帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 ユウキたちは、安全になってから、お嬢様の治療をしたほうがよいと考えていた。
 ミケールも賛同した。問題の解決には、2週間程度は必要だとミケールから告げられた。

 ユウキたちは、”2週間”という時間は、襲撃者たちの対応ではなく、反乱分子の始末に必要な時間だと考えていた。

 しかし・・・。

「ユウキ!お客さんが来ているぞ」

「そうだな。いつもと同じ対処で頼む。質も落ちてきているから、捕えるだけでいい。後は、ミケールに渡して終わりにしよう」

 最初の襲撃があってから、10日が過ぎているが、当初は夜だけの襲撃だったが、4日前からは昼間にも襲撃が来るようになっている。それも、金で雇われたような奴らだ。
 最初は、その筋の訓練を受けている者が相手だった為に、ユウキたちも手加減が難しかった。自死を選ぶ者も居たために、捕えるのが難しい場面もあったが、5日目辺りから日本に居る。暴力を仕事にしている連中や、その予備軍が金で雇われたり、報酬に目が眩んだり、襲撃者の質が下がった。襲撃者が連携してくることもなく、組織だった襲撃でないだけに面倒になった。
 対応が簡単になったのはありがたいが、数が増えていった。

 組織に属していなくても、組織に属している者に雇われた者も含まれるために、襲撃の回数だけは増えていた。

 警察組織に渡そうと思ったが、森下に相談したら、ユウキたちの力を警察に知られるだけならいいが、権力者に知られる可能性があるので、止めた方がよいと言われて、捕えた奴らは、森田を通して、馬込に相談した。

「ユウキ。馬込先生の所に連れていけばいいのか?」

「そうだな。五体満足なら、使い道があると言っていた。いろんな方面に恩を売るそうだ」

「わかった」

 グレーではなく、ブラックな人たちだ。警察に連れて行っても、箔がつくだけの可能性もある。
 それなら、流儀に乗っ取って対処してもらったほうがいい。調べれば、筋がわかるので、馬込は筋の反対に属している組織に渡すことで、恩を売る事にしている。また、多くはないが、手駒に使えそうな人材は、ユウキたちの為に働かせることにした。

「リチャード。頼む。俺は、先生の所に行ってくる」

「ん?それなら、ユウキが連れていけば?」

「あぁ先生の所には違いないが、スパイに仕立て上げる者たちが居るらしくて・・・」

契約(ギアス)か?」

「あぁ」

「そりゃぁ確かに、ユウキが適役だな」

「だろう?だから、行ってくる」

「わかった。襲撃者は任せろ」

「頼む」

 ユウキは、手を振りながら部屋から出ていく、部屋には、リチャードの他に、ロレッタやエリクやアリスも居たが、皆がユウキを見送った。
 自分たちのリーダに絶対に信頼を寄せている。ユウキも、間違えることもあれば、失敗もするが、ユウキなら自分たちにすべてをさらけ出してくれると、教えてくれると、頼ってくれると、信頼している。自分たちも、周りの人物に・・・。一緒に過ごしてきた29名には、隠し事をしない。

 召喚された勇者たちは、お互いしか信じられない。お互い以外では、家族と呼んでもいいと思える人たちしか信頼ができない。

「ユウキ君」

「先生。詳しく、お聞かせください」

 馬込は、ユウキに椅子を進めてから、ユウキたちが捕えた者の中から、元々組織的な忠誠心が低い者たちをリストアップした。その者たちが属していた組織は、ユウキが目的を達成する為には、避けては通れない組織からの汚れ仕事を受け持っていた。

 そして、組織の中にスパイを送り込むメリットとデメリットを馬込はユウキに説明した。
 ユウキも異世界の勇者として活動する過程で、スパイのメリットとデメリットは理解していたが、自分の知識と日本での現状の違いが存在する可能性を考慮して、馬込の話をしっかりと拝聴していた。

「わかりました。先生のご提案を受けようと思います」

「よいのか?提案しておきながら・・・。二重スパイになってしまう可能性もあるのだぞ?」

「それは、スキルで縛ります」

「スキル?」

「はい。俺たちは、”呪い(ギアス)”と呼んでいます」

「”呪い”とは・・・。ユウキ君たちの仕事を手伝い始めてから、儂も”ラノベ”を何冊か読んでみたが、異世界は怖いな。奴隷を縛る方法があるのか?」

「ハハハ。そうですね。ラノベで書かれていることで、実際にできる事は少ないですが、奴隷制度は確かにありましたね」

「そうか・・・。それで、そのスキルを使用した時の、ユウキ君が被るリスクはあるのか?」

「ありますが、この世界では、ほぼ無いと思っています」

「それは?」

「ギアスが破られた場合に、私に返ってきます」

「それは・・・。そうか、ユウキ君のスキルを破るのは、君の仲間でも不可能だということか?」

 馬込は、ユウキのリスクを一番に考えた。
 そして、馬込はユウキの仲間が裏切る可能性を考慮したのだ。

 ユウキは、馬込の言葉から、”裏切りを危惧している”と感じたが、気分を悪くしなかった。自分が、馬込の立場なら最初に考える事だからだ。そして、仲間・・・。家族なら、裏切らないと信じている。信じたうえで、”ギアス”が破られる事はないと考えている。地球に存在するアーティファクトは可能性として考慮したが、考えてもしょうがないと思っている。それに、ギアスが返されても、ユウキなら耐性がある。
 フィファーナで散々やってきたことだ。それに、地球にユウキのギアスを解呪できる者が居るとは思えなかった。万が一の時には、解呪したことがわかるようなスキルを付与するつもりだ。それで、解呪された場所や時間が判明する。
 ユウキと同等のスキルを持つ、召喚されて帰還した29名以外の勇者が存在することになる。

 敵対するのなら、自分たちのルールで処分するつもりで居るのだ。

「無理です。俺のスキルを上回るのは、マイと・・・」「わかった。ユウキ君に任せよう。スパイたちに君が会う必要はあるのか?」

 馬込は、ユウキの表情から、もう一人の名前が解った。それで、ユウキの話にかぶせるように話を進める。

「そうですね」

「例えば、その者たちを、目隠しをして、口枷をして、手錠と足枷で拘束しても大丈夫なのか?」

「大丈夫です」

「何か、”ギアス”と言ったか、発動の条件はないのか?」

「一人一人に同じスキルを発動するのは面倒なので、一か所に集めて貰っていいですか?」

「わかった。そうだ。ユウキ君。報告の方法は、何かスキルでできないか?」

「え?」

「スパイが判明してしまう理由のほとんどが、情報の受け渡しの場面だ。情報を盗むことは、さほど難しくなくて、受け渡しの時に・・・」

「あぁそうですね。半日ください。フィファーナで使っていた方法を再現します」

「それは?」

「ラノベ風に言えば、”念話”ですね」

「ほぉ・・・。しかし、それではユウキ君か、ユウキ君たちにしか受信できないのでは?面倒ではないか?」

「あっ大丈夫です。念話の仕組みは・・・。今度、時間があるときに説明しますが、素養がない人物に強制的に”念話”が使えるようにスキルを埋め込みます。そのうえで、常時発信させるか、感情が動いたときに発信させるか、方法は調整が可能ですので、後で説明します。受信機は、森田さんや今川さんが持っているような道具で受信可能です。仲間が改良をして、地球の技術と融合させて、パソコンに保存できるようにしたので、それを使います」

「おぉぉ。それなら、ユウキ君たちが拘束されるようなことはないのだな」

「はい。大丈夫です」

「今の説明だと、スパイは、スパイしている事を、知らないことにならないか?」

「そうですね。見たものや聞いたことが、保存できます」

「そうか、”ギアス”に制限がなければ・・・」

「人数は、保存される場所と、それを仕分けする能力に依存します。無限とは言いませんが、100名とかでも可能です。しかし、スキルをかけるのに1-2分は必要なので、街中でいきなりとかは難しいと思います。足元に、魔法陣が出てしまいます」

「そうか、捕えた人間なら可能だな。わかった。済まないけど、時間を・・・。一日ほど、貰えないか?」

「えぇ大丈夫です」

「その間に、情報を整理する人員と、スパイに仕立てる人物の選別をする。ユウキ君。意識を支配して、行動を支配することはできるのか?」

「ギアスで可能です。制限は、ロボット三原則に近い物です。自死は不可能です。忠誠心が高ければ、術が失敗します。その場合でも、命令がキャンセルされるだけで、スキルは解かれません」

「わかった。ありがとう。少しだけ人選を変える必要がありそうだ」

「ありがとうございます」

 翌日、ユウキは馬込に呼ばれて、屋敷を訪ねて、ギアスを行使する。
 行動を縛らないスパイを、50名。行動を縛って、通話で命令を伝えるスパイを、15名。

 そして、情報を整理するために、行動を縛る者にもギアスを刻んだ。

 スパイにギアスをかけてから、2日が経過した。

「なぁユウキ。日本の・・・。いや、この場合は、地球にある”その手”の組織は、情報を軽く扱っているのか?」

「どうだろう?」

 情報はユウキの予想を上回る速度で集まっている。
 上がってくる情報を、ユウキと一緒に精査しているのは、リチャードとロレッタだ。

 精査された情報だけが、ユウキたちに届けられるが、それでも驚くほどの情報が手元に蓄積される。

「なぁ」

「そうだな。ミケールに渡して・・・」

「ユウキ。”丸投げ”だろう?俺たちじゃ対処できない」

「そうだな。丸投げが正しいな」

 ユウキとリチャードの話を聞いて、ロレッタが席を立ち上がる。

「それじゃ呼んでくるね」

「ロレッタ。待て!俺が、ミケールに資料を渡してくる」

「わかった」「まかせた」

 リチャードとロレッタは、資料をユウキが持った事で、任せることにしたようだ。
 自分たちに関係する情報も少しだけだが入手できている。二人は、その細い糸から復讐相手を引っ張り出す方法を考えようとしていた。アメリカに本部を置く新興の環境保護団体。実態は、環境テロ組織が二人の復讐対象だ。二人が居た、教会に隣接した施設が、環境保護団体からの抗議を受けて、移転しなければならなくなった。そして、二人を育てた教会関係者は、事故死した。教会関係者が居なくなってしまった教会が在った場所には、土地を二束三文で購入した環境保護団体が、豪奢なビルを建築した。二人が、異世界に召喚される1年前の出来事だ。
 二人は、事故をおこして、二人の大切な人を殺した者への復讐は終えている。しかし、本当の復讐相手は別にいる。やっとターゲットに繋がる糸が見つかったのだ。
 ユウキの復讐相手とも関係があり、日本にも支部を作った環境保護団体。二人は、情報を精査して、より詳しい情報を入手するための方法を考える。異世界で身に付けたスキルをフルに使って・・・。復讐を完遂するために・・・。

