ティアマトさんとの決闘が決まって一週間、俺はひたすら修行に専念した。
普通なら作戦の一つでもたてるのが良いのだろうが俺にそんな知識は無いのでとにかく全力でぶつかるしかない。
修行の他に褒賞式の練習とかもあり、後半は時間が取れなかった時もあったがやるだけの事はやった。
他の魔物の長老達に戦い方を学んだり、オルムさんや龍皇、爺さん達との組手、戦闘に関しては万全のはず。
逆に褒賞式の練習はかなりダメだしされたけど。
とにかく今日だ。
今日ティアマトさんに勝てばオウカとティアマトさんを仲間に出来る。
最初はそこまで考えてなかったけど。
「リュウ、準備はよいか?」
「大丈夫だよオウカ。堂々としてティアマトさんの爪を貰えばいいだけだ」
褒賞式の前、オウカが俺に聞いてきた。
練習でダメだしが多かった分、少し不安だったのだろう。
「では頼むぞ。くれぐれも粗相の無いようにな」
「あいよー」
オウカは皇族の一人として褒賞を与える側になるので一緒にはいられない。
龍皇の近くで王女として振る舞うらしい。
それより俺はこの後のティアマトさんとの決闘の方が気になる。なんせ相手は龍の女王、龍皇夫婦にはなんとか勝てるようにはなったが、それでも負け越している。
勝てる保証など、どこにもない。
「リュウ様お時間です」
「あ、はい。分かりました」
今はまだ早いか、今は式を終わらせる事に集中するか。
褒賞式が始まり少したった。
当然俺以外にも褒賞を貰う人はいて、俺は最後だ。
何故最後になったか龍皇に聞くと「アジ・ダハーカを倒した英雄が目立た無いでどうする?」だとか。
言いたい事は分かるが大トリにしなくても……
最初にしたらしたで、他の者達が目立たなくなる。との理由もあるらしい。
だから俺は最後までビシッとしてないといけないので疲れる。
しかしただビシッとしてるのも暇なので、他の人達の褒賞を静かに聞いている。
褒賞も人によって様々だ。
金品を貰った人、地位が高くなった人、武具や魔道具を貰う人がほとんどだった。
なかには龍皇みたいに地位の高い人との婚約もある。
本当にするんだな。
もちろん開場の人達に祝福されている二人は仲睦まじくしている。
「リュウ、前に」
「はい」
ようやく俺の番だ。
俺は龍皇の前で跪いた。
龍皇が厳かに言う。
「リュウ、貴殿は人間で在りながらアジ・ダハーカに臆せず戦い、勝利した。その礼と感謝を込め、褒賞を贈る。褒賞をここに!」
何故かどよめきが聞こえた。
ティアマトさんの爪ってそんなに価値があったのか?
「褒賞の『蒼龍女王』の爪だ受け取ると良い」
「ありがたく頂戴致します」
俺は両手でティアマトさんの爪を受け取った。
褒賞式の後は食事会になったが俺は軽くしか食えない。
この後ティアマトさんとの決闘あるし。
まさか食い過ぎで負けましたとか洒落にならん。
旨そうな飯がいっぱいあるのにな~。
「リュウ、準備は大丈夫?」
「パパ緊張してない?」
リルとカリンが料理を取った皿を持ちながら聞いてきた。
「大丈夫。むしろ旨そうな飯を腹一杯食えないのが残念だ」
「その調子なら大丈夫そう」
リルはなんて事も無いように料理に手をつける。
「パパが頑張ってね!」
「おう!ちょっと頑張ってくるは」
軽く手を振って俺は決闘場に向かった。
決闘場、ここは昔から使われている場所で様々な目的で使われてきた。
単に己の力をアピールするため、道楽目的の軽いスポーツ開場として、そして願いを叶えるために戦うためと色々歴史があるらしい。
時にここで死んだ戦士やドラゴンもいたとか。
最後まで負けたくないと、意地を張り合い、死んだドラゴン達は丁寧に埋葬されていった。
そこで俺はティアマトさんと戦う事になった。
切っ掛けはオウカの世界を見たいと言う願いからだったが、俺は良い願いだと思う。
俺はただ強くなりたいと、不透明な目的で大森林に来て力を手にしてきたが、まだまだ俺は弱い。
だから俺はここで一つ変わりたい。
皆を守れるように。
「リュウ、気負い過ぎてないか?」
突然声をかけたのはオウカだった。
「どうしたオウカ?早く席に戻んないと龍皇達が心配するぞ」
「うむ、ただなんとなくリュウが心配でな。少し寄らせてもらった。そうしたら何か思い悩んでいるように見えたから声をかけたのだ」
オウカは俺の隣に座りながら言う。
「安心しろ。たいした事は考えてない。ただがむしゃらに力を求めた力でティアマトさんに勝てるか考えてただけ」
「充分思い悩んでいるのだ。いつもの調子はどうした?」
「………多分俺、緊張してんだと思う。ティアマトさん相手にどこまで戦えるか全く想像出来ないから」
軽く手が震えている。
緊張か、恐怖か、はたまた武者震いなのか分からない。
「な、ならちょっとしたおまじないをしてやるのだ」
オウカは顔を少し赤くして、俺の前に立つ。
どんなおまじないか?と聞く前にオウカが俺の頬に軽く口を付けた。
「えっと?」
はっきり言って頭の中が真っ白になった。
突然過ぎてうまくリアクションすら取れない。
「ふ、震えは止めたので私は席に戻るのだ!」
そう言ってダッシュで帰った。
確かに手の震えは止まっていた。
だが……
「荒療治過ぎねぇか?このおまじない」
お互いに赤面ものだろ。
実際自分で顔が熱くなってるのが分かる。
「リュウ様、闘技場にどうぞ」
「あ、ああ」
全く、勝たざるおえなくなっちまった。
