帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 ユウキは、バイクでの通学を行う為に、免許の取得を行った。
 技能はもちろん問題がない。試験も無事に合格した。年齢の問題は残ったが、特例処置が下された。海外の2輪の免許を取得しているのが、理由として上げられていた。ユウキは、準備期間を利用して海外で免許の取得を行っていた。

 ユウキは、拠点から学校に通う為の家に移り住んだ。
 住民票やら手続きも既に終わっている。

 バイト先への初出勤も終わった。

 バイトから帰ってきて、CBR400Rを駐車場に停めて、部屋に戻った。
 ユウキは、小さなスマホが気にって使い始めた。スマホに、今川からの着信が入った。

『ユウキ。明日、メールの場所に11時に来てくれ』

「わかりました。市内ですか?」

『そうだ。駅に隣接する商業施設だ。屋上は人が居ないから密会に丁度いい』

「ははは。わかりました」

 通話を切ってから、ユウキは今川からのメールを確認する。
 メールには、状況をまとめた報告書と待ち合わせ場所と相手の情報が書かれていた。

 学年主任。
 ユウキが入る予定のクラスの担任になることが決まっている。

 ユウキは、待ち合わせ時間よりも20分ほど早く、目的の商業施設(パルシェ)に隣接する駐輪場にバイクを停めた。

 商業施設までは地下を通らなければならない。

 ユウキは、久しぶりに来た商業施設にどこかなつかしさを感じていた。
 もっと幼かった時に、皆で来た事がある。ヒナやレイヤやサトシやマイ。そして・・・。

 ユウキは、思い浮かんだ顔を振る払うために、頭を大きく振る。
 そして、中央の階段ではなく、右手の扉から商業施設に入る。店舗には入らずに、そのまま、ATMの前を通り抜けて、エレベーターに向う。上のボタンを押して、扉が開くのを待っている。
 その間も、ユウキの頭の中には幼かった自分たちの行動が記憶の泉から湧き出て来る。目の前には、居ないはずの幼かった自分たちが見えているようだ。

 エレベーターに乗り込む。
 同時に、数人が乗り込んできた。ユウキは、”RF”のボタンを押して、外が見えるようになっている壁際に移動する。奥がガラス張りになっていて、外が見えるようになっている。

 徐々に人が減り、5Fでユウキ以外の客は降りてしまった。

 屋上まで一人になったユウキは、上がっていくエレベーターの中から街を見下ろしていた。
 車や街を歩いている人を見ながら自分が行おうとしている事の”業”を考えていた。

 しかし、戻るつもりはない。
 正義などと、甘い慰めにもならない言葉を呟くつもりはない。自分の行いで、数百人・・・。いや、もっと多くの人が現状の生活を維持できなくなる可能性がある。それだけではない。自分と同じような気持ちを持つ者が出て来るかもしれない。確実に出て来るだろうと思っている。

 ユウキは、自分の感情にまっすぐに向き合って、何度も何度も、それこそ異世界で命を削り合っている時でも、考えていた。

 屋上に到着して、ユウキは思考をこれから会う人物へと切り替えた。
 渡された資料は既に頭の中に入っている。

 屋上の待ち合わせに指定されていた場所には、ラフな恰好の男性が立っていた。
 少しだけ離れた場所に、よく知った顔の人物が立って、ユウキを手招きしていた。

「今川さん。遅くなりました」

「いや、俺たちの方が早く着きすぎた」

「彼ですか?」

「そうだ」

「俺の事は?」

「説明してある。驚いていたぞ?”異世界に連れ攫われた奴が帰ってきた”ということは知っていたが、ユウキだとは知らなかったようだ」

「ん?今川さん。今の説明だと、俺の事は知っていたのですか?」

「そうだ。言っていなかったか?」

「ふぅ・・・。聞いていませんが、理由をご存じですか?」

「それは、本人から聞いてくれ」

「わかりました」

 ユウキは、今川がもっていた、アタッシュケースを受け取る。
 中身の確認はしない。ユウキは、中身を知っている。

「吉田さん。いえ、吉田先生」

 金網越しに外を見ていた男性に、ユウキは声を掛ける。
 4月の末から10月の初めまで、ビアガーデンがオープンする屋上だが、3月の末ではまだ肌寒く、ビアガーデンの準備も始まっていない。

「・・・。君が、新城くんか?」

「はい。始めまして。本日は、お呼び立てしてもうしわけありません」

「構わない。それで?」

「新城裕貴です。4月から、よろしくお願いします。最初に、私から質問をしてよろしいでしょうか?」

「わかった」

「ありがとうございます。先生は、私の事をご存じの様子ですが?何か、理由があるのですか?」

「まず、君は目立ちすぎだ。バイク通学を特例として認めさせたことや、駐輪場の件。そして、入学前なのに、バイトを決めた。私が、君の担任になる予定だが・・・。そうでなくても、君の事は調べただろう」

「調べた?」

「特例が多すぎる。関係者の可能性を疑うのは当然だ」

 吉田は、説明を省いて、ユウキに直球で答える。
 既に、今川に話をしているので、ユウキにも伝わっていると考えたのだろう。

「結果は?」

「まったく調べられなかった。こんな事は初めてだ」

「ありがとうございます。それでは、本題に入ります」

「わかった」

 ユウキは、吉田をベンチに座らせた。
 自分も吉田の横に座る。

 スキルの一つを解りやすく発動する。
 詠唱はないが、光が伴う結界を発動した。

「これは?」

 屋上だ。
 3月の末だ。暖かい日差しだが、風が拭けば肌寒く感じる。

 ユウキは、結界で風を遮った。
 日差しだけが注ぐようになり、春の暖かさを感じられる。

「結界です。風を遮断しました。ベンチの周りだけですので、立って頂ければわかると思います」

 ユウキの言葉で、吉田は立ち上がって、ベンチから離れて、驚愕の表情を浮かべる。
 異世界のスキルだと言われても、体験しなければわからない。

「すごいな」

 ベンチに戻ってきて、吉田は素直に称賛した。

「ありがとうございます。結界には、音を遮断する能力もあります。外に声が漏れる事はありません」

「・・・。わかった」

 吉田は、少しだけ考えてから、ユウキの言葉を受け入れた。

 ユウキは、アタッシュケースを吉田に渡す。

「これは?」

「先生に必要な物です」

 アタッシュケースには、既に金で動いた者たちの名前と略歴を書いた紙が入っている。
 半分は、日本円にして1,500万が古い紙幣で入っている。無造作に、輪ゴムで束ねられた札だ。

「これは?」

「先生が持っている。奴らの情報を売ってください」

「何?なぜ?」

「私は・・・。俺は、母を殺されました。母は自殺で処理されています。そして、奴らの関係者に幼馴染が心を殺されました」

「え?」

「奴らの・・・。いえ、名前は必要ないでしょう。俺の母の相手は・・・。戸籍は別ですし、他人ですが、奴は母を自殺に追いやったうえで、俺を・・・」

「・・・。議員の・・・」

「吉田先生。俺は、奴らを憎んでいます。すぐにでも、殺してしまいたいくらいに・・・」

「新城くん。君の力があれば可能なのでは?」

「そうですね。殺すだけなら簡単です。でも、殺すだけでは意味がない。奴らから、全てを奪って、奪いつくしてから、自分から殺してくれと言うまで苦しみを・・・」

 吉田は、何かを感じ取って居る。
 少しだけ躊躇して、アタッシュケースの蓋を閉じて、ユウキに返した。

「受け取れない」

「それは・・・。しかし・・・」

「情報は、君に渡そう」

「え?・・・。それなら情報の対価だけでも・・・」

 吉田は、苦笑でユウキの顔を見る。

「解った。でも、私は君に協力はできない」

「わかりました。アタッシュケースはそのまま持って行ってください」

 吉田は、深く息を吸い込んだ。
 ユウキの顔を値踏みするように見てから、大きく息を吐き出す。

 それから、3分の時間。吉田は、空を見つめてから、ユウキをしっかりと見つめた。

「わかった。私が掴んだ情報は、記者に渡しておく、それから、アタッシュケースの中身は、私が使っている探偵や仲間に渡していいか?」

「大丈夫です。足りなければ、今川さんに言ってください」

「わかった。それに関しては、甘えさせてもらう。君たちにも、情報が流れるようにしておく」

「助かります。学校以外の情報も?」

 吉田は、ニヤリとだけ笑って、ベンチから立ち上がった。
 そのまま今川に近づいて、SDカードを渡してからユウキが出てきた場所とは反対がわの入口から建物の中に入っていった。

 ユウキは立ち上がって、吉田の背中に深々と頭を下げた。

 ユウキは、今川からSDカードを渡された。
 手の中で、SDカードを弄んでいた。

 しかし、渡されたSDカードを今川に返した。それも、今川の手を持って、無理矢理に握らせた。

「ユウキ?」

 今川は、訳がわからない状況で、ユウキの顔を見る。
 手渡されたSDカードは、ユウキが行おうとしている(復讐)に必要な情報が詰まっている。必ず、必要になるとは言わないが、”必要ではない”情報は、存在しない。些細な情報でも、ユウキが必要としているのは、皆が認識している。それだけ、相手は巨大だ。
 何度も、何度も、話し合っている。殺すだけなら簡単という結論が出ている。一族、全員を殺しきることも、ユウキなら簡単に実現ができる。
 しかし、ユウキが望んでいるのは、”殺す”ことでの復讐ではない。

