舞台は夜。

 僕は一人で、薄暗い街の裏路地を歩いていた。
 リーフランドはきちんと整備された街だけど、それでも、手の届かないところはある。

 僕が今いるところは、その象徴のようなところだ。
 街灯は少なく、ゴミが散らばっている。
 防犯的にも衛生的にもアウトだ。

 軽く調べたところ、エドワードさんは現状をなんとかしようとしているらしい。
 ただ、予算やスケジュールの都合で、一気に手をつけることができないとか。
 地道な道ではあるが、コツコツと取り組んでいるようだ。

 ただ、今回はこうした場所があることに感謝だ。
 この場所なら、襲撃にはピッタリだろう。

「はは」

 襲撃を望むというのも、おかしな話だ。
 ついつい苦笑してしまう。

 ちなみに、ソフィア達は一緒じゃない。
 ソフィアは、念の為にアイシャの傍に。
 リコリスはそのお供。

 だから、援護はない。
 僕一人でなんとかしなければいけない。

 でも、不安はない。
 むしろ、覚悟が決まったような感じで、ビシリと気持ちが引き締まっていた。

「……」

 異質な気配を感じて、足を止めた。
 振り返ると、漆黒の剣鬼の姿が。

「こんばんは」
「……」

 とりあえず、挨拶をしてみるものの返事はない。

 もしかしたら、コミュニケーションが可能かもしれない。
 リベンジはしたいけど、でも、戦いを避けられるのなら避けた方がいい。
 そう思って、声をかけ続ける。

「久しぶり、っていうほど時間は経っていないか。あれから元気にしていた?」
「……」
「たぶん、僕が誘っていることを知りつつ、出てきてくれたんだよね。うん、ありがとう」
「……」
「僕もあなたも、リベンジマッチがしたい……でも、できるなら戦わない方がいいと思うんだ。自首するつもりはないかな?」
「……」

 色々と言葉を投げてみるものの、反応はない。
 応える代わりに、男はゆっくりと剣を抜いた。
 夜の闇よりも深い、漆黒の剣だ。

 ……ちょっと待てよ?
 その剣、どこかで見たような。

「……もしかして、魔剣?」
「……っ……」

 初めて男に反応が。
 警戒するように、こちらを睨みつけてくる。

「正解みたいだけど……でも、やる気になっちゃったみたいだね」
「死ね」
「はい、なんて言うわけがないよ!」

 こうなれば、当初の予定通り、剣で決着をつけるだけだ。
 僕は、雪水晶の剣を抜いて、正眼に構えた。

 ソフィアに稽古をつけてもらったものの、たったの一日で劇的に強くなれることはない。
 技術は向上していない。

 でも、心はものすごく鍛えられた!

「はぁっ!」

 未知の力を持つ相手に怯むことなく、こちらから仕掛けた。
 前に踏み込むと同時に、剣を振り下ろす。

 自分で言うのもなんだけど、流れるような動作で無駄はない。
 それでいて、岩を砕くほどの力が込められている。

 正直なところを告白すると、前回、僕は漆黒の剣鬼に心で負けていた。
 突然の戦闘。
 そして、異質な気配。
 不気味な剣を手にして、死の気配を濃厚にまとう姿に、どこかで恐怖を覚えていたのだと思う。

 だから、負けそうになった。
 力とか技術とか、そういうのは関係ない。
 すでに心が折れていたのだから、どうやっても勝てるわけがない。

 でも、今は違う。
 これでもないくらいに、ソフィアに鍛えられた。
 技術はともかく、心は何倍もレベルアップしたと思う。

 だから……

「今回は、負けないっ!!!」
「っ!?」

 踏み込み、回転しつつ剣を横に薙ぐ。
 さらに剣を跳ね上げて、斬り上げた。

 そこで終わることはない。
 ありとあらゆる角度から、何度も何度も斬りつける。

 体が軽い。
 前回はできなかった動きが、今は簡単にできるようになっていた。
 これも全部、ソフィアに鍛えてもらったおかげだろう。

 恐怖に体が縛られることはなくて。
 僕が思うように……いや、思う以上に自由に動くことができる。

「……やるな」

 ぽつりと、男がつぶやいた。
 言葉ではなくて剣をぶつけたから、彼はそれに応えたのかもしれない。

「前回とはまるで動きが違う」
「それなりに鍛えたからね」
「そうか……」

 男は不愉快そうに唇を歪めた。
 初めて、彼が感情を乱すところを見たような気がする。

「相変わらず、不愉快なガキだ……」
「なんだって?」
「あの時も生意気な口を……この俺に……」
「あなたは……」

 僕のことを知っている?
 でも、殺人鬼に知り合いなんて……

 いや、待てよ?
 この声、この体格……

「あなたは、もしかして……以前、食堂でレナと揉めた……?」

 漆黒の剣鬼の正体は、軽い因縁のある冒険者だった。