「聞きたいことがあるんだけど、僕の部屋で休むだけで体が治れるの?」
皿を片付けてから僕はきいた。
「あなたの部屋の窓は大きい。光がよく降り注ぐ。それで充分」
「光を浴びながら回復するんだ」
「ただ浴びるだけじゃだめだけど、そのことについてはもういい」
葉月はちらっと壁時計を見て話した。
「犯行時間まで、まだ時間があるから、休んで」
「でも、まだ早いよ。眠れないよ」
葉月は僕の答えを聞いて、有無をいわず僕の額に手を当てた。そしたら、目の前が暗くなった。
目が覚めた。葉月の魔法のお陰なのか、身体がいつもと違って、とてもすっきりした気分だ。身が軽くなったようにさえ感じた。
葉月はじっとソファーにすわってテレビを見ていた。
「十分後に出発する」
僕が起きたのに勘付いて、葉月はいった。
「うん。分った」
顔を洗ってリビングルームに戻った。十分経って、僕と葉月は家を出た。
夜風は人のいない街を思うがままに走っている。見たことのない女性被害者の死体がふと頭の中に浮かんできた。想像力が豊かなのも、問題の一つだ。
身体が震えてきた。寒い夜風のせいか、それとも恐ろしい画面を思い浮かべたせいか、よく分らない。
今夜の月はとてもシャイだ。雲の後ろに隠れては現れ、現れてはまた隠れる。たまに街を疾走する車のライトがまぶしい。
ずっと黙ったままじゃ気まずいので、僕は授業をサボったことを話した。
「サボらなくてもいいけど」
「でも、体育の授業があったら休まないと。僕は自分でも知らないうちに、心の中で早く走りたいとか、そんな呪文を言ってしまうかもしれないから。そうなると僕、言い訳がつかないよ」
「あなたの迷惑になったみたいね」
僕は慌てて否定した。
「そんな事ないよ。ただ、僕が授業に参加したくないだけ」
「しかし、今のあなたの足は速く走るしかできないわけでもない」
「それってどういう意味なの?」
「足の筋肉を活性化したから、高く跳んだり、遠く跳んだりすることだってできる」
「本当?!」
「そう。ただ、一つだけ覚えてほしい」
「何?」
「あなたは今、速く走れる、高く遠く跳べるのは筋肉を活性化したからだけど、あなたの体が耐えられるわけでもない。体の負担を超えたら、足が壊れる恐れもある。だから気を付けて」
「分った」
どれほど歩いたか知らないけど、気づいたら僕たちは公園まできた。僕は十八年この町に住んだけど、こんな公園があることを今日始めて知った。こんな街離れに設けた公園は確かに、犯行にはうってつけの場所だ。
遠くから吹いてくる夜風が僕の身体から、勇気をさらっていくようなだ。
葉月と僕は公園の中へ向かった。
僕らはすぐ人影を見つけた。僕らが見つけたのはあの花屋の店員だけではなかった。店員の横には女性の死体があった。
僕らを見て、坐っていた店員は立ち上がった。手には等身大の真っ黒な鋏を持っていた。
街灯は灯っているが薄くて人の顔はよく見とれない。ちょうどこの時、月は顔を現したので、店員の顔を見ることができた。
「やっときたね!」
店員の声は女性と男性の声が混じっていた。顔も穏やかな女性の顔から、凶悪な顔に変わってしまった。
「ほら、この人、美しいでしょう?彼女の美しさは永遠の止まったの。この瞬間に。これからもっと美しくしてあげるけどね」
こう言って店員は気味悪く笑い出した。
「なぜ彼女たちを殺すの?何の恨みがあってあんな酷いことをするの?!」
僕は思わず声を荒げた。
店員は鼻で笑った。
「何でって。ただ、気に食わないからよ」
「気に食わないだけ? 」
「そうよ、何かいけないの?!くだらないとでも思ってるの?」
店員はまた笑い出した。笑い声には寂しさが含まれているように、僕には聞こえた。
「あんたにとってはくだらない理由かもしれないけど、私にとって、くだらない理由ではない。私がどれほど彼女たちを憎んでいるか、あんたにはわからないでしょうね。分るはずもない。一人一人、自分の彼氏に甘やかされて、愛に溺れていて。それが気に食わないのよ!なぜ私だけ一人なの?なぜ私には彼氏ができないの?なぜ誰も私に花を贈ってくれないの?!」
店員は鋏を開いて、横にいる女性の片方の太腿を刃で挟んだ。
「誰も私に花を贈ってくれないなら、彼女たちも花をもらう資格なんかない!」
店員はふと思い出したらしく、話を続けた。
「そうだ、どうやって綺麗な花を咲かせるのが知ってるの?それはね、いらない枝とかを全部切ってしまうことなの。簡単でしょう。そうすることで、つぼみに栄養がたっぷりと送れるのだから」
こういって、店員は自分の足元にある女性を見下した。
「何が『お前は花より美しい』だ。そんな言葉で喜んでいるなら、私が、花よりもっと美しくしてあげる」
店員は何の迷いもなく女性の片方の太腿を切断した。まるで、紙でも切っているように容易く見えた。
ほとばしる血の中で、店員は笑みを浮かべた。
吐き気がしたので、僕は身体をそらした。そして葉月に話しかけた。
「彼女は助けられないの?」
でも、葉月は何も言わず、じっと店員を見つめているだけだ。
「私の邪魔をしないで!」
葉月は僕の傍で何もしていないのに、どうやって邪魔をするんだろうと思い、つい、店員の方を見てしまった。
たくさんの髪の矢が店員に向かって、迅速に飛んで行った。店員は鋏を持ち上げ、あっという間に、すべての髪の矢を切ってしまった。切られた髪の矢は秋の落葉のように、はらはらと舞い落ちた。
「あんまり焦らないで。彼女を切ったら、あんたの番になるんだから。もう少しだけ、待っていてね」
店員はすぐ片方の太腿も切った。
これ以上見切れなくなった僕は女性を抱いて逃げる事くらいはできると思った。しかし、そんなことを考えている僕の前に、葉月が立ちふさがった。僕は、葉月の肩越しに店員が鋏を女性の腕に置いたのが見えた。
葉月は急に走り出し、高く飛び上がった。髪をひんぬいて、店員に投げつけた。髪はすぐ矢の形に変わり店員に向かって飛んでいった。
でも、今度も、店員は容易く髪を全部切ってしまった。
「そんなに我慢できないなら、あんたの方から先に切断してあげる!」
話し終えて、店員は葉月に向かって飛びついた。
葉月は空中に止まったまま、店員が来るのを待っていた。そして、もう一度髪を抜いて、店員目当てに投げた。しかし、髪は店員の鋏の前であまりにも弱かった。
店員の鋏がもうすぐで葉月に届きそうになったところ、上空から二本の髪の矢が鋏に飛びついた。髪の矢は鋏の刃面と衝突し、店員と鋏を地面にたたき付けた。
葉月は店員に立ち上がる機会をあたえないようと、髪を毟りとり、店員に向かって投げつけた。髪の矢が地面に突き刺さり、埃を起こした。
