帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 初めてのオークションが終わった。商品の引き渡しも終わった。

「ユウキ。時間を貰えるか?」

「大丈夫です」

 森田が、拠点にあるユウキの部屋にやってきて、ユウキに資料を渡した。

「これは?」

「ユウキが望んでいた情報だ」

「え?もう?」

「・・・。あぁ」

「愚かですね」

「俺もそう思う。でも、暫くは無視するのだろう?」

「もちろん、焦らすだけ、焦らします。俺たちの唯一と言ってもよかった弱点・・・。母も父も、こちらに来てくれています。弟や妹に関しても、安全の確保が出来ています」

「そっちは、安心してくれ、先生が全力で守ると約束している」

「はい。それ以外にも、いろいろ仕込んでいます。抑止力では、馬込さんに力をお借りできてよかったです。俺たちでは、抑止力を持つのは難しかった」

「そうだな。そう思うことにしておくよ」

 森田は、気がついている。ユウキたちが、抑止力を持とうと思ったら、国を相手にしても大丈夫な”戦闘力”を持っていると。実際、ユウキたちが本気で魔法を発動すれば、核兵器よりも環境に優しく、人だけを殺せるだろう。狙った人だけを殺すことも可能だろう。そして、ユウキたちが使っている武器で弱い物でも、車を切断することは容易だ。

 だが、世間に公表しているのは、ポーションなどの”薬”になるような物だ。魔法ではっきりと”使える”と明言している技術は存在しない。
 身体能力が向上しているのは、生活の場を共有していると実感できるのだが、マスコミが報じる情報や、意図して流している情報から読み取るのは難しい。世間には、伊豆に引っ込んだ理由は、マスコミの接触を嫌って、”静かに生活を営みたい”という建前を伝えている。また、異世界の環境に近い場所での”リハビリを行っている”という噂もしっかりと流している。

「森田さん。次のオークションを開始したいのですが?」

「ん?準備は出来ている。アイテムは?」

「はい。リストを作っているので、後で送ります」

「わかった。それで、いつから始める?」

「そうですね。次の月曜日から、10日間で、どうでしょう」

 ユウキは、森田から渡された資料をパラパラ見ながら、考え込んでいた。

「わかった。先生にも伝えておく、佐川さんたちの資料は間に合うのか?」

「最初は、なしで考えています」

「ん?最初は?」

「はい。すぐに、同じアイテムで三回目の実行を考えています。違うのは三回目には、成分表を合わせて資料をつけることです

「・・・。わかった」

 森田は、ユウキが資料に目を落としているのに気がついている。
 そして、資料の一部に、とある政治家に関わる団体が、ユウキの身元を調べて、アクションを起こしていることが書かれていた。

「お願いします」

「本丸の前に、三の丸を落とすのか?」

「いえ、三の丸ではないでしょう。いいところ、櫓ですよ」

「そうだな」

 森田は、軽く手を振ってから、部屋から出た。
 ユウキは、資料に目を落としながら、自分の考えをまとめ始める。

 単純に命を奪うだけの復讐なら、明日にでも実現は可能だ。ユウキには、誰にも知られないで殺す方法がある。しかし、それでは、ユウキの気持ちがおさまらない。

「まだだ。まずは、手足を奪ってから、母さんや父さんが受けた行為の百万分の一でも・・・。殺すだけでは、ダメだ。意味がない。絶望を味あわせてやる」

 第二回目のオークションは、静かには始まらなかった。
 予告されていたこともあり、発表の当日には想定していた10倍のアクセスが有った。

 ポーションには、前回を上回る入札が殺到している。日本国内だけではなく、アメリカや欧州からの入札も増えている。中級のポーションが人気のようだ。森田の分析からユウキは中級のポーションを多めに出すことにした。
 そして、ステータスアップのポーションを、解りやすいだろうということで、力が10%アップするポーションと速度が10%アップするポーションを二本ずつオークションに出すことにしている。説明は、”一定時間、力が10%アップする”と”一定時間、速度が10%アップする”とだけ書いてある。

 第二回目のオークションは、中級のポーションは欧州から入札してきた者が競り落とした。すぐに、振り込みが行われて、ポーションを受け取りに来るのだと連絡が来た。そして、できることなら、その場でポーションを使って、”傷を治したい”と願い出てきた。

「今川さん。どういうことですか?」

 今川が入札相手とのやり取りをしていた。言葉の問題から、森田ではなく今川が手伝いを申し出ていた。

「あぁ相手は、フランスの金持ちだ」

「フランス?」

「そうだ。顔の怪我を治したい・・・。らしい」

「顔?中級だと、一度、怪我を抉る必要がありますよ?」

「説明はしたけど、それでも・・・。それで、問題は・・・」

「問題があるのですか?」

「問題は、治したい人物が、12歳の女の子だ」

「え?」

「火事で、顔に火傷を・・・。それで、ポーションの話を聞きつけて、是が非でも落札して、娘に使用したい。と、いう話だ」

「うーん。止めないけど、今の話だと、火傷は顔だけに聞こえますが?」

「首筋にかけてだ。それにも左側で目も見えないらしい。他にも、左半身に火傷の痕があるようだ」

「中級だと目は治りませんよ?」

「それは伝えた。それでも、顔の火傷が治るだけでも・・・。と、考えているようだ」

「うーん。顔だと、動画の撮影はなしですよね?」

「あぁ」

「前後の比較程度は、考えているのですか?」

「そうだ。主治医が一緒に来日するようだ」

「その方々は、秘密厳守ができる人ですか?」

「秘密?」

「はい」

「どうだろう。火傷が治れば、社交界に連れて行くだろう。俺も、軽く調べたら、社交界では有名な話みたいだぞ」

 その金持ちは、移民の子孫だという。行き過ぎた正義の暴走で、テロ行為の犠牲になった。移民に反対するグループの一部が過激な行動に出た。移民で成功して、富を得たものに対するやっかみも含まれていただろう。
 少女が、10歳の時に乗っていた車が、過激派に襲われた。少女は左半身に火傷をおった。少女は、火傷だけで済んだが、両親と7歳になる弟は命を落とした。同時に、運転手の命も奪われた。生き残ったのは、少女だけだった。

「犯人は捕まったの?」

「あぁ捕まったが、何の意味もない」

「・・・。わかった。受け入れよう。それで、”ここでのことは他言しない”という約束を守ってもらえるのなら、心の傷は無理だけど、身体の傷はなんとかするよ。先方にそう伝えて、主治医が居るのなら、主治医の目の前で対応してもいい」

「助かるよ。ユウキが何をしようとしているのか、わからないが、先方には、ユウキの言葉として伝える」

「お願いします」

 今川が使っている部屋から、ユウキが出ると、廊下で森田とすれ違った。

「ユウキ。丁度、よかった」

「どうしました?」

「低級のポーションの余剰はあるか?」

「ありますよ?何本、必要ですか?」

「2-3本もあれば、十分だが、5本ほど貰えると助かる」

 森田は、二回目のオークションからシステム周りだけを見ていて、落札者との連絡を含めてノータッチになっている。今川と森下が担当を変わった。法律の問題や情報収集が必要な場面が多くなると予測されての変更だ。

「わかりました。準備します」

「後で取りに行く」

「今回は?」

「同じだよ」

「そうですか・・・」

 森田の顧客は---馬込からの紹介も含まれているが---著名人や政治に携わる者まで顧客として存在している。依存症にも効果があることが判明してからは、裏からの反響が大きくなった。知られたくない状況になっている者が多いということだろう。
 もちろん全部に対応しているわけではない。顧客の選択は、馬込に一任されている。

「お!そうだ、ユウキ。偽物が出たぞ。今、足跡を追っている」

「早くはないですね。それで?」

「もともと、絞っている奴らなら、すぐに判明する。別物だと、時間がかかる可能性が高いな」

「わかりました。すぐに解ることを期待しています」


「ユウキ。明日の夕方に、富士山静岡空港に到着する」

 今川が、ユウキが使っている部屋に入ってきて、予定を告げる。

「え?客人はフランスからですよね?」

 富士山静岡空港に、フランスからの直行便はない(はず)。
 どこかを経由する位なら、新幹線を使ったり、東名高速を使ったり、飛行機以外の交通手段を使ったほうが楽だ。フランスから来るのなら、愛知か成田か羽田だ。

「プライベートジェットだ。世の中、大抵のことは、金でなんとかなる」

 今川の話を聞いて、”キョトン”とした表情をしてから、納得した顔をする。

「そうですか、そこからは車を使うのですか?」

 富士山と枕詞のように付いているが、静岡空港は、富士山とは離れた場所にある。牧之原だ。富士山まで車で移動すると空いている時間でも、2時間は必要だ。
 車で伊豆のユウキたちのベースまでの移動も、同じくらいの時間が必要だ。国一を使うと、もっと時間がかかる可能性がある。

「いや、お嬢さんの希望で、船を使うようだ」

「船?」

 船は、清水港からならフェリーが出ているが、清水までの移動はどうするのか疑問が湧いたのだ。

「あぁクルーザーをチャータして、吉田町から伊豆に向かうようだ」

 金持ちの発想に、ユウキは、天井を見るが、実際には、それだけでは無いだろうと予測する。
 狙われている状況なのかもしれない。車での移動では、狙ってくださいと言っているような場所も多い。

