人助けをしたらパーティを追放された男は、人助けをして成り上がる。

「ギャギャギャ!」

 荒々しい鳴き声を発しながら怪鳥が空を舞う。

「みんな、上に敵がいる。気を付けて」

 ウォリーは仲間達に警告した。
 ここ、『ドメニゴの森』は強力なモンスターが何匹も巣くう高危険度地帯。熟練の冒険者でさえ苦戦を強いられるこの森の中を、今まさにひと組のパーティが進んでいる。

 Aランク冒険者パーティ『レビヤタン』。

 青年ウォリーはそのメンバーの一人だった。『治癒師』という回復に長けたスキルを持ち、パーティのヒーラーとして活躍している。
 彼の他にも、剣の達人であるリーダーのジャックや、凄腕の魔法使いハナ、魔法剣士ミリアなどトップクラスの冒険者達が揃っている。

 森の上空を旋回していた怪鳥がレビヤタンに狙いを定め急降下を始めた。
 その嘴には鋭利な牙がズラリと並び、両足の先端には鎧さえ引き裂く強度の鉤爪が備わっている。
 しかしその爪がパーティメンバーに届くよりも前に、怪鳥は突如出現した落雷に打たれ黒焦げになって墜落した。

 魔法使い、ハナの雷魔法だった。

「ハナ! ありがとう! みんな、怪我は無い?」

 直後にウォリーが仲間達に声をかけた。

「あんたねぇ、さっきの見てなかったの? あの鳥が接近するよりも前に私が仕留めたじゃない! 誰も怪我なんてしてないわよ!」

 ハナは苛ついた様子でウォリーを睨んだ。

「そ、そう? それなら良かった…」
「いちいち余計な心配しないでよ! 回復が必要になったらこっちから言うから、あんたは黙ってついて来てりゃいいの!」

 ウォリーは冒険者としての実力が決して低いわけではない。ヒーラーとして回復魔法をはじめとした強力なサポート技を身につけており、『レビヤタン』の他のメンバーと肩を並べるのに申し分ない働きをしていた。
 しかし彼の低姿勢で心配性な性格のせいで、自然とパーティ内で弱い立場に立たされてしまっていた。

「まぁ〜まぁ〜まぁ〜。そんな小ちゃい事でかっかしなくてもい〜じゃな〜い。」

 赤毛でツインテールの女性、ミリアがそう言いながら2人の間に立つ。彼女は剣技と魔法の両方を使いこなす魔法剣士。ウォリーとは同じ故郷で育った幼馴染で、ユニークスキルと呼ばれる特殊な能力を所持している。

「ふん、まあいいわ。さっさと先に進みましょ!」

 ハナは眉間に皺を寄せたまま歩き始めた。

 この調子で襲い来るモンスター達を撃退しながら、探索を進める『レビヤタン』。森の深部が近づいて来たあたりで、全身傷だらけの冒険者が彼等の前に姿を現した。

「ハァ……あ……あなた達はAランクパーティの……ハァ……ハァ……レビヤタンでは?」

 傷だらけの冒険者は相当体力を消耗しているらしく、息切れしている。

「そうだが、何かあったのか?」
「ハァ……ハァ……我々も……パーティでこの森の探索を行なっていたのですが、強力なモンスターに襲われて他の仲間はやられてしまいました……私は何とか逃げ延びたのですが……回復アイテムも底をつき……満身創痍の状態です……お願いします。ここから脱出する為に体力を回復したいんです……ポーションを恵んで頂けませんか?」

 確かにこの冒険者の傷はかなり酷いようだ。こんな状況でこの危険な森から抜け出すのは不可能に近いだろう。
 ジャックの足元で地に両手をついて懇願する冒険者だったが、ジャックはポーションを渡そうとはしなかった。

「悪いが俺たちもこの森を攻略中なんでな、ポーションを渡せば逆に俺たちが危険になるかもしれん。渡す訳にはいかないな。」

 絶望的は表情になる冒険者。ジャックの言葉は「ここで死ね」と言っているようなものだった。
 その時、ウォリーが冒険者の元に駆け寄って肩に手を置いた。

「ウルトラヒール」

 ウォリーがそう唱えると冒険者傷がみるみる癒されていった。

「立てますか? 今回復魔法をあなたにかけました。この魔法は傷を癒すと共に、かけてからしばらくの間は自然回復力を強化する効果があります。本当は森の出口まで送ってあげたいですが僕たちも先へ進まなければなりませんので、これで頑張ってください。」

 冒険者はウォリーの手を握りしめると涙を流しながら何度も御礼を言った。そして、『レビヤタン』一行に深々と礼をすると、その場を去っていった。
 冒険者の背中が見えなくなったところで、突然、ジャックがウォリーを殴りつけた。

