ウチの店長が憂鬱な理由


例えば、常に店長があんな感じていたら周りの女の人はみんな彼のことを好きになってしまう。
少し色っぽくて、今とは全然雰囲気は違うけど……私はあっちの店長も好き。

私きっと店長ならなんでも好き。

休憩室に入ると期待したテーブルの上には何も置かれていなかった。あれ、おかしいな。まだ準備できてないのかも。
ゆっくりと席に腰を下ろした私は桐谷先輩の到着を待つ。というかなんだか様子がおかしいような。この時間帯の休憩、私一人だけ?

他にも休憩被っている人いたはずなのに、と思ったその時コンコンと休憩室の扉をノックされ、私は反射的に「どうぞ」と答えた。


「小野さん?」

「っ……」


顔を覗かせたのは桐谷先輩ではなくて店長だった。
私は彼を見ると直ぐ様腰を上げ、休憩室を出ていこうとする。そんな私に「待って!」と声を掛けた店長に止まってしまう私の足。

また、「待って」って言った。どうして今日はずっと私のことを引き留めようとするの?
だってもう店長に近付いたら駄目なんでしょう? 好きって言ったら駄目なんでしょう?

店長は休憩室に入ってくると何か言いたげな表情を浮かべる。


「あのさ、小野さんに話したいことがあって……」

「話したいこと?」

「とりあえず、これ」


そう言って、彼がテーブルの上に置いたのは店で出てくるメニューの一つのオムライスだった。
え、と私はテーブルに近づくとそのオムライスを上から覗き込む。そこには赤いケチャップで文字が書かれていた。

ぱっと彼に目を移すとそんなケチャップに負けないぐらいに顔を恥ずかしそうに赤らめていた。
私はそんな彼とオムライスを交互に見ながらポツリと呟く。


「店長、これ……店長が作ったんですか?」


彼はそんな私の問いに「うん」と頷いた。


「桐谷くんに頼んで作り方教えてもらった」


恥ずかしい、と困ったように頭を掻く彼。あぁ、私こういう店長も好きだと再確認する。
目の前のオムライスは形は少し歪でお店に出せるようなものじゃなかった。だけど私はそれを見て食べてもいないのにお腹が、心が一杯になる。

私は大人しく席につくと彼のことを見上げる。


「この言葉の意味は?」


そう言ってオムライスの上に書かれたその6文字の指差して言った。
卵の皮は破けてしまっているけれど、ケチャップで書いた割には上手な「ごめんなさい」は彼の指の器用さを上手く表現している。

私たち喧嘩してましたっけ?、と純粋な疑問をぶつけると店長は赤い表情のまま口を開いた。


「喧嘩はしてないけど、この前は変なこと言ってごめん……ってこと」

「……」

「多分俺に言われたことを気にしているんだろうけど、小野さんに避けられるの凄く悲しいし寂しい。今更こんなこと言っても許してもらえないかもしれない。だけど、良かったらこの前のことは忘れて、これからも仲良くしてくれたら嬉しい」


最後はちゃんと私のことを見つめて言ってくれた。彼の真剣な瞳が私のことを見つめている。こんな風に真っすぐに見てもらえたのは初めてかもしれない。
店長、そのために私にオムライス作ってくれたのかな。わざわざ仕事を置いて厨房に入って?

それって……


「このために花宮さんに頼んで小野さん呼んでもらって、桐谷くんにレシピ聞いて、他の人にも休憩室に立ち寄らないようにしてもらってって……俺、本当に情けないよな……」

「自分で言ったらおしまいです」


だけど、私のためにいろんな人に頼んだんだろうな。なんだか、今はその気持ちだけで。
色々あったけれど、だけど私もこのまま店長と上手く話せなくなるのは嫌だ。

店長、と声を掛けると私も彼の目を見つめた。


「いいんですか? 私、きっとまた店長に同じことをしちゃうかもしれないかもしれないです」

「それは……もう少し控えめにしてくれるなら」

「好きって沢山言ってもいいですか?」

「と、時と場所を考えてくれたら……」

「オムライス食べてもいいですか?」

「……うん、どうぞ」


そう言われて口にしたオムライス。桐谷先輩からレシピを教わったとあって、見た目は歪だったけれど、口の中に入れた瞬間卵がとろけて美味しかった。
私の為に店長が作ってくれたオムライス。今まで食べたオムライスの中で一番美味しい。