「へぇ・・・。そうなると、到着は、夜ですか?」

 船での移動なら、吉田町からなら、車での移動よりも早く到着する。
 特に、チャータしているクルーザーの性能しだいでは、1時間程度で到着する可能性もある。

「清水で一泊してから、昼前に到着予定だと連絡を受けた」

「へ?清水に、金持ちが泊まるようなホテルがありますか?」

「あるだろう?」

「・・・。あぁ日本平ホテルですか?」

「そうだ。朝日に照らされる”フジヤマを見たい”そうだ。そのあとで、海上から”フジヤマ”を眺めながら移動したいと、言っていたらしいぞ」

 ユウキも、今なら、日本平ホテルのロイヤルロフトスイートに宿泊できる財力はあるのだが、元々が小市民で、異世界でも贅沢をしていなかったために、安宿に泊まる習慣がついてしまっている。それこそ、宿が見つからなければ、野営でも問題がないと思っている。

「はい。はい。わかりました。明後日の昼に伊豆だと、夕方ですか?」

 金持ちの所作がわからないのだ。
 ホテルから、清水港か三保まで移動してから、海上を進むのなら、夕方には到着すると考えた。

「そうなる。それでな」

 今川が、やっと本題に踏み込んできた。

「え?ダメです」

 ユウキは、今川が何をお願いするのかすぐに察知して、先回りして断ってきた。

「ユウキ。話くらい聞いてもいいだろう?」

 今川も、ユウキの反応が分かっていたので、引き下がらない。

「面倒なのでイヤです。どうせ、ここで一泊とか言うのでしょう?」

「さすがは、ユウキだな。その通りだ」

 今川は、ユウキにすがるような表情を向ける。

「なんでここですか?ポーションを渡して試すだけですよね?」

「ユウキ。お嬢さんの希望だ」

「え?面倒事ですか?」

「それもある」

 今川は、素直に認めた。嘘で、この場を切り抜けることも出来るのだろう。
 しかし、ユウキに嘘を言って、築き上げた信頼関係が崩れるほうが怖いのだ。それに、正直に認めたほうが、皆で考えられる。

「森田さんを巻き込みますか?」

「無理だ」

「無理?」

「奴は、逃げた」

「え?」

「”逃げた”と言うのは、俺の主観だが、実際には、東京に行っている」

「東京?」

「あぁ君たちの偽物の話は知っているよね?」

 ユウキたちのオークションに似たようなサイトが乱立した。フェイクサイトだ。それらは野放しにしている。別に困らないからだ。偽物が現れて、本物と勘違いして、高い金を払ったと言われても、ユウキたちに”何か”が出来るわけではない。”警察に相談してください”と言っている。偽物が居るために、ユウキたちのポーションも偽物だと思われてしまっているが、それならそれで構わないと思っている。
 目的は、ポーションで儲けようと思っているわけではない。すでに、活動に必要な資金は確保している。それに、ポーション以外にも商売のネタは持っている。

「聞きました」

「彼らとの接触に成功した」

「え?森田さんが?」

「いや、元部下だ」

 今川は、大手とは言えないが出版社に務めていた。今は、その出版社を辞めて、馬込がやっている関連の企業に身を寄せている。実際には、ユウキたちのアドバイザー的な立場に落ち着いている。

「それで、なんで?森田さんが?」

「森田の発案で、茶番を行う」

「茶番?」

「それは、仕込みが終わってから、説明する。それよりも、お客人の対応だけど・・・」

 森田は、偽物が許せない。詐欺はもっと嫌いだ。なので、偽物を釣り上げて、晒し者にするか、報いを受けてもらおうと考えているのだ。そのための仕込みを行っている。

 ユウキは、森田や偽物に話を詳しく聞きたかったが、今川としてはユウキから宿泊の許可を取らないと、話が進められない。

「わかりました。部屋は用意します。でも、身の回りの世話とかは、出来ないですよ?」

 部屋と言いながら、ユウキは違う方法を考えていた。身の回りの世話やポーションの適用を考えると、ユウキたちが使っている部屋では難しいだろうと思っていた。異世界だが、貴族や王族との付き合いで学んだことだ。

「わかっている。先方も無理を言っていると、認識している。身の回りの世話をする者も連れてくると言っていた」

「はい。はい。部屋ではないのですが、セシリアが来たときの為に作っている、家をそのまま貸しますよ」

 王女であり、サトシの婚約者が日本に遊びに来るのは規定だ。
 今川や森田など、親しい人間にはユウキが持つスキルの一部を明かして説明をしている。

「いいのか?」

 今川も、セシリアが王女なのは知っている。
 そのために、王女が使う予定にしている場所を、客人に使わせるのに抵抗があった。

「”いい”も”悪い”も、他に無いですよ」

 ユウキは、別に構わないと思っている。
 セシリアが文句を言う可能性は、考えられない。そして、文句を言うとしたら、話を聞いた貴族だろうが、こちらの世界のことまで口を挟んでほしくないと居れば、それ以上は何も言ってこない。
 そして、文句を言いそうな貴族はすでに粛清済みだ。

「助かる。ポーションの利用は、その家でいいよな」

「そうですね。火傷の範囲がわかりませんが、飲むだけでは、回復しない場合がありますので、そのときには、患部に直接かけないと、修復はしません」

「そうなのか?」

「えぇ一口だけ飲んだ段階で、皮膚に変化がなければ、患部にかければ、見た目は治りますよ」

 経験則からの話だ。
 異世界で、火を吐く魔物と対峙して、火傷を追った騎士たちを助けたときに、中級ポーションを飲んだだけでは、身体の組織の再生に使われて、肌までは再生しなかった。振りかけると、皮膚は治るが組織の修復が行われなかった。
 欠損に近い扱いになっているのだと結論づけた。そこで、酷い火傷の場合には、上級ポーションを使うか、中級を二本つかって、一本は飲んで、もう一本は振りかけると言った使い方で治した。火傷が定着しない状態だった場合で、火傷が定着した場合には、上級でしか治らない可能性がある。

「なんか、含みがある言い方だな」

「今川さん。火傷なのですよね?それも、現代の医療では、治せなかった」

「そう聞いている」

「皮膚移植で表面は綺麗になっても、機能が回復しない可能性があったのですよね?」

「さぁな。俺は、医者じゃない」

「そうですね。それでも、欠損があれば難しいでしょうし、焼けただれた皮膚を治すだけの治療じゃないということでしょう」

「そうだな」

「飲んで、内側から治っても、どこまで外側まで治せるかわかりません。上級を一本飲むか、中級を二本使うかですが、俺としては、上級を使うことをおすすめしますよ」

 今川は、ユウキを見ながら天を仰いだ。
 面倒な交渉が追加されたのだ。中級の料金で上級を渡すのは、ユウキたちは許可するだろうが、落とし所を考えなければならない。それが、ユウキから提供されるであろう、お客人を家に泊める条件になってくる。
 今川は、追加された面倒な交渉をどうするのか考え始めた。

 ユウキたちは、客人をもてなす準備を始める。客人が、ユウキたちの拠点に来て、ポーションを渡すだけには出来ない事情ができてしまった。
 部屋の準備はできているのだが、それ以外の準備ができていない。滞在は、長くはならないと仮定しているのだが、客人の都合で伸びることも考えなければならない。

「今川さん。それで、客人は?」

「明日に、成田で、翌日には来る」

「わかりました。それでどうします?上級を利用しますか?」

「うーん。なぁユウキ。中級と上級の違いは?」

「違いですか?中級は、欠損は治りません、上級は欠損が治ります」

「例えば、色とか、味とか、見た目は?」

「あぁ・・・。大きな違いはないですよ。鑑定が使えなければ、わからないと思います」

「そうか・・・。でも・・・。よし!決めた。ユウキ。上級を頼む。先方には、説明をする」

「わかりました。値段は、森田さんと決めてください」

「いや、ユウキ。悪いけど、捨て値になっていいか?」

「何か、考えがあるのですか?」

「あぁ客人の父親に、金銭の要求はしない」

「対価を要求しない?」

「いや、対価は要求する。金銭は、父親が支払ってもよいと思う金額にする」

「へぇ考えたね。それで?」

「情報をもらう」

「情報?」

「ユウキ。俺たちがやっていることは、確かに世界で、俺たちだけだ。でも、名前を聞けば解るようなセレブが気にするようなレベルだとは思えない」

「そうなのか?」

「あぁ確かに、水面下で接触してくる奴らはいるけど、”脛に傷を持つ”者だ」

「まぁそうだろうな。詐欺の一歩手前だからな」

「そうだ。それでも、彼は接触してきた。そして、火傷を治すためだとしても、娘を預けると言っている。尋常じゃないだろう?」

「そうなのか?」

「そうだよ・・・。まぁいい。それで、彼らが何を狙っているのかを、率直に聞くことにする」

「わかった。俺たちがした方がいい事があれば教えてくれ、相談には乗れると思う」

「その時には、頼む。さて、俺は、交渉をしてくるよ」

 今川さんが、部屋を出ていく、変わりに入ってきたのは、部屋の監修に来ていたセシリアだ。サトシは連れてきていない。向こうで、国王になるための勉強をマイとしている。

「セシリア。悪いな」

「いえ、王城にいると、サトシ様を甘やかしてしまって、マイ様に怒られてしまいますので、渡りに船でした」

 セシリアは、日本語の本を読み始めている。
 サトシが、マンガが好きだと宣言して、マイは小説が好きだと言ったのがきっかけになっている。二人が好きな物を、自分も嗜みたいと言い出したのだ。

