将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「おや?」

 ある程度、探索をしたところで初老の男性と遭遇した。

 歳は……たぶん、六十以上。
 髪は全部白髪になっているところを見ると、もっと上かもしれない。

 ただ、そんな見た目とは正反対に、とても鋭いプレッシャーを放っていた。

 体は木の枝のように細い。
 軽鎧を身に着けているが、サイズが合っていない。

 それでも、こうして相対していると冷や汗が流れてしまいそうだ。
 この人はとてつもなく強い。
 多分、ソフィアに匹敵するか……
 下手したらソフィア以上だ。

「こんにちは」

 ソフィアは臆することなく、にっこりと挨拶をしてみせた。
 こういうところ、本当にすごいと思う。

 僕も慌てて挨拶をする。

「こ、こんにちは」
「やっほー」
「うむ、こんにちは」

 こちらが挨拶をすると、老人から放たれていた圧が消えた。
 僕達のことを盗賊かなにかと警戒していたのかもしれない。

「お嬢ちゃん達は冒険者かね?」
「はい。私は、ソフィア・アスカルトといいます」
「フェイト・スティアートです」
「ふふん、美少女妖精リコリスちゃんよ」
「ほう……お嬢ちゃんが、あの剣聖なのかね」

 ソフィアのことを知っているらしく、老人は驚いたように目を大きくした。
 その反応に、こちらも驚いてしまう。

「ソフィアのこと、知っているんですか?」
「ふぉっふぉっふぉ、冒険者で嬢ちゃんのことを知らぬ者はおらんよ。史上最年少で剣聖の称号を授かり、聖剣エクスカリバーを手に入れた。儂ら冒険者の憧れじゃな」
「そんな、憧れだなんて……」

 ソフィアが顔を赤くして照れていた。
 こんなに年上の人に憧れなんて言われたら、さすがに恥ずかしいのだろう。

「おっと、名乗り遅れたのう。儂は、ホルン・エイズフランという。同じく冒険者じゃ」
「ん?」

 老人の名前を聞いて、リコリスが眉をたわめるのが見えた。
 なにか気になることがあるんだろうか?

「ホルンさんは、こんなところでなにを?」
「冒険者がすることは一つ。お宝探しじゃよ」
「なるほど」

 当たり前のことを聞いてしまい、ちょっと恥ずかしかった。

「お主らは?」
「僕達は、この塔にあるって言われているミスリルを探しに来たんです」
「ほう、ミスリルか。それはまた、珍しいものを探しておるのう」
「どうしても必要なので……見たことないですか?」
「うーむ。力になりたいが、まだ見ていないのう」
「そうですか……」
「ただ、儂も塔の探索を始めて間もないからのう。上層は調べておらん。もしかしたら、上層にはあるかもしれんぞ」
「ありがとうございます」

 貴重な情報を得ることができた。
 感謝だ。

「ところで……」

 ホルンさんの視線がリコリスに向けられる。

「その子は妖精なのか?」
「当たり前でしょ。こんなにもかわいくてキュートで可憐でビューティフルでわんだほーな女の子、妖精以外にいるわけないじゃない」
「ふぉっふぉっふぉ、それもそうじゃな、すまんすまん」
「まったくよ」

 なんとなく息の合いそうな二人だった。

「いや、すまぬな。妖精を見かけるのは本当に久しぶりじゃから、つい」
「ということは、以前にも妖精を?」
「うむ。妖精は滅多に人前に姿を見せることはないが……若い頃、運良く出会うことができてのう。いやはや、あれは良い思い出になった」

 リコリス以外の妖精か……
 どんな子だったんだろう?
 気になる。

「よかったら、その妖精について話を聞かせてもらえませんか?」
「うむ、構わないぞ」

 長い話になるのだろう。
 ホルンさんは手近な場所に腰をおろした。

「あれは、儂がまだ若い頃の話じゃ……ちょっとした縁から、ノノカという妖精と出会ったのじゃよ」
「ノノカですって!?」

 飛びつくような反応を見せたのはリコリスだ。

 いつものふざけた雰囲気はどこへやら、とても真面目な顔をしている。
 ヒュンとホルンさんの目の前に飛んで、ぐいっと詰め寄る。

「ちょっと、おっさん! あんた、ノノカの知り合いなわけ!?」
「うむ、そうなるが……妖精の嬢ちゃんもそうなのかい?」
「当たり前よ! ノノカは、あたしの友達なんだから!」

 もしかして……

「リコリス。そのノノカっていう子は、雪水晶の剣を作ったっていう……?」
「そうよ。ノノカが雪水晶の剣を作ったのよ」
「雪水晶の剣じゃと!?」

 予想外の展開にこちらが驚いていると、今度はホルンさんが話に食いついてきた。

「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、雪水晶の剣は、以前、儂が使っていたものじゃ!」
「えっ!?」

 なんかもう……
 衝撃的な事実が次々と判明して、頭が追いついていかなかった。
 ホルンさんは、若い頃から冒険者をやっていたらしい。
 それこそ、僕と同じくらいの歳で活躍をしていたという。

