ホルンさんはとても強かった。
ソフィアほどの身体能力はない。
失礼な言い方だけど、剣の技術も彼女より下だろう。
でも、それを補って有り余る、戦闘経験があった。
例えば、オークと相対した時。
長年の経験から、オークが取る行動を簡単に予測することができる。
ホルンさんの攻撃だけが当たり、オークの攻撃が当たることはない。
まるで未来視のようだ。
多くの魔物の習性、行動パターンを把握しているため、戦闘を有利に進めることができる。
これは大きなアドバンテージだ。
それと、冒険者としての知識。
トラップの解除や、迷宮の出口を見つける方法。
サバイバル知識など、その他諸々。
僕も知らないようなことをたくさん知っていて、とても勉強になる。
これが熟練の冒険者なのか、と感動したほどだ。
「ホルンさんって、すごいですね!」
僕は声を弾ませて、そんなことを言う。
周囲の警戒を終えたホルンさんは、剣を鞘に戻しつつ、苦笑する。
「いやいや、儂なんて大したことないわい」
「でも、僕よりも色々なことを知ってて……僕、色々あって、それなりにものを知っていると思っていたんですけど、自惚れでした」
「なに、そう卑下することはないぞ。フェイトの知識は相当なものじゃ。儂がフェイトと同じくらいだった頃、なにも知らんかったからのう」
「でも……」
「そう落ち込むでない。なに。そこまで言うのなら、儂が持っている知識を伝授するぞ?」
「本当ですか!?」
「うむ。儂なんかの知識でよければ、ぜひ、吸収してくれい」
「はい、がんばります!」
「ふぉっふぉっふぉ、まさか、この歳で生徒ができるとはのう」
ホルンさんが楽しそうに笑う。
それを見て、僕も笑顔になった。
――――――――――
「ギャア!?」
ソフィアが魔物を斬り捨てた。
しかし、その視線は魔物を見ていない。
少し離れたところにいるフェイトとホルンに向けられていた。
「むう……」
二人を見るソフィアの目はジト目だ。
顔も不機嫌そうで、どことなく子供が拗ねているように見えた。
視線を二人に固定しつつ、周囲の魔物を斬り捨てていく。
全自動殺戮人形のようだ。
ここにアイシャがいたら、怯えてたいたかもしれない。
「むううう……」
「ちょっと、ソフィア」
どこか呆れた様子でリコリスがソフィアに声をかけた。
「なんですか?」
「よそ見してたら危ないわよ。あたし達が担当している方は、まだまだ魔物がいるんだから」
「この程度、なんともありませんよ」
なんてことを言いつつ、再びソフィアは剣を振る。
背後から奇襲をかけようとしていた魔物が、縦に一刀両断された。
その剣速は風のよう。
斬られた魔物も、しばらくの間、自分が死んだことに気づいていない様子だった。
「まあ、平気かもしれないけど……なによ。そんなにあの二人が気になるの?」
「べ、別に気になるなんていうことは……」
「めっちゃ気にしてるじゃない。うけるー」
ケラケラと笑うと、
「あら、こんなところにも魔物が?」
「あたしは妖精です!? かわいいかわいい美少女妖精リコリスちゃんですぅ!?」
ソフィアに脅されて、慌ててリコリスは降伏した。
でも、それで懲りないのがリコリスだ。
「で、なんであの二人を見てるわけ?」
「……気になるじゃないですか」
「なにが?」
「私以外で、あんなにもフェイトが親しそうにするなんて……」
要するに、ソフィアはホルンに嫉妬していたのだ。
リコリスが呆れのため息をこぼす。
「あのね……あれは親しいとかそういう感じじゃなくて、憧れでしょ? 憧れ。好きとかそういうものじゃないから、気にする必要ないじゃん」
「それは理解しているのですが、しかし、それでも気になってしまうのです!」
「恋する乙女だから?」
「はい!」
「厄介ねー」
リコリスは半分呆れて、しかし、半分は微笑ましく思う。
恋愛。
自分達妖精には、よくわからない感情だ。
故に、ソフィアのように固執することはないものの……
傍から見ている分は楽しく、興味深い。
機会があれば自分もしてみたいなー、なんて思う。
「ま、安心なさい。あれはただの憧れで、そのままついていっちゃう、なんてことはないし」
「そうですね……ですが、それはそれで萌える展開で悩ましいです」
「え?」
「え?」
しばしの沈黙。
「……ほら、さっさと魔物を倒しちゃいましょ」
リコリスは聞かなかったことにした。
塔の攻略を始めて、二日目に突入した。
当初の予定では、踏破に三日以上はかかると踏んでいたのだけど……
ホルンさんが加わったおかげで順調に進み、最上階へ到達した。
最上階は難易度が高くて……
たくさんの魔物に、たくさんの罠。
攻略に手こずったものの、それでも最深部に到達することができた。
「……あれがこの塔のボスみたいですね」
ちらりと、通路の角から様子を見るソフィア。
その視線の先には、人骨の魔物、巨大なスケルトンが。
三メートルくらい、かな?