埃に包まれ、店員の様子が確認できないと思ったら、鋏だけが現れ地面に刺さっている髪を切った。
髪を全部切って店員は空に浮かんでいる葉月を睨んで、また飛んで行った。
僕は女性を助ける絶好のチャンスだと思い、走った。瞬く間に女性の傍についた。両足を全部切断された女性は静かに眠っている。こんなにたくさんの血を流したら生きられないと分ったけど、念のために、手を女性の鼻孔に差し出した。
「触らないで!」
もうすぐで女性の息が確かめられそうになったところ、店員の叫び声が聞こえた。僕はびっくりして、つい、手を引っ込んでしまった。
声のする方をみると、店員はすごい速さで走ってきた。
すさまじい形相の店員の迫力に、僕は逃げようとしても足はいう事を聞かない。店員の開かれた鋏が僕と段々近づいているその時、葉月が一瞬にして僕の目の前に現れた。
葉月は僕の前で店員の鋏の刃を掴んだ。葉月の両手からは鮮血が流れてきた。
「やあだね、あんたの力ってこれしかないの?」
店員の嘲笑に葉月は何も言わず、鋏の刃を握り締めていた。葉月の身体が小刻みに震えだした。
「どこか安全の場所へ行って!女性はもう死んだ」
目の前で行われたことに気を捕らわれた僕は、葉月の言葉で我に返った。女性が死んだからには、葉月の話とおりに行動するしかない。それに、今の僕には手助けのできるほどでもない。
僕は走り出し、近くの木にしがみついた。
葉月は僕に違う世界を見せてくれるといった。葉月の言ったとおり、僕は見る観客にしかできない。舞台に上がって一緒に演じることなんて、僕はできない。現に、今もこうやって、見ているだけ。
葉月は力を入れ、店員をは押し返し、後ろへ何歩かさがるとすばやく髪を抜いて、店員に向けて投げた。髪の矢は店員に向かって電光石火のこどく飛んでいった。
しかし、たくさんの髪の矢が前から来ても店員は慌てず、余裕に鋏を振り回した。
店員と葉月は互いに向かって走り出した。葉月は髪を抜いたけど、今回はすぐ投げなかった。店員とぶつかりそうになる頃を見計らって、飛び越し、一回転しながら店員の背中に向けて髪を投げつけた。
髪の矢は速いが、店員の反応も早かった。すぐ身を回した。全部切ってしまうには無理と思い、店員は鋏で髪の矢を横に払った。
葉月は店員に休む暇を与えず、また髪を投げつけた。
正面から飛びついてくる髪の矢は切ったが、横にはらってしまった髪の矢がまた攻撃してくるのを、店員は気づかなかったらしく、避けられぜ、刺された。
店員は苦痛の叫びを漏らした。
「あんたの身体を、絶対私の鋏で切ってやる!」
店員は右手で鋏を持ち、左手で背中の髪を抜き始めた。
もちろん、葉月はこのチャンスを見逃さず、次から次へと髪を射た。
店員は鋏を自分の前に立たせたけど、髪は鋏を回して、店員に向かった。
店員は鋏で飛んでくる髪をはねかえしながら、自分の背中に刺さった髪を抜いた。そして、抜かれた髪をすばやく切って、しつこく自分を追ってくる髪を全部切断した。
怒りに全身を震えている店員は叫びながら、葉月に向かった。
思うままに振り回せれている鋏を、葉月は避けながら後ずさった。
店員は葉月が後ろに避ける瞬間を狙って、鋏の片方の柄を掴み身体を一回転した。開かれたもう片方の柄は葉月の横腹に激突した。
葉月は弾かれ、木にぶつかり地面に滑り落ちた。
地面に手をついて立ち上がろうとする葉月の目の前に、店員はいつの間にか立っていた。
店員は葉月の横腹を蹴り、仰向けになった葉月の胸に足を踏みつけて、見下した。
「あんた、以外と綺麗だね。花のように美しくならない?あっ、間違った。花より美しくならない?私がめかしてあげる。あんたもきっと気に入ると思うわ」
葉月は何も言わず、ゆっくりと右手を頭の方に移した。たが、店員の目を誤魔化すことはできなかった。葉月の手が髪に届く前に、店員の鋏は先に葉月の右手を切断した。
「やめて!」
僕が店員に向けて叫んだけど、僕にはかまわなかった。
葉月の悲鳴は長い間、夜空の下で徘徊した。
「こうなった以上、変な真似はもうしないでしょう」
そして、店員は僕に向けて話し続けた。
「速く彼女に、『お前は花より綺麗だよ』といって。……じゃないと彼女、死んじゃうよ」
店員の言われるままにあんな言葉を口にしたくはないけど、店員が葉月を人質にしている以上、従うしかないと思った。
「お、、お前は、花より、、綺麗だよ」
途切れ途切れに発した僕の言葉を聞いて、店員は気味悪い笑い声を上げた。
「それじゃ、あんたの言葉とおりに、彼女を花よりも綺麗に死なせてあげる!」
僕はあっけにとられてしまった。僕の存在は葉月の足手惑いところではなく、葉月をさらなら危険に陥れる存在になってしまったから。
葉月はもがいている。痛みにもがくか、それとも店員から逃げようともがいているかは分らない。しかし、僕はこれ以上、見ていられなくなった。
観客になりたくない。葉月と一緒に舞台で演技したい。それに、葉月の力になりたい。
店員が鋏を開けて葉月の首を目当てにしている瞬間、僕は走り出した。心の中で『早く、もっと早く!』と叫びんがら。
店員にぶつかった感触が全身に走った。力加減のできない全速力の体当たりに、僕と店員は遠くへ飛んで行った。公園に植えられた木にぶつかってようやく止まった僕と店員だった。
僕は地面から起き上がろうとしたら、店員が僕の目の前に立っていた。恐ろしいほど怖く変わった店員の顔。人がこんな表情ができるかどうか、疑問にさえ思った。
「あんたみたいな雑草は、先に刈ってしまうべきのようね」
いいながら、店員は僕の前で鋏を開いた。
恐怖に震えている僕を見て、楽しんでいる店員は急に頭を上げた。そして、鋏を振りかざし、空から飛び降りてくる髪の矢を切り始めた。
「逃げて!」
葉月の声がした。僕はすぐ這い上がり、近くにある木の下まで走って身を潜めた。空に浮かんでいる葉月を見た。切断された腕から、血が流れている。
店員は髪の矢を切りながら、葉月との距離を縮めた。
これ以上、空中に浮かべないらしく、葉月は地面に降りてきた。
店員は葉月を隠れさせないため、僕に向かって飛んできた。こんな突拍子な店員の行動に、僕はただ目を見張って立ち尽くすしかできなかった。恐怖に身体が動けなくなった。先までの勇気がもう完全に吹き飛ばされた。
葉月は店員を追いながら、髪を射たが、全部切られてしまった。葉月はもう一度髪を投げた。しかし、今度は店員にじゃなく、僕に向けてなげた。
葉月の髪は僕の手前の地面に刺し込み、僕の服を引っ掛けて空に向かって伸びた。でも、僕はすぐ自分が落ちるのを感じた。地面の方を見ると、店員はもう鋏で髪を切ってしまった。