 ユウキは、情報を精査していた部屋から出て、ミケールたちが逗留している建物に向かう。
 少女には、ポーションを少量だけ混ぜた物を飲んでもらっている。一気に飲ませてしまうと、どの部分が実際に修復しなければならない部位なのか判断が難しい為だ。この方法は、異世界でも行っていた。ポーションは万能ではない。古傷でも効果が発現する場合もあれば、悪化する場合がある。そのために、定着してしまった傷を修復する場合には、慎重に行わなければならない。
 ユウキたちの仲間なら、即死の危険性がある”古傷”でなければ、乱暴な方法を採用した。

 ユウキは、少女の経過を聞いて、やはり一番乱暴で、一番非人道的で、一番確実な方法を選択する必要があると考えた。
 仲間ともブリーフィングを繰り返していた。まだ、結論は出ていない。しかし、時間としては、そろそろ結論を通達する必要があるのも解っている。
 ユウキたちは、少女の心に負担がない方法での治療を考えていたが、難しい状況になっている。

 ドアをノックする。
 遅い時間なので、返事がなければ、明日以降に資料を渡すことを考えていた。

『はい』

 扉の奥から、目当ての人物の声が聞こえた。

「ユウキです。ミケール殿に、お話があります」

 扉が開いた。少女は、すでに就寝しているようだ。
 部屋には、ミケールだけが、資料や端末が乱雑に置かれていた。

「ミケール殿。夜分に、申し訳ない」

「いえ、何かありましたか?」

「ゴミの排除は問題にはなっていません。そのゴミから得られた情報で、ミケール殿にお渡しした方がよいと思える情報を持ってきました」

「情報?」

「はい。情報の代金は必要ないので、処理をお任せします」

 ユウキは、ミケールに書類の束を渡す。

 数枚の紙を捲ってから、ミケールの表情が変わる。パソコンにデータを表示させて、ユウキが持ってきた情報と見比べる。

「ありがとうございます。大変、有意義な情報です。対価が必要ないとは、考えにくいのですが?」

「そうですね。それでしたら、少女の治療費に上乗せします」

「かしこまりました。旦那様にお伝えします。この情報だけで・・・。日本流の言い方をすれば、座布団で3枚ほど用意いたします」

「そうですね。座布団を3枚も貰っても、困ってしまうので・・・。そうですね。米国で動きやすい身分を3人分用意していただけますか?」

「3名でよろしいので?」

「はい。十分です。州を跨いでの移動で、呼び止められない。できれば、カナダ・・・。ポイントロバーツにも問題なく行けると嬉しいです」

「わかった。手配いたします」

「ありがとうございます」

 ユウキは、ミケールを見つめる。
 本当は、すぐにでも聞きたいことを、ユウキに問い詰めないのには、好感が持てる。

「ミケール殿。まだ、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。資料が重いので、テーブルには置かせてください」

 ユウキは、テーブルの前に置いてあるソファーに腰を降ろす。ユウキが座ったので、ミケールは資料を自分が使っているテーブルの上に置いた。

「ユウキ様。コーヒーでいいですか?」

「お願いします」

 ミケールが簡易キッチンで、コーヒーを手早く入れる。

 ユウキと自分の分を入れて戻ってくる。
 砂糖とミルクもしっかりと準備してきている。

「ありがとうございます」

 ユウキがコーヒーに口を付けるのを見てから、ミケールは口を開く。
 ミケールは、今からの話が少女に関してであることは察している。コーヒーには手を付けないで、手を握って、ユウキの話を聞く体勢になっている。

「それで?」

「少女の状態を、私たちなりに考えました」

「はい」

 ミケールが握った手に力が入る。

「まず、ポーションの特性をお伝えします」

「わかりました」

 ユウキは、ミケールにポーションは万能ではなく、古傷に使う場合には悪化する危険性があることを素直に告げた。
 危険性があった為に、使う前に調査を行った事を告げた。

「調査?」

「はい。ハイポーションを、”1万分の1”に薄めた物を作りました。それを、飲み物に入れました」

「え?」

「大丈夫です。ポーションの効能は出ません。そうですね。効き目がいい栄養剤と考えてください」

「わかりました。それで、お嬢様の体調がよかったのですね」

「それもあります。それで、調査の結果、判明したことがあります。詳細は、資料にまとめました。先ほどの資料の最後にまとめてあります」

「・・・」

「簡単に言ってしまうと、怪我が悪化する可能性が高いことがわかりました」

「それでは・・・」

「ポーションでは、表面の傷は治ります。しかし、深層部分の傷が悪化する可能性が高い状況です」

「・・・」

「傷が悪化しても、すぐに死に至るようなことはありません。これは、私たちが異世界で経験したことなので、検証は難しいと思ってください」

「はい」

 ミケールの手が震えるのがわかる。
 ユウキは、ミケールの心情を理解したうえで、話を進める。

「もう一つだけ確実に、治せる方法があります」

「え?それなら!」

「はい。完治します。元・・・。が、解りませんが、少女が思い描く状態に”再生”されます。先ほどの説明にあるような、深層部分の怪我も悪化しません。完治します」

「ユウキ様」

「しかし」

「金銭で済む話なら、いくらでもお支払いいたします。もし、私の命を差し出せと言われても構いません」

「いえ、金銭でも命でもありません」

「・・・。何か、条件があるのですか?」

「条件ではありません。その方法は、治療というには、乱暴すぎるので・・・。少女に説明が難しい・・・。必要なのは、覚悟だけです」

 ユウキは、少女に行う治療の説明をミケールに行う。
 話を聞いているミケールは、冷静に話を聞いているが、ユウキの話は荒唐無稽と断罪するのは簡単だ。しかし、方法が、残されていないのも解っている。実際に、ミケールは少女にユウキの話を、概要を伝えることにした。

 翌日の夕方。
 ユウキの前に、ミケールと少女が現れて、ユウキの治療を受けると宣言した。

 準備に、時間が必要になるので、明日の夕方に治療を行うことが決まった。

 私は、今”日本”に来ている。

 事故で全身に火傷を負った。その時に、片耳と片目を失った。喉も焼かれて、言葉は出せるが、雑音が混じるような汚い声だ。
 そして、火傷は、私の心まで焼いた。

 パパは、私を治そうと必死に医師を求めた。
 しかし、私も見た医師の反応は同じだ。パパの権力を恐れて、”難しい”以外の言葉を聞いた事がなかった。

 左手は、癒着して開かない。右手は辛うじて動かすことができるが、火傷の後が疼いて痛い。

 右足は膝から先が無い。左足は、腿から先に感触がない。存在してはいるが、触られても解らない。

 身体は、辛うじて火傷を免れた部分ではあるが、女としての機能は失われている。
 人間としての機能も失われているのかもしれない。

 息を吸って吐き出している存在が、私だ。辛うじて、飲み物は飲める。食べ物も口に入る大きさに切られていれば食べられる。

 14歳の誕生日から私は、一人では食事も排泄も不可能な状況になってしまった。人形以下の存在だ。

 パパは、私だけでも生き残ってくれて嬉しいと言ってくれている。私は、パパの為に生きる。生きると決めた。一人では生きられない私が滑稽な望みだ。でも、私が生きているだけで、困る人がいる。そんな奴らに負けたくなかった。

 死ぬのも難しい身体だが、死ぬことはできる。
 私は、死ぬのを諦めた。生きて、私を殺そうとした人を困らせる。

 ミケールから教えられた・・・。『”日本”に、私を治せる方法がある』と・・・。期待していなかった。今まで、同じように期待して裏切られてきた。しかし、ミケールからもたらされた情報は、私の理解を越えていた。
 ポーション?魔法?それは、ドラマやアニメーションや小説の中の話だ。それが現実に?

