僕はタイガ、『賢者』だ。
 フォールクラウンから帰って来て早二日、今は事務仕事を片付けている。

 フォールクラウンから帰って来た『勇者』ティアは僕の幼なじみで昔から一緒にいた。
 今日も練習場で剣を振るい、修業に明け暮れている。
 フェンリルとガルダの話を聞いてから更に修業に力を入れるようになった。

 確かにフェンリルとガルダは危険な魔物かもしれないが、フォールクラウンの人達が言っていたようにこちらから手を出さなければ問題は起こらないと僕も思う。

 基本魔物は獣とあまり変わらない。
 ならティアの言うように対策は必要かも知れないが僕達から戦いを挑む必要はないと思う。

 いつからティアは魔物を殺す事に拘るようになったか思い出してみる。


 ティアはお転婆で僕より活発な女の子で、よくティアと僕とリュウの皆で遊んでた。

 ただ僕達が五歳の時にカードを貰った時、ティアが『勇者の卵』を持って生まれた事が分かった。

 大人達は大喜びになっていたので僕とリュウもよく分からないけど凄い事だとだけは大人達を見て分かった。
 それがティアの人生を大きく変える。

 まずティアの存在が町から町に広がり、国王の耳にも届いた。
 国からティアを『勇者』になるよう支援したいと言ってきたらしい。
 ティアはこうして国ぐるみで『勇者』の育成をするようになった。

 その後のティアは騎士団の人達と一緒に剣を振るうようになる。
 僕はそんな同い年の友達一人いないティアが心配で僕は『魔術師』としてティアを支える事を決めた。

 最初は教会で簡単な魔術の使い方を学び、ティアを支える事が出来るように頑張っていると、あの事件が起きた。

 あれは八歳の頃、小さな村で戦闘訓練をしていた時に魔物が村に侵入し、小さな女の子が襲われそうになった事がある。
 女の子を庇った時ティアの腹が食い千切られた。

 僕と騎士団の人達で応急措置をしたがマリアさんの治療でも大きな傷が腹に残ってしまった。
 ティアは腹の傷痕を見て泣いていたのを知っている。

 勇者になる可能性を持っていてもティアは女の子だ。
 女の子にとって身体のどこかに傷痕があるのは嫌な事なんだろう。

 それからティアは傷痕を見られるのを嫌がって水着や丈の短い服とかは着なくなった。
 逆に黒くて大きな服を好んで着るようになる。
 理由は水を被っても透けないし、大きな服なら滅多にお腹は見えないから。

 それから鎧も好んで着る。
 鎧なら腹の傷痕が見える事はないから。

 多分それからだ、ティアが魔物に強い敵視を向けるようになったのは。

 十歳になる頃は魔物を殺す事で平和が来ると信じるようになった。
 だから手当たり次第に魔物を殺し続けた。

 そして最近更にその傾向が加速した。
 リュウの行方不明によってリュウが魔物に殺されていないか心配になって暴走気味になっている。

 それがいつか痛手にならないといいけど……

「ん?」

 書類の一つに少し気になるものがあった。
 それは大陸の南側で起こった精霊とエルフの密猟事件について。

 この国の情報部が妙な男を捕捉していた。
 密猟者を暗殺し、精霊やエルフを助け出していた男が一人いたそうだ。
 その男は密猟者を倒し、更にたった一人でエルク公国に赴き、捕まっていた精霊とエルフを情報部の人と逃がしたらしい。

 妙な部分はその男が『調教師』を名乗っていた事。
 情報部の一人がその男に接触した際に「ただの調教師だ」と言っていたので多分調教師であろう、との事。

 あやふやな理由は彼らのスキル『鑑定眼』がろくに作動しなかったため。
『鑑定眼』は持ち主の実力によって左右される。少し実力が上程度なら問題無いが格上の場合ろくに機能しなくなるデメリットがある。

 つまり彼はかなりの実力者だと言う事。
 おそらく調教師は嘘で本当は名の知れた戦士の可能性がとても高いとも評価していた。
 その男の名前も最後に書いていた、普通最初に書くものだと思うがその名前を見て驚いた。

 僕は大急ぎでティアのところに走る。
 男の名はリュウだった。


「ティア!大変だ!」
 訓練中のティアに大声で叫んだ。
「どうしたのタイガ、大声を出すなんて珍しい」
 ティアはグラン団長との試合を中止して聞いてきた。
「リュウかもしれない人が見つかった!」
「……え?」
「報告書に書いてあった中にリュウって名前があった!今フォールクラウンに向かってるらしい!」
 情報部が精霊とエルフの開放に協力した際次はフォールクラウンに向かうと言っていたらしい。

「今もその情報部の人がリュウと行動を共にしているから見つけるのは簡単だ。どうするティア?どうせ行くって言うと思うけど」
「良かったじゃねーか!早く確認に行きな!いや、そのリュウって坊主に俺も会う!」
「ちょっとグラン!二人の邪魔でもするき!久々に幼馴染みそろって会えるかもしれないのにあなたが入ったら邪魔になるでしょ!」
「いーや、会う。俺のかわいい弟子をよくわからん奴にくれてやるか!」
「あなた父親でも何でもないでしょ!何よその言い方!」
 事情を知っているグランさんとマリアさんがなぜか盛り上がっているがティアは行くんだろ?

「でも、フェンリルの対策とかいろいろ忙しい時期だし……流石に……」
「問題ねーよ。どうせフェンリルの討伐なんて年単位の準備が必要なんだ。数日ぐらい問題ねーよ。」
「そうよ。大事なお友達なんでしょ、本人かまでは今のところ分からないけど会って少し落ち着いたら?最近のティアちゃんすっごく疲れてる」
 ティアの不安を消すようにグランさんが言って、マリアさんがティアの背中を押す。
 忙しいのは確かだが別に今すぐと言うほどでもない、グランさんが言うように年単位での作戦になるのである程度余裕があるのも本当だ。
 一年間の一日なら国王も怒らないだろう。

「……行っていいの?」
「もちろん」
「私リュウの前で勇者できないよ?」
「休息に勇者も賢者も関係ないでしょ」
 一個一個ティアの質問に答えていく。
 いつもティアは不安になるとこうして一個一個聞いてくる。

「じゃぁ行く」
「分かった」
「けどグランやマリアさんも一緒でもいい?リュウに紹介したい」
「きっと喜ぶよ」
「マリア、嬢ちゃんの許可は出た。俺は行く!」
「はぁ、できれば三人の邪魔はしたくなかったけどティアちゃんが言うならいっか」
 こうして僕たちは再びフォールクラウンに向かうことになった。

 それにしても、リュウが羨ましい。
 ティアにここまで思われてるリュウが。

 居なくなった分リュウに意地悪でもしようかな?
 旅の準備を考えながらそう僕は思った。