将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 翌日。
 いよいよ獣人の里へ向かう日が訪れた。

 少し緊張しているのか、いつもより目が早く覚めてしまう。
 時間的には、もう一眠りくらいできそうだけど……

「起きようかな」

 二度寝して寝坊したら大変なので、少し眠いけど、もう起きることにした。

「あっ! おとーさん、おはよう!」

 リビングに移動すると、アイシャとスノウがいた。
 二人共、尻尾をぶんぶんと振りつつ、抱きついてくる。

「うわっ……ととと」
「あう……おとーさん、大丈夫?」
「くぅん」
「うん、大丈夫だよ」

 尻もちをついてしまい、二人が悲しそうな顔に。
 なんてことはないというように、僕はにっこりと笑う。
 それから、二人の頭を撫でた。

「おはよう、アイシャ。スノウ」
「おはよー、おとーさん!」
「オンッ!」

 朝の挨拶をして、立ち上がる。
 それからキッチンを覗く。

「父さんと母さんは……まだ寝ているのかな?」

 早いから仕方ないか。

「そういえば、アイシャとスノウは早起きだね」
「スノウのお散歩をしていたの」
「オフゥ」

 そういえば、スノウはどことなくごきげんだ。
 朝から散歩ができてうれしいのだろう。

「そっか。アイシャは偉いね」
「わたし、えらい?」
「うん。きちんとスノウの面倒を見てて、優しくしているから。すごく良いことだと思うよ」
「えへへ、お父さんに褒められちゃった」

 アイシャの尻尾が、さらにブンブンと横に振れた。
 パシンパシンと尻尾の先がスノウに当たっているが、特に気にしていない様子だ。

 と、その時。

 クキュルルルー。

 なんともかわいらしい音が響いた。
 アイシャが眉を垂れ下げて、お腹に手をやる。

「あぅ……お腹減った」
「くぅーん」

 スノウも空腹らしく、つぶらな瞳をこちらに向ける。

「なら、すぐにごはんを作るよ。ちょっと待っててね」
「おとーさん、ごはん、作れるの?」
「うん、大丈夫。それなりに自信はあるよ」

 奴隷時代、食事当番も担当していた。
 失敗すると拳が飛んでくるため、それなりに上達したと思う。

「えっと……」

 キッチンに立ち、さっそく朝食の準備を始めた。



――――――――――



「はい、どうぞ」
「わぁ♪」
「オンッ!」

 はちみつたっぷりのパンケーキと、レモンを効かせた特製サラダ。
 それと、お腹に優しいコーンスープと牛乳。

 わりと上手くできた方だと思う。
 その証拠に……

「はむはむはむっ、あむ!」
「ガツガツガツ!」

 アイシャとスノウは夢中になってパンケーキを食べていた。
 尻尾がはち切れんばかりに振られている。

 うん。
 うまくいったみたいだ。

「おはようございます」
「おふぁよー……ふぁあああ」

 シャッキリした様子のソフィアと、まだ眠そうなリコリスがやってきた。

「あら? そのごはん……フェイトが作ったんですか?」
「うん。ソフィア達の分も用意してあるよ」
「……ありがとうございます」

 なぜかソフィアは複雑そうな顔だ。
 パンケーキ、嫌いなのかな?

「自分より料理が上手だから、女として複雑に思ってるのよ」
「あっ、こらリコリス! バラさないでください」

 ソフィアとリコリスが追いかけっこを始めて……

「おっ、朝食はフェイトが作ってくれたのか。うまそうじゃないか」
「ありがとう。お母さん、ついつい寝過ごしちゃって……」
「あーうー」

 父さん、母さん、ルーテシアもやってきた。
 ルーテシアは、パンケーキに興味津々らしく、じっと見つめている。
 よだれもちょっと垂れていた。

 とはいえ、赤ちゃんにはちみつはダメだ。
 ルーテシア用に作り直さないと。

「おはようございます」

 クローディアさんも起きてきた。

 みんなが揃い……
 あれこれと他愛のない話をして、笑顔が広がる。

「……こんな日がいつまでも続けばいいな」

 そんなことを思う、穏やかな朝だった。
 準備を終えて家を出る。

 僕とソフィアとクローディアさんは、背中に大きなリュックを背負い……
 そして、アイシャとスノウは小さなリュックを背負う。

 それぞれ旅に必要なもの。
 それと、獣人の里へ持っていくものが詰め込まれていた。

 本当は僕達だけで荷物を運ぶつもりだったんだけど……
 自分達もお手伝いする、とアイシャとスノウが言って聞かなかったので、ちょっとだけ手伝ってもらうことにした。

 リコリス?

