私が今座っているところから斜め左が、円形劇場広場っていう丸い形をしたイタリアっぽいデザインの広場。これは駅から一番近いショッピングモールの入り口に続いている。
そして右側は小さな噴水があるイタリアの街角を模した待ち合わせ広場になっていて、そこには小さなアイスクリームやクレープやタピオカのお店なんかがいくつか並んで入っている。
噴水は直径2Mもない小さい、トレビの泉とギリシャ神殿を足したような感じのものなんだけど、観光なんかできてる人は、普通に後ろ向きに10円玉とか投げているので、それなりに名所らしい。噴水の四隅には、石灰みたいな白さの飾り柱が四本建てられている。
そして、その噴水の柱の影に、紅子がいた。
紅子は、サングラスをかけ、つばの広い帽子に大きなピンクの巨大な花飾りがついたものをかぶって、上下黒の服を着て、ケイと女の人がいる方向をチラチラ振り返って見ながら、彼らとは反対側になる柱に背中を預けていた。
サングラスしてるから顔まではわからないけども、あの帽子は絶対に紅子のだ。だから、あれは紅子です。
なんで私が断定できるかっていうと、前に友達つくりのためのインスタデビューでもしようかと思って、学校の同級生数人のアカウントを次々見ていたら、偶然、紅子のページを見つけた。
そこには、自分の独自メイク方法と髪の巻き方なんかのどうでもいい情報が延々とアップされた「あの子と差をつけるための顔回りアレンジ術 Happy Rouge」っていうタイトルの紅子の個人ページだった。
正直、どれもこれも見るに堪えないようなクソダサイものばかりだったが、その中でもひときわ目立ってひどかったのが、まさに今かぶっているお花の帽子だった。
なんでも自分で作ったコサージュと手芸用品店で買ってきた高級リボンを使ってアレンジしたものだそう。
死んでも使いたくないような代物だったが、アップされた動画やメイキング動画なんかには多くのいいね!がついていた。こんなしょうもないネタにフォロワーがたくさんついて、互いに褒めあいコメントをしているような歪んだ世界に、激しい吐き気がしたのを、今、鮮明に思い出せる。
私はスタイルにも自信ないし、そもそも非オシャレだから、人の服装小物などをどうのこうの言える立場ではないのは自覚している。
しかし、かなり好意的に考えたとしても、私は、あれはあくまでインスタでポチをたくさん得るためのものであり、まさか、実生活でも使っているなんて想像だにしなかったんだよ。
つまり、あんなもの頭に乗っけて外歩けるのは、作った本人以外にはいない。つまり、あれは、絶対に紅子だ。
で。
こんなところで柱の陰に隠れて紅子が何してるかっていうと、ケイを尾行してるってことに気が付いて、私は全身から血の気が引いていくような感覚になった。
あの紅子事件の後、大人しくなったと思っていたら、こうやってあいつ、ケイをストーカーしてたんだ。ってことは、ケイが話していてくれていた園町で紗々と逃げたときのも、どうやら紅子は本当に全部見ていたってことになる。
こっわ。
って、私も今、同じことしてるけど。
キモ。
………私も同じことしてるけどね。
私が座る席は、紅子がちょうどケイたちを振り返ってみるときに、紅子が一番よく見える。チラチラと振り返りながら、持っているタピオカドリンクを吸って、口をもぐもぐさせながら、また振り返る。
行動自体は慣れた感じだけど、ポジション取りが悪いから、こうして冷静に見ていると、彼女のしていることはすごく目につくな。尾行されているほうも、気が付けって思う。
そろそろ夕焼けも終わりかけ、多分、サングラスではケイ達のことが確認しづらくなったんだろう。紅子はサングラスを外して、大きなピンクの鞄の中に放り込んで、また振り返った。
うん、紅子だ。
こうなるともう、紅子を観察しているほうが面白いので、全員がどっかいくまでここで見てようかなって思って、一旦、席を立ちかけたけど、ちょっと気になって、また座った。私のすぐ横で、私が座る席に移動しようと準備してた人が、舌打ちした。
失礼、こっちも仕事なんでね。
いや、仕事じゃないけど。
しかし、そろそろケイたちも30分近く広場にいるし、もし食事の予約をしているなら、そろそろ移動する時間だ。紅子がこれから何をどうするつもりなのかは知らないけど、様子は見ていたほうがいいような気がして、座ってぼんやり眺めていた。
ああして、細かい表情まではわからないけど、ケイを目で追って、実際に行く先も追って、こんなことしてもどうにもならないのに、こんなことをしてしまうほど、紅子はケイが好きなんだなって思った。
あれだけみんなの前でハッキリ断られたのに。もう望みがないのに。本当に何回もこんなことしてるなら、当然、あの女の人の存在も知っているだろう。
紅子は2人のことをどこまで知ってるんだろうか。
紅子がスマホを出して、2人の方に向けた。そのあと、スマホを見て、中を確認している。
うーわ、写真、撮ってるよ。
そう思って、軽くあくびしながら見ていたんだけど、すぐに重大なことに気が付いた。
ヤバい、あれを学校に出されたらマズイ。
ケイのおばさんに知られると、さらにマズイ。
自分のスマホのインスタを開き、紅子のアカウントを確認したけど、隠し撮り的なものはアップされていないらしいので、ホッとする。
ケイは、持っていた荷物を地面に下ろし、手のひらをヒラヒラ振りながら、しびれをとってるしぐさをし、両手をうーんと空に向かって伸びをしていた。女の人は、ケイの手から受け取ったバッグからスマホを出して確認している。
円形広場は、まだ待ち合わせの人たちで結構人数がいて、中には缶のドリンクを持ったまま立ち飲みしているような人たちもいる。町にはボサノバみたいな音楽が流れて、なんか、騒がしいけどいかにも繁華街って感じで、私は嫌いじゃなかった。
紅子が柱の陰から、そろりそろりとスマホを持ったまま、ケイと女の人がいる方向へと移動しようとしている。遠くからの写真ならごまかせるけど、接写されるとケイのママじゃないことが完全にバレるな、と思った。
これはマズイなと思っていると、紅子が少しずつ、ケイたちとの間合いを詰め始めていた。人に見つからないようにと気を付けているせいなんだろうけど、完全に泥棒の「抜き足・差し足・忍び足」の歩き方になっていた。
それが、町に流れているボサノバの音楽とうまいこと合っていて、こんな状況じゃなかったら、指さして笑ってるところだ。
さて、どうしようか迷ったけど、これは多分、紅子に思うようにさせてはいけないんだと思う。何も対策なんて無いんだけど、とりあえず座っていたところにトレイ残したまま、私は氷だけになってるカップを持って慌てて店を出た。
スタバを出た私は、さっきまで私が座っていた席の前のガラス窓を通過しながら、ケイたちの背後に回るように、早足で歩き、その位置から紅子が何をするのか確認しようとしたんだけど、そろりそろりと近づいた紅子が、とうとうケイたちの前に立ちはだかってしまった。
ケイが上げていた腕を下ろしながらぎょっとした肩の動きをし、女の人が、スマホを持ったまま、珍しいものでも見るような横顔で、紅子を見てる。紅子は、自作の帽子の中で、半泣きの表情をしていた。
「ケイ………」
そのあと、言葉に詰まってしまって、必死で涙をこらえている紅子の表情には、この何週間かでうんと傷ついて、うんと悲しい思いをしてきたのが見て取れた。
だいぶイカレてはいるけど、紅子が本当にケイが好きなんだな、というのだけはわかる。多分、そうだと知っているのに、ケイが長いこと思わせぶりなことしたのかもしれないな、と思った。
「ケイ、その人がケイの彼女なの?だから、だから、私とは付き合ってくれないの?」
我慢してた涙が出てしまって、身体が熱くなったんだろう、紅子はヘンテコな帽子を両手で取って、ついでに腕で涙を押さえながら、耳下でツインテールにしてる髪をあらわにした。
長時間、帽子で頭蓋骨の形に添ってぺったんこにされた上に汗で蒸されているので、頭部が黒光りして、触角が下がった元気のない巨大な黒アリみたいに見えた。
いつもなら多分、ケイは「付き合ってねえよ」とか「知らねえよ」って言い方で突っぱねているんだろうけども、今日はその女の人が目の前にいるから、さすがにそれは言えない。