 サトシやマイにマンガや小説を送るついでに、セシリアに日本語で書かれた絵本を送ったのがきっかけになった。そして、セシリアが日本に着た時に、スキルを得た。言語理解だ。これで、セシリアも日本語が読めるようになった。

「そうか・・・。サトシは、上手くやっているのか?」

「はい!」

「そうか・・・」

「ユウキ様。すこし、問題がありそうな箇所は、修繕されていました」

「よかった」

 最終確認に来てもらっている。
 以前は、ダメ出しが多すぎて泣きそうになってしまった。

「はい。それで、気になった場所が出てきましたが・・・」

「そうか?すまん。教えてくれ」

「はい。些細な事ですが・・・」

 セシリアから聞いた内容をメモして、親方たちに伝える。
 すぐにできそうにない事は、スキルを使って実現が”可能”か、考えてみる。ほとんどの場所が、親方たちが修繕できるとのことなので、任せる。最後の仕上げは、本当に些細な変更だけだった。

 ユウキたちだけだと、何が問題になるのかさえ解らなかった。やはり、生粋のお嬢様に話を聞いたのは、間違いではなかった。
 説明をしてもらえれば、理解はできるが、指摘されなければ気が付かない。

 ユウキのスマホが振動した。

「はい。わかりました。連絡ありがとうございます」

 今川から、客人が成田で足止めされてしまったと連絡が入った。
 どうやら、検閲で注意されているようだ。一泊してから、ユウキたちが用意した場所に来ようと考えていた。しかし、日本で活動をするためには、2週間の隔離期間をおかなければならない。特権を行使しようとしたが、ユウキたちの人となりを聞いていた、上級ポーションを必要としている娘が、日本の流儀に併せた方がいいと言い出したようだ。
 乗ってきたのが、プライベートジェットであり、空港に逗留させるために、特例で、プライベートジェットの中での隔離が行われる。

「ユウキ様?」

「あぁ客人の到着が遅れるらしい」

「そうなのですか?この世界でも移動は大変なのですね」

「あぁ・・・。まぁ移動というか、国ごとのルールが面倒になっている」

「そうなのですね。国は、どこでも同じなのですね」

「そうだな」

 ユウキも解っている。これ以上、この話を掘り下げても誰も幸せにならない。それだけではなく、日本だけではなく、地球の歴史をセシリアに説明しなければならなくなってしまう。そんな面倒なことは、ユウキはやりたくない。マイに任せてしまいたいと、本気で、心の底から、思っている。セシリアの好奇心は、それは、日本海溝よりも深い。一つの物事でも、いろいろな角度から考えて、質問をしてくる。異世界を説明するのに、ユウキがどれだけ苦労したのか、同じようなことをもう一度やりたいとは思わない。だから、本を与えたのだ。言葉が理解できるようになって、一番、喜んだのはセシリアではなく、ユウキなのは間違いではない。

「セシリア。送っていくよ。本はどうする?余裕ができたから、買いに行くか?」

「いいのですか!」

「おぉ無理は言うなよ?」

 サトシが、セシリアを連れて、西と東に反対の名前のデパートが入っている街にあるビルをまるまるアニメ関連の店に連れて行ったことがある。その時に、ビルが閉店になるまで出てこなかった。予算を決めていたので、その予算内で何を買うのか迷った挙句、決められなくて、悩み続けた結果、時間だけが経過してしまった。

 あれから、使える金額も増えた。サトシやマイが欲しい物を買っても、余裕があるために、二人が使える金額を、セシリアの本代に充てている。

 近くには、大きめの本屋が無いので、子供のときに通っていた本屋に向かった。程度な大きさがあり、新刊から少し前の本が置いてある。技術書も適度にあるので、セシリアを連れて行くのには向いている。セシリアが、超絶美人の外国人でなければ・・・。だ。

 流暢に日本語を話す。日本人ではない美人は目立ってしまう。東京なら目立つとしても、日本人ではない美人が皆無ではない。しかし、地方都市では珍しい。

 注目を集めた以外に、問題はなかった。
 ユウキが、拠点に戻って、セシリアを送り届けて、戻ってきた。

「お!ちょうどよかった。ユウキ。電話で伝えた通りだ」

「2週間の隔離ですか?」

「あぁ部屋は?」

「最後の確認を、セシリアに頼んでOKを貰いました」

「そうか、少しだけ余裕が出来たな」

 今川とユウキは、部屋の確認をして、先方から貰った情報から、食材などの手配を始める。
 要望は、”ない”と告げられているが、そのまま鵜呑みには出来ない。今川が、先方の代表者に連絡をして、準備したほうが良いものを確認している。殆どの物を持ってくる予定にしているようだ。

 準備には、時間は必要なかった。

 明日には、隔離期間が終わる。
 成田からは、今川が手配した車で向かってくる。

 陽が陰り、星空が見え始めた頃に、客人がユウキたちの拠点に到着した。

『ようこそ。今日は、もう遅いので、詳しい話は明日にしましょう』

 ユウキがにこやかに微笑みながら手を差し出す。
 執事に見える男性が押している車椅子に座る少女は、ユウキを見て驚いた表情を見せる。

『英語でも大丈夫です』

『わかりました。しかし、私は英語も貴女の母国語もわかりません』

『え?』

 客人の驚いた表情を見て、ユウキはまた微笑みを浮かべる。

『これが、魔法です。私は、ユウキ。魔法使いです』

 ニヤリと笑った顔を、客人である少女は、驚きと期待を込める目で見つめている。
 そして、火傷の痕が残る手を出して、ユウキの手を握る。

 この行動は、見守る大人たちが驚愕の表情を浮かべる。
 ユウキが手を引っ込めなかったことも、少女が手を差し出したことも、想定していなかったからだ。

 ユウキがニヤリを笑ってから、少女と大人たちに告げる。

「挨拶の代わりに・・・」

 少女は、握られた手を見ると、少しだけ不思議な暖かさを感じた。

『聞こえますか?』

 少女の頭の中に、目の前に居る男性・・・。ユウキの声が響いた。
 びっくりした表情で、ユウキを見つめる。

『あっ手を離さないでください。すぐに終わります』

 少女は、身体から倦怠感が抜けるのが解る。濁っていた視界もはっきりとしてくる。そして、同時にモヤがかかっていた思考がはっきりとしてくるのが解る。そして、目の前に居るユウキを見つめてしまった。

 ユウキは、見られていると認識して、自分の口を指で塞ぐ仕草をする。
 少女は、ユウキの仕草の意味がわかって、頷いた。

『状況はよくありませんね』

 少女は、頭を縦に降って、”Yes”の意思を伝える。

『そうですか。分析はしていませんが、複数の薬物ですか?』

 また、一度だけうなずく。

『首謀者はわかっているのですか?』

 今度は、横に首を振る。

『わかりました。私たちは、貴女を歓迎します』

 ユウキが手を離すと、ユウキの後ろに今まで居なかったはずの女性が現れる。

 少女の護衛として着いてきている男性の二人が、剣呑な表情を浮かべる。しかし、ユウキがにこやかな表情を崩さずに、少女に対して危害を加える様子がない事から、護衛もスーツに入れた手を戻す。武器が胸元にあるのは、ユウキたちは理解している。自分たちは、護衛が持つ武器程度では、傷つけられないことはわかっている。

「この二人は、ヴェルとパウリ。この場所を案内させます」

『私は・・・』「大丈夫です。名前は名乗らないでください」

 少女が、名前を名乗ろうとするのをユウキが止めた。
 もともと、少女が何者でも待遇を変えないという意思表示でもある。

「貴女が立てるようになって、元の生活を取り戻してから、もう一度、私たちに貴女のお名前を聞くチャンスを下さい」

『・・・。わかりました』

 やけどで喉を痛めてしまっている。
 そのために、少女は、声を出すのも辛い。変わってしまった声が好きには・・・。もちろん、執事や護衛もわかっている。

 ユウキが、少女のやけどの状況を知った上で、”元の生活を取り戻す”と言った言葉を信じてみたくなってしまっている。

 ヴェルとパウリが、少女の案内を行うために、執事と護衛に挨拶をする。護衛は、そのまま少女を護衛するようだ。ユウキたちから見たら、必要はないが、ユウキたちを信頼する以前の問題として、護衛は必要なのだ。

 少女に付いてきた人間は、執事が1人と護衛が3名。身の回りの手伝いを行う者が2名。少女を含めて、7名だ。
 ユウキは、人数を確認して、セシリアに監修を頼んでよかったと考えていた。それまでは、大きな部屋と、護衛とメイドの部屋だけを作っていた。執事が付いてくる可能性と、同時に父親が付いてきたら、貴賓室は別に必要になると言われて、部屋を整えた。護衛の人数は、セシリアの予想では5名だったが、3名と少なかったのは、父親が同時に来なかったからだろう。メイド(侍女)の人数は予想通りだった。

