぁ、ブレスレットとかはぁ?」
私の気だるげな声が店内に響く
「おいおい、俺には一世一代のプレゼント選びだぞ?だるそうな声出すなよ」
と日向はケラケラ笑っている
制服ではなく私服の日向はより一層かっこよかった。綺麗な顔立ちを際立たせるシンプルな服装は日向のためだとさえ思える
私はため息をこぼす
このプレゼントに対して真剣な眼差しと優しい顔。紬の喜ぶ顔を浮かべてるのだろうか
私には見せたことがない顔
それが少し苛立たせてしまう
「ねぇあの二人カップルかな?すっごいお似合いだねぇ」
イライラしている中、こんな声が聞こえて少し気分がなおった私は見せつけるかのように腕を組んだ
「月、なに?どした?」
腕を組む私を払いのける訳でもなく、ただ目の前にあるマフラーに目を向ける日向
日向の側にいるのは私なのに…
日向の目には紬しか映ってない
今、ここに居ない紬にが目の前にいるのではないかと錯覚するぐらいに
私との時間なのに…いつの日かテスト勉強してる時、途中で消えた日向は私との時間だからって言ってたのに
やっぱり嘘だったんだね
「ちょっと…つ…」とさっきカップルだと錯覚した女の人の声が聞こえた
「ねぇ、2人で何してるの?」と聞き覚えのある声に振り返ると
そこには悲しい顔をした紬が立っている
「紬っ…あぁ別に浮気とかじゃねぇよ」と日向は慌てて、私の腕から離れ、紬の頬に手を添える
私は何も言わない
だって…この修羅場、私にとっては好都合
こうなる未来をどれだけ待ち望んだか
紬は終始悲しい顔をして涙が零れそうだったのに対して、日向は少し焦った顔をして、笑顔も隠しきれていない状況
少し話をしているのだろう、2人は会話している
「ねぇ○○…どうして私を…」と日向との話し合いが終わったのであろう、次に私に話が振られた
「紬〜。貴方の言いたいことは分かるわ、でもまた今度にしましょ?」
余裕な顔をして私は言い放つ
私は話がしたくない
泥棒はまた私の物とっていくの?
勘弁してよ。
現実なんて見たくないの
それが悪い方向であっても、一緒に堕ちてくれるのが日向ならいいの
どうしようもないこの想いはもう好きなのかも分からない。もしかするとただの独占欲なのかもしれない
だってこんな想いになったのは“初めて”で紬も“知っている”でしょ?
___私は日向にややこしくなるからおいとまするわと一言告げると申し訳なさそうに日向は謝ってくれた
1人、帰り道を辿る
“雨のせいか”視界がぐらつく
周りの人は傘をさしてないのに、どうして私の場所は雨模様なのか
日向はまた紬を選ぶ
その事実が雨の量を増していく
傘をさしてくれるのが君だったらいいのに…
______きっと今日の月はこの雨模様だ、雲で隠れてしまうだろうな
太陽が月をより一層輝かせてくれるのなら良いのに。
あれから日向と紬はしっかり話し合って、仲直りしたみたいだった
また甘い雰囲気が漂う教室
反吐が出そうだった
いつもなら怖い顔をしている私を見かねて夏祭りメンバーは機嫌をとるのだが、今日は少し距離を感じた
私にとってどうでもいいと思えた
そんな日々を過ごす中、ありきたりな学校行事は行われる
浮かれているのは学校全体でそれは日向と紬も例外ではない
それもどうでもよかった
私の大切な学校行事はもうそろそろ見え始めてきてるのだから
そう思いながら家の卓上カレンダーや携帯のカレンダーを見てにやけていた
どうやって次は教えよう、どこが分かりにくいかなと思いながら机に向かってノートをまとめていた
分かりやすく丁寧に。苦ではない、それは好きな人とのことだからであり、そのへんの学校行事より楽しい
頬杖をつきながら、色々考えていた時だった
机の向こう側の窓に黒猫が1匹
ゆっくり横切っていく
その容姿はこないだ私を引っ掻いた猫にそっくりだ