ケイがその人の前ではそういうことを言わないという事実に、一瞬、気分が落ち込む。でも、今は、目の前の事態を解決しなきゃ、私。
「あの………」って女の人が、紅子に何か言いかけたけど、そのタイミングで、私は、紅子とケイたちの間に「お待たせ―!」って言いながら飛び込んでいった。
「お待たせ―、ごめーん、待たせちゃって!」と言いながら、カラのカップを氷でガラガラ言わせながら笑顔で登場する私。
紅子が私を認識して、一瞬、ものすごくびっくりした表情をした。まさか、こんなシーンで空気同然の同級生に出くわすとは、完全に計算外だったんだろう。
私はさりげなく紅子のカメラの真ん前に立つようにして、「あれ?浜里さんだっけ?こんばんわ」って挨拶をした。
「………!」ケイが、言葉も出ないほど硬直している。わかるわかる、わかりますとも。ここにいる私は、たしか1時間半ほど前に、あなたが園町の改札でお見送りをしたお紗々馴染みですわな。
「ケイ、ケイのママ、もう行こうよ。レストランの予約の時間過ぎちゃうよ?」って言いながら、ケイを急かして床に置いてある紙袋を全部持たせ、二人をグイグイ紅子とは反対の方向にある、円形劇場広場がつながっているモールのほうへと押しやった。
紅子が不満そうな表情で「ねえ、金田さん。ケイのお母さんなの?その人」っていうから、
「うん。私、子供のころから知ってるけど。この人、ケイのお母さんだよ」って言って、ごはんの時間に遅れちゃうから、またね!って言いながら、紅子を追い払いつつ、2人の背中をグイグイ、ショッピングモールのエントランスがあるほうへと押していた。
紅子が円形広場の中でポツンと立ったまま、こっちをジッと見ていたが、少ししてピンクのバッグを肩にかけなおし、帽子をかぶってリボンの位置を確認してから、スタスタ駅のほうに向かって帰っていくのを確認して、私は二人から離れた。
「あら、あなた、こないだの」
女の人が、私の顔を確認して、この前の夜のことを思い出したらしい。
「こんばんわ」
別に、この人が悪いわけではないので、普通に挨拶はした。でも、この人のそばにいると胸が痛くなる。そして、慣れない時間に、慣れない場所で、慣れないことをしている自分をすごくみじめに感じた。
紅子のことが怖かったわけでもないのに、カップを持つ手が、小刻みに震える。
「美保、悪いけど俺、今日はやっぱ帰るわ。こいつ、連れて帰らないと」
ケイがそう言いながら、私の手から氷だけ入ったカップを取り上げ、片手で全部持っていた荷物を女の人の足元にドサッと置く。
美保っていうんだ。
そう思った。
女の人は
「そうね。そのほうが良さそうね。あなた、顔色悪いけど大丈夫?」
そういって、美保って人は、私の心配をしてくれた。
アーモンド形の瞳にマスカラが上下にきれいについていて、眉毛の形がきれい。紗々みたいな美人というのとは違うけど、フランスの映画に出てくる女優さんみたいな、小悪魔っぽい雰囲気がある。
瞳の色が薄くて、髪も同じように薄い茶色をしている。毛先が軽くカールしているベリーショートが、とてもよく似合っている。
こんなに髪を短くしても、この人は女らしくセクシーな雰囲気がある。同じヘアスタイルを私がしたら、間違いなく野球部か、北島三郎になるのに。
そんなこと思いながら、その人にペコリと頭を下げ、ケイに半分連行されるようにして歩き出した。ケイがグイグイ駅のほうへと引っ張っていくので、うまく歩けなくて、足元がフラつく。
一応、私、ケイたちの危機を救ったつもりだったんだけど、雰囲気としては、これからケイにめっちゃ叱られる感じだ。
タクシー乗り場まで来て、ケイと私は列に並んだ。10組ほど並んでいたけど、次々とタクシーが入ってくるので、少し待ってれば乗れそうだ。
少ししたら私たちの順番近くになった。ケイは、その間も何も言わなかった。私も、疲れ切ってしまい、何も言わなかった。
「喉乾いた」
私が、なんか飲みたくてケイにボソっと言う。
「ん」
氷が半分くらいとけたカップのストローを私の口の前に出し、私は、溶けかかった氷水をチューっと飲んだ。また、ケイがそのカップを手で持つ。
タクシーに乗って、家に向かう。この時間帯だと結構車が多いから、40分以上かかるかも。タクシーの前方も普通自動車、バイク、バス、トラックの赤いテールランプがいっぱいあって、何もかもがストップしてる。
「で、お前、何してたの?帰ったんじゃなかったのかよ」
ケイが、ちょっと怖い声で言う。こういう時、ケイってケイのお父さんにそっくりだ。
「ホームで紅子見かけて、紅子がケイのストーカーだってみんなが言ってたから、本当だったらまずいなって思って、何となく気になって、後をつけてみたの」
またもや、スルッと上手な嘘が出てきた。ケイに、私がケイを尾行してたことなんて知られたくない。
「そっか。だけど、夜、女の子が街をウロウロするのは許さん」
そういってケイが私の頭をひとさし指でかるく押した。これも、ケイのおじさんにすごくよく似てる。
「うん」
こんな消え入りそうな声しか出せない自分が、なんか恥ずかしい。
「しかしあいつ、本当にストーキングしてたんだな」
「うん、してたね。びっくりした。途中で帰ろうと思ったんだけど、紅子がスマホで写真を撮り始めてたから………顔をハッキリ撮られちゃうと、あの人がおばさんじゃないこと分かっちゃうって思って」
そういいながら、私はケイが見れなかったから、自分が座っているほうの窓の外を見ていた。運転席の後ろの私の席からは、反対車線の混んでいない道を勢いよく走り抜けていく車が見える。
「なるほどね。それは気が付かなかった。そっか、マイマイ、ありがとな」
なんかカラっとした調子で、私の頭に手を乗せて、グリグリ頭を揺らす。いつもなら、抵抗したりするけど、今日は、こんなんでもケイに手を放してほしくなかった。
「ケイ、紅子だって、次はなにするかわかんないよ?」
「そうだなー」
ケイは軽く答えながら、自分の座っているほうの窓の外を眺めている。電気が消えた車のディーラーや工場なんかが並んだ、無味乾燥な眺めだ。
「会うなら遠いところで会いなよ。なんでわざわざ園町なんかで会うのよ、バカみたい」
「園町で用事があるから仕方ないんだよ」
「あの人が園町で用事があるの?」
「いや、俺が」
「なんの?」
「マイマイには内緒」
「何でよ」
「何でも、だよ」
そう答えて、ケイはそれっきり黙ってしまった。私も、もう聞くことがなくなってしまったから、黙って外を見てることにした。
ケイにわからないように、鞄の中から、そおっと今日買った伊達メガネを出して、タクシーの席についてるポッケにねじ込んだ。こんなこと、もうやらないから要らない。
長い渋滞でノロノロ進むタクシーの中で、私は自分のこのスマートな嘘をつくという特技を、なにか活せる職業がこの世にないのだろうかって、窓の外を見ながら考えてて、眠ってしまったみたい。
「お待たせしました」
っていうタクシーの運転手さんの声で起こされ、ケイと一緒に私の家の前で降りた。
あれから、特にこれといって何もないような夏休みが過ぎていった。紗々とはほぼ毎日会ってる。
今日は、パパの会社のBBQ大会なんだけど、ケイも紗々も参加して、ケイとケイのパパがBBQで大活躍してるところ。
私は例年通り、楽しく過ごしているつもり。
わかんない。
楽しいはずだと思う。
だけど、あれから、ケイは私たち3人で遊ぶのを意識的に減らしているように、私には見えてる。でも違うのかも、あの人と会う時間が増えているだけなのかもしれない。
あの日を境に、私はケイに聞けないことが増えたように思う。
BBQ大会には毎年、ケイのママも一緒に来ていて、私のママと一緒にビールを飲んでいた。ママは普段はお酒飲まないんだけど、ケイのママと一緒の時だけ、たまにお酒をのむことがある。「うふふ。ママもたまには昼間にビールとかしてみたいのよ」って言いながら、上機嫌だった。
いつも思うんだけど。何となく、ケイのパパはケイのママがまだ好きな感じがする。でも、ケイのママはすごくケイのパパに素っ気ないので、一方的な恋なのかも。あれ?でも結婚してケイまでいるんだから、恋ではないのか。あれ?じゃあ、これって何だろう?
