「おおおおっ!」
俺はゴブリン一体をロングソードで切り伏せた。
ころん……。
ゴブリンの死体から、光り輝く宝石が転がり出る。
モンスターを倒すと出現する『魔石』だ。
こいつは魔法道具の原料になったり、魔法装置のエネルギー源になったり、レアなものだと装飾品として使われたり、いろいろな用途がある。
「Nランクの魔石一つゲット、と」
俺は魔石を回収し、一息ついた。
「この辺りのモンスターは倒したな……下の階層に進むか」
次は第三階層だ。
俺が現在攻略中のEランクダンジョンは『月光都市のダンジョン』という。
世界中に点在するダンジョンにはSからEまでのランクが付けられていて、このダンジョンはつまり最低ランクである。
最低だけに、高価なアイテムや希少な魔道具などはまず手に入らない。
ただ、ダンジョン内のモンスターがランクに比例して弱いため、俺みたいな最底辺冒険者でもなんとか死なずに探索できた。
俺はこのダンジョンの浅い階層を行き来しては、魔石をチマチマと回収したり、たまに発見するアイテムを入手している。
そして、それを冒険者ギルドで換金することで生計を立てていた。
普通、こういったダンジョンにはパーティを組んで挑むんだけど、俺はソロである。
なぜかといえば……まあ、俺の能力が低すぎるからだ。
俺、ゼノ・フレイザーは十七歳でF級冒険者をしている。
クラスは戦士。
ちなみに冒険者の中では最低ランクだ。
剣の腕は並以下、魔法の才能ゼロ、ユニークスキルを一つ持っているんだけど、これがまた使えない。
スキルの名前は【アイテム収納(極小)】。
名前の通り、異空間にアイテムをしまっておき、好きなタイミング、場所で取り出せるというもの。
そう書くと便利そうに思えるのだが、問題はスキル名の最後についている(極小)という単語だ。
入れられるアイテムは三つまで。
入れておける面積は二メートル四方。
これだとマジックアイテムでも何でもない普通の収納袋と大差がない。
入れられるアイテムの数が少なくても、たとえば面積が大きければそれなりに使い道はある。
大きな荷物をそこに入れておいて、持ち運びする――といった用途があるからな。
けど俺のスキルは(極小)だからそれさえできない。
『収納袋が一つあれば、お前のスキルなんて必要ないよな?』
いったい何度そう言って馬鹿にされたことか。
俺には他にユニークスキルはない。
というか、基本的にユニークスキルというのは一人一つである。
その貴重な一枠が、なんでこんな役立たずスキルなんだ……。
俺は何度自分のスキルを呪ったか分からない。
剣などの戦闘技能が低く、ユニークスキルも役立たずの俺は、冒険者としては無能といっていい存在だ。
かといって、この辺りには冒険者以外の仕事はほとんどない。
仕事自体はあるけど、それは特定の家柄でなくてはできなかったり、親から子どもに受け継いでいくような個人事業だったり、と俺が入っていける場所じゃない。
結局、職にあぶれた俺みたいな人間は冒険者くらいしかできないのだ。
そして俺は、その冒険者すら満足にこなせない。
「だけど――そんな現状に甘んじてるのは嫌だからな」
とにかく一つずつでも何かを成し遂げ、実績を積み上げてやる。
そう思って、俺はこのダンジョンの攻略を目指しているのだ。
ソロでダンジョン攻略となれば、冒険者として多少の箔はつくだろうからな……。
「おおおおっ!」
現れたストーンゴーレムをなんとか倒す。
こいつは剣が通らないから、とっておきの攻撃アイテム――『魔法弾』を一発使ってしまった。
ただ、おかげでレベルが上がったようだ。
――――――――――――――――――――――――――
名 前:ゼノ・フレイザー
クラス:戦士
レベル:36→37
体 力:90/180→185/185
魔 力:0/0
攻撃力:43→45
防御力:46→48
呪 文:なし
スキル:【アイテム収納(極小)】
――――――――――――――――――――――――――
レベルアップに伴い、消耗していた体力が全回復した。
ステータスが上がったことより、体力全回復の恩恵が一番大きい。
ここに来るまでにけっこう苦戦して、体力が半分に減っていたからな。
「よし、もっと下の階層まで行くぞ」
こうして俺は各階層を突破していく。
長い時間をかけ、俺はそれぞれの階層のどこに危険なモンスターがいて、どこが比較的安全なルートなのかを把握していた。
最小限の危険で、なんとか下へ下へと進んでいく。
今日は第十層までたどり着いた。
「やった……半年かけて、ようやくここまで来たぞ」
今までの最高記録だ。
努力が報われた瞬間は、やっぱり感慨深い。
「……いや、まだ報われたわけじゃない。何が出てくるか分からないからな」
俺は最奥の部屋へと進んだ。
「なんだ、これ……?」
部屋のプレートにはこう書かれている。
『スキル進化の間』
「スキルが進化するなんて聞いたことないぞ……?」
怪訝に思いつつ、扉を開ける。
俺は部屋の中に入った。
『ようこそ、ここを訪れました!』
『あなたはこのダンジョンが誕生して以来、77777人目の訪問者となります!』
『キリ番記念に特別なスキル進化を実行いたします!』
突然、どこからかファンファーレとともに謎の声が聞こえた。
なんだ『きりばん』って?