夜に黒猫が横切るなんて縁起悪すぎる
でも私にとってはノートやテスト勉強のこと以外どうでもいいと過ごしているおかげで気にもとめない
_____これは私の全てを崩壊する合図だったのかもしれない
そう思えたのは次の日、日向とばったり会った朝のことだった
朝練終わりで、紬と一緒ではなかった
そんな日向が少し珍しくて私はついテンション上がり気味で声をかけた
「おはよ、朝練終わり?」
「おはよ、それ以外他はねぇよ」
日向は笑顔をみせた
「そうだ、月。今回のテストは紬と勉強するつもりだから、自分に専念しろよ」
そう言いながら靴を履き替える日向
「い、いきなり何言ってんの?」
私のテンションが一気に急降下
「嫉妬の話はどうしたの?もういいわけ?」
かなり私の声は焦っていたと思う
「それ、言わなきゃと思ってたんだけど…紬の悲しい顔を見たらやめなきゃって思ってさ」
と日向は少し伏せた目をした
「それに何を急に焦ってんだよ、いつか終わる話が今になっただけだろ?」
日向はこちらを向き直し、私の頭をポンとした
「2人に何があったのか知らないけど、そう思うなら良かったじゃん。また仲良くいられるね」
私はぎこちなく笑った
きっと貼り付けた笑顔をしている
日向は気づくだろう
本当は気づいてほしくない
だって…精一杯の私の優しさの詰まった言葉なの
「なに変な顔してんだよ、無理して笑うなよ」
日向は心配そうにこちらを見ている
…
私の優しさなんて今更いるの?
自分の警鐘さえ耳を塞いだのに?
日向が私を振り回すなら私だってそうする
そうすれば少しは私を意識して見てくれる
私がそうなるように。
「…じゃあ、最後のワガママきいてよ」
私の目はもう日向の輝きを借りなければ、光はないだろう
次に崩壊すると思えたのは日向と朝のことが終えてからの教室での過ごす時間だった
いつものように夏祭りのメンバーに挨拶をかけてもどこかぎこちない
それに私をチラッと見てはこそっと何かを話している
明らかに様子がおかしいのだ
何?と聞けばきっとはぐらかされる
私には何も身に覚えがないからこそ気味が悪い
いっそのこと1人で過ごした方が楽なのではと思えるぐらい貼り付けた笑顔がより一層、仮面のように出来がよくなる一方で、日向が最初の頃、自分の世界に閉じこもっていた理由が痛いほど分かるぐらいストレスを感じていた
紬と過ごしていた日々にこんなストレスはなかった
懐かしいとさえ思える
なんで仲良くなったのかも忘れてしまった
きっと大事なことなのに。
_____「○○ってさ、さすがにやりすぎじゃない?」
そう聞こえてきたのは気味が悪いと思い始めて1週間が経った頃だった
私は担任に呼び出され、その帰り道にお手洗いに寄った時に夏祭りのメンバーがいた
「最初は清川くんに近づく紬がキモかったからさ、別れてくれるならと思って丁度よかったんだけどね」
「あそこまでくるともう認めざるおえないよねさすがに〜」
「あんなの見せつけられて、諦めない○○の独占欲キツすぎてウケる」
「いやそれな。清川くんとなんかデート行って紬ちゃんとばったりして修羅場だったって話聞いてドン引きしたもんね」
「ちょーっと美人で仲良いからチヤホヤされて…調子のんなよ」
そんな会話で大笑いしている
私はずっと胸がドキドキして反吐が出そうだった
薄々気づいていたが、あの時の修羅場を知っている人なんて限られている
もしかして紬が…
そう思うと余計に鳥肌が経って嘔気がする
ここでもし、私が何よとキレればスッキリするはずだ
でも怖くて足が震えている
知らないフリを演じれば
笑顔を振りまけば
仮面を外さなければ
ずっとたった一つの月として輝ける
私はイイコのフリをシツヅケル
私はそっとその場から離れた
見つかる前に早く…と颯爽と。