 まあ……なにもしていない。
 うん。
 彼女はいつも自由だ。

「じゃあ、行ってくるね」

 父さんと母さんと、ルーテシアに出発の挨拶をする。

「おう、がんばってこいよ」
「体に気をつけてね」

 父さんと母さんは笑顔で送り出してくれて、

「あー……うー?」

 ルーテシアはよくわかっていない様子で、小さな手をこちらに伸ばしてきた。
 その手を握ると、妹も僕の手を握る。

「行ってくるね」
「うあー」

 にっこりとルーテシアが笑う。
 がんばれ、と言ってくれているみたいで、すごくやる気が出てきた。



――――――――――



 スノウレイクを出て、半日ほどが経った。

 まずは街道沿いに歩いて……
 特に何事もなく時間が経過して、日が暮れ始める。

 先頭を歩くクローディアさんが足を止めた。

「みなさん。日も暮れてきたので、今日はこの辺りで野営にしましょう」
「あ、待ってください」

 荷物を下ろそうとするクローディアさんにストップをかけた。

「どうしたんですか?」
「この辺りはやめておいた方がいいと思います」
「え?」
「魔物の気配はないですけど、そういうところって、逆に獣が寄ってくることが多いので。だから、適度に魔物の気配があるところの方がいいです。それでいて、見晴らしの良いところ。そこがベストです」
「……」

 クローディアさんは目を丸くして固まる。

「どうしたんですか?」
「いえ、その……獣人である私よりも野営に詳しいので、びっくりしてしまいました。その知識は、いったいどこで?」
「えっと……色々とあって」

 奴隷にされていた頃に学びました。
 ……なんて言うと引かれてしまうかもしれないので、笑ってごまかしておいた。

 なにはともあれ、少し進んだ場所でテントを設置して、焚き火を起こして、魔物よけの簡易結界を作り……
 野営の準備を終えた。

「ソフィア、リコリスとアイシャとスノウと一緒に荷物番をお願いできる?」
「それは構いませんが、どうして私なんですか?」
「えっと……」
「ソフィアに近寄る命知らずの魔物とか獣、いるわけないじゃん。向こうからしたら化け物がいるようなもんだし。最適の魔物、獣除けね! あはははいだだだだだぁ!!!?」
「リコリス、口は災いのもと、という言葉を知っていますか?」

 調子に乗ったリコリスが、こめかみをグリグリとやられていた。
 あれは痛い……

「じゃ、じゃあ、行ってくるね」
「気をつけてくださいね」

 ソフィアに見送られつつ、クローディアさんと一緒に川の水を汲みにいく。
 食料は色々と用意しておいたけど……
 水は重いため、たくさんは用意していない。
 だから、こうして現地調達が基本だ。

「……フェイトさん」

 水を汲みつつ、クローディアさんが小さな声で言う。

「はい?」
「フェイトさんは、姫様のことをどう思っているのですか?」
「どう、というのは?」
「娘として迎えられたということは理解しております。それを引き裂くつもりはありません。ただ……たまに、不安になってしまうのです。フェイトさんに心変わりが起きて、姫様が悲しむようなことになったら……と。とても失礼な考えなのですが」
「いえ、その心配は当たり前のものだと思います」

 結局のところ……
 人間と獣人の間にある溝は大きい。
 仲良くできたと思っても、表面上だけという場合もある。

 クローディアさんは、僕達を信じてくれているみたいだけど……
 でも、完全に信頼することは難しいのだろう。

 それも当然だ。
 出会ったばかりなのだから仕方ない。
 だから……

「僕達のことを見ててくれますか?」
「え」
「これからの行動で、そんなことは絶対にないって証明してみせますから……だから、近くで見ててほしいです」
「……」
「絶対に裏切りません。今は、言葉だけしか並べることはできませんけど……でも、何度だって、いつでも言えることができます」
「……はい」

 クローディアさんは、どこかスッキリとした顔でこちらを見る。

「ありがとうございます」

 そして、にっこりと笑った。
 大きなトラブルはなくて、旅は順調に進んだ。
 そして、予定よりも一日早く獣人の里に到着する。

 森の奥の奥。
 陽が欠片も差し込まないような最深部に獣人の里はあった。

 それまでは上も左右も草木に覆われていたのに、一気に視界が開ける。
 巨大な森の中に開けた広場。
 そこに木材で作られた建物が数多く並んでいる。

 それと、村を囲う塀と門。
 見張り台が四方に設置されていて、弓矢を手にした獣人が見える。

「ここが……」
「はい、私達の里です」

 森の奥に隠された秘境。
 そんな言葉がぴったりの場所だ。

「何者だ!?」

 門番の獣人がこちらに気づいて、剣を抜いた。
 見張り台の獣人達も反応して、こちらに弓矢を向けてくる。

 そんな彼らの誤解を解くために、クローディアさんが前に出る。

「私です」
「クローディア? なぜ人間なんかと一緒に……」
「いや、待て! その方は……」
「姫様!? それに、神獣様も!?」

 わーっと、たくさんの獣人が押し寄せてきた。

 その目的はアイシャとスノウ。
 とても興奮した様子で二人に駆け寄ろうとして……

 ザンッ!

