あれから一週間が経った。
たくさん体を動かして、しっかりと休憩をして、再び体を動かす。
その繰り返し。
身体能力の高いアイシャでも、最初はとても疲れた様子だったけど……
トレーニングを繰り返すうちに慣れてきたのか、最近はわりと余裕を見せていた。
激しい運動に体が慣れてきた証拠だろう。
この様子なら、あと数日もすれば剣の修理を始められるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、今日もトレーニングに励んだ。
――――――――――
「すみません。この前依頼を出した、フェイトっていいますけど……」
「はい、フェイト・スティア―トさんですね? 依頼の方、完了しています。こちら、特注の研磨剤と錬精水。それと、黒鉄鉱です」
「ありがとうございます」
依頼料を払い、頼んでいた物を受け取る。
どれも剣の修理に必要な材料だ。
いくらか入手難易度が高い素材があったため、ギルドに依頼を出しておいたのだ。
安くない依頼料だけど、雪水晶の剣を修理するためなら惜しくない。
「あれ?」
家に帰ろうとしたところで、ホルンさんの姿を見つけた。
そういえば、剣の修理に夢中になるあまり、あれから話をしていない。
「こんにちは」
「おぉ、フェイトか。久しぶりじゃな」
「すみません。剣の修理の準備で、色々と忙しくて……」
「なに、謝る必要はないぞ。雪水晶の剣が元通りになることは、儂も願うところ。むしろ、手伝えなくてすまんな」
「いえ、そんな! ホルンさんが謝ることじゃ……」
「……儂には、どうしてもやらなくてはいけないことがあってな」
そう言うホルンさんは、とても険しい表情をしていた。
普段の穏やかな雰囲気はどこへやら。
抜き身の刃のように鋭く、触れることをためらわせる。
でも、同時に思いつめているような感じもして……
放っておいたらいけない。
そんなことを強く思い、不躾なことだと自覚しつつも口を開く。
「その、やらないといけないこと、っていうのは……聞いてもいいですか?」
「……面白い話ではないぞ?」
「それでも、お願いします」
「……」
「……」
視線と視線が真正面からぶつかる。
すごい圧で、ともすれば目を逸らしてしまいそうになる。
それでも我慢して……
「ふぅ」
やがて、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
それと同時にプレッシャーも消える。
「こう言ってはなんじゃが、フェイトは意外と気が強いのじゃな」
「そんなこと、初めて言われました……」
「まあ、そうでなければあの剣聖と一緒にいることなどできぬか……いいじゃろう。明るい話ではないが、質問に答えよう」
「ありがとうございます。それと、ごめんなさい」
話をしてくれるお礼と。
ズカズカと心に踏み込んだ謝罪をした。
ホルンさんは小さく笑い、軽く手を振る。
「よい。儂は気にしておらん。それよりも、儂の目的じゃが……」
「は、はい」
「……ノノカに託された依頼を果たすことじゃ」
「託された依頼……ですか」
「うむ。儂とノノカの最後の冒険はこの近くでな……そこで、ヤツに出会ったのじゃ」
当時を思い返しているらしく、ホルンさんはギリッと奥歯を噛む。
「……当時、儂とノノカはとある素材の採取という依頼を請けていた。遠出をしなければいけなかったが、それほど難しいものではなくて、問題なく終わると思っていたが……しかし、ヤツに……煉獄竜に出会ったのじゃ」
「なっ……!?」
思わぬ単語が飛び出してきたことに、僕は驚き、言葉を失ってしまう。
煉獄竜。
Sランクに指定されている魔物だ。
その能力は圧倒的の一言に尽きる。
相対した者はほとんど生き残っていないため、詳細な記憶はないのだけど……
噂によると、一匹で国を一つ、滅ぼすことが可能だとか。
その噂が決して誇張されたものではなくて、むしろ過小評価されているとか。
……そんな話を聞く。
「すみません。こんなこと聞くのはなんですけど、それは本当に煉獄竜なんですか……?」
「うむ、間違いない。儂も自分の目を疑ったが……あれは間違いなく煉獄竜じゃったな。力もその名にふさわしいものじゃった」
「そう、ですか……」
まさか、そんなとんでもない魔物に遭遇したなんて。
「ヤツのせいで依頼は失敗。そればかりではなくて、多くの森が焼けて、草花も炭になってしまった。そのことを、ノノカは大層悲しんでおったよ」
「……」
「そして、儂に頼んだ。いつか、あいつをやっつけて、とな」
「……」
その気持ちはよくわかる。
放っておけばい、そのままになんてしておけない。
ノノカはもういないのだけど……
だからこそ、彼女の最後の願いを叶えてあげたいと思うのだろう。
「……あれ?」
ふと、気がついた。
「今度こそ依頼を果たす、っていうことは……もしかして、この近くに煉獄竜が?」
「……うむ」
ホルンさんは重々しく頷くのだった。
とんでもない話だった。
天災と同レベルの魔物がスノウレイクの近くにいるなんて……
もしも街が襲われたら、とんでもない被害が出るだろう。
場合によっては壊滅してしまうかもしれない。
「って、あれ?」
続けて、気がついた。
「ホルンさんが煉獄竜と出会ったのって、だいぶ前のことなんですよね?」
「そうじゃな。かれこれ、数十年前になるじゃろうか」
「数十年前?」
少し疑問に思う。
それだけ昔からいて、スノウレイクに被害が出ないなんてこと、ありえるのだろうか?