「このクソガキが! ポーションは渡さないと言っただろ! 俺の話を聞いてなかったのか!?」
「ご、ごめん……でもポーションは使ってない。回復魔法で……」

 ウォリーは痛む頰を抑えながらジャックに謝罪した。

「同じ事だ! 回復魔法だって魔力を消費するだろ! お前の魔力は俺たちパーティの為に使うものだ!どこの誰かもわからん奴の為に魔力を使うんじゃない!」
「でも……あの人、あのままじゃ死んでたよ。見殺しになんて出来ないよ……」
「馬鹿野郎! あいつも冒険者だ。死の危険は覚悟の上でここに来てるんだろうが! あいつがモンスターに負けて死んだところで、それはあいつ自身の責任だ。俺たちには関係無い! もちろん助ける事も間違いじゃねえが、助けない事だって間違いじゃねえ!」

 ウォリーは言い返す事が出来なかった。ジャックの言い分にも一理あると思ったからだ。ここは高危険度の森。魔力やアイテムは出来る限り温存して行かなければ、パーティ全員を危険な目にあわせてしまうかもしれない。リーダーのジャックに断りもなく魔力を使ってしまった事を彼は深く反省した。
 だがかと言って、彼は冒険者をあのまま見捨てる事も耐え難かった。彼は昔から困っている人に出会うと何かしてあげたいという欲求に駆られてしまう人間だった。

「まままっ! いい〜じゃないのぉ〜回復魔法の1回や2回くらい。」

 またもミリアが出て来て揉め事を抑えようとする。

「ウォリー君はじつに、じつぅ〜に優秀な人財よ! 彼の所持してる魔力はそこらの魔法使いを遥かに超える量。私は幼い頃から彼を知ってるけど、昔から魔力の量が桁違いだったのよぉ〜。周囲の大人達からは神童なんて呼ばれて期待されてたのを憶えてるわ。」

 ウォリーをべた褒めするミリアを、ハナは不機嫌そうにして睨んでいた。

「まあいい、もう使っちまった魔力にあれこれ言ってもしょうがないからな。だが覚えておけウォリー。お前のその誰にでも手を差し出そうとする性格は冒険者にとっては不要なものだ! そんな甘ちゃんじゃ一生一流の冒険者にはなれねえぞ!」

 そう言い放つと、ジャックは再び森の奥へ向けて歩みを進め出した。




 森がだんだんと薄暗くなり、今まで以上にあちこちからのモンスターの気配が強くなってくる。パーティはどうやら森の深部まで入ったようだった。モンスターの強さが格段に上がるが、その分貴重なアイテムを入手する事が出来る。

「これ、何だろう。見たことない花〜」

 ミリアが青く微かに発光している花を手にしている。

「青龍花だね。かなり珍しい花だよ。他のアイテムと調合すれば効力の高い薬になるけど、扱いの難しい花だからほぼ失敗するだろうね。」

 ウォリーが答えるとミリアはヘぇ〜と言いながらハナの衣服のポケットに花をねじ込んだ。

「私いらないからハナちゃんにあげる〜。ハナちゃんだけに花をね〜。はっはっは」

 自分で言って自分で笑うミリアだったが、当のハナは冷めた表情していた。

「おたくら……冒険者かの? ちょっと頼みがあるんじゃが……」

 突然、1人の老人が姿を現した。こんな所に老人が1人で居る事を奇妙に感じ、パーティ全員は一瞬で警戒態勢に入った。

「こんな場所で何してる。何者だ?」

 ジャックがきつい口調で問うが、老人は動じる様子がない。

「そう警戒せんでくれ。食糧が尽きてしまっての〜。なんか恵んでくれんか。もう腹が減って腹が減って…」
「悪いが俺たちは自分の分しか持ってきてないんでな。物乞いをするなら街でやってこい。」

 あまり関わらない方がいいと判断したジャック達は早足でその場を去ろうとする。ただ1人、ウォリーはあの老人が気になって仕方なかった。確かに奇妙な老人ではあるが、こんな場所で飢えてると言われると彼の性格上放っておく事が出来なかった。
 ただ勝手に助けるとまたジャックに何か言われるかもしれない。ウォリーは自分のパンを他のメンバーにバレないよう後ろ手に持ち、こっそりと老人の方へ投げてからジャック達の後に付いていった。

