将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

1話 憧れていた現実は厳しく辛く

「おいっ、のんびり歩いてるんじゃねえよ、このウスノロが!」

 罵声が飛ぶ。
 その対象は僕だ。

「す、すみま……せん……!」

 答える僕は、息も絶え絶えだ。
 それも当然。
 自分の体よりも大きい、数十キロという荷物を背負っているのだから。

 そんな状態で、何時間もダンジョンを歩いている。
 休む時間なんてない、ぶっ通しだ。

 息が切れて当たり前。
 汗で服が濡れて、水をかぶったかのよう。
 脱水症状でも起こしているのか、足元はフラフラで、気を抜けば倒れてしまいそうだ。

「さっさとしろや、このグズ! 大した力もないお前なんて、荷物運びくらいしか役に立たないんだからな」

 そう僕を罵るのは、Aランクパーティー『フレアバード』のリーダー、シグルドだ。
 『剣豪』の称号を持ち、パーティーのアタッカーとして、日々、活躍をしている。

「シグルドってば、鬼畜ぅ~。フェイトってば、こんなにもフラフラなのに、まだ酷使しちゃうなんて」
「なんだよ、ミラは反対か?」
「ううん、大賛成♪ 大した力のない無能なんだから、これくらいは役に立ってもらわないとねー。倒れるまでがんばってもらいましょ、きゃははは!」

 楽しそうに笑うのは、魔法使いのミラだ。
 攻撃魔法だけではなくて、回復魔法も使うことができる。
 その力で、パーティーメンバーを支えている。

「早くしてもらえませんか、無能? ミラの言う通り、あなたが遅いと攻略に影響するのですよ。そうなると、パーティーの名声に傷がつくかもしれない。まったく……本当にキミは無能ですね」

 僕のことを名前で呼ばず、無能と呼ぶ男は、狩人のレクターだ。
 サポートを得意とするだけではなくて、ダンジョン内の罠の解除や敵の探知を行うなど、なくてはならない存在だ。

 三人とも優れた冒険者で、全員、Aランク。
 『フレアバード』の主要メンバーで、なくてはならない存在。

 一方の僕は……どうでもいい、いてもいなくても変わらない存在。
 なんとかパーティーに所属することができたものの、仕事は、荷物運びや宿の手配、料理などの雑用がメイン。
 それ以外の仕事をしたことがない。

 不満がないといえばウソになる。
 でも、その不満は口にしない。
 口にしても改善されることはないし、どうすることもできない。

 だから、我慢して我慢して我慢して……ひたすらに耐える。

「っと……みんな、構えてください。敵です」

 レクターが敵を探知したらしく、弓を構えた。
 続けて、シグルドとミラも武器を構える。

 ズンズンッという大きな足音と共に、ミノタウロスが現れた。
 さらに、リザードマンが数匹、見える。

「ちっ、ミノタウロスだけならまだしも、リザードマンも一緒か。面倒だな」
「あはっ、私、良いこと思いついちゃったかも」
「なんだ?」
「そこの無能を囮にしましょ♪」
「えっ!?」

 無茶苦茶な提案に、さすがに顔を引きつらせてしまう。

 ただ、他の二人は乗り気だ。

「へえ、なかなかおもしろそうだな」
「なるほど……悪くない案ですね。私達がミノタウロスを相手にする間、リザードマンは、無能に引きつけてもらいますか。無能でも、それくらいはできるでしょう」
「ま、待ってください! 僕は今、重い荷物を背負っていて、それに、体力もあまり残っていなくて……」
「死ぬ気でがんばればなんとかなるだろ」

 必死に無理だと訴えるのだけど、返ってきたのは、適当すぎる言葉だった。

「そんな……」
「いいからやれ。でなければ、この場で俺が斬り殺すぞ?」
「っ……!」

 首に剣を突きつけられた。
 逆らうことはできない。

 僕は覚悟を決めて、リザードマンの群れに突撃した。



――――――――――



 ダンジョン攻略が終わり、夜。
 ようやく宿に戻ることができた。
 僕に与えられた部屋は馬小屋同然の粗末なところだけど、それでも、横になれるだけありがたい。

 カビたパンと汚れた水を飲んで、なんとか空腹を満たした後、汚れたベッドに横になる。

「……今日も疲れた……」

 雑用だけじゃなくて、まさか、囮までさせられるなんて。
 久しぶりに、本気で死ぬかと思った。

 でも、なんとか生き延びることができた。
 かすり傷や打撲は絶えないけれど、なんとか、五体満足でいることができる。

「でも……それも、いつまで続くか」

 僕は『フレアバード』の一員ではあるけれど、望んで在籍しているわけじゃない。

 五年前……冒険者になった僕は、強くなるために、当時、Cランクパーティーだった『フレアバード』の新しいパーティーメンバー募集の面接を受けた。
 結果、受かることができたのだけど……
 それは全部、シグルド達の罠だった。

 シグルドの力、ミラの魔法、レクターの知略で、僕は無理矢理に奴隷契約を結ばされてしまったのだ。

 騎士団などに訴えようとしたものの、そういった行為はシグルド達に禁じられているため、実行することはできなかった。
 奴隷は主の許可のない行為はできない。

 その他、色々な方法で解放される方法を考えたのだけど、全て失敗してしまい……
 そして、その度に躾という名の暴力を受けた。

 次第に僕は反抗する気力をなくして、言われるままに従うようになり……
 そして、今に至る。

「僕は……なんのために生きているんだろう……?」

 そんなことを考えるけれど、答えなんて見つからない。
 心は空虚で、ただひたすらに辛い。

「……いっそのこと、死んでしまえば楽になれるのかな……」

 そんなことを思うのだけど、

「ダメだ! それだけは、絶対にダメだ!」

 すぐに弱音を捨て去り、なにがなんでも生き抜いてみせる、と決意を固める。

 大した力は持っていない。
 騙されて奴隷に。
 そんな僕だけど、夢がある。

「ソフィア……また、いつかキミと一緒に……」
2話 幼馴染


それは、今から十年前のこと。

 僕には、同い年の幼馴染がいた。
 彼女の名前は、ソフィア・アスカルト。

 ソフィアと僕は、毎日一緒に遊んで、いつも一緒にいるくらい仲が良い。
 毎日が楽しくて楽しくて……
 笑顔で満たされていた。

 こんな幸せがずっと続いていく。
 当時の僕は、そう信じて疑わなかったのだけど……

 別れは唐突に訪れた。



――――――――――



「ごめんなさい……もう、フェイトと会うことはできないの」

 いつものように遊ぼうとしたら、ソフィアは泣きそうな顔をしていた。
 親とケンカでもしたのだろうか?