そんな僕の疑問を察した様子で、ホルンさんが言う。
「ノノカのおかげじゃ」
「ノノカの?」
「一矢報いたというか……最後に、彼女が煉獄竜を封印してくれてな。ヤツは今、とあるダンジョンの奥で眠っている」
「そうだったんですね」
煉獄竜を封印してしまうなんて、すごい。
すごいなんて言葉一つで表現できないくらい、本当にすごい。
さすが、リコリスの友達というべきか。
ノノカも色々と規格外だったのだろう。
「儂は、友の願いを叶えるにスノウレイクにやってきたのじゃ。今までの依頼は、そのための準備という感じじゃな」
「そうだったんですね……って」
煉獄竜と戦うということは、その封印を解くわけで……
もしも討伐できなかったら、そのまま煉獄竜が解き放たれることになる。
その場合、スノウレイクが狙われる?
「大丈夫じゃよ」
僕の懸念を察したらしく、ホルンさんが柔らかい口調で言う。
「ヤツはとあるダンジョンの最深部に封印されておってな。眠らせたりするのではなくて、巨大な檻を作り、閉じ込めている感じじゃ。ヤツはその巨体故に抜け出すことはできないが、儂ら人間は自由に出入りが可能じゃ」
「なるほど」
それなら、もしも討伐に失敗しても煉獄竜が解放されることはない。
一安心して……
でも、いやいや違うだろう、と慌てる。
「む、無茶ですよ!」
「なにがじゃ?」
「あの煉獄竜と戦うなんて、絶対に無茶です! 返り討ちに遭うかも……」
「そうじゃな」
ホルンさんは全て理解している様子だった。
自分の剣では、煉獄竜に届かないこと。
そして、絶対的な死が待ち受けていること。
それでも、穏やかな様子は崩れない。
「なら、どうして……」
「男にはやらねばならん時がある」
「……あ……」
「フェイトも男なら、儂の気持ちがわかるじゃろう?」
「……」
なにも言い返せない。
つまらない意地なのかもしれない。
男なんて、と笑われるのかもしれない。
でも……
ホルンさんが言うように、男には、確かにやらねければいけない時があるんだ。
「それに……儂も、もうこの歳じゃ。冒険者を続けているものの、いつ体が自由に動かなくなるかわからぬ。なればこそ、今のうちに仇を取りたい。悔いのない人生を生きたいのじゃ」
「それは……」
そう言われると、もう反対できなかった。
ホルンさんにとって、それだけノノカは大事なパートナーだったんだろう。
その仇を討つ。
当たり前の考えで、それを止める権利なんて僕にはない。
「最後にノノカの友達に出会うことができてよかった。いい思い出になったよ」
ホルンさんは死ぬつもりだ。
煉獄竜に一人で立ち向かうなんて、無謀極まりないけど……
刺し違える覚悟で挑めば、あるいは。
だけど……
「……僕にも手伝わせてくれませんか?」
気がつけば、そんな言葉が飛び出していた。
ホルンさんは目を丸くして驚く。
「……気持ちだけありがたく受け取っておこう」
「ダメですか?」
「これは儂の戦いじゃ。無関係のフェイトを巻き込むわけにはいかん」
「無関係なんかじゃありません」
「む?」
「僕はリコリスの友達……というか、家族みたいなものだと思っています。そして、ノノカはリコリスの友達。関係あります」
「それは……」
「それに、封印がずっと続くわけじゃないですよね? もしかしたら、なにかの弾みで解けてしまうかもしれない。なら、煉獄竜の討伐は、スノウレイクにとってとても大事なことです。故郷を守るための戦いでもあります」
「むう……」
思いつくまま言葉を並べて、ホルンさんの退路を塞いでいく。
咄嗟に出てきた言葉だけど、わりと説得力があったみたいで、ホルンさんは苦い表情に。
「それに……」
「それに?」
「僕は逃げたくありません」
ここで、ホルンさんに全部任せて、なにもなかったことになんかできない。
そんなことは絶対にダメだ。
男として、一人の人間として。
剣を取り、戦わないといけない場面だって、断言できる。
「……ふぅ」
ややあって、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
そして、手をこちらに差し出してくる。
「よろしく頼む」
「あ……はいっ!」
僕は、しっかりとホルンさんの手を握り返した。
「……と、いうことになったんだけど……」
宿へ戻り、ソフィアに事情を説明した。
「……」
「……」
ソフィアはジト目だった。
リコリスもジト目だった。
「?」
アイシャはよくわかっていないらしく、小首をコテンと傾げている。
そんなアイシャの足元で、スノウが楽しそうにじゃれついていた。
「……フェイト」
「は、はい!?」
ソフィアが妙に怖い。
ついつい背筋をピンと正してしまう。
ソフィアは変わらずに僕へジト目を送り……
ややあって、はぁとため息をこぼす。
「そういう大事なことは一人で決めないで、私達に相談してほしかったのですが……まあ、仕方ないですね。そういう話を聞いて、すぐに動いてしまうくらい、フェイトは優しいのですから」
「えっと……?」
「ま、次からはちゃんと考えなさいよ」
よかった。
二人は怒っていたわけじゃなくて、呆れていただけらしい。
……あれ?