 ユウキは、部屋に残った執事をソファーに誘う。

『ユウキ殿とお呼びしても?』

「はい。呼び捨てでも大丈夫です」

『ありがとうございます。私は、ミケール。今回のお取引の全てを任されています』

「わかりました。いくつか、質問をさせてください。もちろん、問題がない範囲で構いません。答えられないことは、答えられないと言って下さい」

『わかりました』

 それぞれが、母国語を話しているのに、会話が成立している不思議な空間で、ユウキが質問を始める。

「まずは、ミケール殿は、彼女の味方ですか?」

『当然です。旦那様から、お嬢様のことを頼まれる以前に、私は・・・。お嬢様に、命を救われました。私の命は、お嬢様の物です』

「差し支えなければ、事情を教えていただけますか?」

『ユウキ殿は、お嬢様の事情をどこまでご存知なのですか?』

「事故で”やけどを負った”としか知らされていません」

『その”事故”のことは?』

「いえ、何も・・・。お取引には、関係がないことだと、調べても居ません」

『わかりました。ユウキ様のご質問に答える前に、質問をしてよろしいですか?』

 ユウキは、ミケールが”殿”から”様”に敬称を変えたのに気がついたが、より自分たちを信頼してくれているのだろうと、気にしないことにした。

「はい。”必ず、答える”とは言いませんが、答えられる質問には、真摯に返答します」

『ありがとうございます。ユウキ様は、グレアムとの取引がありますか?』

「グレアム?初めて聞く言葉です。会社ですか?人ですか?」

『お嬢様の伯父にあたる人物です』

「そうですか?そのグレアム殿とは、付き合いはありません」

『神に誓えますか?』

「信じる神が居ないので、神には誓えませんが、私が心から信頼する親友たちに誓います」

 ユウキは、ミケールから視線を外さずにまっすぐに見つめながら宣言する。嘘を言う必要はない。

『ありがとうございます。ユウキ様。失礼な質問をしてもうしわけありません』

「いえ、大丈夫です。必要なプロセスなのでしょう」

『はい。お嬢様は、今でも命を狙われています』

 ユウキは、先程の握手の時から感じていた。保険として、二人を付けたが間違っていない。

「・・・。そうですか・・・」

 父親や保護者が一緒ではないのは、裏で蠢いている者たちを始末するか、おびき出すのが狙いなのだろう。ユウキは、口には出さずに、執事を見つめるだけに留めた。

『ありがとうございます』

「私は、何もしていません。取引が無事に済むことを望んでいるだけです」

『お嬢様の怪我の状況と、事故のお話をいたします』

「お願いします」

 必要があるとは思えないが、状況を知っておく必要があるかもしれない。
 ユウキたちの拠点に攻め込める者はいないとは思うが、警戒をしなければならないのなら、敵が誰なのか知っておく必要がある。

 執事は、事故の状況から話を始める。
 ユウキの想像以上に酷い状況だった。

 執事と身の回りの世話をする二人は、少女の機転で命を救われた。詳細な説明を、執事はしなかったが、執事と二人の侍女が、少女の味方であると印象づけることは出来た。実際に、3人は少女を害する理由がない。
 護衛の3人は、古くから少女の父親に仕える者で、こちらも少女を害する理由が見つからない。

「わかりました。この拠点に居る間は安心してください」

『ありがとうございます』

 ユウキは、執事から聞き出した少女の症状を聞いて眉を潜めた。

「手を握った時の違和感は、”それ”だったのですね」

『はい』

「ミケール殿。正直に言います。ポーションだけでは、お嬢様の症状は完治しません」

『・・・』

「なので、守秘義務を課すことが条件ですが、提案があります」

『守秘義務?』

「はい。お嬢様への施術を行う時には、ミケール殿ともう1人だけの付添でお願いします。そして、部屋で行われたことを他言しないことを条件にしたいと考えています」

『・・・。わかりました。お嬢様が治るのでしたら、私の命を差し出せとおっしゃっても承諾するつもりです』

「私は、悪魔ではありません。ただの”魔法使い”です」

 ニヤリと笑うユウキの顔を不思議そうな表情で眺める執事は、この少年ならお嬢様を治してくれる。何件もの病院から断られた。火傷の跡を消すために何度もメスを入れられて、その度に、心を削られてしまった。お嬢様を救ってくれるかもしれない。

 ユウキが執事に告げた、”魔法使い”という言葉に縋ってしまいたくなる。

 執事は、渡された守秘義務が書かれた紙を読む。英語で書かれている。

 不思議なことに、守秘義務には違いはないがペナルティに繋がる文言が記載されていない。ユウキは、”問題はない”と執事からの質問を一蹴する。

 少女が貴賓室に入って、護衛が扉の前を、メイドが内側を調べている為に、ヴェルとパウリはユウキに念話を繋げた。

『二人には、悪かったな』

『いいですよ。マイにも頼まれましたし、未来の国王の側近に恩を売るチャンスですからね』

『ヴェル。俺は、宰相になるつもりはない。異世界と地球の秘境をめぐる旅がしたいと思っている』

『ユウキもヴェルも、その話はマイがなんとかすると言っていたでしょ。それよりも、ユウキ。護衛の一人で間違いはなさそうよ』

『わかった。パウリ。助かる』

 わざわざ手が足りているのにも関わらず、ユウキがフィファーナから、ヴェルとパウリを呼び出したのは、二人のスキルを当てにしていたからだ。

 パウリは、”スキル記憶遡及”を持っている。
 対魔物では、不遇なスキルだが、対人。特に、権力闘争を行う者にとっては、手元には欲しいが、相手方には居て欲しくない。効果は、仲間内には知られているが、”時間”をさかのぼって、記憶をたどれるというスキルだ。

 ヴェルは、悪意を感知する”スキル悪意感知”を持っている。自分に向けられた悪意だけではなく、他人に向けられた悪意も感知できる、極悪なスキルだ。二人に協力してもらって、少女に向けられている悪意と悪意の理由を探ってもらった。

 その結果、ユウキたちは一人の人物を特定した。

『ありがとう。護衛の隔離は、こっちでやるから、お嬢様を頼む』

『了解』『了解。あっユウキ!今週の週刊誌を頼む』

『え?送ったよ?』

『お前が管理しなければならない、馬鹿が燃やした』

『わかった。全部?』

『マンガだけでいい。他の奴は無事だ』

『新聞は?』

『サトシが新聞を読むと思うか?』

『サトシって言っちゃっているよ。そうすると、サトシが読んでいた物が燃えたのだね』

『そうだ』

『わかった。買っておくよ』

 無駄な念話で和んだところで、ユウキはミケールを呼び出す。

 ミケールは一度、少女のところに言って、話をしていた。少女と話をしたあとで、承諾を得るために、主人に連絡をしていた。

『ユウキ様。確認したいことがあると伺いました』

「そう。護衛の・・・」

 ユウキが名前を出すと、顔色が変わった。
 心当たりがあるようだ。

『その者がなにか?』

「ミケール殿。隠し事は、”無し”で、お願いします。名前を上げた者が、お嬢様に毒物を投与している可能性があります」

『っつ!やはり』

「心当たりがおありなのですね」

『奴は、お嬢様の兄君が・・・』

「そちらの処理は任せます。今、私の仲間が証拠を抑えています」

『それは・・・』

「簡単なことです。彼が、渡した毒物を確保します」

『渡した?』

「彼が直接、毒物を入れていません。メイドが入れる飲み物に、混入されています」

『ハチミツか?』

 執事は、少女が愛飲している飲み物を思い浮かべる。
 その中に、毒をごまかせるほどに強い匂いや味の物は少ない。それで、考えついたのが”ハチミツ”だ。少女は、紅茶に”ハチミツ”を入れて飲むのが好きだ。そのハチミツもこだわりがある。
 ユウキのすり替えた方法が気になるが、ユウキたちなら可能なのだろうと、考えない事にした。

 藪をつついて、出てくるのが蛇なら対処ができる可能性もあるが、大蛇なら?それも、虎を一飲みにできるほどの大蛇が出てくる可能性もある。危険な藪はつつかないほうがいいに決まっている。

 実際に、ユウキたちに手を出して、しっぺ返しを受けている機関は大量にある。ユウキたちの評価は、ユウキたちが本拠地に選んだ場所を統治する、日本政府よりも、海外での評価が高い。悪い意味での評価を含めてだ。

 まだ日本政府や関係者は、ユウキを”子供”だと侮っている。権力を振りかざせば、好きにできるという考えがある。
 しかし、海外ではユウキたちの関係者として名前が上がった者たちやその者たちが育った場所は、アンタッチャブルな状態になっている。

「はい。現在は、私の仲間が用意したハチミツを使っています」

『ありがとうございます。さすがは、ウィザードの集団ですね』

「ありがとう。褒められたと思っておきます」

 ユウキは、にこやかな表情を崩さずに、執事に質問を重ねる。

「治療は、いつ行いますか?方法は、こちらに任せてもらえますか?」

『旦那様の了承は取れました。ユウキ様にお任せします』

「ありがとうございます。ウィザード仕込みの魔法をお見せします」

 ユウキが少しの皮肉を込めたのを、執事が華麗にスルーした。

 ユウキが差し出す手を、執事は握る。
 ”魔法”がどのような効果を発揮するのはよくわかっていない。しかし、執事が許可を求めた者からの言葉は、”全面的にユウキに協力しろ”というのが下された判断であり、命令だ。

