極東に着いた時は既に夜中だった。
魔王の縄張りに侵入しない様に街路樹は曲がりくねっていたし、山岳地帯でもある様だったのでかなり坂などのアップダウンも激しかった。
しかし鳥達の視線は変わらず付いて来るし、獣も一部極東の門にかかるまでずっと追いかけてきていた。
で、ようやく門まで着いたが……
「申し訳ありませんが朝までお待ちください」
との事。
獣や魔物対策として夕方までしかこの門は開いていないらしい、だからこのルールを知っている人達は朝に着く様にしているとか。
しかしこの対応も慣れているのか、門番さん達は一つの小屋を貸してくれた。
その小屋は明らかに雨風を凌ぐだけの造りになっているが一晩だけならいいかと皆でその晩は小屋に泊まった。
しかしその分門は朝早く開くらしいので明日は早く起きる事にした。
そんで次の日。
門が開く音で起きた俺は皆、と言うかアリスを起こした。
特に顔を洗う設備もないので起きてすぐ門に向かう。
すると昨日と同じ門番さんが居た。
「おはようございます」
「おはよう。今日は通っていいんだよな?」
「はい。しかしその前にこちらに署名をお願いします。そちらの魔物の方達も」
「え、リル達も?」
「はい。こちらには魔王様の領域に近いので知性の高い魔物の方も大勢います。ですので魔物の方にも署名が必要なのです」
まさか魔王の領域に近いからと言って人間と魔物が共存している国があったとは知らなかった。
そしてリル達も名前と種族を書いていった。
魔物の場合は種族も書く必要があるとか。
それで皆も書いていった訳だがやっぱりと言うかかなり驚かれていた。
何故か特にカリンの種族を見て。
「ご署名ありがとうございました。それではお入りください」
理由は言わないし、少し表情に出ていただけなので指摘のしようもなかったがとりあえず入国は出来た。
そこには異国情緒あふれる国だった。
服は上から着るタイプではなくこう、後ろから羽織るような服だし、ズボンも紐と言うより布で結んでいる様な服ばかり。
とりあえずドワーフ金貨をすぐそこの換金所でこの国の金に換えさせてもらった。
それなりの量を換えたので時間が少し掛かったがこれでこの国である程度は大丈夫だろう。
「おいそこの外人‼うちで飯でも食わないか!」
「そこの魔物のお嬢ちゃんもこの国の着物着てみないかい!」
「うちの宿は良い宿だよ!泊まってこないかい!」
すぐに商店街なのか活気の良い商人達が俺達に声をかける。
包丁を持ったおっさんが飯を、この国の服なのか着物と言う服を勧めるおばさん、小太りなメガネをかけたおっさんが自分の宿を勧める。
俺達の格好はかなり珍しいのかすぐに外国人と見抜いたし、まずはこの国の飯でも食うか。
うろうろとしながら飯屋を流し見るとここでは米と言う穀物の方が主食として一般的な様だ。
「皆はどこがいい?」
「お肉はなさそうね」
「国では見ない魚ばっかりなのだ」
「オウカ様、これは海の魚ですよ」
「これが海の魚?」
俺も初めて見る海の魚にオウカは興味を持ったようだ。
そして俺達は一つの定食屋に目を付けた。
しかもそこを推薦したのは珍しくダハーカだった。
「ここの飯って美味いのか?」
「……おそらく」
「おそらくって食った事があるから来たんじゃないのか?」
「同族の気配がする」
確かにこの奥からはドラゴンの気配はするがそれだけで入って大丈夫なのか?