 なにから走り、彼らの前の地面が切り裂かれた。
 巨人が刃を振るったかのような跡ができていて、ピタリと獣人達の動きが止まる。

「驚き、興奮する気持ちはわからないでもありませんが……」

 見ると、ソフィアがいつの間にか抜いた剣を鞘に収めていた。

「アイシャちゃんもスノウも、まだ子供です。そのように興奮しては、怯えさせてしまうことになります」
「「「……」」」
「二人の保護者として、故意ではなくても、害を与えるようなら実力で排除いたしますが……さて、どうしますか?」
「「「すみませんでした」」」

 たくさんの獣人が平服した!?

 なんていうか……
 ソフィアがビーストテイマーに見えてしまうのだった。



――――――――――



 その後……
 クローディアさんが間を取り持ってくれたおかげで、僕達は変な誤解を受けることもなく、獣人の里へ入ることができた。

 そのまま長老の家に案内された。

 長老の家は、他の家の三倍くらい大きい。
 しかも吹き抜けになっているから解放感がすごい。

 長老となると、これくらいの家を持たないといけないのかな?

 なんてことを考えつつ、客間へ。
 案内された席に座り、長方形のテーブルを挟んで長老とクローディアさんと向かい合う。

「姫様と神獣様を保護していただき、誠にありがとうございます」

 長老とクローディアさんが、揃って頭を下げた。

 腰を90度に曲げるほど頭を下げていて……
 そこまでされてしまうと、こちらが恐縮してしまう。

「い、いえ。そこまで大したことは……」
「いえ! お三方に保護していただかなかったら、どうなっていたか……聞けば、姫様は奴隷商に捕まっていたとか。本当に、本当に感謝いたします!」

 今度はテーブルに頭をつけられてしまった……

「あはは……」

 ソフィアは苦笑して、

「ふふーん!」

 リコリスはドヤ顔をきめていた。

 それぞれ、性格が出るなあ……

「さっそく宴を開きましょう。姫様と神獣様の帰還を盛大に祝わなくては。それと、恩人方に感謝も」
「それはうれしいんですけど……」

 クローディアさんは、アイシャとスノウが一緒にいることは問題ないと言っていた。
 でも、他の獣人はどうなのか?
 長老は素直に許可してくれるのか?

 もしかして、揉めることも……

「なに、心配なされるな」

 こちらの懸念を察した様子で、長老が朗らかに笑いつつ、言う。

「聞けば、姫様と神獣様は、お三方の家族という。家族を無理矢理引き離すなんていうこと、儂らは決していたしませぬ」
「えっと……そう言ってくれるのはうれしいんですけど、いいんですか?」
「ええ。ただ……クローディアから聞いているかもしれませぬが、浄化と結界の構築に力を貸していただけると……」
「はい。そういう協力は惜しむつもりはありません」
「でしたら、なにも問題はありませんな」

 ものすごく話がわかる人だった。

 騙されている? と考えなくもないけど……
 でも、長老からは悪意を感じない。
 クローディアさんも同じ。

 たぶん、信じてもいいと思う。

 もしかしたら騙されるかもしれないけど……
 その時は、アイシャとスノウを守るだけ。

 それに、疑うよりは信じる方がいい。

「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ感謝いたします。では、さっそく宴の準備を……」
「長老っ、大変だ!」

 バンと扉を吹き飛ばすような勢いで、若い獣人の男性がやってきた。
「どうしたのだ、騒々しい。客人の前だぞ」
「す、すまない長老。でも一大事なんだ!」

 若い獣人はとても焦っているみたいだ。
 ここまで全力疾走してきたらしく、息が切れている。

「ま、魔物が現れた!」
「なんじゃと!?」
「かなりの数だ! 今、みんなで防いでいるものの避難が間に合っていない!」
「くっ、なんという……」

 魔物に襲われたことがないのだろうか?
 長老の苦い顔を見る限り、かなりのピンチなのだろう。

 だとしたら、僕達のすることは決まっている。

「ソフィア」
「はい」

 ソフィアも同じ気持ちだ。

「リコリス、アイシャとスノウをお願い。ここにいてね」
「はーいはい、あたしに任せておいて」
「うん、頼りにしているよ」
「フェイト、行きましょう」
「お二人共、なにを……?」