って、紗々に聞いてみたら、紗々は
「わかんない。でも、麻衣に言われてさっきから観察してたんだけど、確かに、ケイのお父さんは、ケイのお母さんをチラチラチラチラ見てるよね」
「でしょ?前にこれをケイに話したら、気持ち悪いって言われたんだけど」
「あははは。確かに、子供からしたら気持ち悪いかも。でもさ、もしかしたら、このBBQ大会だって、ケイのお父さんが、ケイのお母さんに会いたいからやってるんだったりして」
「え、そうかな」
「いや、わかんないけど」
紗々は、串刺しの牛肉をもぐもぐして山梨県産赤ブドウジュースを飲みながら、そんなことを言っていた。紗々は、この夏、先生との仲が少しだけ進んだ。
恋人同士としてのお付き合いというのには、時間がかかるけど、でも、これからは普通に会ったりはするみたい。相手が一回り近く年上だと、ボーイフレンドというのとは違うもんね。なんか不思議な関係だ。
「キス、しちゃった」
って、先週、紗々が真っ赤になりながら話してくれたのを思い出す。ボーイフレンドでもないけど、恋人じゃない。でもキスしちゃうほど先生のこと、好きなんだな、紗々。
紗々と先生の間には、いろんな要素が混ざりすぎちゃって、警戒しながら進んでいる感じに見えた。
好き、にも、いろんな関係があるんだなって思った。
うちの親みたいに、バカみたいなスタンダードな関係のところもあれば、紗々の親みたいに、変なもの同士のカップルだけど絶妙なコンビとして成立しているのもある。
そうかと思えば結婚して子供までいるのに離婚して、なのに別れた妻にまだ恋してるかもしれないケイのパパみたいな関係もあって………私が全然気が付かなかっただけで、世の中にはいろんな関係が存在してるのね、そんなことに、今年の夏は、一気に気づかされた。
それに、ケイのことも。
あの、美保さんって人のこととか、あれから全然聞けないままだ。なんて聞けばいいのかわからないし、どうせロクに応えてくれないに決まってる。
かといって、いきなり何もかも正直に話されても怖いから、結局、聞けない。
あれから、ずっと、こんな。
1人になると、ケイが美保さんと一緒に居たときの映像が頭の中で再生されちゃう。こんなの無意味だからストップしたいけど、私の頭が勝手に再生する。
ケイや紗々と一緒にいるときには大丈夫だけど、1人でいると、また再生。頭の再生ボタンが自動で動く。もう見たくないのに。
「どお?楽しんでる?」
ケイが、左手にトング、右手に銀色のトレイにきれいに並べた、串からはずしてある肉と野菜を持って、私たちの前に来た。
「楽しんでるよー。本当に楽しい。そして、牛肉おいし過ぎる」
「これ、駅前モールの肉マサのでしょ?」
って私が聞いたら
「そうそう、あそこの。やっぱ、バーベキューにはこれでしょ」
「うん、おいしいよね。それに、いつもより高いお肉な気がする」
「ああ、オヤジがすげえ奮発してた」
ケイが、トングで肉を紗々と私のお皿にヒョイヒョイ乗せながら「野菜も食えよ」と言って、トウモロコシと玉ねぎも乗せた。
「あ、そうだ。そろそろ台風が来るからさ、来週あたりまたキャンプしようぜ。そんで、一旦、テントとか片付けるわ」
「え!ほんと?」
また3人でお泊りキャンプできることがわかって、突然、元気になる私。
「あ、台風。ほお、そっか、なるほど」
紗々が、感心したようにうなづきながら、肉をほおばっていた。じゃあな、おれ、仕事あっからって言って、お皿を持ってお客様の間で肉と野菜を配り始めた。
配り終えてケイのパパのところに戻ったケイは、もう、おじさんとほとんど身長はかわらなかった。おじさんは筋肉がもう少しガッチリしているけど、きっと、あと2~3年もしたら、ケイはもっとそっくりになるんだろうな。
「良いご子息をお持ちで」
「将来が楽しみですなあ」
なんていう役員やお付き合いのある会社の人たちの中で、会社員の営業マンみたいな笑顔と対応をしているケイ。そっか、ケイって、おじさんの子だから、うちの学人と同じで、後継者の一人なんだっけ。
いつか、ケイも、おじさんやうちのパパと一緒に働くのかな。そしたら、将来は、ケイのパパとうちのパパと、ケイと、学人で4人で順番に社長すんのかな。
でも、外の大学受けるって言ってたし、ケイって何をしたいんだろう。
「そうだ、ねえ、紗々。エグゼクティブってなに? ってか、何語?」
「ん?英語。正確にはexecutiveね」
さすが、子供のころから海外転々としてただけある。紗々は「イグゼキュチブ」みたいな感じで発音していた。
「何する人のこと?」
「えーと、取締役とかのことだよ。だから、社長とか、そういうの。経営の決定権のある人のこと。なんで?」
「前にさ、ケイが、将来それになるって言ってた、ヤングなやつ」
「ああ。じゃあ、日本語だと、若手社長に俺はなる!って感じだよ」
「あっ、なんだ、ケイって社長目指してたんだ………」
「目指さなくても、別に普通に行けば、ケイって、なれるんじゃないの?あのオッサンたちの態度とか、まさに次期社長とかにする態度だし」
ちょっと、蔑んだような口調で紗々が、前歯でトウモロコシをゴリゴリこそげ取りながら、BBQ台の前で名刺とか渡しちゃってるおじさんたちを見ていた。
「でも、他受けるって言ってたよ」
「大学?」
「うん。だから、なんか違うことしようとしているのかも」
「ふうん。まあ、若い男の子のお父さんへの反抗心みたいなもんだよ。理由なき反抗ね。きっと、ある程度の年齢が来たら、どうせ普通にスルッとお父さんの会社入るって」
こういう時の紗々って、まるで何千年も生きて、たくさんの人の人生を見てきた人みたいな言い方をする。
「紗々って、将来、何になりたいの?」
「私?私は学者。文学者」
「ええ!学者?」
「そう。世界の文学の研究するの。そして大学教授になるか、だめなら研究所か国立図書館とかで働く」
「す、すごい。紗々。そんな壮大な夢あったなんて」
「完全に先生の影響だよ。先生と話してると、先生は社会人だからいろんなこと知ってて当たり前なんだけど、そういう道があることがわかったの。先生のおかげですでに文学に目覚めてるから、世界の文学を研究して、それを伝える人になろうかと思ってる」
「そっか、そっかあ。学者かあ」
紗々がもう少し年を取って、ロングの黒髪を後ろにまとめて黒縁の眼鏡しながら、大学で講義をしてる姿を想像したら、あまりにも格好良すぎて、美しすぎてシビレた。
「でも、私、すでに1年半遅れてるから、早い段階でこれを取り戻しておきたいんだよね。夢があると、突然、人生のいろんな無駄が見えてくるのよ」
「あ、そうか、休学の分。取り戻すって、どういう方法があるの?」
「うーん。日本だと難しいんだけど、アメリカだと成績さえ良ければスキップという制度があって、2年飛ばしとか1年飛ばしとかをさせてくれる学校もあるみたい。そういうんで、少なくとも遅れを取った分だけでも、取り戻せたらなあって思ってる」
フォークを半透明の玉ねぎに刺してケチャップをグリグリつけながら、紗々が説明する。
「えー?紗々もどっか別の大学に行ちゃうの?」
「まだ決めてないけど、そういう方法があるって、この前知った。決めたら、早くやりたいじゃない?だいたいうちの親、教育熱心じゃないんだもん。母親は16才で芸能界だし、父親は地方の大学は出てるけど、ゼロからたたき上げの不動産屋でしょ?だから学問の話なんてしても、2人とも興味がないから、何も答えられないのよ」
「そっかあ。ケイは社長、紗々は学者なのかあ」
「麻衣は、何をしたいの?」
きれいに食べ終わったお皿を半分に折りたたんで、近くにあったダストボックスに放り入れて紗々が私に聞く。
「私、正直、何していいのかわかんないの。前に、紗々が転校してくる前に、人生のリストとか作ってみたことがあったんだけど、全然何も出てこなくって困ったことがあるんだ」
「そっかあ。小さい頃は何したかったの?」
「え?小さいころ?」
そう思い返して、幼稚園で書いていた「オヨメサン」以外に何も思い浮かんでこないことを思い出して落ち込む。
「あははは、今、なんで幼稚園まで戻ったの?小学生の時は?」
「小学校の時は………なんだったかなあ、卒業文集に将来の夢とかなかった気がする。お洋服は好きだったけど。あんまり考えたことなかったかも」
「そうなんだ」
「なんか、気が付いたら、毎日、ボーっと生きて16才になってたって感じ」
「麻衣、それは幸せなことなんだよ」
「そうなのかな。そうなのかも。でも、なんか、むなしいよ」
「私からしたら、麻衣なんてうらやましいよ」
「ええ?私を?紗々が?なんで???一体、どこにそんな要素が?」
「幸せだもの、麻衣って。外側から見てハッキリわかるくらい、幸せの条件を持ってる」
「持ってるって、何を?」
「歪まない家庭。歪まない心。素直で丈夫な性格。明るくて正しい考え方。あたたかな気持ち。周りからの圧では変えられないほど自由な精神。家族からの正当な愛情。甘えが許される環境。麻衣が当たり前に持っているもの全ては、全て、人がどれだけお金を積んでも買えないものばかりだよ」
紗々は指でひとつひとつ、私の持っているというものを、自信を持って数え上げた。
「で、でも、紗々。それは、私が与えられている環境であって、私が持っているっていうのとはちょっと意味が違うっていうか………」
「まあ、そうかもしれないけど、でも、持ってるものっていう意味では同じだよ」
腕組みしながら、うーんって紗々がうなる。
「じゃあさ。ちょっとこういうこと自分で言うのもなんだけどさ。わかりやすく言うと、という意味でですよ?ちょっと聞くけども」