 握手していた手を離したユウキが、指を鳴らすと、テーブルの上に”ハチミツ”が入った、少女が愛用していた容器が出てきた。この容器は、少女が特注で作らせた物だ。

『この容器は?』

 ユウキは、執事の疑問を無視して、もう一度、指を鳴らす。
 透明な容器がテーブルに置かれる。

『これは?』

「触らないようにしたほうがいいですよ。彼の荷物の中に入っていた物です。こちらで鑑定したところ、ハチミツに入っている異物と同じ成分です」

『!!』

「指紋が付いているでしょう。もしかしたら、彼に”これ”を渡した人物の指紋が検出できるかもしれないですよね」

『ユウキ様。なぜ?』

「そうですね。私たちを頼ってきてくれた・・・。もちろん、打算もあります」

『打算』

「少女と少女の父親は、私たちにない力があります。権力という・・・。それに、お嬢様のことは、一部では・・・。有名ですよね?」

『国に帰れば、知らない者はいないでしょう』

「それだけではなく、他国との繋がりや会合もあります。治った姿が衆人に触れたら・・・」

『大騒ぎでしょう。義手や義足ではなく、ご自分の足で立って歩いて・・・』

「義手や義足でまかなえる部分もありますが、火傷の痕は無理ですよね」

『・・・』

「そんな少女が、自然な表情で笑ったら・・・。私たちが求めるのは、少女に日常が戻ってくることです。そして、その日常を取り戻したのが、私たち”ウィザード”だと皆が勝手に解釈してくれることです」

『・・・。確かに、守秘義務で私たちは・・・。しかし、そんな迂遠な方法でなくても、お嬢様を・・・』

「それでは、直接的で、私たちのところに人が来てしまう。それに、貴方たち・・・。少女が、嘘つきになってしまう」

『え?』

「私たちは、貴方たちと同じことを他で求められても、私たちではないと言い続けます」

『わかりました。一回限りの偶然を、神に感謝します』

「そうですね」

 ユウキたちには、信じる神がいない。以前、神を信じていた者も、過酷な状況と、最後まで救いの手が神から為されなかった。最終的に救ったのは、自分たちが培ってきた物だった。ユウキの仲間たちは、神に祈るのを止め。神に祈るために使っていた時間を、鍛錬に使った。

 証拠を受け取った、執事はユウキに礼を言ってから、部屋を出た。
 執事は、スマホを取り出して、主人に連絡を入れる。ユウキとの会話内容を伝えるためだ。物的な証拠がある。しかし、証拠が本当に証拠なのか、”判断が難しい”こともしっかりと伝えた。証拠を検証する方法が手元にないのだ。ユウキから言われた内容を鵜呑みにできない。

『どうみる?』

「難しいかと・・・」

 執事は、主人からの質問に率直な感想を伝える。
 主人は、娘の怪我を治したいというのも本音だ。しかし、それ以上に敵対する者たちをあぶりだすための手札に使えると考えたのだ。

『金や名声では動かないか?』

『無理だと思います。それに、彼らからは、貴族社会の最低限の教育を受けた者の匂いがします』

『日本には、貴族はいないはずだな?』

『はい。調べたところでは、29名の中には、貴族社会に詳しい者は居ません』

『そうか・・・。証拠品は、奪われないようにしておけ』

『はっ』

 通話を切ってから、執事はユウキの表情を思い浮かべる。
 ユウキたちが欲しがっている物は、権力ではなく、権力に抗う力ではないだろうか?

 出てきた扉を見つめながら、証拠品をしっかりと確保しておく算段を始めた。
 そして、盗まれても、ユウキたちがなんとか・・・。甘い考えだとは思うが、そんな思いを抱かせるだけの人物だと、考えていた。

 少女はユウキたちが用意した部屋で、眠りについた。

 そのころ、ユウキたちは、普段とは違う侵入者たちへの対応を開始していた。

『ユウキ!』

 屋敷の周りを守っている、リチャードからユウキに現状の報告が入る。
 ユウキは、ユウキで侵入者に対応しながら、皆の状況をまとめて、指示を出している。

『そっちは、レイヤに任せる』

 ユウキは、すでに対処を行っていることをリチャードに告げて、新しい報告を聞いて、次の一手を考える。
 会話は、遠隔地でも通じる。スキルによるものだ。ユウキたちの情報を持って帰りたい者たちは、無線の盗聴を試みているが、何も情報が獲られない。それだけではなく、盗聴器を仕掛けようと侵入を試みても、悉く排除されてしまっている。

 ユウキが指示を出している間にも仲間から連絡が入る。
 昼間に到着して、少女の状態を把握した。それから、すぐに原因の排除に乗り出した。まずは、わかりやすく証拠となる毒物を確保した。そして、護衛とメイドを分離して、メイドを拘束した。わかりやすく、問題がない護衛にメイドを拘束した部屋の封鎖を依頼した。

 慌てたのは、少女を殺そうと動いている者たちだ。
 ユウキたちの目を盗んで、指示を出した者に連絡をしていた。無線の傍受は、成功しなかったが、会話を盗み聞くことは、ユウキたちには造作もない事だ。会話を録音して、執事に渡した。

『おい。ユウキ!今日の客は普段と違うよな?』

 普段から、各国のエージェントが情報を盗もうと暗躍している。侵入からの盗聴が目的なために、自衛以上の武器は所持していないことが多い。特に、言い訳が難しい、日本では所持が許可されていない武器は使ってこない。
 しかし、今日の侵入者たちは、”銃”を所持している。殺傷能力を持った”弾”を込めている。

『あぁ姫を狙っているのだろう』

 言葉と態度から、狙いはすぐに判明するが、ユウキは対応を返るつもりはなかった。
 返る必要もないと思っていた。確かに、”殺し”を普段から行っている連中だが・・・。ユウキたちの敵ではない。

『そうか、レイヤだけで大丈夫か?』

 レイヤが、拠点の周りを警戒している。レイヤの能力なら、問題はないと思われていた。

『エリク!無理だ』

 そのレイヤから、エリクにヘルプが入る。

 レイヤの”無理”というセリフは、皆がよく聞いていた。そして、この”無理”というセリフから、まだ奥があることも認識していたが、普段ならレイヤの愚痴を聞き流しつつ軽口を叩いて、レイヤに任せるのだが、今回は自分たちだけではなく、客が来ている。客に被害を出すわけにはいかない。

『わかった。サンドラ!街道の封鎖を頼む』

 答えたのは、エリクではなく、ユウキだ。ユウキたちの拠点には、招かれざる客でも2種類の客が居る。非合法な組織に属している人間と、表社会で偉そうにしている者やその関係者に雇われた者たちだ。
 前者は、無力化して拘束してしまえば、後始末は別の者たちがしてくれているが、後者は厄介な存在だ。
 ユウキたちに非がなくても、施設内で何かがあれば、ユウキたちを非難するのは解っている。そのために、施設に入れないようにしているのだ。街道を封鎖してしまえば、それらを排除することはできる。私有地のために、法的にも問題はない。

『手配してある。サンドラとフェルテが向かっている』

 ユウキからの指示を受けて、フェルテが現状を伝える。すでに向かっているのなら、街道からの”来客”は、しばらくは無視していい。問題は、街道の脇から入ってこようとする者たちだ。
 拠点に居る者では、ユウキたちが認めた者以外は、排除すべき”敵”だという認識になる。

『わかった。侵入者は殺していいのか?』

『リチャード!話を聞いていなかったのか?』

 リチャードが、嬉しそうな声で反応するが、エリクから訂正されてしまう。
 地球に残ったメンバーは、各々で”やるべき”ことがある。レナートに残ることを選択したメンバーは、サトシ以外は”人を殺す”ことに躊躇いを無くしてしまった者たちだ。理由は様々だが、地球での暮らしに不安を抱えて、レナートに残ったのだ。それでは、地球に来たメンバーたちが、”躊躇う”のかと聞かれると、”NO”と答えるだろう。ただ、手加減が上手いメンバーなのだ。敵と認定した者を殺すのに、戸惑う者は居ない。

 侵入者も、殺すだけなら、ユウキたちなら簡単な作業だ。
 殺さずに、無力化しているのは、その方が、抑止力になると考えているからだ。

『あぁ?』

『殺さずに無力化!』

 リチャードに待ったをかけたのは、ロレッタだ。リチャードとロレッタは、自分たちの復讐を終えて、ユウキの復讐に協力すると申し出ている。そして、ユウキの復讐が終われば、日本で式を上げることを希望している。

『わかった。ユウキ!何人か、回してくれ、思った以上に多い。縛るやつが欲しい』

 リチャードは、ロレッタからの指摘を受けて、ユウキにお願いを申請する。
 人数が多いために、無力化した連中を連れて行って欲しいということだ。”縛るやつ”と言っているが、縛るだけなら、リチャードのスキルで対応が可能だ。あえて、人を依頼するのは、運ぶのが面倒だと思っているからだ。
 ユウキも、リチャードの言い回しが解っているので、対応策をすぐに導き出した。

『わかった。森田さんにお願いしておく』

 ユウキは、すぐに無線を使って、待機している森田に連絡を入れた。
 森田たちは、無力化された者たちを回収して、然るべき対応を行っている。

『ユウキ!山側の対処は?』

 エリクが気にしているのは、山側に潜んでいる連中や遠距離からの狙撃を警戒している。

『終わった。街道が終われば、今日は大丈夫だろう』

 山側の対処を終わらせていた。
 ユウキたちが拠点を作るときに、気にしたのが、狙撃に適した場所だ。ユウキたちは、わざと狙撃ができそうな場所を作ってある。それも、巧妙に隠している。狙撃できそうな場所を作ったことで、その周辺を監視するだけで襲撃者のほとんどに対処ができてしまう。連絡方法を調べるなどで、他の襲撃者が判明する。
 ユウキは、狙撃者が居ることを想定して、山側の対処を先に行っていた。混乱した所を狙撃してくると考えたからだ。