 私は、ミケールが見せてくれた動画を見て興奮した。こんな身体になってから初めてだ。期待したわけではない。TVで繰り返される、魔法のようなマジックや物理現象を見て心が弾んだ。彼らの動画は、それ以上だ。
 ミケールは、すぐにパパに報告して、パパは動いてくれた。私は、身体が治らなくても・・・。でも、『”日本”で魔法使いに会いたい』とパパにお願いした。

 パパは、彼らが行ったオークションでポーションを落札した。
 それを口実に、彼らに会いに来た。ミケールや私の世話をしてくれる人たちと一緒だ。”日本”には前から行きたかった。富士山の神々しい姿。これが、同じ世界にあるとは思えない。

 日本に来て、富士山を見た。私は、目的の半分以上は達成できた。

 しかし、本来の目的はこれからだ。
 魔法使いでも、私を治すのは無理だろう。また期待して裏切られたくない。

 しかし、彼・・・。彼らは違った。
 私の姿を見ても、憐みの視線を向ける事も、蔑んだ視線でもなく、自然体で私を見てくれた。
 それが、私には、嬉しかった。

 私は、”可哀そうな少女”でなければならなかった。彼らは、私を”可哀そうな少女”として見なかった。

 彼らは、私を”客”として扱った。
 ミケールから毎日の報告を受けて、信じられない気持ちになっていた。

 私が生きているのを好ましく思わない人物が、居るのは知っていたし、認識していた。屋敷にいる時にも、何度も殺されかけた。
 ”日本”は安全だと思っていたけど、私を殺したい人は、大きく動いた。

 しかし、そんな襲撃者を彼らは撃退した。それだけではなく、捕えて、ミケールに渡してきた。
 ミケールは、パパに連絡をして、事後処理を行う。

 忙しそうに連絡を取り続けるミケールを見ている。今までは、憔悴したような表情が多かったが、彼らの用意した部屋では、私が安全だと思っているのか、ミケールはパパの仕事や襲撃者たちの処理を行っている。嬉しそうに、対応を行っているミケールを見ることができた。

 ミケールから、襲撃者のことを教えてもらった。
 パパからも許可を貰っている情報だけだけど、見せてもらった。信じられない人数に、ミケールに何度も確認をしてしまった。そんなに、私を殺したかったの?

 しかし、ミケールから話を聞いて納得した。襲撃者は、確かに私の命を狙っていた。でも、人数が増えたのは、彼らが持つポーションを奪うためだ。ポーションを使って、お金儲けを考えていた。彼らの見た目は、幼い。年齢を聞いて驚いた。

 驚いた私をさらに驚かせるように、彼らは魔法を使ってくれた。
 そして、スパイが居たことも特定された。ミケールは、これで、更に安全が高まったと言って、私の護衛を彼らに任せた。

 彼らから貰う。飲み物を接種するようになってから、身体の調子がいい。喉を襲っていた不快な感覚も治まった・・・。気がする。声も変わってきている。ように、感じる。
 気のせいだろうとは思う。いくら、”日本”がNINJAの国で、彼らが”魔法使い”でも私の状態を治せるとは・・・。期待はしていない。でも、この楽しい時間は、炎で身体と心を穢してから、感じたことがない安らぎだ。癒されている。

「お嬢様」

 ミケールが、慌てて部屋に飛び込んできた。
 また、何かあったの?

 しばらく見ていなかったミケール。彼らに協力して情報を整理していた。それが、パパや私のためになるのだと言っていた。だから、会うのも久しぶりだ。前は、ミケールに会えないと不安に押しつぶされそうになっていたけど、彼らの誰かが必ず私の側に居て、寂しさを埋めてくれる。

 久しぶりに見たミケールは、以前のようにきっちりとしていた。
 でも、どうしてか、ミケールの姿がはっきりと見える。火傷で穢された左目は見えるけど、ぼやけて見えていた。今は、ミケールの表情まではっきりと解る。

「ミケール?どうしたの?」

 ミケールが泣いている?
 私が知っているミケールじゃないみたいだ。なんで、泣いているの?

「お嬢様。お声が・・・。それに、お顔の・・・」

 声?
 顔?何も変わっていない。

「え?声?確かに、出しやすいけど・・・。それに、顔・・・。見たくないわよ」

 彼らは、部屋に鏡や姿が映る物は排除してくれている。
 窓ガラスさえ、姿が映らない。どんな技術なのか笑って教えてくれなかったが、外の様子は見えるのに、私の姿が映らない。屋敷にある私の部屋にも、このガラスを入れて欲しい。そうしたら、一日中カーテンを締め切って過ごさなくて済む。

「お声は、奴らに・・・。その前のお声と・・・。それに、お顔の右側ではなく、左側の・・・。火傷の跡が・・・。消えております」

 え?
 声は確かに、変わったように感じていたけど、耳がおかしくなったと思っていた。

 髪の毛で隠している右目は、見えない。
 でも、左目はしっかりと見える。

 どういうこと?

 私は、夢でも見ているの?
 何もしていないのに、火傷跡が消える?

 ミケールが、手鏡をかざしてくれる。見たくなかったが、目を開ける。

「うそ・・・」

 顔にあった、焼け爛れた跡が消えている。
 右目と右耳はまだ火傷に覆われているが。左目と左耳にあった火傷の跡が消えている。それだけではない。口の周りも綺麗になっている。

 本当に、私?
 辛うじて動く、右腕で手鏡を触る。手が動く?手鏡を持つのは無理でも、肌に触れられる。動かすと激痛が襲っていたが、今は痛みを感じない。

 左目を触る。触っている感覚はない。ないけど、鏡で見ると、私の右腕が右目を触っている。目にも、腕が動いている。手が見えている。

 涙が・・・。左目から、涙が・・・。嗚咽が左耳に届く、ミケールが泣いている?違う。私だ。私が・・・。ただ、これだけの事で・・・。

「ミケール」

「お嬢様。ユウキ様から、提案がありました」

「え?」

「お嬢様の火傷を治す方法です」

「治るの?治せるの?本当に?」

「はい。しかし・・・」

「なに?条件?お金?」

「いえ、違います。ユウキ様たちは・・・」

「それなら何?」

「方法が・・・」

「治るのなら、どんな方法でも・・・」

 身体を要求。違うわね。私のように炎に愛撫された汚れた身体なんて・・・。それなら、何?ミケールがいい澱む条件?

「お嬢様」

「ミケール。教えて!」

「はい。その方法は・・・」

 彼らから提示された方法は、確かに彼らだけに許された方法だ。彼ら以外が提案してきたら、正気を疑われる方法だ。だからこそ・・・。信じられる。
 でも、私はそれに掛けたい。はじめて、”治る”と断言してくれた彼らを信じる。怖い・・・。怖いけど、このまま、生かされている状況よりは、私のことを考えてくれる、彼らを信じる。
 それに、条件に”私の前に、自分たちの仲間で試す”それを見てから決めて欲しいと言われた。

 そこまで・・・。
 私は、ミケールをしっかりと見つめて、彼らから提案された方法での治療を受けると宣言した。

 ミケールは、大きく頷いて、彼らからの方法を自分で試すことを許可して欲しいと言い出した。何度か、ミケールを説得するが・・・。ダメだった。
 私が、頷くまでミケールは、私を説得してくるだろう・・・。本当に・・・。

 ユウキの前に、ミケールが座っている。

「本当に?」

『はい。お願いします』

 ユウキは、頭を抱えてしまった。
 治療の方法をいくつかオプション付きで説明をした。翌日に、ミケールに連れられた少女がユウキを訪ねてきた。

 そして、一番、非人道的だが、確実に治せる方法を選択したとユウキたちに告げたのだ。ここまでなら、ユウキたちも想定していた。準備に動き出そうとしたときに、一緒に来ていたミケールが、ユウキの前に進み出た。そして、治療を試すのを、自分でやって欲しい、少女の許可は取っていると、言い出した。ユウキたちは、自分たちの身内では、信じてもらえないと考えて、捕虜にした者から適当に選抜して実験を行うつもりでいた。
 ミケールと少女に、自分たちの仲間ではなく、捕虜を使って治療を実演して見せると言っても、ミケールは譲らなかった。
 少女の治療に当たって、自分(ミケール)が担当できる行為を、他人に渡したくないと言い切った。その言葉を聞いて、ユウキたちも、ミケールに治療を体験してもらう流れにした。想定している流れの中では最悪の部類だ。

「最後に、確認です。治療は、確実に行えますが、100%ではありません」

『かまいません。ユウキ様。できましたら、お嬢様の現状に合わせてから、治療を行ってください』

「ちょっと、待ってください。ミケール殿。それは、顔半分を焼いて、手を癒着するくらいの高温にさらして、腕の筋肉が再生されないように火傷を追わせて、そのうえで、足の膝から切断して、腿やお腹まで、火傷を負わせる。と、いうことですか?」

『はい。目を潰して、片耳も潰して、喉は治ってきていますので大丈夫です。あと、背中も焼いてください』

「ミケール殿?」

『できましたら、痛みを感じるようにしてください』

「え?」『ミケール!』

 ミケールが、少女に伝えていなかったお願いをユウキに伝える。
 少女が被った痛みの1万分の1でも経験したかった。痛みも怪我もすべて、少女の変わりができるのなら・・・。不可能なのは、解っている。なら、せめて少女が被った痛みを感じたかったのだ。

「・・・。わかりました。痛みが感じるようにするのは可能です。しかし、絶対に安全だとは、言い切れない。それでも、構いませんか?」

『はい。ありがとうございます』『ユウキ様!そんな・・・』

 少女は、ユウキがミケールを止めてくれると考えていた。しかし、ユウキのセリフは少女が望んだ内容ではなかった。ミケールの希望に沿うような内容で、ミケールの申し出を全面的に受け入れる内容だ。

 ユウキの宣言を聞いて、少女は言い出したミケールと承諾したユウキを交互に見つめる。自分にできることを考えるが、いい方法が思い浮かばない。ミケールの表情から、考えを改めさせることは不可能だと思い知った。しかし、ミケールの覚悟に報いる方法を、少女はなんでもいいので・・・。

『ユウキ様。ミケールの申し出は・・・。ミケール。私からも一つだけ条件を付けます』

「条件?」

 ユウキは、少女が次に言い出すセリフが解っている。何度も、似たような場面をフィファーナで見てきた。子供の治療を肩代わりしようとする両親や、失った恋人の手足を自分の手足で、と、懇願する男性を・・・。ユウキたちは、戦場で、日常で、見てきた。

