「あなたのそれは、復讐なんかじゃない! 子供がそうするように、ただ癇癪を起こして暴れているだけだ!」
「うるさいうるさイ、黙レ!!!」
「本当はわかっているんだよね、こんなことをしても意味はないって。なにも戻るものはないって。なら……」
「黙れと言っタ!!!」
できることならジャガーノートを討伐したくない。
わかりあえるのならわかりあいたい。
そう思い言葉を重ねるものの、彼の心に届くことはない。
目につく全てを破壊する勢いで暴れる。
「フェイト、気持ちはわかりますが、もう……」
「……うん、そうだね」
心も魔獣に堕ちた。
なら、もうできることはない。
「せめて、安らかに眠れることを」
「舐めるナ!!!」
ジャガーノートが怒りに吠えて、ブレスを吐き出した。
超高熱の炎。
直撃したら骨も残らないだろう。
かすっても致命傷だ。
でも、もう覚えた。
「なニ!?」
横に跳んで回避して……
舌のように伸びてくる炎の破片は、剣で地面を砕いて、その破片で相殺した。
「その攻撃はもう通用しないよ」
「同じく、ですね」
「んー……ちょっと攻撃がワンパターンなんだよね」
「力はあるが、それをうまく使いこなせていないな」
「生意気ナ……!!!」
ジャガーノートは再びブレスを吐いた。
今度は先程よりも勢いがあって、広範囲に炎が広がる。
でも、それも芸がない攻撃だ。
ただ範囲を広げただけなら簡単に避けることができる。
事実、僕を含めて、みんな無傷だ。
「フェイト、一気に決めましょう。切り札がないとは限りません」
「うん、そうだね」
僕とソフィアでありったけの一撃を叩き込む。
そうすれば、たぶん、なんとかなるはずだ。
でも……
「我の邪魔を……するなアアアアアアアアッ!!!」
ジャガーノートは空気を震わせるような叫び声を放つ。
暴れる。
暴れる。
暴れる。
デタラメな攻撃を繰り返して、周囲にあるもの全てを破壊していく。
攻撃は単純で見切ることは簡単だ。
しかし、ジャガーノートのような巨体が暴れ回ることで、迂闊に近づくことができないでいた。
それに力を貯めることも難しい。
まずい。
今のところ、ジャガーノートの注意は僕達に向いているものの……
これが王都に向けられたら、どれだけの被害が生まれることか。
できる限りヘイトを買い、ターゲットが移らないようにしないと。
でも、そうすると決定的な一打を叩き込めないわけで……
ものすごくもどかしい。
「なにもかも、全て滅びてしまうがいイ! 我が壊してくれル!!!」
「そんなこと……」
「……させないよ」
ふと、第三者の声が響いた。
炎、氷、雷、土、風……色々な魔法が飛んできた。
それと、数え切れないくらいの矢の雨。
それらがジャガーノートに襲いかかる。
ダメージを与えることは敵わないが、その動きを止めることには成功した。
「すみません、おまたせしました!」
「やあ、元気にやっているかい?」
エリンとクリフ……それと、たくさんの騎士と冒険者の姿があった。
「彼らを援護してください! 後のことなんて考えず、全力で攻撃を!」
騎士団が一斉に動いた。
矢と魔法を放つ。
それらは雨のように降り注いで、ジャガーノートの動きを止める。
「邪魔をするナッ!!!」
苛立った様子でジャガーノートがブレスを放つ。
超光熱の炎が騎士団を飲み……こまない。
「さて、僕達の出番だ」
クリフを始めとする冒険者達が前に出る。
みんなで協力して、魔法で巨大な盾を作り上げた。
それでブレスを受け止めて騎士団を守る。
「みんな、どうして……」
「もちろん、助けに来たのですよ」
「まあ、最初は僕達が助けられる側だったけどね。いやー、まいったまいった。本拠地に突入したら、いきなり崩落するんだもの。危うく生き埋めになるところだったよ」
「どうにかこうにか脱出できましたが、その時には、もうこの魔獣が……すみません。私の任務を果たせませんでした。ですが……」
エリンが剣を構えた。
騎士団も剣を構える。
「今この時、やらなければいけないことは、しっかりと果たしてみせましょう」
「そうだね」
クリフも構えた。
冒険者達も構える。
「スティアートくんには色々と助けられたからね。今度は、僕が助ける番だ」
「エリン……クリフ……」
僕は一人じゃない。
