将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「よし」

 一階の工房に父さんの姿があった。
 仕事着に着替えて、気合を入れるはちまきを頭に巻いている。

 その後ろにリコリスとアイシャが。
 二人の姿はいつも通りだけど、表情が違う。
 まっすぐに前を向いていて、絶対に剣を修理するという、強い決意が感じられた。

「それじゃあ作業を始めるぞ。俺が剣を打つから、妖精の嬢ちゃんは、指示したタイミングで魔力を注ぎ込んでくれ」
「任せなさい!」
「アイシャちゃんは、妖精の嬢ちゃんの魔力がなくなってきたら補給してくれ」
「がんばる」

 三人はやる気たっぷりだ。

 でも、気合が入りすぎているということはなくて……
 ほどよい感じに緊張して、ほどよい感じに息を抜いている。

 うん。
 これなら、きっとうまくいくだろう。

 僕は雪水晶の剣の復活を確信するのだけど……
 事態は思わぬ方向に転がっていく。



――――――――――



「……時間がない?」

 剣の修理が始まって数時間したところで、ホルンさんが尋ねてきた。
 僕とソフィアで対応をして……

 そして、煉獄竜の目覚めが近いと告げられた。

「封印の状態を観測する魔道具を置いていたのじゃが……それによると、封印はあと半日で解けてしまうじゃろう」
「そんな……!?」
「どういうことですか? 封印は頑強なもので、まだまだ問題はないという話だったと思いますが」
「そう、問題はなかったはずなのじゃが……しかし、何度も確認したから間違いない。このままだと、半日ほどで封印が解けてしまうじゃろう」

 いったい、どうしてそんなことに……?

 なにが起きているのか。
 色々と考えてみて……

「「……もしかして」」

 ソフィアとピタリと声が重なる。

 本来ならありえないことを引き起こしてしまう。
 そんなことができる連中に心当たりがある。

「『黎明の同盟』……かな?」
「可能性はあると思います。また、あの泥棒猫でしょうか……?」

 今回、彼らの影はなかったはずなのだけど……
 でも、不思議とこの悪い予感は間違っていないと思えた。

 またレナがなにかやらかしているのだろうか?
 そう思えてならない。

「そういうわけじゃから、儂はすぐに出発しようと思う。お主らはどうする?」
「それは……」

 雪水晶の剣の修理は終わっていない。
 終わるのを待っていたら、先に煉獄竜が復活してしまうだろう。

 それなら……

「僕も行きます」
「フェイト!? ですが、剣は……」
「ソフィア、代わりの剣を貸してくれないかな?」
「……わかりました。確かに、こうなった以上、のんびりと修理を待っているわけにはいきませんね」

 できることなら、雪水晶の剣で戦いたい気持ちがあった。

 人と妖精の絆の証。
 その剣で戦えば、色々な想いを乗せることができるだろう、って。

 でも、この状況で無理は言えない。
 被害を出さないことが最優先で……
 今は煉獄竜の討伐だけを考えよう。

「では、すぐに準備をしてくれ。儂は街の入口で待っておるぞ」
「わかりました」

 ホルンさんを見送り……
 それから、僕とソフィアは互いの顔を見る。

「やることはたくさん」
「すぐに済ませてしまいましょう」

 互いに小さく笑みを浮かべるのだった。
 父さん達に事情を説明して……
 準備を整えて……

 それから、僕とソフィアは家を出た。

「うん、準備はバッチリだね」

 動きを邪魔しない程度に防寒着を着込み、その下に軽鎧を。
 軽鎧ではあるものの、鍛冶の神様と呼ばれている父さんが作ったものだ。
 とても頑丈で、魔法に対する耐性もある。

 そして、腰にはソフィアに貸してもらった剣。
 銘はないものの、とある匠によって打たれた剣らしい。

 切れ味だけじゃなくて、耐久力も抜群。
 僕にピッタリの剣だ。

 その後、街の入り口でホルンさんと合流した。

「待っておったぞ」

 ホルンさんは重装備だった。
 防寒着が膨れ上がるほどの防具を着込み……
 さらに、背中に大きな荷物袋を抱えている。

「すごい装備ですね……」
「大丈夫なのですか?」
「うむ、問題ないぞ。若干、機動性は落ちるが、全て必要なものじゃ。ポーションや爆弾など、色々と詰め込んでいてな。戦いの最中にどんどん消費していくだろうから、すぐに身軽になるじゃろう」
「なるほど」

 逆に言うと、それだけの準備をしないといけない相手……か。

 伝説と言われている煉獄竜。
 その強さは、いったいどれほどのものなのか?
 倒すことができるのか?