「今は、必要ない。今川さん。記者としての腕の見せ所ですよ」

 困惑した表情を浮かべる今川に、悪戯が成功した子供(ユウキ)は、”記者”としての腕の見せどころと伝えた。
 今川も、ユウキの狙いは解る。ターゲットの周りの”羽虫を叩き落せ”と言っているのだろう。全部をそぎ落とすのは難しいが、ターゲットを弱らせることは可能だ。弱らせれば、ターゲットが動き始める。動けば、ミスも出るだろう。

「ハハハ。三流のルポライターに何を期待しているのやら・・・」

 今川は、”三流のルポライター”と言っているが、実際にはユウキたちと関わるようになってから、務めていた雑誌社を辞めた。
 フリーのルポライターの肩書になっている。有力雑誌からは締め出しを喰らっている状況だ。雑誌社に持ち込むことができる。気骨のある雑誌社も残っている。

「今川さん」

「なんだ?」

 パルシェの屋上には、ユウキと今川以外の姿はない。
 ユウキは、周りを見回して、吉田が居ないことに気が付いた。

「今川さん。先生は・・・」

 今川は、吉田がすぐに帰ると予測していた。
 ユウキと吉田は根本が違う。

「なぁユウキ。”憎しみ”と”憎悪”の違いは解るか?」

 急に今川はユウキに質問をした。筋が通っていない質問だ。

「え?同じですよね?」

 ユウキは、今川の問いかけに、同義語だと答えた。
 今川がユウキに求めたのは、”国語”の答えではない。ユウキも、それは解っているが、今川からの答えが気になった。

「彼の・・・。吉田先生の感情は、”憎しみ”だ。そして、ユウキ。お前が持っているのは、”憎悪”だ」

「・・・」

 ユウキは、今川を見つめて、今川が何を言い出すのか待っている。

「これは、俺の勝手な解釈だが・・・。”憎しみ”は相手を恨むことで、自分が”正しい”と認識して安心する・・・。”正義”を求める感情だ。しかし、”憎悪”は自分を糧にしてでも相手の破滅を望む」

 今川は、ユウキからの視線には気が付いているが、視線をずらして、金網を握って、下を流れるように走る車を見る。
 ユウキに語っているのか、自分に言い聞かせているのか解らない。

 ”憎しみ”の感情を持つ吉田と、”憎悪”を募らせるユウキの違いは、今川にははっきりと解るのだろう。自分が、同じ場所に立っていないと、違いには気が付かない。
 今川の過去を、ユウキは知らない。
 しかし、ユウキは今川が自分たちに協力しているのは、”何か”理由があるのだと思っている。今川から話さない限り、ユウキたちは聞き出そうとは思っていない。

「・・・」

「吉田先生は、相手を恨んで、憎しみをぶつける存在を求めている。しかし、ユウキ。お前は違う」

 吉田たちは、ターゲットを調べて、追い詰められる一歩手前までは来ていた。
 しかし、追い詰めるような行動を起こしていない。

”こんな悪い奴に、俺たちは苦しめられている”

 吉田たちが望んだ真実が、自分たちに納得できる形で提供されれば十分なのだ。
 言い訳は、星の数ほど浮かんでくるが、白日の下に晒す覚悟が出来ていない。全てが詳らかになったときに、自分たちがどうなってしまうのか・・・。感情が霧散することを、恐れた。”正義”がないと言われるのを恐れた。

「”違う!”とは、言えないな」

 今川の話を聞いて、ユウキは”一つだけ”正しいことがあると感じていた。ユウキは、”刺し違えてでも構わない”と考えている。自分が持つ全てと引き換えに、自分が望む結末を迎える事ができるのなら・・・。

「ユウキ。俺は・・・。俺たちは、お前を・・・。お前たちを気に入っている。仲間だと・・・。だから、ユウキ、死ぬな。あんな奴らの為に、お前が命を散らす価値はない」

「・・・。解っている」

「・・・。解っていればいい。それに・・・」

 今川は、まだ下を見ながら、ユウキの言葉に反応する。

「それに?」

 下を見ていた今川が、金網から手を離して、ユウキを見る。

「俺には、お前が、死ぬざまの想像ができない」

 ユウキの肩に手を置いて、軽口をたたくように、ユウキに話しかける。

「なんだ、それは・・・」

 ユウキも、今川が言いたいことがわかる。
 死ぬつもりはない。しかし、日本での生活が出来なくなる可能性は、考えている。

 ユウキが、日本での生活が出来なくなることを、今川たちは恐れていた。自分たちの為にも、そして・・・。ユウキを息子のように感じている人たちがいる事を知っている。

「吉田先生の周りには、お前が行おうとする事を非難する者も出てくるだろう。お前に敵対するのではなく、邪魔にしかならない助言をする者が現れるだろう」

「解っている」

「気にするな。黙らせてやる」

「ん?」

「奴らは、”憎しみ”を持っているが、”憎しみ”だけでは、生きて行けない。”憎しみ”は糧にならない。生きて行く上での道しるべにもならない。だから・・・」

「解った。今川さん」

 ユウキは、今川が何をしようとしているのか解らない。
 しかし、自分の為に動こうとしているのは理解している。そして、今川が、ユウキの代わりに”泥”を被るつもりだと認識した。

 今川の気持ちは嬉しいが、自分で決着をつけたいという気持ちが鬩ぎ合っている。ユウキは今川に感謝の言葉が言えないまま、頭を下げるにとどめた。

 ユウキが、吉田と会って、情報の対価を渡してから、表面的には何も動きは見せていない。
 バイト先である水族館に顔を出した。他にも、市内にある神社のバイトも始めた。学校にも申請を行って、許可が降りている。買い物を済ませて、入学式が行われるまでに準備を終わらせようとしていた。

 無駄に高い制服も届いた。
 他にも、学校指定で購入しなければならない物があり、それを購入した。学費以外に数十万が必要になってしまった。品質もあまり良くないことを考えれば、差額がどこに流れたのか考えて、ユウキは笑いをこらえるのに苦労した。
 いずれ、今川が”疑惑”を暴いてくれるだろう。その時に慌てだすのが誰なのか考えるだけで楽しくなってくる。

 入学式は、講堂を使って行われる。新入生は、クラスに最初に向ってから、順番に呼ばれて講堂に入る。

 ユウキは、講堂に入って驚いた。正確には、驚愕を通り越して、呆れてしまった。
 音楽が鳴っていたので、何かしら流しているのかと考えたが、フルオーケストラで演奏をしている。

(見栄の塊だな)

 ユウキが心の中で呟いた通り、入学式は、新入生のために行われるものではない。
 壇上の真ん中で、軽薄な表情で笑いを浮かべた男の見栄を満たす為の行事だ。

 男の横には、同じような顔を持ち、男を30ほど若返られたと思える男と、化粧をばっちりと決めて、学校が指定した制服と形は同じだが、素材も装飾も違う制服を身にまとった女が居る。

(やっと始められる)

 ユウキは、自分を見ている視線に気が付いた。
 弱いスキルを発動して、視線の確認をすると、吉田がユウキを見つけて、視線を送っていた。探していた雰囲気がある為に、視線に気が付いたフリをして、ユウキは吉田に視線を送る。
 吉田も、ユウキの視線に気が付いて、視線を合わせてから、違う列に並ぶ教諭の何人か視線を送る。

 ユウキは、軽く会釈だけして、指定された席の前に立った。

 ユウキは、壇上に居る人物をしっかりと見つめる。

(まずは、お前だ!)

(今川さん。暴れているな・・・)

 ユウキは、今川から送られてきたURLを見ながら、呟いた。

 開かれたページは、有名なサイトだ。
 トイレの落書きと同程度の意味しかないが、それでも多くの人が見ているのは間違いない。

(それにしても面白い方法だ)

 今川が行ったのは、吉田教諭から得た情報の一部で、もっともマイルドな不正受験に関する話だ。

 今川が行ったのは、某新聞社のフォーマットで記事を作成して、校正を通したような状態で、記事を流出させる。丁寧に、政治案件だと解るような、”没”を示すような状況にしてある。
 ネットでは、ちょっとした祭りになっている。

 流れてきた情報だけを信じれば、学校の不正受験を特ダネに近い状態で記事にした。校正まで終わらせている状況だ。某新聞社のフォーマットに合わせて作られている記事だというのは、業界に詳しいと自称する人が説明を行っている。
 そのうえで、”没”になっている。誰かから・・・。国会議員からの圧力があった様に見える。

 実際には、今川の自作自演なのだが、流出したかのように見える状況が、想像の翼を広げやすい土壌になっている。
 記事には、学校の名前は書かれていない。しかし、所在地や学校の雰囲気から、いくつかの高校がリストアップされて、そこから繋がる国会議員の名前が出されている。

 ユウキは、情報が表示されているサイトを閉じて、目を瞑る。

(暫くは、静かだろう)

 ネットの情報だけで、何かが動き出すとは限らないが、記事のいたるところにギミックが仕掛けられている。
 ユウキも詳しくはないので、気が付かなかったのだが、森田が組み込んだ仕掛けが、情報を上手く拡散している。検証サイトが立ち上がって、検証班と特定班が動き出しているかのように見せかけている。
 こうなると、面白半分に情報を求める者たちが、集まりだす。

 受験が終わっている時期なので、余計にこの手の情報を求める者たちが多い。
 そこに、統一地方選挙が重なり、検索が政治や議員個人に関わる項目が増えている。

(それにしても・・・)