 何事か問いかけると、そんな答えが。

「え? ど、どういうこと? もう会えないって……」
「パパの仕事の都合で、私、王都へ移住することになったんです。だから……フェイトと遊べるのは、今日で最後で……」
「そんな……」

 足場が崩れて、そのまま落下していくような……
 そんなひどいショックを味わう。

「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……ソフィア……」

 彼女は泣いていた。

 たぶん、僕と同じで、離れたくないと思ってくれているのだろう。
 でも、どうしようもなくて、悔しくて……
 心が悲しみに満たされて、泣いていた。

 僕はなにをしている?

 ソフィアがいなくなることは悲しい。
 寂しいけど……でも、今は悲しんでいる場合じゃない。
 もっと他にするべきことがあるだろう。
 彼女の涙を止めるべきだろう。

「泣かないで、ソフィア」
「フェイト……でも、私……」

 泣きながらソフィアが抱きついてきた。

「私、フェイトと離れたくないです……! ずっとずっと一緒にいたいです!」
「うん……僕も一緒にいたいよ」
「なら……」
「でも、そう思っているのは僕だけじゃないよ。ソフィアのお父さんとお母さんも、一緒にいたいと思っているはずだから」
「あ……」

 そっと、ソフィアの背中に手を回す。
 そして、僕も彼女を抱きしめた。

「僕もソフィアと離れたくないよ。でも、だからといって、お父さんとお母さんと離れて暮らすことはよくないと思うから……寂しいけど、悲しいけど、見送ることにするよ」
「でも、それじゃあ……私達は、もう……」
「終わりじゃない」

 それ以上、言わせてたまるものかと、ソフィアの台詞を強い口調で遮る。

「僕達は、終わりなんかじゃない」
「でも……」
「約束をしよう」
「約束……?」
「この前、将来の夢の話をしたよね? 僕もソフィアも、冒険者になって、一緒に世界中を旅するんだ、っていう話をしたよね?」
「……はい」
「だから、約束をしよう。将来、冒険者になって、再会して……パーティーを組もう。それで、夢を実現させて、世界中を旅しよう。今は離れ離れになるかもしれないけど、でも、それは一時の間だけ。未来では、ずっと一緒にいるよ」
「……フェイト……」

 ソフィアの瞳に、みるみるうちに涙が溜まる。

「フェイト!」

 さらに強く抱きついてきた。

 そして、涙声で言う。

「ええ、ええ……約束します! 私は冒険者になって、フェイトと一緒に世界中を旅します! 今度こそ、ずっとずっと一緒にいるんです!」
「うん、一緒にいようね」
「でも……もう一つ、約束を付け足してもいいですか?」
「それはいいけど、どんな約束?」
「それは……」



――――――――――



「……あ」

 ふと、意識が覚醒した。
 ぼろぼろの部屋の隙間から、太陽の光が差し込んでいる。

 どうやら、いつの間にか寝てしまったみたいだ。

「懐かしい夢を見たな……」

 あれから十年。
 大事な幼馴染は、今はどうしているだろう?

 僕は奴隷に堕ちてしまったけれど……
 でも、夢を諦めたつもりはない。
 約束を破るつもりはない。

 どうにかしてこの状況から脱却して……
 そして、今以上に強い冒険者になって……

 必ずソフィアと再会して、世界中を一緒に旅するんだ。

 だから、どれだけ辛くても、自分で自分を殺すなんてことは絶対にしない。
 希望があると信じて、前に歩き続ける。
 みっともないとしても、生き抜いてみせる。

「ソフィア……待っていてね」

 絶対に約束を守ってみせるから。

 僕は強い決意を胸に宿して、改めて、ソフィアと再会するという誓いを立てた。
3話 現状からの脱却と再会

「どういうことだ、この無能がっ!!!」
「ぐあ!?」

 シグルドの怒声がぶつけられて、さらに殴られてしまう。
 僕は吹き飛ばされて、床の上に転がる。

 ここは宿屋兼食堂なので、他に客はいる。
 しかし、シグルドは乱暴な冒険者として悪い意味でも有名で、誰も関わろうとしない。
 当然、僕のことも見て見ぬ振りだ。

 もっとも……

 奴隷という身分なので、善意ある誰かが立ち上がってくれたとしても、僕を助けることはできない。
 奴隷をどのように扱うかは、全て主に委ねられているのだから。
 人権なんてものはない。

「せっかくの戦利品を落としていた、だぁ? おいおいおい、お前、なにしてくれてんだ? 今日の稼ぎ、いったいどれだけ減ったと思っているんだ?」
「すみま、せん……あぐっ!?」

 腹部をおもいきり蹴り上げられた。
 そのまま体が宙に浮いてしまうほどに強烈な一撃だ。

 痛い。

 僕は体をくの字にして、ごほごほと咳き込む。
 そんな僕の頭を、ミラが踏む。

「いやー、びっくりだわ。無能だと思ってたけど、まさか、ここまでなにもできない無能だなんて。ううん、無能以下? だって、マイナス効果しかもたらさないんだもの」
「うぅ……」
「ねえ、聞いてるの? 聞いてるの? 無能ごときが、あたしの話を無視していいと思ってるの?」
「ちゃんと……聞いて、います……」
「なら、なんで戦利品を落としたのよ! このグズがっ」
「うぐっ!?」

 ガシガシと何度も何度も頭を踏みつけられる。
 たぶん、全力だろう。

 反撃なんて、できるわけがないし……
 避けたりすれば、それはそれで、さらなる怒りを買うハメになる。
 できることといえば、亀のように身を丸くして耐えるだけだ。

「どうして、戦利品を落としたのですか?」

 今度はレクターに胸ぐらを掴まれた。

「荷物袋に、穴が……開いていて……それで、気がついた時には、もう……」
「なぜ、穴が開いていることに気づかなかったのですか?」
「気づいて、いました……買い換える必要があると、申告も……でも、みなさんがいらない、って……」
「言い訳はしないでほしいですね」
「ぐあっ!?」