それはそれでダメなのかも?
「話は理解しました。煉獄竜なんてものがいるのなら、放っておくわけにはいきません。フェイトが言っていたように、なにかしらの弾みで封印が解けたら、とんでもないことになりますからね。今のうちに倒しておくべきです」
「それに、そいつがノノカの冒険を台無しにしてくれたんでしょ? なら、野放しになんてしておけないわね。ふざけたことをしてくれた礼、たっぷりしないと」
リコリスの目は怒りに燃えていた。
親友の仇を取ることができる。
その想いが一気に膨れ上がっている様子だった。
「よかった」
一人で決めてしまったことはよくないことだった。
でも、二人は協力を約束してくれた。
うん。
改めて二人に感謝を。
「でもさー」
いつもの調子に戻り、リコリスが言う。
「フェイトはどうやって戦うの? 今、剣がないじゃん」
「……あ」
しまった。
雪水晶の剣は、まだ修理前だった。
「出発は決まっているのですか?」
「ホルンさんは明後日、って言っていたけど……」
絶対に間に合わない。
「そうなると、日をずらしてもらうか、代わりの剣を用意するしかありませんね」
「日をずらすのは難しいかも……」
煉獄竜は月の満ち欠けで力が変わると言われている。
新月になると力を失い、満月になると100パーセントの力を発揮することができる。
そして、明後日が新月だ。
その日を逃しても、一ヶ月待てば再び新月はやってくるけど……
死も覚悟したホルンさんに、僕の都合で一ヶ月も待ってくれなんて、とてもじゃないけど言えない。
「仕方ありませんね。私の予備の剣を貸して……」
「いいや、それには及ばねえ!」
「父さん!?」
いつからいたのか、父さんが部屋に入ってきた。
「友のために命を賭ける……くううう、泣かせる話じゃねえか!」
「話を聞いていたの?」
「悪いな。そんなつもりはなかったんだが、話が聞こえてきて、つい」
父さん……僕らだからいいものの、他の人にそれをやらないでね?
デリカシーが皆無で、下手したら訴えられるからね?
「そういうことなら、明後日までに剣の修理をしてやるよ」
「え? できるの?」
「ああ、問題はねえさ。今夜、準備をして、明日作業をする。そして、明後日の朝に仕上げをする。問題はねえ!」
父さんは嘘を吐かない。
そんな父さんが言うのなら、本当に可能なんだろうけど……
「リコリスとアイシャは平気なの?」
問題は、父さん一人で全ての作業ができるわけじゃない、というところだ。
リコリスとアイシャの協力が必須だけど、二人は……?