支えるものがなく、落ちてくる僕を、葉月は空で受け止めてくれた。片手で僕の服の襟を掴んでいる葉月は大変そうだった。
僕を無事、地面に下して、店員に向き直った。
葉月が僕を持って、地面に降りてくるまで、店員は何の攻撃も仕掛けてこなかったので、どういうことだろうと思い、店員の方を見た。
店員の足は髪に刺され、地面に固定されたらしい。それに、もう二本の髪は鋏の柄の二つの穴の部分を貫通した。店員がどんなにもがいても足の髪から逃げる事はできなかった。武器の鋏は髪によって使えなくなった状態になった。
葉月はゆっくりと店員に向かって歩いていった。葉月の足音に気付いたらしく、店員ははっとし、叫び出した。
「来ないで!これ以上きたら、鋏であんたの身体を綺麗さっぱり刈り込んでしまうから!」
葉月はまず、切断された自分の右腕を拾って、腕にあてがった。そして、髪の抜いて傷口を縫合した。白い光が傷口を包んだ。傷の処理が終って、葉月はどんどん店員に近づいていった。
近寄ってくる葉月を見て、店員は一層激しくもがき始めた。せめて鋏だけを髪の束縛から逃させようと、必死に揺すぶった。
店員も危険を感じたらしく、狂ったように鋏を揺すぶった。
髪がしっかりと地面に差し込んだのを分った店員は、鋏の柄から左手を離し、髪を抜こうとした。
しかし、葉月は店員の思うがままにさせてくれなかった。すぐ髪を抜いて店員に向けて放った。髪の矢は店員の左腕を貫いた。
店員は苦しくもがきながら叫んでいる。
葉月はもう店員の目の前についた。
「鋏を手放す気はない?」
葉月の声には鷹揚がなかった。
「そんなつもりは微塵もない!」
震えながらも、店員はきっぱりと言い張った。
店員の左腕に刺さった髪はだんだん太くなって、結局、店員の左手を腕から離された。
左腕が鋏から離れた店員の身体は力なく、地面に崩れ落ちようとしたが、まだ右手がしっかりと、鋏のもう片方の柄を掴んでいた。
葉月はもう一度、髪を抜いた。
それを見た僕は葉月の傍まだ走りよった。
「店員を苦しめなくてもいいでしょう。悪いのは黒魂なんだから」
葉月は僕をじっと見つめてから話した。
「私は彼女が黒魂と融合したとふんだが、間違いだった。彼女は自分の意志で黒魂を支配し、利用した」
葉月の答えに僕はびっくりするほかなかった。黒魂は人の負の感情によって生まれたから、支配することができるのも、当たり前のことかもしれない。それでも、僕が理解できないのは、彼氏のいる女性だからといって、殺さくても……
店員は僕の目から疑惑を感じたらしく、鼻で笑った。そして、夜空の星を見ながら話した。
「誰も私の気持ちを知らない」
「だから、誰もお前の事を好きになれない」
葉月の言葉を聞いて、店員は怖い目線を送ってきた。葉月は気にしていないようだ。
「本当に鋏から手放さないつもり?」
葉月はもう一度聞いた。
「絶対手放さない!」
店員のきっぱりした答えは、さらなる苦痛を呼び寄せた。
葉月はすぐ髪を投げ、矢になった髪は店員の右腕を貫通した。そして、髪は段々太くなった。
店員があんなにも鋏に執着している理由が分らない。店員が人を殺している時はどんな気持ちなんだろう。人々はみんなタブーをやらかすと、心のどこかに、蠢く何かを感じるものなんだろうか。
店員の悲鳴がびったりと止まった。
見ると、店員の両手はもう使えなくなって、肩から力なく垂らしている。店員の目には恐怖と絶望が満ち溢れていた。店員の小さな欲望、自分の心にある悪を思うがままに解放できる手段はもう、使えなくなった。
店員は地面に倒れた。咽ぶ声で話した。
「私を殺して。もう私には明日の太陽が見えない」
店員の言葉を聞いて、葉月は躊躇わず髪を投げた。
僕は店員を警察に任せようと言おうとしたが、髪の矢はすぐ店員の頭をぶち抜いた。
店員は事切れた。
と、その時、鋏はいきなり飛びあがり、どこかへ逃げようとした。
葉月は遠く離れている鋏をみて、強く息を吸った。
鋏は抗ってはいたが、葉月に吸い込まれるさだめからは逃れなかった。
僕は再び目を店員に向けた。どうやって店員の死体を処理すべきか、分らず立ちすくんでいた。女性の死体は被害者の死体として、片付けられるけど、店員の死体になると、話が違う。
店員の血まみれになった顔からは、目が半開きになっているのが分った。死ぬのが悔しいだろう。
店員の死体を見て、ぼうっとしていると、葉月は被害者の死体に向かって歩き出した。僕もすぐ後ろをついていった。
僕と葉月が被害者の傍まで来た。
これからどうしよと思い悩んでいる時、被害者はいきなり悲鳴を上げた。そして、上体をあげて、自分の下半身を見ながら慟哭した。
葉月はそんな被害者をただ見るだけだった。
確かに、葉月は被害者はもう死んだといった。でも、僕の目の前で必死にもがいている被害者はいったいなんなんだろう。
僕の疑惑に感じたらしく、葉月は話し出した。
「鋏がまだこの世にある時、彼女は思うがままに刈り込まれる植物状態になる。でも、鋏がいなくなったなら、彼女そのまま死ぬはずだった。けど、植物状態になった時に、彼女の身体の中で黒魂が強くなった。今、彼女が気を戻したのは、全部黒魂が彼女を操っているから。起きると、負の感情がもっと高ぶり、黒魂の力も強くなるから」
被害者の悲鳴は絶え間なかった。僕にはもう聞くに堪えられないので、葉月に問いかけた。
「彼女を助ける方法はないの?」
「彼女を助ける意味は、殺すこと?それとも生かせること?」
葉月の反問に僕はぼかんと口を開くしかなかった。こんな僕にかまわず、葉月は話し続けた。
「私は彼女を殺す。このまま生かしても、いつか彼女は自分で自分の命を粗末にする」
何かうまい言葉で言い返したいけど、頭の中には何の言葉も思う浮かべなかった。
葉月の言葉は間違っていないかもしれない。けれど、僕は自分の脳細胞をフル作動して、いい方法がないか、考えたけど、何も思い浮かばなかった。
僕が一人、悩みあぐねていると、葉月はいつの間にか、髪を抜いて被害者に投げた。
急に、被害者の悲鳴は止んだ。死んでしまったのか、と思い、被害者を見ると、被害者の下半身に新しい脚が生えてきた。真っ黒に染められた足だ。
被害者はすぐ立ち上がり、足で自分に飛んでくる髪を払った。そして、飛び上がり、葉月に向かって急速に落ちてきた。
葉月は僕を押して、自分は反対方向に身体を飛ばした。
被害者の足は地面を踏み潰した。巨声と共に、埃の霧がたちあがった。
埃が夜のそよ風に吹かれて周りが見えてくると、僕の目の前には大きな窪みが現れた。誰か巨人の使うスプーンで土を一回くんだようだ。
被害者は周囲を見回し、葉月を見つけて話しかけた。