 入学式から、2ヶ月が経過している。
 バイク通学も、少々の問題は発生したが、大きな問題には発展しなかった。ユウキは、バイクの通学を続けている。もちろん、カバーストーリのためのバイトも続けている。

 動きは何もない。
 動き出すとしても、夏休み中か終わってからだとユウキは考えていた。

 実際に、クラスでは目立たない位置をキープしている。まだ、ユウキが”異世界帰り”だと知られていない。中間テストでは、”上の中”をキープした。入学後の体力テストでも、”上の中”くらいをキープした。
 ユウキが進学した高校は、部活にも力を入れている。越境で生徒を確保している。メジャーなスポーツには、金で集めた生徒を入れて、県で上位をキープして、全国大会の常連に名前を連ねている。その中での”上の中”がどのくらいかユウキはあまり深く考えていなかった。

「新城君!」

 ユウキに話しかけたのは、クラスメイトの一人だ。

「何?」

「新城君は、バイク通学だよね?」

「そうだよ?バイトの関連で許可を貰っているよ」

 仲間や今川や森田が見たら、”誰?”と疑問に思う位に素晴らしい笑顔だ。

「それなら、関係ないかな?」

 ユウキに話しかけたクラスメイトは、ユウキに学校が配布している紙を見せた。

「どうしたの?ん?ほぉ・・・」

 紙には、バイク通学に関する変更が書かれていた。
 学校が動いたというよりも、違う力が働いた感じだ。

 全部を読み込んで、紙をクラスメイトに返す。

「ありがとう。それで?」

 ユウキは、相手が求めている情報は解るが、あえて口にする事で、コミュニケーションを取ろうと考えた。
 クラスメイトとは、友達ではなく、知り合い程度の感覚でしかない。

 善意と無関心のバランスでユウキは悩んでいる。
 あまり、関わりを作りたくない気持ちと、自分が行おうとしている事に、巻き込んでしまう可能性が高いのが、同級生だ。最悪の場合には、学校が無くなる可能性もある。その時には、馬込がフォローをするとユウキには言っている。

「あっゴメン。僕は、バイク通学をするつもりはない。ただ、免許とか・・・」

 ユウキに話しかけた彼は、ユウキが誤解していると考えた。
 彼は、必要な費用が知りたかっただけだ。彼の友達が、免許の取得を考えているが、クラスが違う為に、ユウキに聞けなかった。頼まれて、ユウキに話しかけた。

 ユウキは、質問には丁寧に答えた。

 質問してきたクラスメイトは、ユウキの回答をメモして、礼を言って教室から出た。

 ユウキの生活は不思議な位に安定していた。
 バイト先で、生き物に触れ合う事で、新たなスキルが身に着いた。これは、ユウキだけではなく、他の者たちにも衝撃を与えた。スキルを得るには、フィファーナの環境が、もっと言えば”マナ”と呼ばれる力が必要だと思われていた。

 新たなスキルを得た事で、2つの可能性を考えた。
・地球にもフィファーナと同じ”マナ”が存在している
・フィファーナから戻った者たちは体内に”マナ”を蓄えられている

 前者は、物質がどんな者か解らないので、検証ができない。しかし、地球でもスキルが使えることから、フィファーナと同じ力があるのではないかと考えていた。しかし、地球に住む者たちは、スキルを得ていない。もしかしたら、検証ができないだけで、スキルを得ている者がいる可能性があるが、”悪魔の証明”になりかねない。
 そこで、ユウキたちが考えたのが、後者だ。これなら、納得ができる。フィファーナでも実験ができる。フィファーナは、”マナ”を知覚できる者が居る。そこで、”マナ”が存在しない空間を作成して、スキルを得るような行動を行う事で、スキルが得られれば、地球上でユウキがスキルを得た状況に似ている。

 ただ、重要な事は、地球でもスキルが得られる事だ。
 そして、地球でしか得られないスキルが存在している可能性がある。
 ユウキ以外の者たちが色めき立つ理由だ。地球で、それも日本で生活していても、危険は存在している。その為に、力を求める気持ちには代わりがない。

 授業も問題なく進んでいる。

 教師の中には、ユウキの態度が気に入らないのか、粘着してくる者も居た。どうやら、バイク通学の件でやり合った教師よりの人間らしい。ユウキが、飄々としているのが気に入らないようだ。

 様々な嫌がらせを些細なイベントだと考えて、報復などは行わずに、ユウキは学校での生活を行っている。

 6月に入って、生活も安定してきた。
 ユウキに嫌がらせをしていた教師は、バイク通学の件で手駒にした教師が、辞めさせる方向で動いてから落ち着いた。

 バイトの休みと学校の休みが重なった休日に、ユウキはフィファーナに転移した。

 ユウキが転移で戻った場所は、レナートの王城がある場所だ。

「おかえり」

 ユウキが魔法陣から出ると、マイが待っていた。
 魔法陣が光りだしてから、近くに居た者がマイを呼んできた。

「ただいま。マイ。サトシは?」

 ”おかえり”の言葉には、”たたいま”だろうと、ユウキが返事をする。
 そこで、レナートに来た目的の一つをマイに聞く。

「ディドとテレーザと一緒に、森よ」

「は?あいつ・・・。それで?」

 ユウキは、自分の依頼をサトシが行っていると考えた。

「準備は大丈夫よ。サトシが捕えてきた?わよ」

 マイは、ユウキの考えを否定した。
 既に準備が終わっているのなら、さらに森に行く必要はない。

「あぁ・・・。マイ。ありがとう」

 マイが、苦虫を噛み潰したような表情をしているのを見て、突っ込むのを辞めた。
 サトシのことだ、目的のために手段を選ばなかったのだろう。そして、手段を遂行しているうちに目的を忘れてしまった。マイの静止が間に合わず、ユウキが来る約束になっている時期に、出かけてしまっていた。

 マイの表情から、いろいろと悟ったユウキだが、話を進めることにした。

「大丈夫。サトシは、後でしっかりと話をする。ユウキ。それで?」

「そうだな。試してみないと解らない。地球の動物はダメだった」

「そう?何か、条件があるのかもしれないわね。そういえば、ユウキの家の広さは?」

「ん?あぁ大丈夫だ。流石に、エンシェントドラゴンは無理だが、飛竜種くらいなら庭に置いておける」

「あぁ・・・。庭を抜いた部分を教えて欲しい」

「普通の二階建てだ。地下は、作った」

 ユウキは、家の間取りをマイに説明した。

「そう・・・」

 マイの表情から、ユウキは何か嫌な予感がしたが、気にしないようにした。

 マイが先導する形で王城を案内している。
 ユウキも知っている場所なので、場所を教えてもらえれば、移動は可能なのだが、ユウキや地球に戻った者たちは、レナートから出た人間と公表しているために、建前だが、レナートに残った者たちが案内をするという体裁が必要になる。

「ん?庭じゃないのか?」

 通された部屋で、ユウキは怪訝な表情を浮かべて、マイに質問をする。

「えぇこの部屋で少しだけ待っていて欲しい」

 ユウキは、マイの雰囲気から事情を察した。

「わかった。ヴェルが治療中か?」

 マイは、肩をすくめる動作をするに留めた。

「三保の家は、ペットOKだよね?」

 家を見て回っているので、マイも知っているはずなのだが、確認の意味が強い。

「ん?買い取ったから大丈夫だ?」

 ユウキも、マイの質問の意図が解らなかった。
 計画について話をしている上に、報告もしている。皆は、ユウキの”金”だと思っているが、ユウキは”皆で稼いだ金”だと思っているので、自分で得たと思われる金銭以外は、皆に報告してから使うようにしている。

「終わったみたい」

 扉がノックされる。
 入ってきたのは、治療を行っていたヴェルとオリビアだ。

「ユウキ。久しぶり・・・。でも、ないな」

「そうだな。ヴェル。大丈夫だったのか?」

「うん。サトシは手加減が苦手だから・・・」

 ユウキは、最初にマイを見てから、治療を担当してくれたヴェルを見る。

「そうか、悪かったな」

 ユウキは、少しだけ勘違いをしているのだが、会話として成立している上に、サトシが問題になる行動をしたのは間違っていない。マイも、ヴェルも、オリビアも、ユウキが勘違いをしていると気が付いたが、あえて訂正しなかった。

「それで、ユウキ。スキルは取得が出来ているのか?」

 オリビアが、ユウキに必要なスキルの取得を確認する。

「大丈夫だ。スキルは取得している。使い方は、教えてくれるのだろう?」

 ユウキがヴェルに話を振ると、頷いているので大丈夫なのだろう。

「そういえば、回復させるために、契約をしたのか?」

「大丈夫。あとで説明はする。マイが・・・」

「へぇ・・・」

「ユウキなら、他のスキルと組み合わせて、いろいろ出来そう。あとは、地球で大丈夫なのか・・・。そっちが心配」

「そうだな。魚や草木は大丈夫だったから、大丈夫だと思う。マイ。頼んでいた物も準備ができたのだよな?」

「うん。準備はしたけど、本気?」

「本気。本気。本気と書いて、マジと読むくらい本気」

 マイとヴェルが苦笑して、オリビアが笑いをかみ殺している。

 マイは、ユウキが戻ってきているタイミングを利用して、いろいろ報告をしている。
 地球から持ち込んだ、野菜や調味料になる草木の育成実験の結果報告から、果物の育成状況の報告をしている。養殖は、一度は成功したのだが、その後に全滅して、原因を調べている最中だ。地球にないスキルが影響していると考えたが、1世代は繁殖している。2世代目も大丈夫だった。原因が判明しないので、養殖の前段階として、繁殖の実験から行っている。