 剣聖に至るほどではなかったものの、その下の『剣豪』の称号を得ていたとか。

 弱気を助けた悪をくじく。
 正義の味方を地でやっていたホルンさんは、各地を旅しつつ、色々な人を助けてきたという。

 そんなある日、ホルンさんは妖精と出会った。

 とある商人の館の護衛を引き受けたところ……
 そこで、結界に囚われている妖精を見つけたのだ。

 その容姿などから、妖精は人間に乱獲された。
 囚われた妖精は観賞用として閉じ込められることも多く……
 その商人も、妖精を囚え、愛でていたという。

 それを見たホルンさんは激怒。
 結界を破壊して、妖精を解放した。

 商人は激怒して、さらに冒険者ギルドからも厳しい罰を受けることになったものの、後悔は一切していないという。

 そして……

「なぜか、その妖精は儂は懐かれてしまってのう」

 なぜか、って……
 そこまでしたのなら、恩義を感じても不思議じゃないと思う。

 でも、ホルンさんからしたら、大したことはしていないのかもしれない。
 人間でも妖精でも関係ない。
 困っている人がいたら助ける、ただそれだけ。

 すごくかっこいいと思った。
 僕もこんな人になりたい。

「それから、しばらく妖精と一緒に旅をしたのじゃ。なんでも、彼女には大事な友達がいるそうでな。その友達がいる場所まで送り届けたのじゃよ」
「あーーーっ!!!?」

 突然、リコリスが大きな声をあげた。
 耳がキーンとして、思わず顔をしかめてしまう。

「いきなり、どうしたんですか?」
「思い出した、思い出したわ! このおっちゃん、確かに、ノノカを連れてきたわ!」
「ノノカ?」
「あたしの友達の名前よ! なんで忘れるわけ!?」

 忘れるもなにも、たぶん、今初めて聞いたんだけど……

「それはともかく」

 ごまかされた。

「ある日、行方不明になっていたノノカが、見知らぬ人間と一緒にやってきたの。あたしは思ったわ。このおっちゃんが誘拐犯だ、ってね」
「なんで、そうなるの……?」
「短絡的すぎませんか……?」
「そして、あたしは、ウルトラミラクルハイパーリコリスちゃんキックをかましてやったわ!」
「ふぉっふぉっふぉ、あの時は痛かったのう。首が折れるかと思ったわい」

 笑い話ではないような……

「まあ、その後誤解は解けて、しばらく仲良くしたのよ」
「妖精と一緒に過ごすなんて、とても貴重な経験をさせてもらったよ」
「ふふんっ、おっちゃんはあたしの魅力にメロメロだったわね!」
「そうじゃのう、嬢ちゃんはかわいいからのう」
「ふへへーん!」

 リコリスが胸を張り、張り……
 そのまま、コテンと後ろにコケた。
 空中で転がるなんて、器用な真似をするなあ。

「そうして、儂はしばらくの間、二人の妖精と過ごしたのじゃ」
「なるほど」

 妙なところで縁が繋がっている。
 改めて、縁っていうものは不思議なものだなあ、と思った。

「ただ、いつまでも好意に甘えてはおれぬからな。旅立つ決意をしたのじゃが……そうしたら、嬢ちゃんの友達、ノノカ嬢ちゃんが、お礼に剣を作ってくれたのじゃよ」
「それが雪水晶の剣……?」
「うむ。とても見事な剣でな。このようなものをもらうわけにはいかぬと、しばらくの間、借りるだけにしておいたのじゃ」
「なるほど」
「それに、ただ強い剣というだけではないようでな」
「え?」

 それは、どういう意味だろう?
 武器としてではなくて、他になにか意味を持っているのだろうか?

 僕の疑問を察した様子で、ホルンさんは言葉を続ける。

「知っているじゃろうが、妖精が作り上げた武具はとても貴重なものじゃ。とても強い力を持ち、美術品として鑑賞できるほどの美しさを持つ。売れば、十年は遊んで暮らせるじゃろうな」
「でも……本当の価値はそこじゃない」
「ほう」

 思わずこぼれ出た言葉を聞いて、ホルンさんはおもしろそうな顔に。
 続きを、と視線で促されて、僕は思ったままを口にする。

「妖精は、人間に乱獲された過去がある。だから、人前から姿を消して、ひっそりと暮らしていた。仲は最悪」
「うむ」
「それなのに、人間のために妖精が剣を作った。それは……人間と妖精の友好の証にもなるんじゃないかな、って思いました」
「その通りじゃ」

 ホルンさんは昔を懐かしむように、遠い目をして言う。

「ノノカ嬢は、作りあげた剣を儂に渡す時、こう言った。これは私達の友好の証ですよ……と」
「……ノノカ……」

 友達の話を聞いて、リコリスがちょっと涙ぐんでいた。
 やっぱり、まだ色々と思うところがあるみたいだ。

「そうですか……雪水晶の剣は、人間と妖精の友好の証なんですね」
「うむ」

 そんな剣を、ホルンさんはどうして手放してしまったのか?
 まだ、いくらかの疑問が残っていた。
「その後、儂はノノカ嬢と一緒に世界を旅したのじゃが……」

 さらに話が続こうとした時、魔物の雄叫びが聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、複数の魔物の姿が。

「この階の魔物は掃討したと思っていたのですが」
「それなりに時間が経っているから、新しく湧いてきたのかもしれないね」
「じいちゃんの昔話はめっちゃ気になるんだけど、まずは、あっちの対処ね。さあ、フェイト、ソフィア、いきなさい!」
「どうしてリコリスが命令をしているんですか?」
「あいだだだだだ!!!?」

