学校は、いろいろあって休みになっている。マスコミが殺到していて授業にならないというのが主な理由だ。
学校からの通達が、ユウキには遅れた。休校になる当日になって届いた。吉田教諭が、ユウキに連絡をしたことがきっかけだ。
ユウキはクラスから浮いた存在だ。クラスでは、ユウキは”いじめ”られているようだ。本人は、気にしていないのが、余計に周りから憎々しく思えてしまっている。
ユウキは、元々の性格から飄々としていると見られている。そして姿かたちや性格に大きな欠陥があれば良いのだが、顔は平均以上で、身長は低いが低すぎない。体型も、筋肉質というほどではないが、バランスは取れている。成績は、上位に位置している。実習は、教諭たちが苦々しく思えるほどで、ユウキに低い点数を付ければ、他の生徒に点数を与えられない。他の生徒の成績を操作しても、ユウキの成績を平均以下にはできない。
運動は、しっかりとした計測を行えば、オリンピックに出場できる記録くらいなら簡単に出せる。
武術系の授業でも、”いじめ”を主動している男子の呼びかけで、ユウキに襲い掛かっても。簡単に対処されてしまっている。
ユウキは、クラスで孤立しているように見えるが、事情を知らない一部の女子からの支持を得ていた。一部の女子から支持されている事実が、余計に男子からの怨嗟に繋がっている。悪循環の輪が広がっていく・・・。
ユウキがバイク通学の許可を得ていることも、男子からの怨嗟に繋がった。バイクを置いてある場所には、ユウキが自費で監視カメラを設置して、有名なセキュリティ会社と契約を結んでいる。その為に、バイクに細工をしようとして、触ったらサイレンが鳴り響いて、柔道家のような人たちが駆けつける騒ぎになった。
タイミングがよいことに、学校が休みになり、そのまま長期の休みに突入した。
かねてより計画されていた。日本に居るメンバーと一緒に里帰りをして、いろいろな手続きを行う事にした。
まずは、リチャードとロレッタの故郷であるアメリカのアリゾナ州に向かう。
ユウキの転移ではなく、しっかりと手続きを行っての出国だ。復讐が目的ではない。報復すべき相手は、既に対処してある。残党が残っているらしいが、以前のような異なる真実を事実だと捻じ曲げるだけの力は持っていない。
リチャードとロレッタは、手続きを行うために、空港で別れた。
同じように、ドイツでは、フェルテとサンドラとエリクとアリス。オランダでは、マリウスとヴィルマ。スペインではモデスタとイスベル。皆が、一時的に帰国して手続きを行う。
ユウキは、付き合う必要はないのだが、律儀に皆に付き合っている。
そして、フィファーナで死んだ者たちの弔いを行っている。
ユウキが日本を離れてから、半月が経過した。
「!!」
ユウキは、日本からの連絡を、オランダで受けた。
今川や森田からの連絡ではない。
家の警備を依頼している会社からの連絡だ。
長期休暇中に、なかなか動かなかった情勢を動かそうとして、打った手がやっと実を結んだ。
「ユウキ?」
マリウスが、ユウキに話しかけた。
支援者にポーションを渡した帰りだ。
「バイクが盗まれた」
「盗んだのは?」
「まだ特定はされていない。マリウス。ヴィルマ。俺は、日本に帰る」
「わかった。こちらは、当初の予定通りに、動く。問題が発生したら、ユウキを呼び出せばいいよな?」
「大丈夫だ。空港なら”来ている”から待ち合わせ場所にも丁度いいだろう?」
ユウキがついてきた副次的な目的は、ユウキが使っているスマホで、各国で写真を撮影することだ。それも、人が居ないような場所で、転移しても目立たない場所を撮影場所として選んでいる。
写真は、皆と共有している。場所を提供してくれている協力者に筋を通すために、ユウキが足を運んだ。
協力者には、ギアスを結んでもらっている。
そのうえで、ユウキが”転移”を使えることも告げている。皆が、驚いたが納得してくれた。そして、ポーションという対価を必要としなかった。言われたのが、”また来い”が報酬になっている。レナートに残っているメンバーと一緒に訪れることを約束した。
ユウキが日程のキャンセルを行って、実際には、オランダからは一人で行動する予定になっていた。