手は四本で、それぞれに血に濡れた剣を握っている。
あれで多くの冒険者を倒してきたのだろう。
「グレータースケルトンですね。死神と同じく、アンデット系の上位の魔物です」
「厄介な相手じゃな」
知らない魔物だけど……
二人の緊張した顔を見るだけで、どれだけの強敵なのか理解できた。
ソフィアは一流の剣士で、ホルンさんは一流の冒険者だ。
その二人が警戒するということは、相当に強いのだろう。
「ふふんっ、なによあの骨ころ。バラッバラにして、わんこのおもちゃにしてやるわ!」
「勝手をしたらどうなるか……ふふふ」
「ヒィ!?」
勝手に突撃しようとしたリコリスに、ソフィアは微笑んでみせた。
リコリスがびくりと震えて、青い顔になる。
毎回思うのだけど……
リコリスの辞書に『学習』の二文字はないのかな?
「ソフィア、あいつはどんな魔物なの?」
「そうですね……魔物でありながら剣の名人で、その身体能力はAランクの冒険者を軽く超える。下手したらSランクに達しますね」
「そんなに……」
「その上、あの大きさ。そして、四つの剣。剣の名手の巨人を四体同時に相手にすると思ってください」
「それは、また……」
考えただけで気が重くなる。
とはいえ、目的のミスリルは、おそらくあいつが守る通路の向こうにある。
ここで引き返すという選択はない。
「さて、どうしたものでしょうか……」
「うーむ……」
作戦に迷っている様子で、ソフィアとホルンさんは難しい顔に。
でも……
そこまで迷うことかな?
「僕に考えがあるんだけど」
――――――――――
「リコリス、お願い」
「オッケー。リコリスちゃん、ミラクルマジカルラッキーパワー、フィジカルブースト!」
リコリスにお願いして、一時的に身体能力を引き上げる魔法を使ってもらう。
体が羽のように軽くなり、熱い力が湧いてきた。
「はぁっ!!!」
僕は、真正面からグレータースケルトンに突撃した。
かなりの加速だけど、それでも、ヤツが気づく前に攻撃……というわけにはいかない。
グレータースケルトンは僕に気づいて、四つのうち二本の剣を構えた。
僕だけじゃなくて、他の敵の存在を警戒しているのだろう。
魔物にしては知能が高く、賢いヤツだ。
「ぐっ!」
二本の巨大な剣がわずかにタイミングをずらしつつ、交互に振り下ろされた。
一撃目は回避。
二撃目は剣を斜めにして、受け流す。
うまくやれたと思うのだけど、それでも手が痺れてしまう。
なんてバカ力だ。
「うむ、よくやった!」
影からホルンさんが飛び出してきた。
風のように速く動いて、グレータースケルトンを斬りつける。
しかし、浅い。
いくらかのダメージは与えたものの、決定打には至らない。
「むんっ!」
ホルンさんは気合の入った声と共に、グレータースケルトンの反撃を防いでみせた。
なんと、二本の剛剣を一本の剣で受け止めている。
すごい。
こんな怪物と真正面から激突して、押し負けず、耐えるなんて。
並大抵の技術、身体能力じゃないとできないはずだ。
「くっ」
僕もホルンさんも防御に徹することになり、攻撃の手が止まるのだけど……
それは、グレータースケルトンも同じ。
四本の剣を全て使い切り、その身を守るものはなにもない。
だから、これで終わり。
「神王竜剣術、参之太刀……」
ソフィアが一歩を踏み出した。
「紅っ!!!」
爆発的な加速で、一気にグレータースケルトンの目の前に。
その勢いを乗せた突きを放ち、グレータースケルトンの顔をまっすぐに貫いた。
「ギィヤアアアアアッ!!!?」
グレータースケルトンは悲鳴をあげて、剣を落として、よろめいて……
そして、灰となって消滅した。
うん。
僕達の勝利だ。
僕とホルンさんが足止めをして、一番火力のあるソフィアが一気に倒してしまう。
シンプルな作戦だけど、うまくハマったみたいだ。
無事にミスリルを見つけた僕達は、塔を後にした。
スノウレイクに続く道を歩いて……
その最中、ホルンさんがさきほどの話の続きをしてくれる。
「儂とノノカ嬢は、一緒に世界を旅した。人間と妖精、異なる種族じゃが、不思議と気が合ってのう」
「まー、ノノカは変わり者だったからねー。人間に剣をあげちゃえば、一緒に旅をすることもあると思うわ」
「「……」」
僕とソフィアは、一番の変わり者のリコリスがそれを言う? という顔をした。
しかし、リコリスはそれに気づかない。
「どんな旅だったんですか?」
「特に目的はなかったのう。色々な街を訪れて、色々な自然を見て、色々な宝を手に入れる……気のむくまま風の吹くまま、という感じじゃな」
「へー」
そういう旅は憧れる。
いつか僕も、ソフィアと一緒に……
「フェイト?」
「えっ」
「どうしたのですか? 顔が赤いですよ?」
「う、ううん! なんでもないよ!?」
「?」
「ふぉっふぉっふぉ」
ソフィアは不思議そうな顔をしていたけど、ホルンさんは僕の考えていることを察した様子で、楽しそうに笑っていた。
ただ、その笑顔は消えてしまう。