「お腹も空きましたしここにしません?この匂いは美味しい気がしますし」
アリスが言う匂いは確かに美味そうだ。
恐らく海の匂いなのか少ししょっぱい匂いがする。
全員腹も減っていたし結局この店に入った。
「いらっしゃい!七名様だねって外人さんか。しかも同族が三人も」
「店主、美味いのを頼む」
「あいよ。なら旬の魚でいいか」
ダハーカが言うと人間の店員が座敷と言う団体用の場所に通してくれた。
そこで大人しくしていると料理が来た。
米と言われる穀物と塩の匂いがする魚、小さな野菜と茶色いスープが一つのものを俺達の前に置いていく。
「一応外人さんだから説明させてもらう。その白いのが米で魚はサンマ、そして漬物と味噌汁だ。食う時はそこの箸を使ってくれ。あいにくフォークもナイフもないんでな。それじゃ」
そう言って店員は厨房にでも戻ってしまった。
いや、いきなり箸を使えと言われても困る。
まず使い方を知らん。
「皆様、箸とはこう使うものです」
そう言ってアオイが見せてくれた。
二本の箸を持ち、上下させるがこれ以外と難しそうだな。
実際見様見真似で箸を使うリル達もどこかぎこちない。
ただ一人だけ違うのはカリンだった。
何故か自然と使い、上品に食べている。
「カリン、お前箸使うの上手だな」
「うん。なんでだろ?」
そう言ってまた米を口に運ぶカリンにリルとオウカも負けじと箸で上品に食べようとするが中々上手くいかない。
俺も慣れない箸に苦戦しながら食ったが味は良かった分、何故か悔しい。
代金を払い店を出ると次に服屋に向かった先程声をかけてきたおばちゃんの所だ。
「おや外人さんありがとね。うちの店を選んでくれて」
「とりあえずここにいる全員に合う服を頼む。詳しくは分からないからそっちの目利きでいい」
「なら私が選んであげる。お嬢ちゃん達は私に付いてきな、男はそっちだよ」
言われた通りに男用の着物がある場所で俺とダハーカは服をいくつか試着した。
「リュウよ私に服はいらん」
「いつもの格好じゃ悪目立ちするから仕方ないだろ。それにダハーカは着物似あってるじゃん」
「いやリュウの方が似合っているだろ。ここの住人は黒目黒髪の様だからな」
まあ確かに馴染んでいるって意味では俺の方かも知れないがダハーカの方がかっこいいと思うけどな。
赤目白髪は確かに目立つがその代わりこの黒い浴衣ではダハーカの方が映えると思う。
ちなみに俺は黒いトンボの浴衣でダハーカは若竹の浴衣だ。
「しっかしリル達は遅いな」
「女と言う生物はこういった事に時間をよく使うらしい」
「そうなんだよな。ま、それも男の宿命って奴なのかね」
すでに金を払い外で待つ俺達、するとようやく店から出て来た。
「皆様綺麗に着付けさせていただきましたよ」
そう言って後ろから出て来たリル達はとても綺麗だった。
リルは黒の撫子、リルの長い髪の毛と相まってより女性らしさが出ている。
オウカはシンプルなピンクで子供らしい愛らしさが出ている。
アオイは紫の桔梗、何て言うか大人らしい色気と言うか何故か直視しにくい。
最後に出て来たのはカリンだがこれがまた見事に美しくなっていた。
オレンジ色の生地に煌びやかな鳥の刺繍がされた派手な服を着ていた。
おそらくカリンの様な女性にしか着こなせないであろう服を見事に着こなしている。
「う~ん。こりゃ今日からカリンにはこっちの服でいてもらいたいな」
「あ、ありがとパパ」
そう言うとリルとオウカが「また負けたー!」と言っている。
そしてアリスはダハーカに慰めてもらっていた。
アリスは何故か薄柄の地味な服だった。
「それとおばちゃん、聞きたい事があるんだけど」
「ん、何だい?私が答えられる事なら何でも言いな」
「ハガネって鍛冶師を探してきたんだが居場所知ってる?」
「ハガネってあの妖刀のハガネかい?」
あれ?なんか不穏な空気が出て来た。
「刀が欲しいなら他の鍛冶師を紹介してやるから止めときな」