 ちょっと不安になってしまうのだけど……

「フェイト」
「……あ……」

 そっと、ソフィアに手を握られた。
 手袋越しだけど、彼女の温もりが伝わってくる。

「大丈夫ですよ」
「……うん、そうだね」

 弱気は消えた。
 勇気も湧いてきた。

 うん。
 やっぱり、ソフィアと一緒ならなんでもできるような気がした。

「やれやれ、老人の前で見せつけてくれるわい」

 ホルンさんがからかうように言って、僕とソフィアは顔を熱くするのだった。

 決戦の前にこんな調子でいいのかな? なんて思わなくもないけど……
 でも、いい感じに緊張がほぐれたと思う。

 さあ、行こう。
 いざ決戦の地へ。



――――――――――



 今日はあいにくの天気で吹雪いていた。
 視界が塞がるほどひどくはないけれど、移動に時間がかかり、体力が奪われてしまう。

 それでも焦らないでしっかりと足を進めて……
 悪天候の中ではわりと早く、目的地に到着することができた。

「ここに煉獄竜が……」

 雪に埋まってしまうほど小さな洞窟だ。

 しかし、それは入り口だけ。
 奥に進めば進むほど広くなっていく。
 いくら歩いても終着点が見えてこない。

「すごい洞窟ですね」
「最初はとても狭かったのに、今はこんなにも広く……大きな城が入ってしまうほどです」
「天然の牢獄といったところじゃな。ノノカの力も借りて、ここにやつを封印したのじゃ」

 そう語るホルンさんは、どこか寂しそうな声をしていた。
 当時を思い出しているのだろう。

「……そろそろつくぞ」

 ホルンさんの言葉通り、さらに十分ほど歩いたところで最深部に到着した。
 そして、僕達は思わず言葉を失うことになる。

「これが……」
「煉獄竜……」

 巨大な氷塊の中で、同じく巨大な竜が眠っていた。
 竜は自分を抱きかかえるようにして、氷の中で眠っていた。

 その氷は地面から生えていて、天井にまで届くほどに巨大だ。
 これが封印なのだろう。

 ただ、ホルンさんが言っていたように、封印が解けようとしていた。
 軽く触れてみると、溶け始めている。

 どれくらいかかるのか、それはハッキリとは言えないけど……
 そのうち氷が溶けて、煉獄竜は解放されてしまうだろう。

「これは……す、すごいね」

 想像していたものの倍くらい大きい。
 迫力も満点だ。

 こんな相手に勝てるのだろうか? と不安になってしまうのだけど……

 でも、右を見ればソフィアがいる。
 反対側にはホルンさんがいる。

 うん、大丈夫だ。
 僕は一人じゃない。
 頼もしい恋人と先輩がいる。

 なら、きっとなんでもできるはずだ。

「フェイト、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「なら良かったです」

 彼女の笑顔がたくさんの勇気と元気を与えてくれた。

「では、封印を解くぞ」
「はい」

 ホルンさんが氷漬けの煉獄竜に近づいて……

「ホルンさん、待ってください!」

 それに気づいて、慌ててストップをかけた。

 巧妙に隠しているけど、覚えのある気配が。
 それと、よくよく見てみると、奥に人影が。

「そこにいるんだよね?」
「……」
「もう気づいているから、黙っていても無駄だよ」
「……ちぇ」

 姿を見せたのは……

「うまく隠れたつもりだったんだけどなー。なんでわかったの? あ、これって愛の力?」

 レナだった。

「むっ」

 色々な意味でライバルのレナを発見したソフィアは、反射的にという様子で僕を抱き寄せた。
 ぎゅっとされてしまう。

 い、色々と当たっているのだけど……
 でも、ソフィアは僕を離してくれない。

「むかっ。なに、それ。ボクを挑発しているの?」
「いいえ、そのようなことはありません。私とフェイトは相思相愛ですからね。あなたなんて道端の石のようなもので、相手にされることもありませんし」
「ぐぎぎぎ!」
「むむむ!」

 二人がにらみ合い、バチバチと火花が散る。

「えっと……ソフィア? 今はこんなことをしている場合じゃ……なんでレナがこんなところにいるのか、それを問い詰めないと」
「はっ!? そ、そうですね……」
「でも、大体の予想はついているけど」