夏祭りのメンバーと一緒にいるなんてどうでもいいことかもしれない
でも私は主人公なのだから、みんなが憧れる理想でいたい
そんなプライドがある
本音は取り巻くものが最初に比べたら変化しすぎて、きっと私の中で何が何だか分からなくなっている
そんな葛藤をしながら私は、今のこの状態をキープするためにワガママを言い続けるあれから聞かなかったフリをし続ける私に気づくわけもなく、ぎこちない日々は続いていく
正直ストレスで心から笑うことさえ分からない
笑うフリだけは
仮面をつけることだけは
日に日に上手くなっていった
紬と私はより一層の溝ができた
というか、私が避けてる
紬は何か話したそうにいつもおはようと声をかけてくる
紬が全部奪ったくせに今更何を…
もうその言葉さえ、いまの私には刃になって突き刺さっていた
___そんな中、私の唯一の楽しみテスト期間に入る
私のワガママを叶えるため1人、教室の椅子に座っていた
窓から入る風で私の髪の毛は揺れる
その風は冷たく冬の訪れを感じた
冬は好きだ
だって空気が澄んで夜空が綺麗だもの
全てが見透かされて見える気がする
私の心さえも
外を見つめれば、みんな
マフラーをして
ブレザーをきて
ここの生徒だと言わんばかりに同じ姿
私もその一員なのだろうか
とけこめているのだろうか
“ずっとそうなりかった”んだから
「よお、待ったか?」
誰も居ない教室に響くのは日向の声
廊下の窓からの夕日で日向が照らされる
目が向けるのでさえ目がくらみそうなぐらい、あの時の白昼夢より眩しかった
「日向、ワガママ聞いてもらってありがとう」
私は少し目を伏せながら伝えると
「んーいや、勉強教える立場からしたら用意してるのにいきなり断る俺が悪い」
と少しハニカミながら日向はスタスタ歩いてくる
「紬は?」
この言葉が出たのは無意識だった
日向から紬の言葉を聞きたくはない
でも紬のことで日向に悲しい顔をさせるのは嫌だった
きっとただそれだけ
「あーまあ…大丈夫」
日向のお得意のスマイル
私は所詮、ハッキリと誰かにいえる立場の人間じゃない
日向にとって…私はなんなの?
「なら早いとこはじめようか」
私は余裕なフリをして次のことをテキパキはじめる
そう最後のワガママは
______テスト勉強だった
これで縁を切りたいわけでも、私が日向を諦めたわけじゃない
ただただ日向の中に私という存在の爪痕を残したい
私は右手の人差し指の傷跡を見つめた
これを見る度に日向を思い出して胸がはち切れそうだ
この作り上げたノートが日向にとって
私の存在を思い出すトリガーになればいい
これが私のワガママの理由
ノートを開いて、丁寧にまとめあげた勉強内容を正面にいる日向に話す
しかし日向はどこか上の空
消えた理由を尋ねた時のように日向は上の空だった
「日向?どうしたの」
さすがに気になり、声をかけた
「なんで俺の目、見ねぇの?」
そんな日向の素朴な疑問
私は答えるのに時間がかかり、無言の空気が続く
「月の表情が最近、増えてきたから嬉しかったんだけどさ」
と日向は続けた
もう私の仮面は日向にさえ気づいてもらえない
月はいつだって太陽の輝きを借りて光っている
私はそうやって日向に光を当てられ、見透かされていた
_____もう日向が届かないぐらい、私の雲は厚くなったのだろうか
「ずっと考えても…答えがでてこねぇ。なんで月はそんな傷ついた表情してんだ?」
日向が上の空の理由
私のことを考えていたから
じゃああの時も私が傷つかないように、気にしないように消えた理由を考えていたから…
いつだって日向は優しい
目の前にいる人の事を考えてくれてるのに
どうして私はそんな人に悲しい顔ばかりさせてしまうのだろう
今だってほら________
「紬!?」
窓の外は予報にない厚い雲に覆われ、雨が1粒1粒と落ちてきて、窓を濡らす