「私がもう一歩で死にそうになった時、黒い影が私の目の前に現れたの。そして私に話した言葉によると、あなたを食べば、私には新しい脚が生えてくるらしい」
被害者は窪みから登りあがって、地面でくだびれている店員を見て、また話し出した。
「仇をうってくれて、ありがたいけど、私が新しい脚をもらうためには、やはりあなたに死んでもらうしかない」
店員を刺してあった四本の髪は店員の身体から離れ、被害者に向かって飛んでいった。被害者は髪に触れず、足を払っただけで、四本の髪は切られてしまった。
葉月は次の攻撃のために、髪を抜こうとすると、被害者は走りよって、上半身に連続に蹴りを入れた。葉月は両手で被害者の攻撃を防ぐため、髪を抜く時間はいなくなった。
被害者の猛烈な攻撃に葉月は少しずつ後ろに退かれた。葉月は大木に背中を押され、それ以上退けなくなった。
このチャンスを見逃すはずのない被害者は葉月の頭に向けて蹴りを入れた。
葉月は両手で頭を包んで守ったが、飛ばされ、木にぶつかって倒れた。
被害者はすぐ葉月の傍に走りより、左足をあげ、力いっぱい、振り下ろした。轟きとともに、埃が飛び散り、大地にまた凹ができてしまった。
葉月を助けたい気持ちはいっぱいあるけど、僕は走れなかった。たとえ、僕が葉月を抱いて、一時的にその場から離れても、すぐ被害者に追いつけ、葉月に守られる羽目になるから。僕は情けない自分が悔しく、憎くなった。
被害者がまた脚を振り上げかけたが、すぐ下ろして後ろに飛びさがった。
無数の髪の矢が被害者に向かって飛んでいった。被害者は脚で飛んでくる髪を次から次へと切った。脚を払った時に発生した風が鋭かった。
髪の矢が正面から被害者を攻撃する時、葉月は被害者に走って近づきながら、空に向けて髪を射た。
正面の髪の矢に被害者は気をとられ、空から自分に攻撃してくる髪に気付かなかった。
被害者は避けられなかった。髪の矢は被害者の全身の貫いた。痛みにもがき、髪の矢の束縛から逃げようと試みもしたが、無駄に終った。
刺された髪が働らいているせいか、黒い脚は段々白くなっていった。
葉月はもう被害者の前で吸い込む準備をしようとした時、被害者は思いっきり右足を蹴り上げた。葉月は被害者にまだ反抗の気力があるとは思わなかったらしく、避けることはできず、真正面に蹴りを受けてしまった。
弾かれて地面に落ちた葉月はなかなか起き上がらなかった。
葉月が倒れているのを見た被害者は、必死になって髪を抜き始めた。
髪を全部抜いた被害者は葉月の前に立った。しかし、髪を抜いただけで、切断しなかったのが被害者の失策になった。髪は地面から浮かび上がり、被害者の背中を貫いた。
凄まじい悲鳴の中で被害者はばったりと倒れてしまった。
葉月は傷だらけの身体を無理やり立たせ、被害者に歩み寄った。
「私を食べても、お前の脚は新しく生えてこない。それに、お前もちゃんとわかっているはず。今のお前はただ黒魂に支配されている死体にすぎない」
被害者は葉月の声を聞いて泣き出した。痛みによる涙ではなく、悲しみによる涙を流した。
「違う、違うよ。違うといって。すべては私の夢だといってちょうだい。……なんで私なの?今日は彼氏の誕生日だから、私のファーストを捧げようと思ったのに。何でこうなってしまったの。……このすべては嘘だよね。ねぇ、ねぇ!」
葉月は何も言わず、ただ被害者をも下した。
「彼女はあなたが嘘をついていると言っているよ。私はもう死んだ身体になったって」
被害者は一人言を言い出した。誰かと会話を交わしているらしい。もしかしたら、黒魂と?
「もう私を慰めないで。私はもう昔の普通の生活には戻れないの」
「…」
「つまり、自分が食べられるのが怖くて、私に嘘をついたって言うの?」
「…」
「そんなはずない。私はもう」
「…」
「私もう、この仮の脚はあなたがくれたのを知っている」
「…」
「それって本当?あなたを信じるべきなの?」
葉月はもうこれ以上聞こうとしなかった。被害者の脚を貫通した髪は太くなり、脚が千切られた。しかし、黒い脚はまた新しく生えてきた。
「本当だ。彼女は怖がっている。私が死んだなんて、全部嘘なんだ」
被害者は狂い笑って、たち上がった。そして、目の前に立っている葉月に冷たい目線を送った。
「確かに、黒魂は私に仮の脚しかくれないけど、あなたを食べたら本当の脚が生えてくるらしいの。私は信じることにした」
話し終えた瞬間、被害者は猛烈な攻撃を葉月に与えた。攻撃と防御が互角に戦っている時、被害者の身体に刺さった髪は太くなり始めた。たが、被害者は攻撃をやめなかった。被害者が千切られた両腕からも新しい黒い手は生えた。
被害者は笑いながら攻撃し続けた。まるで痛みを感じていないようだ。
「ほら、あなたにも見えるでしょう。今はこんな惨めな身体になったけど、あなたを食べてしまえば、私には完全な身体がもどってくるんだから」
被害者は葉月が髪を抜こうとする時の隙を見て、横に脚を払った。葉月は遠くまで弾かれた。身体に刺さった髪を全部壊してから、被害者は葉月の傍に走っていった。
「私に食べられるのが怖いから、ありもしない言葉を言ったね。あなたって本当はとても弱いんだね」
被害者は葉月の頭を踏みつけてまた話しだした。
「もう、私のご飯の時間だよ。大人しく食べさせてね」
このままでは、葉月は本当に食べられてしまうと思ったので、僕は心の中で速く走りたいと念じ始めた。が、その前に、葉月の声が聞こえてきた。
「なぜお前は痛みを感じなくなったと思う?」
「はあ?何を言い出すの?」
「お前の身体はもう戻らなくなった。黒魂がそうやったから」
「何バカなことをいってるの。黒魂のお陰で私は今立っているよ。そして、もとの身体に戻れる方法も分ったよ」
「黒魂がお前を騙している事が分らない?」
「私と黒魂を仲たがいさせて、その時間に身体を回復するつもりでしょう。悪あがきはもうやめたほうがいいよ」
「お前の身体はもう黒魂の物になった。つまり、身体はもう死んでいる。唯一、お前の身体でお前の物のままでいるのは、頭に残ったかすかなあなたの意志だけ。それも黒魂に消されたら、お前は完全に死ぬ」
「嘘だ。嘘だ!」と被害者は喚きながら、葉月の頭を何度も踏みつけた。
「ただ時間稼ぎがしたいだけでしょう。そうはさせないんだから」
「なら、黒魂はなぜ、切断された脚を接合するのではなく、醜い新しい黒い脚をお前にくれた?」
被害者はそれ以上聞きたくなかったらしく葉月を食べようと、口を開いて屈めた。
それを見た僕は走りだした。でも、僕の速い走りよりも速く、被害者は僕に向けて足を薙いだ。足の力のよってできた風は僕の胸に当たり、僕は遠くまで飛ばされた。
胸から熱いものが流れるのを感じた。