 煉獄竜の封印が解け始めた。
 そして、黎明の同盟であるレナが封印の地にいる。

 この二つを偶然と考えるほど抜けているつもりはない。

「レナが煉獄竜の封印を解こうとしていたんだね?」
「正解♪」
「やけにあっさり認めるんだね」
「まあ、状況証拠が揃いまくりだからね。ここまできて否定しても、白々しすぎるでしょ? ならまあ、愛するフェイトのために素直に答えてあげようかな、って」
「フェイトを愛しているのは私です!」

 そこ、対抗しないで。

「どうしてこんなことを……」
「あ、勘違いしないでね? 近くの街を滅ぼしてやろうとか、そういう物騒なことは考えてないから」
「どうでしょうか。あなたの性根はねじ曲がっていますからね。ちょっとしたいたずらで街を滅ぼそうとしても、おかしくないと思いますが」
「やだなー、さすにそんなことはしないって。ただ単に……って、素直に目的を話すところだった。面倒だから、隠したままにしておこうっと」

 てへ、と笑うと、レナは洞窟の奥へ移動する。

「待ちなさい!」
「やだよー」

 待てと言われて待つ者はいない。
 そんなことを言うかのように、レナは奥へ消える。

「ま、今回は素直に退いておくよ。ばいばいーい」

 そして、気配が完全に消えた。
 レナの性格上、隠れて様子を見る、っていうことはなさそう。
 たぶん、本当に立ち去ったのだろう。

「くううう……あの泥棒猫は!」
「お、落ち着いて、ソフィア。ここにレナがいたことは驚いたけど、でも、僕達がやるべきことは別のことだよ」
「……そうですね」
「ふむ? なにやら因縁のある相手じゃったが、よいのか?」

 成り行きを見守っていたホルンさんが、そう尋ねてきた。
 それに対してしっかりと頷いてみせる。

「大丈夫です。今の目的は煉獄竜を倒すことで、彼女を追うことじゃないですから」
「ならよいが……他に気を取られていると、それが致命傷になるかもしれぬぞ?」
「気をつけます」

 レナのことは今は忘れよう。
 煉獄竜の討伐だけを考える。

 ソフィアも気持ちを切り替えたらしく、凛とした表情に。

 そうやって僕らの覚悟が決まったのを感じたらしく、ホルンさんは表情を引き締めた。

「では……いくぞ」
 ホルンさんはポケットから手の平サイズの宝石を取り出した。

 ぐっと握りしめて……
 そのまま砕く。

 キィンッ! という甲高い音が響いた。

「……」

 反射的に身構えるけど、なにも起きない。

 不発?

 怪訝思いつつ、さらに様子を見ると……

「……あっ」

 煉獄竜を包み込む氷が溶け始めていた。
 時間を加速しているかのように、異様な速度で氷が溶けていく。

 ほどなくして、ピシリと氷にヒビが入る。
 それは全体に広がり、砕ける寸前のガラスような姿へ。

「二人共、来るぞ」

 ホルンさんが剣を構えた。
 それにならい、僕とソフィアも剣を抜く。

 そして……

 ギィンッ!!!

 耳をつんざくような音と共に、氷が一気に砕け散る。

「オオオオオオォッ!!!!!」

 産声のように、煉獄竜が雄叫びを響かせた。
 ビリビリと空気が震えて、耳がどうにかなってしまいそうだ。

「グルルルゥ……」

 最強の竜が君臨する。

 封印から解放されたことに喜びを覚えているのだろう。
 牙の並ぶ歯を見せつけるようにして笑っている。

 封印されたことに怒りを覚えているのだろう。
 瞳を光らせて、ホルンさんを睨みつけている。

「これ、は……」

 想像以上の化け物だ。

 巨大な壁が立っているかのような圧迫感。
 死が直面したかのような危機感。
 自然と呼吸が乱れ、頭が真っ白になってしまいそうになる。

 でも。

「んっ」

 唇を噛んで、その痛みで我を取り戻す。

 ヤツの迫力に飲まれたらダメだ。

 ここで煉獄竜を倒す。
 スノウレイクを守り……
 そして、リコリスの友達の仇を討つ。
 ホルンさんの手伝いをする。

 改めてやるべきことを思い返したら、勇気と力が湧いてきた。

「いくぞ!」
「「はいっ!!」」

 まず最初に、ホルンさんが突撃した。

 この決戦のために用意された剣は、とても大きくて長い。
 まるで鉄塊だ。

 そんな剣を己の手足のように扱い、ホルンさんは、鉄塊を煉獄竜の頭に叩きつけた。

「グァッ!?」

 煉獄竜が怯み……
 その間にソフィアが突撃する。

「神王竜剣術、壱之太刀……破山っ!!!」

 最初から全力全開。
 聖剣エクスカリバーによって生み出された一撃は、怯む煉獄竜の体を切り裂いた。

「神王竜剣術、弐之太刀・疾風っ!!!」

 ソフィアが作った傷に、さらに攻撃を叩き込む。

 頑丈な竜の鱗を切り裂くような力は僕はない。
 でも、あらかじめ傷ができているのなら、追加のダメージを与えることはできる。

「ギアアアアアァッ!!!」

 煉獄竜の悲鳴。
 巨体が仰け反る。

 いける!