「そうやって、儂とノノカ嬢は世界を旅していたのじゃが……それも、ずっとというわけにはいかなかった」
ホルンさんの様子に、自然と僕達からも笑顔が消えた。
「妖精狩りは知っておるか?」
「あ、はい……妖精は珍しくて綺麗だから、乱獲されて……」
「……ノノカ嬢も、その被害に遭ってしまってのう」
「っ……!」
思わず息を飲んでしまう。
まさか、そんなことになっていたなんて……
「……」
リコリスは知っていたらしく、驚きの表情はない。
ただ、他の感情はゼロで……
まるで人形のような顔をしていた。
「無論、儂はすぐに助け出した。ノノカ嬢をさらったのは貴族だったが、構わずに屋敷に押し入った。そして、助け出したが……儂ら人間がノノカ嬢を傷つけようとしてしまった。こうなった以上、一緒にはいられん……だから、儂らは別れることにしたのじゃ」
「……」
その時の悔しさを、悲しみを思い出しているのかもしれない。
ホルンさんは拳を強く強く握りしめていた。
「ノノカ嬢は、友達のいるところに帰る、と言った。儂は彼女を見送り……ただ、最後にとある約束をした。それと再会を願い、別れた」
「そうだったんですね……」
「できれば、またノノカ嬢と一緒に旅をしたかったが……そうか、彼女はもういないか」
さきほど、ノノカのことを話して……
それを知ったホルンさんは、寂しそうに言う。
「別れの際、儂は雪水晶の剣を返した」
「どうしてですか?」
「雪水晶の剣は、人間と妖精の友好の証のようなものじゃ。それなのに、人間がノノカ嬢を害そうとした。儂が使っていいものではない」
「それは……!」
ホルンさんのせいじゃない。
ノノカをさらったという貴族のせいだ。
そう言って慰めたかったのだけど……
でも、ホルンさんの後悔にまみれた表情を見て、なんの慰めにもならないことに気がついた。
自分が手を下したわけじゃなくても。
同じ人間がしたことに変わりなくて……
ならばせめてもと、助けることもできなかった。
深い自責と後悔があるのだろう。
そして、それらがホルンさんの心を縛り、雪水晶の剣を手放す決意となったのだろう。
「儂は……ダメな人間じゃった……」
ホルンさんは、深い深いため息をこぼして……
「……そうでもないわよ」
ふと、リコリスがホルンさんの後悔を否定する。
「どういう意味じゃ?」
「あたし、ノノカの最期を知っているの。というか、看取ったの」
「……」
「ある日、ノノカがひどく疲れた様子で帰ってきて……それから静養して。元気になったんだけど、ある日、冒険者がやってきてノノカを……」
「そう、か」
「でも、彼女は生きたわ。がんばって生き抜いたの。とてもノノカらしい最期だったわ」
「……」
「で……ノノカは、あんたや人間のことは恨んでなかったわ」
「なに……?」
ホルンさんがうつむかせていた顔を上げた。
すると、リコリスと目が合う。
リコリスは寂しそうにしていたものの、でも、笑っていた。
小さな笑顔を浮かべていた。
「あの子、バカよね。自分がとんでもない目に遭わされたっていうのに、人間を恨んでなくて。むしろ、感謝していたわ」
「感謝、じゃと……?」
「そう、感謝。色々なところに連れて行ってくれて、色々な経験をさせてくれて、すごく楽しかった……って。ありがとう、って」
「っ……!」
ホルンさんの顔が歪む。
ただ、涙は堪えた。
「これも縁ね。あの子の、あんたに向けた最期の言葉を伝えるわね?」
「……うむ、頼む」
「私は先に天に行って、あっちで好きに探索しているね? だから、あなたはゆっくりと生きてから来て。それからまた一緒に冒険しよう……だって」
「そう、か……」
今度は我慢できなかったのだろう。
ホルンさんは顔を隠すように手を当てて……
そして、しばらくの間、肩を震わせた。
それから、しばらくしてホルンさんが落ち着きを取り戻して……
スノウレイクへ戻り、宿の前で別れて……
僕とソフィアは家に帰り、アイシャとスノウに迎えられつつ、父さんと母さんと一緒に夕飯を食べた。
「……」
自室へ戻り、ベッドに寝つつ、ぼーっと天井を見る。
考えるのはホルンさんの話だ。
リコリスの友達のノノカと出会い。
友情の証として、雪水晶の剣をもらい。
一緒に世界を旅した。
しかし……
ノノカは妖精狩りに遭ってしまい、最終的に命を落としてしまう。
そのことを悔いたホルンさんは、雪水晶の剣を手放してしまう。
僕はそっと体を起こして、傍らに立てかけておいた、雪水晶の剣の鞘を見る。
「僕が持っていていいのかな……?」
雪水晶の剣は修理する。
これは絶対だ。
でも、その後は?
雪水晶の剣は、ホルンさんとノノカの友情の証だ。
もっと大げさに言うのなら、人間と妖精の絆の架け橋。
「そんな大事なものを僕が持っているなんて……あ、はい?」
考え込んでいると、途中で扉をノックする音が響いた。
ソフィアやアイシャかな?
リコリス……は違うか。彼女ならノックなんてしない。
「こんばんはぁ」
「あれ、ミント?」
姿を見せたのは、意外というかミントだった。
もう夜なのに、どうして僕の家に?