レナートに残っているメンバーの母国を訪ねる予定になっていたのだが、その予定は、ヒナとレイヤに引き継がれる。ユウキたちに遅れる形で、日本を出た、ヒナとレイヤは、オランダでマイルスとヴィルマと合流する。その後、ユウキが辿ったのと逆回りで、皆と合流してから、残留組の母国を回って、協力者に挨拶を行う。ユウキの転移ポイントにはならないが、筋を通す形だ。
「わかった。レイヤとヒナは?」
「明日にも中部国際から出る」
「わかった」
ユウキは、バイクを盗ませるために、海外に出た。
それも、海外に出た証拠を残す形をわざわざ作り出した。
最初は、バイクを盗ませる計画は順調に進んでいた。
学校内でのヘイトも溜まっていたのだが、前田兄妹の件が思っていた以上に、いろいろな所に飛び火した。大きく炎上したのは、報じなかったマスコミ関連と関連した議員だ。偽物ポーションまで出る形となってしまったが、大筋は望んだ方向に動いた。
しかし、学校側が思っていた以上に臆病な対応を行った。長期休暇の前に学校を休校にしてしまった。
ユウキは、作戦の練り直しに入った。
自分たちではなく、第三者にユウキの私物が盗まれる証拠を握らせる必要があった。
「ユウキ。それで、バイクは?」
日本に戻る為の飛行機は確保出来たが、チェックインまでには時間がある。
ヒナとレイヤとは入れ違いになるのだが、マリウスは残るようだ。ヴィルマは、ユウキの代わりに支援者の所に向かっている。タイミングがあえば、ドイツで別れた4人と合流ができるかもしれない。
「移動中だ」
「動かせないよな?」
「あぁエンジンはスタートしない。スキルでロックしている」
「ははは。すごいな。キーではなく、スキルか?」
「ん?もちろん、直結してもスタートしない。いろいろ試したが、ガソリンタンクを結界で覆ってしまうのが楽だった」
「へぇ・・・。今度、やり方を教えろよ」
「ん?マリウスは、結界は使えないよな?」
「俺は使えないけど、ヴィルマが使える」
「あぁ・・・。簡単な・・・。ん???そうか・・・。ヴィルマに、バイクや車の構造を教えるのは、マリウスがやるよな?」
「ちっ。勘のいい奴は嫌われるぞ」
「ははは。そうだよな。結界よりも、構造を認識して、構築を行わなければならない。その為には構造を理解する必要がある。危ない。危ない。ヴィルマに、構造を教えるのは俺には無理だ。騙される所だった」
ユウキの言葉に、マリウスは肩を上げて驚いて見せた。お互いの笑い声が重なった。
時計を見れば、チェックイン時間が迫っている。
「行くな」
「あぁ」
ユウキが拳をマリウスに見せる。
マリウスは、ユウキの拳に自分が作った拳を合わせる。
「頼む」
「頼まれた。ユウキ。俺たちの分も残しておけよ。一人で、全部を片づけようとするなよ?」
「それは、約束ができない」
「俺たちにも、彼女の無念を晴らすチャンスをくれよ」
「・・・。そうだな。でも、大丈夫だ。今回のターゲットは、小物の子分の・・・。その子供だ。片翼には違いないが、そこまで落とせるとは思っていない」
「そうか・・・。俺たちが日本に戻るまで、2か月くらいか?」
「・・・。そうだな」
「無理するなとは言わない。俺たちの分も残しておいてくれ」
「わかった。それから、サトシとマイも来たがっていた」
「そっちは、別口だ。俺には、サトシのお守りは無理だ」
「ははは。わかった。マリウス。頼むな」
「あぁ」
何度目の別れの挨拶を行った。
すぐに会おうと思えば会える。
ここは、死が近かったフィファーナではない。
しかし、それでも別れの挨拶が最後の言葉になってしまう可能性がある。ユウキもマリウスも嫌というほど経験している。大事な関係だからこそ、挨拶もおろそかにできない。そして、会えない時間を大切にするためにも・・・。
噂話が、真実味を帯びるのには、いろいろなファクターが必要になってくる。ユウキは、発生した噂話に、虚実を織り込ませ話を織り交ぜて、真実味を持たせる工作を行っている。
ポーションが実在しているのは、真実だ。しかし、ポーションが簡単に手に入るはずがない。ユウキたちが供給源である。その事実を隠して、前田果歩がどこからか入手したポーションで身体が治ったと噂を流した。身体が治っただけではなく、他にも効用があり、古い傷も肌も治ったと噂が加速した。
人は、信じたい事柄だけを信じてしまう傾向にある。
前田果歩の身体が治った。
それだけではなく、若返ったという噂話が流れた。