レナがいる、ゼノアスがいる。
エリンがいる、クリフがいる。
騎士団のみんながいる、冒険者のみんながいる。
そして……
「フェイト、いきましょう」
「うん」
ソフィアがいる。
なら、もう……
「絶対に負けない」
――――――――――
「おおおおおぉっ!!!」
最初にゼノアスが突撃した。
巨大な剣を叩きつけるようにして、ジャガーノートに痛烈な一撃を放つ。
「ぐうううううッ……うっとうしイ!!!」
ジャガーノートは巨大な尾で周囲を薙ぎ払う。
いくらゼノアスでもタダでは済まないだろう。
直撃したら、の話だけど。
「防御は任せてください!」
エリン率いる騎士団が前に出た。
身体能力を魔法で強化。
さらにマジックアイテムを使い、即席の盾を展開。
ゼノアスを飲み込もうとした尾を受け止めてみせる。
「次はボクだね♪」
レナが前に出る。
ゼノアスが『力』を体現する者だとしたら、レナは『速』だ。
風よりも速く動いて、ジャガーノートの周囲を駆ける。
ジャガーノートは苛立たしそうにしつつ前足で薙ぐけれど、レナを捉えることはできない。
「ダメダメ、いくら力があっても当たらないと意味がないよ。ってか、さっきも言ったよね? まったく、ちゃんと勉強してよ」
「黙レ、裏切り者メ!」
「裏切り者? 別にいいよ♪ ボクは、ボクの好きなように生きる。君の復讐につきあわされるのとか、正直、迷惑なんだよね」
「貴様ァアアアアア!!!」
「だーかーらー」
レナはにっこりと笑う。
でも、その笑みはとても冷たく、凄みのあるものだった。
「殺しちゃうよ♪」
レナの痛烈な一撃が決まる。
駆けて、駆けて、駆けて……
極限まで速度を上げてからの突撃。
速度が力を与えてくれて、ザンッ! とジャガーノートの尻尾を切り飛ばした。
「くゥッ……!?」
ダメージを受けるとは思っていなかったのだろう。
ジャガーノートは動揺して、動きを止めてしまう。
そこに矢と魔法の雨が降り注いだ。
僕とソフィアも剣撃を飛ばして遠距離攻撃を叩き込む。
「うっとうしイッ!!!」
ジャガーノートが怒りに吠えた。
尻尾が切り飛ばされた?
援軍が来た?
だからどうした。
そんなもので止まることはない。
憎しみが果てることはない。
最後の最期まで駆け抜けるだけだ。
そう体現するかのようにジャガーノートが暴れ回る。
己の体を武器として、破壊の嵐を吹き荒れさせる。
「ぎゃあ!?」
「うあああああ!!!」
騎士や冒険者達が巻き込まれ、悲鳴をあげて吹き飛んでしまう。
無数の家屋が破壊されて残骸が飛び散る。
まずい。
早く決着をつけないと被害は拡大する一方だ。
とはいえ、どうしたものか……
みんなのおかげで優勢になっているものの、決め手に欠けていた。
どうする?
どうすればいい?
「フェイト!」
「リコリス!?」
どこからともなくリコリスが飛んできて、僕の肩に止まる。
「どうしてここに!?」
「こんな状態になっているのに、あたしだけ逃げるなんてできるわけないでしょ。まったく、そこまで薄情なリコリスちゃんじゃないわよ?」
「でも……」
「でももなにもないの! スーパーミラクル美少女リコリスちゃんも力を貸してあげる。それと……」
リコリスの視線を追うと、スノウとアイシャがいた。
アイシャはスノウの背中に乗り、こちらにやってくる。
「おとーさん! おかーさん!」
「アイシャちゃん!? スノウ!?」
「危ないよ! すぐに逃げないと……」
「わたしも……がんばる! 戦う!」
「オンッ!」
二人の決意は固い。
絶対に退かない。
逃げずに戦う、という強くたくましい意思を感じた。
「貴様ァ……!」
アイシャとスノウを見て、ジャガーノートが怒りに吠える。
「ヤツの子である貴様も我を裏切るというのカ!? 我を否定するというのカ!?」
アイシャとスノウはジャガーノートの遠縁の親戚のようなものだ。
そんな二人でさえ、ジャガーノートの味方をすることはない。
敵になる。
その事実に心が蝕まれているらしく、ひどく動揺した様子だった。
怒りに吠えているものの……
でも、その瞳は悲しみと虚しさにあふれているかのようだった。
「誰も彼も我を認めズ……排除するというのカ! 世界が我を拒むのカ!?」
「拒むよ」
アイシャは静かに言う。
その姿はいつもの彼女と違うような……?