 そう思ったのだけど……
 でも、そうそう簡単にはいかないらしい。

「ガァアアアアアッ!!!」

 煉獄竜は怒りに瞳を燃やしつつ、ブレスを放ってきた。

 直撃したら骨も残らない。
 かすっただけでも致命傷だろう。

 追撃は諦めて、全力で回避。
 思い切り横に跳ぶ。

「あつつ!?」

 だいぶ距離をとったはずなのに、熱湯を浴びせられたかのように全身が熱い。
 なんて威力だ。
 これじゃあ迂闊に近づくことが……

「むぅんっ!」
「ホルンさん!?」

 ブレス? それがどうした。
 そんな感じで、ホルンさんが再び突撃した。
「ぬぅおおおおおっ!!!」

 ブレスを恐れることなく、ホルンさんが前に出た。
 そんなホルンさんに目標を変更して、煉獄竜が再びブレスを放つ。

 極大の炎。
 目を灼くかのような強烈な閃光。

 それでも……

「おおおおおぉっ!!!」

 ホルンさんは止まらない。

 直撃は避けた。
 しかし、わずかながらかすってしまっている。

 ホルンさんが身につけている鎧がみるみるうちに焦げて、一部は溶け始めていた。
 そんな力にさらされているホルンさんは、相当な激痛を受けているだろう。

 それでも足を止めず、煉獄竜の懐に潜り込む。

「むぅんっ!!!」

 ホルンさんは、背中に背負っていた大剣を手に取り、そのまま振り抜いた。
 己の身長ほどもある巨大な剣だ。

 その威力は破格だ。
 強靭な鱗を斬ることは敵わないが、叩き潰すことには成功した。

「これでも……くらぇえええええいっ!!!」

 ホルンさんは、再び大剣を叩き込む。
 剣としてではなくて、棍棒のように扱い、刃の腹で潰れた鱗を叩いた。

 ギィンッ! という音と、煉獄竜の悲鳴が重なる。
 さらに……

 ゴガァッ!!!

 あらかじめ刃に爆薬を仕込んでいたらしく、大剣が爆発した。

 業火と衝撃。
 そして、至近距離で撒き散らされる鉄片の嵐。
 さすがの煉獄竜も、これにはたまらない様子で、身をよじり、苦しそうにしている。

 効いている。
 でも……

「ホルンさん、大丈夫ですか!?」
「う、む……なんのこれしき」

 自爆技のようなものだ。
 ホルンさんもそこそこのダメージを負ってしまい、あちらこちらから血が流れていた。

「早く手当てを……」
「そんなヒマはない」
「で、でも……」
「今が攻め時じゃ。わかるな?」
「……わかりました」

 ホルンさんの目を見て、説得は不可能と諦めた。

 ホルンさんは殉教者のような目をしていた。
 刺し違えてでも煉獄竜を倒そうと、覚悟を決めているのだろう。

 そんなホルンさんの意思を曲げさせることはできない。
 彼の生き方……今までの想いを全て否定するようなことになるからだ。

 なら……

「援護します!」

 ホルンさんが刺し違えることのないように、全力で援護をする。
 僕にできることをする。

 それだけだ。

「フェイト、一緒にいきますよ!」
「うん!」

 最初に、ソフィアが前に出た。
 文字通り、目にも留まらぬ動きで煉獄竜を翻弄する。

 さすがの煉獄竜も、ソフィアの神速を追いきれないようだ。
 ブレスも連発できるわけじゃなくて、温存している様子で、手足や尻尾を振り回している。

 荒れ狂う嵐が意思を持ったかのようだ。
 巨大な岩が簡単に砕け、地震が連続しているかのように大地が揺れる。

 それでも、ソフィアは攻撃の手を緩めない。
 むしろ、さらに加速させていく。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る……斬るっ!!!