 異世界で繁殖した魚を、地球に持ち帰って、いろいろ調査したが、地球で繁殖した魚と違いを見つけられなかった。地球で科学的に調べても同じ種だと判断された。
 しかし、魚は”スキル”を使っていた。その為に、スキルを利用する為の物質は”地球”にも存在する物だと判断されている。

 この実験から得られた知見から、今回の作戦が実行される事になった。

「ヴェル。どこに行けばいい?」

「大丈夫。連れて来る」

「わかった」

 ヴェルとオリビアが部屋から出る。
 5分くらいしてから戻ってきた。

「ん?マイさんや?」

「何かな。ユウキどん?」

「ふふふ。ヴェルが連れてきたのは、フォレストキャットの幼体では?」

「そうですよ?正式には、”イリーガル”になっている幼体ですね。親に捨てられた所を、保護した?」

「疑問形にされても、なにも解決ができていない。それに、オリビアが連れているのは、フェンリルの幼体では?あれも、”イリーガル”か?色が少しだけ違うみたいだから、もしかしたら・・・。シルバーフェンリルの幼体か?」

「そうね。変異種なのか解らないけど・・・。あちらは、”イリーガル”ではないけど、許してね」

「ふぅ・・・。一度、マイとはしっかりと説明したほうがいいだろうか?」

「なに?意外と大変だったのよ。サトシが、密猟者を捕えて、密猟者たちを全員、捕えてしまって・・・。殺してくれたら、話が楽だったのに・・・」

「え?フォレストキャットは?親が放棄したのだろう?」

「えぇそうよ。偶然見かけてね。ユウキに渡すのに丁度いいと思ったのよ。大きさも、家猫でしょ?雑種で通るでしょ?最終的には、トラくらいのサイズになるけど・・・」

「どの辺りが大丈夫なのか疑問だが・・・。”イリーガル”だから、群れから排除されたのか?」

「多分ね。放置して、”はぐれ”になってしまうと困るから・・・」

「・・・。わかった。フォレストキャットは、全部で3体か?ヴェルが連れているから、全部(メス)か?」

 ヴェルが頷いている事から、ユウキはいろいろ考える。
 ”つがい”である必要はない。フィファーナでは、魔物に分類されるフォレストキャットは楽に7-80年は生きる。野生な状況でも、100年程度は生きると言われている。”イリーガル”となれば、進化の可能性もある。寿命は、1,000年に伸びても不思議ではない。
 そして、重要なのは魔物には繁殖期が存在しないことだ。ユウキたちも研究を続けているが、まだ魔物には解らない事が多すぎる。1年単位では、繁殖期がないというのが解った程度だ。

「ふぅ・・・。マイ。密猟者たちは、詳細は俺が知った方がいいか?」

 マイが頷いた事から、密猟者は”召喚勇者”だとユウキは判断した。
 フェンリルの中では、温厚だと言われているシルバーフェンリルの幼体を攫うようなことができるのは、”召喚勇者”しかいない。

「わかった。報告をまとめてくれ、親は?」

「殺されていたわ」

「そうか・・・。サトシは?」

「他に、密猟者が居ないか確認している」

「わかった。それにしても、シルバーフェンリルか・・・」

「大丈夫だと思うわよ。ヘル・ハウンドとかよりは・・・。サトシが狙っているのは、オルトロスだったから、止めさせたのよ?オルトロスの方がよかった?」

「はぁ・・・。アイツ・・・。頼んだ、意味が解っているのか?地球で、飼育すると伝えたよな?」

「もちろん。”バレなければ大丈夫”だと言っていたわよ」

「・・・。疲れた。それじゃ、フォレストキャット3体と、シルバーフェンリル2体との契約をする。報酬は、頼んだ時に言われた物でいいのか?」

「十分よ。セシリアが喜ぶ」

「わかった」

 ユウキは、ヴェルから魔物との契約を行う時の注意と方法を教えてもらった。
 スキルの補正があるので、習得も問題がなかった。

 5体は、まだ幼体だが、契約者との意思の疎通にも成功している。
 言葉を使った意思疎通はまだできなかったが、簡単な意思はユウキでも理解ができた。ユウキの話している内容も簡単な命令には従えるくらいだ。ヴェルの見立てでは、2-3ヶ月もすればもっとはっきりと意思が解るようになると言っている。
 経験を積む為に、時々はレナートに連れてきて、”魔の森”での狩りを行わせた方がいいだろうという事になった。

 まずは、5体を連れて、地球に戻った。

「ここが、お前たちの家だ。領域は、解るようにしてある。その中は、自由にしていい。あっ人が来ても攻撃はしないように、あとスキルの使用は、俺が許可を出した時だけだ」

 5体から、了承の意思が伝えられる。
 フォレストキャットの3体は、家の中を住処に定めたようだ。
 シルバーフェンリルは、庭を好んだ。砂浜までの間を疾走するのが日課となる。交代で、番犬の役割をすることにしたようで、1頭は玄関に居る。犬小屋は、似合わないので、小さめの馬房のような建物を用意した。
 5体には、スキルが付与された首輪をしてもらっている。

 ユウキは、フォレストキャットとシルバーフェンリルを、役所に届け出を出した。
 偽造などはリスクしかないが、ワクチンは不安だったので、馬込に頼んで融通が利く獣医を紹介してもらった。

 伊豆の拠点にフォレストキャットとシルバーフェンリルを連れて帰った。
 状況を説明したら、ヒナとレイヤが呆れて居た。サトシのオルトロスを捕まえようとしていたのには、笑い始めてしまった。オルトロスを連れて帰ったら、すぐに話題になって、マスコミで家の周りが埋め尽くされるだろう。世界各国からインタビューという名前の強制撮影が始まるのが解り切っている。
 幻影のスキルを使えば、解らないようにするのは可能だが、かけ続けるのは面倒だ。道具に付与しようにも、わざわざオルトロスを眷属にする意味はない。サトシも解っていると思ったのだが、俺の認識が甘かったようだ。

 馬込先生にお願いして、口が堅い獣医を紹介してもらった。
 獣医師の所まで移動しようとしたが、動物の大きさと希望内容(予防接種)を聞いて、拠点まで来てくれることになった。

 予防接種の実施と、健康診断を頼んだ。
 シルバーフェンリルとフォレストキャットという”魔物”だという事は、伏せている。
 状態異常に対して、高い適性を持ち、殆どの状態異常が無効になる。注射を打たれても、大丈夫だと思うが、一応スキルで耐性をあげてから、お願いをした。証明書を発行してもらった。シルバーフェンリルもフォレストキャットも”MIX(雑種)”で登録を行う。

 予防接種の証明書を貰って届け出をだしてから家に戻った。
 結界に接触した形跡があった。時間を確認して、隠している監視カメラを確認した。

 どうやら、家に人が住み始めたと思った、放送局の集金員が見回りに来たようだ。他には、ポスティングを行う人のようだ。

 この手の侵入者への対応も考えなければならない。本命が釣れなくなるのは困る。しかし、邪魔な存在だ。

 まず俺が考えなければならない事がある。シルバーフェンリルとフォレストキャットの名前だ。
 シルバーフェンリルは、アインス/ツヴァイ/ドライにしよう。覚えやすいのが一番だ。フォレストキャットの名前は、決めている。アイツが、院に住み着いた猫を呼ぶときに使っていた名前だ。ウミとソラ。

 アインスは、シルバーフェンリルのリーダーだ。ウミとソラは、シルバーフェンリルの群れには入らない。基本は、家の中で過ごしている。

 アインスたちは、犬用の餌を喜んで食べる。ウミとソラは、最初はそれほど高くない猫用の餌を食べていたが、徐々に贅沢になり、試供品で貰って来た高い餌を食べてからは、それしか食べなくなった。あとは、お決まりのおやつを好んで食べる。
 お前たちは、犬でも猫でもない。魔物だろうと言っても、そんな時だけ可愛く鳴くだけだ。

 気にしないようにしている。

 アインスたちが庭で過ごすようになって、気が付いたことがある。
 まず、椋鳥が多かったが、今では見かけない。元々、空き家で、庭と海側も空地になっていた。荒れ放題だったために、虫など椋鳥に餌になる物が多かった。綺麗に片づけた事で、餌が少なくなり、アインスたちが常に居るために、椋鳥が居なくなった。夕方になると現れていた蝙蝠も見なくなった。

 厄介な訪問者は、椋鳥や蝙蝠だけではない。
 もともと、空き家と空地で、人の目が少なく、道路から離れている。海岸は、お世辞にも綺麗ではないが、人が居ない。
 そんな場所に夜中に訪れる者たちが居る。具体的に言ってもしょうがないけど、椋鳥や蝙蝠の方がいい。アイツら、私有地に入っている意識がない。行為の後始末をしない者が殆どだ。煙草の吸い殻を捨てていく位なら可愛い物だ。コンビニで買ってきた物を飲み食いしてやることだけやってゴミをおいて帰りやがる。