 戸惑う長老に、ボクとソフィアは同時に言う。

「「魔物を倒します!」」



――――――――――



 魔物が現れたという、村の最南端へ向かう。
 すると、そこは戦場になっていた。

「怯むなっ、押し返せ!」
「し、しかし、あまりにも数が多く……」
「グルァ!」
「ぎゃあああ!?」

 たくさんの獣人が戦い。
 たくさんの血が流れて。
 そして……彼らに迫る魔物の群れ。

「このっ!!!」

 血が沸騰するかのような怒り。
 それを魔物にぶつける。

 剣を縦に振り下ろして。
 それから横に薙いで。
 最後に下から上に跳ね上げる。

 狼のような魔物を三匹、まとめて退けることに成功した。
 牽制のために刃を魔物に向けつつ、怪我をしている獣人を背中にかばう。

「大丈夫ですか?」
「あんたは……」
「援軍です! 今は後退を」
「わ、わかった、助かる!」

 信じてくれるかどうか不安だったけど、助けたからか、なんとか信頼を得られたようだ。
 怪我をした獣人は素直に後方へ下がる。

 よし。
 この間に、どうにかして戦線を押し返して……

「神王竜剣術、仇之太刀……」

 ソフィアが前に出る。

「閃っ!!!」

 ソフィアが大上段に構えた剣を一気に振り下ろした。

 極大の斬撃。
 そして、圧倒的な闘気。
 それらがまとめて解き放たれて、魔物の群れを百単位でまとめて吹き飛ばす。

 魔物は抗う術を持たない。
 一瞬でその命を刈り取られ、体を塵と化す。

 彼らの運命は、ソフィアがここにやってきた時点で決していた。

「……やっぱり、すごいなあ」

 僕の幼馴染は剣聖だ。
 剣を極めていて、見ての通り、とんでもない力を持っている。

 その隣に並んで、対等になるまで何年かかるだろう?
 というか……どれだけの時間をかけたとしても、対等になれるかどうか。
 そんな迷い、悩みを抱いてしまう時がある。

 でも。

「僕もがんばらないと」

 手が届かないと、諦めたくない。
 無理だと決めて、足を止めたくない。

 やっぱり……
 僕は、ソフィアのことが好きだから。
 彼女と、ずっとずっと一緒にいたいから。

 だから、なにがあろうと。
 どんなことがあろうと、がんばり続けるだけ。

「よし!」

 というか……
 今は僕のことよりも、ここにいる獣人の力にならないと。

 改めて気合を入れ直して、僕は魔物の群れに立ち向かう。
「ふう……」

 どうにかこうにか魔物を撃退することができた。

 個々の強さはそれほどでもなかったんだけど……
 数が多いから大変だった。

 単純に敵を倒せばいい、っていうわけじゃない。
 里に被害が及ばないように、守りながらの戦いだ。
 防戦というのは経験した回数が少なくて、ちょっと苦戦した。

 できるなら、今後に備えて訓練しておきたいんだけど……
 防戦の訓練ってどうすればいいんだろう?
 今度、ソフィアに聞いてみよう。

 それはともかく。

「ありがとうございます! 姫様と神獣様を助けていただくだけではなくて、里も救ってくださるとは!」
「あんた達は、この里の英雄だ!」
「よし、みんな! 宴の準備をするわよ!」

 たくさんの獣人達が、僕達に笑顔を向けてくれていた。

 里が襲われたことは残念だけど……
 でも、魔物を撃退したことで、僕達のことを信頼してくれたみたいだ。
 不幸中の幸い……っていうのかな?

「えっと……宴の準備なんてしていいんですか? 怪我人の治療とか、家屋の修復を優先するべきじゃあ……?」

 そう長老に尋ねると、笑顔を返される。

「あなた達のおかげで、怪我人はほぼほぼいません。逃げる時に転んだ、というくらいです。家屋の被害も、すぐに修理できるものです。なればこそ、今はあなた達を歓迎したい」
「ありがとうございます」

 ここまで言われたら断る方が失礼だ。
 素直に歓待を受けることにした。

 準備ができるまでの間、長老の家の客間で待機することに。
 客間は広く、ベッドも四つ、設置されていた。

 その一つに座りつつ、ソフィアに声をかける。

「ねえ、ソフィア」
「なんですか?」
「さっきの魔物の襲撃だけど……」

 ちょっと迷う。
 でも、そのまま言葉を続けることにした。

「なんか、ブルーアイランドの時と似ていないかな?」

 根拠はない、直感による話だ。
 だから迷ったのだけど……

 でも、ソフィアなら真剣に向き合ってくれる。
 そう判断して、話をすることにした。

「ブルーアイランドは、魔剣を手にした人がおかしくなったんだけど……なんていうか、その時の空気と似ていたような気がして」
「……フェイトもそう思っていたんですね」
「ということは……」
「はい、私も同じ考えです」

