彰は早口で俺を説得しようとした。でも、彰の言い分もわかるし、俺自身も楽しみすぎてた。彰を無理させるのはダメだということを忘れていた。
「…それもそうだな。」「じゃあ部活が終わるまで俺の部屋でゲームでもしてるから終わったら連絡ちょうだい」
「連絡って…学校携帯持ち込み禁止だぞ。まぁ、普通に彰の家ピンポンするわ」
あくまで彰がうちに来るのは夜ご飯と寝る時だけだ。
「了解」
それから少しだけトランプの続きをやり、就寝した。
今日は佐伯がいないのでベッドに彰を寝かせ、俺は床で寝ることになった。
「俊、枕汚したら…ごめんな」
電気を消し、夢の中へ行こうとした時、彰が俺に謝った。泣きそうな声で。俺は察して、
「いいよ、別に。好きなだけ汚せよ」
軽く笑いながらそう返した。俺の許可が降りると彰は枕で声を殺して泣いた。最近、彰は涙脆い気がする。
彰には申し訳ないけど、俺はそれが嬉しかった。
翌朝、目が覚めると彰はまだ寝ていた。珍しく俺の方が早く起きてしまったらしい。
「おい、起きろ」
この前とは立場が逆転していた。彰を揺さぶると顔をこちらに向けたが、案の定彰の目の周りは真っ赤になっていた。
「おい、遅刻するぞ」
もう一度揺さぶると彰は飛び起きた。
「うわっ!急に起き上がるなよ。びっくりするだろ」
「ごめん。というか俊…朝練は?」
彰が言った言葉で背筋が凍った。時計を見ると大遅刻だった。
「やべ!」
俺は慌ててパジャマから制服に着替えて学校に行く準備をした。彰を置いて一階のリビングに行くと置き手紙が置いてあった。
『遅刻しないようにすること。朝ごはんは冷蔵庫に入ってます。私とお父さんは早めに出ます。』
そう書いてあった。早速書かれていることを破りそうになった。
「朝ごはん冷蔵庫に入ってるから。あと、鍵は学校で返してくれればいいから!」
「あ、うん。ありがとう」
俺は家の鍵を彰に渡して急いで家を出た。
家を出て、走って学校へ向かったが、間に合わなかった。急いで校門を抜け、体育館へ行くと既に練習が始まっていた。
「もう!俊先輩!遅いですよ!」
俺を見るなり佐伯はこちらへ向かってきた。そして、案の定怒っていた。
完全に昨日の佐伯とは別人だった。
「わりー」
一応謝ってから、いつもの場所に荷物を置き、バスケットシューズに履き替えて、みんながまだアップ中だったのでそれに加わった。
アップが終わり、佐伯が今日の練習メニューをホワイトボードに書いた。
いつもの練習メニューだ思ったが全く違った。
「夏の大会が迫ってます!なので、今日から本格的な試合形式な物を中心にやっていきます!」
佐伯はやる気に満ち溢れていた。俺以外のみんなはそんな佐伯について行くように大きな声で「はい!」と返事をした。
「じゃあ、片岡くん。Bチームの監督をお願い出来る?」
佐伯の言う片岡くんとは一年生で、あまり運動が得意とは言えないけどバスケの試合の作戦とかは佐伯と遜色ない。いつもは練習に参加しているが、佐伯が部活を休んだ場合とかに代理という形でマネージャーをしている。
「AチームとCチームは私が監督します。それと、AチームとBチームとCチーム以外の人は外で別のメニューがありますので。」
AチームとBチームとCチーム以外は大体は一年生で、少し二年生と三年生がいる。
Aチームは四人三年、一人二年。Bチームは全員が三年生。Cチームは二年と三年の混合チームと言った感じだ。
「それ以外の人のメニューはこれね」
佐伯は一番近くにいた二年生に練習メニューの書かれた紙を渡した。紙を渡された二年生とAとBとCのチーム以外はバスケットシューズを脱いで靴に履き替えて外に出て行った。
「じゃあ、まずはAチーム対Bチーム。Bチームの皆さんはゼッケンつけてください」
片岡くんがゼッケンの入ったカゴをBチームの近くに置いた。
そして、お互いの陣地に行き、数分間作戦会議をした。
佐伯から作戦などを色々聞いたが、元々合わせることが困難のこのチームで俺はその作戦に合わせる気などサラサラなかった。
「特に俊先輩はチームプレーをしてください」
佐伯から突然、俺の名前がでたのでびっくりした。
「え?あ、うん」
全く聞いていなかったがとりあえず頷いておいた。
「じゃあ、試合を始めましょうか」
佐伯はそう言って笛を一回吹いた。
いつものように試合をしたが、結果は言わずとも全勝だった。自慢じゃないが大半は俺のおかげと言っても良い。
「じゃあ、放課後もこの調子で頑張りましょう!お疲れ様でした!」
佐伯の合図で朝練が終わった。
「俊先輩〜!」
「ん?」
ホームルームまで時間があったので外で少し涼んでいるといつものように佐伯が話しかけてきた。