 一撃一撃のダメージは小さいけれど、着実に煉獄竜の体力を削っていった。
 そして僕は……

「このっ!」

 ソフィアより圧倒的に手数が少ないものの、攻撃を加えていく。

 ソフィアによって傷つけられた場所に、再び斬撃を送り込む。
 あるいは、オイルの詰まった革袋を足元に放り、煉黒竜の動きを阻害する。

 悔しいけど、今の僕にできることは少ない。
 圧倒的に力が足りていない。

 でも、それで腐っても仕方ない。
 僕は、僕にできることを。
 全力で、ありとあらゆる手を使い、ソフィアとホルンさんのサポートをするだけだ。

「グァアアアアアッ!!!?」

 度重なる攻撃に音を上げるように、煉獄竜は悲鳴を響かせる。
 こころなしか動きが鈍ってきているように見えた。

 よし。
 この調子で攻撃を重ねていけば……

 そう思ったことが油断だったのかもしれない。

「フェイトっ!?」

 ソフィアの悲鳴。
 気がつけば、煉獄竜の尻尾が目の前に迫っていた。
「あっ……」

 壁のように巨大な尻尾が迫る。

 その動きはやけにゆっくりだ。
 でも、僕の動きもゆっくりで、速く動くことができない。

 これは……まずい?

 死……

「フェイトっ!!!」
「うわっ!?」

 突然、ふわっと体が宙に浮いた。
 いや、ソフィアに抱えられていた。

 そのまま大きく跳んで、着地。
 地面に下ろされた。

「大丈夫ですか!?」
「う、うん……ありがとう」
「よかった……くっ」
「ソフィア!?」

 軽くよろめいてしまうソフィアを慌てて支えた。

 見ると、利き手である右腕に裂傷が。
 綺麗な手が血で濡れてしまっている。

「もしかして……今、僕を助けた時に……」
「私なら大丈夫です」

 そう言うものの、強がりであることは明らかだ。

「くっ……!」

 自分が情けない。
 彼女の力になるどころか、足を引っ張ってしまうなんて。

 でも、後悔するのは後だ。
 反省も後だ。

 今は戦闘に集中しないと。

「ソフィアは、ポーションとかで治療を。その間、僕が時間を稼ぐから」
「ですが……」
「大丈夫。やってみるよ!」

 返事を待たないで突撃をした。

 さきほどよりも速く。
 そして、深く深く集中して……

 全力全開。
 体も心も魂も、全てを振り絞るような感じで戦う。

「おおおおおおおぉぉぉっ!!!」

 戦う。
 戦う。
 戦う。
 剣を振り、大地を駆けて、壁を蹴り跳躍して、再び剣を振り、突き出して、薙いで、払い、叩き、打ち上げ……
 ありとあらゆる攻撃を叩き込んでいく。

「これは……」

 わずかにだけど、ソフィアの驚くような声が聞こえてきた。
 ただ、僕自身も驚いていた。

 まさか、煉獄竜と互角に渡り合うことができるなんて。

 たぶん……
 覚悟が決まったんだろう。

 絶対に倒すと意気込んでいた。
 負けられないと決意を固めていた。

 でも、いざ煉獄竜と相対したら、情けないことにその迫力に飲まれてしまった。
 だから、自分でも気づかないうちに動きが鈍くなっていて、さっきのようなミスをしてしまって……

 だけど、そんなことはもう終わり。
 絶対に同じ過ちは繰り返さない。

 そんな覚悟が、僕の力を限界を超えて高めてくれているのだと思う。

 もっと強く。
 もっと速く。

 これ以上、ソフィアを傷つけさせない!
 スノウレイクも襲わせたりなんかしない!
 ホルンさんとノノカの最後の依頼も果たしてみせる!

 あれもこれもと、欲張りかもしれないけど……
 でも、今だけは!

「ガァッ!!!」

 煉獄竜の意識が完全にこちらへ向いた。
 ホルンさんも攻撃をしかけているのだけど、脅威度は僕の方が高いと判断したのだろう。

 でも、それは大きな間違いだ。

「ふん。竜といえど、所詮は獣。これで食らうがいい!」

 ホルンさんが剣を投擲した。

 剣は、どこでも買えるような安物だけど……
 その先端に特製の爆薬がくくりつけられている。

 剣がドラゴンの鱗を叩き、その衝撃で起爆。
 ゴガァッ!!! と洞窟全体を震わせるようなほど、激しい衝撃と轟音が撒き散らされた。

 一度だけじゃない。
 二度、三度とホルンさんは剣を投擲して、その度に大爆発が起きていた。

 至近距離で上級魔法を連発されるようなものだ。
 いくら竜とはいえ、ひとたまりもない。

 もちろん、これで倒せるとは思っていないけど、

「グゥウウウ……」

 煉獄竜の勢いは明らかに衰えた。
 しっかりとダメージを負っている様子で、動きが目に見えて鈍くなる。

 攻めるなら今だ!