 ソフィアは考える仕草をしつつ、小さく頷いてみせた。

「普通、魔物は群れをなしません。同じ個体同士でなら群れを作ることはありますが、異なる種となると、組織だった行動は不可能です。それらを統率する強力な個体がいるのなら、話は別になりますが……」
「そんな強い魔物はいなかった」
「はい。なので、あれだけの魔物が一斉に里を襲う理由が不可解なのです。納得できません」
「ブルーアイランドの時のように、誰かが先導していた……って考えるのが自然かな?」
「はい。そして、その犯人は……」
「あのボクっ娘ってわけね!」

 最後、リコリスが結論をかっさらっていく。

「あ、リコリス」
「おとーさん、おかーさん!」
「オンッ!」
「アイシャとスノウも」

 三人共、無事ということは聞いていたけど……
 里の様子を確認したり話を聞くことを優先していたため、顔を見れていなかった。

「その様子だと、なにもなかったみたいだね」
「大丈夫よ。魔物達は二人が追い払ってくれたんでしょ? ま、あたしのところまで来たとしても、リコリスちゃんミラクルパワーでギッタギタにしてたけどね!」

 頼もしい……のかな?

「リコリスも同じ結論に達していたのですか?」
「まーねー。けっこう状況が似てるし、あの時と同じヤナ感じもしたし。関連を疑わない方がおかしいっしょ」
「なるほど」

 三人の意見が一致した。

 まあ、それでも確定とは言えないのだけど……
 でも、そうだと仮定して動いた方がいいだろう。

 つまり……
 今回の獣人の里の襲撃にレナが関わっている、と。

「断定はできないけど、可能性は高いですね」
「でも、なにが目的なんだろう?」
「獣人が目的なんじゃない? あいつらいてこましたる、みたいなー?」

 そういう言葉、どこで覚えてきているの?

「レナが……黎明の同盟の目的に獣人が絡んでいるのは間違いないと思うよ? でも、どうして、っていうところはわからないよね」
「それはまあ……」
「なんで獣人を狙うのか? なんでアイシャを狙うのか? なんでスノウを狙うのか? わかりそうでわからないというか……うーん」

 なかなか判断が難しい。
 本人から話を聞くことができれば、それがベストなんだけど……うーん?

「……」

 考えて。
 考えて。
 考えて。

「あ」

 ピコーンと閃いた。
 宴の開催まで、しばらく時間がかかるらしい。
 僕達も手伝おうとしたけど、そんなことはさせられないと断られてしまった。

 なので、時間までの間、散歩をして時間を潰すことに。

「綺麗なところだなあ」

 一人で獣人の里を歩く。
 他のみんなは、ちょっとしたことがあって別行動中だ。

「なんだろう、この植物?」

 里はたくさんの緑に囲まれていて、あちらこちらから動物達や鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 植物と他の生き物と共生している証だ。

 ただ綺麗なだけじゃなくて、活気にあふれている。
 将来、こういうところで暮らしたいな。

 ソフィアが隣にいてくれて。
 アイシャが笑っていてくれて。
 リコリスとスノウが一緒にいる。

 うん。

 そんな未来を思い描いたら、ニヤニヤしてしまいそうになった。

「やっほー」

 そんな時、
 能天気な声が響いた。

 その声の主は……

「レナ……?」
「うん、そうだよ。フェイトの運命の相手、レナだよ♪」

 どこからともなくレナが現れた。
 にっこり笑顔で、敵意は感じられない。

 今まで色々とやらかしてきたのだから、僕がいきなり斬りかかるって、考えていないのかな?

「フェイトは、問答無用で攻撃できるほど合理的じゃないでしょ?」
「え? な、なんで……?」
「わかりやすいんだもん」

 ニシシ、と笑われてしまう。

 うー……
 まいった。
 レナと一緒にいると、こちらのペースがいつも崩されちゃうんだよなあ。

「それで、今日はなんの用なの?」
「え?」
「わざわざ、こんなところでわかりやすく一人になる……ボクを誘っていたんだよね?」
「……全部、お見通しなんだ」
「大好きなフェイトのことだからね」

 それなのに、わざわざ姿を見せたということは、どうとでもできる自信があるのだろう。
 あるいは、里を巻き込むのを避けるために、こちらが争いを望んでいないことを見抜いているか……

