「はい、こちらで終わりになります」
別室に案内されて、30分ほどでタキシードに着替え終わる。
初めて着るものだから大変だったけど、専門のスタッフが手伝ってくれたおかげでなんとかなった。
「へー……いいじゃない、うん。馬子にも衣装っていうものね」
「それ、褒めている?」
「当たり前よ。リコリスちゃんが誰かを褒めるなんて、3万年に一度あるかないかよ」
とんでもない確率だ。
「ま、安心しなさい。いい感じに男前になっているわ」
「そ、そうかな?」
ちょっと照れた。
でも、嬉しい。
その時、コンコンと扉をちょっと乱雑にノックする音が響いた。
扉が開いて、アイシャとスノウが顔を見せる。
「おー、おとーさん、かっこいい!」
「オンッ!」
二人は目をキラキラとさせて、僕のタキシード姿を褒めてくれる。
ただ、そんな二人もおめかししていた。
アイシャは可愛い服に着替えて。
スノウも首と尻尾にアクセサリーをつけている。
「どうしたの、それ?」
「わたし達も一緒に、って言われたの」
「そうなの?」
「えへへー。おとーさん、可愛い?」
「うん、すごく可愛いよ」
「やった!」
「スノウはかっこよくなったよ。首輪と尻尾の鈴、よく似合っているよ」
「オフゥ」
アイシャが抱きついてきて、スノウは頭を擦り付けてきた。
そっか、二人も一緒なんだ。
見ているだけじゃ退屈かと気になっていたけど、これなら安心だ。
「ちょっとちょっと、それじゃああたしはどうなるの?」
「リコリスのこともお願いしてみるよ。妖精が一緒なんて、たぶん、向こうは嬉しいと思うから」
そんな話をしていると、再び扉をノックする音が。
そして……
「……」
思わず言葉を失う。
扉が開いて姿を見せたのは、ソフィアだった。
白を基本としたドレスに身を包んでいる。
胸元にあしらわれた白のバラの造花が綺麗で、彼女の美しさに文字通り花を添えていた。
それに化粧もしていた。
派手なものじゃない。
淡いリップと……頬とか目元になにか。
ダメだ、化粧はさっぱりわからない。
でも、いつものソフィアとがらりと印象が変わっていた。
ちょっと手を加えただけのはずなのに、別人みたいだ。
これが化粧の力。
「どうですか、フェイト?」
「……」
「こうしてドレスを着ていると、ちょっとうわついた気持ちになってしまいますね。なんていうか……ようやく、あの約束を果たすことができる、そんな気持ちになってしまいます」
「……」
「まあ、今回はモデルなので、本番ではないんですけどね……って、フェイト?」
「うわっ」
ソフィアが距離を詰めてきて、ぐいっとこちらの顔を覗き込んできた。
「もう、さっきから黙ってどうしたんですか?」
「あ、いや……それは、その……」
「綺麗だよ、とか。可愛いよ、でもいいんですけど……なにかしら感想が欲しいのですが? ……似合っていない、ということはありませんよね?」
「それは絶対にないよ!」
ついつい強く否定してしまう。
ソフィアのドレス姿が似合っていない?
そんなことありえるわけがない、天地がひっくり返ってもありえない。
「その、なんていうか、えっと……あーもうっ、うまく言葉にできない! けど、すごくすごくすごく綺麗だよっ!!!」
とにかく、その一言だけは伝えないと思い、たくさんの笑顔と強い思いを込めて言った。
ソフィアは目を大きくして……
次いで、ほんのりと優しく笑う。
「ありがとうございます」
僕の花嫁は……こんなにも綺麗だ。
その後、すぐにモデルの仕事が行われた。
式の会場に移動して、ステンドグラスの下で僕とソフィアが横に並ぶ。
その左右にアイシャとスノウ。
リコリスはアイシャの頭の上に乗っていた。
「では、始めますね」
画家が到着して、さっそく仕事を始めた。
滑らかなタッチで絵を描いていく。
こちらから見えないのが残念だ。
「……これ、暇ね。どれくらいじっとしていないといけないの?」
「数時間は覚悟しておいた方がいいですよ」
「うげっ、そんなに……?」
「合間に休憩があるから大丈夫だよ」
「うへぇ……」
リコリスは、やっぱりやめておけばよかった、なんていう顔をしていた。
一方で、アイシャはとてもわくわくした感じだ。
目をキラキラと輝かせている。
「アイシャは楽しい?」
「うん!」
「あ、えっと……」
尻尾がぶんぶんと振られていた。
これ、大丈夫かな?