そして雨音が聞こえはじめた
「どうして日向は…いつも○○を選ぶの?」
どこかでピンと張った糸が切れた音がした
そしてその糸をゆっくり紬が拾って結び合わせていくように私の知らない紬と日向のことを語ってゆく
「私はいつも○○が羨ましかった」
紬はゆっくり歩きながらこちらを歩いてくる
「日向は口をひらけば○○の話を楽しそうにするの。そしてどこか心配そうに○○を見つめる」
そしてゆっくり涙をはらりと流してゆく
「好きだと言われた時はもちろん嬉しかったよ。こんな人が私を好きになるなんて勿体無いぐらい」
そして日向の前に立つ
「でも、私いつからか日向と釣り合わないって思ってても、欲張りになっちゃった…日向と○○が仲がいいのは知ってたし私の大好きな人達が仲良くしてくれるのは嬉しかったんだよ。でもね、同時にね…ここが黒く染るようにどんどん許せなくなっちゃって…」
紬は指で胸を2回、トントンとさした
日向のほうへ目を向ければ、悲しい顔を通り越して酷く傷ついた顔をしている
「こんな自分、嫌で嫌でたまらなくて我慢しようとすればするほど言葉は裏腹に…勝手に出て、いつの間にか日向を困らせてた」
私は今、何を見せられているのだろうか
でも私は驚愕していた
紬はずっと1人で戦っていた
想ってくれているとは思ってても日向から確証を得られるものはなくて
ずっとずっと我慢をしていた
私は一体何をしていたのだろうか
これじゃあ、まるでまるでまるで
_______私は主人公を邪魔する悪女ではないか
「ごめんね、日向…こんな私にずっと付き合っててくれなくて大丈夫だから。」と紬がまた1粒綺麗な涙を流した
すると日向はガバッと抱きしめていた
「バッカじゃん。俺、紬しか好きになったことねぇから分かんねぇんだよ…何を話したら喜ぶのか、なんの話題なら紬と上手く話せるのか…全部考えて考えて…」
私はいつから主人公じゃなかったの…?
きっと世間から見れば紬がこの話の主人公
その事実が浮かび上がっていく
「馬鹿なのは俺だよな。紬に我慢ばっかりさせて…なんも気づかねぇ、なにが人の事分かるだよ…大事な人のこと一切知らなかった」
日向は身体を剥がし、涙を1粒流して笑った
負けた…もう紬には叶わない
だってこれは日向の
本当の笑顔
そして紬もつられて笑う
その顔はいつの日か見た本当に綺麗で花なんか比べ物にならないあの笑顔
日向は私にも演じていたのかもしれない
紬のことは何も分かってないのにこうやって笑う
私には見透かして何もかも分かったように振舞って
私には余裕そうな笑みをみせて
私には
私には
私には
______表情を見せなかった
最初からずっと私の役目は決まっていた
「はぁ何見せつけてくれちゃってんの?私は紬がうざったくてたまんなかったんだよねー」
_____私があの時、選んだ道は上手くいくことなんてなかった
「っていうか日向が欲しかっただけなのに…本気で邪魔すんなよ」
______私が上手くいったとしても、きっと君はそんな笑顔は見せない
「日向も日向よ…気があるフリして何様のつもり?」
_______それじゃあ、意味が無いの。私が描いた理想の話にはならない
「どれだけの女の子を泣かせば気が済むの?」
______だから私の選んだ仮面はこれが正解なんだ
「嫉妬させ続けたら、喧嘩別れするんじゃないかと思ったけど…そうなりかけてた時は心底、笑みがこぼれたわよ」
______どの恋愛物語でも、みんな最後は笑顔でなくちゃ意味が無い
「でもなによ、結局は私を除け者にするのね」
______悪女のフリをシツヅケル
「ほんとつまんない人達」
______そうすればまた笑える。素敵な終わりに迎える
「でも結果的にあんた達の傷ついた顔みれて、満足よ」
だってそうでしょ?