「うん」
紗々が、私のほうを見て私に聞く。
「あのさ。私って、いわゆる美人だよね?世間一般でいうところだと、かなりの上のランクの美人だと思わない?」
「あ、うん。もちろん」
そんな疑う余地がないことを、何で聞くんだろうって思いながら、もちろんそうだと思った。
「それって、私のママが元美人女優だから遺伝的に出来た持ってるなのよ。だけど、人からみたら、それは私が生来的に持ってる、持ってるになるのよ」
「あ、うん」
「私の背が高いのは、私のパパの背が高いからなのよ。痩せてるのはママが太らない体質だからなのよ。でも、その全部を合わせて持ってる私は、世間から見るとたくさん持ってるってことになるのよ」
「うんうん」
「そういうのと同じ風に、麻衣も、人が欲しくて仕方がないものを持ってるのよ。むしろ、私の持ってるものなんて、大人になったらお金出して整形して、ジム通って、メイクとお洋服でごまかせば持ってる風にもできるのよ。嘘でもそれっぽく盛れるの。でも麻衣の持ってるものは全て、お金ではごまかすことができない、本当の持ってるなの」
「あ」
「わかる?」
「わかった」
「よろしい」
紗々が、細くて長い腕を、前に伸ばして背骨を内側に丸めてストレッチしながら言う。
「でもさ。紗々、私がたくさん持ってるってのは分かったんだけど。だからって、私が何も将来になりたいものとか無いのって、やっぱり………」
「それは、そのうち出てくるよ。急いで将来の準備をする必要なんてないんだよ」
ふと、この前のキャンプでケイが言った(急いで大人になる必要なんかない)って言葉を思い出した。
「こないだもみんなで話したじゃん?何に触れても、自分の内側から出たものだけが答えなの。私が学者になろうとしてたって、ケイが若社長になろうとしてたって、そんなことは関係ないのよ」
「ってことは、私の内側から出てるのって アセリってやつだから、それが今の私なのね」
「そういうこと。じゃ、なんで焦るのかな?ってっ考えればいいの。それで出た答えだけが、麻衣の中に蓄積されるのよ。人が何かしてるからって、じゃあ私も何か、なんて考えるだけ無駄よ」
「ふうむ」
今度は私が腕組して考えちゃった。
9月になってから、まあまあ晴れた日を選んで、私たちは今年の夏最後のキャンプをした。
台風や大雨が来ると、山小屋の前に張ってあるテントやタープがダメになっちゃうから、一旦、片付けて、また冬になったら、冬用のグッズでキャンプをするってケイが森に向かって宣言していた。
まだ台風が来ているわけじゃなかったけど、九州のあたりではすでに台風が発生していて、関東でも強めの風が吹いている日だった。
タイミングを逃しちゃうと、あとは台風が団子になって発生する可能性があるので、じゃ、やっちゃいますか!ってことで、突如、日程が決まった。
肉を焼いたりするのには少し飽きてきたので、今回は、ケイが先日新しく仕入れたという簡易ピザ窯でピザを焼くことになった。ケイは女子力を超え、そろそろシェフ力の域まで来ていると思う。
ケイが前の晩から仕込んでいたピザ生地を用意してきたものを広げて台にしてくれる間、スーパーエミリオで買っておいた、シイタケ、ピーマン、サラミ、ハム、トマト、バジル、玉ねぎのみじん切りなどのピザの具を、音楽をかけたり、お喋りをしながら紗々と用意してた。
リビングの真ん中にあるテーブルは全部広げると、すごくピサの作業に向いていて、重ならないように上手に並べていくと、全部で8枚まで作れる。
私はピザに全部でどんな種類があるのかわからなくなってしまったので、紗々の家のポストに入っていたピザ屋のチラシを見て、冷蔵庫からいろいろ出してみた。いつも決まったものしか頼んでいないので気が付かなかったけど、ホワイトソースのピザなんてものがあるのを知った。
紗々が買ってきたピザソースを使おうとしたら、ケイが、クーラーバッグの中から、自作のトマトソースを出してきたので「トマトソースって作れるの?」と紗々を驚愕させていた。
8枚並べて、一枚ずつ違う味っで作ったら、これ以上置ける場所がなくなったので、一旦、ここで作業ストップ。ピザは思ったよりすぐ焼けちゃうらしいから、食べるたびに焼こうってことになった。
タープっていう雨よけみの屋根たいなものが、時々吹いてくる強い風でパタパタパタと音を出しているケイが、タープの支柱を確認して、うんって頷いていた。
ピザを焼き始めたら、本当に4分くらいで焼けた。アマゾンの箱についてくる平たい段ボールに乗せてある生ピザをピザ窯まで運んできて、大きなもんじゃ焼きのヘラみたいなのを、ピザ生地と段ボールの間に差し込んで、素早く簡易ピザ窯の中に入れる。
中を覗いていると、じわじわとチーズが溶けて、具を多い隠していく。それと同時に、ピザの端っこが一旦膨らんでまた薄いシートみたいになるのを、2~3回繰り返すと、いいにおいがしてくる。
それから、少し端っこが茶色になるのを待って、出来上がり。また、アマゾン段ボールの上に戻して、それをお皿代わりにする。昨日、100円ショップで買っておいた、ピザカッターが大活躍した。
ケイが台になる部分をすごく薄く作ってくれているので、具が乗ってる部分もパリパリしてとてもおいしかった。ケイは何とかっていう店のレシピだって言っていたけど、名前を聞いてもよくわからない。今度、連れてってもらおうと思う。
軽いし美味しいから、1人3枚は行けそう。
もう少し作ってもよいかも。
チーズとトマトが程よく溶けた、バジルの葉が載ってるやつが一番好きだな。これをもう一回焼いてもらおうかなって思いながら、別のサラミ味を食べると、やはりこれが一番おいしい気がするってなる。オニオンとベーコンのピザも捨てがたいし、チラシで見たホワイトソースのピザも食べてみたい。そんなことを言いながら、焼いては食べ、焼いては食べてをしていたら、結局、すぐ6枚目まで来た。
あと2枚で終わっちゃうし、一旦、休憩しようかってなって、ケイはまた、ピザ台を作りに山小屋に戻った。私は紗々と一緒に、パリパリして落っこちたピザの破片を拾ってはシートの外に放り投げる。
紗々が、ゴロンと横になって頭を肘で支えながら
「ピザとかやるなら、この辺にハーブとか植えちゃおうかなあ」
って言ってBBQコンロの少し向こう側、石垣の壁の内側で日当たりがありそうなあたりを指さした。うん、それいいかも。
明日、街の花屋さんに買いに行こうよって提案をして、レンガとかも買って、ちゃんとしたハーブ花壇にしようって話で盛り上がった。
19時だから、そろそろ日が暮れる。空がピンクと薄い水色に縞々になって、すごく珍しい色合いになってた。
「カワイイけど、変な空」
紗々が夕焼けを見ながらそんなことを言った。
「確かに。なんかが変だな。なんか、色合いが合ってないんだよ」
「わかるわかる。どっちも夕日に似合わないっていうか………」
ジーっとみてて思ったんだけど、多分、ピンクの夕焼けの部分がパステルピンクで、夜空が出始めている部分が水色なんだけど、なんか、夕日の光を浴びすぎててメタリック色っぽくなってるのね。
「うーん。画材が違うって感じかな」
って私が言ったら、紗々がウケてた。こういうの、ニュアンスでつかんでくれて笑ってくれるのって嬉しい。
笑いも、同じだけの情報力を持ってないと、伝わらないなっていうのを、この3人で話していると、つくづく思う。
ここんとこ、1人でいるときには、常にケイのことが頭にあるので、気持ちがジリジリすることが多かった。だから、紗々がウケているのに便乗して、私も笑った。
笑えるのって、いい。
友達って、いいな。
ふと、紗々は先生と年が離れてて、ジェネレーションギャップもあるのに、普段は何を見て、何を話して、何を分かち合っているんだろうって気になった。
「ねえ、紗々。先生とは普段、何を話してるの?」
「ん?いろいろだね。日本に来てからずっと一緒に居る感じだから、いろんなこと」
「そっか。紗々って、先生と会えなかった期間って、不安にならなかった?」
「何に?」
「先生がほかの人を好きになったりしないか、とか」
「あー、んー。その当時は、好きがよくわからなかったから、そういう心配はしたことなかった。先生はしたかもね」
「先生に聞かれたの?」
「うん、聞かれたような気がする」
「そっかあ」
「私も今なら心配とかするかも」
「そっかあ」
「でも、思うんだけどね。その人が心の中に深く存在しちゃうと、他の異性って全然、目に入らないんだよね」
「うん?そうなの?」
「まあ、私はそうだった。離れていた期間さ、全部で2年近くあったんだけど。先生、私に毎日、定期便送ってきてくれたでしょ。でもたぶん、私、あれがなくても、先生のこと一日も忘れなかったと思うよ」
「どうして?」
「もう、先生が、私の中にいたからだと思う。だから、誰に会っても、どんなステキな人に告られても全く気持ちの針みたいなのが、その人たちにまったく動かなかった」
「そっか。そうだよね。紗々、山のように告白されていたけど、全部、ものすごく男らしく断っていたね、そういえば」
「でしょ。ふふふ」
紗々は不敵な笑い方をした。私はずっと紗々のそばにいたので、紗々が転校してきて依頼、すごい数の愛の告白と、付き合ってください攻撃を見てきている。
それがサッカー部の花形選手だろうが、野球部のヒーローだろうが、生徒会長だろうが、学年一のモテ男だろうが関係なかった。そのたびに、紗々が、一瞬もためらわずに蹴散らしていくのを見ていた。
私ですら「あら、あんなカッコいい人もったいない」って思うこともあったけど、紗々には迷いがなかった。今になって思うと、それって、紗々の心の真ん中に、先生がいたからなんだなってわかった。