『超絶スキル進化、実行開始』
『Now Loading……』
『Now Loading……』
『Now Loading……』
『Now Loading……』
『完了しました』
『ゼノ・フレイザーのユニークスキル【アイテム収納(極小)】はEXスキル【アイテム交換所】へと進化しました』
『ゼノ・フレイザーのユニークスキル【アイテム収納(極小)】はEXスキル【アイテム交換所】へと進化しました』
声が響き渡る。
「な、なんだ……?」
俺は呆気に取られていた。
理解が追い付かない。
「スキルが進化した、って……?」
『「アイテム交換所」へのアクセスを開始します』
ヴ……ン。
うなるような音とともに、前方の空間に光り輝く文字が浮かび上がった。
――――――――――――――――――――――――――
『アイテム交換所(ランク1)』
交換可能アイテム一覧
・クロスボウ&魔法の矢1本(即死タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法の罠・低級(爆破タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法弾・低級……魔石R1個と交換
・薬草×10……魔石N10個と交換
・毒消し草×10……魔石N10個と交換
・木のお守り……魔石N5個と交換
・丈夫なナイフ……魔石N3個と交換
※アイテムは随時追加されます。
※アイテムを他者に譲渡や売買することはできません。その場合、アイテム自体が消滅します。
※交換アイテムが一定数を超えることで『アイテム交換所』のランクが上がります。
――――――――――――――――――――――――――
そう記されていた。
「これって、まさか――」
今までは異空間にアイテムを『収納』するだけのスキルだった。
けど、これは――。
「魔石と交換することで、アイテムを『入手』できるスキル……?」
俺は第十層まででいったん探索を切り上げ、ギルドに戻ってきた。
「見ろよ、『ハブられ者』のゼノが戻ってきたぞ」
「どのパーティからも『無能』って言われて、参加拒否されてるのよね」
「スキルが『役立たず』過ぎるからなー。仕方ないんじゃね?」
あちこちから俺に対する嘲笑が聞こえる。
冒険者は実力の世界だ。
最底辺に位置する俺は、常にこういった嘲笑や蔑みにさらされていた。
最初は嫌な気分になったり落ちこむこともあったけど、最近では完全に慣れたものだ。
彼らを無視して、俺はギルドの窓口までやって来た。
魔石やモンスターから奪い取った素材などを換金する。
ただし、今回は魔石についてはすべて換金するのではなく、大半は手元に残した。
素材と一部の魔石を売るだけで、当面の生活費はなんとか確保できた。
宿に戻ると、床の上に魔石を並べる。
「さて、と。いよいよ進化したスキルを試すときが来たぞ」
胸がワクワクしていた。
「アイテム一覧を見せてくれ」
呼びかけると、前方に光り輝く文字が表示された。
――――――――――――――――――――――――――
・クロスボウ&魔法の矢1本(即死タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法の罠・低級(爆破タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法弾・低級……魔石R1個と交換
・薬草×10……魔石N10個と交換
・毒消し草×10……魔石N10個と交換
・木のお守り……魔石N5個と交換
・丈夫なナイフ……魔石N3個と交換
――――――――――――――――――――――――――
とりあえず、現状で交換可能なアイテムはこれだけだ。
「うーん……欲しいものもあれば、必要ないものもあるな」
魔石のところにあるRとかNとかいうのは、魔石のランクを示している。