 床に叩きつけられる。
 さらに、腹部をおもいきり踏みつけられた。

「まったく……ここまで使えない無能だとは、思ってもいませんでしたよ。私の計算を、悪い意味で裏切ってくれますね、あなたは」
「とりま、罰を考えよっか。二度と失敗しないような、キツーイ罰を与えないとダメね」
「だな。自分の立場ってもんを、しっかりとわらかせてやらねーと」

 ミラとシグルドも僕の体を踏みつける。
 そこらのゴミと同じように、遠慮なく容赦なく慈悲なく、踏みつける。

 痛い。
 苦しい。
 辛い。

 体と心が悲鳴をあげる。

 それでも。
 だけど僕は、こんな連中に屈したくない。

 どうすることができないとしても、心まで売り渡したくない。
 魂まで捧げたくない。

 精一杯の抵抗として、三人を睨みつけた。

「その目……むかつくなあ、おい。やっぱり、自分の立場がまだわかってないみたいだな。いいか? てめえは奴隷で、どうしようもない無能なんだ。誰にも必要とされていないんだよ!!!」
「……なら、彼をもらってもいい?」

 ふと、凛とした声が響いた。

 宿屋兼食堂の扉が開いて、一人の女の子が姿を見せる。

 歳は僕と同じくらい……十八だろうか?
 若干、幼さが残る顔立ち。
 しかしそれは、彼女のかわいらしさを引き立てることになり、結果、天使のような愛らしさを作っている。

 髪は銀色。
 シルクのようにサラサラで、朝日を集めたかのように輝いている。
 腰に届くほどに長く、大きめのリボンをつけている。
 子供らしいかもしれないが、良い具合に彼女の魅力を引き立てていると思う。

 スラリと伸びた手足。
 起伏のある体。
 男の目を集めるだけではなくて、羨みや嫉妬で同性の目も集めるだろう。

「そんな……まさか……」

 シグルド達に踏みつけられたままではあるが……
 僕は、そんな自分の状況を忘れて、彼女に視線を奪われていた。
 心も魂も奪われていた。

 その姿も。
 その声も。
 不敵な笑顔も。

 なにもかも、全てに見覚えがある。
 忘れるはずがない。
 彼女は……

「……ソフィア?」

 僕の幼馴染、ソフィア・アスカルトだ。

「なんだ、お前は?」

 シグルドは不思議そうに、ソフィアに声をかけて……
 次いで、ニヤリとゲスな笑顔になる。

「どこの誰か知らないが……なんだ、コイツがほしいのか?」
「うぐっ」

 コイツ、の部分で顔を強く踏みつけられて、苦悶の声がこぼれてしまう。

 ソフィアの眉がピクリと跳ね上がる。

「俺の聞き間違いじゃなければ、コイツが欲しいって言ったよな? この無能のクズが欲しい、って」
「……はい、そうですね。それで間違っていませんよ」
「こんなクズを欲しがるなんて、物好きなヤツもいるんだな。そう思わないか? ミラ、レクター」
「うんうん、めっちゃ不思議。こいつ、無能中の無能だし。こんなのが欲しいなんて、あんた、めっちゃくちゃ変わった趣味してるのね」
「一応、説明してさしあげますが……反抗的でろくな力もなくて、簡単な雑用も満足にこなせない。このクズは、どうしようもない無能ですよ?」

 再び、ソフィアの眉がピクリと動いた。

 そのことに気がつくことなく、シグルドは話を進める。

「まあ、コイツが普通のパーティーメンバーっていうのなら、どこに行こうと勝手なんだけどな。でも、コイツは俺達の奴隷なんだよ」
「奴隷? それは本当に?」
「本当だぜ。ほら、コイツの首を見ろよ」

 無理矢理立たされる。

 ソフィアは、僕の首につけられた奴隷の証……契約の首輪を見て、さらに眉をピクリと動かした。

「ってなわけで、コイツの所有権は俺らにあるわけだ」
「そう……なるほど、理解しました。ええ、理解しましたよ」
「まあ、まったく使えない無能だ。欲しいって言うのなら譲ってやってもいいが……」

 シグルドは欲望に満ちた目でソフィアを見る。

「それ相応の誠意、ってものを見せてくれないか? なあに、一晩付き合うだけでいいぜ。もっとも、俺のテクに魅了されて、そのまま一緒にいることになるかもしれないけどな」
「やっだー、シグルドってば鬼畜ぅ♪」
「やれやれ、悪い癖が出ましたね」

 ミラとレクターは、基本的にシグルドの好きにさせるみたいだ。
 俺がどうなると、もう興味はないらしい。

「どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
「そうね……どうしましょうか?」
「他に選択肢はないぜ? この首輪がある限り、コイツは奴隷のまま。俺達の所有物なんだからな」
「ですね。なら……その首輪をなんとかしてしまいましょう」

 ソフィアはにっこりと笑う。

 そして……

「え?」

 いつの間にか、腰に下げた剣を抜いていた。

「え?」

 なにが起きたかわからない様子で、シグルド達も唖然とした。

 そんな中、俺の首輪に亀裂が入り……
 首輪だけが縦に両断されて、ゴトリと床に落ちた。

 それを見たシグルドが慌てる。

「な!? 契約の首輪が……い、いったいなにが起きた!?」
「慌てないでください。私が斬りました。ただ、それだけのことですよ?」
「契約の首輪を斬った……だと?」
「え、うっそ……そんなこと、ありえないんだけど。コイツの体に傷一つつけないで、首輪だけを斬り落とすなんて……そんなこと、Sランクの冒険者でもできるかどうか……」
「そ、そもそも、契約の首輪は剣で斬れるような代物ではありません! 百万を超える値段の剣でも、傷をつけることは難しく……それこそ、伝説に出てくるような聖剣や神剣でなければ……」

 シグルド達が慌てる中、ソフィアはニッコリと笑い、言う。

「これで、彼は奴隷でもなんでもありません。自由。なら、私がもらっても問題ないですよね? ふふっ」

 小悪魔を思わせる笑み。
 それに対してシグルドは、

「ふ、ふざけるな! こんなことをされて、俺達が黙っていると思うなよ! このクソアマがぁあああああっ!!!」

 激高したシグルドがソフィアに殴りかかる。

 それを見て、ソフィアから笑顔が消えて……

「あら、怒っているのですね。ですが……あなただけが怒っていると思わないでくださいね。私のフェイトにこんなことをしたあなた達は、絶対に許しませんよ」
「ひっ!?」

 瞬間、絶対零度の殺意が吹き荒れた。
 質量すら持つ圧倒的な殺意がソフィアから放たれる。
 それを叩きつけられたシグルド達は、恐怖に動けなくなり、全身を汗で濡らす。