それに喰い付いたのは、前田果歩をイジメていたグループの先輩筋に当たる者だ。
「それで?見つかったの?」
「いえ」
「使えない。あなた。明日から、来なくていいわ」
「え?そんな」
「無能者を雇ってあげる義理はないわ」
「お嬢様。もう一度、もう一度チャンスを・・・」
「そうね。あの家なら、何かあるのかもしれないわね。あなたもそう思うでしょ?」
「はい。はい。そう思います」
「そう、それなら、あなたがやることは解っているわよね?」
「もちろんです。お嬢様」
中央に居る女性は、満足そうに微笑んでから、近くにあったグラスを持ち上げて、目の前で縮こまっている男性に向けて、グラスを投げつける。グラスは、男性の肩に当たって派手に割れる。グラスの破片で、頬を切った男性は何が起こったのか解らない表情で、顔を上げる。
「解ったのなら、さっさと行きなさい!本当に、使えない」
「はい」
男性は慌てて、立ち上がって深々と頭を下げてから、女性の前から立ち去った。
女性は、そんな男性を目の端に捕えながら、スマホに目を落とす。そこには、ユウキが地球に帰ってきてから行った会見の様子が映し出されていた。
「ふふふ。本当に、あの女の子供なの?」
女性の後ろに控えていた男性が、女性の側に近づいた。
「はい。間違いありません」
「お父様には?」
「まだ報告をしておりません」
「お兄様やお姉様たちには?」
「ご存じではないと思います」
「そう・・・。それなら、私が、この男を抑えれば、お父様の・・・」
光悦とした表情でユウキを見る女性は、雰囲気は似ていないが、どこかユウキに似た顔をしている。
「それで?」
「まだ、調べられておりません」
「いいわ。まずは、ポーションよ」
「はい。お嬢様」
女性は、男性が差し出した。グラスを受け取った。
男性は、女性が持つグラスに、ワインを注ぎ込む。
注がれたワインを飲み干すと、女性は立ち上がって、後ろに控える男性の一人を指名した。
女性は、一人の男性を連れて、奥の寝室に入っていく.残された男性たちは、女性に話しかけた男性から、封筒を受け取って、部屋を出て行った。どこか、ほっとした雰囲気を纏っている。
奥の部屋からは、金切り声で男性を罵りつつ命令する声が響いてくる。一つ一つの動作が気に喰わないのか、徐々に命令する声に混じって、何かを叩くような音が聞こえるようになってくる。
そして、2時間後には、全裸の状態で血まみれになった男性だけが部屋に残された。
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あの女の息子だというだけで、気持ちが悪いのに、異世界帰り?意味が解らない。
そんなことが出来るわけがない。
でも、奴が持っている物で、怪我が治るのは本当のようだ。そして、怪我だけではない。飲み続ければ、不老も夢ではないらしい。不死では無いらしいが、それでも、人の寿命を上回るのは確定のようだ。
こんな事を、お父様に知られたら、間違いなく、自分たちだけで独占されてしまう。
そうなる前に、私の分だけでも確保しなければならない。
あの女の息子なら、私にも権利がある。
お父様も、あんな女に手を出して・・・。今は、そんな事を言っても仕方がない。
でも、お父様はそのあと、しっかりと処理した。
あの女を邸から追い出して、子供も処理した。生きているとは思わなかったけど・・・。あの女は、強かだ。お父様に言われた施設に預けたと報告しておきながら、違う施設に子供を預けていた。お父様も、子供には興味が無かったのか、追及しなかったようだ。
当時の状況は、私では解らない事が多い。お兄様たちなら知っているかもしれないけど、今はまだ聞けない。
あの女の息子を私が確保するか、最低でも”ポーション”の製法を聞き出すまでは知られるわけにはいかない。
噂に嘘を紛れ込ませて、お父様とお兄様とお姉様に流しておけば、都市伝説程度に考えて深くは調べないだろう。特に、あの女の息子が関わっているのは、絶対に秘匿しなければならない。偶然にも、あの女の息子が居た施設から、消えた子供が居たようだ。部下に命じて、噂の子供を別の子供にすり替えた。時間が稼げるはずだ。お父様もお兄様もお姉様も、お忙しい。噂話に付き合っている暇はないはず。
ふふふ。
あの女の息子にしては、可愛い顔をしている。
そうだ!