 ソフィアに頭をギシギシと押さえられて、リコリスが悲鳴をあげた。
 二人共、余裕があるなあ。

「ふむ、全部で八体か。儂が三体、引き受けよう。二人には残りを頼んでもいいかのう?」
「はい、大丈夫です」
「うむ、頼もしい返事じゃ」

 それぞれ抜剣。
 そして、突撃。

 魔物に先制攻撃のチャンスは与えない。
 むしろ、こちらから攻撃することで、タイミングを乱してやる。

「はぁ!」

 さすがというか、ソフィアはもう一匹を斬り捨てていた。
 相手は金属でできた棒を武器にしていたが、その棒ごと叩き切ってしまう。

「せいっ!」

 ホルンさんもすごい。
 老齢とは思えない機敏な動きで魔物を惑わして、死角からの攻撃を叩き込んでいく。
 ソフィアのような一撃必殺の威力はない。
 ただ、堅実で確実な戦い方だ。

 結果、ホルンさんは魔物の攻撃を一撃も食らうことなく、倒すことができた。

 なるほど。
 ああいう戦い方もあるんだ。
 すごく参考になる。

「フェイト、来たわよ!」
「うん!」

 僕も負けていられない。
 木の棍棒を武器に、殴りかかってくるオークと対峙した。



――――――――――



 戦闘は五分ほどで終了した。
 僕達の圧勝だ。

 というけど……

 ソフィアがいるし、ホルンさんもすごい。
 二人のおかげだよね。

「フェイト、怪我はありませんか?」

 剣を鞘に収めつつ、ソフィアがそう尋ねてきた。
 僕も剣を収めて、頷いてみせる。

「うん、大丈夫だよ。ソフィアは?」
「私も問題ありません。ホルンさんも問題ないようですし……」
「ふぉっふぉっふぉ、まだまだ若い者には負けんぞ」
「なにも問題ありませんね」
「ちょっとちょっと。なんで、リコリスちゃんにはなにも聞かないわけ?」
「リコリスは天井の辺りを飛んでいたから、なにも問題はありませんよね?」
「そんなことないわよ! 蜘蛛の巣に引っかかって、めっちゃピンチだったわよ!」

 蜘蛛に食べられそうになる妖精って、いったい……

「ふむ。ひとまず魔物は掃討したが……この様子では、また現れるかもしれぬな」
「落ち着いて話を、というわけにはいきませんね」

 僕達もホルンさんも、まだまだ色々なことを話したい。
 しかし、状況がそれを許してくれない。

 まあ、ダンジョンの中で落ち着いて話をする、っていうのが、そもそも無理な話なんだけど。

 休むために結界などを展開しても、それでも見張りは必須だ。
 なにがあるかわからない。
 絶対に安全といえないのがダンジョンなのだから。

「提案なのじゃが……協力してダンジョンを攻略せぬか? その後、街へ戻り落ち着いて話をしようではないか」
「そうですね。ソフィアも、それでいいよね?」
「はい、問題ありませんよ。ホルンさんのような方が一緒だと、とても心強いです」
「ふぉっふぉっふぉ、老人をおだてるのがうまいのう」
「いえいえ、本心ですよ」
「……」

 ホルンさんはとても頼りになる。
 強いだけじゃなくて、たぶん、知識も豊富だと思う。

 でも、ソフィアがそんな風に褒めるところを見ていると……

「ふふ……どうしたのですか、フェイト?」
「えっ」

 気がつけば、ソフィアの顔がすぐ近くにあった。
 少し頬を染めて、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

「なにやら、あまりおもしろくなさそうな顔をしていましたが?」
「そ、それは別に……なんでもないよ」
「そうですか? 私は、嫉妬しているように見えたのですが」
「っ……!? そ、そそそ、そんなことは……」
「ふふ、フェイトはかわいいですね」
「むぎゅ!?」

 思い切り抱きしめられてしまう。
 そんなことをしたら、柔らかくて温かい二つの膨らみが……!?

「ふふ、フェイト♪」
「むぐぐー!?」

 僕は慌てて、

「「やれやれ」」

 リコリスとホルンさんが、生暖かい目をしてため息をこぼすのが見えた。
 ホルンさんはとても強かった。

 ソフィアほどの身体能力はない。
 失礼な言い方だけど、剣の技術も彼女より下だろう。

 でも、それを補って有り余る、戦闘経験があった。

 例えば、オークと相対した時。
 長年の経験から、オークが取る行動を簡単に予測することができる。
 ホルンさんの攻撃だけが当たり、オークの攻撃が当たることはない。

 まるで未来視のようだ。

 多くの魔物の習性、行動パターンを把握しているため、戦闘を有利に進めることができる。
 これは大きなアドバンテージだ。

 それと、冒険者としての知識。
 トラップの解除や、迷宮の出口を見つける方法。
 サバイバル知識など、その他諸々。
 僕も知らないようなことをたくさん知っていて、とても勉強になる。
 これが熟練の冒険者なのか、と感動したほどだ。