 僕はさらに前に出て、剣を全力で振り下ろして……

 ギィンッ!

「え?」

 剣が折れた。
 刃が半ばから折れて、くるくると宙を舞う。
 その光景を、僕は呆然と眺めていた。

「あっ……!?」

 すぐ我に返るものの、一瞬、遅れてしまう。

 ここぞとばかりに煉獄竜が体を回転させて、尻尾を叩きつけてきた。
 ギリギリのところで回避するものの、かすり、血が流れる。

 煉獄竜の巨体から繰り出される攻撃は非常に強力だ。
 かすっただけでも、運が悪いと致命傷になる。

 幸い、致命傷は避けられたものの、大量に出血してしまう。

「このっ……!」

 ポーションを飲みつつ、追撃を回避。
 なんとか危機を乗り越えることができた。

 相手は弱っている。
 できればこのまま畳み掛けたいのだけど……

 ちらりと後ろを見ると、ソフィアの回復は間に合っていない。
 もう少しっていう感じだけど、間に合うかどうか。

 そして僕は、肝心の武器がない。
 これじゃあ、なにも……

「ふっふーん、またせたわね!」

 ふと、戦場に似合わない声が飛んできた。
 反射的に振り返ると、リコリスの姿が。

「リコリス!? どうしてここに……」
「コレを届けに来たのよ。ほら、受け取りなさい!」
「わっ」

 魔法を使ったのだろう。
 リコリスがなにかを投げてきた。

 って、大暴投!?

 慌てて追いかけて……
 ジャンプをして、それをキャッチする。

「これは……雪水晶の剣?」

 水晶のような輝きを放つ。
 そして、雪のように白い刀身。

 僕が知っているものと、いくらか形状が違うのだけど……
 でも、それは間違いなく雪水晶の剣だった。

「修理が終わったから持ってきてあげたわ。ふっふーん、絶妙なタイミングだったでしょ? 実は、こっそりタイミングをうかがっていたの」

 最後の情報はいらない。

「でも、まだ時間がかかるはずじゃあ? それに、この変化は……」
「細かいことは後! 今は……」
「……うん、そうだね」

 やるべきことをやろう。

 僕は雪水晶の剣を抜いて、構えた。

 以前と変わらなくて、軽すぎず重すぎず。
 手にしっくりと馴染んで、体の一部になるような感覚。

「……おかえり」

 相棒の帰還を喜ぶ。

「さっそくで悪いけど、いくよ!」

 今ならなんでもできる。
 そう思えるくらいの力と勇気が湧いてきた。

「ガァアアアッ!!!」

 まっすぐに突撃する僕を叩き潰そうと、煉獄竜が吠えた。
 巨大な前足を叩きつけてくるのだけど……遅い!

 ワンステップ、横に跳ぶ。
 それから、体を半身にしてギリギリのところで攻撃を回避。
 失敗したら致命傷になっていたかもしれないけど、でも、失敗していないから問題ない。

 僕は、そのまま煉獄竜の懐に潜り込み、

「神王竜剣術、壱乃太刀……破山っ!!!」

 ありったけの力でありったけの攻撃を繰り出した。

 さっき使っていた剣は、煉獄竜の鱗を一度も突破することができなかった。
 でも、今回は違う。
 雪水晶の剣は、簡単に鱗を切り裂いてしまう。

 煉獄竜が悲鳴をあげて、身をよじり、暴れる。
 僕に傷つけられるわけがないと油断していたのか、相当な驚きっぷりだ。

 うん。
 大きなダメージは与えていないものの、とても良い攻撃になった。
 これなら……

「ほれ、さらに追加じゃ!」

 ホルンさんは、さらに二本の爆弾付きの剣を投擲した。
 二つとも今までの戦闘でできた傷に突き刺さり、爆弾が爆発。
 至近距離で炎と熱波と衝撃を浴びることになり、煉獄竜が悶える。