だけどその途端、私がずっと心の奥で気になっていたことの答えがわかって、自分の体が地面の中に吸い込まれちゃうんじゃないかって錯覚をするくらい、深く暗いところへつきとおされた気がした。
「あ………」
私は、自分で得た回答に驚いたの同時に、すごく傷ついたらしい。心臓のあたりに、激しい痛みが走って、自分の体と自分の心が二つに別れてしまったように感じた。
「どうしたの?麻衣」
寝ころんだまま、紗々が私を見た。
「あ。今、分かっちゃった。わ、私………ずっと、気になっていたことがあって」
私の様子が変なのを感じた紗々が、身体を起こして、私の顔を覗き込む。
「紗々、見て、ケイ、ケイが」
「うん?」
「ケイが全然、紗々のこと見ても、平然としてたのって、ケイにもそういう人がいたんだなって今、気が付いて」
「そういう人?」
紗々が、私の前で胡坐をかいて、頬に手のひらを当てて、眉間に皴を寄せていた。
「うん。うん。私、見ちゃったの、この前」
「見たって、何見たの?」
私は、多分、本当は、泣きたかったんだけど、なぜか全然涙が出てこなくて、それよりも傷ついた自分の胸のあたりがスースーして、二つに千切れた私の心と体が、もう二度ともとには戻らない感じがすごく怖かった。
あの時、ケイに内緒って言われてたから、誰にもしゃべっちゃいけない気がして言わなかったんだけど。よく考えたら、あれ、私のママにしゃべっちゃダメってことだった。だから、ずっと我慢してたんだけど、紗々には話しても良かったんだな。
「夜、園町で、ケイが、女の人と一緒にいたの」
「………へえ」
それを聞いて、紗々が、少し黙ってから相槌を打つ。
「それで、その人、多分、彼女だと思う」
「麻衣、それはないと思う。その人、あの時に私があった人と同じ人だと思うけど、あれは彼女とは違うよ」
「絶対、そうだよ。だって、この前も、2人で夜遅くに出かけてたもの」
「………もうっ」
紗々が、私の両手を取って、なんでか知らないけど、紗々がちょっと怒っていた。
私は喉の奥に黒くて冷たい鉄の塊があるような感じになって、誰かに話してしまわないと息が苦しくて死んでしまうんじゃないかって思って、怖かったので、そのまま続けた。
「それで、私、気が付いたんだけど、その、つまり………」
って言いかけたときに、紗々が、「麻衣、ちょっと待って!」って言って、私の手を強く握った。
「麻衣、ちょっとそのまま!ちょっと待ってて」
そう言って、紗々が山小屋にすっ飛んでいった。私の脳と体は、待っててと言われた言葉のまま従い、その間、何も考えず、何もしないで、ただ、じっとしていた。
しばらくして、ケイがピザ生地の粉で手が真っ白のまま、紗々と一緒に戻ってきた。私は泣いてはいなんだけど、心の中では確実に涙が流れていたと思う。
人って面白い、喜怒哀楽じゃなくて涙が止まらなくなってしまう時もあれば、こんなに胸が痛いのに涙が一粒も出てこない時もある。
「どした、マイマイ」
ちょっと、ケイがオロオロした感じで私の近くに来た。いつもみたいに私の頭に触れようとしたんだけど、両手が粉だらけなので、手をひっこめた。
私は、黙ってケイを見上げて、でも何も言えることがないので、また下を向いて黙ってしまった。のどのあたりの塊が、一回り大きくなった気がした。
ケイがかがんで私の前にいて、私はシートの上で横座りになっている状態なのを、なぜか紗々が腕組みした仁王立ちの状態で睨んでいる。紗々、何で怒ってるんだろう。
「ケイ、麻衣、私、これからママから電話があるから、ちょっと母屋に戻らなきゃいけないの。進路の話だから、2時間か3時間くらいかかっちゃうかもしれないけど、後で戻ってくるから」
と、ケイに向かって、なぜか凄んでいる。
ケイを見たら、なぜか叱られたようにシュンとした感じになっていた。
「ケイ、何やったってあんたの勝手だけど、麻衣が泣いたら許さない。絶対に許さない。戻ってきたとき、麻衣が泣いてたら、あんたの気に入ってるこの山小屋、即燃やすからね」
って言って、「麻衣、後でね」って言いながら、走って母屋に行ってしまった。犬が2匹とも、紗々の後を追って、母屋に向かった。
そうか、紗々は進路のことで相談、そっか、留学するかもしれないんだもんね。みんな、こうやって自分の道を選んでいくんだな、そう思ったら、そう遠くない将来、また1人になるのかと思って、体中の力が失われていくような気分になった。
「はあ」
って、やっとの思いでため息をつく。私のそばに、ケイが腰を下ろし、胡坐をかいた。「どした」って聞かれても、一言も答えられない。黙っていたいわけではないけど、何も言葉が見つからないから、話せなかった。
「俺、なんかした?」
なんか、すごく申し訳なさそうな感じで、ケイが私に聞いてくる。いや、ケイは何もしてない。黙って、頭を振った。
「俺、マイマイは大事に扱っているつもりなんだけど」
そう言って、パンツの膝のあたりで、まだたくさん手についている粉をパンパンとはらった。黒っぽいパンツに、白い粉が移る。
「俺に、なんか怒ってんの?」
ケイが、恐る恐るって感じで聞いてくる。別にケイが悪いわけじゃないのに、これは気の毒だなって思ったから、頑張って、返事をする。
「別に。ケイに怒ってるわけじゃないよ」
「じゃあ、何に怒ってんの?」
「怒ってないよ、別に」
「じゃあ、なんでそんな感じなんだよ」
なんか、全然わからんって感じで、ケイが肘を自分の膝当たりにおいて、頬杖をついて私を眺める。
「そんな感じって、どんな感じなの、私」
ケイのほうが向けないから、そのままうつむいていた。シートの上に、まださっき食べたピザの細かな破片が落ちていたので、手元に集めた。何かしてないと、おかしくなりそう。
「ん………なんか、暗い感じだな」
暗い感じ。そうかも。いい気分ではない。けど、別にそれもケイのせいじゃない。ケイが、いつもみたいに「なんだ、なんかあんならちゃんと言えよ」って言いながら、自分の手のひらについてる粉を、シャカシャカ音を立てながら手のひらに伸ばしていた。
しばらく、私たちは黙ったまま座っていた。山小屋の奥の森の茂みから、鈴虫などの秋の虫の声がしてきて、もう、本当に夏が終わりなのを告げている。それがまた、今の私の心の状態とリンクして、すごくさみしい気分が増す。
そういえば、紗々がいつになく感情的だったのを思い出した。
「紗々、なんか怒ってたね」
「ん、ああ」
「なんで怒ってたの?」
「お前にじゃなくて、俺にムカついたんだろ」
「なんでケイにムカついてるの?」
「だから、その理由を俺がお前に聞いてんだろ?」
よくわからなかった。
「紗々は、さっき、ケイになんて言ったの?」
「お前とちゃんと話をしろって、言ってた」
「ふうん」
私は膝をそろえた体育座りをした。また、喉の奥に、冷たくて黒い塊が押し上げてきたので、苦しくなる。
「ケイ」
「ん?」
「あの人が好きなの?」
苦しいのを吐き出すような感じで、頑張って聞いた。泣くまいと思った。何を聞いても、今夜だけは絶対に泣かないようにしようと思った。
「あの人って?」
「み、美保さん」
「いや?そうでもない」
ケイの答えが、いつものやつなのか、それとも、何か隠してるからなのかわからない。そうでもないってどういうことなんだろう。全然わからないや。
「でも。美保さんはケイが好きだよ。はたから見てたらわかるよ」
「んーーー」
ケイはちょっと考え込むような感じで唸った。頬杖が深くなり、ケイのほっぺの中に、手のひらが埋まっている。
それを見ながら、私は今の自分の立場が、結局のところ、紅子と大差がないことに気が付いて、さらにどん底の気分になった。ずっと一緒にいたんだけど、ずっと一緒に居られるわけでもないことに、今気が付かされた感じ。
「私、ずっと引っかかっていたことがあるの。紗々と一緒に毎日いて、どうしてケイって、紗々のこと好きになったりしないのかなって」
「紗々はイイ奴だし、好きだけど、そういうのと違うな」
「だから、なんでかなって思ってたの。ほとんどの男の子は紗々に一瞬で恋に落ちるの。女の子だってそうだよ。私だってそうだもん」
「マイマイ、お前、紗々に惚れてんの?え?それが悩み?」
すごいびっくりした顔で、目を丸くして私をケイが見る。
「や、違うって。もーバカなの?そういうんじゃなくて。女の子でも好きになっちゃうくらい、紗々はきれいで中身もステキって話よ。だから、最初っから全然、紗々に心を奪われないケイって、何なんだろうってずっと思ってたの」
なんか、だんだん腹が立ってきたので、次第に強い口調になった。ケイは私の勢いに押されて黙ったまま、私のことをじーっと見てた。
「で、でね。紗々に紗々と先生の間で、他の人好きになるとか、そういうこと、気にならないかって話をしていたらね」
「うん」
「紗々が、自分の中に先生がもういるから、どんなステキな人に告白されても、1ミリも心が動かなかったって言ってて」
「うん」
「だっ、だから、ケ、ケイが、紗々と一緒に居ても、全然紗々を好きになったりしないのは、み、みほっ、みほっ、みほっ」
そう言いかけて、喉の奥が苦しくなってしまって、私は「みほっ」ていう咳をしている感じになってしまった。なんじゃこりゃ。
はあ、ってため息つきながら、私が息を吸い込んでいると、ケイが私の背中をトントンしてくれた。水持ってくるから待ってろって言って、コンロ脇に置いてあるペットボトルに入った水を持ってきてくれた。