 区役所に相談した。ゴミの収集はしてくれると言ってくれた。
 一度、金を使って掃除を行った。
 その後は、私有地を明確に示すようにしてから、大型犬注意の看板を設置した。
 実際に、夜中に入り込もうとした奴らは、アインスたちに襲わせた。捕縛させて、スキルで記憶をいじって、150号の途中に放置した。車からは、ガソリンは抜いておいた。現金も抜いて、スマホは水没させた。そのあとも、同じように忍び込んだ者たちを、始末したら噂が立ったのか、侵入者は確実に減った。
 侵入者が少なくなってきたタイミングで、結界を強化した。バイクをおいている場所以外は、結界を強めにしている。

 問題は、ポスティングを行う侵入者だ。
 しょうがないので、ポストを結界の外側に設置することにした。それでも、家の玄関に挟もうとする者たちが多い。確かに、有益な情報が含まれている地域の情報誌もあるが、ポストに入れてくれればいい。玄関まで入って来られると、ウミとソラがスキルを発動して攻撃をしてしまう。

 学校では、目立っていない。
 授業は何も問題になっていない。吉田先生からは、情報が入ってくるが、あまり使い道がない情報ばかりだ。今川さんに渡して終わりにしている。それでも、相手側に与えるダメージが大きいだろうと聞いている。

 スマホが鳴る。
 ウミもソラも、スマホがなりだす前に反応するのは、凄い。

 次の休みに、フィファーナに連れて行こう。戦闘経験やスキルの習熟を行おう。定期的に連れて行った方が良いかもしれない。

『ユウキ!』

 スマホからは、マリウスの声が聞こえる。
 拠点からの連絡だったから、レイヤかマイかと思ったが、珍しい。

「どうした?」

『久しぶりに、こっちにお客様だ』

「そうか?それで?」

『お前の関係だ』

「え?」

『レイヤが今、確認をしている。ヒナがいうには、”間違いない”らしい』

「ほぉ・・・。今、解っていることを教えてくれ」

『あとで、ヒナがまとめる。来るか?』

「この後、バイトが入っている。終わったら、顔を出す。レイヤとマイに伝えておいてくれ」

『わかった。無理するなよ』

「あぁ」

 電話を切る。
 俺の関係?誰だ?まだ、俺と拠点は繋がっていないはずだ。それに、”俺”だと認識されるようなことはないと思う。記者会見で、すぐに気が付いたのなら、すでに接触があるだろう。それがなくて、いきなり拠点に侵入を試みるのは、意味がわからない。

 ひとまず、CBR400Rでバイトに出かける。
 清水駅近くにある市場の清掃のバイトだ。紹介されて、スポットで頼まれた。ありがたい。今日は、区役所は休みだけど、バイトが終了したら、区役所に顔を出して欲しいと言われている。

 話は、今の生活に何か困っていないか?と、いう聞き取り調査のような物だ。
 金銭などのサポートを受けていないが、スポットでできるような仕事やボランティアを紹介して貰っているので、呼び出される。問題がないと話をして、困っていることを相談する。私有地になっている場所に、人が入ってゴミを捨てていくと相談したのも、この窓口だ。相談だけで、解決は、身銭を切って行ったのが良かったようだ。それから、何度か問題がないかと聞かれるようになった。

 家に帰って、着替えてから、拠点に移動する。

「ユウキ。早かったな」

「あぁ。侵入者は?」

「死んだ」

「そうか・・・。何か、解ったか?」

「あぁ。地方の政治家から頼まれたらしいことまでは、記憶が読めた」

「地方の政治家?どこの?」

「オカヤマとか言っていた」

「岡山?」

「そうだ」

「それで、俺に繋がるのが解らない?」

 マリウスと話をしていた部屋のドアが開いて、ヒナが入ってきた。

「これよ」

 マイから渡されたのは、馬込先生から渡された、今の国会議員たちの派閥や、繋がりを表にした物だ。
 複雑に線が絡み合っている。党を越えて利益供与を受けている者たちも存在している。大手マスコミや繋がりのある企業や官僚組織。天下りの団体。外郭団体。政治結社や右翼団体まで記入されている。あまりにも複雑になっているので、細かい部分は別紙参照になっている。

 広げたA1の用紙には、俺が敵だと定めた奴らの名前が書かれていて、関係している企業や政治業者や官僚などが書かれている。

 マイなその中から持っていたポインターで一人の名前を示す。

「これが、送り込んできた政治家の先生よ。アリスが記憶を覗いたから間違いないわ」

「指示は?」

「この場所に保管されている薬品や研究結果を盗み出すのが目的。盗み出すのが難しければ、盗聴器を仕掛ける様に言われていたみたい」

「ははは。舐められているな。盗聴器の送信機を、議員先生に送っておいてくれ、同時に、死んだ男の服も頼む」

「服は、どうする?」

「ん?綺麗な状態だろう?その方が怖くないか?」

「そうね。自分を裏切ったと思わせるのには丁度いいわね」

「頼む」

「あっユウキ。どこに送る?地方議員だけど、東京に愛人に与えた部屋があるみたいだよ?」

「へぇそこに荷物を届けておこう。先生名義の荷物が解るように、部屋の前においておこう。同じ場所に住む人には申し訳ないけど、スキルで大きな音を深夜に鳴らしておくか?それとも、異臭騒ぎの方がいいか?」

「わかった。私とリチャードとロレッタでやっておくよ。マスコミが寄ってくるようにしてから、荷物を置くようにすればいい?」

「それで頼む」

 侵入者の処理をヒナに託して、ユウキは自宅に戻った。
 マイとの約束を果たすために準備をしなければならなかった。

 準備は、そんなに難しい事ではなかったが、場所の選定に困っていた。
 アインスたちが私有地に入り込む侵入者を防いでくれるようになった。それでも、まだ侵入を行う者は出てくるのだが、以前よりは少なくなっている。家の中には、ウミとソラがいる。

 家から浜に繋がる場所も、家の一部なのだが、アインスたちのおかげと、立地から人目がない。

 ユウキは、マイの依頼を達成するための準備を、この場所で行うことにした。

 まずは、近くにあるベイドリームで材料を買い集めた。
 学校に通っている。部活はしていないが、放課後をバイトに充てている。それでも、ユウキは時間を持て余していた。拠点に行けば、何かしらの作業を行うのだが、”あまり頻繁に拠点に顔を出すな”とヒナに言われてしまっている。ユウキが顔を出せば、皆がユウキに頼ってしまう。
 同じ理由で、レナートにもあまり顔を出していない。

 レナートに残った者たちで、ユウキのスキルである”転移”スキルが付与された道具を作り出した。

 利用には、いろいろな制限がある。
 一つ目の制限は、スキルが利用可能になる間隔だ。ゲームを嗜むものが”クールタイム”と呼んだことから、クールタイムと呼び続けているが、厳密にはチャージのための時間で、24時間程度が必要になり、地球に行った場合には、36時間のチャージが必要になった。
 クールタイムは、道具を増やす事で対応が可能なのだが、二つ目の制限として、道具を作る素材がレア度の高い物が必要になってしまっている。レナートに残ったメンバーでも、多くを揃えるのは難しい。現状では、5組を作るのが精一杯だった。
 三つ目の制限は、一方通行になってしまっている。送信と受信という組み合わせで設置しなければならない。制限ではあるが、大きな問題ではないと考えている。道具の大きさが四畳程度の大きさで、スキルの発動時に道具の上に乗っている()が転移する。運用で対処を行うことになった。
 四つ目の制限は、受信側の設置を行ってから出ないと、送信側の設定ができない事だ。その時に、ユウキが受信側の設置を行って転移で送信側の設置を行う場所に戻らなければならない。手間ではあるが、ある意味でしょうがない制限だと思える。転移は、空間を越えるスキルだが、ユウキの転移は時間も越えているのではないかと思われている。
 スキルの解析が終わっていない状況なので、設置には慎重論も出たのだが、それ以上に便利になると、実験的な設置が検討された。

 レナートの王城とユウキたちの地球での拠点が結ばれた。
 半月の範囲内での実験だったが、事故などの発生もなく、転移がしっかりと行われた。生き物も大丈夫だと判断された。最終的には、7往復の人の転移を行い問題が無いと判断された。

 5組ある転移道具の2組は、王城と地球の拠点を結んだ。
 残った3組の二つをユウキの家と王城を結ぶ計画が立ち上がった。ユウキが頻繁に何かを送る事はないが、何かあった時に、レナートからユウキの所に素早く駈けつける為だ。
 そして、残った一組は、拠点からユウキの家に一方通行だが向かう為に設置する。

 ユウキが浜に向かう通路の途中に、場所を確保して作っているのは、転移道具を設置する小屋を作る為だ。
 最終的には、スキルでの補強を行うのだが、見た目だけでも小屋にしておこうと考えた。

 小屋を設置して、レナートと繋がる転移道具の設置を行う事が、マイから依頼された事だ。

 最初は、家の中に設置しようと考えたが、レナートから送られてくる物が安全とは限らないために、ユウキは小屋を建てることにした。家全体の結界を張り続けるよりは、楽にできることや、ウミとソラがユウキの居ない時に、送られてきた物を触って怪我をしない為の配慮だ。アインスたちにも同じ事が言えるが、基本は外で過ごしているアインスたちは安全だと考えた。