 その後『レビヤタン』一行は特に奇妙なものに遭遇する事なく、大量のレアアイテムを入手して無事に街まで帰還した。






「そろそろ俺たちもSランク昇格に向けて動こうと思うんだが、どうだ?」

 冒険者達が頻繁に利用する酒場で、ジャックは酒を片手にそう言った。

「いいね〜。私たちの実力ならもう十分でしょう!」

 ミリアは上機嫌でジャックの意見に賛同する。

「昇格する為にはさらに上のレベルのクエストを達成する必要があるのよね。一体どれほどの難易度なのかしら……」

 ミリアとは対照的にハナは不安そうな表情をしている。

「ああ、これからさらに気を引き締めていかなければな…それから、ウォリー。お前にひとつ言っておきたい事がある。」
「え……?」

 ジャックは酒を一口飲んでから、ウォリーに冷たい視線を向けた。

「お前にはこのパーティを出ていってもらう。」
 ウォリーは突然の出来事に声も出せず固まってしまう。『レビヤタン』のメンバーとして共に戦ってきた仲間に「出て行け」と言われた事は大きなショックだった。

「お前はそこそこ実力はあるが、その性格ははっきり言ってイライラする。探索中に困ってる人を見かけるたびにいちいちそいつの事を気にかけるし、そういう甘さは今後Sランクに行くための障害になる」
「ちょっと待って。ウォリーが抜けたらその穴は誰が埋めるの?」
「実は最近ちょっと縁があってな、新しいヒーラーの冒険者がうちに加わる事になっている。実力はウォリーと大して変わらないから、パーティに大きな影響は出ないだろう」

 その返答を聞いて、ハナは笑みを浮かべてウォリーを見た。

「あ〜それなら安心ね。じゃあさっさとこいつ追い出しちゃってよ。いつもウジウジしてて嫌だったんだよね〜。これでやっと解放されるわ」
「そんな……」
「すいませ〜ん!焼き鳥追加〜」

 ハナとジャックの2人に責められてウォリーはがっくりと肩を落とす。いつもならここでミリアが仲裁に入ったりするのだが、何故か今回は焼き鳥を頬張るのに夢中になっている。




 結局、ウォリーを脱退させるという方向で話は変わらないままその日は解散となった。酒場からの帰り道、ウォリーは1人俯きながらとぼとぼと歩いていた。

「お〜い!」

 ウォリーの背後から聞き慣れた女性の声がする。振り返れば、ミリアが走って追いかけてくる所だった。

「ミリア……」
「みんな酷いよね〜。ウォリーに対してあんな言い方、あんまりだよ〜。ま、気にすんな!」

 そう言って彼女はウォリーの肩を叩いた。

「僕、これからどうすればいいんだろう。」
「なぁ〜に言ってんの! Aランクパーティの出身者だよ? 新しく仲間を募集すればすぐ集まるでしょ。まぁ〜パーティのランクは下がるかもしれないけどさぁ〜。君は優秀だからダイジョブダイジョブ〜」
「でもさ、何でさっきジャック達を止めてくれなかったの?」
「そりゃ、あんな事言う奴らとウォリーは今後も上手くやって行けると思うわけ? むりむ〜り。だったらいっそ抜けて新しいパーティ作った方がウォリーの為になると思ったわけよ〜」

 いつもと変わらない高めのテンションでミリアはその場でくるくると踊り出す。
 ずっと落ち込んでいたウォリーだったが、彼女を見て少しだけ口元が緩んだ。同じ街の出身で、幼い頃から共に冒険者を目指していた2人。いつも前向きに努力する彼女の姿に、ウォリーは何度も励まされてきた。彼は心から彼女に感謝する。