気合いは充分、勝ちにいくか。
「お久しぶりです。リュウ様」
闘技場の上でティアマトさんが話し掛けてきた。
闘技場の上のティアマトさんはいつもと違い、給仕の服ではなく全身を包むスーツのような物を着ていた。
今日までティアマトさんとはろくに話してない。
お互い今日のために調整して来てきたから。
「お久しぶりです。ティアマトさん、今日勝ちにいきます」
「早くも宣戦布告ですか」
「まぁ、負ける訳にはいかないので」
「それはリュウ様のためですか?それともオウカのため?」
ここは格好よくオウカのためと言うべきなんだろうが……
「俺のためですよ」
「そうなのですか?てっきりオウカのためと言うと思ってました」
「いえ、俺は所詮人間です。俺は俺のためにオウカを旅に出してやりたいと思ったし、ティアマトさんも結局は俺一人では守りきる自身が無いからこその今回の賭けです。所詮俺は弱い人間なんですよ」
情けは人のためならず。所詮は俺のため。
「そうですか。ならその自身のために頑張って下さい」
ティアマトさんは人間の姿のまま構えた。
「ドラゴンの姿にならないんですね」
「この方が小回りも利くので」
なるほど納得。
俺も構えて少しした後、戦闘が開始した。
ティアマトさんが速攻で仕掛ける。
特に慌てる事もなく、ティアマトさんの拳や蹴りを防ぐ。
まずティアマトさんは短期戦か長期戦かを見極めるために少しの間受け身になる。
ティアマトさんはバランスタイプといった感じで、あらゆる状況でも攻撃出来る手段を持っている。
近距離なら今のように格闘戦も出来るし、長距離ならブレスで攻める事が出来る。正に遠近共に優れたドラゴンはティアマトさんだろう。
オルムさんは接近戦が得意で、グウィパーさんは防御とブレスによる長距離戦が得意だった。
性格や種族、進化によって戦い方も変わるだろうがティアマトさんほどバランスを重視しているのも珍しい。
俺も今回はロウを装備してはいるがまだ使うかは分からない。
元々ティアマトさんがドラゴンの姿で戦う時のために用意していたので、人間の姿ではいつ使うかはまだ不明。
今回ティアマトさんが人間の姿で戦うのを決めたのはおそらく体格差を無くすため。
普通なら身体の大きい方が有利だが俺は体格差に関係無く殴り飛ばせるし、ティアマトさんのドラゴンの姿は四足全てを地面に付けたタイプ。
腹の下までは見えない。
龍皇も手足はあるが二足で立てるタイプ、オルムさんは手足の無い蛇のようなタイプならあまり問題無いのかもしれないが、急所となる腹が丸出しになってしまう小さい人間の俺では部が悪いと思っての選択だろう。
「まだ様子見ですか」
「ええ。弱い人間なのでじっくり観察させてもらってます」
「あまり長く見てると意外な攻撃に足を掬われますよ!」
頭を狙ったハイキック、俺は後ろに跳んだ。
その後に尾が迫っているのを『魔力探知』で知っていたから。
「……そう言えば『魔力探知』や『第六感』を持っていましたね」
「はい。だから言いましたよね?じっくり観察してるって」
ティアマトさんは既にドラゴンの角と尾を出していた。
これは前に龍皇とグウィパーさんがやっていたので、いつか使っては来ると思ってたが、まさか不意討ちで使うとは思ってなかった。
後でグウィパーさんにネタバレしてもらった所、これは人化の術を一部解除しただけらしい。
ただサイズは任意で変更出来るらしいが元のドラゴンのサイズ以上にはならないのが救いか。
問題は相手がいつ解除するかと解除する身体の場所だ。
もし拳と拳がぶつかった時、いきなり解除してドラゴンの腕で殴られる可能性は充分にあることが俺にとって一番の問題になる。
でも攻めなきゃ勝てない。
守って体力を削る事は出来ても倒せない。
「それじゃ、俺もそろそろ攻めますか」
「やっとですか。来なさい、女王の力を見せ付けてあげましょう」
俺は改めて構える。
これは俺の力をティアマトさんに見せるための場所でもある。
敬意を持って倒そう!
俺はティアマトさんの腹を思いっきり殴る。
いやちゃんと殴れてない。
殴られた瞬間後ろに跳んでダメージを減らしていた。
今のは経験のなせる技ってとこか。
「驚きました。私の修練をしている時はここまで強い拳ではなかったはずです」
「そりゃ成長しないと生き残れないので」
「その成長、どこまで育っているか確めさせていただきます」
俺はティアマトさんの攻撃を今までみたいに防がず、避けてカウンター気味に殴り返す。
それにどこか嬉しそうにしたティアマトさん。
結局ティアマトさんもドラゴンだと言う事。
なんだかんだで互いに力をぶつけ合うのが楽しいのだろう。
俺はそれに答える必要がある。
出来なければそれで終わる。
………いや、これだとダメだ。
思考に力を割いて意味の無い攻撃が多い。
ならどうする?思考を捨てるか?
それで勝てるのか?
また良い拳が俺に決まる。
よろめいた隙に拳と蹴りコンボで浮かされ、更にブレスで追撃を食らって仰向けに倒れる。
「げほっ、はぁはぁ」
「……この程度ですか。残念です」
多少の打撲ぐらいしかついてない。
これが俺の限界?
とどめを刺すために近付いて来る。
巨大なオーラが手に集まっていく。
ヤバい、どうすれば助かる?
どうすればこの危機を乗り越えられる!
「さようならリュウ」
殺され!?
「がっは!」
咄嗟に足が出た。
これは『生存本能』か?