SSRやSR、R、N……といったふうに魔石にはその価値に応じてランク付けがされているのだ。
ちなみにN50個でR1個と同じ価値である。
俺の手持ちはNの魔石が58、Rが1つだった。
「魔法の罠は内容次第で使えそうだけど、もう少し詳しい説明はないのか……」
つぶやくと、
――――――――――――――――――――――――――
・魔法の罠・低級(爆破タイプ)……魔石R2個と交換
時間や場所を指定し、範囲内に入った敵すべてに爆破魔法をかける。爆破魔法の対象は敵のみで、周囲の建造物などにはダメージを与えない。
――――――――――――――――――――――――――
「おお、追加で説明が出るのか」
魔法の罠……か。
ダンジョンで使えるんじゃないだろうか。
敵にだけダメージを与えるみたいだから、ダンジョン崩落の危険もない。
使い方によっては、敵を一網打尽なんてこともできるはずだ。
手持ちのN58個のうち50個をR1個に換算し、合計でR2個にして『魔法の罠』と交換した。
俺はさっそくダンジョンに行ってみた。
低階層はすでに勝手知ったる我が家のようなものだ。
比較的弱く、数が多いモンスターが集まるポイントまで一直線。
俺の狙いは、第七層だった。
ここには巨大アリのモンスター『ビッグアント』の群生地があるのだ。
奴らが通りそうなルートに、さっき入手したばかりの『魔法の罠』を仕掛けた。
「上手くかかれよ……」
俺は物陰で様子を見る。
待つこと三十分ほど。
「――来た」
俺は小声でつぶやいた。
二十四体のビッグアントがゾロゾロと歩いてくる。
あの数だと、俺が一人で戦ってもさすがに勝てない。
数の暴力で打ち倒されるだろう。
だから、普段なら奴らが通るルートを避けて、先へ進むのだが。
「こいつがあれば――」
俺は慎重にタイミングを計る。
罠の効果範囲は直径十五メートル。
その範囲内に奴らが全部入れば――。
俺はさらにタイミングを計る。
ぞろぞろぞろ……。
ビッグアントたちは隊列を組み、一体、また一体と範囲内に入っていく。
やがて――最後の一体が範囲内に足を踏み入れた。
「……よし、全部入った! 【起爆】!」
俺は罠を作動させるための呪言を叫んだ。
ごうっ!
罠の内部に無数の青い火柱が立った。
火柱一本につきビッグアント一体を包みこむ。
火柱が消え去った後には、焼け焦げて動かなくなったビッグアントたちが転がっていた。
まさしく一網打尽である。
「おお、こんなに簡単に全滅させられるのか……!」
俺は半ば感動していた。
ころんっ……!
ビッグアントたちの体から魔石が転がりでる。
ランクはいずれもNで、一体につき5個――合計で120個である。
「大漁だ」
俺はホクホク顔だった。
本来ならNの魔石なんて、俺の腕じゃ一日に10個が限度だろう。
一気に12日分くらいの稼ぎを得てしまったわけだ。
EXスキル様様だった。
「そうだ。これを使えば、また『魔法の罠』を入手できるな。今度はもっとたくさんの魔石を落とすモンスターを大量に倒せば――」
無限ループ。
罠でモンスター群を倒し、得られた魔石でまた罠を入手し、その罠でまた……。
「これは――使える!」
俺はワクワクしてきた。
残った魔石Nが28個あったので、『薬草×10』『毒消し草×10』『木のお守り』『丈夫なナイフ』と交換しておいた。
これで手持ちの魔石はゼロだ。
「しまった、つい調子に乗っていっぱい入手したけど、こんなに持ちきれないぞ……」
俺は両手に抱えたアイテム類を見て、ため息をついた。
これを全部持ったままダンジョン探索するのは、さすがに無理だ。
両手が塞がっちゃうしな。
かといって、荷物袋は探索用の道具がけっこう入っているから、これ以上はあまり入らない。
「どうしよう――」
――――――――――――――――
入手したアイテムを『アイテム交換所』内の『収納エリア』に移動させることができます。
移動しますか?