私にポーションを提供する栄誉だけではなく、私の相手が出来る栄誉も与えたら、喜んでポーションだけではなく、いろいろな物を提供してくれるはずだ。私の美貌に磨きをかけるために必要な物を提供させればいい。
あの女の息子のDNAは必要ない。薬を使えばいい。飲ませて、私のおもちゃにすればいい。あの女への復讐は、私の正当な権利だ。
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「おい。あの豚には、噂を信じたのか?」
「はい。旦那様のご指示通りに処理しました」
「しっかりと喰い付いただろう?」
「はい。美容にもよいという噂と不老の噂には、特に興味を魅かれたご様子でした」
「本当に、愚かだな。あの豚が美容?笑いすぎて、過呼吸になってしまう。あの醜い姿で、不老になって嬉しいのかね?」
「私には・・・」
「まぁいい。オヤジは?」
「噂はご存じですが、試すつもりは無いようです」
「まぁそうだな。誰かが使って、安全が確認出来てからだろう。そういう意味では、豚を使うのは丁度いい。このまま、まずは俺に情報を流せ」
「かしこまりました」
「そうだ、弟が、あの女の息子と同じ学校だったよな?」
「はい。旦那様が後援されている学校に通っているようです」
「あぁ・・・。馬鹿が問題を・・・。あの学校か?」
「はい」
「そうか・・・。それなら丁度いい。確か、もう一人の馬鹿が、バイクを欲しがっていたよな?」
「おっしゃる通りです」
「誘導しろ」
「よろしいのですか?」
「構わない。どうせ、奴らには、目がない」
「いえ、それも・・・。ですが・・・。会長のご意思は?」
「そっちは、俺が話しておく」
「解りました」
男が、頭を下げてから部屋を出た。
部屋に残ったのは、20代後半の男だ。
バカラのグラスに残っていた琥珀色の液体を飲み干してから、窓際に移動した男は、この地方としては珍しい高層マンションの最上階から見下ろす街の光を見てから、何が可笑しいのか、大きく下品な笑い声を上げた。
情報端末を取り上げて、馴染みにしているブローカーに連絡を入れた。
10分後に、一人の男が部屋に入ってきて、名簿のような物を男に渡した。
男は、その中から数名の女性の写真を指さした。
「全員は可能か?」
「確認しますが、調整いたします。出来ましたら」
「わかった。いつもの場所から落としておけ」
「ありがとうございます」
「それから」
「解っております」
名簿を持った男は、頭を下げて部屋を出ていく.、男は先ほどまで座っていた椅子に深く腰を下ろして、空になったグラスにウィスキーを注ぎ込む。
男の一日は、まだ始まったばかりだ。
男は、自分は成功者で正当な権利として、自分が思い描く未来の到来を疑っていない。
足元を固めていた基盤が崩れて、土台を含めて徐々に腐り始めているとは考えていない。
俺は、愚かな姉貴や人間を辞めてしまっている姉貴や、偉ぶって成功者風を吹かせる兄貴たちとは違う。俺が、本当の強者で成功者だ。力の使い方もしっかりとわかっている。
「まだなのか!」
「はい。もうしわけありません。バイクにいろいろ仕掛けがあって、解除ができていません」
あの気に喰わない新入生が、俺の異母兄弟だと知らされた。そして、兄貴がほしかった物を使っている。
アイツが何か出来るとは思えないが、姉貴が使っていた連中が行方不明になっている。姉貴は、アイツが原因だと喚いていたが、どうやって今の日本で証拠を残さずに数名を神隠しに合ったように始末できるのか?権力を持たない高校生が?少しでも考える頭があれば、無理なのはすぐに辿り着く答えだ。アイツの後ろに居るのは、オヤジに負けた権力者で負け犬の集団だ。アイツのペテンに騙されるような連中がいくら集まっても、俺に勝てるわけがない。