「どうやら訳ありと言うのは本当の様だな」
ダハーカも何か勘付いている。
しかも妖刀となるそりゃ訳なしな訳無いな。
渋るおばちゃんを説得してどこにハガネと言う人の居場所を聞き出すのに時間が掛かった。
北の火山地帯、そこに魔王が居る。
魔王はただじっと力を溜めながら必死にあるものを探す。
探しているのは自身が産んだ卵だ。
少し前にどこかの人間に盗まれてから配下の鳥達を使い探している。
盗んだ人間はすぐに見つかり己の力で焼いたが卵だけは変わらず行方不明だった。
焼いた人間の周囲を探したが卵は見つからず途方に暮れていたが配下の者が卵の殻のみを発見した。
卵を食らうたぐいの魔物や獣に襲われた形跡はないと配下は言う。
魔王はすぐに卵の殻が発見されたとある山に急行したが雛は見つからない。
ただし力の残滓の様なものだけは感じ取れたが結局雛は見つからなかった。
さらにしばらくして現在。
魔王は瞳に確かな怒りを表しながら至るべき時を待つ。
同種の雌達も魔王を鎮めようとしたが結果変わる事はない。
普段は様々な鳥類が居る山には今では雛探しのために閑散としている。
今か今かと待ち望んでいるとき、自身の前に配下の鴉が一羽現れた。
「申し上げますクイーン。クイーンの娘と思われる方を見つけました!」
「それは本当か!?」
クイーンと呼ばれた魔王は鴉を睨み付ける。
自身に向いた怒りではないがその瞳を向けられるだけで鴉は固まる。
しかし何も言わなければ焼かれるのは自身であるため鴉は答えた。
「クイーンの娘と思われる方は極東におります!しかしその周りにはドラゴンや狼、そして人間がおりました!」
「極東だと?なぜあの辺鄙な場所に向かう、なぜ私の下ではない!」
「そ、それは不明ですがおそらく人間が原因かと」
「人間?まさか私の子を利用する気では!?」
クイーンはようやく見つかった己の子の安否ばかりで鴉の話をほとんど聞いていない。
そこに魔王と同種の鳥が一羽舞い降りた。
「姉さま。まずは鴉の話を聞きましょう」
「そうだな妹よ。それで娘はどうなっていた?」
「は。王女様はすでに肉体のみは成体へと進化しておりました」
「成体だと?それはあまりにも早すぎる」
女王の種族は最低でも百年、火山から得られる熱を魔力に変えなければ美しき羽をもつ成体になる事はない。しかし娘を見た者の証言ではすでに人間体に姿を変えられる程の魔力、そして美しい姿であったというらしい。
その話に魔王は首をかしげる。
「私の娘ならまだ可愛らしい雛のはず。別な同種か?」
「しかしその方の翼と羽はクイーンのものと変わらぬ美しさであったと聞いております」
「姉さま、これは一度慎重に調べた方がよろしいのでは?」
「問題ない。その見た者を連れてこい」
その命令で鴉は見た者を連れに羽ばたく。
魔王の妹は鴉の羽を焼きながら魔王に聞く。
「ただのはぐれが産んだ子でしょうか?」
「すぐに分かる」
魔王はそわそわと期待する。
元々魔王の種族は人間から最強の一角と言われるほどの力を持つ代わりに出生率がとても低い。
なので生まれた雛は種の宝と言われている。
そして鴉は娘を見たというほぼ野生の鳥と変わらない魔物を連れてきた。
魔王は鳥の記憶をたどり、ついに娘を見付けた。
「…………見付けた。ようやく見付けたぞ‼私の子に間違いない‼」
魔王は巨大な翼を広げ、飛び出す。
「お待ちください姉さま!極東には不可侵の条約が‼」
「それは暴れるなと言うだけの事!私はただ娘の迎えに行くだけの事!条約には違反していない!」
そう言って山から飛び出してしまった魔王。
慌てて魔王の配下である、同種に妹は告げる。
「姉さまが飛び出しました。配下の者を急遽山に呼び戻しなさい、そしてこの山を護りなさい」
「承知しました」
配下がそう言ったのを確認した後、妹も魔王を追いかける。
