2話 幼馴染


それは、今から十年前のこと。

 僕には、同い年の幼馴染がいた。
 彼女の名前は、ソフィア・アスカルト。

 ソフィアと僕は、毎日一緒に遊んで、いつも一緒にいるくらい仲が良い。
 毎日が楽しくて楽しくて……
 笑顔で満たされていた。

 こんな幸せがずっと続いていく。
 当時の僕は、そう信じて疑わなかったのだけど……

 別れは唐突に訪れた。



――――――――――



「ごめんなさい……もう、フェイトと会うことはできないの」

 いつものように遊ぼうとしたら、ソフィアは泣きそうな顔をしていた。
 親とケンカでもしたのだろうか?

 何事か問いかけると、そんな答えが。

「え? ど、どういうこと? もう会えないって……」
「パパの仕事の都合で、私、王都へ移住することになったんです。だから……フェイトと遊べるのは、今日で最後で……」
「そんな……」

 足場が崩れて、そのまま落下していくような……
 そんなひどいショックを味わう。

「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……ソフィア……」

 彼女は泣いていた。

 たぶん、僕と同じで、離れたくないと思ってくれているのだろう。
 でも、どうしようもなくて、悔しくて……
 心が悲しみに満たされて、泣いていた。

 僕はなにをしている?

 ソフィアがいなくなることは悲しい。
 寂しいけど……でも、今は悲しんでいる場合じゃない。
 もっと他にするべきことがあるだろう。
 彼女の涙を止めるべきだろう。

「泣かないで、ソフィア」
「フェイト……でも、私……」

 泣きながらソフィアが抱きついてきた。

「私、フェイトと離れたくないです……! ずっとずっと一緒にいたいです!」
「うん……僕も一緒にいたいよ」
「なら……」
「でも、そう思っているのは僕だけじゃないよ。ソフィアのお父さんとお母さんも、一緒にいたいと思っているはずだから」
「あ……」

 そっと、ソフィアの背中に手を回す。
 そして、僕も彼女を抱きしめた。

「僕もソフィアと離れたくないよ。でも、だからといって、お父さんとお母さんと離れて暮らすことはよくないと思うから……寂しいけど、悲しいけど、見送ることにするよ」
「でも、それじゃあ……私達は、もう……」
「終わりじゃない」

 それ以上、言わせてたまるものかと、ソフィアの台詞を強い口調で遮る。

「僕達は、終わりなんかじゃない」
「でも……」
「約束をしよう」
「約束……?」
「この前、将来の夢の話をしたよね? 僕もソフィアも、冒険者になって、一緒に世界中を旅するんだ、っていう話をしたよね?」
「……はい」
「だから、約束をしよう。将来、冒険者になって、再会して……パーティーを組もう。それで、夢を実現させて、世界中を旅しよう。今は離れ離れになるかもしれないけど、でも、それは一時の間だけ。未来では、ずっと一緒にいるよ」
「……フェイト……」

 ソフィアの瞳に、みるみるうちに涙が溜まる。

「フェイト!」

 さらに強く抱きついてきた。

 そして、涙声で言う。

「ええ、ええ……約束します! 私は冒険者になって、フェイトと一緒に世界中を旅します! 今度こそ、ずっとずっと一緒にいるんです!」
「うん、一緒にいようね」
「でも……もう一つ、約束を付け足してもいいですか?」
「それはいいけど、どんな約束?」
「それは……」



――――――――――



「……あ」

 ふと、意識が覚醒した。
 ぼろぼろの部屋の隙間から、太陽の光が差し込んでいる。

 どうやら、いつの間にか寝てしまったみたいだ。

「懐かしい夢を見たな……」

 あれから十年。
 大事な幼馴染は、今はどうしているだろう?

 僕は奴隷に堕ちてしまったけれど……
 でも、夢を諦めたつもりはない。
 約束を破るつもりはない。

 どうにかしてこの状況から脱却して……
 そして、今以上に強い冒険者になって……

 必ずソフィアと再会して、世界中を一緒に旅するんだ。

 だから、どれだけ辛くても、自分で自分を殺すなんてことは絶対にしない。
 希望があると信じて、前に歩き続ける。
 みっともないとしても、生き抜いてみせる。

「ソフィア……待っていてね」

 絶対に約束を守ってみせるから。

 僕は強い決意を胸に宿して、改めて、ソフィアと再会するという誓いを立てた。