「どうしたの?」
「私の家のお風呂が壊れちゃって、ちょっと借りていたの」
「そうだったんだ」
「それでー、フェイトとお話でもできればー、なんて」
「うん、いいよ」
「ありがとー」
ミントはにっこりと笑い、近くの椅子に座る。
僕も体を起こして、ベッドに座る。
「フェイトの部屋、久しぶりかもー」
「そうだよね。十年以上、帰っていなかったから」
「長すぎるよー。どうして、もっと頻繁に帰ってこないのー?」
「えっと……」
奴隷になっていました。
……なんて、絶対に心配をさせてしまうので言えるわけがない。
「……ちょっと忙しくて」
「そっかー、それなら仕方ないねー」
ミントはふんわりとした様子で言う。
僕の気持ちを察してくれたというよりは、特に気にしていないのだろう。
そういう女の子だ。
「じゃあじゃあ、暗い顔をしている理由は聞いてもいいかなー?」
「え? 僕、そんな顔をしているの?」
部屋にある鏡を確認してみるけど、特に変わらないように見えた。
「いつもと同じだよね?」
「ぜんぜん違うよー?」
「そう、なのかな……?」
ミントにしかわからないのかな?
「えっと……ちょっと、今悩んでいることがあって」
迷った末、少しだけ話してみることにした。
詳細はホルンさんやノノカのプライベートに関わるから話せないけど……
ぼかす形でなら問題ないと思う。
「雪水晶の剣なんだけど……」
「フェイトのお父さんに修理をお願いした?」
「うん。あの剣って、とある友情の証に作られたものなんだ」
「へー、素敵な話だねー」
「でも……僕は関係なくて」
天井を見上げる。
「本当に偶然手に入れただけで、それなのに僕が持っていていいのかな、って……」
「いいんじゃないかなー?」
あっさりと肯定されてしまう。
でも、ミントは考えなしにものを言う子じゃない。
悩み相談をした時は、きちんと考えて、ミントなりの答えを口にしている。
「それは、どうして?」
「だって、ピッタリに見えるよ」
「ピッタリ?」
「フェイトと雪水平の剣」
「水晶ね」
ピッタリって、どういう意味だろう?
「んー……私の感覚だからうまく説明できないんだけど、この前、ちょっと見たんだ。フェイトがその剣と一緒にいるところ」
「うん」
「そうしたら、すごく絵になっていたというか、違和感がないっていうか……いい感じ?」
「と、言われても……」
「それくらい自然で、なにも問題はないかなー、って思ったの。きっと、剣もフェイトと一緒にいたいと思っているんだよ」
「……剣が……」
意外な言葉に、ついついぽかんとしてしまう。
剣の気持ちなんて考えたことなかった。
いつも僕のことだけで……
「きっと、大丈夫だと思うよ」
ミントがにっこりと笑う。
その笑顔は花のようで、太陽のようで……
自然とこちらも笑顔になる。
「……うん、そうだね。ありがとう」
「どういたしまして」
雪水晶の剣を僕が持っていてもいいのか?
その問題について、完全に悩みが晴れたわけじゃない。
でも、ミントのおかげで少しだけ迷いが消えた。
「じゃあ、私、そろそろ……」
「家に帰るね」と、言おうとしたのだろう。
でも、その言葉が出てくるよりも先に扉が開いた。
姿を見せたのは……
「フェイト、これからのことについて……なの、ですが……」
ソフィアだった。
僕を見て、次いで、ミントを見て。
柔らかな顔が、みるみるうちに固くなっていく。
「……あら、あらあらあら」
ソフィアがにっこりと笑う。
ものすごくにっこりと笑う。
怖い。
顔は笑っているはずなのに、目は笑っていない。
「……あっ」
「やば!?」
後ろからアイシャとリコリス、スノウが現れるのだけど……
ソフィアを見るなり反転して、ダダダッ! と逃げてしまう。
娘に怯えられているけど、いいの?
なんてツッコミを入れる雰囲気じゃない。
「フェイト、なにをしているのですか?」
「な、なにも!? 少し話をしていただけで、やましいことはしていないよ!」
「うんうん、幼馴染の話をしていただけだよねー」
「フェイトの幼馴染は、この私なのですが!」
「えー、でも、私もフェイトの幼馴染なんだけどー」
バチバチと、二人の間で火花が散ったような気がした。
「フェイトは、私と一緒にお話をして楽しかったよねー?」
「っ!?」
ミントが左腕に抱きついてきた。
ぎゅうっと、体を押し付けるようにして……
そんなことをしているせいか、柔らかい感触が……
「私と一緒の方がいいですよね!?」
「っ!?」
反対側にソフィアが抱きついてきた。
やはり、ぎゅうっとしていて……
柔らかくてふくよかな感触が……
「フェイトー」
「フェイト!」
「えっ、いや、その……」
僕はどうすれば!?
というか、普通に話をしていただけなのに、どうしてこんなことに!?