「誰もが手を取り合うことができる。でも、あなたはそれを拒否した。言葉を交わすことさえ拒否した。全てを拒絶しているから……せめて、心を開いて? そうすれば、まだ……」
「黙れ黙れ黙れぇエエエエエッ!!!」
あるいはそれは、引き返すことができる最後のチャンスだったかもしれない。
でもジャガーノートはアイシャが差し出した手を振り払い、憎しみの道を突き進むことを選択した。
なら、僕がするべきことは一つ。
決着をつけることだ。
「リコリス、力を貸してくれる?」
「もちろん!」
「ソフィア、ちょっとしたことをお願いしてもいい?」
「任せてください」
僕は、とある賭けに出ることにした。
――――――――――
「レナ、いきますよ!」
「むー、ボクの相方はソフィアか」
「不満ですか?」
「もちろん。フェイトの方がいいな」
「我慢してください」
「ちぇっ」
なんて軽口を叩きつつ、二人の乙女は災厄に挑む。
聖剣と魔剣。
対となる力を持ち、それぞれ攻撃を叩き込む。
「うっとうしイッ!!!」
ジャガーノートは防御を捨てていた。
ソフィアとレナの攻撃ならばそれなりのダメージを受けてしまうが、そんなことはもうどうでもいい。
今は、目の前にいる人間達を消すことしか考えられない。
憎い。
憎い。
憎い。
なにもかも消し飛ばしてやる!
そうやって憎悪を撒き散らしつつ、捨て身の攻撃を繰り返していく。
「くっ、一気に攻勢に出てきましたね……! レナ、気をつけてください」
「わかってる、わかってる。これくらい……うわわ!?」
ジャガーノートに残った尾の一本がレナを捉える。
が、直前でゼノアスが防いだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと。うわー、今のはやばかった」
嫌な汗を拭いつつ、レナはすぐに体勢を立て直した。
そして、再び攻撃に転じる。
「後のことは考えなくて構いません! とにかく、ありったけの矢と魔法を叩き込みなさい!」
「冒険者の意地を見せる時だよ、ここで戦わずいつ戦うっていうんだ!」
エリンとクリフも最大限の援護をした。
彼らはソフィアのような力は持っていない。
遠距離攻撃と治癒、バフをかけることが精一杯だ。
それでもできることはある。
力になっている。
そう信じて、必死に戦い続ける。
「みなさんっ、いきますよ! 私に続いてください!」
ソフィアは激を飛ばして皆をまとめる。
「ジャガーノートは、もはや災厄。その背景に同情することはあるものの、しかし、やつの放つ憎悪を受け入れるわけにはいきません。認めるわけにはいきません。なぜなら、私達には愛する人がいるから。その人達を守らないといけないから。故に、立ち上がるのです。剣を取り、立ち向かうのです。生きるために。守るために……一緒に戦いましょう!!!」
「「「おおおおおぉっ!!!」」」
人々は奮起した。
城のように巨大な獣に怯むことなく、勇気を持って立ち向かう。
――――――――――
これはどういうことだ?
圧倒的な力を持つ我がなぜ人間ごときに押されている?