――――――――――――――――
「えっ、これを異空間とかに入れられるのか?」
だとしたら、めちゃくちゃ便利だ。
俺は入手したアイテムをすべて収納エリア内に移すように念じた。
――――――――――――――――
移動完了。
指定したアイテムは術者の意志により、いつでも取り出すことができます。
――――――――――――――――
「おお、うまくいった!」
今後はアイテムを入手しすぎた、とかそんなことは一切気にせず、ガンガン入手できるな。
まあ、そのためにはもっともっと魔石を手に入れなきゃいけないわけだけど――。
「もう少し下の階層まで行ってみるか」
俺は決断した。
最高記録の第十層までは、あと三層。
けど、今日はもっと先まで行けそうな気がする――。
とにかく魔石を稼ぎたい。
以前の俺と違って、アイテム交換所の便利アイテムをいくらでも使えるんだ。
もちろん魔石を消費するという条件付きだが。
ともあれ、以前の俺よりはるかに強くなっているのは間違いないだろう。
モンスター相手に効果のある武器やアイテムをいくつも呼び出せるし、また収納エリアにも保管してある。
俺はさらに下の階層へと進んだ。
ちまちまとモンスターを倒し、魔石を回収しつつ、進む。
第八層、第九層、第十層……そして。
「よし、行くぞ……ここからは未知の領域だ」
俺は第十一層へと降りた。
危険は当然ある。
けど、ドキドキとワクワクの両方がこみ上げていた。
自分が強くなった実感と。
その強さを試してみたいという高揚感。
両方が俺の中を心地よく駆け巡っていた。
しばらく進むと、モンスターの気配を感じた。
俺は冒険者としては底辺といっていい弱さなんだけど、『モンスターの気配を察知する』能力に関しては自信がある。
というか、ソロなので気配に敏感じゃないと、いきなりモンスターの不意打ちを食らって死ぬ、なんてこともあり得るからな。
自然と鍛えられたのだ。
俺は物陰に隠れ、周囲を見回した。
「……いた。あれか」
ちょうど三時の方向に、全長一メートルほどの巨大なムカデを発見する。
数は十五体。
見た目が気持ち悪いので、あまり正視したくない軍団である。
「さっきビッグアントに使ったのと同じ罠アイテムを使ってみるか――」
俺は魔石を消費して、アイテムを入手する。
さっきと同じ爆撃魔法の罠アイテムだ。
「上手くかかってくれよ……」
俺は念を込めながら、罠を設置した。
ただしビッグワームの動きは、ビッグアントほど整然としていない。
全部がきっちりと罠の中に収まる……という動きをしてくれない。
「モタモタしていたら、大半が効果範囲の外に出てしまう。ここでいくか……!」
十五体中、効果範囲に入っているのは十二体。
けど、たぶんこれが限界だろう。
「【起爆】!」
俺は呪言を唱えた。
ごうっ!
青い火柱とともに十二体のビッグワームが倒れる。
Nの魔石が一体につき七個――合計で八十四個、その場に転がった。
だけど、まだ三体が生き残っている。
しかもその三体はどうやら俺に気づいたようだ。
「こいつらは直接やるしかない――」
剣を抜いて立ち向かう。
ざんっ!
一体を正面から切り伏せた。
さらにもう一体目もなんとか両断する。
が、その間に三体目の攻撃を食らって、俺は吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
体がしびれる。
こいつ【毒】攻撃があるのか……?