 でも、これもまた本命の攻撃じゃない。

「はぁあああああっ!!!」

 ダメージから回復したソフィアが、煙に隠れて突撃。
 聖剣エクスカリバーを構えて、加速、加速、加速。

「蓮華っ!!!」

 超高速の抜剣術。
 宙を駆ける斬撃が煉獄竜の片翼を斬り飛ばした。
 煉獄竜は悲鳴をあげて地面を転がる。

 当たり前のことだけど、翼を切り落とされたことなんてないのだろう。
 その激痛に悶え、ありえない現実にパニックに陥っていた。

 でも、まだ油断はできない。

 手負いの虎ほど厄介と言うし……
 もしかしたら、とんでもない切り札を隠し持っているかもしれない。
 焦らず、慎重に追い詰めて……

「ふっふーん、所詮、このリコリスちゃんの敵じゃないわね! さあ、覚悟なさい!」
「ちょっ!?」

 雪水晶の剣を届けに来ただけのはずのリコリスが、なぜか参戦。
 前に飛び出して、魔法を詠唱する。

「リコリスちゃんファイアー!」

 わりと大きな火球が離れて、煉獄竜に直撃。
 それなりの爆発が起きるのだけど……

「グルァッ!!!」
「ひゃあ!?」

 それなり、の攻撃では通用しない。
 怒りを買うだけで、リコリスは慌てて後方に退避した。

「フェイトー! ソフィアー! あと、おっちゃん。そんなドラゴン、さっさとやっつけちゃいなさい!」

 そして、応援。

 えっと……
 本当になにをしているんだろう?

 雪水晶の剣を届けてくれたことはうれしいけど、あまり無茶をしないでほしい。
 下手をしたら、リコリスが狙われるかもしれないのだから。

 決着は……僕達がつける。
 いや。

「おおおおおぉっ!!!」

 ホルンさんがつける。

「このっ!」
「はぁあああっ!」

 僕とソフィアは援護に徹した。
 というのも、片翼を失った煉獄竜が、今まで以上に暴れ始めたからだ。

 ただ、手負いの虎というような脅威は感じない。
 最後の悪あがきという感じで、デタラメに暴れまわっている印象だ。

 あと少し。

「全部持っていけっ!」

 ホルンさんは、ありったけの爆撃剣を投擲した。

 煉獄竜はそれを危険なものと学習して、避けようとするが……
 しかし、そんな隙間がないくらいに、雨あられと剣が降り注ぐ。

 結果、煉獄竜は避けることができず、無数の爆撃をその身に受けた。

 鱗がはがれ、肉が裂ける。
 血が流れて、悲鳴がこぼれる。

「グゥウウウ……」

 どんどん動きが鈍くなってきた。
 その口からこぼれる唸り声も、弱々しくなってきている。

 ここまでくれば、あとは……!

「フェイト!」
「うん! ホルンさん、トドメは任せました!」

 ソフィアの合図で、僕達は一緒に突撃した。

 かなり弱っているものの、未だ煉獄竜の攻撃は激しく、苛烈だ。
 爪を振り回して、尻尾を薙ぐ。
 ブレスも吐く。

 それらを回避しつつ、二人同時に攻撃を加えて……
 そして、僕の雪水晶の剣とソフィアのエクスカリバーが、それぞれ煉獄竜の足の付根を刺す。

 さらに刃を根本まで押し込んだ。
 そして、ぐるりと強引に回転させて、神経を断つ。

「ギァアアアアアッ!!!?」

 これで、ヤツはもうまともに動くことができない。
 防御をすることも逃げることもできない。

 だから……

「「ホルンさんっ!!!」」
「うむ!!!」

 ホルンさんが真正面から駆ける。
 そうすることで、あえて煉獄竜の注意を自分にひきつけているみたいだ。

 ホルンさんの様子から、なにかただならぬものを感じ取ったのだろう。
 煉獄竜は彼を第一の標的として、ブレスを放つ。

 ……でも、それが命取りになる。

「それを待っていたぞ!」

 それは、かつてノノカが手に入れたという宝物。
 どんな攻撃も一度だけ跳ね返すという、魔法の鏡。

 それによって、ブレスは正反対に跳ね返された。
 煉獄竜は自分の攻撃をまともに浴びることになって……

「これで……終わりじゃあああああっ!!!」

 そして、ホルンさんの渾身の一撃が煉獄竜の瞳を貫いた。
「っ……!!!?」

 ビクンッと、煉獄竜の巨体が震えた。

「……」

 しばらくの沈黙。
 僕もソフィアも。
 ホルンさんもリコリスも、油断なく構えたまま、煉獄竜の様子を見る。

 そして……

 ドォンッ……!

 煉獄竜は地に沈んだ。

「……」

 傷だらけの体はピクリとも動かない。
 呼吸もしておらず、完全な沈黙を保っていた。

 煉獄竜の討伐は……完了した。

「や……」
「やったあああああーーーーっ!!!」

 僕とソフィアは抱き合って喜んだ。
 そのまま、ぴょんぴょんとジャンプをして、さらに喜ぶ。

 ただ、そんな僕達以上に喜んでいる人がいた。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、煉獄竜の前で剣を掲げてみせた。

 討伐完了の証。
 それを誰に見せているのか?