警察にも何も証拠が見つけられていない。そもそも、家から消えたのなら自分の意思で逃げたと考えるのが妥当だ。姉貴は、頭の中まで脂肪でも詰まっているのだろう、そんな簡単なこともわからない。
姉貴の手下として動くのに嫌気がさしたと考えるのが妥当だ。
俺は、そんな愚かな姉貴とは違う。
そもそも、あんな化け物を姉貴と呼びたくない。死んでくれたら嬉しい。本気で思っている。ブクブク太って、醜い姿をしている。
俺の上には、二人の兄貴と二人の姉貴がいる。
簡単に言えば、俺はオヤジの跡継ぎとしては5番目になってしまっている。能力だけなら、一番だが、年齢の面では遅れてしまっている。それはしょうがないと諦めていたのだが、ここにきて、上の兄貴が使っていた奴らが何者かにとらえられる事案が増えている。病院や警察から連絡がくることが増えている。同じ家業の連中から笑いながら送られてくることもあるようだ。
兄貴の所に潜り込ませている者からの情報だ。
「”大丈夫”だと言ったよな!」
「はっはい。なぜか、エンジンがかからないのです。ばらそうとしても、防犯装置が邪魔して・・・」
「防犯装置は外したのではないのか?」
「はい。盗難防止は解除しました。ホームセキュリティには通報はいきません。しかし、バイクに付けられている防犯装置を解除しなければ・・・」
「おまえ!俺が知らないと思って、適当なことを言っているのではないな!」
「そんなことは、ありません」
「ふん。まぁいい。アイツが、海外に行っているのは間違いないよな?」
「はい」
兄貴の所に送り込んでいた男だが、重要な情報があると言って戻ってきた。
それが、アイツが渡航を計画しているという情報だ。何のために、渡航するのかはわからなかったが、日本に居なくなるのなら、アイツが使っているバイクを俺がもらって問題はない。義弟が持っている物は、俺に使う権利がある。それに、あの女の息子が持つには分不相応だ。俺に使われるほうが、バイクも幸せだ。
免許も取得した。アイツが取れるのだから、俺なら簡単に取れる。実際に簡単だった。
教習所に行けば、口うるさく命令してくる奴らを、首にしていったら簡単に取得ができた。やはり、俺は天才だ。筆記試験も事前に問題がわかれば簡単だと思ったのだが、無理だと言われた。使えない部下を持つと苦労するのは上に立つ者だ。使えない部下は、首にした。何度か、都合がわるくて筆記試験はうまくできなかったが、4度目で合格した。優秀な俺だ。都合が悪くなければ簡単に合格できた。
目の前にあるのは、CB400R。あの女の息子が乗るにはもったいない。名車だと言われている。
あの兄貴がほしがるほどだ。よほどの物なのだろう。俺が手に入れたと言えば、兄貴が悔しがるだろう。そんな顔を見るのも楽しみだ。次の会合に乗っていこう。兄貴の顔が歪むのが楽しみだ。ついでにあの豚にも何か言えないか探してみるのも悪くない。オヤジも跡継ぎは優秀な俺がふさわしいとわかってくれるだろう。俺を後継指名してくれるだろう。
「あの・・・」
「なんだ!」
「ナンバーはどうしますか?このままでは・・・」
「はぁそんなことは、おまえたちでなんとかしろ!おまえたちは、専門家だろう!」
「はぁ・・・。しかし、このままでは・・・」
「うるさい!金なら払ってやる。なんとかしろ!」
本当に使えない。
これで、専門家だと言うのか?