顔を上げて葉月の方を見ると、前よりもっと長くなった髪が被害者の四肢を貫き、地面に突き刺さった。
葉月は立ち上がり、髪を抜いて手に持って、被害者の額に刺した。
「いや!!」
被害者は頭を振って髪をはじけようとしたが、髪はすこしずつ脳内に入っていった。被害者は苦しくもがき、叫んだ。
「なぜ、私から希望をさらっていくの?私、何か悪い事したの?」
被害者は涙ながら、「死にたくない」という言葉を何度も何度も繰り返した。
被害者の遭遇には同情するけど、僕がしてあげられることは何もない。
泣き声が止んだ。被害者は死んだ。
黒魂は身体の中に潜り込んで身を隠そうとしたげど、それでも葉月に吸い込まれてしまった。黒魂が吸い込まれたら、髪は消えてしまい、支えがなくなった被害者の身体は地面にぐったりと倒れた。
あちこちに欠けてある被害者の身体は見るに耐えなかった。
すべてが終った瞬間、葉月の身体は後ろに倒れた。僕はすぐ抱いて、ゆっくりと地面に坐った。気は失っていなかった。
「このままにいて」
僕は葉月の言われ通りに、坐ったままじっとした。
葉月は僕の傷口に手を当ててから目を閉じた。僕の胸にはいつの間に髪がさされ、淡い光を放っている。傷口がみるみるうちにふさがった。
葉月は均衡は息を立てている。休んでいるだろう。
僕の傷はすぐ治ったけど、傷だらけの葉月の身体をみて、自分の不器用さをもう一度憎まずにはいられなかった。葉月の髪には不思議な力があるのに、なぜ、僕にも攻撃のできる力を与えてくれないだろう。そしたら、僕も葉月とともに戦えるのに。
寝ている葉月を見れば見るほど、戦いたい念が強くなった。
葉月はこの世界に恋人を探しに来たといっている。もし、あの恋人が僕だったら……。僕は葉月と恋をしてみたいと始めて思った。
目が醒めた。時計を見たら朝の五時だ。昨日早く寝たおかげか、それとも葉月の髪のおかげか、ずいぶんと早く起きたもんだ。
金曜日なので、学校へ行かなければいかない。昨日の事もあって、今日は体調不良ということで休めようと思っていたが、痛みなどはなく、いつもより爽快な気分さえした。胸を見ると葉月が刺した髪はもういなくなった。
ふと、公園で戦いが終わったことが頭の中をよぎった。
戦いが終わると、周囲が静寂に包まれた。葉月は目を閉じたまま動いていない。僕は彼女の頭をそっと僕の膝の上に置いた。僕の胸では彼女の髪がまた淡い光を放っている。このままでいると、傷口は塞がれて治るだろう。
夜風が生臭い血の匂いを運んできた。二人の犠牲者、無残さ骸。
ぼっと向こうの闇を見つめていると、葉月の呻く声が聞こえた。
「起きたの?体は大丈夫?」
葉月は体を起こしながら大丈夫と答えた。
「死体はどうすればいい?このままここに放置するの?」
「ほかに何かできる?」
正直に言ってできない。
葉月は公園の出口に向かって歩きだした。僕はすぐついて行った。
「気になったことがあるけど」
僕は遠慮がちに話した。
「何?」
「被害者の女性の彼氏たちはどこへ消えたのかな?もし、あの店員に殺されたなら死体はあるはずだよね。彼らの死体を探しだして警察の仕事を減らしてもいいじゃないか、と思って」
「彼らの死体はもうない」
「ない?どういうこと?」
葉月のぶっきらぼうな答えに、僕は少々びっくりした。
「もう、死体とは言えないこと」
葉月は前に進みながら話をつづけた。
「花が咲くために必要なのはなんだと思う?」
葉月の以外が言葉に一瞬、言葉が詰まったけど、すぐ答えた。
「光と水と、それから肥料かな。なんでそんなこと聞くの?」
「公園には光が十分にいる。水の血で十分だろう。じゃ、残りの肥料はどこから調達すると思う?
」
「わからない」
僕は頭を横に振った。
「肥料は彼女たちの彼氏」
「えっ!」
葉月の回答にあっけにとられた。彼氏が肥料だなって、いったいどういうことなんだろう。
「店員は彼女たちの彼氏を鋏でみじん切りにして土に埋めた。その場所に彼女を花として飾った。これが事実ってこと」
急に吐き気がしそうになったのを必死で我慢した。
「彼らの体はもうもとには戻れないんだね」
僕の問に葉月はうなずいただけだった。
それから僕たちは何も言わず黙々と家に向かった。夜も深かったので町には人が少なかった。夜に包まれた、僕たちの服を染まった血の跡もよくみれないので、助かった。血まみれの二人が歩くのはたちまち大騒ぎになる。
家について僕は葉月にシャワーを勧めた。
葉月はバスルームに入る前、振り返ってこう言った。
「明日は学校行きなさい」と。
葉月が言ったので逆らう気はなかった。理由を聞きたかったけど、シャワーを浴びて出てきた葉月は真っすぐ僕の部屋に入った。僕もさっさとシャワーを浴びてソファーで横になった。
軽く朝食を済ませてから、僕は家を出た。
教室に入り、自分の席についた。なんだか、学校も久しぶりの気がした。気のせいだけど。
葉月に会ってから、周りにいる人達はどんな黒魂を抱いているのかな?と考えるようになった。
授業は始まるとやはり退屈にしか感じない。自分の人生についてまじめに考えたことはなかったけど、つまらない今日をうまく過ごせたら、つまらない明日も過ごせる気がした。葉月に出会ってからはつまらなくはならないけど。
「昨日どこへ行ったの:?」
先生が入ってきたにも構わず、前の席に座る桃色は体をねじって話かけてきた。
「どこへ行ったの?返事してよ。昨日、電話したけど返事くれないし。心配で家に言ったけど誰も。せっかく新しいゲームソフトを買ったのに^」
ゲームオタクだ、桃色は。同じゲーム好きの僕とよく遊んだ。
「ちょっとね」
「だから、どこへ行ったのかを聞いているの?」
「少し用事があってね」
「どんな用事なの?」
「兄さんはいろいろな用事があるの。いつも遊び相手になってあげないよ」
「桃色と同じ年でしょう」
「しかし、僕は桃色より二ヶ月早く生まれたから、兄さんだよ」
桃色とひそひそと話していると、先生に注意された。僕はすぐ本を取り出し、読んでいるふりをした。
どうやって時間が過ぎたかはしらない。気付いたら、もう昼休みになっている。僕はもともとパンで昼ご飯をすまそうとしたけど、桃色がむりやり僕を食堂へ連れて行った。
食堂には生徒が少なかった。僕と桃色はご飯がのってあるトレーを持って、空いている席にすわった。坐るなり、桃色はまた僕が昨日どこへ行ったかを問いただした。
あまりにもしつこいので、僕は話題を変えた。
「そうそう、新しいゲームソフトってどんなやつなの?」
桃色はゲーマーと言ってもいい。