………ああなんだ、考えなんていらなかったのか。
「驚きました。まだ動けたのですね」
「ええ。まだ戦えます」
俺はゆっくりと立ち上がりながら言った。
「しかしその様子では長くは保たないのでは?」
「はい。保たないので速攻で倒します」
俺はティアマトさんの目の前に動いた。
「っ‼」
何も考えずただ殴りにいく。
ひたすら殴って蹴って、追い詰める。
「何故、何故急に!?」
「俺はとあるスキルを間違って使ってた事に気が付いただけですよ」
そうスキル『生存本能』に統合された『第六感』。
このスキルを俺は今まで防御にばかり使ってきた。
しかしこのスキルは攻防一体のスキル。
本能で危険を察知し、本能で最善の攻撃が分かるのが『第六感』。
俺は素直にそのスキルに身を任せただけ。
リルやカリン、オウカが言っていたように、気負い過ぎていた。考え過ぎていた。
俺はそれを止めただけ。
「ティアマトさん。悪いですが逆転させてもらいます」
怒涛とはこういう時に使うのだろう。
負け直前だったぼろぼろの身体で確実にダメージを与え、一歩ずつ近付いていく。
「まさか、こんな手段があったなんて!?」
「弱いから、ひたすら強くなるために頑張って来ました。弱いから、ひたすら強い奴と戦って来ました。その修業の成果がこれです。認めてくれますか?」
「……認めざる負えないじゃないですか!」
ティアマトさんも負けじと戦うがもう大分弱っていた。
なら敬意を持って言おう。
「ありがとうございました」
腹を抉るように拳を食い込ませ、魔力を放出した。
ティアマトさんは闘技場の壁にぶち当り、気絶する。
瞬間大歓声が響いたが俺も疲れきってその場で気絶した。
目が覚めるといつもの部屋。
もはやお約束になってるな~。
「勝者のリュウ様が私より長く気絶しているのは不思議なものですね」
「あ、ティアマトさん。おはようございます」
このやりとりも久しぶりだ。
「で、ティアマトさんは今日から一緒にいる事になるんですよね?」
「そうですね。私は決闘で負けました。なのでこれからはリュウ様が私の主となります」
「ん?主?」
主って何?そんなの聞いてないんだけど?
「別に主とか関係ないって」
「いえ関係あります。私は自身の身を賭けた戦いに負けました。リュウ様が主にならないなら私はどうすれば」
「はいはい分かった分かった!主になれば良いんでしょ、ただ堅苦しいのは苦手なんで今まで通りにお願いします」
「しかしリュウ様が私に敬語を使うのは……」
「今まで通りに!」
「はい承知しました。それからドライグ様がお呼びです。何でも精霊王の方から連絡があったとか」
精霊?何で精霊が出て来るんだ?
しかも俺に関する事なんだろ?
「わかりました。まず龍皇に話を聞いてみるか」
てな訳で龍皇が待つ玉座に向かう。
「龍皇、精霊がどうかしたんですか?」
「おおリュウ、すまないな。つい先程精霊王の使いが来て、どうもリュウの力を借りたいらしい」
「精霊王が何で俺の事知ってるんですか?」
「先程の決闘を使い越しに見ていたようでな、おそらく我々ドラゴンの世話になるより人間の方が良いという面もあるのだろう」
ふーん、精霊王がねぇ。
「で、内容はどんな?」
「どうも人間の密猟者が精霊狩りをしているそうで、森の『妖精亜人《エルフ》』達も被害に会っているとか。精霊は戦力として、エルフは奴隷として捕まえられ、売り捌いているので手が出しにくいので手を貸して欲しいと連絡を受けた。受けるか受けないかは自由だがどうする?」
う~ん。どうすっかな?
個人的には早くドワルの所で剣を造って欲しいってのと、単にリル達を危険な所に連れて行きたくないんだよな。
「リュウ、好きにして良いんだよ」
「そうそう、パパの好きにして良いんだから」
「どうせ人間の悪い所は自然と見えてしまうのだ」
リル、カリン、オウカが後ろにいた。
「お前ら、これは戦いとは違う意味での危険な事だ。エルフを奴隷にする連中が、ろくでもないのは確定だぞ!」
「そんな悪い人間は殺す」
「焼き殺しちゃって良いよね?」
「触れられる前に殴って良いよな?」
こいつら……人が心配してるってのに。
過激な事言いやがって。
「リュウ様、我々は大丈夫です。どこでも付いて行きますよ」
あーこいつら精神強すぎ、色々危険な事態を想定してくれよ。
「不安だからオウカとティアマトさんも魂の契約をしてもらいます。異論は認めません」
「私も……魂で……」
「リュウ様、一生よろしくお願いいたします」
オウカは魂の契約に何故か強い思いがあったよう。
ティアマトさんはより忠誠を深くしたみたい。
「ならちょっと寄り道して精霊に恩でも売っておくか」
「では精霊王に伝えておく。連絡が来るまでゆっくりしていくと良い」
さてと、それじゃ次は精霊でも助けてやるか。
【後書き】
カード情報を更新しました。
『五感強化』『第六感』が統合、進化した結果『生存本能』が追加されました。
更にスキル『魔賢邪龍《アジ・ダハーカ》』が追加されましたが、魂の修復中のため一部のみ使用可能です。
『蒼龍女王《ティアマト》』と『緋銀龍王女《オウカ》』を魂の契約によって従魔に成功しました。
よって現在のカード情報は
名前 リュウ
職業 調教師
性別 男
年齢 17
スキル『調教師』『短剣使い』『身体能力強化』『生存本能』『魔賢邪龍』『魔力探知』『念話』『自己再生』『覇気』『毒無効』『麻痺無効』『精神攻撃耐性』
魔術 火水風魔術 魔力放出
従魔 リル カリン オウカ ティアマト
僕はタイガ、『賢者』だ。
フォールクラウンから帰って来て早二日、今は事務仕事を片付けている。
フォールクラウンから帰って来た『勇者』ティアは僕の幼なじみで昔から一緒にいた。
今日も練習場で剣を振るい、修業に明け暮れている。
フェンリルとガルダの話を聞いてから更に修業に力を入れるようになった。
確かにフェンリルとガルダは危険な魔物かもしれないが、フォールクラウンの人達が言っていたようにこちらから手を出さなければ問題は起こらないと僕も思う。