「それと……私、あなたのような下品な人は大嫌いなのです。相手をするなんて、絶対にごめんですね。生まれ変わって出直してきてください」
「がはぁあああああっ!!!?」

 ソフィアの拳が炸裂して、Aランクの実力者であるはずのシグルドは、一撃で白目を剥いて昏倒した。
4話 パーティー結成

 あれから僕達は場所を変えて、別の宿屋兼食堂に移動した。

 シグルド達はその場に残してきたため、どうなったかわからないけど……
 とんでもなく強烈な一撃を受けたみたいだから、シグルドは、しばらくは目を覚まさないだろう。

「お姉さん、私はオレンジジュースとパフェを」
「……」
「フェイトはどうします?」
「……」
「フェイト、どうしたのですか?」
「はっ!?」

 問いかけられて、我に返る。

「あ、うん。ごめん……えっと、僕はコーヒーをください」
「はい。オレンジジュースとコーヒー。それと、パフェですね。少しお待ちください」

 ウェイトレスさんは、ぺこりとお辞儀をして去る。

 そうして二人きりになったところで、改めてソフィアを見る。

「ひさしぶりですね、フェイト」
「……本当にソフィアなんだよね?」
「はい、私ですよ。それとも、フェイトは、私が私以外の何者かに見えるのですか?」
「そ、そんなことはないよ。大事な大事なソフィアを見間違えるなんて、そんなことは絶対にしないよ」
「あら、うれしい台詞ですね」
「でも……本当のことを言うと、本物なのかな? って少し疑ったかも」
「む、それは聞き捨てならない台詞ですね。十年ぶりだから、さすがにわからなかったのすか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ただ、あまりにも綺麗になっていたから……うん、それこそ天使みたいに。だから、つい」
「……」

 なぜかソフィアが赤くなり、目を逸らす。

「そういうことをサラリと……まったく、フェイトのそういうところ、昔とぜんぜん変わっていないのですね」
「そういうところ? どういうところ?」
「いいえ、なんでもありません」

 ほどなくして、注文した商品が運ばれてきた。
 ソフィアはオレンジジュースを一口飲んで、優しく笑う。

「でも、よかったです。フェイトと再会することができて、うれしいです」
「僕も……うん。うれしいよ」
「なんですか、その間は? それと、微妙な顔をしています」
「それは……」

 詳しくは知らないけれど、彼女は立派な冒険者になっていた。
 Aランクのシグルドを一撃で倒してしまうことが、その証明となる。

 一方の僕はどうだろう?
 奴隷となり、シグルド達にいいように利用されて……
 立派な冒険者とは程遠い。

 情けない。
 彼女にどう向き合えばいいのか、わからない。

「……なんて情けないのだろう、っていうことを考えているのですか?」
「えっ、なんでわかるの!?」
「ふふっ、わかりますよ。大事な幼馴染のことですもの」

 ソフィアは小悪魔的に笑う。

 ただ、その奥に優しさが見えた。
 それと……僕と再会できてうれしいという、喜びも。

「あまり自分を卑下しないでください」
「でも、僕は……」
「奴隷になっていたとか、そういうことはどうでもいいのです。私はただ、フェイトと再会できたことがすごくうれしいです。フェイトはどうですか?」
「僕も、もちろんうれしいよ。ソフィアと再会することができて、心底幸せで、ともすれば笑顔が止まらなくなりそうで、ずっとにこにこしていそうで、胸が温かくなって、幸せで、ふわふわしたような気分に……」
「……ストップ、待ってください」
「え?」
「だから、そういうことを言われると……その、困ります。とても困ります」
「なんで困るの?」
「だから、それは……」

 ソフィアは、赤い顔をしてもじもじとする。
 照れているみたいだけど、なんで?

「もう……そういうところなのだから、気をつけてください」

 どういうところ?

「でも……うん、わかったよ。せっかくソフィアと再会できたのに、無粋なことを考えたり言葉にするのはやめにするよ」
「ええ、そうしてください」
「改めて……ひさしぶりだね、ソフィア」
「はい。ひさしぶりですね、フェイト」

 互いに微笑み合う。

 十年という歳月が経過していたのだけど……
 そんなものは関係ないというかのように、僕達はすぐに心を通わせることができた。

「ところで……あの時のこと、覚えていますか?
「あの時?」
「私が村を去る前日、約束したことですよ」
「あ……そ、それは」

 きっちりと覚えている。
 あの時の台詞、一字一句、全て覚えている。

「覚えているのなら、教えてくれませんか?」
「……それは、どうして?」
「フェイトの口から、改めて聞きたいのです」

 じっと、ソフィアはこちらを見つめてきた。
 とても熱い眼差しだ。
 僕が氷だとしたら、すぐに溶けてしまいそうな、それほどに熱い情熱が秘められている。

 恥ずかしいのだけど……
 でも、きちんと言わないとダメだろう。

「将来、冒険者になって、再会して……パーティーを組もう。それで、夢を実現させて、世界中を旅しよう。今は離れ離れになるかもしれないけど、でも、それは一時の間だけ。未来では、ずっと一緒にいるよ」
「はい」
「それと、もう一つ約束をしたね」
「その約束は?」
「結婚……しよう」
「ふふっ、よくできました」

 ソフィアは、今日一番の笑顔を見せた。
 キラキラと輝いていて、まるで宝石のようだ。

 そう……あの時、そんな約束もしていたのだ、僕達は。

 子供の約束と侮ることなかれ。
 少なくとも、僕は本気だ。
 ずっとソフィアのことを想い続けてきた。

「ソフィアは……あの約束、どう思っているの?」
「え? 子供の約束でしょう?」
「えっ」
「なんて……ふふっ、ウソですよ。うそ」

 いたずらっ子のような笑顔を見せて、

「私も……ずっと、フェイトのことを想っていました。あの時の約束、本当にしたいと思っています。本気ですよ?」

 今度は、優しく綺麗な笑顔で言う。

 見惚れてしまいそうになりつつも、僕は首を横に振る。

「で、でも待ってほしいんだ!」
「あら。フェイトは、あの時から心変わりをしたのですか?」
「そんなことはないよ! 僕は、ずっと、あの時からソフィアに恋をしている! ずっとずっと好きで、片時も忘れたことはない。大好きだ!」
「っ!? そ、そう……ほ、本当に、そういうところはストレートに言うのですね……たまに、私のことをからかっているのではないかと、邪推してしまいます」
「なんのこと?」
「なんでもありません。それで、続きは?」
「あの時と気持ちは変わらない。でも、僕は、冒険者としてはとても中途半端で、未熟者もいいところで……一人前には程遠い。だから、一人前になった時に……改めて、僕の話を聞いてほしいんだ」
「ふぅん……男の意地、というヤツでしょうか?」
「そう、かもしれない。ソフィアは……イヤかな?」