「ノノカの仇討ちのためなら、あたしだって、できることはなんでもやるわ」
「わたし……がんばる」
二人はやる気たっぷりだった。
「フェイト」
「なに、父さん?」
「ただ修理するだけじゃなくて、前以上の最高の剣にしてやる。だから、お前はお前にしかできないことをやれ」
「……うん!」
父さんの息子でよかった。
この時、僕は心底そう思った。
「あーうー?」
「はーい、よしよし」
「きゃっきゃっ」
スティアート家のリビングで、ソフィアは末っ子のルーテシアを抱いていた。
慣れたもので、しっかりとルーテシアを抱いている。
心地いいらしく、ルーテシアは笑顔で、小さな手をソフィアに伸ばしていた。
「あらあら。ルーテシアちゃんは、ソフィアさんのことを好きになったみたいね」
「ふふ、そうだとうれしいです」
リビングにいるのはソフィアとアミラとルーテシアの三人だけだ。
他のメンバーは、剣の修理の準備を進めている。
ソフィアも手伝ってもよかったのだけど……
それよりも、幼い子を抱えつつ、一人で家事をするアミラのことが気になり、ルーテシアの面倒を見ることにしたのだった。
食器を洗い終えたアミラは手を拭きつつ、ソフィアの隣へ。
「ありがとう、ソフィアさんのおかげで助かったわ」
「お役に立てたのならなによりです」
にっこりと笑うソフィア。
ただ、その笑顔の下は、実は緊張でいっぱいだった。
スノウレイクにやってきて、しばらくの時間が経っているが……
フェイトを抜きにしてエッジやアミラと話をしたことはない。
いつもフェイトが一緒にいた。
だから特に緊張することもなく、自然体で接することができた。
しかし、今は二人だけ。
失礼をしてしまわないか?
嫌われてしまわないだろうか?
ソフィアの心境は、息子さんを婿にください! と挨拶をする者のそれで……
とてもとても緊張していた。
「あうー」
そんなソフィアの心をほぐすかのように、ルーテシアが触れてきた。
小さい指はとても温かく、自然と笑顔になる。
「ふふ、かわいいですね」
「ソフィアさんは、赤ちゃんの予定は?」
「え」
「フェイトと子供を作らないのかしら?」
「……えぇ!?」
ぼんっ、とソフィアの顔が耳まで赤くなる。
それから、大きな声を出してしまったことで、はっとした顔になり、慌ててルーテシアを見る。
ルーテシアは特に驚いてなくて、機嫌良さそうに笑っていた。
「ほ……」
「どうしたの、そんなに驚いて」
「お、驚きます。突然、そのようなことを言われるなんて」
「あら。でも、二人は付き合っているのでしょう?」
「……はい」
「結婚する予定なのでしょう?」
「……は、はい」
「なら、問題ないじゃない」
そういうものだろうか?
剣を極めたソフィアではあるが、こと恋愛に関してはド素人だ。
アミラの言うことが本当に正しいかどうかわからず、なんともいえない表情をしてしまう。
「子供を作るにはえっちをしないといけないけど、別にそれは恥ずかしがることじゃないのよ?」
「そ、そういうものですか……?」
「そういうもの。大事な人との子供を作るっていう、とても大事なことだし……そういうのを抜きにしても、好きな人の温もりをものすごく感じることができるの。それ、とても大事なことだと思わない?」
「そう……ですね」
ソフィアは、自分がフェイトとそういうことをしているところを想像した。
再び顔が赤くなった。
理屈ではわかっていても、まだまだ感情が追いつかない。
そんなソフィアを見たアミラは、孫の顔を見るのはまだ先みたい、と密かに思うのだった。
「それはそうと……ソフィアさん、ありがとう」
「え?」
突然のお礼の言葉に、ソフィアはキョトンとした。
「えっと……なんのことですか?」
「ソフィアさんがフェイトを助けてくれたのよね?」
「……知っていたんですか?」
「ううん、詳細はなにも知らないわ。ただ、フェイトが大変なことになっているのは、なんとなく想像できたから。定期的に届く手紙が届かなくなって、風の噂であの冒険者達がひどい人って知って……でも、私達はなにもできなかった。助けたいと思っても、そうするだけの力がなかった」
そう語るアミラはとても悔しそうだ。
一人の母として、子を守れないことを心底後悔しているのだろう。
「でも、ある日、手紙がまた届くようになったの。そこには、ソフィアさんのことが書かれていて……うん。手紙を見るだけでわかったわ。あの子はソフィアさんに助けられて、そして、充実した日々を送っているんだ、って」
アミラはそっと頭を下げる。
「だから、ありがとうございました」
「そ、そんなっ」
ソフィアが慌てる。
「私は、そんな大したことはしていません。フェイトを助けたというか、そんなことはなくて……フェイトは自分であの状況をなんとかしたのです。私は、少し背中を支えたくらいですから」
「それでも、ソフィアさんがいなかったら、どうなっていたかわからないわ。だから、やっぱりお礼を言わせてちょうだい」
「えっと……」
どうしよう? という感じで、ソフィアは視線をさまよわせて……