「ホルンさんって、すごいですね!」

 僕は声を弾ませて、そんなことを言う。

 周囲の警戒を終えたホルンさんは、剣を鞘に戻しつつ、苦笑する。

「いやいや、儂なんて大したことないわい」
「でも、僕よりも色々なことを知ってて……僕、色々あって、それなりにものを知っていると思っていたんですけど、自惚れでした」
「なに、そう卑下することはないぞ。フェイトの知識は相当なものじゃ。儂がフェイトと同じくらいだった頃、なにも知らんかったからのう」
「でも……」
「そう落ち込むでない。なに。そこまで言うのなら、儂が持っている知識を伝授するぞ?」
「本当ですか!?」
「うむ。儂なんかの知識でよければ、ぜひ、吸収してくれい」
「はい、がんばります!」
「ふぉっふぉっふぉ、まさか、この歳で生徒ができるとはのう」

 ホルンさんが楽しそうに笑う。
 それを見て、僕も笑顔になった。



――――――――――



「ギャア!?」

 ソフィアが魔物を斬り捨てた。

 しかし、その視線は魔物を見ていない。
 少し離れたところにいるフェイトとホルンに向けられていた。

「むう……」

 二人を見るソフィアの目はジト目だ。
 顔も不機嫌そうで、どことなく子供が拗ねているように見えた。

 視線を二人に固定しつつ、周囲の魔物を斬り捨てていく。
 全自動殺戮人形のようだ。
 ここにアイシャがいたら、怯えてたいたかもしれない。

「むううう……」
「ちょっと、ソフィア」

 どこか呆れた様子でリコリスがソフィアに声をかけた。

「なんですか?」
「よそ見してたら危ないわよ。あたし達が担当している方は、まだまだ魔物がいるんだから」
「この程度、なんともありませんよ」

 なんてことを言いつつ、再びソフィアは剣を振る。
 背後から奇襲をかけようとしていた魔物が、縦に一刀両断された。

 その剣速は風のよう。
 斬られた魔物も、しばらくの間、自分が死んだことに気づいていない様子だった。

「まあ、平気かもしれないけど……なによ。そんなにあの二人が気になるの?」
「べ、別に気になるなんていうことは……」
「めっちゃ気にしてるじゃない。うけるー」

 ケラケラと笑うと、

「あら、こんなところにも魔物が?」
「あたしは妖精です!? かわいいかわいい美少女妖精リコリスちゃんですぅ!?」

 ソフィアに脅されて、慌ててリコリスは降伏した。

 でも、それで懲りないのがリコリスだ。

「で、なんであの二人を見てるわけ?」
「……気になるじゃないですか」
「なにが?」
「私以外で、あんなにもフェイトが親しそうにするなんて……」

 要するに、ソフィアはホルンに嫉妬していたのだ。
 リコリスが呆れのため息をこぼす。

「あのね……あれは親しいとかそういう感じじゃなくて、憧れでしょ? 憧れ。好きとかそういうものじゃないから、気にする必要ないじゃん」
「それは理解しているのですが、しかし、それでも気になってしまうのです!」
「恋する乙女だから?」
「はい!」
「厄介ねー」

 リコリスは半分呆れて、しかし、半分は微笑ましく思う。

 恋愛。
 自分達妖精には、よくわからない感情だ。

 故に、ソフィアのように固執することはないものの……
 傍から見ている分は楽しく、興味深い。
 機会があれば自分もしてみたいなー、なんて思う。

「ま、安心なさい。あれはただの憧れで、そのままついていっちゃう、なんてことはないし」
「そうですね……ですが、それはそれで萌える展開で悩ましいです」
「え?」
「え?」

 しばしの沈黙。

「……ほら、さっさと魔物を倒しちゃいましょ」

 リコリスは聞かなかったことにした。
 塔の攻略を始めて、二日目に突入した。

 当初の予定では、踏破に三日以上はかかると踏んでいたのだけど……
 ホルンさんが加わったおかげで順調に進み、最上階へ到達した。

 最上階は難易度が高くて……
 たくさんの魔物に、たくさんの罠。
 攻略に手こずったものの、それでも最深部に到達することができた。

「……あれがこの塔のボスみたいですね」

 ちらりと、通路の角から様子を見るソフィア。
 その視線の先には、人骨の魔物、巨大なスケルトンが。

 三メートルくらい、かな?
 手は四本で、それぞれに血に濡れた剣を握っている。
 あれで多くの冒険者を倒してきたのだろう。

「グレータースケルトンですね。死神と同じく、アンデット系の上位の魔物です」
「厄介な相手じゃな」

 知らない魔物だけど……
 二人の緊張した顔を見るだけで、どれだけの強敵なのか理解できた。

 ソフィアは一流の剣士で、ホルンさんは一流の冒険者だ。
 その二人が警戒するということは、相当に強いのだろう。

「ふふんっ、なによあの骨ころ。バラッバラにして、わんこのおもちゃにしてやるわ!」
「勝手をしたらどうなるか……ふふふ」
「ヒィ!?」

 勝手に突撃しようとしたリコリスに、ソフィアは微笑んでみせた。
 リコリスがびくりと震えて、青い顔になる。

 毎回思うのだけど……
 リコリスの辞書に『学習』の二文字はないのかな?

「ソフィア、あいつはどんな魔物なの?」
「そうですね……魔物でありながら剣の名人で、その身体能力はAランクの冒険者を軽く超える。下手したらSランクに達しますね」
「そんなに……」
「その上、あの大きさ。そして、四つの剣。剣の名手の巨人を四体同時に相手にすると思ってください」
「それは、また……」

 考えただけで気が重くなる。

 とはいえ、目的のミスリルは、おそらくあいつが守る通路の向こうにある。
 ここで引き返すという選択はない。

「さて、どうしたものでしょうか……」
「うーむ……」

 作戦に迷っている様子で、ソフィアとホルンさんは難しい顔に。

 でも……
 そこまで迷うことかな?