なんか、もう、心身ともに疲れ切って、一気に老けこんだ気分。ケイの持ってきてくれたペットボトルの水を飲みながら、一息ついた。なんかもう、どうでもいいから、この時間を早く終わらせたい一心で
「だからあ、ケイの中にいつも美保さんがいるから!って思ったの!」
私はケイの方に向き直って、2人の間にペットボトルをなぜか、地面にダン!って置いてから、一気にそう言ってみた。
なんだこれは、酔っ払いのおじさんみたいじゃないか、私。でも、止まらない。
「ケイの心の真ん中にはいつも美保さんっていう大切な人がいるから、だから、だから紗々を見ても、全然気持ちが動いたりしないんだって、そのくらい、美保さんが好きなんだなって思った!思ったの!」
もう、最悪だ、って思いながら、でも、喉のあたりに詰まっていた言葉が一気に出てきて、気持ちはスカッとした。
ケイは、すごく衝撃を受けたような、目がチカチカしているような表情をしていた。そういう表情が、どういう心境を表すのかは、私は知らない。
でも、思っていたことを言い切ってしまったら、とりあえずここ数週間の間、私の心の中で重たく固まっていた気持ちがなくなった。
こういうのを、胸のつかえが取れたって言うんだろう。でも、この後、私、どうするんだろうって思った。
ケイを見たら、母屋に続く白い道を見ながら、何か考え込んでいた。別に、ケイから何か言葉を聞きたいわけじゃない。ただ、思っていたことを言いたかっただけ。
紗々は、私の言いたかったことは、紗々に打ち明けるのではなく、ケイに直接言うべきだって、言いたかったんだろう。紗々らしいって思った。
この後、どうすればいいのかわからず、私がまごまごしていたら、紗々が走って犬と一緒に戻ってきた。
「お、泣いてないね、麻衣。よしよし」そう言って、紗々が私の近くまですっ飛んでくる。一気に緊張が緩んで、私は「ささー」って言いながら、紗々に抱きついた。
「ケイ、麻衣に変なことしなかったでしょうね」
紗々が、私を抱きしめ返しながら、ケイに強めの口調で聞いた。振り返ったら、ケイが、泣きそうな顔で私たち2人を見て「そんなことしねえよ」って小さな声で言った。
結局、紗々が戻ってきた後には、ケイも私も、2人で話していたことはそのあとは話さずに、そのまままたピザを焼いて食べて解散した。翌朝、ケイがテントとタープなどを片付け、BBQセットを山小屋の中にしまった。
9月の半ばが過ぎて、新学期を迎える。
あの後から新学期まで2週間くらいしか経ってないけど、その間、ケイは、うちにも、山小屋にも顔を見せなくなった。
山小屋に関しては、ケイがテント類を片付けたときに虫よけも一緒にとってしまったので、虫がたくさん寄ってくるようになっちゃったので、どうせすぐ新しいテントつけるから、もうちょっと秋が深くなるまでは、近づくのやめておこうって話にはなってたんだけどね。
そのせいなのか、それとも冬用のテントを買うためのバイトが忙しいせいなのか、あの人と会っているせいなのか、なんだかわからない喧嘩みたいなのをした私と顔を合わすのが何となく気まずいのか、もしかしたら紗々が怖いのか、それか、それ以外のことがあるのか、もう全然わからない。
あれ以来、さらに、ケイは私にとってわからない人になってしまった。一気に、遠くに行ってしまった感じ。
遠くに行ってしまうといえば、紗々も遠くに行ってしまう。結局、紗々は親と話し合った結果、1年半という学校の遅れを取り戻すために、アメリカはカルフォルニア州にある小さな町の私立高校へと転校することになった。
そこなら昔紗々たちが住んでいた場所でもあるので、紗々のパパの会社(今は支社)があるし、昔住んでいた家もまだある。ある程度の知り合いもいるので、そこならっていうことでパパが渋々許可をしてくれたらしい。
すぐには両親は一緒に行かないけど、定期的にパパとママが様子を見に来るから、大丈夫って、紗々が言っていた。当面は、パパの会社が持っているアパートメントの一室に住んで、そこから学校に通うことにしたんだそうな。アートメントの中は、パパの会社の人もたくさんいるから、心配ないよって、紗々は言っていた。
よく考えてみると、確かに、学校の1年半分の時間の溝を埋める方法は日本にはない。紗々がどんなに成績が良くても、それはあくまでその学年としての成績であって、今17歳の紗々が本来なら取れるはずの学校の単位を、本人の意志ひとつで一気に取り戻す方法はないのだ。
「ちょっと頑張ってみるよ、休むのは、もう、だいぶ休んだからね」
そう言って、紗々は9月の新学期が始まる前の週には、もうアメリカに発つことを決めていた。アメリカは9月末ごろに新学期だから、急いで行けば間に合うのだそうだ。
紗々が通うことになる学校では、自分の努力次第で学校の単位を多く取ることができ、試験などで先に学力を証明できれば、その授業に関しては試験だけでパスさせてくれる。確かに、とても合理的だ。
「私の努力次第だけど、遅れた一年半だけではなく、もう1年半から2年、先に進めることも出来るかもしれないの」
つまり紗々は、この留学で、最低1.5年、最高3年分の時間を濃縮させようとしている。もし本当にそうなったら、紗々は一気に大学生になるってことだ。すごいな、って思った。
紗々がレイジスに居なくなることはさみしいんだけど、紗々が自分の夢に向かって自分で思いっきりアクセルを吹かしたのを目の前で見てるので、そんなものを止めるのは、世界の誰にだって無理だと思った。きっと、紗々のパパもママも、娘の決意が変わらないことをわかって、やっとのことで理解を示したんだと思う。
ママに話したら「紗々ちゃんなら、どこ行っても、何でもやれそうよね」って感心していた。私もそう思う。「でも紗々ちゃんいなくなったら、さみしいでしょ麻衣」って言われて、小さい子みたいにママに泣きつきたいのをグッとこらえた。
離れてていても、私の心に紗々がいることと、紗々の心の中に私がいることは、今後もずっと変わらないんだから、私たちは大丈夫って、私たちの秘密の隠れ家であるボート室でボートに乗って話し合った。ちょっとベソはかいたけど、案外、大丈夫かもしれない。
新学期が始まったらすぐ、紗々は、ほんの数か月前にみんなに挨拶したときと同じように、首振扇風機の横に立って、みんなにお別れを言っていた。
学校に来たばかりの時のような、フワッとした儚げな妖精のような紗々ではなく、紗々のママみたいに、小さな冠が頭に乗っかっているかのような、自信と尊厳に溢れた態度で立って話していた。
あんなカッコいい女の子が、自分の親友だなんて嘘みたいだなって思って。何だかジーンとして、少し涙ぐんでしまった。
学校にケイが来ているのは知ってるけど、教室には行かなかったし、探すこともしなかった。ケイにはグループラインで、紗々の留学の話を紗々が自分でして、私が5日後の、出発の日程を送ってある。全部、既読マークがついてるので、ちゃんと読んでるらしい。
紗々に、なんか、お土産っていうか、餞別を買おうかなって思って、園町に1人で出た。なんか特別なものっていうよりも、紗々が毎日使えるものがいいなって思って、いろいろ考えた挙句、園町のデパートで、なぜか日本てぬぐい買ってしまった。
デパート1階のお店をひとつひとつ見て歩いていたら、濃紺の布地に大きな満月が黄色で描かれて、ススキの茎のところだけがスッって一本だけ満月の中に入ってきている手拭いが飾ってあったの。
ステキだなって思ってじーっと見てた。これって、額に入れれば絵にもなるし、テーブルに敷けばランチョンマットにもなるし、いいかなーって思っていたら、お店の人が出てきて、他にもいろんな絵柄があることを説明してくれた。
海外に留学する友達にプレゼントって話したら
「日本てぬぐいって、便利なのよ。これ一本でタオルになるし、あかすりになるし、マフラーになるし、ハンカチにもなるし、ヘアバンドにもバンダナにもなる。古くなったらフキンとしても使えるし、ボロボロになったら三つに割いて編めば草履の鼻緒にもなるんだから」
って説明されて、鑑賞用以外にもそんなに最後まで使えるなんて、そりゃ便利だなって思って、5色買っちゃったんだけけど。よく考えると、紗々、こんなの使うかなって思って心配になってきた。
でも、もう買っちゃったから、今日か明日にでも、これ持って紗々の家に行こうって思って、園町から桜駅に行く電車に乗るために、ホームまでノロノロ階段を上った。
数週間前まで、暑くてアイスカフェオレばかり飲んでいたのに、台風が2回来ただけで、軽い羽織ものがないと少し肌寒く感じるようになった。まだ15時代なので、乗り降りする人も少なく、階段を使っているのは私だけだった。
階段の上から改札を振り返ると、ひと月ほど前、ケイが私が見送って、私がちゃんとホームまで行くところを腕組んで見届けていた姿を思い出した。
あんなことしちゃったな………と、あの日の自分を思い出して、階段の木の手すりに手をかけて、改札を見下ろしたまま、自分で自分を鼻で笑ってしまった。
でも、あの日、私はどうしても、帰ることができなかった。傷ついても、本当のことを知るのが怖くても、どうしても確かめたかったんだ。だから、しょうがない。
あまり認めたくないんだけど、多分、私は紅子と同じ片思いだ。ケイに。
それが自分で分かっただけでも、私には、十分かなって思った。ちょっと前までの自分を思い出せば、この夏、私の人生にいっぺんに起きたことは、私にはもう抱えきれないほどの量と熱さだったかもしれない。
だから、少しくらい、私の腕の中からこぼれてしまったんだとしても、それは仕方ないことなのかもしれないって思ったら、涙がこぼれた。