ややあって、アミラを見た。
その顔は凛々しく、そして、優しくもある。
「どういたしまして」
それだけで終わらなくて、
「それと、ありがとうございます」
「ソフィアさん?」
「私も、フェイトに何度も助けられてきて……だから、ありがとうございます。アミラさんに言うのはおかしいかもしれませんが、でも、今はそうしたい気分で……ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
ソフィアとアミラは互いに笑う。
そんな二人の優しい雰囲気にあてられたのか、ルーテシアはすぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。
「よし」
一階の工房に父さんの姿があった。
仕事着に着替えて、気合を入れるはちまきを頭に巻いている。
その後ろにリコリスとアイシャが。
二人の姿はいつも通りだけど、表情が違う。
まっすぐに前を向いていて、絶対に剣を修理するという、強い決意が感じられた。
「それじゃあ作業を始めるぞ。俺が剣を打つから、妖精の嬢ちゃんは、指示したタイミングで魔力を注ぎ込んでくれ」
「任せなさい!」
「アイシャちゃんは、妖精の嬢ちゃんの魔力がなくなってきたら補給してくれ」
「がんばる」
三人はやる気たっぷりだ。
でも、気合が入りすぎているということはなくて……
ほどよい感じに緊張して、ほどよい感じに息を抜いている。
うん。
これなら、きっとうまくいくだろう。
僕は雪水晶の剣の復活を確信するのだけど……
事態は思わぬ方向に転がっていく。
――――――――――
「……時間がない?」
剣の修理が始まって数時間したところで、ホルンさんが尋ねてきた。
僕とソフィアで対応をして……
そして、煉獄竜の目覚めが近いと告げられた。
「封印の状態を観測する魔道具を置いていたのじゃが……それによると、封印はあと半日で解けてしまうじゃろう」
「そんな……!?」
「どういうことですか? 封印は頑強なもので、まだまだ問題はないという話だったと思いますが」
「そう、問題はなかったはずなのじゃが……しかし、何度も確認したから間違いない。このままだと、半日ほどで封印が解けてしまうじゃろう」
いったい、どうしてそんなことに……?
なにが起きているのか。
色々と考えてみて……
「「……もしかして」」
ソフィアとピタリと声が重なる。
本来ならありえないことを引き起こしてしまう。
そんなことができる連中に心当たりがある。
「『黎明の同盟』……かな?」
「可能性はあると思います。また、あの泥棒猫でしょうか……?」
今回、彼らの影はなかったはずなのだけど……
でも、不思議とこの悪い予感は間違っていないと思えた。
またレナがなにかやらかしているのだろうか?
そう思えてならない。
「そういうわけじゃから、儂はすぐに出発しようと思う。お主らはどうする?」
「それは……」
雪水晶の剣の修理は終わっていない。
終わるのを待っていたら、先に煉獄竜が復活してしまうだろう。
それなら……
「僕も行きます」
「フェイト!? ですが、剣は……」
「ソフィア、代わりの剣を貸してくれないかな?」
「……わかりました。確かに、こうなった以上、のんびりと修理を待っているわけにはいきませんね」
できることなら、雪水晶の剣で戦いたい気持ちがあった。
人と妖精の絆の証。
その剣で戦えば、色々な想いを乗せることができるだろう、って。
でも、この状況で無理は言えない。
被害を出さないことが最優先で……
今は煉獄竜の討伐だけを考えよう。
「では、すぐに準備をしてくれ。儂は街の入口で待っておるぞ」
「わかりました」
ホルンさんを見送り……
それから、僕とソフィアは互いの顔を見る。
「やることはたくさん」
「すぐに済ませてしまいましょう」
互いに小さく笑みを浮かべるのだった。
父さん達に事情を説明して……
準備を整えて……
それから、僕とソフィアは家を出た。
「うん、準備はバッチリだね」
動きを邪魔しない程度に防寒着を着込み、その下に軽鎧を。
軽鎧ではあるものの、鍛冶の神様と呼ばれている父さんが作ったものだ。
とても頑丈で、魔法に対する耐性もある。
そして、腰にはソフィアに貸してもらった剣。
銘はないものの、とある匠によって打たれた剣らしい。
切れ味だけじゃなくて、耐久力も抜群。
僕にピッタリの剣だ。
その後、街の入り口でホルンさんと合流した。
「待っておったぞ」
ホルンさんは重装備だった。
防寒着が膨れ上がるほどの防具を着込み……
さらに、背中に大きな荷物袋を抱えている。
「すごい装備ですね……」
「大丈夫なのですか?」
「うむ、問題ないぞ。若干、機動性は落ちるが、全て必要なものじゃ。ポーションや爆弾など、色々と詰め込んでいてな。戦いの最中にどんどん消費していくだろうから、すぐに身軽になるじゃろう」
「なるほど」
逆に言うと、それだけの準備をしないといけない相手……か。
伝説と言われている煉獄竜。
その強さは、いったいどれほどのものなのか?