魔王の娘を見つけるという任務は終わりを告げたが代わりに魔王が不在になるという問題に振り回されるのはいつも配下である。
同刻、南の草原にて一体の魔王候補がつまらなそうに過ごしている。
ごく数百年の間に魔王候補になったこの若い魔王は毎日玉座に座っている。
「魔王候補様、次はこの書類にサインを」
「はいはい」
自身より年を重ねた配下に縛り続けられて早数年、慣れる事もなく仕方なく仕事を続ける。
やるのは親から引き継いだ王としての仕事。
ある程度は教育されていたがまだまだ若いせいか遊び足りないと子供の様な事をよく言う。
魔王候補になる程の実力はあっても頭の中は人間でいう二十歳程である。
「なぁ狐。いつになったら終わるんだこの仕事」
「一生終わりませんよ。はい次の書類です」
「ああ、喧嘩したい。交尾したい~」
この時期、この若い魔王候補はまだ発情期を完全にコントロールしきれていない。
若い人間のようにそう言った事に興味尽きないしそれがダメだと言うと今度は喧嘩させろと言う。
まさかこの若者が魔王に推薦されるとは思ってもみなかったし、古き魔王から魔王候補と言われるだけの実力はあっても狐からすればまだまだ子供、肉体は生体になっても心がまだ幼過ぎると狐は常日頃から感じていた。
「なぁ狐、どうせこれって全部お前がしてる事ばっかりなんだろ?ならお前が良いって言えばそれでいいじゃん」
「お言葉ですが、魔王候補様が確認なさったと言う事実だけが必要なのです」
「やっぱり俺要らねぇじゃん!」
狐は確かに計算高いしほぼ実権を握っているが別にこの国を乗っ取りたいという気持ちはない。
狐にとっては先代の王妃への恩返しのつもりなのだから。
「失礼します。緊急事態です!」
「何がありました?」
「北の魔王が急遽極東に向かって飛び出しました!」
「極東にですか?」
駆け込んできた豹の獣人兵士と狐の話に何時も魔王候補は入れない、と言うか入っていけない。
「しかしあそこには不可侵条約が」
「魔王の妹君より連絡!どうやらはぐれた同族を迎えに行くだけなのでこちらに攻撃する気はないと連絡がありました!」
今度は馬の獣人兵士が続いてきた連絡を耳にする。
狐はすぐさま思考を始める。
なぜこのタイミングで魔王が動き出したのか、なぜ妹が連絡してきたのか。
自身の頭の中で考えを纏め、行動に移す。
「おそらくこちらに攻めてくる事はないでしょう。しかし偵察は私と王子で行きます」
「何と‼秘書殿自ら!」
「おやめください‼秘書殿が居なければ誰がこの国を護るのです!」
この言葉お聞いていた魔王候補はさらに不貞腐れる。
王子兼魔王候補の自分より狐の方がちやほやされているのが気に入らなかった。
「しかしこれは王子の教育に必要な事です。それに無茶は致しません」
「しかし何かあった時には」
「ええい煩いぞ!そんなに心配なら俺が護ってやる!それでも不安なら俺より強い戦士を連れて来い!」
その魔王候補の言葉に戦士達は何も言えなかった。
実力では魔王候補と呼ばれる王子より単純な力で強い者はこの国には居ない。
兵士達が何も言えないのを確認してから魔王候補は支度をする。
たとえ向こうに戦意はなくとも気紛れの一撃で死ぬ者の方が圧倒的に多いのだからただ出かける用意と言うよりは戦支度の様に見える。
「よろしいですか王子」
「早速行こうか」
そう言って狐と魔王候補は草原を駆ける。
「自分で言っておいてなんですが本当によろしかったのですか?」
「構わん。部屋で籠って書類と向き合うよりこの方が性に合っている」
「左様ですか」
「それに……まぁあれだ。姉を一人行かせたら父と母が怒りそうだったからな」
狐はそれを聞いて素直じゃないなと思いながら二匹並んで極東を目指す。
服屋のおばちゃんから聞いた情報を頼りに国を歩くが近付けば近付くほど人気がなくなり、表の道に比べどこか侘しさを感じる。
家がぼろけりゃ壁もぼろい、そんな場所にハガネは居るのか?