「問題ありませんよ。ただ、後で彼女の尻尾だけスケッチさせていただければ」
「あ、はい。わかりました」
優しい人でよかった。
アイシャも尻尾は自分でコントロールできないところもあるみたいだから、仕方ない。
「わたしとおとーさんとおかーさんとスノウの絵……素敵!」
「ちょっと、あたしは!?」
「ワフッ」
「あ、こらスノウ。笑ったわね?」
「スノウをいじめたら、めっ」
「なんか最近、アイシャがソフィアやフェイトに似てきたわね……」
「ふふ。だとしたら嬉しいですね」
「そうだね」
本当の家族になれたような気がする。
でも、ここで終わりじゃない。
これからも一緒の時間を過ごして、何度も笑い、絆を深めていくだろう。
ずっと。
「ねえ、フェイト」
そっと、ソフィアが僕にだけ聞こえる声量で言う。
「こうしていると、結婚式みたいですね」
「う、うん……そうだね。僕も同じことを考えていたよ」
式を挙げる時、こうして絵画に残す人は多いって聞く。
「ちょっとドキドキしますね」
「ワクワクもするかな」
「フェイトは豪胆ですね」
「これくらいで豪胆、って言われても……」
「私は……本当に、ものすごくドキドキしていますから」
ちらりと見ると、ソフィアの頬は赤くなっていた。
りんごみたいだ。
でも、それは僕も同じ。
頬が熱くて、きっと同じように赤くなっていると思う。
「……あのさ」
「はい」
ちょっと迷って。
でも、ここで言わなければいつ言うんだ、と決意を固める。
「今日のこれは依頼だけど……その、えっと……いつか、そう遠くないうちに、本当の式を挙げたい」
「……フェイト……」
「ど、どうかな……?」
ソフィアは……優しく、とても優しい笑みを浮かべる。
「はい、もちろん」
「うん、ありがとう」
数時間かけて、ようやくモデルの仕事が終わった。
途中、何度か休憩を挟んだものの、けっこう疲れた。
「ふぅ」
誰もいなくなった式場で、僕は一人、キラキラのステンドグラスを見上げていた。
ソフィアは着替え中。
アイシャ達は疲れて寝てしまい、控え室で休んでいる。
「なんか、夢のような時間だったなあ……」
モデルの仕事だけど、ソフィアのドレス姿を見ることができた。
それがとにかく嬉しい。
「でも、いつかは……」
仕事とかじゃなくて、本当の式を挙げたい。
「フェイト」
「あれ、ソフィア?」
振り返るとソフィアがいた。
着替えていたはずなのに、まだドレス姿のままだ。
「どうしたの?」
「私が使っていた控え室は、ちょっと今別の方が使っているみたいで……それまで、私はここで待機となりました」
「そうなんだ、大変だね」
「そうでもありませんよ? こうして、フェイトと二人でいることができますからね」
「え、えっと……」
ソフィアが隣に並ぶ。
ドレス姿のソフィアは本当に綺麗だ。
女神様のようだ。
誇張表現じゃなくて、心の底からそう思う。
ドキドキしてしまう。
ものすごく緊張してしまう。
「ねえ、フェイト」
「う、うん。なに?」
「いつか、こうして式を挙げたいですね」
「ソフィア……うん、僕も今、同じことを考えていたよ」
恥ずかしくて。
ちょっと照れてしまうけど、でも、これはしっかりと言っておかないといけないと思った。
「だって……ソフィアのことが好きだから」
「……はい、私もフェイトのことが大好きですよ」
ソフィアは顔を赤くしつつ、嬉しそうにはにかんだ。
本当に綺麗だ。
彼女から目を離すことができない。
視線と……そして、心を奪われてしまう。
僕の心を知っているのか知らないのか、ソフィアはこちらをじっと見つめていた。
その瞳はしっとりと潤んでいるようだ。
「……フェイト……」
「……ソフィア……」
互いに名前を呼ぶ。
それから、そっと距離を寄せていく。
心が惹かれて。
体も引かれていく。
そして……
「……ん……」
二人の距離がゼロになった。
唇に広がる柔らかい感触。
温かくて。
幸せで。
いつまでも、ずっとこうしていたいと思う。
「「……」」
ややあって、どちらからともなく唇を離した。
ソフィアは真っ赤だ。
たぶん、僕も真っ赤になっていると思う。
「キス……しちゃいましたね」
「うん、そうだね……」