「午後の試合、先輩試合には出しませんから」
一瞬佐伯が何を言っているのか分からなかった。
「…は?」
「だから、先輩は放課後の試合は出しません。代わりに田畑先輩を出しますから」
田畑とはBチームの中では一番上手いやつだ。
「なんで?」
「昔から、思ってた事なんですけど…先輩がいかに自己中か教えてあげます」
「…自己中って…あんなチームプレーなのは俺のせいじゃなくね?」
「まぁ、見れば分かりますよ」
そう言い残してからどこかへ行ってしまった。
「なんだよ…自己中って」
少しだけカッとなんだったが、自分でもわかってたことを佐伯…他人に言われたから余計に腹が立った。だから俺は、頭を冷やすためにもう少しでだけ外で涼んでいくことにした。
「どうした?なんかあった?」
「…ん?なんだ、彰か」
俺が空を見なが何も考えず涼んでいると、彰が俺に家の鍵を渡しながら俺の隣に座った。
「それで、なんか…あった?」
彰は俺が少し苛立っているのを察したのか、恐る恐る聞いてきた。
「いや、佐伯に俺のプレーは自己中だって言われた。」
俺が真面目に答えると彰は笑った。バカにする感じではなく嬉しそうに。
「ごめんごめん。それは佐伯の言う通りだわ。この前の練習試合の時も思ったけど。俺がいなくなった途端にあんなプレーになってたのか。」
「………」
俺はぐうの音もでず、何も言い返さなかった。
「まぁ、俊は俺と違って長生きできるんだから、俺ら以外にもきちんと人との関わりを大事にしろよ」
「そんなこと…言うなよ」
彰の言うことは全て意味深な発言が多かったが、今回の発言はまっすぐ俺の胸を突き刺した。
「そうだったな。大丈夫、俺はまだ諦めてない。」
「そっか…」
俺はなんて返事をすればいいか分からなかった。
「もうすぐチャイムなるから俺はそろそろ行くわ。ホームルーム遅刻するなよ」
彰はカバンを肩にかけて、教室の方へ行ってしまった。一人取り残された俺の視線はまた空にあった。
そして、彰に忠告を受けたが俺はホームルームを遅刻した。
授業中、佐伯と彰に言われたことについてずっと考えていた。確かに俺は自己中かもしれない。でも、それは俺が悪いんじゃなくて周りのヤツらのせいだ。ずっとそんなことを考えていたらいつの間にか放課後を迎えていた。
「じゃあ、見ててくださいね」
朝と同様にアップを済ませ、試合を始めるが俺はコートに立ってない。
佐伯の近くでAチーム対Bチームの試合を見ることになった。俺のいないAチームにはBチームの田畑が入り、Bチームの空席にはCチームで一番上手い二年生が入った。
「よく見ててくださいね俊先輩。」
「…うん。」
随分と元気の無い返事をしてしまった。
「じゃあ、Aチームの皆さんはさっき言った作戦の通りにプレーしてくださーい!」
俺はその『作戦』を知らない。ただ、試合を見ててくださいしか、言われなかった。
試合が開始したがわかったことは俺がいなければ得点が取れないということと、俺がいなかったら得点が取られることがないということ。
「実は…先週、俊先輩以外のAチームの人たちから相談があって」
俺が俺の出ていない試合の分析をしていると佐伯が隣で真面目な顔で話し始めた。
「それで?」
「こう言ってましたよ。『俊以外のメンバーで一回試合がしたい』って」
「……え?」
「私も同じことを思いましたよ。俊先輩は一人で突っ込んでくし。ディフェンスだってそうですよ。一人で守ろうとして結局点取られてるし、もし、抜かれても後ろにヘルプしてくれる人がいるのに。」
全部佐伯の言う通りだった。
「そーだぞ俊。」
佐伯では無い声が聞こえたのでパッと横を見ると、制服だったが、バスケットシューズを履いた彰がいた。
「あれ?彰先輩じゃないですか。部活戻ってくるんですか?」
「いや、ごめんそれはまだ無理かな…。今日はただの見学だよ」
佐伯に向かって彰は笑顔でそう返した。
「それは残念ですね」
佐伯は本当に残念そうに返事をした。全てを知っている俺は何も言わなかった。というか、言えなかった。
とりあえず、試合は順調に進んでいき、開始五分で俺のいないAチームは二十四点を取っており、Bチームの得点をゼロに抑えていた。
「見ての通りですよ先輩。」
「ああ、そうだな。俺がいない方がいいってことね…」
実際にこの目で見るのは辛い。彰の病気について直接彰の口から言われるのと同じだ。ショックのレベルはあっちの方が大きかったけど。
「それは違いますよ先輩。」
俺がもう俺のいない試合なんて見たくなくて下を向いていると佐伯に否定をされたので思わず顔をあげた。