「リュウさんこの場所治安が悪そうですよ」
「さっきのおばさんも言ってたろ。ここは治安悪いって。詳しい理由までは知らねぇがこの先にハガネが居るなら仕方ねぇ」
アリスは情報部のくせに治安悪いところが苦手とか久しぶりに残念なところが出たな。
おばちゃんの話では古びた道場に居るらしいがどうなんだか。
「リュウ、ここではないか?」
「……マジか」
本当にボロボロの道場で屋根はシミだらけ壁は傷だらけと本当に名のある鍛冶師が住む道場とは思えねぇ。
ただ妙なのはほとんどの傷は切り傷の様になっている事、とてつもなく鋭利な刃物によって切られた傷の様に見える。
「ダハーカはどう思う」
「この傷か?魔術によるものではないのは確かだ」
「じゃあこの傷全部か」
「誰じゃ儂の家をじろじろ見とんのは!」
ダハーカと傷について話していると酔っぱらった爺さんがふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
片手には酒が入った瓢箪、もう片方には杖を持って顔は赤い。
しかし今の発言が確かならこの酔っ払いがハガネか?
「悪いな爺さん、ちょっと人探ししてたんだ」
「あん?人探しだ~?」
「ハガネって鍛冶師を探してる。爺さん知ってるか?」
「…………ハガネってのは儂だが鍛冶はもうやっちょらん。刀が欲しけりゃ他当たれ」
そう言って道場の方に行こうとする爺さん、ふらっと壁に当たりそうなのを慌てて支える。
この人がハガネなら色々聞きたい事はある。
「とりあえず危なっかしいから道場まで送るよ」
「道場は目の前じゃ!」
「若いのが爺さんに手貸してんだから甘えとけ」
「嫌じゃ嫌じゃ!そこまで老けとらん!」
駄々をこねるが構わず肩を貸す。
小汚い道場の中には布団が敷いてあった。
そこに爺さんを転がすとあっと言う間に寝た。
布団の周りには空になった酒瓶が転がっているせいか酒臭い。
中庭で待っていた皆に会って刀の素振りをする。
「リュウ次はどうするの?」
「どうするって言われてもな……とりあえず別に教えてくれる人を探すしかねぇな」
リルの質問に答えながらとにかく素振りをする。
ロウと蒼流をまだ使いこなせてないのは自分でも分かる。
だからこそ使いこなすためにこの国に来たがどうも当てが外れたらしい。
ハガネと言う爺さんは断るどころか酒で寝てるし、正直どうしていいか分からない。
とりあえず一心に蒼流で素振りをしていると明らかに質の悪そうなチンピラが敷地内に入ってきた。
「何だ、まだあの爺さんの門下生が居たのか?」
「しかも上玉も居るじゃねぇか。借金の多寡として連れて行くか?」
「その前に味見ぐれぇはしてぇなぁ」
どうやらこの下品な連中はリル達を狙っている様子。
よし殴るか。
「あ~頭いてぇ、また飲みすぎちまったわい」
空気を読んでか知らずか爺さんが起きてきた。
爺さんは杖を突きながら俺達の横を通ってチンピラの前に出る。
「こいつらはただの飲み過ぎた儂を運んだだけ、儂と関係ないわ」
「うっせな。なら金払えや!」
「おぬしらに借りた金などない。さっさと帰れ」
静かな態度であるが爺さんから覇気を感じる。
ここは手を出さずお手並み拝見といこうか。
肩を抜いて襲い来るチンピラ、爺さんはチンピラの動きを読んで軽い足取りで避ける。
避けながら手にした杖でチンピラの足首を殴る。