 残敵は、街道から襲撃してくる者たちだけだと判断をしている。
 街道から拠点に向かってくる者たちの数は多いが対処は難しくない。無力化したあとの対応が面倒なだけだ。

『了解。俺も出る』

 エリクは、自分の担当している場所が、クリアになったのを確認して、街道に居る連中の対処を行う。

 ユウキは、皆の動きを確認してから、拠点に戻る。

「ユウキ様」

 出迎えたのは、執事のミケールだ。
 ミケールは、母国語ではなく、日本語でユウキに話しかけた。

「ん?日本語が話せたのか?」

「はい。試すようなことをしてしまい、申し訳ございません」

「いや、構わない。それよりも、何か用事があるのだろう?」

「はい。旦那様から、ユウキ様にお願いがあります」

「ん?お嬢様に関することか?」

「はい」

「必ず、希望に応えるとは言えないが、できる限りのことはしよう」

「ありがとうございます。旦那様から、ユウキ様の所で、数日で構わないので、お嬢様の療養を目的とした滞在のご許可を頂きたい」

「療養と来たか・・・。予定ではどのくらいだ?」

「可能なら、2週間程」

 ユウキは、ミケールの表情を伺ったが、ミケールの表情は変わらない。何か、裏があるのはわかるが、スキルを利用してまで調べる必要はないだろうと、結論付けた。

「わかった。ホテル並みの待遇を期待されると困るが、今日と同じレベルで良ければ提供しよう。療養なら、仕方がない。俺たちの治療の後で、療養が必要になってしまうと考えたのだろう」

「はい。療養の為に、滞在のご許可を頂きたい。その間の費用はお支払いいたします。また、お嬢様や私たちへの客がユウキ様たちにご迷惑をおかけいたしましたら、ユウキ様たちのご判断で処断していただいて構いません」

「いいのか?」

「はい。ご迷惑をおかけした費用もお支払いいたします」

「わかった。何か、処分に困る物が出た時には、相談したい」

「かしこまりました」

 ミケールは、ユウキに頭を下げてから、辞した。


 ユウキたちは、安全になってから、お嬢様の治療をしたほうがよいと考えていた。
 ミケールも賛同した。問題の解決には、2週間程度は必要だとミケールから告げられた。

 ユウキたちは、”2週間”という時間は、襲撃者たちの対応ではなく、反乱分子の始末に必要な時間だと考えていた。

 しかし・・・。

「ユウキ!お客さんが来ているぞ」

「そうだな。いつもと同じ対処で頼む。質も落ちてきているから、捕えるだけでいい。後は、ミケールに渡して終わりにしよう」

 最初の襲撃があってから、10日が過ぎているが、当初は夜だけの襲撃だったが、4日前からは昼間にも襲撃が来るようになっている。それも、金で雇われたような奴らだ。
 最初は、その筋の訓練を受けている者が相手だった為に、ユウキたちも手加減が難しかった。自死を選ぶ者も居たために、捕えるのが難しい場面もあったが、5日目辺りから日本に居る。暴力を仕事にしている連中や、その予備軍が金で雇われたり、報酬に目が眩んだり、襲撃者の質が下がった。襲撃者が連携してくることもなく、組織だった襲撃でないだけに面倒になった。
 対応が簡単になったのはありがたいが、数が増えていった。

 組織に属していなくても、組織に属している者に雇われた者も含まれるために、襲撃の回数だけは増えていた。

 警察組織に渡そうと思ったが、森下に相談したら、ユウキたちの力を警察に知られるだけならいいが、権力者に知られる可能性があるので、止めた方がよいと言われて、捕えた奴らは、森田を通して、馬込に相談した。

「ユウキ。馬込先生の所に連れていけばいいのか?」

「そうだな。五体満足なら、使い道があると言っていた。いろんな方面に恩を売るそうだ」

「わかった」

 グレーではなく、ブラックな人たちだ。警察に連れて行っても、箔がつくだけの可能性もある。
 それなら、流儀に乗っ取って対処してもらったほうがいい。調べれば、筋がわかるので、馬込は筋の反対に属している組織に渡すことで、恩を売る事にしている。また、多くはないが、手駒に使えそうな人材は、ユウキたちの為に働かせることにした。

「リチャード。頼む。俺は、先生の所に行ってくる」

「ん?それなら、ユウキが連れていけば?」

「あぁ先生の所には違いないが、スパイに仕立て上げる者たちが居るらしくて・・・」

契約(ギアス)か?」

「あぁ」

「そりゃぁ確かに、ユウキが適役だな」

「だろう?だから、行ってくる」

「わかった。襲撃者は任せろ」

「頼む」

 ユウキは、手を振りながら部屋から出ていく、部屋には、リチャードの他に、ロレッタやエリクやアリスも居たが、皆がユウキを見送った。
 自分たちのリーダに絶対に信頼を寄せている。ユウキも、間違えることもあれば、失敗もするが、ユウキなら自分たちにすべてをさらけ出してくれると、教えてくれると、頼ってくれると、信頼している。自分たちも、周りの人物に・・・。一緒に過ごしてきた29名には、隠し事をしない。

 召喚された勇者たちは、お互いしか信じられない。お互い以外では、家族と呼んでもいいと思える人たちしか信頼ができない。

「ユウキ君」

「先生。詳しく、お聞かせください」

 馬込は、ユウキに椅子を進めてから、ユウキたちが捕えた者の中から、元々組織的な忠誠心が低い者たちをリストアップした。その者たちが属していた組織は、ユウキが目的を達成する為には、避けては通れない組織からの汚れ仕事を受け持っていた。

 そして、組織の中にスパイを送り込むメリットとデメリットを馬込はユウキに説明した。
 ユウキも異世界の勇者として活動する過程で、スパイのメリットとデメリットは理解していたが、自分の知識と日本での現状の違いが存在する可能性を考慮して、馬込の話をしっかりと拝聴していた。

「わかりました。先生のご提案を受けようと思います」

「よいのか?提案しておきながら・・・。二重スパイになってしまう可能性もあるのだぞ?」

「それは、スキルで縛ります」

「スキル?」

「はい。俺たちは、”呪い(ギアス)”と呼んでいます」

「”呪い”とは・・・。ユウキ君たちの仕事を手伝い始めてから、儂も”ラノベ”を何冊か読んでみたが、異世界は怖いな。奴隷を縛る方法があるのか?」

「ハハハ。そうですね。ラノベで書かれていることで、実際にできる事は少ないですが、奴隷制度は確かにありましたね」

「そうか・・・。それで、そのスキルを使用した時の、ユウキ君が被るリスクはあるのか?」

「ありますが、この世界では、ほぼ無いと思っています」

「それは?」

「ギアスが破られた場合に、私に返ってきます」

「それは・・・。そうか、ユウキ君のスキルを破るのは、君の仲間でも不可能だということか?」

 馬込は、ユウキのリスクを一番に考えた。
 そして、馬込はユウキの仲間が裏切る可能性を考慮したのだ。

 ユウキは、馬込の言葉から、”裏切りを危惧している”と感じたが、気分を悪くしなかった。自分が、馬込の立場なら最初に考える事だからだ。そして、仲間・・・。家族なら、裏切らないと信じている。信じたうえで、”ギアス”が破られる事はないと考えている。地球に存在するアーティファクトは可能性として考慮したが、考えてもしょうがないと思っている。それに、ギアスが返されても、ユウキなら耐性がある。
 フィファーナで散々やってきたことだ。それに、地球にユウキのギアスを解呪できる者が居るとは思えなかった。万が一の時には、解呪したことがわかるようなスキルを付与するつもりだ。それで、解呪された場所や時間が判明する。
 ユウキと同等のスキルを持つ、召喚されて帰還した29名以外の勇者が存在することになる。

 敵対するのなら、自分たちのルールで処分するつもりで居るのだ。

「無理です。俺のスキルを上回るのは、マイと・・・」「わかった。ユウキ君に任せよう。スパイたちに君が会う必要はあるのか?」

 馬込は、ユウキの表情から、もう一人の名前が解った。それで、ユウキの話にかぶせるように話を進める。

「そうですね」

「例えば、その者たちを、目隠しをして、口枷をして、手錠と足枷で拘束しても大丈夫なのか?」

「大丈夫です」

「何か、”ギアス”と言ったか、発動の条件はないのか?」

「一人一人に同じスキルを発動するのは面倒なので、一か所に集めて貰っていいですか?」

「わかった。そうだ。ユウキ君。報告の方法は、何かスキルでできないか?」

「え?」

「スパイが判明してしまう理由のほとんどが、情報の受け渡しの場面だ。情報を盗むことは、さほど難しくなくて、受け渡しの時に・・・」

「あぁそうですね。半日ください。フィファーナで使っていた方法を再現します」

「それは?」

「ラノベ風に言えば、”念話”ですね」

「ほぉ・・・。しかし、それではユウキ君か、ユウキ君たちにしか受信できないのでは?面倒ではないか?」

「あっ大丈夫です。念話の仕組みは・・・。今度、時間があるときに説明しますが、素養がない人物に強制的に”念話”が使えるようにスキルを埋め込みます。そのうえで、常時発信させるか、感情が動いたときに発信させるか、方法は調整が可能ですので、後で説明します。受信機は、森田さんや今川さんが持っているような道具で受信可能です。仲間が改良をして、地球の技術と融合させて、パソコンに保存できるようにしたので、それを使います」