『はい。私は、ミケールが痛みを負うべきではないと、傷を受けるべきではないと、今でも考えています。しかし、ミケールは、納得しません』

 少女は、ミケールとユウキを交互に見ながら、一言一言、綺麗に変わった声で、自らを納得させるように言葉を紡ぐ。

『なので、ミケールが受ける痛みを、傷を、私は見続けます。私が居ない所で、受けるのなら、私は治療を拒否します』

 ユウキはやはりという表情をする。
 ミケールも解っていたのだろう。少女の言葉を、想定していたようだ。

「わかりました。まずは、お二人で会話して決めてください。私たちは、お二人で決めた内容に従います」

 ユウキが、二人に向けて放った言葉は、突き放すようにも聞こえるが、二人には大事な時間を与えることになる。
 確かに、車の事故と違って、ユウキたちなら、怪我を作るのにも、命の危険は、”ゼロ”に近い。しかし、”絶対に死なない”とは、言い切れない。ユウキは、部屋から出ていく前に、二人に説明を行った。

「隣の部屋に居ます。必ず、お二人で納得するまで、会話をお願いします」

 残された二人は、ユウキが使った扉を見つめてから、お互いを見つめる。最初に、口を開いたのは、どちらなのか覚えていないが、二人の会話はこれから1時間にも及んだ。

「ユウキ?」

 リチャードが部屋に入ってきたユウキに話しかける。リチャードは、治療のためではなく、治療を行う前準備のために待っていた。治療のメインは、ユウキが担当する。レイヤとリチャードが手伝いをする。お互いのパートナーもこの場所に呼んでいる。患者が少女のために、デリケートな部分は女性である二人が担当する。

「二人で話をしてもらっている」

 ユウキの返答を聞いて、リチャードはどこか納得した表情を浮かべる。

「そうか、会話が足りなかったのだな」

 状況が把握できたかのように、ユウキに確認を求める。
 違う扉からは、レイヤが部屋に入ってきた。

「レイヤ。ヒナとロレッタは?」

 リチャードが、部屋に入ってきたレイヤに質問をする。

「外に出ている。後で来る」

 レイヤの答えは簡潔だ。外に出ているという言葉で、ユウキとリチャードは、また襲撃が行われたと判断した。事実、侵入者が街道で発見された。ヒナとロレッタは、侵入者の確認を行って、二人で対応できるのなら、対応を行う予定になっている。

「解った」

 リチャードが手を上げて、了承の意思を伝えると、レイヤは壁際に移動して、背中を壁に預けて、目をつぶる。

「ユウキ?」

 レイヤが、ユウキの名前を呼ぶ。説明を求めている状況だ。

「お互いに大事だと、大切だと、思っていても、お互いを思うだけでは解決しない状況だってある」

 ユウキは、リチャードからの言葉への返答から会話を始めた。
 レイヤも、別に全部の説明を求めたわけではないので、状況が解れば十分だ。

「そうだな。それで、ユウキ。お前の想定の範囲か?」

 ユウキたちは、治療の流れを想定していた。
 ユウキが想定した中に、今回の流れが存在していた。二人は、流れの確認をしたかっただけだ。そして、ユウキの想定した中に、現在の流れがあるのなら、問題はないと考えている。
 ユウキに寄せる絶対なる信頼から来る考えだ。

「あぁやはり、ミケール殿が被験者になる。しかし、別の準備も頼む。話し合い次第では、そっちに転ぶと思う」

 ユウキが想定して中で、可能性が高いと思われていた流れだと説明をする。流れの中で、ユウキたちがベストだと思う流れに移行する可能性を、ユウキが口にする。

「わかった。意識を飛ばした奴でいいか?」

 リチャードが、壁際に居るレイヤを見ながら、ユウキに確認をする。

「そうだな」

 少女とミケールの判断を待たなければならないが、準備を怠る理由にはならない。ユウキが想定したことなら、どちらに転んでも対応が可能になるようにしておかなければならない。もう一つの可能性を、少女とミケールが選択をした場合には、手伝いの人間を増やす必要がある。

「あぁ」

 了承の意味を込めて、レイヤが頷く。

「意識まで治ってしまわないか?」

「別に、治ってもいいだろう?また、壊せばいいだけだ」

「わかった。適当に見繕ってくる」

「頼む」

 レイヤが手を振って部屋から出ていく。すでに、準備が整っていると言っても、最終確認は必要だ。
 ユウキとリチャードが、少女とミケールの返事を待っている間に、レイヤは想定される道具を用意する。準備に漏れがないように、確認をしておく、並びに、想定される事案で必要になってくる人員の手配を行う。

「襲撃も、巧妙になってきたけど、いい加減にして欲しいよな」

 リチャードが懸念しているのは、治療中に襲撃が行われることだ。少女の治療には、4-5時間が必要だと考えている。
 襲撃が行われても、残っている人員で対処は可能だ。しかし、万全を期して望むためには、しっかりとした準備が必要になる。

「無理だろうな。本当に、送り込んでいる奴らが諦めない限りは・・・」

「そうだな・・・」

 リチャードは、問題になっている部分を認識はしているが、対処はまだ行えていない。
 現状では、対処療法としての襲撃者対応しか、できていない。

 二人の間に、沈黙の空気が流れた。それぞれが、思考を加速させる。襲撃者のことや、己たちが行わなければならない事柄を・・・。

 二人が、思考を辞めたのは、ドアがノックされる音が、耳に届いたときだ。

 優しく3回ノックされたドアを、ユウキが開けた。
 そこには、車いすに乗った少女とそれを押しているミケールが居た。他には、誰も連れていない。

 ユウキたちの拠点の中は安全だと言っても、今までは護衛の者が付いていたが、二人だけで、ユウキたちが待っている部屋を訪れた。

「決まりましたか?」

 ユウキは、直球で少女に問いかけた。

『はい。残念ですが、ミケールを説得できませんでした』

『お嬢様』

「わかりました。準備はできています。地下で施術を行います」

 ユウキたちは、立ち上がって地下に繋がる階段がある部屋に向けて歩き出す。

『ユウキ様。お願いいたします』

 ミケールが、少女の座っている車いすを押して、ユウキたちの後に続いた。

 地下に繋がる階段がある場所に辿り着いて、ユウキは後ろを振り返る。
 階段には、扉を開けなければならない。

 この扉には、一つの仕掛けがしてある。

「契約の時に、お話をした通りに、これから行われる事や、この扉に私が触れてから、見たり、聞いたり、感じた事は、例え身内であっても話さないようにお願いします」

『わかりました』『はい』

 ミケールは、ユウキをまっすぐに見てから了承した。少女は、少しだけ俯きながら、ユウキを見て了承した。実際には、ユウキたちとしては、誰かに話をされても困らない。この扉を開けるのは、ユウキたち以外には不可能なのだ。もっと言えば、ユウキ以外には不可能なのだ。

 ユウキが扉に手を触れると、扉の下方から上部に向かって光が走る。

『綺麗』

 少女が光を見つめている。
 ユウキが手を触れている場所まで光が到達すると、光は扉に魔法陣を描き始める。

 扉に、幾何学模様が描かれる。
 光がゆっくりとした速度で明滅する。徐々に明滅の速度が早くなり、光が強くなる。

 単なる演出だが、この間に階段が別の場所に作られている地下室に繋がる。

 扉が光で覆われてから、ゆっくりとした速度で光が収まる。
 ユウキが扉から手を離すと、ゆっくりとした速度で扉が開き始める。

「どうぞ。スロープもありますので、焦らずにゆっくりと付いてきてください」

 ユウキの宣言通りに、階段の横にスロープが作られている。ミケールに押されながら、少女が座っている車いすがゆっくりとした速度で、下に降りていく。

『ユウキ様?』

 壁には、電灯なような物はないが、壁が淡く光って、足元を照らしている。

 少女は、壁を興味深く眺めている。

 3分ほどで地下に到着した。

 地下には、すでに日本に残っているメンバーが揃っていた。

「初めての者も居ますので、簡単に紹介だけさせてください」

『お願いします』

「姫様の補助を行います女性陣です。右から、ヒナ、ロレッタ、サンドラ、アリス、ヴィルマ、イスベルです」

 ユウキが、女性陣を紹介する。
 名前に合わせて、一歩前に出て貴族に対する礼を行う。レナート式だが、失礼にはならない丁寧さがある。

『よろしくお願いします』

「ミケール殿のサポートを行う男性陣です。右から、レイヤ、リチャード、フェルテ、エリク、マリウス、モデスタです。スキルを利用するのも、この者たちです」

『わかりました。レイア様、リチャード様、フェルテ様、エリク様、マリウス様、モデスタ様。よろしくお願いいたします。そして、ヒナ様、ロレッタ様、サンドラ様、アリス様、ヴィルマ様、イスベル様。お嬢様をお願いしました』

 深々と頭を下げるミケールに、男性陣も貴族に対する礼を行う。

「始めますか?」

 ユウキは、ミケールに向けて、表情を変えずに問いかける。

『お願いします。もしもの時には、お嬢様をお願いいたします』

「最善を尽くします」

『ありがとうございます』

 部屋は、この為に作られたかと思うような作りになっている。
 部屋が、大きなガラスで区切られている。扉は左右に付いているが、簡単には行き来できない。

 ミケールと男性陣が隣の部屋に移動する。
 仕切られていた扉が閉められる。

『お願いします』

「姫様。音を遮断できますが?」

『ユウキ様。ありがとうございます。私は、ミケールを説得できませんでした。これは、私が聞かなければ、感じなければならない事なのです』

「わかりました」

 ユウキは、指を鳴らすと、部屋にミケールたちが居る部屋の音や匂いが部屋に伝わってくる。

「ミケール殿。痛覚を弱めることができますよ?」

 スキルでの攻撃ではなく、そのあとの行為に関して確認を行う。

『ユウキ様。必要はありません。私が、気を失ったら、起こしてから再開するようにお願いします』

「わかりました。レイヤ!」

「おぉ・・・。わかった。ミケール殿。一気に行くぞ、気をしっかりと持てよ!」

『はい。レイヤ様。お願いします』

 女性陣は、これからの行為の概略を聞いている。
 忌避する者は居なかったが、少女が耐えられるのか心配になっている。サンドラとアリスが少女の横に付いて、万が一のときにはスキルを発動する手はずになっている。