殴って転ばしたチンピラに杖の先端を向けるとチンピラは動けなくなった。
爺さんの動きを見て分かったのは足の動き一つ一つに技術があった事。
無駄なく効率的に動く事で相手より一歩先に動ける技術は確かに欲しい。
おそらく杖の動きにも刀の事について何か学ぶところがある気がする。
チンピラ達はすぐに逃げ出し、どっかに行った。
「巻き込んですまんかったな。早くこっから去れ」
振り向いて言った爺さんはどこか寂しげに見えた。
必要最小限で繰り出す技術は今の俺にとって最も欲しい技術だ。
「今の動きを見て余計爺さんの技術が欲しいって思った。去る気はない」
「またあんなのに絡まれるぞ」
「あの程度なんて事無い。それにこいつ等の力をもっと引き出したい」
「こいつ等?その妖刀か」
「話が早くて助かる俺はこいつ等の力を十分に引き出すために爺さんに会いに来た」
爺さんはロウと蒼流をじっと見て言う。
「随分と癖の強そうな妖刀じゃな」
「だからここに来た」
「何度も同じ事を抜かすな。しかしお主は刀を使わずに直接殴っているようだが?」
「それは殺さないため。近々殺し合いになりそうな雰囲気なんでね、リル達を守るためにさらに腕を磨きたい」
俺の顔を見た爺さんは道場の方に戻ってしまう。
やはりダメかな。と思っていたら木刀を一本俺に投げる。
それをキャッチすると爺さんは「とりあえず一回だけ素振りしてみぃ」と言った。
俺は言われた通りに一回だけ素振りをした。
「……本当に基礎だけは出来とると言った感じか。ほれ儂と打ち合ってみい」
「いや、刀は本当に素人同然で」
「いいから来い、実戦的な剣を学びたいのじゃろ?なら儂と打ち合ってみると良い、良い経験になるじゃろ」
片手で構える爺さんに対して俺は両手で構える。
そこからは一方的にぼこぼこにされた。
振りかぶって頭を狙えば簡単に木刀が弾かれるし、突きの様に一直線で攻めれば逆に間合いを詰められ腹に木刀が入る、とにかく数で攻めようと早く木刀を動かすがわずかな隙で突きを決められた。
アオイとの修行でも力を一点に集中する事で無駄をなくすのはしたが爺さんの場合は動き一つ一つまでが無駄のないように動いている。
例えば足の動き方、俺は足を前に出す際に片足を前に出すが爺さんは片足を曲げる事によって一歩先に動いていた。
爺さんの動きはそういった無駄のない動きによって全て俺より一歩先を行っていた。
「あ~負けた」
「負けたと言うがお主は筋は良い。途中から儂の動きを真似し様としておったじゃろ」
「でも意識してもかなり難しい。しばらく練習しないと自然とは出来そうにない」
「当り前じゃ、そう簡単に出来てたまるか」
「でも爺さんそんなに強いのに何でここにいんだ?」
ぼろぼろの道場に多分住居だったであろうぼろぼろの家、爺さんの力なら弟子入りしたい者は多いと思うが……
「……大した理由ではない。ここが儂の家だからじゃ、文句あるか?」
「爺さんが良いなら良いけど」
「ふん」
爺さんはまた道場に戻り空き瓶を片付け始めた。
俺も何となく手伝うと他の皆も協力してくれた。
リルなんかは鼻が良いので酒臭さに顔をしかめていたが汚いのが嫌いなのでする。
カリンは弱い炎で汚れた部分を焼いている。
そんな感じで掃除を続けていたらあっという間にきれいになった。
「お主ら宿はもう取ったのか?」
「ん?ああまだだったな」
掃除をしている内にだいぶ日が傾いていた。