「なんていうか、本当の結婚式みたいです……」
「また今度……そう遠くないうちに、本当の結婚式をしよう」
「……フェイト……」
ソフィアの手を取り、その顔をじっと見つめる。
「僕と結婚してくれませんか?」
「……はい、喜んで……」
ソフィアは花が咲くような笑顔を浮かべて、しっかりと頷くのだった。
モデルの依頼が終わって……
翌日からは王都の観光をみんなで楽しんで……
一週間が経った。
「んー、今日はどんなグルメに出会えるかしら?」
「オンッ!」
スノウの頭の上で、リコリスが王都の地図を宙に浮かせて、見ていた。
美味しい飲食店を探しているみたいだけど……
「ねえねえ、リコリス」
「なに? アイシャも一緒に行く? ふふん、あたしに任せなさい。この一週間、食べ歩きをしたリコリスちゃんは、王都の美味しいものマスターになったわ。肉も魚も甘味も、素敵なところを教えてあげる」
「太った?」
「あがっ!?」
クリティカルヒット。
アイシャの素朴な疑問に、リコリスは石化したように固まる。
「んー……言われてみると、妖精ちゃん、ぽっちゃりしてきたね。ボクって記憶力がいいから、そこは間違えないよ」
「え……ま、マジで?」
「マジマジ」
「………………」
絶句していた。
「スノウ! 今すぐ、王都を100周するわよ!?」
「オンッ!」
「こらこら」
涙目で駆け出そうとするリコリスをソフィアが摘む。
「ダイエットは後にしてくれませんか? 今日は、これからのことを話し合わないといけないんですから」
「ソフィアは、超絶可愛いミラクル的天才美少女妖精リコリスちゃんが太ってもいいっていうの!?」
「自業自得じゃないですか。そんなに食べたら太りますよ、って何度も言いましたよね?」
「うぐっ」
「運動するなら後で機会を用意しますから。まずは、話し合いに参加してくださいね」
「はーい……」
この一週間、王都観光をたっぷり楽しんだ。
それと、結婚式のモデルになるという思わぬ依頼も請けて、楽しんだ。
そろそろ冒険に戻りたい。
この王都で活動を続けるか。
それとも、他の場所に移動するか。
あるいは第三の道を選ぶか。
みんなで話し合いたいところだ。
「ボクは海に行きたいな。みんなで海で遊ぼう?」
「遊ぶために旅をするなんて……」
「そういう、のんびりした冒険があってもいいんじゃない? 適当に依頼をしつつ、楽しむところは楽しんで。大きな目的がないなら、遊びをメインにするのもアリっしょ」
言われてみるとそうかもしれない。
「アイシャちゃんは、なにかしたいことはありますか?」
「うーん、うーん……おいしいもの、食べたい!」
「オンッ!」
じゅるりとよだれが垂れていた。
スノウも、尻尾をぶんぶんと振っている。
この一週間で、すっかりグルメツアーの虜になってしまったみたいだ。
「リコリスは?」
「あたしは、ダイエットできるならなんでもいいわ……」
太ってしまったという事実が相当堪えているらしく、いつもの元気がない。
「フェイトは?」
「僕は……」
考える。
ただ、すぐに答えが思い浮かばない。
レナが言っていたように、遊ぶことをメインに旅をしてもいい。
アイシャが言っていたように、グルメツアーをしてもいい。
というか……
なんでもいいことに気がついた。
アイシャがいて、リコリスがいて、スノウがいて、レナがして。
そして、ソフィアがいる。
みんながいればなんでもいい。
一緒に楽しむことができれば、それでいい。
「質問を返してごめんだけど、ソフィアは?」
「私はなんでもいいですよ」
「……」
答えが同じで驚いてしまう。
「みんなと……フェイトと一緒なら、きっと、どんなことをしても楽しい旅になると思いますから」
「……うん、そうだね」
新しい旅をしよう。
そして、新しい発見をしよう。
でも、僕達は変わらない。
離れることなんてない。
ずっと一緒だ。
たくさんの街を回り。
色々なものを見て。
みんなとの思い出を作って。
そんな旅をしよう。
『フェイト、大きくなったら冒険者になって、一緒に旅をしましょう』
幼い頃に交わした約束。
ようやくそれを果たせるような気がした。
楽しい時間はどこまでも続いていく。
笑顔はどこまでも広がっていく。
さあ。
冒険に行こう。