 男性陣が、スキルの準備を始める。
 順番に行うと、それだけミケールへの負担が大きいのは理解している。躊躇しては、ミケールにも失礼になると考えている。

「行くぞ!」

 レイヤの声にタイミングを合わせて、スキルが発動する。

 リチャードが、背中を焼く。
 レイヤが、足を膝から切り落とす。

 フェルテが目を潰して、エリクが耳を切り落とす。

 マリウスが右手を癒着する程度に炙る。モデスタが左腕をスキルで焼き始める。

 切り落とされた脚や耳や顔をスキルで容赦なく焼き始める。

 苦痛に耐えていたミケールを新たな苦痛が襲う。
 気絶を許さない連続でのスキル発動だ。声すらも出せない絶叫だ。音が喉から漏れるが、スキルが容赦なく、注ぎ込まれる。肉が髪の毛が焼ける匂いが部屋に充満する。

 少女は、ミケールの状態を一つも見逃してはならないという気持ちで、目を見開いてミケールに注がれるスキルを見つめている。
 大きく開かれた目から、涙が止めどなく流れている。口を一文字に結んで、目の前で行われる非道な行いを見つめている。何度、”辞めて”と叫びそうになったが、この行為を決断したのは、ミケールであり、自分だと言い聞かせる。
 だからこそ、少女は流れ出る涙を拭くよりも、目を見開いて、耳で、心で、ミケールの状態を見ている。

 スキルの発動が止まる。
 ぐったりとしたミケールだが、肩が動く、生きていることが確認される。少女は、嗚咽とも思える声で、言葉にならない音を発する。しかし、目は閉じていない。しっかりとミケールだけを見ている。

「レイヤ」

 いつの間にか、ヒナが部屋に入っている。
 ヒナが持っているのは、ポーションだ。

『ユウキ様?』

「あれは、ポーションです。できたばかりの傷ですが、痛みを和らげる程度の効果しかありません。スキルで焼いてしまった皮膚は、ハイポーションやもっと上位の方法でしか治りません」

『え?』

「ミケール殿に頼まれていました。痛みを取るのではなく、傷を定着して欲しいと・・・。姫様と同じ状況になってから治療を行ってほしいと・・・」

『・・・。ミケール・・・。ユウキ様。もう・・・』「レイヤ!」

 少女が停止を求める前に、ユウキはレイヤに指示を飛ばす。

『くっ・・・。グ・・・。グォォォォ』

『ミケール!ユウキ様!辞めて!もう・・・。十分です。辞めて』

「ミケール殿?」

『続けてください。まだ、背中だけです。顔にも、脚にも、腕にも傷があります』

「わかりました。リチャード。フェルテ。エリク。頼む。マリウスとモデスタは、ミケール殿を支えてくれ、暴れる可能性がある」

 今まで聞こえてこなかった、絶叫が部屋に木霊する。
 スキルで傷ついているだけなら、状態が変化したことによる痛みだけだ。しかし、定着することで、傷となり身体や神経や心を攻撃する。ポーションが掛けられることで、気絶することができない。

 ミケールは、少女が数年間に渡って感じていた痛みを、数秒間に凝縮して感じている。
 痛みで我を忘れる事も、意識を手放すこともできない状態で、永遠と思える刹那な時間に、凝縮された痛みを受けている。

『辞めて・・・。もう、辞めて・・・。ミケールが・・・』

 目を伏せて、耳を塞ごうとする少女。顔を下げようとする。

「エアリス!」

 ユウキが、初めて少女の名前を叫んだ。

 びっくりして、少女は顔を上げる。

「エアリス。ミケールの痛みを、お前が見ないで、聞かないで、感じないで、誰が見る。聞く。感じる。俺たちか?違うだろう。お前が、諦めてどうする!」

 少女は、顔を上げて、絶叫を上げ続けるミケールを見る。
 目から涙が流れ続ける。しかし、しっかりとミケールが苦しんでいる状況を見つめる。

 ユウキは、ヴィルマとイスベルに目配せをする。
 サンドラとアリスが少女から離れて、少女の横にヴィルマとイスベルが中腰で寄り添う。

 ミケールは痛みに耐えながら、自分をまっすぐに見つめる少女に微笑みを向ける。

 凝縮した痛みを受けているミケールを少女は流れ出る涙を拭わないで見続ける。

『ユウキ様。ありがとうございます』

 少女は、まっすぐにミケールを見ながら、斜め後ろにいるユウキに感謝を向ける。

「いえ」

 ユウキは短く言葉を発するだけだ。
 治療の前段階は、終焉に近づいている。

 ミケールは声が出せない。肩で息をしている。支えられなければ立っていられない。

『ミケール』

 少女の呟きが室内に木霊する。
 それだけ、室内には音が存在しない。

「レイヤ!頼む」

 ユウキが、レイヤに声を掛ける。
 次の段階に移行するために、ミケールには座ってもらう必要がある。レイヤは、準備していた椅子にミケールを座らせる。

『ユウキ様。続けてください』

 ミケールの言葉を受けて、レイヤ以外の男性が部屋から出ていく、変わりに武器を取り出したユウキが部屋に入る。
 ユウキの後ろに杖を取り出したヒナが続く。

 もう少女は、ユウキたちを止めない。
 今、止めてもミケールの献身が無駄になると理解している。それに、これから行われる事がどんなに残酷なことでも、自分が望んだことだ。誰かに責任を押し付けるわけにはいかない。自分の身体よりも、ここで止めてしまってはミケールが戻るチャンスが無くなってしまう。

 わかっている。理解している。少女は、ユウキではなく、ミケールの状態を見逃したくない。すべてを目に、心に、焼き付ける。

「ミケール殿。手順は説明した通りに行います」

 片目で、自分を見つめている少女をしっかりと捉える。そして、微笑を浮かべる。ミケールの心は誰にも解らない。微笑はミケールだけの感情表現だ。少女は、ミケールの微笑を受けて、泣きはらした顔のままミケールが好きだと言っている笑い顔を作る。

『お嬢様。ありがとうございます。ユウキ様。お願いします』

 ミケールは、少女が自分に笑顔を向けてくれたのがわかった。

「わかった。レイヤ!ヒナ!」

「おぉ!」「はい!」

 ユウキが、薄刃の剣でミケールの脚の付け根から切り落とす。
 同時に、先ほどとは違う絶叫が室内に響き渡る。ユウキが剣を引いた瞬間に、ヒナが準備していたスキルを解き放つ。持っていた杖の先端が光る。

 レイヤが、焼け爛れた腕を切り落とす。
 脚を切り落としたユウキが剣を放り投げる。そのまま、両手でミケールの腕にスキルをあてる。

 ユウキが放り投げた剣が落ちて来る前に、スキルの発動が終わった。

 落ちてきた剣をユウキが受け取る。

 ユウキが剣を杖に持ち替えて、スキルを発動する。
 治癒の最上位スキルだ。準備に必要な時間は、ユウキのスキルレベルでも3秒。

 脚を修復したヒナが、杖の先端でミケールの潰れた目をえぐるように突きさす。
 腕を切り落としたレイヤがミケールの顔を炎のスキルで焼く。そのままレイヤは、炎でミケールの背中から腕にかけて焼いていく。

 絶叫にもならない無言の叫び声をミケールがあげる。

 肉が焼ける臭いが部屋に充満する。着ていた服が燃え落ちる。露出した肌は、炎で焼けている。

 長い、永遠と思える3秒が過ぎた。

「ヒール!」

 スキルの効果にしては、余りにも短い言葉をユウキが発する。

 ユウキから放たれた光が、ミケールを包む。
 動かなかった腕や脚が動き出す。

 焼け爛れた皮膚が修復される。

 ヒナが貫頭衣を取り出して、ミケールに着させる。皮膚の修復が貫頭衣の下で行われているのは光からもわかる。
 見えている腕や脚も修復が完了する。

 ミケールが閉じていた目を開ける。
 抉られた目が復活している。

「ふぅ・・・。髪型だけは無理だな。それは、ご容赦願おう」

 ミケールが椅子から立ち上がった。
 椅子は炎で焼けた服の焼け残りや、炎の威力で焦げた部分もある。しかし、自分の脚で立ち上がったミケールには火傷の後は見られない。

 少女の目の前で行われた治療ではあるが、やっていることは拷問を、少女は目を逸らさずに見ていた。
 そして、ユウキたちが行った奇跡を・・・。ミケールが立ち上がった瞬間に、自分の感情がわからなくなり、流れ出る涙を隠さずに、ミケールに向けて動かない脚で歩き出そうとしていた。笑おうとする感情と、泣き叫びたい感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 少女は、目を伏せて、顔を伏せた。
 ユウキだけではなく、付き添っている者たちも、少女の感情が落ち着くまで、何も語らなかった。

 少女は、泣きはらした顔を上げて、ユウキを見つめる。
 横で自分を優しい目で見つめるミケールではなく、ユウキをまっすぐに見る。

『ユウキ様』

「なんでしょうか?」

『治療をお願いします』

「わかりました」

『泣きはらして、腫れてしまった目も治りますか?』

「それは難しい注文ですね。腕や脚や肌は、以前のように、美しい状態に戻りますが、その涙はあまりにも美しい。私程度のスキルでは、美しい涙を流した目を治すのは不可能です」