倒すことができるのか?
ちょっと不安になってしまうのだけど……
「フェイト」
「……あ……」
そっと、ソフィアに手を握られた。
手袋越しだけど、彼女の温もりが伝わってくる。
「大丈夫ですよ」
「……うん、そうだね」
弱気は消えた。
勇気も湧いてきた。
うん。
やっぱり、ソフィアと一緒ならなんでもできるような気がした。
「やれやれ、老人の前で見せつけてくれるわい」
ホルンさんがからかうように言って、僕とソフィアは顔を熱くするのだった。
決戦の前にこんな調子でいいのかな? なんて思わなくもないけど……
でも、いい感じに緊張がほぐれたと思う。
さあ、行こう。
いざ決戦の地へ。
――――――――――
今日はあいにくの天気で吹雪いていた。
視界が塞がるほどひどくはないけれど、移動に時間がかかり、体力が奪われてしまう。
それでも焦らないでしっかりと足を進めて……
悪天候の中ではわりと早く、目的地に到着することができた。
「ここに煉獄竜が……」
雪に埋まってしまうほど小さな洞窟だ。
しかし、それは入り口だけ。
奥に進めば進むほど広くなっていく。
いくら歩いても終着点が見えてこない。
「すごい洞窟ですね」
「最初はとても狭かったのに、今はこんなにも広く……大きな城が入ってしまうほどです」
「天然の牢獄といったところじゃな。ノノカの力も借りて、ここにやつを封印したのじゃ」
そう語るホルンさんは、どこか寂しそうな声をしていた。
当時を思い出しているのだろう。
「……そろそろつくぞ」
ホルンさんの言葉通り、さらに十分ほど歩いたところで最深部に到着した。
そして、僕達は思わず言葉を失うことになる。
「これが……」
「煉獄竜……」
巨大な氷塊の中で、同じく巨大な竜が眠っていた。
竜は自分を抱きかかえるようにして、氷の中で眠っていた。
その氷は地面から生えていて、天井にまで届くほどに巨大だ。
これが封印なのだろう。
ただ、ホルンさんが言っていたように、封印が解けようとしていた。
軽く触れてみると、溶け始めている。
どれくらいかかるのか、それはハッキリとは言えないけど……
そのうち氷が溶けて、煉獄竜は解放されてしまうだろう。
「これは……す、すごいね」
想像していたものの倍くらい大きい。
迫力も満点だ。
こんな相手に勝てるのだろうか? と不安になってしまうのだけど……
でも、右を見ればソフィアがいる。
反対側にはホルンさんがいる。
うん、大丈夫だ。
僕は一人じゃない。
頼もしい恋人と先輩がいる。
なら、きっとなんでもできるはずだ。
「フェイト、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「なら良かったです」
彼女の笑顔がたくさんの勇気と元気を与えてくれた。
「では、封印を解くぞ」
「はい」
ホルンさんが氷漬けの煉獄竜に近づいて……
「ホルンさん、待ってください!」
それに気づいて、慌ててストップをかけた。
巧妙に隠しているけど、覚えのある気配が。
それと、よくよく見てみると、奥に人影が。
「そこにいるんだよね?」
「……」
「もう気づいているから、黙っていても無駄だよ」
「……ちぇ」
姿を見せたのは……
「うまく隠れたつもりだったんだけどなー。なんでわかったの? あ、これって愛の力?」
レナだった。
「むっ」
色々な意味でライバルのレナを発見したソフィアは、反射的にという様子で僕を抱き寄せた。
ぎゅっとされてしまう。
い、色々と当たっているのだけど……
でも、ソフィアは僕を離してくれない。
「むかっ。なに、それ。ボクを挑発しているの?」
「いいえ、そのようなことはありません。私とフェイトは相思相愛ですからね。あなたなんて道端の石のようなもので、相手にされることもありませんし」
「ぐぎぎぎ!」
「むむむ!」
二人がにらみ合い、バチバチと火花が散る。
「えっと……ソフィア? 今はこんなことをしている場合じゃ……なんでレナがこんなところにいるのか、それを問い詰めないと」
「はっ!? そ、そうですね……」
「でも、大体の予想はついているけど」
煉獄竜の封印が解け始めた。
そして、黎明の同盟であるレナが封印の地にいる。
この二つを偶然と考えるほど抜けているつもりはない。
「レナが煉獄竜の封印を解こうとしていたんだね?」
「正解♪」
「やけにあっさり認めるんだね」