「それがねぇ、すごいの。今月発売したばかりなのに、売り上げ数がもう百万を超えている。RPGなんだけど、それが今までのとは違うよ。一番の違いは説明書がなく、それに操作もとても難しいの。中には、師匠のような人物もいるけど、殆ど全部が、自分で模索しなければならない。それがかえって効を奏したわけよ」
「ふう~ん。そうなんだ」
「興味ないの?」
「いやいや、興味あるよ。とてもあるよ」
興味ないと言ったら、また昨日の事を問うに決まっている。
「そう。ってね、あのゲームの名前はね『戦士と魔法士』というの。一番すごいのは、ゲームの製造会社が真新しいコントローラーを開発したの!」
「それはすごいね!」
興味ありげに演技するのも、悪くない。
「戦士専用のコントローラーと魔法士専用のコントローラーの二つに分けているの。それでね、戦士のコントローラーはね、体の動きを操る部分と、技を操る部分に分かれているの。魔法士のはね、体の動きを操る部分と、魔法を操る文字盤に別れているの。ねぇねぇ、すごいと思わない!」
桃色は段々興奮してきた。
「面白そうだね」
「二人で遊べばもっと楽しいよ。一緒にやろうよ!」
その後も、桃色は絶え間なくゲームの話を僕に聞かせた。
ご飯を食べて教室に戻って急に思い出した。午後の最初の授業は体育だ。僕の一番嫌いな科目。
昼ご飯食べて、すぐ運動させるなんて、学校はどうやって時間割をしているんだろう。一人ぶつぶつ言ってもしかたない。それに、高三だから、体育の時間をなくしてもいいと思うのに。大人の考えにはついていけない。
授業が始まったと教えるチャイムと同時に、列を並べた。
体育の先生なら、筋肉質の男がよく思い浮かべるけど、うちの体育先生は、見た目はとても貧弱な男だ。風がふいたら、すぐ飛ばされるんじゃないかと心配するほどだ。
「ええと、今日は、来月に開催する県マラソン大会にむけて、練習をしようと思います。それでですね、今回の授業は走って走ってまた走ります。授業が終るまで、運動場を走りなさい!」
先生の話をきいて、不満の声を漏らした生徒は大多数だが、体育の先生は見た目と違って、とても頑固な男だ。自分の決めたことを決してめげようとしない。
僕ももちろん反対した。走るのがいやだから。そもそも、僕は体育系志望じゃないから。それに、もし走る途中につい足に埋め込まれた葉月の髪が力を発揮したら 、きっと異様な視線が僕の身体を刺すだろう。
僕は手を上げた。
「先生。気分悪いんですけど……保健室へ行っていいですか?」
「気分が悪い?どこが?」
「頭痛、眩暈、肩こり、筋肉痛などなど、いろいろです」
「冗談はしないでもらいたいね」
「冗談じゃありません、先生。本当です」
ここで、僕はわざとよろめいてみせた。
「分った。じゃ、あんたは次の授業に走ることになるとしよう」
(次の授業に走るの!抗議したいけど、やめておいた。次回の事は次回に悩むことにした。
保健室の常連である僕を見て、お爺さんは薄い微笑みを見せてから空きベットを指してくれた。
「ありがとうございます」
僕はベットの上で横になった。目を閉じると、葉月が見えた。
葉月の傷はどうなったのだろう。いろいろ考えていると、瞼が重くなってきた。僕は眠りに入った。
身体が急に揺れていたので地震かと思い、ぱっと目を開けてみると、桃色が傍で揺すぶっているところだ。
「何でここへ来たの?」
僕が尋ねた。ぐっすり寝てたなの、無理やり起こされてちょっと不機嫌だ。
「仮病だと思ったけど、二時限めが終っても戻らないから、心配してきたの」
桃色は僕の気分なんと気にせず、自分の言いたいことをまた何か話したいのを、お爺さんは割って入ってきた。
「心配する必要などなにもない。ただ寝過ごしただけだ。これだから、今頃の若者は……」
こう言って、お爺さんは頭を横に振った。残念そうな溜息も漏らして。
僕はさっそくベットから降りた。
「お爺さん、ありがとう。僕はもう帰ります」
「うん、分った」
お爺さんに別れの挨拶を告げて、保健室を出た。
「フモト、本当に大丈夫。寝過ごしただけじゃないみたいけど。顔はとても疲れてるような、血の気がないような、感じもするけど」
「本当に大丈夫だって。心配かけてごめんね」
女性は男性より繊細だ。小さな変化も見逃さない。体の傷は葉月が治してくれたけど、体調はまだ完全に戻っていないカモしれない。教室に入り、席に着いたらまた眠気が襲ってきた。よく寝る子は育つと言ってるけど、僕はもうこれ以上成長しなくてもいいと思う。
「そうだ、ねぇねぇ知ってる?」
桃色は午後の授業が始まる直前に、思わせぶりなセリフを投げてきた。無視したかったけど、無視しても一人勝手にしゃべり続ける。
「何が?」
「この間、大騒ぎになった女性猟奇殺人事件があったじゃない」
まさか、あの事件の話になるとは。あの辺りは監視カメラもないから僕と葉月の姿はばれていないはず。それでも、なんか緊張してきた。
「あの事件が何?」
僕は知らないふりをした。
「知らないの?へぇ?フモト、世間のことに興味を持たないと時代遅れになっちゃうよ」
「だから、どうしたの?あの事件」
「解決したのよ」
「あ、そう」
僕の反応に面白くなかったらしく、桃色は文句を言ってきた。
「ねぇねぇ、驚かない?解決したのよ。なんの手がかりもなかったのにいきなり解決したのだから、町中で噂になってるよ」
「へぇ~そうなんだ」
事件の真相が知ってる僕にとっては新しいニュースではない。桃色がまた何かしゃべろうとしたけど、先生が入ってきた。顔には明らかな不満を表しながら席に戻った。
午後の授業はやっと終った。ぼうっとして先生の講義を聞くのって、すごく大変な事だといつもおもっている。
学校を出て、桃色と別れた。僕は一人、バス停に向かった。そういえば、今日の桃色はあっさりと帰った。いつものように粘り強く絡んできてない。何があったのかな?と思ったけど、早く家に帰って葉月に会いたかった。
家路に帰る途中、ずっと誰かの視線が感じた気がした。振り返ってみると、目の前に広がったのは人込みだけ。僕の気のせいっていることもあるので、気にせず早く家に帰ることにした。
家の近くまでくると葉月の姿が遠くから見えた。
「葉月!」
僕は手を振りながら呼びかけた。葉月は僕を見かけて駆けてきた。それから有無を言わせず僕の腕を掴んで走りだした。
「どうしたの?」
「黒魂だ。ただ、まだ人が多い時間帯だから人気の少ない場所まで行こうと思って」
「そうなんだ」
葉月が僕の言った事を気にしているので少し、うれしかった。そこで僕は気になった。どんな黒魂なのかを。
「今回の黒魂はどんな奴?」
葉月は何も言わなかった。口数が少なくもないのに、どうしてだろう。