『それは残念です』

「はい。なので、身体を治した後で、貴女がもっとも信頼する人に治療を頼んでみるのはどうでしょうか?」

『そうですね。私には、こんなにも、私のことを考えてくれていた者が居たのですね』

『お嬢様』

 ミケールは精神的にも肉体的にも限界なのは、誰の目にも明らかだ。
 しかし、ミケールは少女を治療が行われる部屋に抱きかかえるように連れて来る。ユウキたちの補助を断って、自分と少女だけで数メートルを、長い時間をかけて移動した。二人の歴史を手繰るように・・・。

 新しく用意された椅子に、少女を座らせる。
 ミケールの時と違うのは、近くにミケールがいる事と、少女の周りにサポートするように待機していた者たちが部屋に入ってきた。

「ロレッタ。サンドラ。アリス。ヴィルマ。イスベル。頼む」

 ユウキの言葉に、皆が頷く。

『ユウキ様?』

 少女がユウキたちの態度に不安と疑問が籠った声で、呼びかける。

 名前を呼ばれたユウキではなく、ヒナが少女の前で腰を落とした。目線を合わせて、少女に話しかける。

「エアリス。ミケールの治療を見ていてわかったと思うけど、定着してしまった火傷は、治せない」

『はい。お聞きしています』

「うん。エアリスの服の下の肌は定着してしまった火傷だよね?」

『・・・。はい』

「ミケールと同じように、もう一度、皮膚と一緒に定着した場所を炎で焼くか、切り落とすしかない」

『はい』

 まっすぐにヒナを見る少女の表情には怯えは見られない。

「その時に、服も一緒に燃えちゃうよね?」

『え?あっそうです』

「ミケールは大丈夫だと思うけど、ユウキもレイヤも男だからね」

『え?』

「こんなに可愛いエアリスの、綺麗な肌を見ちゃったら理性が飛んで襲ってくるかもしれないでしょ?」

 冗談めかしてヒナが言っている事が理解できて、その状況を想像して、少女は顔が赤くなるのを認識した。見えている耳まで真っ赤になる。

 女性たちは、治療の為にいるのではない。
 少女に羞恥を感じさせないためにいる。

 ユウキとレイヤが、頭を掻いて、ばつが悪そうな表情を浮かべる。
 少女は、そんなユウキとレイヤの表情が面白いのか、笑ってしまった。それでも、火傷の跡があり表情が動かせない。

「よし、エアリスの笑顔を取り戻すぞ」

 ユウキの照れ隠しなのか、解らない掛け声で治療が始まる。
 雰囲気とは反対の拷問に近い方法だが、治せるのはミケールで実証されている。

 手順は同じだ。

 永遠と思える3秒が過ぎて、ユウキのスキルが発動する。
 同時に、女性たちがユウキとレイヤとミケールから少女の裸体を隠す。ミケールの時と違って、スキルを発動して隠してしまう方法だ。

 ユウキとレイヤから視認されないようにする為にも、5名のスキルが必要になる。ユウキとレイヤなら”見ない”とは思っているが、それでも女性たちはスキルを発動した。

 スキルで姿が隠された少女は、皆から渡された服を身に着けた。

 そして、自らの脚で立ち上がった。

 エアリスの周りを覆っていたスキルが解かれる。
 そこには、自分の手足を触って、自分の顔を、自分の手で触って、耳の形を確認して、触った手を自分の目で見つめる。大きな目が印象的な少女が立っていた。
 自分の目で見て、自分の手で確認して、立っていることを確認して、自分を見つめている視線に気が付いた少女は、足を進めようとした。

 しかし、何年も自分の足で立ち上がっていなかった少女は、立っていることが奇跡のような状態だ。歩くのは難しい。

 しかし、少女は自分を見つめて、目を見開いて、流れ出る涙を拭わずに、自分だけを見て居る者の側に一歩でも歩く必要があると考えていた。

 見守っている者たちは、誰も力を貸そうとはしない。力を貸すのが間違っていると思っているかのように動かない。

 唯一、動いたリーダ格の男は、隣の部屋と繋がる扉を開けて、涙を流している男性を招き入れただけだ。

 二人は、通常ならば1-2秒で抱き合うことができる。
 しかし、二人は1-2秒の距離を、ゆっくりとした歩みで進む少女に合わせて、時間をかけて縮めていく。男性は走り出したい衝動を抑え込んでいる。少女がバランスを崩すと、その場から走り出しそうになるのを必死に堪えている。

 なぜ、走り出さないのか?なぜ、少女を助けないのか?

 二人にしか解らない。

 二人は、たっぷりと時間をかけて距離を縮めた。

『お嬢様』

『ミケール。ありがとう。自分の足で・・・』

『はい。見て居ました。ご立派です』

 ミケールは、少女(エアリス)を抱きしめた。
 エアリスは、ミケールに抱きしめられて、緊張の糸が切れたかのように眠ってしまった。

『ユウキ様。それに、皆さま。本当に、本当に、ありがとうございます』

「いえ、私たちは、契約に従い、依頼通りに、仕事を行っただけです」

『わかっています。しかし、お礼は受け取っていただきたい』

「わかりました」

 ユウキたちは、ミケールに向かって一礼する。

『ユウキ様。今後のお話をしたいので、お時間を頂きたい』

「わかりました。姫様は、このままミケール殿がお連れください。部屋は・・・」

「私、ロレッタが案内いたしまし」

『わかりました。ロレッタ様。お願いいたします。ユウキ様。後ほど、お伺いいたします』

「わかりました。時間は気にしなくて大丈夫です」

『ありがとうございます』

 ミケールは、エアリスを抱きかかえるようにして、部屋から出ていく。

「ユウキ?」

 側に居たレイヤがユウキに話しかける。

「やっとだな」

 ユウキの言葉で皆が頷く。
 この場に居ないロレッタも、皆と同じ気持ちだ。

「誰から始める?」

 レイヤの問いかけは、短い物だが、待ち望んでいた。誰もが知りたい内容でもある。

「まずは、情報が出そろっている。モデスタ。イスベル」

 名前を呼ばれた二人は、自分たちが最初だろうとは思っていた。
 準備もすでに終わらせている。

「呼ぶのか?」

「そうだな。パウリとイターラは、呼んでおいた方がいいと思う。あとは、マイにだけは話を通しておく」

「そっちは、ユウキに任せる。俺たちは、準備・・・。と、言っても、これからの交渉次第だな」

「そうだな。最悪は、力技だけど、それは避けたい」

「わかっている」

 モデスタとイスベルが狙っているのは、自分たちが居なくなってから、自分たちが育った施設を潰した新興宗教だ。教祖と幹部たちを、法の裁きを受けさせようと考えている。自分たちでは、法律面が弱い。そのために、今回の仕事を受けたのだ。国際的な法律事案に詳しい者の助言が欲しかった。それも、自分たちを裏切る可能性が低い者だ。

 皆が、自分の部屋に戻るのを見送ってから、ユウキとレイヤは、会談を行う部屋に向かう。

「ヒナ?」

「レイヤよりも、私の方が適任でしょ?それに・・・」

 ヒナは、屋敷の周りに誰か来ていると二人に伝える。

「お客様か・・・。レイヤ。リチャードとマリウスで、対応を頼む」

「わかった。捕える必要は?」

「相手の武装を見てから判断してくれ、非合法な組織・・・。以外が来るとは思えないけど、使えそうなら捕えてくれ」

「わかった」

 レイヤが手を降って部屋から出ていく。ヒナが、ユウキの側にやってくる。

「ユウキ。何か飲む?」

「コーヒーを頼む」

「インスタントしかないけど?」

「いいよ。なんでも・・・」

「もう・・・。ユウキは・・・」

「ヒナ!」

「ごめん。でも、言わせて、私もマイも・・・。他の皆も、それこそ、セシリアもアメリアも、ユウキの事を・・・」

「解っている。でも、俺は」

「それも解っている。解っているから・・・。でも・・・。いえ、だから、ユウキ。私たちが、ユウキの心配をさせて・・・。あの子から託されたユウキを」

「わかった。ありがとう。でも、本当に、無理をしているわけでも、無茶をしようとしているわけではない。やっと糸口が見えてきた。嬉しくて、悔しくて、哀しくて・・・。ごちゃごちゃしているだけだ」

 ドアがノックされる。
 エアリスを部屋に連れて行ったミケールが訪ねてきた。

『ユウキ様』

「入ってくれ。ヒナ。ミケール殿に飲み物を頼む」

 ヒナが扉を開ける。そのまま、部屋を出ていく、飲み物を取りに行くようだ。
 開いた扉からミケールが入ってくる。扉を閉めて、ユウキが座っているソファーに移動して、ユウキの前に腰を降ろす。

『ユウキ様。ありがとうございます』

「すでに、お礼は頂いている」

『いえ、これは、お嬢様を止めていただいたことへのお礼です。あの時に、お嬢様が見ることを止めてしまったら、お嬢様はきっと後悔されたでしょう。だから、ユウキ様にお礼を申し上げたいのです』

「わかりました。今回の件は、ミケール殿への貸しにしておきます」

『ハハハ。高くつきそうですが、解りました』

 ヒナがコーヒーを淹れて戻ってきた。インスタントではなく、ドリップコーヒーだが、ユウキには味の違いは解らない。

 ユウキとミケールの前に飲み物(コーヒー)を置いてから、ユウキの後ろにある椅子に腰を降ろした。従者ではないが、話には加わらないという意思表示だ。この辺りの機微は、レナートで学んだので、地球の国で行われるマナーと違っているかもしれないと思ってはいるが、解らないので、レナート式で対応することに決めている。