 ソフィアは……にっこりと笑う。

「いいえ、構いませんよ」
「本当に?」
「フェイトのそういう心、わからないでもないですから。なので、フェイトが満足するようにしたらいいと思います。急かさないし、いつまでも待ちますよ」
「ごめん……」
「謝らないでください。でも……待たされる分、期待はしてしまいます。いいですか?」
「もちろん。その時が来たら、絶対にソフィアを満足させてみる。その心を満たして、温かい気持ちでいっぱいにして、幸せにしてみせるよ!」
「も、もう……そんなことを真顔で言われたら、さすがに恥ずかしいじゃないですか」
「え、なんで?」
「この幼馴染は……本当、天然のタラシさんですね。でも……ふふっ、とても懐かしくて、悪い気分じゃないですね」

 ちょっぴり涙混じりで、ソフィアは微笑んだ。

「先のことはフェイトのタイミングに任せますが……でも、これだけは譲れない、っていうものがあります」
「それは……?」
「一緒に冒険をしましょう」

 ソフィアはこちらに手を差し出してきた。
 そして、とびきりの笑顔で言う。

「一緒に魔物を討伐しましょう? 悪い人をこらしめましょう? ダンジョンを攻略しましょう? 未開の地を探索しましょう? 伝説の財宝を手に入れましょう?」
「……」
「二人で世界を旅して、ありとあらゆる冒険をして、共に歩み続けましょう」
「ソフィア、キミは……」

 十年前となにも変わっていない。
 あの時の彼女のままだ。

 そのことに、深く、深く安堵した。
 そして、とてもうれしく思う。

「さあ、返事を聞かせてくれませんか」
「……」
「フェイト……私とパーティーを組みましょう? その答えは?」
「答えは……」

 僕は、迷うことなくソフィアの手を握る。

「キミと、パーティーを組むよ」
「ええ、歓迎します。ふふっ、大歓迎ですよ」
「一緒に冒険しよう!」

 こうして、僕達はパーティーを結成するのだった。
5話 実は規格外

「えっ、ソフィアって、剣聖だったの!!!?」

 パーティーを結成した後、色々と話をしたのだけど……
 その中で、ソフィアが『剣聖』の称号を授かっていることを知る。

 剣聖。

 剣を極めた者だけが得ることができる称号で、その力はSSSランクに匹敵する。
 つまり、世界に数十人しかいないとされている、最上位の冒険者だ。

 常人の数十倍の身体能力を持ち、その剣速は音速を超える。
 山を断ち海を断つ。
 この世に斬れないものはない。

 さらにソフィアは、唯一無二の剣……『聖剣エクスカリバー』を持っていた。

 超人的な身体能力に、伝説の剣。
 おとぎ話に出てくる勇者のような存在だ。

「すごいなあ……まさか、そんなことになっていたなんて」

 道理で、シグルドを一撃で倒してしまうわけだ。
 シグルドは、あれでもAランク冒険者ではあるが、『剣聖』のソフィアからしたら赤子に等しいだろう。

「そっか。だから、契約の首輪を斬ることができたんだ」
「あれくらいなら、いくらでも斬ってみせますよ。本当なら、あのクズ冒険者達も斬り捨ててしまいたかったのだけど」
「えっと……さすがにそれは」
「あら? フェイトは、彼らをかばうのですか?」
「ううん、そんな気はこれっぽっちもないよ? ただ、目立った罪を犯したわけじゃないからね。それなのに斬ったりしたら、ソフィアが罪に問われちゃうよ」
「ふふっ、私のことを心配してくれているのですか?」
「もちろん。僕は、なによりもまず、世界で一番、ソフィアのことを考えて優先するよ」
「……だから、そういう台詞」
「そういう? どういう?」
「本当にもう……フェイトは、ぜんぜん変わらないのですね」
「ソフィアも変わっていないよ」

 綺麗で優しくて……
 ついでに、ちょっと小悪魔的なところも、昔のままだ。

「そうだ。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「ソフィアが剣聖というなら、僕に稽古をつけてくれないかな?」
「稽古を?」
「僕はずっと奴隷にされていたから、力を磨くことができなくて……このままだと、ソフィアの足を引っ張ってしまう。それはイヤなんだ。だから、もっと強くなりたい」
「ふふっ、フェイトは男の子なのですね」
「ダメかな?」
「いいえ、そんなことはありません。もちろん、オッケーですよ」



――――――――――



 そんなわけで、稽古をつけてもらうために、僕とソフィアは街を出た。
 近くの草原に移動して、木剣を手に、ソフィアと対峙する。

「とりあえず、今のフェイトの実力を知りたいです」
「そう言われても……剣はまともに使ったことないよ?」
「それでもいいんです。素質という才能というか、そういうところを見極めたいので。それで、今後の稽古の方針を決めていきたいのです」
「なるほど」
「まずは、自由に私に打ち込んできてください。あ、全力でお願いしますね?」
「うん、わかったよ」

 ソフィアを怪我させてしまったら……なんていうのは、傲慢な考えだ。
 剣聖の彼女を、元奴隷の僕がどうこうできるわけがない。
 かすり傷を与えることもできないだろう。

 とにかく、今は全力で挑むことにしよう。
 どうなるかわからないけど、やれるだけのことはやらないと。

「じゃあ、いくよ」
「はい、いらっしゃい」

 ソフィアは余裕の笑みで木剣を軽く構えた。

 僕は深呼吸をして、意識を集中させる。
 今の自分の全力を叩き込む。
 それだけを意識して、全身を動かす。

「ふっ!!!」
「え……!?」

 地面を蹴り、前かがみになるようにして突撃。
 その勢いを乗せるようにして、突きを繰り出した。

「くっ!?」

 ソフィアは焦ったような声を出して……

 カァンッ!!!