 たぶん、両方だろうな。

「聞きたいことがあるんだ」
「今、ここで起きていること?」
「それもあるよ。あと……」
「ボク達、黎明の同盟の目的?」
「うん」

 レナは、どこか妖しい視線をこちらに送ってきた。

 艶があり、どこか色っぽくて……
 でも、それに誘われて触れてしまったら、スパッと切れてしまうかのような鋭さも持ち合わせている。

 妙な圧力を感じて目を逸らしたくなってしまうものの、それは我慢。
 じっと見つめ返した。

「いいよ」
「……え、いいの?」
「うん、いいよ」

 レナはにっこりと笑う。

「ボク、すっごく機嫌がいいんだ。だから、今はなんでも教えてあげる。あ、やっぱ今のなし。なんでもは無理だけど、大体のことは教えてあげる」
「それは願ったり叶ったりだけど……なんで機嫌がいいの?」
「フェイトのおかげだよ」
「僕?」

 不思議そうに問い返すと、レナは恍惚とした表情で語る。

「この前、ブルーアイランドでやりあった時、ボクの魔剣を傷つけたじゃん? フェイトにあんなことができるなんて、完全に予想外。まったく想像できなかったよ」
「なんか、剣が傷つけられたのにうれしそうだね」
「そりゃもう、うれしいよ! 大好きな人が、とんでもないことをしてみせた……女として、喜ぶべきところじゃない?」
「うーん」

 ちょっと違うような気もする。
 ただ、話がこじれてはいけないので、否定はしないでおいた。

「だからボク、機嫌がいいんだよねー。だから、色々と答えてあげる。この前のごほうび、っていう感じで」
「じゃあ……」
「ただし」

 レナはニヤリと笑い、指を二つ、立ててみせた。

「質問は二つまで。それ以上はダメ」
「……」
「さあ、フェイトはボクにどんな質問をする?」
 質問は二つまで。
 大抵のことには答えてくれる。

 それらの前提を踏まえて、質問の内容を考える。

「……うん、決めた」
「ボクになにを聞きたいの?」
「まずは……」

 考えた末に、とある質問をぶつけてみることにした。
 それは……

「どうして、レナは僕のことが好きなの?」
「へ?」

 レナが間の抜けた声をあげた。
 なにその質問? と思っているのだろう。

 でも、僕からしたらとても大事な質問だ。

 一目惚れとか、強さに興味があるとか。
 色々と話を聞いたけど……
 でも、どうにも納得できない。
 他に大きな理由があるのでは? と思ってしまう。

 そんなレナの心を今以上に深く知ることができたら、あるいは、和解も可能なのかもしれない。

 だから……
 僕は、もっと彼女のことを知りたいと思った。
 そのための質問だ。

「あはははっ!」

 突然、レナが大笑いした。

「な、なんでもいい、って言ったのに、まさか、そんなことを聞いてくるなんて……あはははっ、本当にフェイトはおもしろいね」
「そうかな?」
「そうだよ。そんな人、今までいなかったからねー……あー、笑った。お腹痛い」

 笑いすぎたせいか、レナは涙まで浮かべていた。
 それを指先で拭い、にっこりと笑う。

「ボクがフェイトを好きな理由だけど、んー……色々あるんだよね。今言ったみたいに、どこにもいないような変わり者だとか? あと、かわいいよね。かと思ったら、突然、かっこよくなったりするし。あ、結婚したら、今まで以上に優しくなりそう、っていうのもあるかな」
「そ、そうなんだ……」

 なんか、褒め殺しされているみたいだ。
 ちょっと顔が熱くなってしまう。

「ただ、一番の理由は強いことかな」
「僕が?」

 意外すぎる理由だった。

 ソフィアに稽古をつけてもらったり、色々な事件を経験したり……
 そうして、それなりの力はつけたという自負はある。

 ただ、それなりという程度で……
 強い剣士、と名乗れるほどじゃないよね?
 ソフィアやレナに比べると、ホント、足元にも届いていないと思うし……

 それなのに、どうして『強さ』が理由になるんだろう?

「どうして、っていう顔をしてるね」
「それはそうだよ。僕なんて、まだまだだから」

 いずれ、ソフィアと肩を並べられるように、とは思っているけど……
 そんなものは一朝一夕では無理っていうのは、さすがに理解している。

「確かに、今のフェイトはまだまだかなー? ボクが本気出したら、たぶん、一秒も保たないと思う」
「うぐ」
「でも、それは今の話。将来的には、まったくわからないんだよね。それこそ、一週間後に戦ったらボクが負けるかも」
「まさか……」
「冗談じゃないよ? ボク、本気でそう思っているよ? それくらいフェイトは才能があると思っているんだ」

 僕にそこまでの未来が……?

 信じられないけど……
 でも、レナはこんな嘘はつかないような気がする。

 ……ひとまず、話の続きを聞こう。

「結婚するとしたら、ボクより強い人じゃないとイヤなんだよねー。だから、フェイトが最有力候補なの」
「そう、なんだ……」
「理解してくれた?」
「……うん、一応」

 動機はちょっとおかしいけど……
 でも、言葉の節々からレナの本気が伝わってきた。

 彼女の今までの行いを肯定するつもりはまったくないけど……
 でも、その想いは肯定してあげないといけないと思う。
 それまで否定するのは、さすがに失礼だ。

「一つ目の質問は終わり?」
「うん、今のでいいよ」
「オッケー。じゃあ、二つ目は?」
「えっと……ちょっとまってね」
「ういうい」

 最後の質問はどうしようか?