優秀な俺が指示を出さないと何もできないのか?
「・・・。わかりました。動くようにすればいいのですよね?それで・・・。免許は?」
「そうだ!さっさと仕事をしろ!免許。ある。いい加減にしろ。さっさと動くようにしろ」
本当に、こんな者なのか?
専門家なら、俺が言う前にできるだろう?
俺の様な、優秀な人間が指示を出さないと、なにもできないのか?
これは、兄貴たちが食事会の時に話をしていることだな。”優秀な人間が指示を出さないと動かない”俺も今まで後輩たちを動かしていたが、専門家を使うのは初めてだったが、こんなにもひどいとは思わなかった。後輩の方がまだマシだ。優秀な俺が間違えないとわかっている。後輩たちに命令したほうがよかったか?
眠くなってきた。
腕に付けているロレックスの時計を見れば、23時を回っている。
こんな無能どもに2時間も付き合っていたのか?
俺の貴重な時間を・・・。
頭にくるが、専門家に任せなければ、バイクが壊れてしまっては、俺の華麗なる計画に翳りができてしまう。
「俺は、寝る。明日の朝までには終わらせろ!徹夜で仕上げろ。壊すな。汚すな。俺のバイクを汚すなよ!」
これだけしっかりと指示を出せば、使えない専門家でも大丈夫だろう。
ふふふ。
明日の朝には、あのバイクに俺が乗る。そして、あさっての会合にはバイクで向かう。
兄貴の顔が楽しみだ。
---
「おい」
「なんだ?」
「これ、盗品だよな?」
「あぁ」
「上からの命令だから、工具をもってきたけど、問題が発生したら、俺たちが勝手にやったとかいわれそうだよな?」
「そうだな。間違いなく、そうなる。はぁ・・・。簡単な仕事だと思ったけど・・・」
手に持っていた工具を床に投げ出して、男たちは床に座り込んだ。
「それにしても、CB400Rか・・・。いじれると思って・・・。来てみたら・・・」
「あぁ防犯装置は、乱暴に引きちぎっている。ナンバーもそのまま。車体番号が残されていたから・・・」
「調べたのか?」
「当然だろう?」
「それで・・・」
問われた男は首を横に振る。
「そうか・・・。このCB400Rの持ち主は丁寧に乗っているよな?」
「あぁ感心するくらいに奇麗に乗っている。タイヤの減り具合から、攻めてはいるみたいだけど、ステップの減り具合が奇麗で、無理はしていないのだろう」
「あぁそれに、マフラーの中までさらっている。エンジンの火が入らないから・・・。この様子だとエンジンも攫っていそうだな。ここまでするか?」
「同業者なのか?」
「いや、高校生だ」
「え?高校生?親が整備工場でもやっていたのか?」
「わからない。でも、CB400Rが整備に回されたらうわさでも聞くよな?これだけ奇麗に乗っているのなら、頻繁に整備しているのだろう?」
「そうだな。パーツを見れば、三カ月単位で整備しているのだろう?持ち主に会いたいな」
「あぁ・・・。でも、ダメだろうな」
男たちは、男が出て行った扉を見てため息を吐く。
「なぁでも、このCB400Rは・・・」
「そうだよな。直結を試したけどダメだった。何がダメなのかわからないから気持ちが悪い」
「タンクを外そうにも工具を受け付けない。外せない」
「なめている感じではない。噛み合っているけど、噛み合っていない。回っているけど、回っていない。不思議だ」
「その癖、防犯装置は、簡単に壊せるようになっている。まるで・・・」
「俺もそれは感じた」
男たちは、座ったままCBR400Rを眺めている。男たちを監視している者が居なくなってから、1時間ほどたった。
男たちは、CBR400Rの持ち主の考察を始めた。
そして、整備を行った者と話をしてみたいと考え始めた。
俺の家を監視していた者から連絡が入った。
CBR400Rの場所を確認する。
予想とは違う人物だけど、ターゲットの一人が無事に釣れたようだ。
