ホルンさんはとても強かった。

 ソフィアほどの身体能力はない。
 失礼な言い方だけど、剣の技術も彼女より下だろう。

 でも、それを補って有り余る、戦闘経験があった。

 例えば、オークと相対した時。
 長年の経験から、オークが取る行動を簡単に予測することができる。
 ホルンさんの攻撃だけが当たり、オークの攻撃が当たることはない。

 まるで未来視のようだ。

 多くの魔物の習性、行動パターンを把握しているため、戦闘を有利に進めることができる。
 これは大きなアドバンテージだ。

 それと、冒険者としての知識。
 トラップの解除や、迷宮の出口を見つける方法。
 サバイバル知識など、その他諸々。
 僕も知らないようなことをたくさん知っていて、とても勉強になる。
 これが熟練の冒険者なのか、と感動したほどだ。

「ホルンさんって、すごいですね!」

 僕は声を弾ませて、そんなことを言う。

 周囲の警戒を終えたホルンさんは、剣を鞘に戻しつつ、苦笑する。

「いやいや、儂なんて大したことないわい」
「でも、僕よりも色々なことを知ってて……僕、色々あって、それなりにものを知っていると思っていたんですけど、自惚れでした」
「なに、そう卑下することはないぞ。フェイトの知識は相当なものじゃ。儂がフェイトと同じくらいだった頃、なにも知らんかったからのう」
「でも……」
「そう落ち込むでない。なに。そこまで言うのなら、儂が持っている知識を伝授するぞ?」
「本当ですか!?」
「うむ。儂なんかの知識でよければ、ぜひ、吸収してくれい」
「はい、がんばります!」
「ふぉっふぉっふぉ、まさか、この歳で生徒ができるとはのう」

 ホルンさんが楽しそうに笑う。
 それを見て、僕も笑顔になった。



――――――――――



「ギャア!?」

 ソフィアが魔物を斬り捨てた。

 しかし、その視線は魔物を見ていない。
 少し離れたところにいるフェイトとホルンに向けられていた。

「むう……」

 二人を見るソフィアの目はジト目だ。
 顔も不機嫌そうで、どことなく子供が拗ねているように見えた。

 視線を二人に固定しつつ、周囲の魔物を斬り捨てていく。
 全自動殺戮人形のようだ。
 ここにアイシャがいたら、怯えてたいたかもしれない。

「むううう……」
「ちょっと、ソフィア」

 どこか呆れた様子でリコリスがソフィアに声をかけた。

「なんですか?」
「よそ見してたら危ないわよ。あたし達が担当している方は、まだまだ魔物がいるんだから」
「この程度、なんともありませんよ」

 なんてことを言いつつ、再びソフィアは剣を振る。
 背後から奇襲をかけようとしていた魔物が、縦に一刀両断された。

 その剣速は風のよう。
 斬られた魔物も、しばらくの間、自分が死んだことに気づいていない様子だった。

「まあ、平気かもしれないけど……なによ。そんなにあの二人が気になるの?」
「べ、別に気になるなんていうことは……」
「めっちゃ気にしてるじゃない。うけるー」

 ケラケラと笑うと、

「あら、こんなところにも魔物が?」
「あたしは妖精です!? かわいいかわいい美少女妖精リコリスちゃんですぅ!?」

 ソフィアに脅されて、慌ててリコリスは降伏した。

 でも、それで懲りないのがリコリスだ。

「で、なんであの二人を見てるわけ?」
「……気になるじゃないですか」
「なにが?」
「私以外で、あんなにもフェイトが親しそうにするなんて……」

 要するに、ソフィアはホルンに嫉妬していたのだ。
 リコリスが呆れのため息をこぼす。

「あのね……あれは親しいとかそういう感じじゃなくて、憧れでしょ? 憧れ。好きとかそういうものじゃないから、気にする必要ないじゃん」
「それは理解しているのですが、しかし、それでも気になってしまうのです!」
「恋する乙女だから?」
「はい!」
「厄介ねー」

 リコリスは半分呆れて、しかし、半分は微笑ましく思う。

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 自分達妖精には、よくわからない感情だ。

 故に、ソフィアのように固執することはないものの……
 傍から見ている分は楽しく、興味深い。
 機会があれば自分もしてみたいなー、なんて思う。

「ま、安心なさい。あれはただの憧れで、そのままついていっちゃう、なんてことはないし」
「そうですね……ですが、それはそれで萌える展開で悩ましいです」
「え?」
「え?」

 しばしの沈黙。

「……ほら、さっさと魔物を倒しちゃいましょ」

 リコリスは聞かなかったことにした。