「おぉぉ。それなら、ユウキ君たちが拘束されるようなことはないのだな」

「はい。大丈夫です」

「今の説明だと、スパイは、スパイしている事を、知らないことにならないか?」

「そうですね。見たものや聞いたことが、保存できます」

「そうか、”ギアス”に制限がなければ・・・」

「人数は、保存される場所と、それを仕分けする能力に依存します。無限とは言いませんが、100名とかでも可能です。しかし、スキルをかけるのに1-2分は必要なので、街中でいきなりとかは難しいと思います。足元に、魔法陣が出てしまいます」

「そうか、捕えた人間なら可能だな。わかった。済まないけど、時間を・・・。一日ほど、貰えないか?」

「えぇ大丈夫です」

「その間に、情報を整理する人員と、スパイに仕立てる人物の選別をする。ユウキ君。意識を支配して、行動を支配することはできるのか?」

「ギアスで可能です。制限は、ロボット三原則に近い物です。自死は不可能です。忠誠心が高ければ、術が失敗します。その場合でも、命令がキャンセルされるだけで、スキルは解かれません」

「わかった。ありがとう。少しだけ人選を変える必要がありそうだ」

「ありがとうございます」

 翌日、ユウキは馬込に呼ばれて、屋敷を訪ねて、ギアスを行使する。
 行動を縛らないスパイを、50名。行動を縛って、通話で命令を伝えるスパイを、15名。

 そして、情報を整理するために、行動を縛る者にもギアスを刻んだ。

 スパイにギアスをかけてから、2日が経過した。

「なぁユウキ。日本の・・・。いや、この場合は、地球にある”その手”の組織は、情報を軽く扱っているのか?」

「どうだろう?」

 情報はユウキの予想を上回る速度で集まっている。
 上がってくる情報を、ユウキと一緒に精査しているのは、リチャードとロレッタだ。

 精査された情報だけが、ユウキたちに届けられるが、それでも驚くほどの情報が手元に蓄積される。

「なぁ」

「そうだな。ミケールに渡して・・・」

「ユウキ。”丸投げ”だろう?俺たちじゃ対処できない」

「そうだな。丸投げが正しいな」

 ユウキとリチャードの話を聞いて、ロレッタが席を立ち上がる。

「それじゃ呼んでくるね」

「ロレッタ。待て!俺が、ミケールに資料を渡してくる」

「わかった」「まかせた」

 リチャードとロレッタは、資料をユウキが持った事で、任せることにしたようだ。
 自分たちに関係する情報も少しだけだが入手できている。二人は、その細い糸から復讐相手を引っ張り出す方法を考えようとしていた。アメリカに本部を置く新興の環境保護団体。実態は、環境テロ組織が二人の復讐対象だ。二人が居た、教会に隣接した施設が、環境保護団体からの抗議を受けて、移転しなければならなくなった。そして、二人を育てた教会関係者は、事故死した。教会関係者が居なくなってしまった教会が在った場所には、土地を二束三文で購入した環境保護団体が、豪奢なビルを建築した。二人が、異世界に召喚される1年前の出来事だ。
 二人は、事故をおこして、二人の大切な人を殺した者への復讐は終えている。しかし、本当の復讐相手は別にいる。やっとターゲットに繋がる糸が見つかったのだ。
 ユウキの復讐相手とも関係があり、日本にも支部を作った環境保護団体。二人は、情報を精査して、より詳しい情報を入手するための方法を考える。異世界で身に付けたスキルをフルに使って・・・。復讐を完遂するために・・・。

 ユウキは、情報を精査していた部屋から出て、ミケールたちが逗留している建物に向かう。
 少女には、ポーションを少量だけ混ぜた物を飲んでもらっている。一気に飲ませてしまうと、どの部分が実際に修復しなければならない部位なのか判断が難しい為だ。この方法は、異世界でも行っていた。ポーションは万能ではない。古傷でも効果が発現する場合もあれば、悪化する場合がある。そのために、定着してしまった傷を修復する場合には、慎重に行わなければならない。
 ユウキたちの仲間なら、即死の危険性がある”古傷”でなければ、乱暴な方法を採用した。

 ユウキは、少女の経過を聞いて、やはり一番乱暴で、一番非人道的で、一番確実な方法を選択する必要があると考えた。
 仲間ともブリーフィングを繰り返していた。まだ、結論は出ていない。しかし、時間としては、そろそろ結論を通達する必要があるのも解っている。
 ユウキたちは、少女の心に負担がない方法での治療を考えていたが、難しい状況になっている。

 ドアをノックする。
 遅い時間なので、返事がなければ、明日以降に資料を渡すことを考えていた。

『はい』

 扉の奥から、目当ての人物の声が聞こえた。

「ユウキです。ミケール殿に、お話があります」

 扉が開いた。少女は、すでに就寝しているようだ。
 部屋には、ミケールだけが、資料や端末が乱雑に置かれていた。

「ミケール殿。夜分に、申し訳ない」

「いえ、何かありましたか?」

「ゴミの排除は問題にはなっていません。そのゴミから得られた情報で、ミケール殿にお渡しした方がよいと思える情報を持ってきました」

「情報?」

「はい。情報の代金は必要ないので、処理をお任せします」

 ユウキは、ミケールに書類の束を渡す。

 数枚の紙を捲ってから、ミケールの表情が変わる。パソコンにデータを表示させて、ユウキが持ってきた情報と見比べる。

「ありがとうございます。大変、有意義な情報です。対価が必要ないとは、考えにくいのですが?」

「そうですね。それでしたら、少女の治療費に上乗せします」

「かしこまりました。旦那様にお伝えします。この情報だけで・・・。日本流の言い方をすれば、座布団で3枚ほど用意いたします」

「そうですね。座布団を3枚も貰っても、困ってしまうので・・・。そうですね。米国で動きやすい身分を3人分用意していただけますか?」

「3名でよろしいので?」

「はい。十分です。州を跨いでの移動で、呼び止められない。できれば、カナダ・・・。ポイントロバーツにも問題なく行けると嬉しいです」

「わかった。手配いたします」

「ありがとうございます」

 ユウキは、ミケールを見つめる。
 本当は、すぐにでも聞きたいことを、ユウキに問い詰めないのには、好感が持てる。

「ミケール殿。まだ、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。資料が重いので、テーブルには置かせてください」

 ユウキは、テーブルの前に置いてあるソファーに腰を降ろす。ユウキが座ったので、ミケールは資料を自分が使っているテーブルの上に置いた。

「ユウキ様。コーヒーでいいですか?」

「お願いします」

 ミケールが簡易キッチンで、コーヒーを手早く入れる。

 ユウキと自分の分を入れて戻ってくる。
 砂糖とミルクもしっかりと準備してきている。

「ありがとうございます」

 ユウキがコーヒーに口を付けるのを見てから、ミケールは口を開く。
 ミケールは、今からの話が少女に関してであることは察している。コーヒーには手を付けないで、手を握って、ユウキの話を聞く体勢になっている。

「それで?」

「少女の状態を、私たちなりに考えました」

「はい」

 ミケールが握った手に力が入る。

「まず、ポーションの特性をお伝えします」

「わかりました」

 ユウキは、ミケールにポーションは万能ではなく、古傷に使う場合には悪化する危険性があることを素直に告げた。
 危険性があった為に、使う前に調査を行った事を告げた。

「調査?」

「はい。ハイポーションを、”1万分の1”に薄めた物を作りました。それを、飲み物に入れました」

「え?」

「大丈夫です。ポーションの効能は出ません。そうですね。効き目がいい栄養剤と考えてください」

「わかりました。それで、お嬢様の体調がよかったのですね」

「それもあります。それで、調査の結果、判明したことがあります。詳細は、資料にまとめました。先ほどの資料の最後にまとめてあります」

「・・・」

「簡単に言ってしまうと、怪我が悪化する可能性が高いことがわかりました」

「それでは・・・」

「ポーションでは、表面の傷は治ります。しかし、深層部分の傷が悪化する可能性が高い状況です」

「・・・」

「傷が悪化しても、すぐに死に至るようなことはありません。これは、私たちが異世界で経験したことなので、検証は難しいと思ってください」

「はい」

 ミケールの手が震えるのがわかる。
 ユウキは、ミケールの心情を理解したうえで、話を進める。

「もう一つだけ確実に、治せる方法があります」

「え?それなら!」

「はい。完治します。元・・・。が、解りませんが、少女が思い描く状態に”再生”されます。先ほどの説明にあるような、深層部分の怪我も悪化しません。完治します」

「ユウキ様」

「しかし」

「金銭で済む話なら、いくらでもお支払いいたします。もし、私の命を差し出せと言われても構いません」

「いえ、金銭でも命でもありません」

「・・・。何か、条件があるのですか?」

「条件ではありません。その方法は、治療というには、乱暴すぎるので・・・。少女に説明が難しい・・・。必要なのは、覚悟だけです」

 ユウキは、少女に行う治療の説明をミケールに行う。
 話を聞いているミケールは、冷静に話を聞いているが、ユウキの話は荒唐無稽と断罪するのは簡単だ。しかし、方法が、残されていないのも解っている。実際に、ミケールは少女にユウキの話を、概要を伝えることにした。