基本魔物は獣とあまり変わらない。
ならティアの言うように対策は必要かも知れないが僕達から戦いを挑む必要はないと思う。
いつからティアは魔物を殺す事に拘るようになったか思い出してみる。
ティアはお転婆で僕より活発な女の子で、よくティアと僕とリュウの皆で遊んでた。
ただ僕達が五歳の時にカードを貰った時、ティアが『勇者の卵』を持って生まれた事が分かった。
大人達は大喜びになっていたので僕とリュウもよく分からないけど凄い事だとだけは大人達を見て分かった。
それがティアの人生を大きく変える。
まずティアの存在が町から町に広がり、国王の耳にも届いた。
国からティアを『勇者』になるよう支援したいと言ってきたらしい。
ティアはこうして国ぐるみで『勇者』の育成をするようになった。
その後のティアは騎士団の人達と一緒に剣を振るうようになる。
僕はそんな同い年の友達一人いないティアが心配で僕は『魔術師』としてティアを支える事を決めた。
最初は教会で簡単な魔術の使い方を学び、ティアを支える事が出来るように頑張っていると、あの事件が起きた。
あれは八歳の頃、小さな村で戦闘訓練をしていた時に魔物が村に侵入し、小さな女の子が襲われそうになった事がある。
女の子を庇った時ティアの腹が食い千切られた。
僕と騎士団の人達で応急措置をしたがマリアさんの治療でも大きな傷が腹に残ってしまった。
ティアは腹の傷痕を見て泣いていたのを知っている。
勇者になる可能性を持っていてもティアは女の子だ。
女の子にとって身体のどこかに傷痕があるのは嫌な事なんだろう。
それからティアは傷痕を見られるのを嫌がって水着や丈の短い服とかは着なくなった。
逆に黒くて大きな服を好んで着るようになる。
理由は水を被っても透けないし、大きな服なら滅多にお腹は見えないから。
それから鎧も好んで着る。
鎧なら腹の傷痕が見える事はないから。
多分それからだ、ティアが魔物に強い敵視を向けるようになったのは。
十歳になる頃は魔物を殺す事で平和が来ると信じるようになった。
だから手当たり次第に魔物を殺し続けた。
そして最近更にその傾向が加速した。
リュウの行方不明によってリュウが魔物に殺されていないか心配になって暴走気味になっている。
それがいつか痛手にならないといいけど……
「ん?」
書類の一つに少し気になるものがあった。
それは大陸の南側で起こった精霊とエルフの密猟事件について。
この国の情報部が妙な男を捕捉していた。
密猟者を暗殺し、精霊やエルフを助け出していた男が一人いたそうだ。
その男は密猟者を倒し、更にたった一人でエルク公国に赴き、捕まっていた精霊とエルフを情報部の人と逃がしたらしい。
妙な部分はその男が『調教師』を名乗っていた事。
情報部の一人がその男に接触した際に「ただの調教師だ」と言っていたので多分調教師であろう、との事。
あやふやな理由は彼らのスキル『鑑定眼』がろくに作動しなかったため。
『鑑定眼』は持ち主の実力によって左右される。少し実力が上程度なら問題無いが格上の場合ろくに機能しなくなるデメリットがある。
つまり彼はかなりの実力者だと言う事。
おそらく調教師は嘘で本当は名の知れた戦士の可能性がとても高いとも評価していた。
その男の名前も最後に書いていた、普通最初に書くものだと思うがその名前を見て驚いた。
僕は大急ぎでティアのところに走る。
男の名はリュウだった。
「ティア!大変だ!」
訓練中のティアに大声で叫んだ。
「どうしたのタイガ、大声を出すなんて珍しい」
ティアはグラン団長との試合を中止して聞いてきた。
「リュウかもしれない人が見つかった!」
「……え?」
「報告書に書いてあった中にリュウって名前があった!今フォールクラウンに向かってるらしい!」
情報部が精霊とエルフの開放に協力した際次はフォールクラウンに向かうと言っていたらしい。
「今もその情報部の人がリュウと行動を共にしているから見つけるのは簡単だ。どうするティア?どうせ行くって言うと思うけど」
「良かったじゃねーか!早く確認に行きな!いや、そのリュウって坊主に俺も会う!」
「ちょっとグラン!二人の邪魔でもするき!久々に幼馴染みそろって会えるかもしれないのにあなたが入ったら邪魔になるでしょ!」
「いーや、会う。俺のかわいい弟子をよくわからん奴にくれてやるか!」
「あなた父親でも何でもないでしょ!何よその言い方!」
事情を知っているグランさんとマリアさんがなぜか盛り上がっているがティアは行くんだろ?
「でも、フェンリルの対策とかいろいろ忙しい時期だし……流石に……」
「問題ねーよ。どうせフェンリルの討伐なんて年単位の準備が必要なんだ。数日ぐらい問題ねーよ。」
「そうよ。大事なお友達なんでしょ、本人かまでは今のところ分からないけど会って少し落ち着いたら?最近のティアちゃんすっごく疲れてる」
ティアの不安を消すようにグランさんが言って、マリアさんがティアの背中を押す。
忙しいのは確かだが別に今すぐと言うほどでもない、グランさんが言うように年単位での作戦になるのである程度余裕があるのも本当だ。
一年間の一日なら国王も怒らないだろう。
「……行っていいの?」
「もちろん」
「私リュウの前で勇者できないよ?」
「休息に勇者も賢者も関係ないでしょ」
一個一個ティアの質問に答えていく。
いつもティアは不安になるとこうして一個一個聞いてくる。
「じゃぁ行く」
「分かった」
「けどグランやマリアさんも一緒でもいい?リュウに紹介したい」
「きっと喜ぶよ」
「マリア、嬢ちゃんの許可は出た。俺は行く!」
「はぁ、できれば三人の邪魔はしたくなかったけどティアちゃんが言うならいっか」
こうして僕たちは再びフォールクラウンに向かうことになった。
それにしても、リュウが羨ましい。
ティアにここまで思われてるリュウが。
居なくなった分リュウに意地悪でもしようかな?