「そういえば変なことしたら私のこと傷付けるかもって言ってましたけど、あれってどういう意味だったんですか?」

「……そのことは忘れていいよ」


店長はご飯を頬張る私を眺めながらふわっと柔らかく笑った。


「俺が君を傷付けることはないから。約束する」

「はぁ……あ、オムライス美味しいです!」

「よかった」

「で、いつ私に手を出してくれるんですか?」

「っ!?」


大きく目を見張った店長は私の言葉に「困ったな」と眉をひそめた。

きっと店長は私のことを好きになることはないだろう。だけど嫌いになることもきっとない。
私はゆっくり大人になるけれど、店長はそんな私のことを待っていてくれる?


「(絶対に追いついてみせますから……)」


そうしたら今度は私が、店長に美味しいオムライスを作りますからね。
ここでまた新しいバイトメンバーを紹介します。


「(また、だ……)」


私は目の前の手紙、いわゆるラブレターというものを見つめてしばらく思考を回転させていた。
因みに、私のものではない。というのは私が貰ったものや渡すものではないと言うことである。

勿論渡すとなるならば相手は店長しかあり得ないのだが、いつもあんな大声で愛を伝えているのに今更紙に文字を書いて伝える意味がないように思える。

次の私が貰った体だが……残念、本当に残念だがあり得ない。
ま、まぁ……ラブレターぐらい貰ったことあるよ? いやいや、意地を張っているんじゃなくて本当に。

じゃなくて!


「今月で何通目なんだろうか」


バイトの休憩室、私は椅子に腰を掛けながらラブレターを手に足を前後にぶらぶらと揺らしていた。
女の子らしいその封筒はその子の本気が窺えるというか、もう開ける前から好きが溢れ出てしまっている。そういえば渡してきた女の子も可愛かったな。


「(まぁいいや、とりあえずは仕事に戻らなきゃ……)」


そう思って私は腰を上げ、休憩室をあとにしようとする。
エプロンを巻き直し、フロアに繋がる廊下を曲がったところで思わず立ち止まり、「あ、」と声を漏らした。
私がさっきまで悩みに悩んでいた原因の人物がそこにいたからだ。おかしいな、まだシフト時間じゃないはずだけど……


「高野先輩!」


そう背中に声を掛けると、"彼ら"は同時にこちらを振り向いた。

そして、


「「どっちの?」」

「あ、……蒼先輩の方で」

「あぁん? ややこしいんだよチビ!」

「チビじゃないですよ!」


私から見て右側にいた焦げ茶髪のその男性は鋭いその目付きでこちらを睨む。
同じアルバイトメンバーの高野紅先輩だ。


「こら、小野さんは悪くないでしょ。ややこしい俺らが悪いんだから」


そう言って私のフォローに回ってくれたのは先ほど私が名前を呼び掛けた高野蒼先輩。
同じく焦げ茶髪の髪の毛をした蒼先輩は紅先輩に対して凄く柔らかい優しい目を向けてくれる。

私のアルバイトしているファミレスで働く高野先輩は双子なのだ。
どちらも女性からおモテになる容姿をなさっていて、同じ職場に働いている私でもたまにどちらがどちらか分からなくなる。

優しく私のことをフォローしてくれた蒼先輩とは対照的に短気な性格の紅先輩とはよく意見がぶつかることが多い。
そんな彼の態度に唇を尖らせていると蒼先輩が話を聞きに私のところまで歩いてきてくれた。


「で、小野さんは俺になんか用がありましたか?」

「あ、そうなんです渡したいものがあって!」


二人は私の一つ上、高二なのだが蒼先輩は歳下の私にも敬語を使う。蒼先輩がタメ口を使っているところを見るのは兄弟の紅先輩と話している時だけだ。
ずっと前にその理由を尋ねてみたことがあるが、「まぁそれはまた今度」と天使のような微笑みではぐらかされてしまった。


「なんだなんだ?瑞希の癖に蒼にラブレターか?」

「いちいち五月蝿いよ、紅。さっさと仕事入りな」

「シフトまだだしー」


じゃあ何で来たんだ、と突っ込みたくなるのを押し込んで私は手に持っていた先程のラブレターを蒼先輩に差し出した。いや、結局ラブレターなんだけど。
しかしそこは流石蒼先輩。私からのラブレターではないということには気が付いたらしい。