 次の瞬間、僕は宙を舞っていた。
 木剣がくるくると回転しつつ、遠くへ飛んでいくのが見えて……

「いた!?」

 どすん、と地面に落下。
 鈍い衝撃が走り、ついつい顔をしかめてしまう。

「あっ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。怪我はしていないよ。こう見えて、体は丈夫なんだ」
「よかった。フェイトが、あまりにも鋭い突きを繰り出してくるものだから、反射的にカウンターをしかけてしまいました。ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。それよりも、そう言ってもらえるっていうことは、少しは素質とか才能に期待してもいいのかな?」
「そうですね……模擬戦をしませんか?」
「えっ!? いやいや、待ってよ。剣聖のソフィアに勝てるわけないし、一秒と耐えられるかどうか……」
「大丈夫ですよ、きちんと手加減しますから。それに、私の予想が正しければ……」
「予想?」
「いえ、こちらの話です。とにかく、模擬戦をした方がわかりやすいので、どうですか?」
「うーん……わかった、がんばるよ」
「それでこそ、フェイトです♪」

 飛んでいった木剣を拾い、再び構える。

 ソフィアも木剣を構えるのだけど、さきほどと違い、笑みは消えていた。
 とても真剣な顔をしている。

「ふっ!!!」

 息を吐き出すと同時に駆けた。
 右から左へ木剣を薙ぐ。

「これは……!?」

 簡単に受け止められてしまうのだけど、なぜか、ソフィアは驚きの表情に。

 ストップはかからない。
 まだ続けろ、ということなのだろう。

 今度は縦に振り下ろして、木剣を叩きつける。

「くぅううう!? なんて重い一撃!」

 次は斜め。
 左から右へ。
 一歩後退して、最初と同じ突き。

 そうして攻撃を繰り返すのだけど、一撃も当たらない。
 かすることすらない。

 全てソフィアの手の平の上という感じで、なにをしても当たる気がしなかった。

 すごい。
 実際に対峙してわかったけど、ソフィアはとんでもない力を持っている。
 さすが剣聖。
 シグルドを一撃で倒してしまうのも、納得だった。

「今度は、こちらからいきますよ!」
「っ!?」

 ゾクリとした悪寒。
 その直感に従い、体を横に傾ける。

 その直後、ソフィアの音速の斬撃がさきほどまでいた場所を駆け抜けた。

「避けられた!? ならば……これでどうですか!?」
「くっ……この!」
「また避けて……今度は防いだ!?」

 なぜかソフィアは驚いているものの、こっちはいっぱいいっぱいだ。
 かろうじて剣を合わせることに成功したものの、巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が伝わってきて、手がビリビリと痺れる。

 これはまずい。
 長期戦は圧倒的に不利。
 短期決戦で挑まないと!

「はぁ!」
「ふっ!」

 ソフィアと何度か剣を交わして……
 ここぞというタイミングで、剣を振り下ろした。
 狙い通り。
 ジャストタイミングで木剣はソフィアに向けて……

「くぅ……このっ!!!」

 カァンッ!

 音速の剣が走り、僕の木剣が弾かれてしまう。
 そして、ソフィアは己の持つ木剣を、こちらの首に突きつけてきた。

「勝負あり、ですね」
「うん……降参。僕の負けだよ」

 両手を挙げる。

「はぁ……やっぱり、ソフィアはすごいなあ。まるで歯が立たなかったよ」
「今の戦いを経験して、どうして、そのような感想になるのですか?」
「え?」
「正直なところ、かなり際どい戦いでした」
「そうなの? えっと……僕の素質とか才能とか、どうだったかな?」
「どうもこうも……」

 才能ゼロよ、なんて言われたらどうしよう?
 ドキドキしつつ、答えを待つのだけど……予想外のことを告げられる。

「そのデタラメに高い身体能力は、いったいどういうことですか?」
「え?」
「一撃目の突きは、私でさえ、見失ってしまいそうなほどに速く……その後の攻撃も、全てが超速で、おまけに威力も破格。Sランク並の……いいえ。私と同じ、SSSランク並の身体能力ですよ?」
「まさか、そんなことがあるわけないよ」
「あるのです」

 ソフィアは、どこか拗ねたように言う。

「私は剣聖です。手加減しているとはいえ、そんな私と同等に戦ってしまうなんて……どういうことですか? 剣筋は素人そのものなので、なんとか対処できましたが……これでもし、しっかりとした剣を使うことができていたら、ちょっと危なかったかもしれません。危うく本気を出さなければいけないところでした」
「えっと……それは、本当のこと? 冗談じゃなくて?」
「本当ですよ。フェイトの身体能力は、SSSランク並です」
「僕が……そんなことに?」
「いったい、どこでそんな力を手に入れていたのですか?」
「そう言われても、まるで心当たりがないんだけど……」
「訓練とかはしていないのですか?」
「していなかったよ。色々な雑用を押しつけられていたから、そんなヒマは欠片もなかったし」
「フェイトは、いったい、今までどういう生活を?」
「えっと……」

 寝る時以外は、シグルド達の荷物と食料や水など、計数十キロの荷物を常に背負っていた。
 その状態で、囮にされたり、崖を登らされたり、逆に崖に突き落とされたり。
 睡眠時間は、一日一時間あればいい方。
 何度も体を壊したり病気になったけど、そのうち体が慣れてきたのか、倒れる頻度は少なくなった。

「……というような感じかな」
「あの冒険者共……やっぱり、殺しておくべきでしたね」

 ソフィアが怒りに燃えて……
 次いで、やれやれという様子でため息をこぼす。

「でも、納得ですね。フェイトの日常は、SSSランクが行う訓練と同じ……いいえ、それ以上。そんなものを毎日……しかも、体を壊してもやめずに続けていたなんて。五年も続ければ、それはもう、とんでもない身体能力を得て当然ですね」
「えっと……つまり?」
「剣の素質に関しては、まだなんとも言えませんが、少なくとも肉体的な能力に関しては文句なしの合格です。というか、私に匹敵するほどで、冒険者になれば、その能力だけでSランクになれるでしょう」
「……」
「フェイト? どうしたのですか?」
「いや、なんていうか……まさか、そんなことになっていたなんて。驚きで、ぽかーんと」
「ぽかーんとしたいのは私の方ですよ、もう」