なおも向かってくるビッグワーム。
「『毒消し』を!」
俺は空中に向かって叫んだ。
収納エリアから、毒消し草を一本取り出し、口に入れる。
すうっと体から痺れが消えた。
「余った魔石で毒消し草を買っておいてよかった……」
立ち上がった俺は最後の一体を切り伏せた。
「はあ、はあ、はあ……」
なんとか勝てたけど、やっぱりソロは大変だ。
ぴろりーん。
――と、そのとき甲高い音が聞こえた。
レベルアップのときに聞こえてくる音だ。
今の戦闘で俺のレベルが一つ上がったらしい。
――――――――――――――――――――――――――
名 前:ゼノ・フレイザー
クラス:戦士
レベル:37→38
体 力:73/185→190/190
魔 力:0/0
攻撃力:45→46
防御力:48→50
呪 文:なし
スキル:【アイテム交換所】(EXスキル)
――――――――――――――――――――――――――
レベルアップした俺は、こんな数値になった。
レベル1くらいじゃ大幅にパワーアップというわけにはいかないけど、レベルアップには他にも恩恵がある。
「よし、体力が全回復した」
さっきのビッグワームとの戦闘でけっこう体力を消耗していたからな。
それが全回復したのは大きい。
「おかげでまだまだ戦えるな」
魔石の方は十五体のビッグワームを全滅させたため、七×十五=百五個手に入った。
R魔石に換算すると二個と少しだ。
これで新たに罠を一つ仕入れるか、即死魔法が込められた矢を一本入手することができる。
その辺は現れたモンスターに応じて使い分けするとして――、
「あと少し進んでみるか」
といっても、俺はソロだ。
いざとなったとき、誰かに助けてもらうことはできない。
安全に安全を重ねるくらいの気持ちで慎重に進む必要がある。
その一方で、ある程度の危険に踏みこんでいってこそ得られるものもある。
バランスが難しい――。
俺はもう一つ下の階層――十二層までやって来た。
この辺りになると、モンスターもかなり強くなってくるはずだ。
「あれは――」
前方に巨大なシルエットが見えた。
体長は五メートルほどだろうか、巨人型のモンスターだ。
頭の両サイドに巨大な牛の角。
全身には毛皮が生えており、右手には巨大な斧が握られていた。
「リトルミノタウロスか……!」
Cランクモンスター、リトルミノタウロス。
リトル、という言葉が頭につくものの、Aランクモンスターであるミノタウロスにそれほど見劣りしないだけの強さを備えた厄介な敵だ。
「たぶん『中ボス』だよな……」
ダンジョンには特定の階層にこういった強力なモンスターが番人として控えていることがある。
最下層にいるものを『大ボス』とか『ラスボス』などと呼び、途中の階層に出てくるやつは『中ボス』と通称されていた。
ここまで出てきたモンスターがほとんどEランクばかりだったことを考えると、いきなり出てきたCランクのこいつは、間違いなくボス格だろう。
「できれば戦いたくはないな……」
俺は足音を立てないように後ずさる。
ぎろり。
いきなり奴がこっちを向いた。
見つかった!
音は立てなかったはずだが、気配を察知されたんだろうか。
あるいは特殊スキルでも持っているのか。
「どっちにしても、正面から戦うにはまずい……!」
俺は全力でダッシュした。
ここはいったん上層階まで逃げよう。
ぐぎぎぎぎぎいいいいっ。
うなりながら、リトルミノタウロスが意外に素早いスピードで回りこんだ。
出口は奴の後ろだ。
ここから出るには、リトルミノタウロスを倒すしかない。
うおおおおおおおおおおおおんっ。
雄たけびとともに、リトルミノタウロスが大斧を振りかぶった。
その刃が青い光を放つ。
あれは――スキル攻撃の輝きだ!
「くっ……!」
俺は全速力でその場から離れた。
直後、一瞬前まで俺が立っていた場所に斧が叩きつけられる。
ぐごぉぉぉぉんっ!