今から大勢の人数を止めてくれる宿はあるだろうか。
「ならここに泊まっていくとええ、布団ならある」
「え、良いのか爺さん」
「食費は自分で賄えよ、それ以外は修業と儂の世話じゃ」
「……そこまで老けてないんじゃなかったのか?」
「弟子が師匠の世話をするのは当然じゃ」
そう言う事で俺達は爺さん改め、師匠の下で修業する事が決まった。
早くも数日後の朝、俺達は中庭で修業をしていた。
まずは武術の型とか言って爺さんの動きを真似ている。
とにかくこれが基礎でまずはこれを覚えろとの事。
「呼吸はちゃんとするんじゃよ」
そう言う師匠の目線の先にはアリスがいた。
ゆっくりとした型は意外と足にくるのでアリスは踏ん張るために息を止めている。
アリスは息を付くとふらふらとするので危なっかしい。
「師匠、弟子入りしたのは俺だけだと思ってたんだが?」
「まぁの、しかし逃げる力もない者を見るとついのぉ」
逃げる力もないと評価されるとはどこまで残念なんだアリスは。
ちなみにリルにアオイ、ダハーカはしていない。
どうせ本気で戦う時は姿が違うし人型で戦う事もほぼない。
これはあくまで人間と身体の構造が似た者にしか意味はないとか。
カリンとオウカは物珍しさとまだまだ子供で実力もないので一緒にしているがアリスほど無様な真似はしていない。
「それに師匠、俺は刀について学びに来たのに何で体術について学んでんだ?」
「どちらも身体が基本じゃからじゃよ。後で教えてやるわい、お嬢ちゃん達には体術を教えてるわ」
師匠の武術は古武術と言われるもので完全に相手を殺すための武術らしい。
師匠が時代の流れと共に忘れられていった理由がこれだ。
何でも師匠が若かった頃は毎日魔物との戦いのためこの道場に通うものが大勢いたが魔王が現れる様になってからその必要性も減ったとか。
北の山では魔王が鳥型の魔物を統一し全て支配下に加わった事で争いは減り、南ではとある獣人型の魔物が獣型の魔物を統一、さらに危機感が減った。
これによりこの国は魔王との不可侵条約によって平和がもたらされた。
しかし相手を殺す技を教える事で生計を保っていた道場からどんどん門下生が減っていく。
おかげで師匠の所だけではなく同業者からも次々と職を無くし、いつの間にか師匠が最後に残った。
国は西からの脅威は魔王によって守られ、今ではすっかり平和ボケだとか。
「全く嘆かわしい事じゃ。魔王がいつまでも魔王で居るとは限らんのに」
それは確かに。
一時間ほど型の練習をすると身体の中から温かくなった。
「では次行くぞ」
そういって次の修業が始まる。
俺は刀の修業、他三人は体術の修業のステップアップだ。
昨日同様に師匠とひたすら木刀で戦い、ぼこぼこにされる。
正直ぼこぼこにされるのは慣れているが今までとは違うやられ方だ。
今までぼこぼこにされてきたフェンリルの爺さんやアオイは身体能力、経験、全て劣っていたから仕方ないと思っているが師匠は俺よりも身体能力は低い。
なのに戦いの経験と身体の動かし方一つでぼこぼこにされるのは初めての経験だ。
一応ダハーカやアオイには勝利できたがそれと全く別なところで今、戦いを学んでいるのだろう。
「ほい、隙ありじゃ」
「だっ!」
また木刀で殴られた。
ちきしょう、生存本能とか身体で覚えようとしてるのにまるで覚えられない。
むしろこれは思考すべきものなのか?