「僕に考えがあるんだけど」



――――――――――



「リコリス、お願い」
「オッケー。リコリスちゃん、ミラクルマジカルラッキーパワー、フィジカルブースト!」

 リコリスにお願いして、一時的に身体能力を引き上げる魔法を使ってもらう。
 体が羽のように軽くなり、熱い力が湧いてきた。

「はぁっ!!!」

 僕は、真正面からグレータースケルトンに突撃した。

 かなりの加速だけど、それでも、ヤツが気づく前に攻撃……というわけにはいかない。
 グレータースケルトンは僕に気づいて、四つのうち二本の剣を構えた。

 僕だけじゃなくて、他の敵の存在を警戒しているのだろう。
 魔物にしては知能が高く、賢いヤツだ。

「ぐっ!」

 二本の巨大な剣がわずかにタイミングをずらしつつ、交互に振り下ろされた。

 一撃目は回避。
 二撃目は剣を斜めにして、受け流す。
 うまくやれたと思うのだけど、それでも手が痺れてしまう。
 なんてバカ力だ。

「うむ、よくやった!」

 影からホルンさんが飛び出してきた。
 風のように速く動いて、グレータースケルトンを斬りつける。

 しかし、浅い。
 いくらかのダメージは与えたものの、決定打には至らない。

「むんっ!」

 ホルンさんは気合の入った声と共に、グレータースケルトンの反撃を防いでみせた。
 なんと、二本の剛剣を一本の剣で受け止めている。

 すごい。
 こんな怪物と真正面から激突して、押し負けず、耐えるなんて。
 並大抵の技術、身体能力じゃないとできないはずだ。

「くっ」

 僕もホルンさんも防御に徹することになり、攻撃の手が止まるのだけど……
 それは、グレータースケルトンも同じ。
 四本の剣を全て使い切り、その身を守るものはなにもない。

 だから、これで終わり。

「神王竜剣術、参之太刀……」

 ソフィアが一歩を踏み出した。

「紅っ!!!」

 爆発的な加速で、一気にグレータースケルトンの目の前に。
 その勢いを乗せた突きを放ち、グレータースケルトンの顔をまっすぐに貫いた。

「ギィヤアアアアアッ!!!?」

 グレータースケルトンは悲鳴をあげて、剣を落として、よろめいて……
 そして、灰となって消滅した。

 うん。
 僕達の勝利だ。

 僕とホルンさんが足止めをして、一番火力のあるソフィアが一気に倒してしまう。
 シンプルな作戦だけど、うまくハマったみたいだ。
 無事にミスリルを見つけた僕達は、塔を後にした。

 スノウレイクに続く道を歩いて……
 その最中、ホルンさんがさきほどの話の続きをしてくれる。

「儂とノノカ嬢は、一緒に世界を旅した。人間と妖精、異なる種族じゃが、不思議と気が合ってのう」
「まー、ノノカは変わり者だったからねー。人間に剣をあげちゃえば、一緒に旅をすることもあると思うわ」
「「……」」

 僕とソフィアは、一番の変わり者のリコリスがそれを言う? という顔をした。
 しかし、リコリスはそれに気づかない。

「どんな旅だったんですか?」
「特に目的はなかったのう。色々な街を訪れて、色々な自然を見て、色々な宝を手に入れる……気のむくまま風の吹くまま、という感じじゃな」
「へー」

 そういう旅は憧れる。
 いつか僕も、ソフィアと一緒に……

「フェイト?」
「えっ」
「どうしたのですか? 顔が赤いですよ?」
「う、ううん! なんでもないよ!?」
「?」
「ふぉっふぉっふぉ」

 ソフィアは不思議そうな顔をしていたけど、ホルンさんは僕の考えていることを察した様子で、楽しそうに笑っていた。

 ただ、その笑顔は消えてしまう。

「そうやって、儂とノノカ嬢は世界を旅していたのじゃが……それも、ずっとというわけにはいかなかった」

 ホルンさんの様子に、自然と僕達からも笑顔が消えた。

「妖精狩りは知っておるか?」
「あ、はい……妖精は珍しくて綺麗だから、乱獲されて……」
「……ノノカ嬢も、その被害に遭ってしまってのう」
「っ……!」

 思わず息を飲んでしまう。
 まさか、そんなことになっていたなんて……

「……」

 リコリスは知っていたらしく、驚きの表情はない。
 ただ、他の感情はゼロで……
 まるで人形のような顔をしていた。

「無論、儂はすぐに助け出した。ノノカ嬢をさらったのは貴族だったが、構わずに屋敷に押し入った。そして、助け出したが……儂ら人間がノノカ嬢を傷つけようとしてしまった。こうなった以上、一緒にはいられん……だから、儂らは別れることにしたのじゃ」
「……」

 その時の悔しさを、悲しみを思い出しているのかもしれない。
 ホルンさんは拳を強く強く握りしめていた。

「ノノカ嬢は、友達のいるところに帰る、と言った。儂は彼女を見送り……ただ、最後にとある約束をした。それと再会を願い、別れた」
「そうだったんですね……」
「できれば、またノノカ嬢と一緒に旅をしたかったが……そうか、彼女はもういないか」