劣勢を悟ったジャガーノートは混乱の極みにあった。
勝てる戦いだった。
相手が聖剣を持っていようと魔剣を持っていようと、噛み砕き、血肉に変えてやるはずだった。
それなのに、まったくうまくいかない。
気がつけばこちらが体中に傷を負い、少しずつ追い詰められていた。
その原因となる人間は二人。
一人は、聖剣を振る女だ。
そしてもう一人の男は……
「……どこに行っタ?」
フェイトの姿が見えないことに気づいて……
しかし、その時にはすでに手遅れだった。
「ふんぬぅううううう……!!!」
リコリスは美少女らしからぬ声をあげていた。
それも仕方ない。
彼女は今、僕を抱えて空高くを飛んでいる。
「だ、大丈夫……?」
「平気、よぉっ!!! これ、くらい!!! ウルトラワンダフル……あっ、マジ重い」
軽口を叩く余裕もないみたいだ。
魔法を使っているとはいえ、人一人、抱えて飛ぶのはさすがに辛いのだろう。
ここまでさせてしまって申しわけない。
でも、これくらいしないとジャガーノートは……
「リコリス、この辺りでいいよ」
すでに雲の上に出ていた。
これくらいの高さがあれば……
「だーめ、まだまだ上にいくわよ」
「でも……」
「あたしなら大丈夫よ! なんていったって、天才美少女妖精リコリスちゃんだもの!」
「……うん、お願い」
みんなが必死に足止めをしてくれている。
絶対にミスは許されない。
だから、もう少しがんばってもらうことにした。
その間、僕は呼吸を整えて、深く集中する。
お腹の下辺りで力を練る感じで、全身に気を巡らせていく。
「ぬぅりゃああああああああああっ!!!」
やはりリコリスは美少女らしからぬ声をあげて、さらに上昇。
飛んで、飛んで、飛んで……
そして、ついには周囲が暗くなるほどの高さまできた。
心なしか息苦しい。
「はぁっ、はぁっ……ここが限界よ」
「ありがとう、リコリス。これだけあれば十分だと思う」
「……ホントにやるの? これ、ダイナミックな自殺にしか思えないんだけど」
「これくらいやらないと、ジャガーノートを止めることは……ううん。倒すことはできないよ」
倒す、と言い換えた。
彼はもう止まらない。
止められない。
なら、せめて終わらせてあげることが救いだろう。
そう信じる。
「じゃあ……ほい」
リコリスの手で、光の鱗粉のようなものが僕の体を包み込む。
「これで数回だけ、フェイトも風の魔法が使えるわ。軌道調整に使って」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、いくわよ? 準備はいい?」
「いつでも」
即答だ。
この作戦を思いついた時から、すでに覚悟は決まっている。
「じゃあ……」
リコリスは、ぱっと僕を離した。
それだけじゃなくて……
「美少女妖精リコリスちゃん必殺奥義、ミラクルフェイト……あたぁぁぁぁぁっく!!!」
ばんっ! という音と共にリコリスの魔法が炸裂した。
瞬間的に業風を生み出す魔法で、そして……
「くっ!」
僕の体は真下に飛ばされた。
落ちる、落ちる、落ちる。
加速、加速、加速。
空が遠く、どんどん地面が近づいてきた。
重力で加速して、空高くからの一撃を叩き込む。
それが僕が思いついた策なのだけど……
「さすがに、怖い……かも!? うわわわわわっ!?」
雲が見えてきた。
あそこを抜ければ地面は……ジャガーノートはすぐそこだ。
リコリスにもらった魔法を使い軌道を調整する。
「これくらい……なんてこと、ないっ!!!」
超々高度から落下する。
とんでもない恐怖だけど……
でも、ジャガーノートに大事なものを奪われてしまう恐怖の方が勝る。
それに比べたら、これくらいなんてことはない。
頭を下にして、体をまっすぐに。
そして剣を構えた。
落ちる。
加速。
落ちる。
加速。
空気がぶつかり痛い。
目をまともに開けることが難しい。
本能的な恐怖に失神してしまいそう。
それでも。
全てを我慢して、軌道を調整しつつ、ジャガーノートに向けて落ちていく。
「見えた!」
雲を突き抜けて、戦場となる王都が見えた。
あちらこちらで火の手が広がり、煙が上がっている。
中心部にジャガーノートが。
その巨体を暴れ回らせている。
「これ以上、好きにさせない!」
さらに数回、軌道を調整して……
最後に後ろに向けて風の魔法を使い、加速する。
「お願い、力を貸して」
流星の剣。
リコリスの友達の剣が生まれ変わったもので……
頼りになる僕の相棒。
その輝きは星のよう。
刃は光のように鋭く。
そうやって空を駆けて……
「いっけえええええぇえええええっ!!!」
「ナッ!?」
遥か上……直上からの一撃。
これはさすがに予想できなかったらしく、ジャガーノートは動揺の声をこぼす。
そんなヤツの頭部にめがけて、僕は、僕自身を流星と化して着弾した。
ゴガァッ!!!