旅の準備を考えながらそう僕は思った。
龍皇国でしばらくゆっくりした後、俺達は精霊の住みかに行く。
爺さん達とはここで別れるし、正直もっとゆっくりしたかったのもある。
けど恩を売っておくって言っちまったし、仕方無い。
それに精霊王の頼みを無下にする訳にもいかない。
精霊の住みかは大森林の南側の森だ。
そこには精霊を崇拝しているエルフも住んでいる。
エルフはドワーフのように長命な種族のため数は少ないが、ほとんどのエルフは精霊と契約しているので力はあるが、しかしエルフは何故か美形が多いためよく犯罪奴隷商から狙われている。
男なら戦力として、女なら楽しむために奴隷として買う連中はそれなりに存在するらしい。
と言ってもエルフは亜人として受け入れられている以上国際法、簡単に言うと基本的に奴隷は借金まみれになった人か、犯罪を犯した人しか奴隷にしてはいけないと言うルールがあるので、それ以外の人間や亜人の売買は禁止されているのだが……
それを無視して売買するバカはどこにでもいる、と言う事だ。
あ~面倒臭ぇ。
「面倒臭ぇはないでしょ。自分で恩を売っておくか、って言ったくせに」
リルが俺に注意する。
てか心の声を『念話』で聞くのやめて。
「パパ、ダメだよ。約束破っちゃ」
「相手は精霊王だしな」
「反故にした際、どんな事が起こるか……」
「分かってるって。行くし助けるだけ助けて来ますよ」
全く、別に約束破るとかじゃないのに。
「それじゃ龍皇、爺さん。行ってきます」
「オウカを頼む」
『リュウよ。相手は人間、やり過ぎてはいかんぞ』
「はーい」
そうだよな、今回の敵は人間。
同族を殺す事になる可能性大、なんだよなぁ。
「ま、罠に気を付けておけば大丈夫でしょ?」
「私としては勇者に気を付けろ。だがな」
……本当にティアは嫌われてるなぁ。
そりゃ有無を言わさずぶっ殺しに来る相手に好感持てって無理な話だけどさ。
「話は直接精霊王に聞けば良いのか?」
「いや、エルフの村に行ってくれ。エルフの長老が精霊王の代役としてリュウと話すそうだ」
精霊の住みかには連れて行きたくないってとこか。
「了解。エルフの村は南にどのぐらい歩けばいい?」
「人間の足でおよそ一時間だが、お前達ならそう掛からないだろう」
そりゃフェンリルとガルダとドラゴンだしね。
一時間どころか三十分も掛からないと思う。
「それでは皆さんお世話になりました!」
「今度は俺の群れに来いよ」
「儂の村にも来るとよい」
「勇者が来たときは助けてくれ」
うん。最後の奴以外はオッケー。
各長老達に別れを告げる。
「リュウよ、オウカと仲良くしてくれ。気に入ったら嫁にしてもよい」
「ドライグ、そこは父としてまだ娘はやれん‼とでも言うべきでは?」
「しかしリュウもなかなかの実力者になっていたし、問題無いだろう」
「もう。リュウ殿、私からもオウカをよろしくお願いします」
「はい。責任を持って護ります。後ティアマトさんにも一言どうぞ」
「「どうせ大丈夫でしょ?」」
「あなた達……」
魂の眷族になった二人は護らせてもらいます。
だからティアマトさん、二人から手を離してあげて。二人とも顔青くなってる。
「爺さん達も何かある?」
「儂と言うよりは義息子から一言あるそうじゃ」
親父さんから?
なんだろ?
「あーリュウ。お前……強くなったな……」
「えっと、はい」
なんだこの空気、なんか痒い。
爺さんが親父さんを小突いて何か言わせようとしてる。
「一度しか言わないからよく聞いておけ。……私もリュウを娘の婿として認める」
「………え」
「………お父様」
「今回の戦いと決闘で力を付けたのは分かった。だから認める。以上だ」
素っ気ない態度だが認めてくれた。
これ以上嬉しい事はない。
「親父さんありがとうございます。必ず幸せにします」
何も言わないがこれは言っておかないといけない。
そしてリルを大切に、幸せにしないといけない。
「リュウ様、そろそろ参りましょう」
「あ、ちょっとだけ待って」
そう言ってから爺さんと親父さんに一つずつ渡した。
「これ婆さんと奥さんに渡しといて」
「これは?」
「家族サービスのプレゼント。帰れないから爺さん達から渡しといて」
「中身はなんだ?」
「色違いのスカーフ。婆さんが水色で、奥さんが黄緑だから」
いつぞやのプレゼントを先に渡した。
「分かった。渡しておく」
なら後は特に無いな。
「それじゃ行ってきます!」
「行ってきます!」
「行ってくるね!」
「行ってくるのだ!」
「行って参ります」
こうして五人に増えた俺達はエルフの村に向かって出発した。
エルフの村を目指して数分。
「この木の根っこのせいで歩きづらいな」
大森林南側は鬱蒼とした特に木々が多い場所だ。
人が入り込む余地が全くないせいで木の根っこが重なっている場所も多く、岩場とはまた違った歩きづらさがある。
手入れされてない森がここまでキツいとは知らなかった。
「リュウ様。この木々は中心部に近い場所のみです、エルフの村は森の中間付近の浅い場所に有ります。もうすぐ歩きやすくなります」
ありがたい情報だ。流石に根っこの上をずっと歩くのは正直大変だと思っていた。
しかし歩き馴れない俺より苦戦しているのがいた。
「だってよオウカ!」
「聞こえていたのだ!……はぁ……はぁ」
オウカはまだ子供なので木の根をよじ登るように上がっていた。
最初は危なっかしいので手伝おうとしたが「これも修練です」とティアマトさんに止められた。
オウカも俺に実力で近付きたいと言っていたので文句言わずに頑張っている。
ちなみにリルは根っこの上をピョンピョン跳んで攻略、カリンは木の間を飛んで攻略、ティアマトさんは俺と同じく歩いていた。
「それにしても俺、南側は初めて来ました」
「普通の方は皆そうですよ。普段は上位精霊がここ周辺に結界を張っていますから」
そう普段はここいら一帯は霧状の結界が張ってあり、中心部に近付けないようになっている。
つまりこの辺に精霊たちの住みかがあると言っているようなものだが、まあ防衛のためなら仕方ないか。
「精霊って本当に自然の中から生まれるって本当ですか?」
「そのようです。あくまで聞いた話ですが自然界に存在する木々や水、風や地面から生まれるそうです。話を聞かせてくれた本人もよくは分からないようですが」
ふーん。俺も分からん。
俺はしょせん人間で二親いないと生まれることすら出来ない存在だし、そんな自然界の幽霊みたいなのは全く分かりません!