 翌日の夕方。
 ユウキの前に、ミケールと少女が現れて、ユウキの治療を受けると宣言した。

 準備に、時間が必要になるので、明日の夕方に治療を行うことが決まった。

 私は、今”日本”に来ている。

 事故で全身に火傷を負った。その時に、片耳と片目を失った。喉も焼かれて、言葉は出せるが、雑音が混じるような汚い声だ。
 そして、火傷は、私の心まで焼いた。

 パパは、私を治そうと必死に医師を求めた。
 しかし、私も見た医師の反応は同じだ。パパの権力を恐れて、”難しい”以外の言葉を聞いた事がなかった。

 左手は、癒着して開かない。右手は辛うじて動かすことができるが、火傷の後が疼いて痛い。

 右足は膝から先が無い。左足は、腿から先に感触がない。存在してはいるが、触られても解らない。

 身体は、辛うじて火傷を免れた部分ではあるが、女としての機能は失われている。
 人間としての機能も失われているのかもしれない。

 息を吸って吐き出している存在が、私だ。辛うじて、飲み物は飲める。食べ物も口に入る大きさに切られていれば食べられる。

 14歳の誕生日から私は、一人では食事も排泄も不可能な状況になってしまった。人形以下の存在だ。

 パパは、私だけでも生き残ってくれて嬉しいと言ってくれている。私は、パパの為に生きる。生きると決めた。一人では生きられない私が滑稽な望みだ。でも、私が生きているだけで、困る人がいる。そんな奴らに負けたくなかった。

 死ぬのも難しい身体だが、死ぬことはできる。
 私は、死ぬのを諦めた。生きて、私を殺そうとした人を困らせる。

 ミケールから教えられた・・・。『”日本”に、私を治せる方法がある』と・・・。期待していなかった。今まで、同じように期待して裏切られてきた。しかし、ミケールからもたらされた情報は、私の理解を越えていた。
 ポーション?魔法?それは、ドラマやアニメーションや小説の中の話だ。それが現実に?

 私は、ミケールが見せてくれた動画を見て興奮した。こんな身体になってから初めてだ。期待したわけではない。TVで繰り返される、魔法のようなマジックや物理現象を見て心が弾んだ。彼らの動画は、それ以上だ。
 ミケールは、すぐにパパに報告して、パパは動いてくれた。私は、身体が治らなくても・・・。でも、『”日本”で魔法使いに会いたい』とパパにお願いした。

 パパは、彼らが行ったオークションでポーションを落札した。
 それを口実に、彼らに会いに来た。ミケールや私の世話をしてくれる人たちと一緒だ。”日本”には前から行きたかった。富士山の神々しい姿。これが、同じ世界にあるとは思えない。

 日本に来て、富士山を見た。私は、目的の半分以上は達成できた。

 しかし、本来の目的はこれからだ。
 魔法使いでも、私を治すのは無理だろう。また期待して裏切られたくない。

 しかし、彼・・・。彼らは違った。
 私の姿を見ても、憐みの視線を向ける事も、蔑んだ視線でもなく、自然体で私を見てくれた。
 それが、私には、嬉しかった。

 私は、”可哀そうな少女”でなければならなかった。彼らは、私を”可哀そうな少女”として見なかった。

 彼らは、私を”客”として扱った。
 ミケールから毎日の報告を受けて、信じられない気持ちになっていた。

 私が生きているのを好ましく思わない人物が、居るのは知っていたし、認識していた。屋敷にいる時にも、何度も殺されかけた。
 ”日本”は安全だと思っていたけど、私を殺したい人は、大きく動いた。

 しかし、そんな襲撃者を彼らは撃退した。それだけではなく、捕えて、ミケールに渡してきた。
 ミケールは、パパに連絡をして、事後処理を行う。

 忙しそうに連絡を取り続けるミケールを見ている。今までは、憔悴したような表情が多かったが、彼らの用意した部屋では、私が安全だと思っているのか、ミケールはパパの仕事や襲撃者たちの処理を行っている。嬉しそうに、対応を行っているミケールを見ることができた。

 ミケールから、襲撃者のことを教えてもらった。
 パパからも許可を貰っている情報だけだけど、見せてもらった。信じられない人数に、ミケールに何度も確認をしてしまった。そんなに、私を殺したかったの?

 しかし、ミケールから話を聞いて納得した。襲撃者は、確かに私の命を狙っていた。でも、人数が増えたのは、彼らが持つポーションを奪うためだ。ポーションを使って、お金儲けを考えていた。彼らの見た目は、幼い。年齢を聞いて驚いた。

 驚いた私をさらに驚かせるように、彼らは魔法を使ってくれた。
 そして、スパイが居たことも特定された。ミケールは、これで、更に安全が高まったと言って、私の護衛を彼らに任せた。

 彼らから貰う。飲み物を接種するようになってから、身体の調子がいい。喉を襲っていた不快な感覚も治まった・・・。気がする。声も変わってきている。ように、感じる。
 気のせいだろうとは思う。いくら、”日本”がNINJAの国で、彼らが”魔法使い”でも私の状態を治せるとは・・・。期待はしていない。でも、この楽しい時間は、炎で身体と心を穢してから、感じたことがない安らぎだ。癒されている。

「お嬢様」

 ミケールが、慌てて部屋に飛び込んできた。
 また、何かあったの?

 しばらく見ていなかったミケール。彼らに協力して情報を整理していた。それが、パパや私のためになるのだと言っていた。だから、会うのも久しぶりだ。前は、ミケールに会えないと不安に押しつぶされそうになっていたけど、彼らの誰かが必ず私の側に居て、寂しさを埋めてくれる。

 久しぶりに見たミケールは、以前のようにきっちりとしていた。
 でも、どうしてか、ミケールの姿がはっきりと見える。火傷で穢された左目は見えるけど、ぼやけて見えていた。今は、ミケールの表情まではっきりと解る。

「ミケール?どうしたの?」

 ミケールが泣いている?
 私が知っているミケールじゃないみたいだ。なんで、泣いているの?

「お嬢様。お声が・・・。それに、お顔の・・・」

 声?
 顔?何も変わっていない。

「え?声?確かに、出しやすいけど・・・。それに、顔・・・。見たくないわよ」

 彼らは、部屋に鏡や姿が映る物は排除してくれている。
 窓ガラスさえ、姿が映らない。どんな技術なのか笑って教えてくれなかったが、外の様子は見えるのに、私の姿が映らない。屋敷にある私の部屋にも、このガラスを入れて欲しい。そうしたら、一日中カーテンを締め切って過ごさなくて済む。

「お声は、奴らに・・・。その前のお声と・・・。それに、お顔の右側ではなく、左側の・・・。火傷の跡が・・・。消えております」

 え?
 声は確かに、変わったように感じていたけど、耳がおかしくなったと思っていた。

 髪の毛で隠している右目は、見えない。
 でも、左目はしっかりと見える。

 どういうこと?

 私は、夢でも見ているの?
 何もしていないのに、火傷跡が消える?

 ミケールが、手鏡をかざしてくれる。見たくなかったが、目を開ける。

「うそ・・・」

 顔にあった、焼け爛れた跡が消えている。
 右目と右耳はまだ火傷に覆われているが。左目と左耳にあった火傷の跡が消えている。それだけではない。口の周りも綺麗になっている。

 本当に、私?
 辛うじて動く、右腕で手鏡を触る。手が動く?手鏡を持つのは無理でも、肌に触れられる。動かすと激痛が襲っていたが、今は痛みを感じない。

 左目を触る。触っている感覚はない。ないけど、鏡で見ると、私の右腕が右目を触っている。目にも、腕が動いている。手が見えている。

 涙が・・・。左目から、涙が・・・。嗚咽が左耳に届く、ミケールが泣いている?違う。私だ。私が・・・。ただ、これだけの事で・・・。

「ミケール」

「お嬢様。ユウキ様から、提案がありました」

「え?」

「お嬢様の火傷を治す方法です」

「治るの?治せるの?本当に?」

「はい。しかし・・・」

「なに?条件?お金?」

「いえ、違います。ユウキ様たちは・・・」

「それなら何?」

「方法が・・・」

「治るのなら、どんな方法でも・・・」

 身体を要求。違うわね。私のように炎に愛撫された汚れた身体なんて・・・。それなら、何?ミケールがいい澱む条件?

「お嬢様」

「ミケール。教えて!」

「はい。その方法は・・・」

 彼らから提示された方法は、確かに彼らだけに許された方法だ。彼ら以外が提案してきたら、正気を疑われる方法だ。だからこそ・・・。信じられる。
 でも、私はそれに掛けたい。はじめて、”治る”と断言してくれた彼らを信じる。怖い・・・。怖いけど、このまま、生かされている状況よりは、私のことを考えてくれる、彼らを信じる。
 それに、条件に”私の前に、自分たちの仲間で試す”それを見てから決めて欲しいと言われた。

 そこまで・・・。
 私は、ミケールをしっかりと見つめて、彼らから提案された方法での治療を受けると宣言した。

 ミケールは、大きく頷いて、彼らからの方法を自分で試すことを許可して欲しいと言い出した。何度か、ミケールを説得するが・・・。ダメだった。
 私が、頷くまでミケールは、私を説得してくるだろう・・・。本当に・・・。