いや、うん。
わかってはいるんだ。
ソフィアは嫉妬してくれていて、ミントは、それを見てからかっているだけ、っていうことは。
でもでも、こんな修羅場っていう状況は初めてで……
混乱して、どうしていいかわからない。
思考がぐるぐるになって、うまい言葉が出てこない。
「おい、フェイト」
進退窮まったところに現れた救世主は、父さんだった。
ソフィアとミントに挟まれた僕を見て、呆れるようなため息。
それから、こちらにやってきて……
「なに遊んでやがる」
「あいた!?」
げんこつをくらってしまう。
「これからについて話をしたい。遊んでないで工房に来い」
「ぼ、僕は遊んでいるわけじゃ……」
「いいな、早くしろよ」
言うだけ言って、父さんは部屋を後にしてしまう。
残された僕達は……
「えっと……そういうわけだから」
「……命拾いしましたね」
「……なんのことかなー」
二人は離れてくれるものの、未だに笑顔で睨み合っていた。
勘弁して。
――――――――――
工房に移動すると、リコリスの姿があった。
その隣に父さんがいて、僕達がとってきたミスリルを見ている。
「……」
その表情は真剣そのもの。
『職人』としての父さんの顔を久しぶりに見て、なんだか、とても懐かしくうれしいと思った。
「おう、来たか」
「さきほどは失礼しました」
一緒に来たソフィアが軽く頭を下げた。
ちなみに、ミントは自分の家に帰った。
もう遅い時間だから、と言っていたのだけど……
一通りソフィアをからかい、満足したのだろう。
のんびりしてて、ふわふわしてて……
そんな女の子に見えるのだけど、実は、ミントはいたずら好きなのだ。
「こいつについての話をするぞ」
父さんは、折れた雪水晶の剣を指先でコンコンと叩いた。
「修理できそう……?」
「できる、と言いたいが……ちと厄介なことになった」
「どういうこと?」
父さんなら修理はできる。
そのためにミスリルをとってきた。
それなのに、どうして……!?
「落ち着け」
「あいたっ!?」
反射的に熱くなってしまうと、再びげんこつをもらってしまう。
おかげで落ち着くことはできたものの、頭が痛い。
父さんは、息子の頭にぽんぽんとげんこつを気軽に落としすぎじゃないだろうか?
「できないって言ってるわけじゃない、早とちりするな」
「いたた……なら、厄介なことっていうのは?」
「この剣が思っていた以上に普通じゃなかった、ってことだ」
父さん曰く……
折れた刃をくっつけるだけなら、大した手間もなく、材料があれば簡単にできるらしい。
ただ、それだけでは雪水晶の剣が本来の力を取り戻すことはない。
色々と調べてみたところ、雪水晶の剣は、ただ単純に切れ味の鋭い剣というわけではないらしい。
想いを力に変えることができるとか。
だからなのか、と納得する。
レナの魔剣にヒビを入れることができたのは、そのおかげなのだろう。
さて。
そんな特殊な剣だから、特殊な方法でないと修復も難しいらしい。
素材を集めるだけじゃなくて、妖精の力が必要になるのだとか。
「あたし?」
みんなの視線がリコリスに向けられた。
「ああ。妖精の協力がないと、剣を修理することは不可能だ」
「へー、ほー」
リコリスはよくわからない声をこぼす。
感心しているような感じだ。
「おっちゃん、すごいわね。普通、そんなところはわからないのに」
「ま、俺も鍛冶やって長いからな。いろんな剣に触れてきたから、それなりの知識はあるつもりさ」
「それでも、妖精の剣についてなんて、普通、知らないわよ。ふふん、あたしが認めてあげるわ」
「おう、ありがとよ」
この二人、気が合うのだろうか?
「具体的にどうするのですか?」
ソフィアが肝心な部分について尋ねた。
「剣を打ち直しつつ、魔力を注いでもらうんだよ。その魔力ってのが、妖精でないとダメなのさ」
「なるほど……それ以外には?」
「いや、その他の細かい条件は特にない。妖精に魔力を注いでもらう、って点が重要なんだ」
父さんは苦い顔に。
「まあ……あんなことがあったからな。妖精に魔力を注いでもらうなんて、不可能って言ってもいい。だから、妖精が作った剣は世の中から消えていったのさ」
あんなこと、というのは『妖精狩り』のことだろう。
人間が妖精を狩り、そして、妖精は人前から姿を消した。
当たり前だ。
天敵となった人間の前に現れるわけがない。
それを考えると、リコリスとの出会い。
そして今の状況は奇跡と言えるような気がした。
「ってなわけで……ちっこい嬢ちゃん、力を貸してくれねえか?」
「ま、仕方ないわねー。このあたしの力が必要ってことになると? あたししか頼れないわけで? ふふんっ、仕方ないわねー」
リコリスはものすごいドヤ顔だった。
自分にしかできない、というところがツボに刺さったらしい。
でも、それくらいにしておいて。
ソフィアがイラッとした顔になっているよ?