 とても大事なことなのだけど……
 聞きたいことが色々とありすぎて、どれか一つに絞ることが難しい。

 でも……

「うん、決めた」

 少し悩んで、質問を一つに絞ることができた。
 なんだかんだで、これを聞かないといけないような気がする。

「なに?」
「レナは……黎明の同盟は、なにを目的としているの?」
「そっか。フェイトは、ボク達、黎明の同盟の目的が知りたいんだ」
「うん。そこを知ることができれば、色々な疑問が解決されるからね」

 魔剣を作る理由。
 ブルーアイランドで事件を引き起こした理由。
 アイシャやスノウを狙う理由。

 黎明の同盟の目的を知ることができれば、それらの疑問が一気に解決されると思う。
 全て、レナ達が起点になっているのだから。

「んー」

 レナが渋い顔に。

「教えてくれないの?」
「ううん、大丈夫。約束したから教えるよ? 目的を教えたらダメ、とは言われてないからね。ただ、どこから話したものかなー、って。ホント、長い話になるから」
「ゆっくりでいいよ。今は時間があるから」
「そっか。なら……」

 レナは、近くにある倒木に腰掛けた。
 そして、隣をぽんぽんと叩く。

「ここに座って、ゆっくり話をしよ?」
「えっと……お邪魔します」

 断るのも失礼かと思い、レナの隣に座る。

「えへへー」
「ちょ」

 いきなりレナが肩に寄りかかってきた。

「な、なにをしているの!?」
「これくらい、いいじゃん」
「だ、ダメだから! ダメダメ!」
「ちぇ、ケチだなー。ま、いいや。そのうち、フェイトの方からしてして、って言うくらい魅了してあげるから」

 にっこりと笑いつつ、レナがそう言う。

 正直、その笑顔はとても魅力的で……
 ソフィアと出会っていなければ、一瞬で魅了されていただろう。

 それくらい魅力的な女の子なのに……
 レナは、どうして黎明の同盟なんてものに所属しているんだろう?
 その理由も、できるのなら聞きたかった。

「ちょっとした昔話から始まるんだけど……フェイトは、女神様は知ってるよね?」
「うん。僕達、人間の産みの親。全ての母」

 でも……
 今はちょっと人間と距離ができている、らしい。

「そうそう、基本はそんな認識になるよねー。でも、ちょっと違うんだ」
「違う?」
「全ての母、ってわけじゃないの。獣人は別」
「え?」
「獣人を生み出した神様は別にいるんだ」

 別の神様がいる?
 それは、とても衝撃的な話だ。
 もしも学会なんかで発表をしたら、大騒ぎに……

 ……ならないか。
 それよりも前に、そんなバカな、と一蹴されるのがオチだろう。

「にわかには信じられないんだけど……それ、本当のことなの?」
「マジのガチ」
「うーん」
「あ、疑っているなー?」
「だって、突然すぎるし……」
「ま、わかるけどねー。ホントなら証拠でも示したらいいんだけど、そういうの、あいにくないんだよねー。だから、ここからは私の話が正しい、っていう前提で聞いてね? 疑問とかあったとしても、ひとまず飲み込んで、最後まで聞いて」
「うん、了解」

 話を聞きたいと言ったのは僕だ。
 どんな話だとしても、ひとまず、最後まで聞かないと。

「今言ったけど、もう一人、別の神様がいるんだ。それが……神獣」
「……」

 思い切り咳き込んでしまいそうになった。

 神獣、って……
 スノウのこと?

「獣の神様だから、神獣。わかりやすいでしょ?」
「そう、だね」
「神獣は、女神と協力して自分達の子供を作ったの。人間と獣の要素を持つ、新しい生命……それが獣人だよん」
「なるほど」

 納得できる話だった。
 二人の神様が協力したからこそ、それぞれの特徴を受け継いだ、新しい種族が生まれたんだろう。

「ずっと昔……女神と神獣は仲良く暮らしていた。人間と獣人も、仲良く暮らしていた。互いに足りないところを補い、支え合い、穏やかな生活を送っていた」

 レナは、どこか遠い目をして語る。

 その横顔は寂しそうでもあり……
 迷子になった子供のようでもあった。

「人間は知恵に優れている。獣人は身体能力に優れている。だから、支え合うことで、より良い方向に発展することができたんだ」
「理想的な関係だね」
「うん、そう。ただ、やっぱり人間の方が弱くて……狩りなんかに行くと、人間の方に被害が出ることが多かった。獣人も守ったりしてたけど、限界があるからね」
「どうしようもないことだね……」
「でも、獣人はそれをなんとかしようとしたんだ。自分達が持つ力を使い、人間達に新しい力を与える……その研究を続けて、そして、完成したのが聖剣」
「えっ」