特大の一撃を叩き込んだ。
同時に、凄まじい衝撃が僕を襲う。
視界が上下左右に暴れて、全身をバラバラにするような痛みが走り……
なにが起きているかわからず、吹き飛ばされてしまう。
それでも剣は離さない。
相棒をしっかりと握りつつ、僕は浮遊感に身を任せて……
「フェイト!」
がしっと、ソフィアに抱きとめられた。
「えっと……ソフィア?」
「大丈夫ですか!? 怪我はしていませんか? 痛いところは? かゆいところは?」
「最後、どうでもいいよね……」
苦笑しつつ地面に降りる。
ちょっとふらふらするけど、なんとか自力で立つことができた。
「ああもう、ちゃんと説明は聞いていましたが、こうして実際に目にすると、とんでもない荒業ですね……」
「あれくらいしないとダメだと思うから」
超々高度からの一撃。
不意を突くだけじゃなくて、ありったけの威力を叩き込むことができる。
問題は、僕も死ぬかもしれないということ。
でも、こうしてちゃんと生き残ることができた。
「あまり心配させないでくださいね?」
「大丈夫。僕の帰るところはソフィアの隣だから。ソフィアがいれば、いつでもどこでも、絶対に帰ってくるよ」
「は、はい」
ソフィアはちょっと照れていた。
こんな時だけど、やっぱり可愛いな、って思ってしまうのだった。
「ジャガーノートは……!?」
着弾時に発生した土煙が少しずつ晴れてきた。
確かな手応えはあった。
でも、倒したと断言することはできない。
僕達は油断なく剣を構えて……
ほどなくして土煙が晴れる。
「ぐゥ……うアアア……お、おのレ、人間メ……」
ジャガーノートは生きていた。
頭部に大きな穴を開けて。
大量の血を流して。
それでもなお、生きていた。
普通の生き物なら死んでいるはずだ。
これが魔獣の力……?
いや、違う。
これは執念だ。
過去に受けた酷い仕打ちを忘れることができず、絶対に復讐を果たすという暗い執念。
それがヤツに力を与えている。
絶対に終わってたまるものか、という怒りと憎しみが体を動かしている。
「まずいですね……」
「うん、やばいね……」
ソフィアとレナが難しい顔に。
なんのことか不思議に思っていると、リコリスが僕の肩に戻ってきて、説明してくれる。
「あいつ、下手したらゾンビ化するわよ」
「えっ」
「ゾンビっていうのは、生に強い執着を持ったヤツがなったりするから。このままだと……」
「それ、最悪の事態じゃないか!」
ジャガーノートがゾンビ化して、不死性を獲得したら、もう手に負えない。
絶対に倒せないとまでは言わないけど、さらに被害が拡大することは確実だ。
そんなことにならないように、今、ここで倒しておかないと……!
でも、これだけのダメージを与えてもジャガーノートは沈まない。
怒りと憎しみを支えに、生にしがみついている。
いったい、どうすれば……
「もう……やめよ?」
「キューン」
ふと、アイシャとスノウが前に出た。
「アイシャ!?」
「アイシャちゃん!?」
ソフィアと一緒に急いで追いかけるものの、それよりも先に、二人はジャガーノートの前に移動してしまう。
「巫女と我の子孫カ……くくく、いいゾ。その身を捧げロ。そうすれば、我はさらに力を得ることガ……」
「オンッ、オンッ! キューン……」
「我を咎めるカ……? 我の子孫ならバ、我の血肉になることを光栄ニ……」
「ちがう」
「なニ?」
「スノウは怒ってないよ。もう止めて、って泣いているの」
「なにヲ……なにを言っていル……?」
まったく怯まないアイシャに、ジャガーノートは戸惑いを覚えている様子だった。
僕達も戸惑いを抱いて、ついつい様子を見てしまう。
というか……
今、アイシャとスノウの邪魔をしてはいけない。
なぜかわからないけど、そう、強く感じたんだ。
「もうやめよう? 怒ってばかりだと悲しいよ。寂しいよ」
「なにを言うカ……! この小娘ガ!!!」
ジャガノートが怒りに吠えた。
「我は奪われたのダ! 仲間を、子を、愛しい者を……尊厳だけではなくて、心も魂も、全てを奪われたのダ!!! そのようなことを許せると思うカ? 思わヌ! なればこそ奪い返してやるのが道理というものダ!」