思念体を飛ばして様子を見ていれば・・・。
何か考えがあってCBR400Rを盗んだのかと思ったが、何も考えていなかったようだ。
様子を見た限りだと、整備士は半分拉致の様な形で連れてこられたようだ。背後関係は調べた限りでは、直接の関係はなさそうだ。いわゆる金の繋がりだけだ。あとは直接聞いたほうがいいかもしれない。状況次第では、こちらに引き込めるかもしれない。
バイクだけだとしても、整備ができる人が仲間に加わってくれると頼もしい。
馬込先生の繋がりで整備工場とのつながりは出来ているけど、拠点の中に入れるには、”何かが足りない”と感じている。外周部で店を開いてもらって、拠点以外に住む人たちの乗り物のメンテナンスをしてもらっている。
今回は、釣れたやつを始末した方がいいだろう。やり方を考えなければならない。殺してしまっては、俺の意図が伝わらない。
しっかりと苦しんでもらわなければならない。
日本の法律は本当に素晴らしい。
特に司法は、しっかりと整備されている。時々、逸脱した適用をおこなうことがあるようだけど、権力者を擁護するようになっている。それも、証拠主義を貫いているのが素晴らしい。どんなに状況が黒でも、証拠がそろわなければグレーのままで物事が推移する。そして、その証拠も立証されなければならない。
奴らを呪い殺したとしても、”呪い”を立証する責任は検察側にあり、俺が協力する必要がないのが素晴らしい。
さて、どんな”呪い”がいいだろうか?
闇属性のスキルを使って、自分の行いによって引き起こされた悪夢をみてもらおう。
発動条件は、自分以外への暴力でいいかな。ついでに性行為も発動条件にしておこう。
おっまだスキルに余裕があるのなら、接触部分の痛みを追加しておこう。瞬間的には激痛が襲ってきて、そのあとで鈍痛がつづくようにしよう。
復讐のターゲットにしていなかったやつだ。ひとまずは、この程度で十分だろう。
遠隔での”呪い”付与は不可能だ。
寝たのを確認してから、スキルを発動して”呪い”をかけよう。
転移のスキルも使い続けていたら、レベルアップしたようだ。
前は、一度は現地にいかなければならなかったのだが、思念体を飛ばして現地の確認ができれば転移ができる。便利につかえるようになった。思念体は、一般の人がいっている”幽霊”と似た性質がある。移動手段として、空中を進むことができるだけではなく、壁程度なら突破ができる。突破できる壁にも制限があり、結界で覆われている場所は思念体では通過ができない。
この世界では、結界のスキル持ちは仲間だけだと思うので、制限にはならない。もう一つの制限が、壁を通り抜けるときに一気に通り抜けられる厚さである必要がある。具体的には、頭のサイズとほぼ同じだ。正確なサイズは不明だが、タンスなどの家具が壁ぎわに押し付けられていると壁抜けが失敗する。
転移を発動しよう。
まずは、整備を行っている人たちに接触して・・・。
---
「その癖、防犯装置は、簡単に壊せるようになっている。まるで・・・」
「俺もそれは感じた」
「どうする?」
「どうする?」
「無理だよな?会社に帰っても、どうせ、俺たちは、”これ”だろう?」
首を切るようなしぐさをする。
「そうだな。このCBR400Rの持ち主は、どんな人物だろうな?」
「会ってみたいな。あぁもう一度・・・。8耐に出たかったな」
「無理だろう?」
「狭い世界だからな。どうせ、上の連中が絶縁状を回すだろう?問題を起こした整備士を雇ってくれるファクトリーはないだろうな」
「へぇそんな感じなのですね」
「「え?」」
「あっ自己紹介をしますね。そのCBR400Rの持ち主です」
「「はぁ?」どこから?」
「”どこから”とかは、後で説明しますが、そのCBR400Rを返してもらいますね」
「待て!」
「なんですか?この部屋の持ち主に義理立てするのですか?」