ああ、もう、これからは、こうして私が失恋して泣いても、私に白くて美しい形の手を伸ばして触れてくれる紗々もいない。泣きべそをかく私をからかって笑わせてくれるケイもいないんだなって思ったら、涙がたくさん流れてきた。
紗々に会ったときに泣いた涙とは違う種類の涙が、今、同じ私から流れているんだなって、そう思った。
でも、強くなりたい。
私は、あの紗々の友達なの。
これが私の中から出てきたホントの私なら、私は絶対に最後まで私を見てやるんだって思って、泣いているままホームまでの階段を上った。
人があまりいなくてよかった。
そう思いながら、桜駅に向かう方向とは反対の向きに椅子が並んでいるベンチに座って、鞄からティッシュを出して鼻をかんだ。
各駅停車の新宿方面に向かう電車が静かに入ってきた。この電車も今の時間帯ではガラガラで、どの車両にもほとんど人が乗っていない。
シューって音がして停まった電車は、待合のため、10分停車をするってアナウンスが流れた。誰も乗り降りしていない電車が、がらんどうのように口を開けている。中から、エアコンの涼しい風が流れ出てきて、気持ちよかった。
電車のエンジン音みたいなものが止まったので、どこにいるのかわからないセミの声と、私鉄の電車が入ってくる音、遠くで行きかうバスのクラクションの音が、一度に聞こえてくる。
電車の中から、女の人が、大きな黒い鞄を肩にかけ、スーツケースを持って出てきた。その人は、黒いリボンのついたREPETTOのバレリーナシューズを履いていた。
あのバレリーナシューズ可愛いな、欲しいんだよね。でもあれ、高いから買えないなって思いながら、こんな可愛いシューズを履いている恵まれた人は、どんな人だろうって思って見上げた。
あの人だった。
美保さんはスグに私に気が付いて、「あら」と言って、少し笑った。肩から一旦、黒い鞄を下ろして、私の座っている2つ隣に置き、スーツケースを立たせた。美保さんは、右頬と左の肘のあたりにサロンパスみたいなのを貼っていた。
「こんにちわ」
恋敵っていうか、全然、私じゃライバルにもならないような人だけど、この人は何も悪くないので、普通に挨拶をした。
「ケイは元気?」
美保さんが、荷物が重たかったのか、ふうって言いながら私にそう聞いてきた。てっきり、ケイはこの人とずっと会っているものだと思っていたので、私が意外そうな顔をしたのかもしれない。
「あら、あなたにも会ってないの?」
美保さんは、マスカラとアイラインが絶妙な濃さで彩られた、薄茶色い瞳を私に向けた。私は、ただ、頷いた。美保さんは、少し黙って考えてから、口を開いた。
そのしぐさを見て、ケイが、同じことするなって思って、その美しい動きを眺めていた。
「ケイをよろしくね。私、しばらく日本を離れることになったから」
そう言いながら、パンツのポケットから黒い細かなギンガムチェック模様のハンカチを出し、それで自分をパタパタあおいだ。
「これから、どっか行くんですか?」
「うん、ちょっとね」
「旅行ですか?」
「ううん。しばらくの間、結構長いかも」
そう答えて、ニッコリ笑う。少し目の周りに細かいしわが寄って、それがすごく魅力的だった。きっと、ケイも、そう思ったろうなって思ったら、胸が痛んだ。
「あの、ケイは、知ってるんですか?その、み、美保さんが」
「あら、私の名前知っててくれてるの?嬉しいわ。あなたは、マイマイちゃんでしょ?」
ハンカチの折り目を見ながら伏せていた瞳をぱっと開いて、ストレートに私を覗き込んだので、なぜか、ドキっとしてしまった。そして、私のことを、この人に、ケイが話しているってことが、なんだかすごく恥ずかしかった。
「ケイは知らないわ。というか、私たち、しばらく前に喧嘩別れしてそれっきりなの。最も、ケイは連絡しても、普段から気が向いた時じゃないと返事もよこさないけど」
美保さんは、鞄の底の方からフリスクのケースを取り出し、チャッチャと手のひらに5粒くらい出して、ポンといっぺんに口の中に放り込んだ。
「そうなんですか。え?喧嘩って、そのほっぺと腕、もしかしてケイがやったんですか?!」
顔と腕にサロンパスが貼ってあることの意味が今ようやくわかり、慌てて聞いてみた。
「違う違う。ケイがそんなことするわけないでしょ」
当然でしょう?という表情で、首を少しだけかしげて、私を見る。そうだ。ケイがそんなことするはずがない。
「主人よ。私の夫が私を殴ったの」
左手にハンカチを持ったまま、軽く腕組みをして美保さんはそう言った。私は驚きのあまり声が出なかった。
何に驚いているっていうと、美保さんが結婚してることも、旦那さんが美保さんを殴ることも、ケイが普段はロクに連絡もよこさないってことも、そのほか、私の想像が及ばない部分も含めて、全部。
「びっくりさせてごめんね。世の中には、こういう夫婦もあるのよ。大したもんじゃないから大丈夫。夫に申し訳ないって思わせたくて、大げさに貼ってあるだけなんだから」
だから大丈夫よって言いながら、屈託のない笑顔で笑う。
大きなかばんにフリスクとハンカチを放り入れ、サイドポケットに入ってるスマホを見て、
「私、飛行機の時間があるから、もう行くわ。本当に、ケイをよろしくね」
そう言って、立たせてあるスーツケースの引き手を押し込んで中にしまい、スーツケースの横についているピンク色の取っ手を持つために軽くかがんだ。サロンバスが付いているほうの手で、鞄の取っ手に腕を入れて、肩にかけて立ち上がる。
美保さんは、腕や胸元が少し透けてしまうほど細かい糸で編まれた、プリンセススリーブのサマーセーターを着て、下には黒い細身のサブリナパンツをはいて、そして、レペットを履いていた。
それが、黒い服を来た、お転婆なお姫様がお忍びでひとり旅に出かけるみたいで、ステキだなって思った。
よいしょって掛け声をかけて、スーツケースをしっかり手に持つと「じゃあね、元気でね」って言って、園町駅の階段を降りて行った。
桜町に向かう電車が入ってきて、電車に乗ったら、名前を呼ばれたような気がして振り返ると、電車の扉が閉まる音と、発車ベルの音でかき消されてしまったけど、美保さんが大きく手を振りながら、笑顔でなんか言っていた。
何て言ったのかて思って、扉のガラスに張り付いたけど、園町の駅のホームと階段は、私が乗った電車からぐんぐん離れて行ってしまった。
3丁目の角で紗々と待ち合わせをして、一緒に園町経由の成田ライナーに乗った。紗々のパパとママは現地でいろいろと準備があるらしいので、一昨日にアメリカの元のおうちまで行ってて、紗々が到着したら空港で出迎えをしてくれるらしい。
今日はお見送りなんだけど、何となく行楽気分で、私たちはお弁当とドリンクを買って楽しんでいた。荷物は紗々の両親が貨物便みたいなので全部いっぺんに送ってくれてるので、紗々は機内持ち込みをするノースフェイスの紺色のヒューズボックスリュックだけ。
紗々がリュックの取っ手の部分に、私がプレゼントした日本てぬぐいの青い波模様をリボン結びをしていてくれてたのが嬉しかった。
紗々が窓側、私が真ん中の席で、2人で3人席にゆったり並んで座って話していたら、自動ドアが開いて、上下黒、スウェット素材の黒のワークキャップを目深にかぶった、黒いリュックを持った背の高い男の人が、私の隣にドカッと座ってきた。
他にも空いている席一杯あるのに、何この人、失礼ねって思って良く見たら、ケイだった。
「よう」
ニヤニヤしながら、ケイが紗々と私の方を見た。
「何よ、間に合ってんなら、朝から来なさいよ」
紗々が、ケイに厳しめの声でいう。どうやら、この席は最初から紗々が3人分買っておいて、ケイに、チケットコードだけ渡してあったみたい。
「ちょっとちょっと、今日でしばしのお別れなのに、そんなおっかない声出すなよ、紗々」
そう言って、ポッケの中からフリスクを出して、一粒だけとって口に放り込んだ。それを見ながら、先日の美保さんのことを思い出して、少しだけ胸が苦しくなった。
成田につくまでの2時間くらいの間、私たちは、次に会った時のキャンプの話と、ケイが最近、必死でバイトをしてそろえたという冬用のキャンプ用品の話なんかで盛り上がった。
紗々が、アメリカまで遊びに来てくれれば、多分、ケイが好きなキャンプ道具、死ぬほどあると思うって話をして、じゃあ、次の夏休みは、アメリカで3人で遊ぼうって計画を練っていた。
私は一緒に楽しく笑っているけど、気持ちが完全に楽しいわけではなかった。紗々と今日でしばらく会えなくなることもあるけど、ケイが今目の前にいるのに、前よりもすごく遠く感じていて、どうしていいのかがわからないから。
そして、美保さんがどっか行ってしまったとしても、別に私にチャンスが巡ってくるわけでもないことがよくわかっているからかな。
私たちは、成田について、最後の日本食!って行ってざるそばを食べた。お土産物屋さんで、紗々がスッパイマン2キロ入りっていうのを買うのを、ケイが指さして笑って、それを珍しく写真に撮っていた。そのあと、3人で自撮りをして、LINEでシェアした。
紗々の乗る便のアナウンスが流れて、搭乗ゲートに向かう時間が来た。この年齢で私たちがこうして並んで歩くのは、今日が最後なんだなって思ったら。少し泣きそうになったけど、ケイが、私の後ろ頭をポンポンとしてくれたので、泣かないで済んだ。
ゲートの少し手前で、紗々が「あ、そうだった」って言って、ポッケをごそごそしている。
「紗々、どうしたの?忘れ物?」
って聞いたら、紗々がケイに向かって「ホレ!」って言って、革のキーホルダーがついた鍵を投げた。うおって言いながらナイスキャッチしたのを2人で見たら、山小屋の鍵だった。