 入学して、問題らしい問題が発生していないのが気持ち悪いと感じながら、ユウキは学校とバイトをこなしながら、小屋の建築を行っていた。

 小屋が完成したのは、初夏を感じる頃だ。
 転移道具の設置を行うために、レナートと拠点を行き来する必要がある。

 ユウキは、設置にそれほど拘ってはいない。マイとヒナとサトシが、設置を切望していた。ユウキも、”あれば便利”くらいには考えていた。

 転移道具の設置を終わらせたユウキは、マイに報告するために、レナートに戻った。

「ユウキ!」

 後ろから、大きな声で話しかけられたユウキは、振り向く。

「なんだ?それにしても、久しぶりだな」

「そうだな。いつも行き違いになっていたからな。今日はどうした?」

 サトシが嬉しそうな表情で、ユウキに駆け寄る。
 実際には、1か月くらい前に話をしたのだが、以前は一緒に居るのが当たり前だったので、少しでも離れていると、”久しぶり”という感覚が強く出てしまう。

「マイに報告だ」

「お!転移ゲートが出来たのだな?」

「転移ゲート?」

「しっくりくる名称がないから、俺が考えた!」

「はい。はい。それじゃ、転移ゲートで決定なのだな?」

「そうだ!」

 サトシが、転移道具の設置時に拘ったのが、名称がない事だ。
 スキルを付与した道具は、召喚者たちは”魔道具”と呼んでいたが、フィファーナでは、そのまま”道具”と呼んでいた。スキルの付与で、呼び名が変わらない。転移道具という呼び名がサトシには許せなかったらしく、文句を言っていた。
 ユウキもマイも他の者たちも、名称に文句があるのなら、”自分で考えろ”と突き放したので、サトシはレナートの大臣たちを巻き込んで名称を考え始めた。盛大に、大臣たちだけではなく国王を交えて会議を行った。

 それで出てきた名称が”転移ゲート”だ。
 門ではないのに、ゲートと呼ぶのに抵抗感があるユウキだったが、ここで名称に文句を付けても面倒になるだけと、名称を受け入れた。

「それで、マイは?」

「この時間だと、セシリアと一緒だと思う」

「ん?セシリア?あぁ王妃教育か?」

「そう」

 ユウキの目には、サトシこそ国王になるための教育を行う必要があると思っているのだが、それをセシリアとマイが否定した。
 特に反対したのが、現国王の妃だ。セシリアの母になるのだが、マイがサトシとの婚姻に戸惑っていた時に、後押しをした人物だ。その現在の王妃が、サトシには国王の為の教育は必要ないと明言した。

 国王の言葉は、全てが正しく、態度やマナーなど国王には必要ないということだ。
 それで、国難に襲われても、それは国王の選択だというのだ。

 国王がどんな事をしても、王妃がサポートをすれば問題にはならないと譲らなかった。

「・・・。終わるまで待つか・・・」

「それなら!俺と、模擬戦でもどうだ?腕が鈍ったら大変だ。確認をしてやる」

 ユウキは、少しだけ考えてから、サトシの提案を受け入れた。
 スキル無しの刃引きした武器で行うことになった。

「そうだな」

 マイとセシリアの王妃教育が終わるまで、たっぷりと3時間。
 ユウキはサトシの相手をしていた。

 ユウキも修練を行っていた。鈍ったつもりは無かったのだが、実践を行っていた時よりも確実に動きが悪くなっていた。

「ユウキ。鈍ったな」

「確かに・・・。ふぅ・・・。少し・・・。スキルを使うぞ」

「いいぞ!」

「辞めなさい!ユウキ!サトシ!」

 マイが、訓練場に入って来て、怒鳴った。
 二人は、発動の途中までのスキルを強制終了して、力を解放する。

「二人が、スキルを使ったら、刃引きした武器でも、訓練場が壊れるでしょ!特に、サトシ!手加減が出来ないのに!」

 ユウキは、冷静になって、マイに謝罪した。
 家に帰ってからも、アインスたちと訓練をすることを決意した。

 夏休みの2週間前になって、やっと問題が発生した。

 ユウキが学校に通っている時間は、アインスとツヴァイとドライは、敷地内で自由に生活をしている。
 そして、アインスとツヴァイとドライは、シルバーフェンリルだ。犬とは違う。そして、毒物への耐性も取得している。

 ユウキがバイトから帰ってきて、バイクを駐車場に止めた。
 駐車場には、アインスが待っていた。

「アインス?」

 いつもなら、転移ゲートの近くに居る事が多いアインスがユウキを出迎えた。
 アインスは、シルバーフェンリルたちのリーダー格なので、転移ゲートを守る事を仕事と捉えていた。

 そして、ユウキの足下に形が崩れたクッキーの様な物を転がした。

「これがどうした?犬用のおやつみたいだけど・・・」

 ユウキは不思議に思いながらも、アインスから”鑑定をしろ”と言われたので、鑑定を発動して、犬用のクッキーを見た。

「毒物か?」

 ユウキの鑑定では、毒物と表示されるが、実際には農薬が仕込まれたお菓子だ。

”ワフ!”

(さて、警察に連絡をする前に・・・)

 ユウキは、監視カメラの確認を始めた。
 すぐに対象の者たちは判明した。ユウキの予想とは違った者たちが映っていたが、想定の範囲内だ。

「アインス。元の場所に戻しておいて欲しい。え?形が崩れていない物もある?」

 ドライが、おかしを食べて、体調を崩したフリをして、証拠の動画に収めてあるとユウキに報告をした。
 ユウキが、動画を早送りして確認すると、ドライがおやつを食べて、泡を吹いて倒れる様子が撮影されていた。

 ユウキの指示を聞いて、アインスは器用にスキルを使って、毒入りのお菓子を、元の場所に戻した。

 ユウキは、スマホを起動して、馬込に繋いだ。
 馬込から、警察に連絡を入れてもらうことにしたのだ。

 元々、馬込や森下からお願いされていた。

 連絡を入れて、事情を説明した。20分くらいしてから、3名の私服の警官がユウキを訪ねてきた。

 馬込にしたのと同じ説明をして、現場と証拠になる農薬入りのお菓子を渡した。

 簡単な事情聴取と農薬だとなぜ気が付いたのかを質問されたが、匂いと飼っている犬が苦しんでいたので、農薬なのではないかと思った。などと、馬込からアドバイスを貰ったストーリーで答えた。
 現場の撮影と、証拠のお菓子と、監視カメラの動画を、警察が預かっていくことになった。

 普段は、学校とバイトに言っていると説明をして、何か連絡すつような事が生じた場合には、窓口にしている弁護士に連絡をしてもらうことにした。

(週明けの学校が荒れているといいな。楽しみだ)

 ユウキの希望通りにならなかった。
 学校は、普段通りに授業が進んだ。

 昼休みに、警察が学校に訪れたが、ユウキへの接触だけではなく、生徒への接触もなかった。

 放課後になって事態は、動き始める。
 数名の生徒が呼び出された。

 ユウキは、これ以上は学校での動きが無いと見て、家に帰ってから経典に移動して話を聞こうと考えていた。

「新城君!」

 ユウキが帰ろうと駐車場に向かおうとしている時に、吉田教諭が声をかけてきた。

「吉田先生?何かありましたか?」

 ユウキは、大凡は把握している。内容は噂話で小耳に挟んだ程度だが、映像を提供したのはユウキだ。
 警察と一緒に確認をしているので、顔を見れば解る。

「噂は聞いていないのか?今日は、バイトか?」

 ユウキは、スマホを取り出して確認する。
 今日は、夕方からのバイトがあるだけだ。学校にも届け出をしているので、吉田が知っていても不思議ではない。

「バイトは、18時からです。それまで、図書館にでも行こうかと思っていました」

 ユウキは、本当は拠点に移動して、馬込から状況の説明をお願いしようと考えていた。

「それなら時間まで、話がしたい」

「わかりました」

 ユウキは、吉田教諭から話を聞いてみる事にした。
 状況が、どこまでわかるのかは不明だが、噂話よりも詳しい話が聞ける可能性がある。

 最低でも、警察に連れていかれた人数は知っておきたい。
 映像には、3人が映っていた。ユウキは、3人が警察に連れていかれていればいいと考えていた。

 馬込から、森下にも情報が伝わっていて、ユウキの考えは伝わっている。

”示談には応じない”

 既に、弁護士に依頼していることも警察には伝えている。
 森下の名前を聞いた時に、警官が嫌な顔をしたのを、ユウキは覚えている。

 吉田教諭が使っている準備室に向かった。
 途中で、自動販売機で飲み物を調達した。もちろん、吉田教諭のおごりだ。

「新城君。どこまで知っていますか?」

「え?」

「警察が来ました。犬のお菓子に農薬を仕込んで、飼い犬に食べさせようとした生徒が居たようです」

「そうなのですね」

「はぁ・・・。何が望みですか?」

「望みですか・・・。そうですね。連れていかれた生徒の素性を教えてください。あと、仲がいい人たちがわかると嬉しいです」

「やはり、君が始まりなのですね」

「先生。それは違います。彼らが、俺の飼い犬に、農薬入りの食べ物を食べさせようとしたのが問題です。はき違えないでください。俺は被害者です。犬の治療費だってかなりの金額になってしまったのですよ?」

 実際には、アインスたちは農薬入りのお菓子を食べていない。
 そもそも、ユウキ以外から渡された物は食べない。そして、農薬ではダメージを受けない。スキルで無効に出来てしまう。