 掲げた剣は天に向けられている。
 つまり……そういうことなのだろう。

 ホルンさんは、友達との最後の約束を果たすことができたのだ。

「いやー、すごいね」

 パチパチパチ、と拍手が響いた。

 慌てて振り返ると、レナの姿が。
 いったい、今までどこに潜んでいたのやら、まるで気配を感じなかった。

「いざとなったらボクも加勢するつもりだったんだけど、まさか、三人だけで倒しちゃうなんて。あ、小さな援軍もあったから、四人かな?」
「……なにをしに来たの?」

 僕は剣を構えた。
 ソフィアも、続いてエクスカリバーを構える。

 レナと面識のないホルンさんは、やや戸惑っている様子ではあったけど……
 僕達の様子を見て敵と判断したらしく、リコリスを背にかばい、刃の先を変える。

「んー、称賛? あ、心配しないで。こうなった以上、横からかっさらう、なんてことは考えてないから」
「信じられませんね」
「ホントホント。その煉獄竜は、好きにしていいよ。素材にするなり、そのまま埋葬するなり、お好きに」
「……」
「でも、フェイトのことは諦めていないけどね♪」
「ぶった斬ります!」
「お、落ち着いて」

 ソフィアが突撃しそうだったので、慌てて制止した。

「なにもする気がないなら、どうして僕達の前に?」
「だから、称賛だって。剣聖ならともかく、フェイトと見知らぬおっちゃんが煉獄竜を倒しちゃうなんて、思ってもいなかったからさー。すごいなー、って感心したの。だから、称賛したいと思って出てきたの。それだけ」
「……」

 嘘は言っていないように見えた。
 それに、レナの性格を考えると、そういうことをしてもおかしくない。

 って……

 なんだかんだで、レナともそこそこの付き合いになるんだよな。
 彼女の性格、行動が少しは読めるようになってきた。
 それを喜ぶべきなのか、どうなのか……悩ましい。

「それだけの力があるなら、資格はあるかもね」
「資格?」
「今、ふと思ったことなんだけどねー……フェイト。それにソフィアも。ボク達『黎明の同盟』の仲間にならない?」
「「なっ!?」」

 思わぬ誘いに、ソフィアと同時に驚きの声をあげてしまう。

 僕達がレナの仲間に……?
 そんなこと考えたこともなかった。

「ま、思いついただけだから、本格的な勧誘は後にしておくよ。頭の片隅にでもいいから、置いておいてくれるとうれしいな」
「そのようなふざけた誘い、考えるまでもありません」
「そうかな? ボク達の目的を知れば、きっと賛同してくれると思うよ。まあ……その辺りは、今度話すよ。ボクは、この辺で帰るね」

 レナはそう言うと、ちらりとホルンさんを見る。

「……さすがに、これ以上ドヤ顔して話をして、空気を壊すほどバカじゃないからねー」

 ばいばい、と手を振り、レナは姿を消した。
 たぶん、転移の魔道具を使ったのだろう。

「ふむ……今の少女は何者じゃ? 只者ではないようじゃったが……」
「色々とありまして」

 一言で説明することはできない。

 それよりも……

「撤退したのは本当だと思うから、今は、やるべきことをやりましょう」
「……そうじゃな。ありがとう」

 やるべきこと。
 それは、ホルンさんがノノカから受けた依頼を完遂することだ。

 ホルンさんがノノカから請けた依頼の内容は、煉獄竜をなんとかしてほしい、というものだ。
 なんとかしてほしいは、被害を出さないだけじゃない。
 素材を悪用されるなどして、二次被害を出さないことも含まれているのだろう。

 そう判断したホルンさんは、荷物から大量の油を取り出した。
 それを煉獄竜の死体にかけて、火をつける。

 たちまち全身が燃えて、ブスブスと焼け焦げた匂いと煙が充満する。

 僕達は洞窟の外に出て、しばらく様子を見る。
 そして、全部燃えただろうと、十分な時間をとってから……

「ノノカ嬢……遅くなったが、これで約束を果たすことができたぞ」

 ホルンさんは、あらかじめしかけておいた爆薬を起動させた。

 複数の爆音。
 そして、轟音と共に大量の土砂が崩落して、洞窟が埋まる。

 途方もない重さの大量の土砂だ。
 煉獄竜がゾンビになって復活することもないだろうし、その素材を悪用することもできない。

 これで、完全に終わりだ。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、空を見上げた。

 なにを考えているのか、それはわからない。
 でも……
 その頬を、一筋の涙が伝った。