君の笑顔はこんなにも私を幸せにするのだから
私は右目から涙が1粒おちて笑った
心から笑えたのではないだろうか
いつぶりだろうかそんな笑みがうまれたの
私は荷物をまとめながら話し笑ってみせた
そのままの勢いで教室をあとにした
後ろで私の呼ぶ声がした気がするけど足を止めちゃいけない
このまま土砂降りの雨の空の元、帰らせてほしい
今日だけは私のところだけ、雨模様じゃないもの
今はもう傘なんていらない
ただ私という存在が見えなくなるのであればそれでいい
予報ハズレだとどこかの人間はキレてるだろう
私はその予報ハズレに感謝した
今日もきっとまた月は紺色の雲に覆われて光は見れない
それもそれでいいじゃないかと思えた
日向との関係は完全に終わった
っていうか私が避け続けている
「私、何がしたかったんだろう」
そうポツリ呟けば静かな自室に響いてしまう
あんな雨の日に駆け出した私の体力は底をついて、体の弱さのおかげて簡単に体調を崩していた
そして今、私の目の前に広がっているのは日向に教えて渡すはずのノート
体調を崩していようが勝手にやってくるテスト
休むわけにもいかなくて勉強する為に、机と向かい合わせ
高校生になってからはじめて最悪のテスト期間だった
日向の中に爪痕を残すためのノートが私の呪いのように降りかかる
私はこれを見る度、日向の陽に照らされた笑顔や傷ついた顔が全て鮮明に思い浮かぶ
そのままノートを捨ててしまっても良かったのに触れるとダメだって日向の声が聞こえる気がする
「日向はどこまで苦しめるの…?」
私は頭をぐしゃぐしゃと抱えた
すると窓の方からミャウと猫の鳴き声がする
窓を見るとあの時の黒猫がいる
開ければ冬の冷たい風が私の頬を掠める
今日は新月で月は見えない
猫は大人しく座ってじっとこちらを見ている
私の指を引っ掻いた猫とは思えない
「ねぇ、猫ちゃん。私はどうしたらいいのかな」
気づけば私は口を開いていた
月が隠れている今日なら素直になれる気がした
「何をしても成功しない」
猫は大人しくずっと座っている
私は同時に頭を伏せた
「主人公になりたかっただけなのにどうして」
今日もまた私のところだけ雨模様
予報ハズレ。
傘をさす人間は誰もいない
「いつから…間違えていたのかな」
ミャウっと返事をするように猫の鳴き声がすると同時に顔をあげる
猫の体は夜の闇に溶け込んで、瞳だけは月のように光を帯びている
まるで夜空にはない月が浮かぶように輝いて見えた
「君は誰かに光を貰って輝いてるの?」
きっと違う、これはこの猫が持っている光
私は眩しくて目を閉じた
いつからこんなに眩しく見えるの?
日向だってそう眩しくてしょうがなかった
だから目を閉じたの
見たくないものを見ないように
現実から逃げるように
いつからか閉じていた
自分の中でいいように組みかえて見たい未来を思い描いて勝手に傷ついた
きっと今の私は誰かに光を貰ってもその光が眩しくて自分で雲を掛けてしまう
輝く月にさえなれない
_______「私はいつだって光を持つ太陽になりたかった」
それが私の思い描く主人公
黒猫はいつしか鳴くのをやめて、夜の中に綺麗に溶け込んでしまっていた
この日は自己嫌悪に陥るばかりで寝付きも悪かった
そのおかげで目覚めはどことなくスッキリしなかった