 さきほど、ノノカのことを話して……
 それを知ったホルンさんは、寂しそうに言う。

「別れの際、儂は雪水晶の剣を返した」
「どうしてですか?」
「雪水晶の剣は、人間と妖精の友好の証のようなものじゃ。それなのに、人間がノノカ嬢を害そうとした。儂が使っていいものではない」
「それは……!」

 ホルンさんのせいじゃない。
 ノノカをさらったという貴族のせいだ。

 そう言って慰めたかったのだけど……
 でも、ホルンさんの後悔にまみれた表情を見て、なんの慰めにもならないことに気がついた。

 自分が手を下したわけじゃなくても。
 同じ人間がしたことに変わりなくて……
 ならばせめてもと、助けることもできなかった。

 深い自責と後悔があるのだろう。
 そして、それらがホルンさんの心を縛り、雪水晶の剣を手放す決意となったのだろう。

「儂は……ダメな人間じゃった……」

 ホルンさんは、深い深いため息をこぼして……

「……そうでもないわよ」

 ふと、リコリスがホルンさんの後悔を否定する。

「どういう意味じゃ?」
「あたし、ノノカの最期を知っているの。というか、看取ったの」
「……」
「ある日、ノノカがひどく疲れた様子で帰ってきて……それから静養して。元気になったんだけど、ある日、冒険者がやってきてノノカを……」
「そう、か」
「でも、彼女は生きたわ。がんばって生き抜いたの。とてもノノカらしい最期だったわ」
「……」
「で……ノノカは、あんたや人間のことは恨んでなかったわ」
「なに……?」

 ホルンさんがうつむかせていた顔を上げた。
 すると、リコリスと目が合う。

 リコリスは寂しそうにしていたものの、でも、笑っていた。
 小さな笑顔を浮かべていた。

「あの子、バカよね。自分がとんでもない目に遭わされたっていうのに、人間を恨んでなくて。むしろ、感謝していたわ」
「感謝、じゃと……?」
「そう、感謝。色々なところに連れて行ってくれて、色々な経験をさせてくれて、すごく楽しかった……って。ありがとう、って」
「っ……!」

 ホルンさんの顔が歪む。
 ただ、涙は堪えた。

「これも縁ね。あの子の、あんたに向けた最期の言葉を伝えるわね?」
「……うむ、頼む」
「私は先に天に行って、あっちで好きに探索しているね? だから、あなたはゆっくりと生きてから来て。それからまた一緒に冒険しよう……だって」
「そう、か……」

 今度は我慢できなかったのだろう。
 ホルンさんは顔を隠すように手を当てて……

 そして、しばらくの間、肩を震わせた。
 それから、しばらくしてホルンさんが落ち着きを取り戻して……
 スノウレイクへ戻り、宿の前で別れて……

 僕とソフィアは家に帰り、アイシャとスノウに迎えられつつ、父さんと母さんと一緒に夕飯を食べた。

「……」

 自室へ戻り、ベッドに寝つつ、ぼーっと天井を見る。
 考えるのはホルンさんの話だ。

 リコリスの友達のノノカと出会い。
 友情の証として、雪水晶の剣をもらい。
 一緒に世界を旅した。

 しかし……

 ノノカは妖精狩りに遭ってしまい、最終的に命を落としてしまう。
 そのことを悔いたホルンさんは、雪水晶の剣を手放してしまう。

 僕はそっと体を起こして、傍らに立てかけておいた、雪水晶の剣の鞘を見る。

「僕が持っていていいのかな……?」

 雪水晶の剣は修理する。
 これは絶対だ。

 でも、その後は?

 雪水晶の剣は、ホルンさんとノノカの友情の証だ。
 もっと大げさに言うのなら、人間と妖精の絆の架け橋。

「そんな大事なものを僕が持っているなんて……あ、はい?」

 考え込んでいると、途中で扉をノックする音が響いた。

 ソフィアやアイシャかな?
 リコリス……は違うか。彼女ならノックなんてしない。

「こんばんはぁ」
「あれ、ミント?」

 姿を見せたのは、意外というかミントだった。
 もう夜なのに、どうして僕の家に?

「どうしたの?」
「私の家のお風呂が壊れちゃって、ちょっと借りていたの」
「そうだったんだ」
「それでー、フェイトとお話でもできればー、なんて」
「うん、いいよ」
「ありがとー」

 ミントはにっこりと笑い、近くの椅子に座る。
 僕も体を起こして、ベッドに座る。

「フェイトの部屋、久しぶりかもー」
「そうだよね。十年以上、帰っていなかったから」
「長すぎるよー。どうして、もっと頻繁に帰ってこないのー?」
「えっと……」

 奴隷になっていました。
 ……なんて、絶対に心配をさせてしまうので言えるわけがない。

「……ちょっと忙しくて」
「そっかー、それなら仕方ないねー」

 ミントはふんわりとした様子で言う。
 僕の気持ちを察してくれたというよりは、特に気にしていないのだろう。
 そういう女の子だ。

「じゃあじゃあ、暗い顔をしている理由は聞いてもいいかなー?」
「え? 僕、そんな顔をしているの?」

 部屋にある鏡を確認してみるけど、特に変わらないように見えた。

「いつもと同じだよね?」
「ぜんぜん違うよー?」
「そう、なのかな……?」

 ミントにしかわからないのかな?