「それじゃあ、すぐにでも修理する? しましょうか?」
「いや、今は難しいな。もう夜だからな」
「なによ。少しくらい夜ふかししてもいいじゃない」
雪水晶の剣はノノカの形見と言ってもいい。
リコリスとしては早く修理したいのだろう。
「今からだと徹夜になるからな。さすがに、この歳で徹夜はきつい」
「は?」
「たぶん、半日作業になるからな」
「……半日?」
リコリスが、そんなこと聞いてない! という感じで顔をひきつらせた。
「もしかして……半日の間、あたし、魔力を注がないといけないわけ?」
「いや、それはない」
「そ、そうよね……」
「四分の三の9時間ってところだな」
「あんま変わらないわよ!!!」
ダーンッ、とリコリスは近くの机を叩いた。
そのまま、抗議をするかのようにバシバシと叩き続ける。
「9時間も魔力を放出できるわけないでしょ!? 干からびちゃうわよ! 乾燥リコリスちゃんになっちゃうわよ!」
「なんだ、それくらいできないのか」
「挑発するように言っても無駄よ! できるわけないじゃん!?」
「気合だ」
「そんな根性論、今どき流行らないわよ!」
「がんばれ」
「適当な応援!?」
やっぱりこの二人、仲が良いのかもしれない。
でも、困ったな。
あのリコリスがはっきりとできないと言うっていうことは、本当に無理っていうことだ。
そうなると、雪水晶の剣は修理できないわけで……
「ど、どうしよう……?」
「……」
思わぬ落とし穴に、みんな、言葉を失い悩んでしまう。
リコリスに無理をさせるわけにはいかないし……
他の方法が簡単に見つけるかどうかわからなくて……
「……おとーさん」
八方塞がり? と思った時、いつの間に顔を出していたのか、アイシャがいた。
「あれ、アイシャ? まだ起きていたの?」
工房にいなかったので寝ていたと思ったのだけど、違ったみたいだ。
「どうしたんですか、アイシャちゃん。もう寝る時間ですが……ひょっとして、うるさくしてしまいましたか?」
「ううん、そんなことないよ」
「では、どうして……」
「気になって、そこで話を聞いていたの」
アイシャは扉の外を指差した。
すぐそこにいたみたいだけど、ぜんぜん気づかなかった。
それだけ話に集中していたのだろう。
「わたし、お手伝いできないかな?」
「え?」
「私は魔力がすごいいっぱい、って」
「あ」
そういえば、そうだった。
スノウレイクまで旅をして、ミスリルを手に入れて……
色々とあったせいで忘れていたけど、アイシャの魔力量はとんでもないんだった。
落ち着いたら、また魔法の練習をと思っていたんだけど……
これはアリかな?
「どういうことなんだ?」
事情を知らない父さんは不思議そうに尋ねてくる。
「えっと……」
そんな父さんに、アイシャがすごい魔力を持っていることを教えた。
「なるほど」
「アイシャの魔力をリコリスに渡して、それでリコリスが魔力を供給する。それなら、うまくいくんじゃないかと思ったんだけど、どうかな?」
「いけるんじゃないかしら?」
しばらく考えた後、リコリスはそんな結論を出した。
「あたしだけだと三時間が限界ってところだけど、アイシャが協力してくれるなら百人力ね。たぶん、十二時間までいけるわ。九時間必要っていうのなら、余裕で間に合うわね」
「それなら……」
「ただ、その間、アイシャも魔力を渡し続けないといけないの。それ、けっこう大変なことよ?」
そう言われると迷ってしまう。
すごい魔力を持っていると言われても、アイシャはまだ子供だ。
無理なんて絶対にさせられない。
「なんとかならないのかな? えっと……父さん、途中で休憩を挟むとかは?」
「難しいな……そういう中途半端なことをしたら、それだけ完成度が落ちる。失敗する確率が上がるから、やらねえ方がいいな」
「そっか……」
そうなると、どうすればいいんだろう?
アイシャに無理はさせられない。
しかし、無理をしてもらわないと、雪水晶の剣を修理することはできない。
ジレンマだ。
「大丈夫」
僕達の話を聞いて、アイシャは小さな両手をぎゅっと握り、強く言う。
「わたし、がんばる」
「でも……」
「おとーさんとおかーさんと……リコリスのためにがんばりたいの」
「……アイシャ……」
「それで……おとーさんとおかーさんにぎゅっとしてもらえれば、もっともっとがんばれると思うの。いい?」
「うん、もちろん」
「当たり前です」
僕とソフィアは即答した。
娘ががんばりたいと言う。
そのために傍にいてほしいと言う。
断る理由なんて欠片もない。
「えへへ……わたし、がんばるね」
こうして、今後の方針が決定したのだけど……
僕とソフィアはアイシャのかわいさに夢中になっていて、あまり話を聞いておらず、リコリスに呆れられてしまうのだった。
――――――――――
父さんが雪水晶の剣を修理して、それに必要な魔力はリコリスとアイシャが用意する。
ただ、絶対に失敗が許されない作業だ。
父さんは問題ない。
リコリスも……たぶん、問題はないと思う。
気になるところはアイシャだ。
すごい魔力を持っているといっても、まだ子供。
長時間の作業となると集中力が途切れてしまうだろうし、途中で疲れてダウンしてしまうかもしれない。
そうならないように全力でサポートするけど……
サポートだけじゃなくて、成功率を上げるために、事前にトレーニングをすることになった。
そのトレーニングというのは……
「おとーさん、似合う?」
朝。
家の外に出たアイシャは、くるっと回転してみせた。
頭に撒いているはちまきがひらりと揺れた。
上は白のシャツ。
下は下着に似た黒の短いパンツ。
そこから、ふさふさの尻尾が飛び出している。
ブルマっていう、東の国の伝統の衣装らしい。
なんでも、運動をする時は、女の子はこれを着るのだとか。
ちょっと露出が多い気がするんだけど……
でも、これが正式な衣装らしい。
東の国は変わっている。
「……フェイト」
「あ、ソフィアも準備……でき、たん……だね……」
遅れてやってきたソフィアは、顔が真っ赤だった。
風邪とか、そういうわけじゃない。
単純に恥ずかしいのだろう。
……ブルマ姿なので。
「……」
「……」
「あの……なにか言ってほしいです」
「に、似合っている……よ?」
「……フェイトのえっち」
「えぇ!?」
今の、どう言えば正解だったのだろう……?