『ユウキ様。先ほど、旦那様に、お嬢様の状態の報告を行いました』

「はい」

『詳細なお話は後日といたしましたが、状況だけはお伝えしました』

「それで?」

『ユウキ様からのご提案を受け入れると・・・』

「それは嬉しい。それで条件は?」

『お嬢様の滞在の延長。できましたら、日本への留学を希望されています』

「学校?」

『はい。お嬢様は、ジュニアハイスクールから学校に通っていません。学力は大丈夫なのですが、同世代との思い出がありません』

「それなら、国に帰られて・・・。あぁそうか・・・」

『はい。我が国は、まだ問題を抱えております。解決には、数年・・・。もしかしたら、それ以上の時間が必要になります』

「わかりました。留学では、私たちでは何をしたらいいのか解らないので・・・」

『大丈夫です。そのために、国から、国際的な法律に詳しい者が数名、チームとして来日します。お嬢様は、日本の学校に留学するために、彼らに付いてきて入国します』

「わかりました。高校からですか?」

『はい。日本語の勉強を含めて、留学の準備を行います』

「そうですか、国から出たという言い訳が必要なら、なんとかなると思います」

『また借りを作るのは返すのが大変になりそうですが、よろしくお願いします』

「わかりました」

『後ほど、契約書を作成いたします』

「お願いします。あっ。お嬢様の留学を予定している学校は?」

『そうですね。どこがいいのか、お嬢様と話し合ってみます』

「わかりました。日本の高校は、15歳からなので、あと1年と数か月あります。よほどの事がなければ、留学は受け入れられるでしょう」

『はい。承知しております。ユウキ様。正式な契約は、書類が出来上がってきてからですが、仮契約として、握手をして頂けますか?』

「もちろんです。ミケール殿。今後も、よろしくお願いいたします」

 ミケールは、黙ってユウキの差し出した手を握った。
 ユウキからのミケール経由で出された提案は、小国のトップに位置する者を動かすには十分な内容だった。情だけではなく、実でもユウキは提供できる代物を用意していた。そして、ミケールはユウキたちが空手形ではなく、実際に提案されている内容を実行できるだけの戦力であると確信している。

 ミケールがユウキとの会談を終わらせて、部屋を出た。
 当初の予定通りと言っても、ユウキは契約が成立する可能性は、五分五分だと考えていた。実際に、ユウキが提案した内容は、荒唐無稽だと言われてしまうような内容だ。

「ユウキ!」

 レイヤが部屋に駆け込んできた。

「レイヤ。落ち着きなさいよ」

 カップを片付けながら、ヒナはあきれた表情をレイヤに向ける。親しい人にしか向けない表情だ。

「ヒナ。そういうけど・・・。作戦の可否が決まるのだぞ?」

「はぁ・・・。レイヤ。貴方まで、サトシと同レベルになってしまったの?」

「あ?」

 レイヤは、ヒナから”サトシ”と同レベルだと言われて、傷ついたフリをして、怒ったフリをする。
 ようするに、じゃれているだけだ。それがわかっているので、ユウキも気にしないで、新しく入れられたインスタントコーヒーを飲んでいる。

 ヒナは、レイヤをあしらいながら、レイヤが持ってきた魔道具をテーブルの中央に設置した。

 置かれた魔道具を、レイヤが設定する。お互いにじゃれつきながらも、作業を行う手は止めないのはさすがだ。

「そうでしょ。ユウキは、作戦の一つだと言っただけで、ダメならダメで、別の作戦があると言っていたわよね?」

「わ、わかっている。でも、難易度が上がるのだろう?」

「そうね。ユウキ?」

 ユウキは、二人のやり取りを聞きながら、懐かしい気持ちになっている。これから、行う自分の復讐に巻き込んでいいのか?
 何度も、何度も、何度も、繰り返して考えて、口に出して・・・。仲間たちに問いかけた。
 皆が、ユウキの復讐を認めて、助けると宣言している。その過程で、死んでしまっても大丈夫と宣言をする者まで存在している。

 そして、本来なら二人のやり取りをユウキだけが見るのではなく、そこには一人の少女が居たことを想像して、頭を降った。

「あぁ悪い。考えていた。レイヤ。最良の結果だ。それに、難易度が上がるのは、いつものことだろう?」

 レイヤとヒナは、お互いの顔を見て、ユウキが言っている”いつものこと”を咀嚼している。
 そして、目線が交差して笑い出した。

「そうだね。確かに、いつもの事だね」「あぁ無理難題。無茶ぶり。それに比べれば、多少の遠回りくらいかまわない。それに、今回は安全ではないが、楽なミッションだろう?」

「あぁ。楽勝とは言わないけど・・・。俺たちは、今までも・・・。多分、これからも、同じようにやっていくのだろう」

 ユウキの言葉通りに、”俺たち”には仲間がいる。自分一人ではない。そして、まだまだ道半ばだ。越えなければならない山は高く、谷は深い。

 ユウキの言葉で、ヒナとレイヤはじゃれ合いをやめて、ソファーに座る。テーブルの中央に置いた魔道具が5個の光を灯しているのを確認する。

「それで?」

「まずは、お姫様を国に送っていく」

「おぉ?」「レイヤ。本当に、サトシと呼ぶわよ?ニュースを見ていないわよね?」

 レイヤは、首を傾けて、ユウキに説明を求める。
 レイヤの態度に最初に反応をしたのは、ユウキではなく、正面に座っていたヒナだ。

「見ているし!サトシと一緒にするな!」

 ヒナの言葉で、レイヤがむきになって反論する。

「夫婦漫才は後にしてくれ、他のメンバーは?」

 ヒナは、レイヤの反論を封じるために、物理的な方法を用いた。

「大丈夫。聞いているわ」

 ヒナは、テーブルの上でレイヤが設定した魔道具を指さしている。
 光っているのを確認すると、ユウキは納得した表情をヒナに向ける。

 ユウキは、魔道具に向かって話しかける。
 主語が抜けているが、内容は説明が終わっているので、大丈夫だ。サトシも、作戦の内容はしっかりと把握している。

「近いのは、モデスタとイスベルか?」

 魔道具が光る。
 二人からの返事が表示される。

”是”

 決められたパラメータを与える事で、簡単な返事がわかるようになっている。ユウキが、返事を確認して話を続ける。

「ニュースを見ていない。レイヤは別にして、状況は把握しているだろう。知らない者は、ヒナに聞いてくれ」

「ユウキ!」

 ヒナが抗議の声を上げるが、ユウキは話を続ける。
 夫婦漫才で貴重な時間を無駄にしたヒナとレイヤを揶揄う意味もあるが、実際にペアのどちらかは内容を把握しているだろうと考えていた。

 レイヤが、ヒナの”暴力”から抜け出して、ソファーに座りなおして、ユウキに質問をする。

「それで、ユウキ。作戦は?」

 ユウキへの質問というよりも、確認に近い。ヒナとレイヤ以外には、作戦案をまとめた資料が配布されている。
 そして、皆がユウキの性格を正しく理解している。

「一番、難易度が高い物を選ぼうと思う」

 ユウキは、ヒナとレイヤが座っているテーブルの上に資料を滑らせる。

「ん?お姫様を送るだけじゃないのか?」

「送るだけなら、自衛隊でもできる。俺たちには、俺たちにしかできないことをやろう」

 実際に、自衛隊が行うのは不可能だが、レイヤ以外の皆はユウキが言おうとしている内容が理解できた。自衛隊が行うのには、越えなければならない壁が存在しているが、実力では問題はない。
 だから、自分たちにしかできないことを行おうと考えている。

「俺たちにしかできない事?」

「あぁ」

「それは?」

「紛争を終わらせるぞ。お姫様の方に正義があるとか青臭いことは言わない。俺たちは、お姫様に味方する」

「傭兵か?」

「そうだ」

「移動は?」

「モデスタ。お前のポイントから、お姫様の国まで、1,000KMくらいだよな?」

 魔道具が光る。
 返事は、”是”だ。大凡、1,000KMで正解だ。

「ポイントから、ヴィルマのスキル(飛翔)で移動できるな?」

 こちらも”是”なので問題はない。

「まずは、俺とモデスタでポイントを作る。ヴィルマとお姫様の国に移動する。その後で、転移で連れていく」

 ユウキの転移には、”ポイント”が必要になる。
 物理的な目印を置くわけではなく、認識できるたしかな場所が必要になる。便宜的な意味合いで、”ポイント”と呼んでいる。

「いいのか?」

「大丈夫だ。お姫様とミケールには、ギアスを刻んである。ギアスの内容は、先方にも伝えてある。破るとは思えない」

 悪い方に解釈できるように言葉を選んで伝えてある。
 実際には、破ったとしても、ペナルティーが発生するような事態にはならない。しかし、

「そうか?」

「あぁそれに、破られても困らない」

 ユウキたちは、隠している情報はあるが、暴露されても困る類のものではない。困るのは、”異世界に初めて訪れるときにスキルが付与されてしまう”ことが知られてしまうことだ。しかし、これもユウキがいないと実行ができない。そのうえ、スキルの発動時に、タイミングを見計らって紛れ込んでも”地球からフィファーナ”の移動はユウキが認識しないと転移が行えない。

 従って、ユウキたちに知られて困る情報は、存在しないと言い切っても差し支えない。

「そうだな。わかった。俺とヒナは実動部隊を組織すればいいのか?サトシたちを呼ぶのか?」

 レイヤの提案に、ユウキは頷いていてから考え始めた。
 答えが出るのに、それほどの時間は必要なかった。

「うーん。辞めておこう。奴らが来たら、派手になりすぎる」

 レイヤは、ユウキの返答を聞いて、少しだけ”ぽかん”という表情をしたが、笑いそうになっているヒナを見て納得した。

「たしかに・・・。こっちのメンツだけで、対応は可能だ」

「そうだな。ニュースの内容だけだと、わからないことが多い。現地の状況次第で最終調整をしよう。ダメそうなら、最終兵器(サトシ&マイ)を投入しよう」

「わかった。情報収集が先だな」

「もちろんだ。レイヤ。大丈夫か?本当に、レイヤか?サトシじゃないよな?」

 ユウキの戯言に、レイヤが大きく反応した事で、部屋が笑いに包まれる。

「ユウキ。作戦開始は?」

「お嬢様の状況次第だが、3日後を考えている」

 ユウキが言っている。3日後には大きな意味はない。ユウキたちの準備はすぐに終わる。
 覚悟を決めてもらうのに必要な時間が3日程度だと考えている。

 俺は、サトシ。
 地球から召喚された勇者の一人だ。そして、レナートの次期国王だ。と、なっている。だよな?