が、それに対してこの男は。
「お、何だ? お前店長から蒼に乗り替えたの?」

「ごちゃごちゃさっきからうっせぇですよ紅先輩」

「っ!? な、お前歳上に向かって!」


紅先輩のせいで全然話が前に進まない。私が乱暴な口調でそう言うと彼が顔を真っ赤にして対抗するように声を荒げた。
こうなったら子供の喧嘩が始まってしまうのは目に見えていた。


「はぁん? 精神年齢はどこからどう見ても私の方が上ですよ!」

「あぁあん? お前なんてどこからどうみてもただの餓鬼じゃねぇか!」

「はぁあぁあん? 餓鬼じゃないです! 15です!!」

「餓鬼だろ!」


こんなにフォロー出来ない言い合いはないよ、と蒼先輩が間で溜め息を吐く。
あぁ、早く紅先輩から離れたい。顔だけはいいのにこの頑固な性格がどうも私と合わなくて言い争いが耐えないのである。

蒼先輩にラブレターを押し当てるように渡すと彼ははぁっと本日二度目の溜め息を吐いた。


「またですか……小野さんいつもすみません」

「別に私は渡すだけですので。多分私が若いから皆も渡しやすいんだと思います」


うーん、と蒼先輩はそれに苦笑い。その表情を私は何度も見たことがあった。
とにかく蒼先輩は見た目の格好よさと対応の良さでお客さんからの人気が高い。そして様々な方法で彼に近付こうと、このようなラブレターやプレゼント攻撃が蒼先輩ファンの中で行われてしまっている。

このファミレスが抱えている一つの問題でもあるのだ。


「お客様からの差し入れっていうかこういうので一回怖い目に遭ってるんですよね」

「……な、何があったんですか?」

「まぁ、ね?」


余程言いたくないことらしい。蒼先輩はニコニコと口を閉じたままだった。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
蒼先輩が話したくないのであれば……と深くは言及しなかったのに、隣の男は全く話を聞いていなかったのかペラペラと話し始めた。


「盗聴機、仕掛けられてたんだよ……ぐふっ!?」

「紅、そろそろ黙ろう?」


蒼先輩の鉄拳が紅先輩の脇腹にクリーンヒットした。端から見れば同じ顔の人を殴っているようにしか見えなかったんだが。
というかそれより、


「盗聴機ですか!?」

「あー、すみません。全部忘れてください、紅が言ったことは」

「あれは怖かったよなー。この俺様でさえも肝を冷やしぜ。どの女が渡してきたか分かんないから犯人特定出来なかったんだっけ?」


殴られても尚個人情報をペラペラと口にする紅先輩に、流石に仏の蒼先輩の表情も曇っていく。
なんとなく分かる、蒼先輩は怒らせたら駄目なタイプの人だ。


「お前さ……」

「い、いや、私何も聞いてないですよ!」


ワタシナニモキイテナイヨ!

そんなこんなで、私が持っていたラブレターは蒼先輩のファンのお客様からいただいたものであり、私はいつもその処理に困っていた蒼先輩を知っているから渡そうかどうか迷っていたのである。


「なんで蒼はモテんのに俺はモテねぇんだろ。同じ顔なのに……」

「え、それは……」


貴方の性格が……、とはなかなか言い出しにくかった。

今月で何通目だろう。よくこの双子目当てで来るお客さんがいたがこういう差し入れものが増えたのは本当にここ最近のことであった。
一人がやり始めるとその噂が広がり次から次へと増えていった。初めは丁寧に対応していた蒼先輩だがさっきのこともあってか、もう手がつけられない状態なのだろう。


「ていうかさ、さっさと開けろよ」

「あ、ちょっ……」


紅先輩は蒼先輩が持っていたそれを奪い取り、ビリビリと便箋を剥がした。あぁ、この人にデリカシーってものを誰か教えてください。
人の手紙勝手に読むなよ……、と流石の兄弟の蒼先輩も呆れ顔だった。