 ソフィアは呆れたように言って、

「でも……ふふっ、フェイトは、いつも私を驚かせてくれるのですね。それでこそ、フェイトです♪」

 機嫌の良い感じで、微笑むのだった。
6話 実は規格外・その2

「身体能力は十分。次は、剣の練習をしましょうか」

 稽古は続く。

「というか……フェイトは、得物は剣でいいのですか? 槍とか斧とか、武器は色々とあると思うのだけど」
「剣がいいな。ソフィアが剣を使うところは、見惚れちゃうほどにかっこよくて、憧れているんだ」
「そ、そう……」

 なぜかソフィアの頬が朱色に染まる。

「では、今度はコレを使ってください」

 真剣を手渡された。

「コレは、私のコレクションの一つ。百年以上前に作られた、由緒ある名剣ですよ」
「え? そんなものを、どうして……」
「稽古で使うのですよ。フェイトは、その剣を使い、そこの岩を斬ってもらいます」

 ソフィアが指差したのは、僕達よりも遥かに大きい、三メートルはありそうな巨大な岩だった。

「え……コレを斬るの? というか、コレは斬れるものなの?」
「斬れますよ、ほら」

 手本を示すように、ソフィアは別の岩に向けて剣を振る。

 ザンッ!

 別の岩が縦に両断された。

「と……このように、鍛錬次第で岩の両断も可能です」
「す、すごいね……」

 幼馴染が遠い存在になったような気分。

 でも、立ち止まってなんていられない。
 遠くに行ってしまったというのなら、追いかけて、追いつくまで。

「うん……僕、がんばるよ」
「ふふっ、その意気ですよ。がんばる男の子はかっこいいです」

 そんな言葉でやる気が出てしまう僕は、単純なのかもしれない。

「この岩が斬れるようになれば、冒険者になるためのテストは、簡単にクリアーできますよ。もちろん、今のままでもクリアーはできると思いますが……たまに、意地悪なテストが混ざるので、確実とは言えません」
「確実にするための特訓、というわけだね?」
「はい、その通りです」

 ソフィアは僕の隣に並び、剣を正眼に構えてみせる。

「一つ、技を教えておきますね」
「技?」
「剣を扱う流派は色々とあって……私は、神王竜剣術という流派に所属しているのですよ」
「名前からして強そうな流派だね」
「幅広く門下生を募集していて、扱いやすい技も多いので、剣の初心者にはオススメの流派ですね。ひとまず、神王竜の技を一つ教えるので、それをマスターしてください。そうすれば、確実に冒険者になるためのテストに合格できるかと」
「勝手に技を教えていいの?」
「問題ありません。私、免許皆伝で、師範代の資格も得ていますから」
「な、なるほど」

 とことんすごい幼馴染だ、と感心する。

「まずはこう、剣をまっすぐに構えてください」
「こう?」
「はい、いいですよ。そして、お腹から力を出して全身に巡らせるイメージ。それを剣に収束させて、最後に、一気に振り下ろします。一度、やってみますね」

 手頃な岩の前へ移動して、ソフィアは剣を構える。
 すぅううう、と息を吸い……

「神王竜剣術・壱之太刀……破山!」

 ゴォッ!!!

 剣が振り下ろされると、今度は、岩が粉々に砕けた。

「とまあ、このような感じです」
「すごい……わぁ、すごいすごいすごい! ソフィア、すごいね! こんなことができるなんて、本当にすごいと思うよ! 剣聖は伊達じゃないね、かっこいいよ!」
「そ、そうですか? あの、その……あ、ありがとうございます」

 ソフィアは照れた様子で、もじもじとした。
 かわいい。

「それじゃあ、今度はフェイトの番ですよ。やってみてください」
「うん、がんばるよ」

 大きな岩の前に立ち、剣を構える。

 まずは、お腹から力をひねり出すイメージ。
 それを全身に巡らせて、それから剣に収束……
 そして、一気に解き放つ!

「神王竜剣術・壱之太刀……」

 瞬間、僕は奇妙な感覚を得た。

 剣と体が一体となるような、今まで得たことのない不思議な感覚だ。
 剣の先にまで神経が通っているかのような。
 全身の感覚が鋭敏になり、どこまでも研ぎ澄まされていく。

 体が熱い。
 燃えるような想いがこみ上げてきて……それを剣に乗せる!

「破山!!!」

 まず最初に、大きな岩が縦に割れた。
 それだけに終わらない。
 剣の軌跡に従い、大地が切り裂かれる。
 大地に入れられた切れ目は、はるか先まで続く。
 もう一つ、雲も縦に両断されて、太陽が顔を見せた。

「……」

 ソフィアが唖然としていた。
 言葉もない様子だ。

「えっと……これは、成功したと思っていいのかな? どうなのかな?」
「……」
「ソフィア?」
「……」

 何度か声をかけると、ハッとソフィアが我に返る。

「まさか、一回でクリアーしてしまうなんて……コレ、本来は、一年かかる特訓なんですよ? フェイトの身体能力なら、一ヶ月くらいで、と考えいたのですけど……い、一日で? それも、最初の一回で?」
「えっと……あ、うまくいったのは、この剣のおかげじゃないかな? コレ、名剣なんだよね?」
「その剣……骨董品としての価値はそれなりに高いですが、実用性はゼロです」
「え?」
「百年以上に作られたものですからね。見た目はいいですが、切れ味は最悪です。手助けしてくれるどころか、足を引っ張るような剣なのですが……まさか、そのような剣で岩を斬ってしまうなんて。ひたすらに頑丈なので、折れないだろうと渡したのですが……」
「それじゃあ、僕は合格、ということ?」
「ですね……もう、フェイトは、本当にいったいどうなっているのですか? デタラメな身体能力に、神王竜剣術の技を一つ、一日で習得してしまう才能。デタラメです」
「そうかな? よくわからないんだけど……わりと、普通のことなのかもしれないよ?」
「普通なわけないでしょう!!!?」

 ソフィアが叫ぶ。
 空を飛ぶカバを見たかのような、そんな反応だ。

「いいですか? フェイトは、ありえないことを成し遂げたのですよ。それを普通なんて、言えるわけないではありませんか! フェイトは昔からマイペースなところがありましたが、もう少し、自分がとんでもないことをしたという自覚を持ってください!」
「う、うん……その、ごめん」
「本当に、剣を持つのは今日が初めてなのですか? こっそりと、毎日毎日練習していたということは?」
「そんなことはないけど……」
「あ、と……すみません。フェイトがあまりに規格外なもので、取り乱してしまいました」
「いや、僕の方こそ」