「ほら、そこ。イチャイチャラブラブしてないで、さっさと準備運動をしなさい!」
監督としてリコリスが同行していた。
そんなリコリスのサポート下の元、アイシャの体力を増やすための訓練を行う。
一人では心配なので僕達も一緒に訓練をするのだけど……
ソフィアまで着替える必要はあったのかな?
いや、まあ。
眼福と言えば否定できないので、うれしいのだけど……
「……フェイト」
「な、なに?」
「目がえっちです」
「ごめんなさい……」
心が見透かされているみたいで、とても居心地が悪い。
でも、ごめん。
一応、僕も男だから……
「よーし、それじゃあ、アイシャの特訓を始めるわ!」
そうリコリスは、いつも通りの姿だ。
リコリスは特訓しないの? と聞いてみたところ……
「は? なんで、あたしがそんなことしないといけないの? っていうか、あたしか弱いから特訓とか無理だから。この体はガラスのように繊細なのよ」
という答えが返ってきた。
体はガラスでも、心は鋼鉄だと思った。
「まずはランニングよ。街をぐるっと回るように走るの」
「がんばるね」
「体力をつけるためのものだから、全力で走ったらダメよ? いかに長く、それでいてそれなりの速度を出すことができるか。それを意識して走るの」
「おー……?」
「わからない? えっと……まあ、長く走り続けることを考えて」
「うん」
しっかりとアドバイスをしているところを見ると、リコリスが監督をすることは、わりと適任なのかもしれない。
でも、体力トレーニングの知識なんてどこで得たのだろう?
謎が多い妖精だった。
「じゃあ、いくわよー。あたしについてきなさい」
リコリスがふわりと飛ぶ。
それをアイシャが追いかけて、その後ろを僕とソフィアが続いた。
「はっ……ふっ……はっ……」
わりとハイペースでアイシャが走る。
ただ、無理をしている様子はない。
体のバランスは崩れていないし、走り始めて十分くらいが経ったけど、ペースは一定を保ったままだ。
「アイシャちゃん、すごいですね。あんなに走れるなんて、正直、思っていませんでした」
「うん、僕も。獣人だから、子供でも体力があるのかもしれないね」
……その後も、アイシャはペースを落とすことなく走り続けた。
一時間も走り、僕達だけじゃなくてリコリスも驚かせていた。
「ふう……はあ……ふう……」
「おつかれさま、アイシャ」
近くの露店で買った、冷たいジュースをアイシャに渡す。
「ありがと、おとーさん。んー」
ジュースを飲んで、アイシャはにっこり笑顔に。
運動をした後だから、いつもよりおいしく感じるのだろう。
尻尾がぶんぶんと、勢いよく横に振られていた。
「アイシャって、めっちゃすごいわねー」
「どうしたの、リコリス?」
「だって、あたしの特訓に全部ついてきたのよ? あれ、本来は大人用のトレーニングメニューなのに」
「え、そうなの?」
「そんなものをアイシャちゃんにやらせて、なにかあったらどうするつもりだったのですか?」
「ま、まった。無茶したわけじゃないから、睨まないで。頭を摘まないで。ちゃんと、あたしなりの考えがあったんだって」
リコリス曰く……
まずは、アイシャの現在の限界を知りたい。
そのために、あえて厳しいメニューを課して、限界を図ろうとしたらしい。
限界が近いと判断した時はすぐに中止する予定だった、とのこと。
「それなのに、わりとあっさりとあたしの予想を超えてくるんだもの。すごいわね」
「そうでしょう、そうでしょう。アイシャちゃんはすごい子なのですよ」
ソフィアはとても誇らしげだった。
「でも、これなら、いくらか体を動かすだけで問題なさそうね。身体能力は元々あるっぽいから、あとは、運動とかをして体力を消費させることに慣れさせること」
「慣れておかないといけないの?」
「水泳と同じよ。準備運動なしで水に入ったら、たまにとんでもないことになるでしょ? それと同じで、体力を激しく消耗しそうな時は、事前に似たようなことをしておくことで、体に対する負担を軽減できるの」
「なるほど」
本当に物知りだなあ。
よく感心させられてしまう。
「というわけで、これからしばらくは激しめのトレーニングにするわよ!」
「がんばる、おー!」
アイシャはやる気たっぷりだった。
たぶん……
剣を修理するために自分の力が必要と言われて、とてもやる気になっているのだろう。
それは僕のためじゃなくて、リコリスのため。
友達の形見を元に戻してあげたいと、だからがんばりたいと、そう思っているのだろう。
「アイシャちゃんは、とても優しい子ですね。母親として誇らしいです」
「うん、僕も誇らしいよ」
僕とソフィアは、にっこりと笑うのだった。
あれから一週間が経った。
たくさん体を動かして、しっかりと休憩をして、再び体を動かす。
その繰り返し。