 地球に居る時から一緒に居る。マイが今でも一緒に居てくれるのは嬉しい。

 しかし、しかし、しかし、しかしだ!
 ユウキやヒナやレイヤは、日本に帰った。俺と一緒にレナートに残ってくれると思っていた。

 ディド。テレーザ。ヴァスコ。ニコレッタ。ロミル。イェデア。レオン。フェリア。パウリ。イターラ。オリビア。ヴェル。たちは、レナートに残ってくれた。俺を支えてくれる。

 地球に戻った者たちも、やるべきことがあって地球に戻った。解っている。ユウキがやりたい事も話を聞いて納得している。俺も手伝うと言ったが、ユウキだけじゃなくて、マイにもヒナにもレイヤにも反対された。
 俺は、レナートに残って、皆が帰ってくる場所を守るように依頼された。

 俺にしかできないことだと言われた。
 確かに、俺は次期国王だ。継承位一位を持つセシリアの婚約者だ。マイは、正室二位として一緒になる事が決まっている。日本に居たら認められなかった話だ。俺が、マイもセシリアも好きだと告げた事から、決まった事だ。後悔はしていない。

 しかし、この決定で俺は日本に戻らない事も決まった。
 国王として覚えなければならない事が多いからだ。最初は、セシリアが女王に即位することに決まりかけていたが、現国王が俺を指名したのだ。

「サトシ!」

「ん?オリビアとヴェル?どうした?」

「あぁユウキに呼ばれた。向こうで、リチャードとロレッタの件が動くようだ」

「わかった。お前たちだけか?」

「いや、マイも都合が良ければ連れてきて欲しいとメッセージが添えられていた」

「え?戦闘があるのか?それなら」

「あぁサトシは、セシリアの護衛として残ってくれたら嬉しいと書かれていた」

「え?護衛?なんで?」

「お前・・・。聞いていなかったのか?」

「ん・・・。あぁぁぁ。あの事ね。覚えているよ。あれだよな。そうだった。忘れていない。大丈夫」

「サトシ。お前。頼むぞ。最大戦力だから、お前がセシリアの横に居るだけでも十分な抑止力になるのだからな」

「解っている。解っている。ユウキとマイが話していた奴だろう?」

「はぁ・・・。違う。テレーザが持ってきた情報だ」

「え?」

「やっぱり。覚えていないな。教国の連中が暗躍しているだろう」

「・・・。ん?あぁぁぁ思い出した!あの暗殺とテロ行為しか行わない迷惑な自称宗教国家!」

「サトシ。頼むぞ。お前は、国王になるのだから・・・。その率直な所は、大切だけど、腹芸の一つでも覚えてくれよ」

「わかった。わかった。それなら、マイが地球に戻っている間、セシリアはどうする?」

「サトシ!だ・か・ら。お前に・・・。皆が、お前に頼んでいる」

「え?」

「国王にも、王妃にも、マイにも、当人のセシリアにも確認しろよ」

「え?は?」

「あぁマイには、ユウキが詫びのメッセージを送っていたから大丈夫だ。国王と王妃と当人には、お前から伝えろよ」

「ん?だから何を?」

「本当か?本気で?お前・・・。ユウキが心配するわけだ」

「ん?何を言っている。なぜ、ユウキが心配する?」

 オリビアとヴェルはお互いの顔を見て、俺を呆れた表情で見つめて来る。
 説明してくれればわかるぞ。

 ユウキも心配をしすぎだと思う。これでも、国王になる為に、勉強もしているし、宰相から”筋”がいいとまで言ってもらえている。すぐには無理だけど、ユウキたちの”やりたい事(復讐)”が終わるころには、国王になっても問題ないと言われている。

「サトシ。今、セシリアは誰が護衛している?表向きの話だ」

「ん?表向きは、ディドとテレーザが組織した近衛だろう?そのくらいは解っている」

「そうだな。それで、実際にセシリアを護衛しているのは?」

「マイだ。俺の婚約者同士で一緒に居た方が、近衛が守りやすいという理由をユウキが考えて、マイとセシリアは常に一緒に居る」

「そうだな。実際の護衛は、マイだ。守る力で言えば、マイはサトシ。お前、以上だ」

「そうだ!マイはすごいからな。俺の聖剣でも、全力の攻撃を正面から受けて防げるのは、マイだけだからな!」

「はい。はい。そうだな」

「なんだよ」

「そこまで、解っていて、なぜ解らない?マイの結界に相当するのは、聖剣による聖域の展開だろう?」

「だから”何”を?」

「マイが、ユウキを手伝うと言っている」

「うん。マイにも、関係がある事だから当然だよ。俺が行って、まとめて始末してもいいけど、ユウキは全部を奪いたいらしい・・・」

「ユウキの事は、今は関係ない。マイがレナートから日本に戻る。その間は、誰がセシリアを守る?」

「え?俺?」

「そうだな。ほら、答えまで後一歩だ」

「え?なんだよ。教えてくれてもいいだろう?」

「サトシ。お前、少しは考える癖を付けろよ」

「考えているよ!」

「・・・。あのな。サトシ。マイの結界は、確かに優秀だけど、弱点があるよな?」

「弱点?あったか?」

「なっ・・・」

「あぁぁぁ。ユウキが言っていた奴だよな。弱点ってよりも、制限だよな?」

「はぁ・・・。まぁそうだな。それは?」

「魔道具にできないのだろう。だから、マイはセシリアと一緒に居るのだろう?」

「そこまで解っていて、なんで考えられない?ユウキは、最初に指示してきたぞ?」

「ユウキが?そりゃぁすごいな。さすが、ユウキだな。どこまでも、深く、それでしっかりと考えてくれる。うん。さすがユウキだ。オリビア。結局・・・。それで?」

「おいおい。考えるのは、拒否か?」

「拒否はしない。でも、人には向き不向きがあるだろう?」

「そうだな。サトシには、サトシにしかできない事が沢山ある。今回も、その中の一つだ」

「そうだ!さすがは、オリビア。それで?」

「・・・。まぁいいか・・・。サトシ。マイは、セシリアと常に一緒だよな?」

「そうだね。昼間に、地球に行ったり、打ち合わせが入ったり、離れる事があるけど、その時には俺が側に行くよ?」

「そこまで、解っていながら、本当に、お前は鈍いな」

「”鈍い”は酷いと思うぞ?自覚は・・・。少しはあるけど・・・」

「自覚があるだけ”まし”か・・・。あのな。サトシ、マイが地球に行くのは、一日や二日じゃない」

「そうだろうね。ユウキが呼んだのなら、1ヶ月か2ヶ月くらい?」

「そうだな。その間、セシリアの護衛は実質的にはお前だけになる。ヴェルもテレーザも・・・。他の女性陣も、呼ばれている。全員で向かうことはないが、予定が不確かな状況になって、護衛に入る予定は組めない」

「うん。それは聞いているよ?え・・・。あっ!俺が、セシリアと四六時中一緒に居る?風呂は?我慢は無理だ。寝室は?あぁぁぁぁぁ」

「やっと気が付いたか?教国が暗躍しているから、セシリアを独りにするのはダメだ」

「わ、わ、解っている。ふへ」

「サトシ。気持ちが悪い。いいか、お前はセシリアを守り切れ。それがユウキのマイの俺たちの願いだ」

「わ、わかっている!大丈夫だ!守る!」

 何か、オリビアとヴェルが言っていたが、俺の耳には届いていない。
 セシリアと一緒。魅惑的な言葉だ。マイも一緒ならもっと嬉しかったが・・・。

「あっ!そうか、それで国王と王妃に・・・。マイには、ユウキが説明してくれている?そうなると、あとはセシリア本人?」

 難題だ。
 王妃は、大丈夫だ。早く孫を見せろと言っている。俺たちが広めた風呂も、俺とセシリアとマイで入るように進めるような人だ。問題は、国王とセシリア本人だけど、多分だけどマイがセシリアに説明をしているような気がする。突き放すような事をいいながら、ユウキもマイも事前交渉はしてくれている。俺がしっかりとセシリアに向き合って話をすれば大丈夫だと思える。
 そうなると、最大の難関は国王だな。
 あの・・・。(セシリアとアメリア)溺愛国王が簡単に認めるとは思えない。
 俺を国王にすると言い出したのも、ユウキからの説得が行われたという側面もあるが、セシリアが女王となると、暗殺に狙われる可能性が高まるという”(セシリア)”主体の理由だ。マイを第二正妃にするのを認めたのも、当時存在していた反発貴族たちへの牽制のためだ。”(セシリア)”の命が狙われないように・・・。だ。

 国王の説得が俺にできるのか?
 違う。違う。マイの作戦参加が必須なのだから、国王の説得が必須だ。ユウキの”やりたいこと”をサポートするために、失敗がゆるされないミッションだ。そして、ユウキから託された、俺の役目だ。それに、セシリアの命がかかっている。

 認めてくれるはずだ。一緒に風呂に入る事や、一緒の寝室で寝る事を・・・。