葉月はすぐ髪を投げ、矢になった髪は店員の右腕を貫通した。そして、髪は段々太くなった。

店員があんなにも鋏に執着している理由が分らない。店員が人を殺している時はどんな気持ちなんだろう。人々はみんなタブーをやらかすと、心のどこかに、蠢く何かを感じるものなんだろうか。

店員の悲鳴がびったりと止まった。

見ると、店員の両手はもう使えなくなって、肩から力なく垂らしている。店員の目には恐怖と絶望が満ち溢れていた。店員の小さな欲望、自分の心にある悪を思うがままに解放できる手段はもう、使えなくなった。

店員は地面に倒れた。咽ぶ声で話した。

「私を殺して。もう私には明日の太陽が見えない」

店員の言葉を聞いて、葉月は躊躇わず髪を投げた。

僕は店員を警察に任せようと言おうとしたが、髪の矢はすぐ店員の頭をぶち抜いた。

店員は事切れた。

と、その時、鋏はいきなり飛びあがり、どこかへ逃げようとした。

葉月は遠く離れている鋏をみて、強く息を吸った。

鋏は抗ってはいたが、葉月に吸い込まれるさだめからは逃れなかった。

僕は再び目を店員に向けた。どうやって店員の死体を処理すべきか、分らず立ちすくんでいた。女性の死体は被害者の死体として、片付けられるけど、店員の死体になると、話が違う。

店員の血まみれになった顔からは、目が半開きになっているのが分った。死ぬのが悔しいだろう。

店員の死体を見て、ぼうっとしていると、葉月は被害者の死体に向かって歩き出した。僕もすぐ後ろをついていった。

僕と葉月が被害者の傍まで来た。

これからどうしよと思い悩んでいる時、被害者はいきなり悲鳴を上げた。そして、上体をあげて、自分の下半身を見ながら慟哭した。

葉月はそんな被害者をただ見るだけだった。

確かに、葉月は被害者はもう死んだといった。でも、僕の目の前で必死にもがいている被害者はいったいなんなんだろう。

僕の疑惑に感じたらしく、葉月は話し出した。

「鋏がまだこの世にある時、彼女は思うがままに刈り込まれる植物状態になる。でも、鋏がいなくなったなら、彼女そのまま死ぬはずだった。けど、植物状態になった時に、彼女の身体の中で黒魂が強くなった。今、彼女が気を戻したのは、全部黒魂が彼女を操っているから。起きると、負の感情がもっと高ぶり、黒魂の力も強くなるから」

被害者の悲鳴は絶え間なかった。僕にはもう聞くに堪えられないので、葉月に問いかけた。

「彼女を助ける方法はないの?」

「彼女を助ける意味は、殺すこと?それとも生かせること?」

葉月の反問に僕はぼかんと口を開くしかなかった。こんな僕にかまわず、葉月は話し続けた。

「私は彼女を殺す。このまま生かしても、いつか彼女は自分で自分の命を粗末にする」

何かうまい言葉で言い返したいけど、頭の中には何の言葉も思う浮かべなかった。

葉月の言葉は間違っていないかもしれない。けれど、僕は自分の脳細胞をフル作動して、いい方法がないか、考えたけど、何も思い浮かばなかった。

僕が一人、悩みあぐねていると、葉月はいつの間にか、髪を抜いて被害者に投げた。

急に、被害者の悲鳴は止んだ。死んでしまったのか、と思い、被害者を見ると、被害者の下半身に新しい脚が生えてきた。真っ黒に染められた足だ。

被害者はすぐ立ち上がり、足で自分に飛んでくる髪を払った。そして、飛び上がり、葉月に向かって急速に落ちてきた。

葉月は僕を押して、自分は反対方向に身体を飛ばした。

被害者の足は地面を踏み潰した。巨声と共に、埃の霧がたちあがった。

埃が夜のそよ風に吹かれて周りが見えてくると、僕の目の前には大きな窪みが現れた。誰か巨人の使うスプーンで土を一回くんだようだ。

被害者は周囲を見回し、葉月を見つけて話しかけた。

「私がもう一歩で死にそうになった時、黒い影が私の目の前に現れたの。そして私に話した言葉によると、あなたを食べば、私には新しい脚が生えてくるらしい」

被害者は窪みから登りあがって、地面でくだびれている店員を見て、また話し出した。

「仇をうってくれて、ありがたいけど、私が新しい脚をもらうためには、やはりあなたに死んでもらうしかない」

店員を刺してあった四本の髪は店員の身体から離れ、被害者に向かって飛んでいった。被害者は髪に触れず、足を払っただけで、四本の髪は切られてしまった。

葉月は次の攻撃のために、髪を抜こうとすると、被害者は走りよって、上半身に連続に蹴りを入れた。葉月は両手で被害者の攻撃を防ぐため、髪を抜く時間はいなくなった。

被害者の猛烈な攻撃に葉月は少しずつ後ろに退かれた。葉月は大木に背中を押され、それ以上退けなくなった。

このチャンスを見逃すはずのない被害者は葉月の頭に向けて蹴りを入れた。

葉月は両手で頭を包んで守ったが、飛ばされ、木にぶつかって倒れた。

被害者はすぐ葉月の傍に走りより、左足をあげ、力いっぱい、振り下ろした。轟きとともに、埃が飛び散り、大地にまた凹ができてしまった。

葉月を助けたい気持ちはいっぱいあるけど、僕は走れなかった。たとえ、僕が葉月を抱いて、一時的にその場から離れても、すぐ被害者に追いつけ、葉月に守られる羽目になるから。僕は情けない自分が悔しく、憎くなった。

被害者がまた脚を振り上げかけたが、すぐ下ろして後ろに飛びさがった。

無数の髪の矢が被害者に向かって飛んでいった。被害者は脚で飛んでくる髪を次から次へと切った。脚を払った時に発生した風が鋭かった。

髪の矢が正面から被害者を攻撃する時、葉月は被害者に走って近づきながら、空に向けて髪を射た。

正面の髪の矢に被害者は気をとられ、空から自分に攻撃してくる髪に気付かなかった。

被害者は避けられなかった。髪の矢は被害者の全身の貫いた。痛みにもがき、髪の矢の束縛から逃げようと試みもしたが、無駄に終った。