「まあ、状況証拠が揃いまくりだからね。ここまできて否定しても、白々しすぎるでしょ? ならまあ、愛するフェイトのために素直に答えてあげようかな、って」
「フェイトを愛しているのは私です!」
そこ、対抗しないで。
「どうしてこんなことを……」
「あ、勘違いしないでね? 近くの街を滅ぼしてやろうとか、そういう物騒なことは考えてないから」
「どうでしょうか。あなたの性根はねじ曲がっていますからね。ちょっとしたいたずらで街を滅ぼそうとしても、おかしくないと思いますが」
「やだなー、さすにそんなことはしないって。ただ単に……って、素直に目的を話すところだった。面倒だから、隠したままにしておこうっと」
てへ、と笑うと、レナは洞窟の奥へ移動する。
「待ちなさい!」
「やだよー」
待てと言われて待つ者はいない。
そんなことを言うかのように、レナは奥へ消える。
「ま、今回は素直に退いておくよ。ばいばいーい」
そして、気配が完全に消えた。
レナの性格上、隠れて様子を見る、っていうことはなさそう。
たぶん、本当に立ち去ったのだろう。
「くううう……あの泥棒猫は!」
「お、落ち着いて、ソフィア。ここにレナがいたことは驚いたけど、でも、僕達がやるべきことは別のことだよ」
「……そうですね」
「ふむ? なにやら因縁のある相手じゃったが、よいのか?」
成り行きを見守っていたホルンさんが、そう尋ねてきた。
それに対してしっかりと頷いてみせる。
「大丈夫です。今の目的は煉獄竜を倒すことで、彼女を追うことじゃないですから」
「ならよいが……他に気を取られていると、それが致命傷になるかもしれぬぞ?」
「気をつけます」
レナのことは今は忘れよう。
煉獄竜の討伐だけを考える。
ソフィアも気持ちを切り替えたらしく、凛とした表情に。
そうやって僕らの覚悟が決まったのを感じたらしく、ホルンさんは表情を引き締めた。
「では……いくぞ」
ホルンさんはポケットから手の平サイズの宝石を取り出した。
ぐっと握りしめて……
そのまま砕く。
キィンッ! という甲高い音が響いた。
「……」
反射的に身構えるけど、なにも起きない。
不発?
怪訝思いつつ、さらに様子を見ると……
「……あっ」
煉獄竜を包み込む氷が溶け始めていた。
時間を加速しているかのように、異様な速度で氷が溶けていく。
ほどなくして、ピシリと氷にヒビが入る。
それは全体に広がり、砕ける寸前のガラスような姿へ。
「二人共、来るぞ」
ホルンさんが剣を構えた。
それにならい、僕とソフィアも剣を抜く。
そして……
ギィンッ!!!
耳をつんざくような音と共に、氷が一気に砕け散る。
「オオオオオオォッ!!!!!」
産声のように、煉獄竜が雄叫びを響かせた。
ビリビリと空気が震えて、耳がどうにかなってしまいそうだ。
「グルルルゥ……」
最強の竜が君臨する。
封印から解放されたことに喜びを覚えているのだろう。
牙の並ぶ歯を見せつけるようにして笑っている。
封印されたことに怒りを覚えているのだろう。
瞳を光らせて、ホルンさんを睨みつけている。
「これ、は……」
想像以上の化け物だ。
巨大な壁が立っているかのような圧迫感。
死が直面したかのような危機感。
自然と呼吸が乱れ、頭が真っ白になってしまいそうになる。
でも。
「んっ」
唇を噛んで、その痛みで我を取り戻す。
ヤツの迫力に飲まれたらダメだ。
ここで煉獄竜を倒す。
スノウレイクを守り……
そして、リコリスの友達の仇を討つ。
ホルンさんの手伝いをする。
改めてやるべきことを思い返したら、勇気と力が湧いてきた。
「いくぞ!」
「「はいっ!!」」
まず最初に、ホルンさんが突撃した。
この決戦のために用意された剣は、とても大きくて長い。
まるで鉄塊だ。
そんな剣を己の手足のように扱い、ホルンさんは、鉄塊を煉獄竜の頭に叩きつけた。
「グァッ!?」
煉獄竜が怯み……
その間にソフィアが突撃する。
「神王竜剣術、壱之太刀……破山っ!!!」
最初から全力全開。
聖剣エクスカリバーによって生み出された一撃は、怯む煉獄竜の体を切り裂いた。
「神王竜剣術、弐之太刀・疾風っ!!!」
ソフィアが作った傷に、さらに攻撃を叩き込む。
頑丈な竜の鱗を切り裂くような力は僕はない。
でも、あらかじめ傷ができているのなら、追加のダメージを与えることはできる。
「ギアアアアアァッ!!!」
煉獄竜の悲鳴。
巨体が仰け反る。
いける!