さらに少し歩くとようやく森が開けてきた。
多分ここが中間か、となればエルフの村ももうすぐなはずだ。
森が開けたおかげで俺たちはようやく地面の上を歩けた。
オウカも息を上げていたがしばらく歩くと落ち着いている。
「ティアマトさん。エルフの村は中間の森の浅いところって言ってましたよね」
「はい。ですのであと少しですよオウカ」
「わかったのだ」
一番体力を使っていたオウカを気遣うティアマトさん。
しかし普通に終われないのが俺たちである。
緑色の蝶のような翅をもった精霊がどこからか現れて俺の袖を引っ張り出した。
遠くから犬の鳴き声が聞こえるのはどうも気のせいではないらしい。
精霊自ら助けてほしいと来たよう。
多分その犬が精霊の一種なんだろう。
「精霊じきじきの救援願いっぽいから行ってくる」
「私達はどうする?」
「先にエルフの村に行っててくれ。相手は人間みたいだし簡単に片付けられるよ。あと相手がエルフの村を捕捉してるかもわからないから一応警戒しといて。じゃ、行ってくる」
「「「「行ってらっしゃい(ませ)」」」」
皆からの行ってらっしゃいを聞いて俺は走る。
精霊が案内する必要もなく、目的地に到着した。
そこには二人の男が頭に石を乗っけた犬を追い詰めていた。
俺は二人の頭を切り落とす。
あっさりと死んだ二人の服を見ると何かの紋章が描かれた服を着ていた。
まだ何の紋章かは分からないがヒントぐらいにはなると思ってそこだけ破って仕舞った。
精霊は犬を安心させるように犬と仲良くする。
しかしまだ鳴き声は聞こえる、おそらく一点に集められている。
多くの鳴き声が集まっていて気に入らない。
俺はすぐそこに行くと荷馬車が三台あった。
じっと見ると精霊だけではなく、エルフの女子供も馬車の一つに集められている。
『魔力探知』で調べると見張りは六人、狩りを行っているのは十人か。
仕方無いので馬車に閉じ込められているのは後にする。
始めに狩りを行っている連中を全員狩る。
二人一組で行動してるので五回繰り返す。
殺してる間に気が付いたのはこいつら全員同じ紋章を付けてた事、下手すれば犯罪系ギルドが関わっているか、どっかのとんでも貴族が関わってくる可能性がある。
そうなったら俺一人じゃどれだけ守っても意味が無い。
とにかく今は目の前の連中を助けるか。
俺は馬車を守る見張りを六人さっさと殺す。
死体はお子さまに見られないように消し飛ばしておいた。
流石にお子さまにグロいのは見せられん。
まず囚われたエルフ達の檻の鍵をぶっ壊す。
エルフ達は俺を見てビビってたので勝手に出てくるのを待つ。
その間に精霊達の檻、と言うか虫籠?みたいなのを壊して逃がす。
精霊はとにかく手当たり次第と言った感じで、虫っぽいのや、獣っぽいの、爬虫類っぽいのと様々な精霊が捕まっていた。
もちろん獣っぽいのは鉄製の檻に入ってたが。
「ほれ、さっさと行きな」
と、言いながら逃がすとエルフの子供が俺を見てた。
「私も……お手伝いします……」
小さな声で言った。
俺は見張りから奪った鍵を渡して「もう片方を頼む」と言ったらぺこぺこしながらもう片方の馬車で精霊を逃がし始めた。
全ての精霊を逃がした後、俺に知らせた精霊が犬と一緒に来た。
精霊はアクロバティックに飛んで喜んでいるし、犬はキャンキャン鳴いて喜ぶ。
「さてと、エルフの村に行っても大丈夫だよな?」
一応精霊に聞いたらまた袖を引っ張るので大丈夫なようだ。
エルフの長老さんには今回の事をどう説明するかな?
精霊と犬が先頭になりエルフの村に向かう。
俺は安全のためと言って一番後ろにいた。
捕まっていたエルフのほとんどが女で残りは子供ばかり、本当に気に入らない。
今回助けたエルフは女四人と子供二人、他にも人間の国に大勢いるか分からないがこれ程腹が立つ事はない!
そう思いながら歩くと霧が出てきた。
精霊とエルフ達は気にせず真っ直ぐ歩く。
俺はエルフ達の気配を見逃さないように気を付けながら追いかける。
意外と霧は早く晴れた。
晴れた先に少し大きい村があった。
ここがエルフの村か……全体の雰囲気が暗い。
これも密猟の影響か。
「リュウ!こっちなのだ!」
オウカが手を振っているのでオウカの下に行く。
「よう。上手くエルフの長老に会えたか?」
「うむ。会えたのだ。ただつい先程も何人か人間に見付かったと言って落ち込んでいる」
「それってあいつら?」
さっき助けたエルフ達を指差す。
「それは長老に聞かねば分からないのだ。ただ人数は合っているから大丈夫だと思うが……」
オウカがエルフ達を見て言うが実際のところはどうなんだろ?