「皆様、昼食が出来ました」
「ふむ、では一旦休憩じゃな。ほれ、礼をせんかい」
言われて起き上がり一つ礼をした。
すると師匠は満足そうに頷き道場へ戻る。
俺は一つため息をついて木刀を拾ってから飯にした。
アオイがこの国で買った飯も美味いが俺はずっと修業の事を考えていた。
師匠のような足捌きだけでも出来たらだいぶ状況は変わる、最低でも隙があると言われて転ばされる事はなくなるだろう。
うんうん唸りながら飯を食っているとアオイが心配そうに聞いてきた。
「リュウ様のお口に合わなかったでしょうか?」
「え、ああそうじゃないよ。唸ってたのは修業の事、アオイの飯は美味い」
「そうでしたか。しかしリュウ様、事を急いでは良い結果は出ませんよ」
「そりゃまだ初めて三日しか経ってないからいいけど、そう悠長に言ってられる状況でもないからな」
飯を食いながらも思考は止められない。
精霊王が集めてくれた情報だと聖女はかなり厄介な存在のようだ。
まず年は二十歳、聖女と言うならシスターかと思ったら現役バリバリの女騎士だった。
ティアとも仲は良いがティア以上の魔物嫌い、と言っても理由は教会の教えらしい。
教会は魔物を絶対悪と決めているため聖女はその教えに忠実なだけ、実際の所はかなりの現実主義者だとか。
ゲンさんいわく発言力はないと言っていたが仲間内、同じ教会の戦士からは大きな支持があるらしく中には教皇と繋がってるという噂すらある。
表向き地位はないのは事実らしいが強力なバックがいるのは確かだ。
教皇だけではなくどっかの国の貴族を助けた事もあるらしいし、今回の大森林への進行はその貴族からも少しだけ出るようだ。
次に軍事力は何と三万人だとか。
ライトライトの兵は表向きはフェンリル退治のため貸し出せないとなっているが全く手を貸さない訳にもいかないので2500の兵を貸したらしい。
軍に関して素人の俺だがかなり少なめにしてくれたのは分かる。
同郷の人間をあまり殺さずに済むのは嬉しい事だ。
今回の進行に参加するのは教会に同調した大国だそうで二万の兵、七千の教会の戦士、残りの五百は冒険者や傭兵らしい。
『魔王』になる条件として一万の人間の魂がいるらしいが俺はすでにある程度の人間の魂は確保している。
エルフの村を襲いに来た人間の魂とたまに会った盗賊の魂だ、奪った魂の管理はウルに任せているため詳しい数は知らないが数百個分の魂はあるらしい。
てっきりエルフの村の時は殺した者のもとに魂が行くと思っていたがどうも奪った魂は全て俺に送られてきていたようだ。
まあどっちにせよこの戦いが本当に起こるなら一気に三万もの魂が手に入ることになるが。
「ほい!」
「あだ!」
いきなり師匠が俺の頭を木刀で殴った。
修業の時だけじゃないのかよ!
「何でだよ師匠!」
「お主が力を発揮できとらんのは無駄な事ばかり考えておるからじゃ。戦いで無駄な事を考えとったら死ぬぞ」
「分かってるよ」
「分っとらん!修行の時からずっと雑念ばかりしおって、少し水でも被って来い!」
師匠につまみ出された……
仕方ないので外の井戸まで行って大人しく水を被ってから道場に戻ってくる。
流石に秋に水を被るのは寒い……
「午後の修業は普段とは変更し座禅とする」
そう言って座布団を引っ張ってきた師匠。
座禅とはきれいな姿勢を保ちながら座り、自身の心を落ち着かせる修業らしい。
つまり師匠は俺に落ち着けと言ってきたようなものだ。
これにはリルやアオイ、ダハーカも参加してきた。
ただ一人アリスだけはきつい修行じゃなくてよかったと思っている様だが。
とりあえず胡座を掻いてそっと目を閉じる。
………………暇だな。
かと言って変な事を考えると師匠に木刀で殴られるし……
………………仕方ないから音でも聞くか。
そのままそっと耳を澄ませる。
風の音が聞こえると草木がざわざわと静かに音が鳴る。
意外と心地いな。このまま寝たいがこれも修行だ、我慢しよう。
しばらくしていると悲鳴のようなものが聞こえる。
耳を澄ますとどうも巨大な鳥が来たらしい、確か緊急事態を知らせる鐘の音も聞こえる。
鐘の音に交じって大きな翼を羽ばたく音も聞こえる。
「いい加減にしろ!」
「あだ!いってぇよ師匠!鳥が来ただけだろ!」
「ただの鳥ならこんな騒ぎならんわ!あれは魔王じゃ!」
「魔王?」
少し中庭に出ると巨大な赤い鳥が二羽飛んでいた。
赤い羽に包まれた巨大な鷲、たまにきらりと見える金色の羽といいカリンに似ている。
ただたまに出てくる鳴き声はどこか必死な気がする。
「あのでっかいのが魔王か…………カリン何て言ってるか分かるか?」
しかし反応はなくただ茫然としている。
不思議に思いもう一度言葉をかけようとしたとき上から敵意を感じた。
魔王が俺に向かって突っ込んで来ようとしていた。