「えっと……ちょっと、今悩んでいることがあって」

 迷った末、少しだけ話してみることにした。
 詳細はホルンさんやノノカのプライベートに関わるから話せないけど……
 ぼかす形でなら問題ないと思う。

「雪水晶の剣なんだけど……」
「フェイトのお父さんに修理をお願いした?」
「うん。あの剣って、とある友情の証に作られたものなんだ」
「へー、素敵な話だねー」
「でも……僕は関係なくて」

 天井を見上げる。

「本当に偶然手に入れただけで、それなのに僕が持っていていいのかな、って……」
「いいんじゃないかなー?」

 あっさりと肯定されてしまう。

 でも、ミントは考えなしにものを言う子じゃない。
 悩み相談をした時は、きちんと考えて、ミントなりの答えを口にしている。

「それは、どうして?」
「だって、ピッタリに見えるよ」
「ピッタリ?」
「フェイトと雪水平の剣」
「水晶ね」

 ピッタリって、どういう意味だろう?

「んー……私の感覚だからうまく説明できないんだけど、この前、ちょっと見たんだ。フェイトがその剣と一緒にいるところ」
「うん」
「そうしたら、すごく絵になっていたというか、違和感がないっていうか……いい感じ?」
「と、言われても……」
「それくらい自然で、なにも問題はないかなー、って思ったの。きっと、剣もフェイトと一緒にいたいと思っているんだよ」
「……剣が……」

 意外な言葉に、ついついぽかんとしてしまう。

 剣の気持ちなんて考えたことなかった。
 いつも僕のことだけで……

「きっと、大丈夫だと思うよ」

 ミントがにっこりと笑う。
 その笑顔は花のようで、太陽のようで……
 自然とこちらも笑顔になる。

「……うん、そうだね。ありがとう」
「どういたしまして」
 雪水晶の剣を僕が持っていてもいいのか?
 その問題について、完全に悩みが晴れたわけじゃない。

 でも、ミントのおかげで少しだけ迷いが消えた。

「じゃあ、私、そろそろ……」

 「家に帰るね」と、言おうとしたのだろう。
 でも、その言葉が出てくるよりも先に扉が開いた。

 姿を見せたのは……

「フェイト、これからのことについて……なの、ですが……」

 ソフィアだった。

 僕を見て、次いで、ミントを見て。
 柔らかな顔が、みるみるうちに固くなっていく。

「……あら、あらあらあら」

 ソフィアがにっこりと笑う。
 ものすごくにっこりと笑う。

 怖い。
 顔は笑っているはずなのに、目は笑っていない。

「……あっ」
「やば!?」

 後ろからアイシャとリコリス、スノウが現れるのだけど……
 ソフィアを見るなり反転して、ダダダッ! と逃げてしまう。

 娘に怯えられているけど、いいの?
 なんてツッコミを入れる雰囲気じゃない。

「フェイト、なにをしているのですか?」
「な、なにも!? 少し話をしていただけで、やましいことはしていないよ!」
「うんうん、幼馴染の話をしていただけだよねー」
「フェイトの幼馴染は、この私なのですが!」
「えー、でも、私もフェイトの幼馴染なんだけどー」

 バチバチと、二人の間で火花が散ったような気がした。

「フェイトは、私と一緒にお話をして楽しかったよねー?」
「っ!?」

 ミントが左腕に抱きついてきた。

 ぎゅうっと、体を押し付けるようにして……
 そんなことをしているせいか、柔らかい感触が……

「私と一緒の方がいいですよね!?」
「っ!?」

 反対側にソフィアが抱きついてきた。

 やはり、ぎゅうっとしていて……
 柔らかくてふくよかな感触が……

「フェイトー」
「フェイト!」
「えっ、いや、その……」

 僕はどうすれば!?
 というか、普通に話をしていただけなのに、どうしてこんなことに!?

 いや、うん。

 わかってはいるんだ。
 ソフィアは嫉妬してくれていて、ミントは、それを見てからかっているだけ、っていうことは。

 でもでも、こんな修羅場っていう状況は初めてで……
 混乱して、どうしていいかわからない。
 思考がぐるぐるになって、うまい言葉が出てこない。

「おい、フェイト」

 進退窮まったところに現れた救世主は、父さんだった。

 ソフィアとミントに挟まれた僕を見て、呆れるようなため息。
 それから、こちらにやってきて……

「なに遊んでやがる」
「あいた!?」

 げんこつをくらってしまう。

「これからについて話をしたい。遊んでないで工房に来い」
「ぼ、僕は遊んでいるわけじゃ……」
「いいな、早くしろよ」

 言うだけ言って、父さんは部屋を後にしてしまう。

 残された僕達は……

「えっと……そういうわけだから」
「……命拾いしましたね」
「……なんのことかなー」

 二人は離れてくれるものの、未だに笑顔で睨み合っていた。
 勘弁して。



――――――――――



 工房に移動すると、リコリスの姿があった。
 その隣に父さんがいて、僕達がとってきたミスリルを見ている。

「……」

 その表情は真剣そのもの。
 『職人』としての父さんの顔を久しぶりに見て、なんだか、とても懐かしくうれしいと思った。

「おう、来たか」
「さきほどは失礼しました」

 一緒に来たソフィアが軽く頭を下げた。

 ちなみに、ミントは自分の家に帰った。
 もう遅い時間だから、と言っていたのだけど……
 一通りソフィアをからかい、満足したのだろう。

 のんびりしてて、ふわふわしてて……
 そんな女の子に見えるのだけど、実は、ミントはいたずら好きなのだ。

「こいつについての話をするぞ」

 父さんは、折れた雪水晶の剣を指先でコンコンと叩いた。

「修理できそう……?」
「できる、と言いたいが……ちと厄介なことになった」
「どういうこと?」

 父さんなら修理はできる。
 そのためにミスリルをとってきた。

 それなのに、どうして……!?