「エレン‼」
エルフの男性が子供に抱き着いた。
親子だろうか?
確かあの子供は俺に精霊を逃がすのを手伝うといった女の子だ。
「大お爺様、苦しいです……」
「心配したぞ……お前まで居なくなったら私は……」
……やっぱエルフって見た目若いのが多いのな。
いやそれ言ったらうちの嫁たちもなんだろうけどさ。
「あの人が助けてくれました」
エレンと呼ばれたエルフの子供が俺を見ていった。
男性のエルフは子供を下ろして深く頭を下げた。
「ありがとうございます。人間の方、私はこの村の長老、アル・ラエ・ソロンと申します。この子は孫のエレンです」
「エレン・ラエ・ソロンです。助けてくれてありがとうございます」
「そんなに気にすんな。俺は精霊王の依頼で助けたんだ、それにあいつら雑魚だったし」
「精霊王様の依頼!ではあなたがリュウ殿ですか!?」
「はい、リュウは俺です」
エレンに一言言ってから長老さんに言った。
にしても長老さんだったのか……
いや見た目がすごい若いからさ、そんな雰囲気ないし、だって見た目二十代後半って見た目だよ?
金髪で整った優しい顔、これが人間だったら絶対モテモテだな。
「精霊王様からお話は伺ってます。どうぞこちらへ」
長老さんの案内で来たのは集会所のようなところ、そこにはリルとカリン、ティアマトさんも既にいた。
あとは男女混じったエルフが十名ほど居た。
多分偉いエルフか、村の代表といったところか。
アルさんが一番目立つ席に座り話し始めた。
「たった今、精霊王様が仰っていた人間が村に来てくれました。よってこれより仲間の救出作戦を開始したいと思います」
「待て、その人間は本当に精霊王様が言った人間なのか?」
「魂でつながっているフェンリル様たちが仰っているのです。それは愚問でしょう」
ちょっと待て、救出作戦ってなに?もう救えるまでの段階にあるのか?
「それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。我々もただ何もせず打ち拉がれていた訳ではありません。風の精霊の力を借り、準備して参りました。後は戦力だけです」
スンゲー不安だ。
本当に大丈夫なんだよな?
いきなり始まった救出作戦会議。
議題は捕まった仲間と精霊の救出、及び報復。
内容を聞く限り随分と前から計画を練っていた様子。
『ティアマトさん。これ大丈夫なんですか?』
『ハッキリと申しますと、とても危険です。情報は狩人のエルフからの情報で信用はできますが……』
『私達五人じゃ少ないよね……』
『念話』でこっそりと話す俺たち。
話はかなり大事のようではっきり言ってそんな作戦で大丈夫か?と思うほどだった。
作戦は囚われている奴隷商や買った貴族の屋敷に侵入、囚われた仲間を救い密猟に関わった者全員に報復すると言うとんでもない内容。
正直まだまだ情報が足りない、まず拉致られたエルフ達はまだその国にいるかすら不明。
一応情報をくれたエルフはまだ国外には行ってないと言っているそうだが狡猾な貴族がそんな簡単にばれるような運び方をするだろうか?
……ここは俺が行くか。
「あのよろしいでしょうか?」
「はい。なんでしょうリュウ様」
「俺自らその国に行って情報を集めたいと思います。さすがに奴隷商の中に入って直接確認したわけではないのでしょう?俺は人間なので客として侵入したいと思います。ですのでエルフが囚われている奴隷商を教えてはいただけないでしょうか」
この発言に周りのエルフ達はざわつく。
しかしこの発言に乗って内情を確認したい者や、そんなの関係なくすぐに行動するべきだと発言する者もいた。
「お静かに!お静かに!リュウ様、それはありがたいお話ですが危険では?」
「捕まえに来た者たちはともかく奴隷商達は腐っても商人です。金を持った相手にいきなり襲うような真似はしないでしょう。それに金はあるのでこれは値段次第ですがエルフの一人ぐらいは買えると思います」
「本当ですか!?」
「ただしどのエルフになるかはわかりません。それは分かっておいて下さい」
こういう発言だと家の子供、嫁を買ってくれと言ってくるのは目に見えているので先に釘をさしておく。
「パパ大丈夫なの?お金そんなにあった?」
「リュウはたまに無茶をいうのだ。何人もの奴隷を買う金などあるまい」
「なら作ればいい」
「……ん?」
「なければ金を作ればいいって言ったのさ。魔物数匹を綺麗に倒してギルドに持って行けばいい」
それにフォールクラウンで拾ってお高い宝石なんかを売ればそれなりの額になるだろう。
ま、ジャイアントボアの毛皮一枚で金貨60枚になったぐらいだ、大型の魔物を狩ればいい金になる。
「ってことでアル長老、この辺で厄介な魔物とかはいませんか?狩って金に換えます」
「えっと、最近昆虫型の魔物が出て来て精霊王様からもどうにかして欲しいという話なら聞きましたが」
「ならそいつを狩ってきます。あと精霊王に報酬として風系統の精霊を借りれるように言っていただけませんか?あとあるなら金も」
「わ、分かりました。討伐して欲しい魔物の名前は『毒大蜘蛛《ポイズンスパイダー》』です。森に住み着き被害が出ています。牙には致死性の毒があるのでお気をつけ下さい!それと案内の者を今呼びますので」
「いえあまり詳しい生態の知らない相手なので一人で行きます。それに『毒無効』のスキルも持っていますのでご安心下さい」
「そう……ですか。いえ、やはり一人ぐらいは付いて行かせましょう。そのぐらいはしないとエルフの名折れです」
「いえ、その……ありがとうございます」
正直要らないんだけどなぁ。
まぁ道案内までならいいか。
それで案内してくれるエルフをまたガヤガヤと決めて出てきたのは一人のエルフ娘。
金髪のショートで胸とか尻とか女性らしいスタイルをした美人さん。
目はちょっと鋭いかな?