 思わぬところで思わぬ単語が出てきた。

「聖剣は、獣人によって作られたものなんだよ」
「聖剣が……」

 僕が知っている聖剣は、ソフィアが持つエクスカリバーだけ。

 邪悪を祓う剣。
 闇を切り裂く希望の光。

 聖剣エクスカリバー。

「聖剣は、獣人がありったけの力を込めて作った最終兵器のようなもの。でも、試作品っぽいところもあって、量産はできなかったんだ。作ることができたのは、三本だけ、って聞いているよ」
「そのうちの一本が、ソフィアが持っているエクスカリバー?」
「そういうこと。残りの二本は、ボクも知らないんだよねー。って、話が逸れた。で……聖剣の代わりの、ちょっとランクが落ちる武器を量産したり、あるいは結界を展開するとかして、獣人は色々と協力したんだ。おかげで、人間の被害は減ってめでたしめでたし」

 レナはにっこりと笑う。

 でも、次の瞬間には、その笑みは消えた。

「って、そうそう、うまくはいかなかったんだよねー」

 レナは、やれやれといった様子で肩をすくめてみせた。
 その表情には、ハッキリとした怒りと憎しみが現れている。

「一部の人間は、こう考えた。獣人を利用すれば、もっと強くなれるのではないか? もっともっと豊かな生活を手に入れられるのではないか?」
「それは……」
「人間って、ホント欲深くてどうしようもない生き物だよねー。それって昔から変わってなくて、ダメダメすぎるよね。そう思わない?」
「……」

 返す言葉がない。

 人間の全部がそうだなんて言うつもりはないけど……
 でも、世の中には色々な人がいる。
 良い人がいれば、悪い人もいる。

 だから……
 レナの言葉には、大きな説得力があった。

「で、色々な人間が暗躍を始めて、暴走をして……ついには、禁忌に手を染めたんだ」
「禁忌っていうのは……?」
「神獣の子供に手を出した」

 そう語るレナは、とても冷たい顔をしていた。

 感情の一切を削ぎ落としてしまったかのようで……
 思わず背中が震えてしまう。

「当時の人間は、神獣の子供を拉致して、生贄にしたんだ」
「そんなことが……」
「神獣の子供の力を利用した、一種の結界を展開したの。その結界内では常に豊作になって、幸せが訪れて、災厄が退けられる」

 それは、とても理想的な話だ。
 誰もが望んでやまないものだろう。

 でも……

 そのために誰かを犠牲にするなんて、絶対に間違っている。

 レナも同じ想いを抱いているらしく、拳を強く握りしめていた。

「その結界は色々な場所にあるんだけど……その一つが、ブルーアイランド」
「えっ」
「ボク達は、あえて魔剣をばらまいて街の空気を壊して、封印を解いたんだ」
「……ちょっとまって。なら、どうしてスノウがおかしくなったの?」
「封印が解かれると同時に、生贄にされた神獣の子供の恨み憎しみがあふれたんだよ。それが今代の神獣に乗り移り……っていう感じ」

 凄絶な話だった。
 聞いているだけで胸が痛くなる。

 それでも逃げるわけにはいかない。

 スノウの家族として。
 一人の人間として。
 きちんと真実と向き合わないといけない。

「話は戻るけど……子供をさらわれて怒らない親はいないよね? 神獣は怒った。それはもう激怒した。人間達は、あれこれと口八丁で言い含めるつもりだったらしいけど、そんなことはできなくて……まあ、戦争が起きたよね」
「当然の流れ……だよね」
「血で血を洗うような泥沼の戦争になって……最終的に神獣が負けたんだ。その力は圧倒的だったけど、人間達は聖剣を持ち出していたから、それで追い込まれちゃったみたい」
「……」
「かくして、復讐の鬼となった神獣は封印されて、人間は平和を勝ち取りました……めでたしめでたし」

 レナは茶化すように言うけど、ぜんぜんめでたくない。
 むしろ、バッドエンドでは?

「そんなことがあったなんて、ぜんぜん知らなかった……」
「まー、仕方ないよ。獣人の神様の子供を殺しました、とか言えないからね。そこら辺の歴史は、都合のいいように捏造されているよ」
「……もしかして」

 ふと、とある可能性に思い至る。

「黎明の同盟は、かつての神獣の関係者?」
「正解」

 レナはニヤリと笑い、僕の言葉を肯定するのだった。