そう思ったのだけど……
でも、そうそう簡単にはいかないらしい。
「ガァアアアアアッ!!!」
煉獄竜は怒りに瞳を燃やしつつ、ブレスを放ってきた。
直撃したら骨も残らない。
かすっただけでも致命傷だろう。
追撃は諦めて、全力で回避。
思い切り横に跳ぶ。
「あつつ!?」
だいぶ距離をとったはずなのに、熱湯を浴びせられたかのように全身が熱い。
なんて威力だ。
これじゃあ迂闊に近づくことが……
「むぅんっ!」
「ホルンさん!?」
ブレス? それがどうした。
そんな感じで、ホルンさんが再び突撃した。
「ぬぅおおおおおっ!!!」
ブレスを恐れることなく、ホルンさんが前に出た。
そんなホルンさんに目標を変更して、煉獄竜が再びブレスを放つ。
極大の炎。
目を灼くかのような強烈な閃光。
それでも……
「おおおおおぉっ!!!」
ホルンさんは止まらない。
直撃は避けた。
しかし、わずかながらかすってしまっている。
ホルンさんが身につけている鎧がみるみるうちに焦げて、一部は溶け始めていた。
そんな力にさらされているホルンさんは、相当な激痛を受けているだろう。
それでも足を止めず、煉獄竜の懐に潜り込む。
「むぅんっ!!!」
ホルンさんは、背中に背負っていた大剣を手に取り、そのまま振り抜いた。
己の身長ほどもある巨大な剣だ。
その威力は破格だ。
強靭な鱗を斬ることは敵わないが、叩き潰すことには成功した。
「これでも……くらぇえええええいっ!!!」
ホルンさんは、再び大剣を叩き込む。
剣としてではなくて、棍棒のように扱い、刃の腹で潰れた鱗を叩いた。
ギィンッ! という音と、煉獄竜の悲鳴が重なる。
さらに……
ゴガァッ!!!
あらかじめ刃に爆薬を仕込んでいたらしく、大剣が爆発した。
業火と衝撃。
そして、至近距離で撒き散らされる鉄片の嵐。
さすがの煉獄竜も、これにはたまらない様子で、身をよじり、苦しそうにしている。
効いている。
でも……
「ホルンさん、大丈夫ですか!?」
「う、む……なんのこれしき」
自爆技のようなものだ。
ホルンさんもそこそこのダメージを負ってしまい、あちらこちらから血が流れていた。
「早く手当てを……」
「そんなヒマはない」
「で、でも……」
「今が攻め時じゃ。わかるな?」
「……わかりました」
ホルンさんの目を見て、説得は不可能と諦めた。
ホルンさんは殉教者のような目をしていた。
刺し違えてでも煉獄竜を倒そうと、覚悟を決めているのだろう。
そんなホルンさんの意思を曲げさせることはできない。
彼の生き方……今までの想いを全て否定するようなことになるからだ。
なら……
「援護します!」
ホルンさんが刺し違えることのないように、全力で援護をする。
僕にできることをする。
それだけだ。
「フェイト、一緒にいきますよ!」
「うん!」
最初に、ソフィアが前に出た。
文字通り、目にも留まらぬ動きで煉獄竜を翻弄する。
さすがの煉獄竜も、ソフィアの神速を追いきれないようだ。
ブレスも連発できるわけじゃなくて、温存している様子で、手足や尻尾を振り回している。
荒れ狂う嵐が意思を持ったかのようだ。
巨大な岩が簡単に砕け、地震が連続しているかのように大地が揺れる。
それでも、ソフィアは攻撃の手を緩めない。
むしろ、さらに加速させていく。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る……斬るっ!!!
一撃一撃のダメージは小さいけれど、着実に煉獄竜の体力を削っていった。
そして僕は……
「このっ!」
ソフィアより圧倒的に手数が少ないものの、攻撃を加えていく。
ソフィアによって傷つけられた場所に、再び斬撃を送り込む。
あるいは、オイルの詰まった革袋を足元に放り、煉黒竜の動きを阻害する。
悔しいけど、今の僕にできることは少ない。
圧倒的に力が足りていない。
でも、それで腐っても仕方ない。
僕は、僕にできることを。
全力で、ありとあらゆる手を使い、ソフィアとホルンさんのサポートをするだけだ。
「グァアアアアアッ!!!?」
度重なる攻撃に音を上げるように、煉獄竜は悲鳴を響かせる。
こころなしか動きが鈍ってきているように見えた。
よし。
この調子で攻撃を重ねていけば……
そう思ったことが油断だったのかもしれない。
「フェイトっ!?」
ソフィアの悲鳴。
気がつけば、煉獄竜の尻尾が目の前に迫っていた。