「そうですね。君が被害者なのは認識しています。私の言い方が悪かったですね」

「いえ。大丈夫です。それで?」

「私も、全員は解りません」

「え?そんなに多いのですか?」

「知らないのですか?関係する者だけで、7名です」

「そうなのですね。実行したのは、3名なので・・・」

「3名?名前は解りますか?」

「すみません。顔を見れば解る可能性もありますが、断言は出来ません」

「知らないのですか?」

「はい。この学校の生徒だというのも、先生の話で知りました」

「・・・。本当ですか?」

「はい」

「それでは、呼び出された7人が、あいつらに関係する家の子供だというのも・・・」

「もちろん、知りません。そうなのですか?」

「そうだ。だから、新城君から話を聞けば、状況がわかるかと思ったのだが・・・」

「俺が知っている情報は、3人が農薬入りのお菓子を、ペットの犬に食わせる為に、家の敷地内に入って、投げ入れた事だけです。あっ。犬が苦しんでいたので、かかりつけの動物病院の医師に連絡して応急処置をしてから、入院させました。その時に、獣医師から”農薬”の可能性があると言われて、警察に連絡して事情を説明しただけです」

「そうか・・・。君の言っている内容は、私が警察から聞いた話と殆ど同じだ」

「違う所があるのですか?」

「被害者・・・。この場合は、新城君だけど・・・。君が、警察との連絡は、自分ではなく、弁護士にお願いしたと聞いている。それから、弁護士からは、”示談には応じない”と言われていることだ」

「そうですね。普段は、学校に居ますし、学校が終わればバイトです。バイト先に警察が来るのは、体裁が悪いです。弁護士は、以前にお世話になった先生が担当してくれると言ってくれたので、甘えた結果です」

「本当に、一つ一つは聞けば理由があり、納得ができる。しかし、示談に応じないのは?」

「え?大事なペットを殺されかけたのですよ?謝罪の言葉も何もない段階から、示談は考えないでしょ?」

「しっかりと謝罪すれば、示談にも応じるのかね?」

「納得のできる誠意の感じられる謝罪と、示談の条件が提示してからじゃないと、示談は考えられないですよ?」

「それは・・・。新城君の話はよくわかる。よくわかるが、やりすぎないように・・・」

「はい。先生がお聞きになりたい内容は?」

「十分だ」

 吉田教諭は、ユウキが主導して、警察を動かしたのかと考えていた。

 しかし、ユウキの話を聞いた限りでは、ユウキが被害者なのだ。

 ユウキは、吉田教諭から7人の素性を聞いた。
 ユウキが想像していたよりも、大物が釣れた可能性がある。

 7人全員は、ユウキが狙っている者に連なる連中で、親もユウキがターゲットにしている者に連なっている。

 バイトが終わって家に帰ってきたら、今川さんからの着信に気が付いた。

 今川さんには、俺の家に侵入した愚か者たちの身元を含めて家族やターゲットとの関係を調べてもらった。

 7人は、警察に連れていかれたが、謝罪文とか訳の分からない物を学校に提出するだけで、退学にもならなかった。休学だけだ。

 学校が与えた罰は、”休学10日”だ。笑いも出なかった。

 吉田教諭たちも抵抗したようだが、子供が学校外で行った事で、”学校の罰が重いのはおかしい”という頭が悪い話が通ってしまった。教育委員会も再発防止を学校にいうだけで、おとがめなしだ。
 もちろん、俺は何も聞かれもしない。謝罪文とかいう作文も見せてもらえていない。
 吉田教諭がいうには、謝罪文は7人が殆ど同じ内容だったらしい。

 警察で自分たちの非を認めなかったことや、未だに俺への謝罪がないことから、俺は被害届を取り下げていない。
 警察からも何度もスマホに電話が入った。何度かタイミングが悪くて出てしまったが、弁護士の森下さんに連絡するように伝えてから電話を切った。警察が家に来た事もあったが、録音をするというと、勢いが弱まって、意味が解らない事を言って帰っていった。
 そもそも、警官が一人で俺の家に来るのがおかしい。防犯カメラに映った警官の写真を、森下さんに頼んで問い合わせをしてもらった。

『ユウキ。調べたぞ!』

「ありがとうございます」

『お前の鍵で暗号化して送っておいた』

「わかりました」

 スマホを確認すると、添付が大きくてダウンロード出来ていないメールがあった。
 すぐにダウンロードを開始した。

『そうだ。ユウキ。来週に載るぞ』

「え?どの話ですか?」

『学校と警察と教育委員会が、”生徒の犯罪を隠蔽している”という感じの内容だ』

「それは、面白そうな内容ですね」

『だろう。学校名や地域は・・・。地元なら解るような内容だ。それに、学校の不祥事ではなく、警察の不祥事を論うような記事になっている』

「今川さんの力作ですか?」

『俺は、ネタを提供しただけだ。証拠を固めたのは、週刊誌の連中だ』

「へぇ。まだ、そんなマスコミが残っていたのですね」

『ははは。違う。違う。サポートする派閥が違うだけの話だ』

「敵対している組織に情報が渡ったのですね」

『そうだ。騒がしくなるかもしれないぞ?』

「大丈夫ですよ。それこそ、望む所です」

『そっちは大丈夫なのか?』

「大丈夫ですよ。夜襲でもくるのかと思ったのですが・・・」

『夜襲はないだろう。一応、資料には書いたけど、一人、大物が混じっているぞ?』

「へぇ?大物?」

『村井という奴だ』

「村井?」

『そうだ。議員先生のブレーンをやっている。簡単に言えば、ブローカーだ。それも、どちらかというと、裏と渡りを付けている奴だ』

「いきなり、釣れましたね。小物界の大物?大物界の小物?」

『小物界の大物だな。地方限定の力だ。あぁ表では、蕎麦屋をやっていることになっている』

「”やっている”こと?実際には、運営はしていないのですか?」

『人を雇ってやらせている』

「そうなのですね。それで、あの議員先生の会合では、蕎麦屋が使われるのですね」

『そういうことだ』

「ははは。ありがとうございます。今度、蕎麦を食べに行ってきますよ」

『味は悪くないという話だ。高いらしいけどな』

「わかりました。味のレポートでもだしますか?」

『必要ない。俺は、蕎麦屋は、”かんだやぶそば”と決めている』

「今度、東京に行った時におごってください」

『おい。ユウキ。俺よりも、お前の方が、金を持っているのだぞ?』

「今回の件が片付いたら、食べに行きましょう」

『そうだな。ユウキ』

「はい?」

『無茶はするなよ?』

「大丈夫です」

 そこで、電話が切れた。
 今川さんや森田さんや馬込先生が、俺の心配をしてくれている。

 ありがたい。
 そして、心配が心地よい。俺がやりたいことを、正義や悪で判断をしない。間違っていると思えば指摘してくれる。その時に、俺の考えを優先してくれる。レナートの国王夫妻を思い出す。

『自分たちでは手伝えないが、手伝えることなら言って欲しい』

 俺たちが、国王に謁見した後で移動した別室で言われた言葉だ。
 もちろん、条件も提示された。俺たちのメリットやデメリットもしっかりと説明してくれた。それでも良ければ、王国として”俺たちを受け入れる”と言ってくれた。俺たちのことも考えたうえで、話なのが解って嬉しかったのを覚えている。

 今川さんから送られてきた資料は、スマホでは読みにくかった。
 復号をスマホで行って、ネットワークから切断しているパソコンにスマホを繋げて、パソコンで資料を広げる。

 7人の身元が書かれている。今川さんたちが使う身上書のような物だ。
 サイン(指紋の捺印)された調書もある。警察の調書なんてどうやって入手したのか知らないけど・・・。俺が、口を滑らさなければ大丈夫だろう。口を滑らしても、尋問に来た警察に聞いたことにしてしまえばいい。

 それにしても、本当に、ふざけた奴らなのは間違いなさそうだ。犯罪の揉み消しも今回が初めてではないようだ。特に、侵入してきた3名は酷い。
 警察での調書ももともと決められていたことをしゃべっているようにしか思えない。
 7人の証言がぴったりと一致しているのが気持ち悪い。

 それだけの記憶力があれば、学校の成績はもっといいだろう?

 『犬を殺すつもりはなかった』?アインスたち(シルバーフェンリル)でなければ、致死量だ。大型犬でも十分に殺せる(農薬)が仕込まれていた。

 どうやら、警察の内部も割れているのだろう。
 呼び出したのが3人ではなく、7人なのは捜査をしっかりとしてくれている派閥がある。しかし、買収されている組織もあるのだろう。

 しかし、偶然なのか?
 主犯格の3名は、商店や飲食店の子息で、後ろに居る4人は公務員の子息だ。

 時計を見ると、22時を回っている。
 夜襲をしてきてくれるように、夜は電気を消している。帰ってきて、電気を少しだけ付けてから、消して過ごすようにしている。灯りが無くても、スキルで暗闇でも見えるようになっている。

 玄関のベルが鳴らされた。
 10人近い大人が、腕を組んだり、辺りを見たり、話をしている様子が監視カメラを通して見る事ができる。

 今日は帰ってもらおう。
 どう考えても、歓迎できるような人たちではない。

 無視を決め込んでいると、ドアベルを連打してくる。
 ドアを叩いて、怒鳴り始める。どう考えても、まともな人たちではない。

 全部を録画している。
 歓迎できるような訪問者ではない。このまま、騒がしくされても、俺は困らない。近所に民家はないので、誰かが警察を呼ぶこともないだろう。

 詫びるような雰囲気でもない。
 そもそも、謝るつもりなら、犯罪者である子供たちを連れてこなければ意味がない。

 ウミとソラが起きだして、準備運動を始める。
 眠りを妨げられて機嫌が悪いのだろう。

 アインスたちが”撃退するか”と聞いてきたが、無視するように伝えた。
 匂いを覚えておくように伝えた。俺が居ない解きに来ても、アインスたちが無理に対応することはない。