あれよあれよと中身を取り出すとそれは手紙ではなく一枚のカード。
隣に立っていた蒼先輩が「爆破物かもしれないから気を付けて」と紅先輩に声をかけていた。そういう発想になる彼の方が私はなんだか怖い。


「"良かったらこちらに連絡をください"?」


紅先輩が読み上げた文章に私と蒼先輩が顔を見合わせる。
そして今度は紅先輩から蒼先輩が「貸して」とそれを奪い取った。奪い返した、の方が正しいだろうか。

そのカードをじーっと見つめる蒼先輩はどこか怒りを隠しているように見えた。
どうかしたんですか?、と聞くと彼は私にもそれを渡してきたため、じっくりと中身を確認する。

そこには『良かったらこちらに連絡をください』と可愛い文字で書かれた文章があり、その下にはこのラブレターの差出人であろう女の子の電話番号とメアド、LINEのIDまでが書かれていた。
これは、


「これは……困りますね」

「困るというか、この女の子のことが心配になりますよね」


蒼先輩の言葉に私はカードから視線を上げる。


「心配?」

「店員とお客様とでしか話したことがない相手に自分の連絡先を渡すとか……俺が極悪人なら悪用しますよ」

「あー……」


確かに、その気持ちは分からないわけでもない。

もしこの連絡先が蒼先輩ではなく他の男性に渡ってしまったとしたら、きっとその人は蒼先輩に成り済まし、その女の子と連絡を取るだろう。
そして蒼先輩が好きな彼女なら断れないということを前提に悪質な要求を送り、それを脅しに使い、その女の子を苦しめることになる。

そこまでのことを想像すると私は彼と同じく胆を冷やした。


「ど、どうするんですか!?」

「捨てますよ、シュレッダーに掛けて」


こればかりはどうにもならないですから、と彼は淡々と口にする。

それは何だか無視するよりもその子の気持ちをなかったことにさせられるようで私的には納得出来なかった。
だけどもし無くしたりして他の人の手に渡ったりしたらそれこそ大変になるし、仕方のないことなのだろう。


「すみません、小野さん。お手数をお掛けてしまって」

「あ、全然です!」


慌てて返事をするとその会話を聞いていた紅先輩が頭を掻く。


「お前の方からもなんか言った方がいいんじゃねえか? そうじゃないと聞かないやつもいるだろうし」


お、紅先輩が珍しくいいこと言った。確かにこのままだとこの子は同じことを繰り返してしまうかもしれないから。

だけどそれでも私は何かが胸に引っかかってしまっていた。
あ、そっか。


「なんだか、分かる気がします」

「……何がだよ」

「この送り主の女の子の気持ち」


きっと、関わりがほしかったんだろう。どんなに危険であっても、その可能性にかけてみたかった。
自分に興味をもってもらいたくて、必死で、見てほしくて。だから、ほんの少しの確率に掛けてみたかった。


「好きな人の連絡先って、その人と繋がってるって思えて嬉しいじゃないですか」


私も片想いだから、片想いの女の子の気持ちはよく分かる。相手の人が振り向いてくれないなら尚更。店長は全然私に靡いてくれないし。
そうなったら必死になって、どんなやり方でも私の方を見てほしいと思ってしまうのはおかしい話ではない。でもこうして度が過ぎてしまうと相手の迷惑になってしまうということは肝に銘じておこう。


「あれ?」

「なした?」

「い、今思ったら……私店長の連絡先知らない!」


なんていうことだ! というかなんで私今まで気が付かなかったんだろう!
気付いてしまったが最後。欲しい! 店長の連絡先聞きたい!! 毎日ラブコールをしたい!!


「小野さん知らなかったんですね」

「先輩たちは知ってるんですか!?」

「知らない知らない。だって連絡って店の電話に入れるし」

「私もです!」

「多分花宮さんは知っているかもしれないですね、バイトチーフですし」


確かに、バイトチーフの花宮さんなら店長の連絡先を知っていてもおかしくないだろう。
というより本人に聞いた方が早いような気もしてきた。


「お前、本当にあのおっさんのこと好きだよな」

「おっさんじゃない! 紳士だよ!!」

「てっめ、ついに敬語抜けてんじゃねぇか」


紅先輩に足らないのは紳士力だ。この店での一番人気は蒼先輩ではあるけれどやっぱり私には店長しかいない!