 互いに頭を下げる。

 そして……顔を見合わせて、くすりと笑う。

「あはは」
「ふふっ」

 楽しいな。
 今までの人生は、それはもうひどいものだったけど……
 でも、今は違う。

 ソフィアが目の前にいる。
 手を伸ばせば届くところにいる。
 そして、笑ってくれている。

 これ以上の幸せがあるだろうか?
 いや、ない。

「ねえ、ソフィア」
「はい、なんですか?」
「僕、がんばって冒険者になるから……そうしたら、一緒に色々なことをしようね」
「もちろんです。楽しみに待っていますからね?」

 ソフィアは太陽のように笑い、そっと、僕の手を握るのだった。
7話 落ちぶれていくAランクパーティー

 その日、シグルド達はダンジョン攻略に挑んでいた。

 挑むダンジョンのランクはC。
 Aランクパーティーのシグルド達にとっては楽勝といえるはずなのだけど……

「くそっ、うっとうしい!」

 シグルドは苛立ち混じりに叫び、豪腕で剣を振り回した。
 複数の魔物が同時に両断される。

 しかし、次から次に魔物が湧いてきた。
 スタンピードが起きているのではないかと思うほどの数だ。

「あーもうっ、全然減らないんですけど!」
「くっ……低ランクの魔物といえど、これだけの数が揃うと厄介ですね」

 ミラとレクターも必死で応戦するものの、倒すよりも増援が現れる方の速度が早い。
 次第に押し込まれていく。

「ちっ、なんでこんな数の魔物が……おいっ、レクター! コイツはスタンピードか?」
「いえ、その可能性はゼロですね。ダンジョン内でスタンピードが発生したなんて話、聞いたことがありません」
「じゃあさ、モンスターハウスっていう線は?」
「それもないかと……見ての通り、ここは普通の通路。モンスターハウスは、それなりの広さを持つ場所になりますからね」
「じゃあ、なんでこんなに魔物が現れてくるんだよ、くそっ」

 今までは大量の魔物が現れることはなくて、今になって、大量の魔物が出現するようになった。
 違いはなにか?

 フェイトがいるかいないか、という点だ。

 本人も自覚していないことではあるが……
 圧倒的な身体能力を持つフェイトは、魔物からしてみれば、とてつもない強者として映っていた。

 あの人間はやばい。
 一目見てわかる、化け物だ。
 絶対に敵うことはない。

 そう判断した魔物達が恐れ、近づこうとしなかった。
 だから、今までは必要最低限の魔物しか出現することはなかった。

 しかし、今はフェイトがいない。
 シグルド、ミラ、レクターは、魔物達からコイツらなら問題ないと判断されて、総攻撃を受けている……というわけだ。

「やばいって、シグルド! 撤退しよ? このままじゃ、押し切られちゃうって」
「くっ……この俺がCランクのダンジョンの攻略に失敗するなんてこと……」
「シグルド、不本意でしょうが、ここは……」
「……くそっ! 撤退するぞ! おい、てめえが殿を……」

 いつものようにフェイトに囮をやらせようとするが、そのフェイトがいないことに気がついて、シグルドはぐぬぬと唸る。

 殿は必要だ。
 しかし、危険な役目なんてやりたくない。

 三人が共にそんなことを考えていて……
 結局、あちらこちらを負傷してしまい、ダンジョンから撤退するのに、今までの倍以上の時間がかかってしまった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……やっと、外に出たか……」
「あー……もうマジやばい。死んじゃう、本気で死んじゃう……」
「くっ……武器もそうですが、探索用のアイテムの消費もひどいですね。全て使い切ってしまったので、新しく補充しないと……」
「それよりも、怪我の手当だ。おい、無能……って、くそ。あいつはいないんだったな」

 いつもの癖でフェイトを呼んでしまい、シグルドは苦い顔になる。

 これで二度目だ。
 こうなると、自分がフェイトを頼りにしているみたいではないか。
 苦い思いが湧き上がり、自然と顔が歪む。

「レクター、薬をくれ」
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュー……って、これは安物のポーションじゃねえか!?」

 シグルドが渡されたのは、初心者冒険者が使うようなポーションだ。
 安価でいつでも入手できるものの、治療効果は低い。

 せいぜいが血を止める程度。
 それ以上の怪我には大して効果がなくて、痛みを緩和することもできない。

「おい、こんなポーションで治療できるわけねえだろ」
「これは……申しわけありません。間違えて購入していたようです」
「間違えて、って、こんなもんどうやって間違えるんだよ」
「それは……今までは、あの無能が全ての準備をしていたため……」
「くそっ、アイツのせいか」

 シグルドが舌打ちした。

 なぜか、フェイトのせいにされてしまう。
 完全に関係ないが……
 彼の中では、そうすることが当たり前となっていて、疑問に思うことはない。

「ちっ、イライラするぜ。こんな時にサンドバッグがいないことは残念だな」
「そうですね。無能は無能なりに役割があった、ということですか」
「無能のことなんて、どうでもよくない? それよりもあたし、お腹が空いたんだけど」
「レクター、飯は?」
「……」
「おい、まさか……」
「申しわけありません。いつも無能が準備をしているため……」
「ちっ」

 二度目のミスに、シグルドは本気の舌打ちをした。

 ただ、彼も彼で見落としをしている。
 パーティーのリーダーなのだから、諸々の確認、チェックはシグルドの仕事なのだ。
 それを怠っているために、仲間を責める責任なんてない。

「あの無能野郎は役立たずだが、いなくなると面倒だな……ちっ、なんで俺達が雑用なんてやらなくちゃならねえんだ」
「そうそう、それ、めっちゃ賛成。あたしらがするような仕事じゃないし」
「私達の仕事は別にありますからね。雑務などという低レベルな仕事は、奴隷にでも任せればいいのです」

 その低レベルな仕事もまともにこなせていないのだが……
 そのことに気がついた様子もなく、三人は不満を口にする。

「シグルド、提案なのですが……あの無能を連れ戻しませんか?」
「そうだな……確かに、雑用係は必要だな。だが、どうする? 奴隷の契約は断たれたし、あの無能の傍には剣聖がいるぞ?」
「なに、僕に任せてください」

 レクターは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。