身体能力の高いアイシャでも、最初はとても疲れた様子だったけど……
トレーニングを繰り返すうちに慣れてきたのか、最近はわりと余裕を見せていた。
激しい運動に体が慣れてきた証拠だろう。
この様子なら、あと数日もすれば剣の修理を始められるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、今日もトレーニングに励んだ。
――――――――――
「すみません。この前依頼を出した、フェイトっていいますけど……」
「はい、フェイト・スティア―トさんですね? 依頼の方、完了しています。こちら、特注の研磨剤と錬精水。それと、黒鉄鉱です」
「ありがとうございます」
依頼料を払い、頼んでいた物を受け取る。
どれも剣の修理に必要な材料だ。
いくらか入手難易度が高い素材があったため、ギルドに依頼を出しておいたのだ。
安くない依頼料だけど、雪水晶の剣を修理するためなら惜しくない。
「あれ?」
家に帰ろうとしたところで、ホルンさんの姿を見つけた。
そういえば、剣の修理に夢中になるあまり、あれから話をしていない。
「こんにちは」
「おぉ、フェイトか。久しぶりじゃな」
「すみません。剣の修理の準備で、色々と忙しくて……」
「なに、謝る必要はないぞ。雪水晶の剣が元通りになることは、儂も願うところ。むしろ、手伝えなくてすまんな」
「いえ、そんな! ホルンさんが謝ることじゃ……」
「……儂には、どうしてもやらなくてはいけないことがあってな」
そう言うホルンさんは、とても険しい表情をしていた。
普段の穏やかな雰囲気はどこへやら。
抜き身の刃のように鋭く、触れることをためらわせる。
でも、同時に思いつめているような感じもして……
放っておいたらいけない。
そんなことを強く思い、不躾なことだと自覚しつつも口を開く。
「その、やらないといけないこと、っていうのは……聞いてもいいですか?」
「……面白い話ではないぞ?」
「それでも、お願いします」
「……」
「……」
視線と視線が真正面からぶつかる。
すごい圧で、ともすれば目を逸らしてしまいそうになる。
それでも我慢して……
「ふぅ」
やがて、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
それと同時にプレッシャーも消える。
「こう言ってはなんじゃが、フェイトは意外と気が強いのじゃな」
「そんなこと、初めて言われました……」
「まあ、そうでなければあの剣聖と一緒にいることなどできぬか……いいじゃろう。明るい話ではないが、質問に答えよう」
「ありがとうございます。それと、ごめんなさい」
話をしてくれるお礼と。
ズカズカと心に踏み込んだ謝罪をした。
ホルンさんは小さく笑い、軽く手を振る。
「よい。儂は気にしておらん。それよりも、儂の目的じゃが……」
「は、はい」
「……ノノカに託された依頼を果たすことじゃ」
「託された依頼……ですか」
「うむ。儂とノノカの最後の冒険はこの近くでな……そこで、ヤツに出会ったのじゃ」
当時を思い返しているらしく、ホルンさんはギリッと奥歯を噛む。
「……当時、儂とノノカはとある素材の採取という依頼を請けていた。遠出をしなければいけなかったが、それほど難しいものではなくて、問題なく終わると思っていたが……しかし、ヤツに……煉獄竜に出会ったのじゃ」
「なっ……!?」
思わぬ単語が飛び出してきたことに、僕は驚き、言葉を失ってしまう。
煉獄竜。
Sランクに指定されている魔物だ。
その能力は圧倒的の一言に尽きる。
相対した者はほとんど生き残っていないため、詳細な記憶はないのだけど……
噂によると、一匹で国を一つ、滅ぼすことが可能だとか。
その噂が決して誇張されたものではなくて、むしろ過小評価されているとか。
……そんな話を聞く。
「すみません。こんなこと聞くのはなんですけど、それは本当に煉獄竜なんですか……?」
「うむ、間違いない。儂も自分の目を疑ったが……あれは間違いなく煉獄竜じゃったな。力もその名にふさわしいものじゃった」
「そう、ですか……」
まさか、そんなとんでもない魔物に遭遇したなんて。
「ヤツのせいで依頼は失敗。そればかりではなくて、多くの森が焼けて、草花も炭になってしまった。そのことを、ノノカは大層悲しんでおったよ」
「……」
「そして、儂に頼んだ。いつか、あいつをやっつけて、とな」
「……」
その気持ちはよくわかる。
放っておけばい、そのままになんてしておけない。
ノノカはもういないのだけど……
だからこそ、彼女の最後の願いを叶えてあげたいと思うのだろう。
「……あれ?」
ふと、気がついた。
「今度こそ依頼を果たす、っていうことは……もしかして、この近くに煉獄竜が?」
「……うむ」
ホルンさんは重々しく頷くのだった。