青い輝きとともに爆光が弾けた。
地面が大きく陥没し、無数の亀裂が走る。
確かあれは――スキル【バーストストライク】。
強烈な打撃と衝撃波をまき散らす攻撃スキルである。
「今のをまともに食らったら、確実に死ぬ――」
俺はゾッとなった。
やはり欲張って下の階層まで来すぎたんだろうか。
俺みたいな底辺は現状に満足して、細々と安全な階層だけを行き来していればよかったんだろうか。
「――違う」
危険に踏みこむってことは、未来の可能性を切り開くってことだ。
「俺は未来をつかむために来たんだ……っ!」
リトルミノタウロスが向かってくる。
「『クロスボウと魔法の矢』の説明を見せてくれ」
俺は空中に呼びかけた。
ヴ……ン。
前方の空間に説明文字が現れる。
――――――――――――――――――――――
・クロスボウ&魔法の矢1本(即死タイプ)……魔石R2個と交換
※Aランク以上のモンスターには10%、Bランクモンスターには30%、Cランクモンスターには70%、Dランク以下のモンスターには99%の確率で発生する即死魔法が込められた矢。クロスボウは初回交換時のみ付属。
――――――――――――――――――――――
手持ちのN魔石はさっきビッグワームの群れを倒したときに手に入れた百五個と、他の道中で手に入れた七個――合計で百十二個ある。
N魔石五十個がR一個分だから、交換に必要なR二個には足りている。
「よし、『クロスボウと魔法の矢』を魔石と交換してくれ」
告げたとたん、俺の手に巨大なクロスボウと一本の矢がそれぞれ出現した。
「さあ、決戦だ――」
俺はクロスボウに矢をセットして構えた。
『即死魔法』が込められた矢――。
こいつが命中すれば、Cランクモンスターのリトルミノタウロスは70%の確率で即死する。
もちろん、絶対に倒せるわけじゃない。
30%の確率で即死魔法が発動しないわけだからな。
けど、今はそこを考えても仕方がない。
まずは、この矢を当てることだけを考えるんだ。
「落ち着け――」
心臓の鼓動が高鳴る。
集中するんだ。
「外せば、終わりだ。この一発で――ケリをつける」
リトルミノタウロスと俺との距離が十メートルほどにまで縮まる。
相手の体のサイズや突進スピードを考えると、目と鼻の先の距離といっていい。
あと一秒以内に、奴は俺の至近距離まで接近するだろう。
だから――発射のタイミングは今しかない。
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!」
俺はクロスボウで一矢を放った。
赤い魔力の輝きを放ちながら飛んでいった矢は、敵の胸元に吸いこまれるようにして命中した。
「あ、当たった……!」
俺はごくりと息を飲む。
即死魔法の結果は、どっちだ。
七割で即死、三割で未発動。
もし三割の方が来たら、俺にもはや対抗手段はない――。
が……あああぁぁぁ……ぁ……っ。
次の瞬間、リトルミノタウロスは苦鳴とともに倒れ伏した。
「や、やった……!」
無事に即死魔法が発動したようだった。
きわどい戦いだったが、どうにか倒すことができた。
俺はホッとして、その場にへたり込んだ。
強敵を、俺一人で倒したんだ……。
段々と興奮や高揚感がこみ上げてきた。
俺はもう無能じゃない――。
そんな思いとともに。
と、そのときレベルアップを知らせる音が鳴った。
――――――――――――――――――――――――――
名 前:ゼノ・フレイザー
クラス:戦士
レベル:38→39
体 力:110/190→195/195
魔 力:0/0
攻撃力:46→47
防御力:50→51
呪 文:なし
スキル:【アイテム交換所】(EXスキル)
――――――――――――――――――――――――――
「お、モンスター一体を倒すだけでレベルが上がるのは初めてだな」
さらに、
ぴんぽんぱんぽーん。
何かを知らせるような音が鳴る。
――――――――――――――――――――――――――
『アイテム交換所(ランク1)』
交換可能アイテム一覧
・双竜牙剣……魔石R5個と交換
↑new!
・加速魔導装置(ランク1)……魔石R3個と交換
↑new!
・クロスボウ&魔法の矢1本(即死タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法の罠・低級(爆破タイプ)……魔石R2個と交換
・魔法弾・低級……魔石R1個と交換
……etc
※アイテムは随時追加されます。
※交換アイテムが一定数を超えることで『アイテム交換所』のランクが上がります。
――――――――――――――――――――――――――
「新しいアイテムが追加されてる!」
リトルミノタウロスを倒したときに、魔石Rを三つ手に入れていた。
『双竜牙剣』は無理だけど、『加速魔導装置』は手持ちの魔石で交換できるな……。
さて、どうするか――。