「でも、それじゃあいつまで経っても終わらないよ」
「なんだト?」
「ずっと終わらないよ。悪いこと、ずっと続いちゃう。だから、終わらせないと」
「我に我慢しろというのカ!? この怒りと憎しみを捨てろというのカ!?」
「そんなものいらない」
質量すら伴うような怒りと憎しみを叩きつけられて。
それでもアイシャは怯まない。
むしろ、真正面からきっぱりと言い返してみせた。
「ぽかぽかがあればいいの。むー、って顔になっちゃうようなものはいらないの」
「小娘、貴様……」
「わたし、おとーさんとおかーさんに会って、にっこり笑えるようになったの。心がぽかぽかになったの。その方がいいよ、絶対にいいよ。だって、楽しいから」
「……」
「だから、あなたも……一緒に笑お?」
アイシャはにっこりと笑い、ジャガーノートに手を差し出した。
スノウもその隣に並んで、じっとジャガーノートを見つめる。
誰もがジャガーノートを倒すべき敵と位置づけていたけれど、アイシャとスノウは違った。
二人は、まず最初に対話を試みた。
話をしたい、気持ちを知りたい……そう思った。
そこにあるのは純粋な、真っ白な心。
全てを浄化するような優しさ。
それは、アイシャとスノウだからできたことだ。
僕達には、とてもじゃないけど思いつかなかった。
そして……
しばらくの間、ジャガーノートはアイシャとスノウを睨みつけていたけど……
「……やめダ」
不意に殺気を消した。
つまらなそうに鼻を鳴らして、その場に伏せる。
「興が削がれタ」
「えっと……」
それはつまり、戦いを止めるっていうこと?
あれだけの怒りを抱えて。
あれだけの憎しみを抱えて。
人間との戦いを誰よりも望んでいたはずなのに、でも、終わりにする?
信じられない。
騙し討ちを企んでいると考えるのが自然だ。
でも……
怒りと憎しみに吠えていたジャガーノートは、今はとてもおとなしい。
それと、いつの間にか黒い感情は消えていた。
水面が凪ぐように。
とてもとても静かで、落ち着いていた。
それを成し遂げたのはアイシャとスノウだ。
戦うことだけを考えていた僕達と違い。
二人は対話を試みて。
そして、見事に成功させた。
「小娘……名前ハ?」
「アイシャ。この子は、スノウ」
「アイシャ、スノウ……そうカ。悪くない名だナ」
気のせいかもしれないけど……
今、ジャガーノートが小さく笑ったような気がした。
「昔、お前達のようなものがいれバ、あるいは我ハ……いヤ、考えても仕方ないことカ」
ジャガーノートの体がゆっくりと崩れていく。
尾の先から。
手足の先から。
細かい塵になって、サラサラと風に飛ばされていく。
「あっ……!?」
「キューン……」
「小娘と我の子孫ヨ、我に同情するカ?」
アイシャはなにも言わない。
ただただ、寂しそうに悲しそうにして、耳をぺたんと垂れていた。
「眠るの……?」
「そうだナ……我は眠ル。もウ……疲れタ」
それはジャガーノートの本心に聞こえた。
怒りをまとい。
憎しみで突き進み。
しかし、その果てに残るものはなにもない。
長い時間を過ごしてきたけど、結局、心は満たされない。
疲れ果てて。
心と魂が削れる。
ここにいるのは聖獣でも魔獣でもなくて、ただの孤独者だ。
「~♪」
ふと、アイシャが歌を歌い始めた。
ちょっと拙いけれど、一生懸命に歌う。
スノウもそれに合わせて鳴いた。
それは子守唄。
ソフィアがよく歌っていたものだ。
母から子に。
アイシャは、受け継がれたものをジャガーノートに捧げる。
鎮魂歌。
「……あァ……」
ジャガーノートの体の崩壊は止まらない。
ほぼほぼ全身が崩れ、頭部にまで及ぶ。
それでも、ジャガーノートは絶望しない。
むしろ、安らかな表情を見せていた。
「お前の歌ハ……温かいナ。我が失イ、そしテ、忘れていたものダ……こんなにも温かいものだったのだナ……」
ジャガーノートの瞳から、涙が一粒、こぼれ落ちた。
アイシャは微笑む。
「おやすみなさい」
そして……
ジャガーノートは完全に消滅した。
ただ、その眠りはとても穏やかなものだっただろう。
彼の魂は、今度こそ、安らかに眠れる。