「違う。君が、本当にCBR400Rの持ち主か確認したい」
「あぁそうですよね。書類とかでは納得しないですよね?」
整備士の二人は、頷いている。
「わかりました。触りますね。いいですよね?」
CBR400Rの近くに居た男性が、場所を空ける。
「警報装置は力ずくで外したのですね。直結は試しましたか?」
「試した跡がある。俺たちは、エンジンがかからなくなったと依頼を受けて来た。盗難には関わっていない」
「盗難車だと気が付いたのは?」
「・・・」「チグハグだからだ」
「チグハグ?」
「あぁ」
「詳しい話は、後で聞きます。まずは、エンジンをかけますね」
少年は、CBR400Rに手を触れた。
整備士たちが、何をやってもエンジンがかからなかったCBR400Rが、本来の持ち主に出会えたのを喜ぶように少年の行動に答える。
「「え?」」
「さて、遮音結界を張りますね。あぁ聞かないでください。話を聞かれたくない人がいますし、エンジンを吹かしたら直ったと思って、愚か者が来てしまうでしょう?」
「「・・・」」
「あれ?俺のことを知らないのですね。そこそこ、名前が売れていると思っていたけど・・・。勘違いやろうみたいで、意外と恥ずかしいですね」
「あ!」
「どうした?知っているのか?」
少年が手を動かして遮音結界が展開される。
「もう大丈夫ですよ。CBR400Rのロックは解除しましたから触ってもらっても大丈夫ですよ」
少年は、CBR400Rから離れた。
面白そうな表情をしているだけだ。
二人の整備士は、少年が何を言っているのかわからないが、CBR400Rが正常な状態に戻ったことは理解ができた。
「どういうことだ?」
さきほど、何かに気が付いた整備士が、少年に問いかける。
少年は面白そうな表情をしている。
「スキルで機械的な制限を加えていただけです」
「・・・。やはり、異世界帰りは・・・。本当なのか?」
「本当ですよ。ここに潜入したのも、スキルを使いました。それから、あなたたちの雇い主とは敵対する関係にありますが、相手は俺の存在には気が付いていません。狙われているとも思っていません」
「は?」
「まぁ詳しいことは、後ほど・・・。それで、お二人は、どうしますか?」
「どうする?とは?」
「”ここ”に残りますか?それとも、俺と一緒に、俺たちの拠点に来ますか?拠点に移動したら俺のために役に立ってもらいます。まぁ”ここ”の住人や関係者よりは、”いい”雇い主だと思いますよ?あっひとごとながら、残ることはお勧めしません。彼の周りでは、3年間で13名が社会的な信頼を失いました。5名が嫁や娘を彼に犯されて病院送りにされて、3名は自ら命を断って、7名は行方不明や事故死しています」
「・・・」「連れて行ってくれ。俺もこいつも、天涯孤独だ。おかしいと思っていた。上の連中は知っていたのだな」
「それはどうでしょうか?そちらの方はどうしますか?一緒に行きますか?」
「質問していいか?」
「答えられることなら」
「拠点はどこだ?」
「伊豆です」
「俺たちは何をしたらいい?」
「あっその前に一つだけ教えてください。バイクの整備ができるのはわかるのですが、車の整備は道具や施設があればできますか?」
「できる。資格も持っている」
「それはよかった。拠点には、バイクや車があります。整備を頼みたい」
「わかった。最後に、俺たちは、伊豆から出ていいのか?」
「ははは。もちろん、大丈夫ですよ。俺たちを裏切らないという契約をしてもらいますが、条件はそれだけです。興味があるのなら、異世界に連れて行くこともできます。あっ8耐に出てもいいですよ?ドライバーは必要でしょうが・・・」
「行く!」「お世話になります」
少年はにっこりと笑って、握手を求めてきた。
契約が結ばれた瞬間だが、整備士の二人はスキルを感知できないために、知られることはない。