「落ち着け」
「あいたっ!?」

 反射的に熱くなってしまうと、再びげんこつをもらってしまう。
 おかげで落ち着くことはできたものの、頭が痛い。

 父さんは、息子の頭にぽんぽんとげんこつを気軽に落としすぎじゃないだろうか?

「できないって言ってるわけじゃない、早とちりするな」
「いたた……なら、厄介なことっていうのは?」
「この剣が思っていた以上に普通じゃなかった、ってことだ」

 父さん曰く……

 折れた刃をくっつけるだけなら、大した手間もなく、材料があれば簡単にできるらしい。
 ただ、それだけでは雪水晶の剣が本来の力を取り戻すことはない。

 色々と調べてみたところ、雪水晶の剣は、ただ単純に切れ味の鋭い剣というわけではないらしい。
 想いを力に変えることができるとか。

 だからなのか、と納得する。
 レナの魔剣にヒビを入れることができたのは、そのおかげなのだろう。

 さて。

 そんな特殊な剣だから、特殊な方法でないと修復も難しいらしい。
 素材を集めるだけじゃなくて、妖精の力が必要になるのだとか。

「あたし?」

 みんなの視線がリコリスに向けられた。

「ああ。妖精の協力がないと、剣を修理することは不可能だ」
「へー、ほー」

 リコリスはよくわからない声をこぼす。
 感心しているような感じだ。

「おっちゃん、すごいわね。普通、そんなところはわからないのに」
「ま、俺も鍛冶やって長いからな。いろんな剣に触れてきたから、それなりの知識はあるつもりさ」
「それでも、妖精の剣についてなんて、普通、知らないわよ。ふふん、あたしが認めてあげるわ」
「おう、ありがとよ」

 この二人、気が合うのだろうか?

「具体的にどうするのですか?」

 ソフィアが肝心な部分について尋ねた。

「剣を打ち直しつつ、魔力を注いでもらうんだよ。その魔力ってのが、妖精でないとダメなのさ」
「なるほど……それ以外には?」
「いや、その他の細かい条件は特にない。妖精に魔力を注いでもらう、って点が重要なんだ」

 父さんは苦い顔に。

「まあ……あんなことがあったからな。妖精に魔力を注いでもらうなんて、不可能って言ってもいい。だから、妖精が作った剣は世の中から消えていったのさ」

 あんなこと、というのは『妖精狩り』のことだろう。

 人間が妖精を狩り、そして、妖精は人前から姿を消した。
 当たり前だ。
 天敵となった人間の前に現れるわけがない。

 それを考えると、リコリスとの出会い。
 そして今の状況は奇跡と言えるような気がした。

「ってなわけで……ちっこい嬢ちゃん、力を貸してくれねえか?」
「ま、仕方ないわねー。このあたしの力が必要ってことになると? あたししか頼れないわけで? ふふんっ、仕方ないわねー」

 リコリスはものすごいドヤ顔だった。
 自分にしかできない、というところがツボに刺さったらしい。

 でも、それくらいにしておいて。
 ソフィアがイラッとした顔になっているよ?

「それじゃあ、すぐにでも修理する? しましょうか?」
「いや、今は難しいな。もう夜だからな」
「なによ。少しくらい夜ふかししてもいいじゃない」

 雪水晶の剣はノノカの形見と言ってもいい。
 リコリスとしては早く修理したいのだろう。

「今からだと徹夜になるからな。さすがに、この歳で徹夜はきつい」
「は?」
「たぶん、半日作業になるからな」
「……半日?」

 リコリスが、そんなこと聞いてない! という感じで顔をひきつらせた。

「もしかして……半日の間、あたし、魔力を注がないといけないわけ?」
「いや、それはない」
「そ、そうよね……」
「四分の三の9時間ってところだな」
「あんま変わらないわよ!!!」

 ダーンッ、とリコリスは近くの机を叩いた。
 そのまま、抗議をするかのようにバシバシと叩き続ける。

「9時間も魔力を放出できるわけないでしょ!? 干からびちゃうわよ! 乾燥リコリスちゃんになっちゃうわよ!」
「なんだ、それくらいできないのか」
「挑発するように言っても無駄よ! できるわけないじゃん!?」
「気合だ」
「そんな根性論、今どき流行らないわよ!」
「がんばれ」
「適当な応援!?」

 やっぱりこの二人、仲が良いのかもしれない。

 でも、困ったな。
 あのリコリスがはっきりとできないと言うっていうことは、本当に無理っていうことだ。
 そうなると、雪水晶の剣は修理できないわけで……

「ど、どうしよう……?」
「……」

 思わぬ落とし穴に、みんな、言葉を失い悩んでしまう。

 リコリスに無理をさせるわけにはいかないし……
 他の方法が簡単に見つけるかどうかわからなくて……

「……おとーさん」

 八方塞がり? と思った時、いつの間に顔を出していたのか、アイシャがいた。