「私がいない間、山小屋使ってキャンプしていいよ。小曾根さんには言ってあるし、念のため、山小屋に消火器2本設置してもらったから」
「えーほんとー?小曾根さんにもなんかお礼しなきゃ」
「やった!紗々、サンキュー!」
ケイは本当にうれしそう。多分、1人であそこに寝袋で寝泊りするんだろうなって思って、なんか笑ってしまった。
「山小屋のさ、ロフトにある天体望遠鏡。昨日の夜に、土星と木星が見える位置に設定しておいたから。見せてあげるって言って、そのままだったでしょ?」
「そういえばそうだったよね。わ、楽しみ。紗々は?あっちの家にも望遠鏡あるの?」
「あるよ。前の家に置いてあるから、離れてても一緒に見えるよ」
「それは、いつから見えるんだ?」
「今夜か、まあ明日の夜なら確実かな。ずっとじゃないから、早く来ないと見えなくなるよ」
「おっしゃ!」
そう言って、私たちは3人でハグをして、紗々を搭乗ゲートに向かうエレベーターの手前まで見送った。私がどうしても泣きそうになるので、ケイが手をつないでてくれた。
その日は、ケイはバイトがあるっていうので、土星は明日の夜、山小屋まで一緒に見に行くことになった。ケイが迎えに行くから、待ってろっていうので、わかったって答えた。
翌日は、学校の創立記念日でお休み。事実上、私は今、またボッチになっているので、遊び相手もおらず、昼頃までゴロゴロしていたら、お昼過ぎごろにケイが、ついこの間までの感じでお昼を食べに来た。
もうママも学人も出かけちゃったんだけど、私もお昼まだだったので、ママが用意しておいてくれた炊飯器ピラフを2人で食べた。ケイは普通にしているんだけど、私がなんか気まずいので、全然会話がないまま2人でモグモグしていた。
はあ、うまかったーって言いながら、ケイが私の分もお皿とスプーンを持って、キッチンに言ってお皿を洗ってくれた。
「冷蔵庫に、アイスティー作ってあるよ」
って言ったら、「おー、飲むー」っていうので、私は冷蔵庫まで行って、コップにアイスティーを注いで、2人分持ってリビングに行ったら、ケイがソファに座ってボーっとしていた。
アイスティーをはいって、ケイのところに置いたら「サンキュー」って言って、そのまま、またボケーっと窓の外を見ている。紗々がいてくれた時には、あんなにたくさん話すことがあったのになって、思った。
ケイは、美保さんがどっか行ったって知ってるのかなって、気になった。すごく迷ったんだけど、やっぱりいうことにした。
「ケイ」
「んあ?」
「こないだ、美保さんに会ったよ」
って言っただけで、ケイが飲んでいたアイスティーにむせて咳き込んだ。そんなに慌てるほどのパワーワードなんだなって思った。
「駅で、偶然、会ったの」
「なんだよ、っびっくりさせんなよ。あーびっくりした」
ローテーブルのティッシュ箱からティッシュを何枚か取って、噴き出した紅茶を拭きながら、ケイが言う。
「美保さん、遠くへ行くって言ってた」
「………そっか」
そう言って、ケイが考え込むような動作をした。その動作が、あまりにもこの前見た美保さんのしぐさにそっくりで、少なくとも、こんな身ぶりが無意識に移ってしまうくらいには、2人は近しい間柄だったんだなって思って、軽いため息が出た。
「他に、何か言ってた?」
「ん?あ、うーん………」
美保さんが旦那さんに暴力振るわれたことは、言うべきか言わないべきか迷ったんだけど、ここに紗々がいたら、私はきっと、全部話しているんだからと思った。
「顔と腕に、サロンパス貼ってた。殴られたんだって」
誰に、とは言わないでおいた。
「そっか」
ケイが素っ気なく答える。
「あと、ケイをよろしくって言ってた」
「マイマイに?」
すごく意外そうな表情で、私のほうに顔だけ向けた。
「うん、二度も言われた」
「そっか」
「しばらく、遠くに行くって。大きな荷物持ってたよ」
「そっか」
そう言って、ケイは、ソファの背もたれに身体を預けて、両手で顔を覆い、そのあと、手のひらを天井に向けて、そっかそっかって、何度か呟いていた。
「さみしい?」
意地悪のつもりで、ケイに聞いた。さみしがれ、って思った。
「いや、別に。ホッとしたっていうか」
「なんでよ?」
「まあ、いろいろ」
「ふうん」
また、沈黙の時間が流れる。
前は、こんなの何でもなかったのに。今は静かな時間にケイが心の中で何を考えているのかが気になってしまう。何の疑いもなく、ケイと一緒にいられた、あの時に戻りたいなって思った。
「どこ行ったんだろうね」
って、また意地悪のつもりで聞いた。何ていうか、どうしても、この人が落胆した姿を見たいというか、まあ、歪んだ気持ちだよね。でもケイは
「多分、どっかの美術学校だよ」
って即答した。
「そうなの?」
「うん。あの人、画家志望なんだ」
「ふうん」
そう言ったら、私はまた聞くことがなくなってしまった。
少し、してから。ケイが
「言っとくけど。あの人は、彼女じゃないよ?」
って言った。
「でも、あの人はケイが好きでしょ?」
「それも違うと思う」
「どうしてそう思うの?」
「そう思っていたからだよ」
それっきり、ケイは、その話は終わりにしてしまって、夜、山小屋で食べるためのおにぎりなんかをうちのキッチンで作り始めた。
日が暮れてきたので、紗々のいない、紗々の家へ向かう。
紗々からもらった山小屋の鍵を使って、部屋の中に入った。部屋は紗々がいたときのまま、3つのビーズクッションが部屋の隅に並んでおいてあった。冷蔵庫を開けると、こないだの飲みかけのコーラや、食べかけのポテトチップスなんかが、まだそのまま入っていた。
ケイが野菜室に、自分が作ってきたおにぎりを入れて「あとは暗くなるまで待とうぜ」って言って、ビーズクッションを部屋の真ん中に引きずってきた。
自分の家から、虫よけだけいくつか持ってきたみたいで、玄関と、窓の周辺にいくつか設置している。犬は、全然来ないので、小曾根さんが犬小屋に入れてしまっているか、紗々のにおいがしないので、興味がないのかもしれない。
私とケイのスマホに、紗々からLINEが入った。
『スタンバイできた?』
『おう、おにぎり持参で待機中』
『紗々、そっち何時?』
『こっち朝の3時近い』
『え!そんなに時差あるの?』
『16時間』
『ケイ』
『なんじゃ』
『何かあったら、即帰って、山小屋燃やすから』
『紗々、お前が言うと、本当だから怖い』
『何があるの?』
『麻衣は気にしないでいいの』
『マイマイは気にしないでいいの』
『なんでー?涙』
『ほらほら、そろそろ見える頃だよ』
紗々に言われて、ケイと私は、ロフトに上がって、紗々がセットしておいてくれた望遠鏡の位置を絶対にずらさないように注意しながら、望遠鏡の前に2人で座った。
「これ、普通に覗けばいいのかな?私、天体望遠鏡とか初めてなんだけど」
「うん、俺も。えっと、注意書き、紗々からもらってたんだよな」って言いながら、紗々から来たLINEを確認していた。
「部屋の照明落とした、よし。角度のセットは紗々がやった、よし。窓のカーテン開けてある、よし。大丈夫だよ、覗いてみろよマイマイ」
片目で見るのって、難しいんだけど、望遠鏡の位置がずれないように身体や顔を傾けながら、そおっと覗いてみた。
そしたら、土星の輪っかまでちゃんと見える。少し離れた下のところに、縞々模様の星があって、あれが木星ってやつだ。私が、うわあああって言ったら、ケイが交代交代!って言って、望遠鏡に顔をくっつけてた。
私は紗々に
『すごい!輪っかあった!』
『でしょ?すごいの。本当は、いろいろ操作すれば、もっとクッキリ輪っかだけとか』
『見られるんだけど、二つ一緒だと、それが限界』
「ほんとだ、土星の環も、縞模様も見えてる。すげえな、本当にあるんだな」
「ね、すごいよね」
「俺も買おうかな」
「天体望遠鏡って、高いんじゃないの?」
もう一回見ようって言いながら、何度も代わりばんこに望遠鏡をのぞいた。目が慣れてきて、冷静になって観察すると、木星がすごく大きな惑星だっていうこととか、土星の輪が実は二重になってるとかに気が付いて、そのことを2人で興奮しながら話していた。
おなかすいたからって、ケイが冷蔵庫におにぎり取りに行った。
『すごいステキ!紗々ありがと。超楽しいよ』
って送ったんだけど、返事がない。既読にもならないってケイに言ったら
「寝落ちじゃねえの?あっちは夜明けだろ」
っておにぎりとコーラ持って上がってきた。
ケイが、スマホで検索して「この惑星が2個いっぺんに見れるのは珍しいんだな」って感心したような声を出した。
「そうなの?」
「うん、中世以来らしいぞ」
「へえー?」
「次は2080年だってよ」
「2080年?私たち、生きてる?」
「さあ?とにかく、すげえ先ってことだよ」
そんなに珍しいことなんだ。じゃあ、もっとよく見ておこうって言って、2人が同時に望遠鏡に顔を近づけたら、ゴチってなった。
2人ともイタ!ってなって、たんこぶ出来たーとか言いながら、2人でおでこさすりながらおなか抱えてゲラゲラ笑っていたんだけど、
ケイが私のほうに、いつもとは違う感じでゆっくりと手を伸ばしてきて
「仲良く、一緒に見ようぜ」
って言ったので、今度は頭をぶつけないように、そおっと望遠鏡に近づいた。
『麻衣、ごめーん。お風呂入ってたー』
『麻衣~』
『ケイ?おーい』
『ごはん中?』
『おーい』
『こっちは日が昇ってきた―』
大好きな紗々からのLINEが延々と入ってくる音をBGMに、土星と木星の前で、私は生まれてはじめて好きになった人と、初めてのキスをした。