「ファロス・ブレ・ギルです。私が案内します」
「リュウだ。道案内よろしくな、ファロス」
「はい!ではご案内します」
てなわけでポイズンスパイダーの討伐に向かった俺。
ちなみに嫁たちはお留守番、今回は食うための狩りではなく金を得るための狩りなので連れて来なかった。
リルは興味なし、カリンは焼いちゃうので連れて来れず、オウカは力任せに潰しそうなのでパス、ティアマトさんはそつなくこなしそうだが俺達の最大戦力なので村の防衛のために力を使ってもらうことにした。
一応いつでも『念話』できる状態にしているが多分要らないだろう。
「リュウ殿は本当に人間なのですか?」
「……突然どうした?」
「いえ、あのティアマト殿に勝利した人間というのはどうしても想像できないものでして」
ファロスは普通に気になっていた事を聞いてきただけみたいだ。
「まぁ、あれだ。人間諦め無ければ案外どうにかなるって事だろ?」
「その一言で片付けてよいのですか?」
「いいのいいの。実際そうやって勝ってきたんだし」
他にも色々あるかもしれないがこれでいいだろ。
「で、蜘蛛は何匹いんの?」
「前に確認した際は三匹でした」
「どうもその情報大分古い情報だったみたいだな」
足音が三匹どころか十……いや二十はいるか。
「まさかそんな……」
ようやく状況が分かったのか絶望的な顔になったファロス。
こんなんで絶望的になんなよ。
「お前はここで自分身の安全だけを考えろ。後俺は虫狩りでもしよう」
これ高く売れるのか?
「リュウ殿は!?」
「もちろん虫取りだ」
俺は蜘蛛の巣に触れないようロウで蜘蛛の頭をぶっ刺して殺す。
簡単な作業であっという間に終わった。
「さてと、それじゃ回収しようか」
ロウを鞘に納めファロスに言ったが特に返上もないから俺一人で回収したのだった。
ポイズンスパイダーを引きずる俺の隣にファロスが引きずられる蜘蛛を嫌そうに見てた。
「人間は何故この蜘蛛を買い取ってくれるのだろうか?」
「色々使うらしいよ。毒は冒険者のアイテムに、糸は上質な服を作る材料になるらしい」
「……そんな使い道があったとは知らなかった」
俺の革鎧も魔物の毛を使ってるらしいし、案外無駄なく使えるのが魔物だったり?
「それじゃ一旦村に戻ったら俺はすぐ国に行くぞ。魔物は鮮度が命」
「なら私がまた案内を」
「しなくていい。エルフがエルフ売ってる奴隷商に行く必要は無い。村の防衛に力注いでろ」
ファロスは残念そうな顔をしていたがまたエルフが拉致られるのを防ぐのも立派な仕事だ。
むしろそれを止めないと同じ事を繰り返すだけ。
ならそれを止めるエルフが必要だ。
「分かりました。エルフのため、精一杯頑張ります!」
うんうん。
さて、問題はうちの嫁達なんだよな。
絶対付いてくって言うだろうし、でも女を買いに行くのに女連れて行くのも変だしなぁ。
どう言ったもんかなぁ……
そんな事を考えていたらすぐに村に着いた。
着くとアル長老が出迎えてくれる。
「どうしたのですかこの数のポイズンスパイダーは!?前回の調査ではこれ程の数はいなかったはず!」
「多分卵でも産んでたんじゃないですか?一部の蜘蛛はまだ子供の様でした」
後ろの蜘蛛に驚いていたが俺はすぐにその国に行く事を伝えた。
「もう行かれるのですか!?精霊王様からの精霊もまだ来ていませんし、金貨の方もまだ」
「問題ない。ちょっと嫁達に話ししてから行くから」
アル長老の話は聞き流し、リル達がいる集会所に行く。
「えっと、皆いる?」
集会所を覗くと落ち込んだリル達がいた。
暗い、めっちゃ暗い雰囲気が集会所を支配している。
入りたくねぇ……こんな暗い場所に入り込みたくねぇ。
「リュウ行くの?」
「パパ……」
「リュウ、いってらっしゃいなのだ……」
「私は私の役割を全うします」
な、なんだろう?このへばり付く重たい空気は?
やっぱり俺のせいなんだよな。
「あ~、え~っと。ちょっと行ってくる」
「またお留守番……」
「お姉ちゃん、一緒にお留守番だね……」
「私は先程一緒に旅をすると出てきたばかりなのに……」
「リュウ様、ここは私にお任せを」
「ごめんね。ティアマトさんフォローお願いします」
これは逃げないと、逃げないと俺がヤバい。
罪悪感で死ぬ!
逃げた先にアル長老が俺を待っていた。
「リュウ様、敵国はエルク公国です。公国には私達の仲間がいます。彼らにリュウ様の事は連絡していますので彼らの力が必要な際はお使いください」
「ありがとうアル長老。彼らには買い取る事が出来たエルフを帰してもらう手伝いをしてもらうつもりです。人間の俺より同じエルフの方が安心すると思いますからね」
「分かりました。彼らにそのように伝えておきます」
「じゃ行ってくる」
「リュウ様に精霊王の御加護があらん事を」
エルフ流の祈りを聞いた後、俺はさっさと蜘蛛を引きずりながらエルク公国に向かった。
エルク公国。
大して大きくないこの国ははっきり言って貧乏国家らしい。
しかし決して弱い国と言うことはない。
エルフ程ではないが精霊を使役する存在多く居るため少数精鋭の騎士団がいるとか。
基本精霊と契約した人間は騎士団に入団するらしいが、中には精霊の力を使って農業をする変わり者も存在するらしい。
あくまでタイガとティアが言ってた事だがまぁ多分本当だろう。
だから俺は最初はエルクだとは思ってなかった。
エルク公国でいったい何が起こっているのか少し気になる。
ついでにそれも探ってみるか。