ずっと。
事件から3日が経った。
黎明の同盟による破壊工作。
そして、ジャガーノートの出現。
それらの被害は甚大で、国の今年度の予算の半分が吹き飛んだとか。
復興作業が始められたものの、まだまだ。
王都が元の姿を取り戻すのは半年近くかかるらしい。
物流もほぼほぼストップしてしまった。
道路が塞がれているせいもあるけど……
『王都にとんでもない化け物が現れた』という話があっという間に広がり、商人が避けてしまうようになったんだ。
誰もが王都を避けてしまっている。
被害は甚大。
これから大変な時間が続いていく。
でも……
それでも、僕達は勝つことができた。
ここで道が途絶えることはない。
これからも前に歩いていくことができる。
それを終わりにしないために。
ずっと続いていけるように。
みんなでがんばろう。
――――――――――
「ありがとうございました」
「いやー、思っていたよりも大変なことになったね」
エリンが頭を下げて、その隣にいるクリフはいつものように呑気に笑う。
二人は事件の後片付けに奔走していたみたいだけど……
ようやく時間がとれて、わざわざ挨拶に来てくれたんだ。
「あなた達のおかげで被害は最小限に食い止められました」
「最小限……なのかな?」
「最小限ですよ。あのままジャガーノートが暴れていたら、王都は地図から消えていたと思いますから」
ソフィアの言う通り、本当にそうなっていた可能性もある。
それを考えるとゾッとした。
「フェイト殿、ソフィア殿……あなた達は英雄です。本当にありがとうございます」
「いえ、そんな……」
「私達だけで成し遂げたことじゃありませんから」
僕の言いたいことをソフィアが言ってくれた。
リコリスが、アイシャが、スノウが。
レナが、ゼノアスが。
そして、他にたくさんの人が……
みんなの力があって乗り越えたことだ。
僕とソフィアだけが英雄なんてことはない。
みんなが英雄だと思う。
ちなみに、他のみんなは宿にいる。
リコリス達は眠いから、という単純な理由で。
レナとゼノアスは、まあ……元黎明の同盟なので、色々とあって表には出ていない。
「相変わらず、スティアート君は謙虚だねえ。せっかくの機会なんだから、騎士団からたっぷりと報酬をもらっておけばいいのに」
「いえ、そんなことは……」
「なにを言っているのですか、あなたは? もちろん、差し上げるに決まっているでしょう」
「「え」」
意外な展開になってきた。
「私達、騎士から協力を依頼しておいて、なにもないなんて恩知らずな真似、できるわけがないでしょう」
「おや。最近の騎士団は、わりとまともになっていたみたいだね。以前は、腐敗の象徴として聞いていたが……うんうん、なによりだ」
「それはギルドも同じでしょうに」
「さて、なんのことやら」
エリンはクリフを睨みつけて、クリフはエリンに笑って見せる。
水面下で視線が激突してバチバチと火花が散っているかのようだ。
「報酬については、また今度。今は、感謝の言葉を伝えさせていただければ。本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
おかげで、ジャガーノートを眠らせることができた。
倒す、のではなくて。
眠らせる。
最善の結果に辿り着くことができたと思う。
昔から続いていた憎しみの連鎖。
それをようやく断ち切ることができたのだから。
「スティアート君は、これから大変なことになるだろうけど、がんばってね」
「え、なんでですか?」
「これだけの偉業を成し遂げたんだよ? 冒険者の期待の星として、大注目されることになるよ。もしかしたら、『剣王』の称号が授けられるかもしれない」
「えぇっ!?」
それって、剣聖に継ぐ称号じゃないか。
「そんなもの、僕には……」
「ふさわしくない、なんて言わないでほしいな。君はそれだけのことを成し遂げた。だから、誇ってほしい」
「えっと……はい」
なにやら、思わぬ方向に話が進んでいる。
驚きしかない。
でも……
「うん、がんばろう」
全部受け止めて、前に進んでいこう。
そうすることが、今、生きている僕達の役目だから。