走ってるうちに僕らは全く知らないアパート団地に来た。まだ、7時くらいなのに、周りを見回してもだれ一人見当たらない。窓からも人影が見えず、まるで幽霊団地みたいだ。僕の住んでいる町にはまだまだ、僕の知らないことがいっぱいあるんだ。
「で、今回はどんな黒魂?」
僕はまた聞いてみた。
葉月はただ黙って僕を見つめた。僕の思いすぎカモしれないけど、彼女の目からは悲しみを見つけた気がした。
葉月は何か言おうと迷っているその瞬間、僕にも感じられるほどの黒魂の気配が近づいてきた。
僕と葉月は一斉にあの方向に目を向けた。今回現れたのは二匹の黒魂。仲良く手を繋ぎながら近づいてきた。
「フモト!やっと見つけたわ。ダメじゃない、真っすぐ家に戻らないと」
聞き覚えのある女の声だ。
「あなた、僕が言ったでしょう。フモトはいい子だから、悪い事をするはずがないって。そこに立っている『月』につられなきゃね」
こっちも聞き覚えのある男の声だ。
二人の姿がやっと確かめる所まで来た。ただ、全身が黒に染められたので誰だかよくわからない。困惑している僕の顔をみた二匹の黒魂はまた話しだした。
「何その顔、まさか私たちが誰だかわからないの?十数年も一緒に暮らしたんじゃない」
女の黒魂が喋った。
「本当に僕たちが誰だか知らない?」
男の黒魂が喋った。
僕は首を横に振った。
二人はわざとらしく大げさにがっかりした仕草をしながら声をそろえて言い出した。
「私たちはあなたの両親よ」「僕たちはあなたの両親よ」
僕の両親と名乗った二匹を黒魂を見つめた。頭から足の先まで真っ黒な姿。口を開けば白い歯と真っ赤な舌が見える。これだけで、僕の両親と言われても納得できない。体の輪郭を見ても、男と女としか区別がつかない。
「僕、僕は信じない。そもそも、僕の両親は葉月がくれた髪の毛で『月引症』を免れたはず、お前たちのような姿にはなれない!」
僕は自分の言った言葉の確信をもらいたく葉月をみた。葉月は僕の視線に気にもせず、黒魂だけを見つめている。葉月が何も言わないから、不安が僕の心の中で広がった。まさか本当に僕の両親んではないだろう。僕の不安を増やしてもしたいように、葉月は残酷な言葉を口にした。
「あんたの両親では間違いない」
僕は自分の耳を疑った。葉月の言葉を信じたくなかった。
「うそでしょ!あんなのが僕の両親のはずがない」
僕の言葉に聞きかねた女の黒魂が文句を言った。
「両親に向かって、『あんなの』はないでしょう。一応正真正銘の両親なんだから」
「そうなんだ、フモト。親に向かってそんな口の聞き方はないじゃないか」
男の黒魂は僕を窘めた。
「でも父さん、うちのフモトがこんな夜中まで外でぶらつくのはきっとあの月のせいよ。じゃないと、あんなひどい言葉は絶対しないはずよ」
女の黒魂は納得したようにうなずいた。
「それより、早くフモトを家に連れて帰らないと」
「そうね」
男の黒魂の話に女の黒魂はうなずいた。
「じゃ、行きますよ!」
二人は手を繋いで走りだした。
「愛のアタック!」
女の黒魂の掛け声とともに、二人は僕らに向かって飛び込んできた。
葉月はすぐ髪のむしり投げた。髪の毛は僕たちの前で壁となって黒魂の体当たりを防いだ。
「いやねぇ、私たちの愛を拒絶するなんて」
「僕たちの愛が足りなかったのだろう、もっとたくさんの愛を注ぎましょう」
こう言ってから、髪の壁を叩く音がした。
「どこかに隠れて」
葉月は僕に言った。
「でも……」
両親と言った二匹の黒魂が葉月と戦うのを見たくなかった。しかし、それ以外に問題を解決する方法はわからない。黒魂と葉月、両者のどちらが消えないと、この戦いは終わらないから。
迷っている僕にかまわず、葉月は僕を後ろに押した。
よろけながらもなんとか立ち止まった。その瞬間だった。髪の壁をぶち破って黒魂が現れたのは。
「やはり、愛があればどんな壁も壊せるのね、父さん」
「そうだ、僕たちの努力で、フモトの心にある壁も壊そう」
「わかったわ」
二人は葉月には一瞥もせず僕にかけてきた。手を伸ばせば僕を捕まえそうになった距離までせめてきた。
このままつかまってしまうだろうか、と呆然としていると、髪の壁がまた僕の前を塞ぎだ。
「連れ帰らさない」
葉月の声が聞こえた。
「月をまず解決しないとダメみたいね」
「なら、そっちからしよう。このままじゃ、壁を壊すだけの茶番になりかねない」
「父さんの言うとおりよ」
向こうで何が起きているのか気になった。僕は僕の二倍の高さはある髪の壁を登ろうとしたけど、捕まえるどこもなく、踏めるどこもない。僕がここで何をしたいかわかったのだろう、葉月の叫ぶ声が聞こえた。
「そこでじっとして、こっちにはこないで」
葉月の言うとおり。僕は安全な場所でじっとしている方がいいかもしれない。しかし、この目で見届けたい。葉月が危ない時、僕が抱いて逃げることもできるから。現に、そうやってきた。彼女の言ったことには気にせず僕は心の中で『高く飛びたい』とつぶやいた。脚に力が湧き上がるのを感じて跳んでみた。力加減をなるべく低めて跳びあがった。
髪の壁を飛び越えて向こう側に着地した。葉月は二匹の黒魂と苦戦しているのが見えた。
「まぁ、フモトが戻ってきたわ、やっぱり一緒に帰る気になったのかしら」
「よそ見しなで月をまず片づけるぞ」
「わかったわよ」
さすがに夫婦と自称していることはあって、二匹の息はピッタリ合っていた。一匹が攻撃をするともう一匹は葉月のかわす場所を狙って攻撃を仕掛ける。しかし、葉月はそれもかわした。
「逃げるのが得意みたいね」
「僕たちの愛が足りないかもしらん」
「というと?」
「月のねじれた心を感化するほどの愛がないと」
「父さんと言ったとおり、もっと愛を注げましょう!」
二匹の黒魂はさっと後ろに下がり抱き合ってキスをした。葉月はこの機会を逃さず髪の投げつけた。槍に変わった髪の毛が二匹の黒魂に突き刺さったと思ったけど、髪の毛は薄れて、やがては溶けて消えた。
「熱い愛があればどんな困難でも乗り越えるのね、髪の毛なんか私たちの愛の前では全然効かないじゃないの」
「そう、これが愛の力。子供を思う親の愛は天下無敵ってこと」
「父さん、愛してる」
「僕もだ、母さん」
二人のやり取りに僕はもう我慢できなくなった。
「ふざけないで!何が子供を思う親よ!今まで僕のこと気にかけたことなんか一度もないくせに!」
僕の叫びに二匹の黒魂はゆっくりと振り返った。
「フモト、何言ってる?あなたは私たちの最愛のムスコよ。心配するに決まってるでしょう」
女の黒魂の言葉に僕はすぐ反論した。
「お金をいっぱい稼ぎでいい暮らしをさせてるのは感謝する。でも、僕と一緒に思い出を作ったことはないだろう?僕はいつも一人で暮らしてきたんだから!」
僕の言葉に女の黒魂は両手で顔を隠した。