 徐々に声が大きくなってくる。
 ドアベルを鳴らす間隔が短くなってくる。実際には、外に大きな音がするだけで、家の中には音は響かないようになっている。

 次に、ドアを叩いたら、森田さん謹製のアラームが流れるだろう。

 叩きやがった。

”不法侵入と器物破損の疑いがあり、10分前からの監視カメラの映像を保存しました”

 本当に、面倒だ。

 今度は、”動画を消せ”とか言い出している。

 面白い動画の撮影が出来た。
 今川さんに送っておこう。

 さて、遮音結界を展開して、玄関以外には入らないように、結界で守って・・・。

 寝よう。
 さすがに、朝には帰っているだろう。

 怒らせるだけ怒らせた方が、強硬手段に出てくるだろう。

 今川さんの予想では、拉致まではないだろうと言っていた。
 大人数で囲んで説得(恫喝)してくるのが限界だろうと予測されていた。

 それでは、この件が終わってしまう。
 それでは困る。せっかくの事件だ。次に繋がるような種は残したい。

 大人たちが無様に怒鳴っている動画は警察に提出した。内容から、”先日の件に繋がる可能性があると思えた”という言い訳をつけ足した。
 もちろん、森田謹製のメッセージ部分も入っている状態だ。

 朝になって、学校が休みだと連絡が入った。
 なにやら、学校が保護者を集めて(説明会)をするようだ。

 俺には”保護者”は居ない。
 保護者に名前を借りているのは、今川さんと弁護士の森下さんだ。そして、保護者の連絡先として、森下さんが使っているスマホを登録してある。本当に、”あの大人”たちは、複数の連絡先を使い分けて混乱しないのだろうか?
 俺が知っている森下さんの連絡先とは違う連絡先を学校には伝えてある。旦那さんと共有している連絡先だと笑いながら言っていた。

 俺のスマホが鳴った。
 モニタには、”今川”と表示されている。

『ユウキ!』

 送った動画の件だろうか?

「はい」

『大丈夫か!』

 いきなり、耳を遠ざけたくなるくらいの大きな声が聞こえてきた。

「へ?」

 予想していなかった問いかけで、びっくりしてしまった。
 間抜けな声を出してしまった。

『動画を見た。襲撃が行われたのだろう?怪我は無いか?何か、破壊されたのか?』

 焦っている。夜半に動画を送って、確認したのは朝だったのだろうか?

 襲撃?
 誰も襲われていないし、危害も加えられていない。

 ドアを蹴られた程度だ。あと、門扉を蹴られたけど、強化を施してあるので、オーガの上位種でなければ破壊は不可能だ。花壇とか作って、踏み荒らされたら器物破損で訴えられたのに残念だ。ドアや門扉を確認したけど、壊されていない。傷さえも付いていない。

「大丈夫です。”襲撃”ではないと思います。ただ、玄関先で騒がれただけですよ?」

 今川さんが落ち着くように、何事もなかったように返事を返した。

『そうか・・・。でもな・・・。ユウキ。日本では、それを”襲撃”と表現するぞ?』

 そうか・・・。あれが襲撃?
 そういわれれば、ドアを蹴っているから、攻撃はされている。反撃をしないようにしていたけど・・・。

「そうなのですか?玄関で騒いでいた迷惑な奴らという印象ですよ?」

『ははは。そうか、迷惑な奴らか?』

 何が面白いのか、今川さんは、笑い声を上げている。
 本当に、楽しそうな声に変わった。よくわからないが、良かったと思っておこう。深刻な声のままでは、会話も楽しくない。

「そうですね」

『ユウキ』

 今川さんの声のトーンが変わる。
 真面目な話をする時の雰囲気が電話からも伝わってくる。

 せっかく、場が和んだと思ったのだが、本題はこれからなのだろう。

「なんでしょうか?」

『送られてきた動画をすぐに確認した。森田に解析を頼んだ』

 解析?
 解析が必要な動画だとは思えない。

「え?解析?」

『顔がしっかりと解る状況にした』

 そうか、俺の家に訪ねてきて”示談”を強要しようとしたのは、印象が悪い。

「雑誌に差し込むのですか?」

『いや、これは警察から漏れたような感じで、不自然なカットにして、ネットに流す。いいよな?』

 ネットに流す?
 大きな問題には・・・。

 警察から情報が漏れたようにするのか?
 そんなことが可能なのか?

 今川さんが言っているので、簡単ではないのだが出来るのだろう。

 警察の内部に居る奴らの協力者をあぶりだす目的に使うのか?

「大丈夫ですよ。俺の名前や、場所の特定は、映っている連中以外は不可能でしょう?」

 それに、今川さんの目的を聞いておく必要がある。勝手に動くとは思えないが、”ちぐはぐ”になってしまうのは、面倒な状況になってしまう。日本では、今川さんの手の方が長い。いろいろな事に、アタッチできる。

『あぁ。後ろに居た奴が問題だ』

「え?」

 あの動画のどこかに問題があった?
 チンピラにしか見えない奴らは居なかったと思う。家が金持ちなのだろうと思えるような人たちだけで、本人は空っぽなのだろうと思える人たちだった。問題になりそうな人が居てくれれば、俺は嬉しい。

『森下さんに確認してもらった。後ろに居た奴は、警察だ』

 森下さん?
 今川さんの口ぶりからすると、旦那さんなのだろう。警官だったはずだ。

 警官が”警官だと認めた”のなら真実味があるのだが、確か、旦那さんは警察で異端だと言われていて、なんか変な部署だと聞いた。

 でも、警官が居たのなら止めなければならない行為を見逃していたことになる。
 俺は、別に問題にはしないが、問題だと考える人が多いだろう。

「警官?でも・・・。あぁ奴らに繋がる者ですか?」

『確認を急いでいる。ユウキ。今日の学校は休め』

「え?あっ!」

 深刻な声の理由が解った。
 俺に、学校を休ませるつもりだったようだ。確かに、動画に映っていた親たちが次に行動を起こすとしたら・・・。

 俺の行動で確定なのは、学校だろう。
 バイト先に来て、同じような事を行ったら、”犯罪行為”に直結する。学校でも、犯罪行為なのだが、学校は保護者に弱い。矮小化した表現でゆるされてしまう可能性が高い。

 暴力行為や恐喝などの凶悪な犯罪行為を、”いじめ”などと矮小化された言葉でまとめる傾向がある。

『なんだ』

 少しだけ苛立った声だ。
 心配をしてくれるのはありがたい。レナートに居る時には感じられなかったことだ。子供だった頃とは違う。一人の人間として心配されている。まだ子供と言われる年齢だけど、今川さんや森田さん。他にも・・・。俺を、俺たちを”一人の人間”として接してくれる。対等な人間として・・・。

「今川さん。今日、学校は休みです」

『どうして?平日だぞ?』

 今川さんには説明をしておいた方がスムーズに進むことが多い。

「学校に保護者を集めて説明会が行われるようです。詳しい内容は、解らないのですが、森下さんの所に連絡が入っていると思います」

『そうか、わかった。弁護士のほうの森下さんだよな?』

「そうです」

『わかった。森下さんには、お前が問い合わせるか?』

 俺が知らなくていい事が多いだろう。
 敵がはっきりとわかればやりやすいのだろうけど、どうせ騒ぐのは下っ端の役目だろう。

「いえ、面倒なので、今川さん。お願いできますか?」

『わかった。でも、学校の事だろう?聞かなくて平気か?』

「大丈夫だと思いますよ。どうせ、言い訳のオンパレードでしょう」

『そうだな』

 俺の言い方が面白かったのか、少しだけ笑い声の状態で了承してくれた。

 昨晩の事で、警察が動いたとは思えない。時間的にも無理がある。証拠は提出しているが、解析を行わなければならない上に、証拠能力としては弱い可能性が高い。

「今川さん。記事にはなりそうですか?」

『無理だな』

 無理だと思って聞いた話だ。
 失望はしていない。

『今、記事にすると、尻尾が切られて終わりだ』

「え?」

 思っていたのと違った。
 ”記事にはできない”のは同じだけど、記事にした場合の影響があるようだ。

 今川さんの説明を聞いて納得した。

 今、記事にしてしまうと、奴らは蜥蜴の尻尾のように、問題を起こした奴らを切り捨てて終わりにする。
 俺に対する行動を慎むように言い出すかもしれない。だから、俺が狙っている者たちに片手でも、指先でも届いていない時には、記事にするのは控えた方がいい。

『ユウキ。スマン。森下さんから連絡が入った』

「わかりました」

 どうやら、今川さんの方にも連絡が入ったようだ。

 今日は、バイトも休みだし、レナートに行こうか?
 アインスたちの訓練も必要だろう。日本では、敵が居るとは思えないが、それでもスキルを取得して使い方を覚えるのは必要だろう。

 準備を整えて、レナートに向かおうと思ったら、森下さんから電話が入った。

『ユウキ君。今日は、家に居て』

「はい?」

『君の学校からの通達と保護者会に関しての報告をする』

「わかりました」

『今川さんと森田さんを呼んでいるから、夕方になると思う』

「え?はい。わかりました。場所は?」

『誰も居ない場所がいいとは思うけど・・・』

「わかりました。ひとまず、俺の家に来てください」