「彼はきっとあの月に変なことを吹き込まれたに違いない。そんな悲しまなくていいんだ、母さん」
「本当なの?」
「本当だよ。よく思い出してみて。フモトがまだ幼稚園児の頃、母さんと離れるのが一番いやと言ったんじゃない」
「そうね、そんなこともあったね。私と離れないって。あんな可愛かった子供が今はこんなひどいことをいうなんて信じられない」
「だから、僕たちの愛で彼を救うのだ。あの月を倒して」
「うん、それじゃ、これからは手加減なしに行きましょう」
二匹の黒魂は葉月に向き直った。
「月、あなたにはもう二度とうちのフモトには近づかせない!」
二匹の黒魂の激しい攻撃がまた始まった。一匹が上体を攻撃すると同時に、もう一匹は下体を攻撃する。守備を難しくする打算だ。
葉月は守っているばかりだ。先の髪の攻撃だって、本気で黒魂を消滅する気があるなら、一本だけ放つのではなく、髪の槍を雨のように降り注いだはずだ。何かをためらっているに違いない。僕はその理由がわかるような気がした。二匹の黒魂が僕の両親と言ったからだ。でも、彼らは両親の心から分離された黒魂にすぎない。消えても構わないじゃないか。
「葉月、攻撃してもいいよ!」
僕は葉月に向かって叫んだ。
「彼らは僕の両親の黒魂だけで、両親ではないんだから!」
僕の言葉を聞いた二匹の黒魂は攻撃をピッタリと止めた。
「心外だよ、フモト。親を認めないなんて」
こういいながら、女んの黒音が自分の顔に手も持って行った。そして、仮面を剥がすように黒い顔の皮を取った。その中に現れたのは紛れもなく僕のお母さんだ。でも、目をつぶっている。気絶したようだ。
「ほら、正真正銘のお母さんでしょう?」
黒い皮は元の位置に戻った。
「こっちのお父さんも正真正銘のお父さんなの」
「僕たちの愛が足りなかったのかな、本当の親をわからないなんて」
男の黒魂は寂しそうにつぶやいた。
「父さん、元気出して。あの月を退治したら、フモトは気っと戻れるよ」
女の黒魂は励ました。
「そうだね、頑張らないとね」
決心がついたように、二匹の黒魂は葉月に飛びついた。
葉月は彼らの攻撃を防ごうと髪の壁を作った。黒魂が髪の壁を壊している。
黒魂のあんな姿を見てしまった今、僕も迷ってしまった。葉月が黒魂を食べて強くなってほしい代わり、母と父のことも放っておけない。からと言って僕にできることはないと思う。でも、葉月はきっと方法がわかると思う。僕の両親を包んだ黒魂を退治する方法を。
髪の壁を壊していた黒魂たちがいきなり向きを変えて僕に向かった走りだした。
「このままフモトを連れて家に帰りましょう!父さん」
「そうしよう、戦い続けても意味がないから」
僕は自分に向かって走ってくる黒魂をみて、足に力を入れながら振り返った。自分の後ろに髪の壁があることをすっかり忘れて。
壁にぶつかり、頭がふらふらしていると、誰かに両腕を捕らえられた。声ですぐ黒魂とわかった。
「フモト、さぁ。家に帰りましょう」
僕は抗ってみたけど、二匹の黒魂の力には適えなかった。
「葉月!」
僕の叫び声を聞いた葉月はすぐ向こうから現れた。僕が置かれている状況をみてすぐ駆けつけてきた。
「母さん、フモトを連れて家に帰って。僕がここで月の足止めをするから」
「でも、父さん一人じゃ大変になるかもよ」
「大丈夫だ、ムスコのためじゃないか」
二匹の黒魂は互い見つめあってから分かれた。
女の黒魂は僕の体まで取り込んだ。だんだん一つになってしまった。黒魂に包まれ、僕は母の体と密着の接触をせざるをえなかった。母の体は意外と暖かい。
女のコック魂はすぐ髪の壁をぶっ壊し、走りだした。後ろでは男の黒魂と葉月の戦う音が聞こえてきた。
「父さん、帰ってきてね!」
女の黒魂の言葉に何の返事もなかった。
僕と母は黒魂に丸ごと包まれて外の様子は全然見れない。どれぐらい走ったか知らないが、黒魂は一躍し、どこかに入ったような気がした。それから歩きドアを開けで部屋に入った。
暗闇に一筋の光が差し込んできて、だんだん広がった。
黒魂は僕を吐きだした。僕はベットの上に落ちた。よく見ると、ここは僕の部屋だ。
「お帰りなさい、フモト」
優しい声で呼びかけた女の黒魂はベットに坐り僕を見つめた。
「もう大丈夫だからね。ゆっくり休んで」
僕はこの状況を飲み込めずあっけにとられた。僕は黒魂に食べられるか殺されるかの覚悟をした。しかし、今はただベットに寝てるだけ。女の黒魂は僕を見つめながら子守歌を歌い始めた。
一節を歌い終えた。
「フモトは初めて自分の部屋を持ち、一人で寝ることになった日にね、怖くて寝れなかったの。それで、お母さんがねこの子守歌を歌ったの」
記憶に浸っているように女の黒魂は僕の頭をなでた。
この黒魂が言っていることが本当かどうか気になった。僕の知らない思い出と母がわかるような気がした。
女の黒魂は僕が子供の頃の話を話し続けた。
懐かしい。
すると、重い物が床に落としたずっしりとした音がした。
「フモト。お母さんとお父さんはね、フモトのことが大好きなの。だから、元気よく成長してね」
こう言いながら女の黒魂はドアに向かった。
僕はすぐあとを追った。
リービングには葉月が立っていて、床には黒魂に包まれていないお父さんが倒れていた。
「二人じゃないとあなたに勝てないことぐらいは知っていたわ。でも、これでよかったの」
女の黒魂は葉月に飛びついた。
「フモト、お母さんとお父さんの愛は変わらないからね!」
葉月は女の黒魂の攻撃を避けようともせず、立ったまま髪の毛を投げた。
髪の毛は女の黒魂の体を貫通した。
「お母さん!」
あんなに多い髪の毛に刺されたらきっと重傷を負うに間違いない。葉月が体を癒す力があることはわかってるけど、ママが傷づけることは耐えられなかった。
「心配しなくていい」
僕の心を読んだように、葉月はポツリと話した。
「体と黒魂を分離させるために刺しただけ、体に負担はかからないし傷も残さない」
葉月の声を聞いて安心した。
葉月はさっそく女の黒魂も吸収した。
ママとパパは床に倒れている。ぐっすり眠っているようだ。
「この二匹の黒魂はいったい何なんだろう」
僕はママを抱いて部屋に運ぼうとした。が、以外と重い。
ママとパパを部屋のベットに運んでから厨房に入った。汗かいたので、冷たいジュースを二杯もってリービングに戻って葉月に一杯渡した。
「ただ、息子思いが黒魂を実態化させたんでしょう」
僕がついさき投げた言葉の答えなのだろう。
「そうなんだ」
なんだか悲しくなった。
僕の事を全然思っていもいないと思ったのに、実は心の中で黒魂を呼び起こせるほどの愛情があったとは。人は見えるものだけで判断することではないと分かった。