「ありがとうミリア。頑張ってみるよ」






 ウォリーが宿泊している宿屋に戻ったのは深夜だった。自分の部屋に入り、灯りをつける。

「遅かったの〜。飲み過ぎは良くないぞ」
「うわあああ!?」

 皆が寝静まる時間にもかかわらず、ウォリーは思わず声を上げてしまった。自分1人用に取っていたはずの部屋に、別の人物が居座っていたのだから無理もない。

「こ、ここは僕の部屋ですよ! だ……誰ですか!?」
「何を言っとる。ワシじゃよワシ」

 よく見ればそれはウォリーの見覚えのある人物だった。モンスターが住む危険な森の深部に居た謎の老人。彼がウォリーの部屋のベッドに腰を下ろしていたのだ。

「な、なんであなたがここに……」
「あの時のお礼をしようと思ってな」

 とりあえずウォリーは部屋に入って戸を閉めた。これ以上騒ぐのは近所迷惑だろう。

「何で僕がここに住んでると……?」
「あんた『レビヤタン』の人間じゃろ? 有名なパーティじゃから知っとるよ。街の人に聞いてまわったらこの場所を教えてくれたわい」

 だとしても戸締りをしていた部屋に勝手に入っているのはおかしな話だが……とウォリーは困った表情をしてみせる。

「あのパーティの中であんた1人がワシに食べ物をくれた。お礼にあんたにいいものをくれてやろう」
「……いいもの?」

 見たところ老人は手ぶらだった。着ている服もボロボロで裕福な人間とも思えない。お礼と言っても大した事ないんだろうなとウォリーは特に期待はしていなかった。

「あの時あんたを見た時に思ったよ。あんたにはユニークスキルの才能がある!」
「……へ?」

 老人の口から出た、ユニークスキルという言葉。ウォリーは理解ができなかった。お礼とそれと、何の関係があるのか。

「ワシが引き出してやろう。あんたが望むならな」
「ちょ、ちょっと待って。どういう事です?」
「ワシの能力は『スキル覚醒』。人の中に眠っているスキルを目覚めさせる事が出来るんじゃ」

 その能力についてはウォリーも聞いたことがあった。だがかなり珍しい能力で使えるのは世界中でも片手で数えられるくらいしか居ないとの事。まさかこんなボロ布を着た老人がその1人だとは彼も予想外だった。

「あんたの中にはユニークスキルが眠っている。それが目覚めればさらに強くなる事が出来るじゃろう」
「あの、ですね。僕は既にスキルを持っていて……」
「治癒師のスキルじゃろ? ワシには見えておるよ。じゃがスキルを持てる数は1人に1つ。ユニークスキルを覚醒させれば今持っている治癒師のスキルは失う事になる。それでもいいならやってらろう」
「もし……治癒師のスキルを捨てたらどうなるんですか?」
「そうじゃな。今使えるサポート系の魔法や回復系の魔法は殆ど使えなくなるじゃろうな。まあ低級の回復魔法くらいなら出来るかもしれんが……」

 ウォリーはそれを聞いて迷った。ユニークスキルというのは確かに魅力的だ。ミリアがそれを持っているからこそ、その能力の強さを十分に彼は体験していた。しかし、彼の回復魔法はこの街の冒険者の中でもかなり高い部類に入る。逆に言えばそこしか彼が自慢できる所が無かった。それを捨てると言うのは、彼にとっては大きな賭けになる。

「じゃが、断言しよう。ユニークスキルが目覚めれば今よりももっと強くなれる。捨てたスキルも簡単に補えるじゃろう」

老人は自信満々に目を輝かせて言う。半分は食べ物のお礼のため。半分は自分の好奇心のため。ウォリーには老人がスキル覚醒を勧める動機がそのように見えた。

「なぜ……そう言い切れるんです?」
「ワシには見えるからじゃ。その者の中にどんなスキルが眠っているか。あの森で一目見た時から気になっておった。あんた程の逸材は滅多におらんよ」

 そう言われてもウォリーにはすぐに答えを出せなかった。スキル覚醒の力があると言っても、目の前に居るのは質素な風貌の老人。彼の言う事を鵜呑みに出来るほどの信憑性が無い。

 ウォリーは老人の目を見つめる。すると、まるで心の奥を全て見抜かれているような不思議な感覚を覚えた。ウォリーは老人に対して、その見た目とは裏腹に何か普通ではないものが有るように感じられた。

「あんた、パーティの連中と上手くいってないんじゃろ?」
「……え!?」

 これにはウォリーも驚いた。彼は今日パーティを追い出されたばかり。出会ったばかりの老人になぜ見抜かれたのか。

「ほほほ。あんたが周りの仲間に見えないようにこっそりパンを渡してきた様子でわかったわい」
「……なるほど。でも、もう僕はそのパーティのメンバーではありません。今日、僕の脱退が決定しました」

 ウォリーはなぜ自分の脱退の事まで打ち明けたのか、彼自身でも分からなかった。ただ、この老人に対しては何でも相談出来そうな、不思議な安心感をいつのまにか持っていた。

「まぁ〜。方向性の違いじゃろ。あんたとメンバーの相性が悪かっただけっちゅう事じゃよ。なぁに、これからは自分に合った仲間を選べばいいわい」
「はい……」
「パーティも抜けて心機一転。これからはあんたの新しい冒険のスタートじゃよ。せっかくじゃ、これを機に新しいスキルに挑戦してみんか?」

 ウォリーはなんやかんやでスキル覚醒を使う方向に話を持っていかれている気がした。だが、老人の言葉に少しずつ前向きな気持ちになっていっているのも確かだった。

「よし、決まりじゃ! 決まり! ほら腕を出せい!」

 老人は急に声の音量を上げ、ウォリーの腕を掴んだ。気持ちが揺らいでいる絶妙なタイミングで強引に話を進められ、彼は自分のペースを見失ってしまった。こうなると彼は流されるままになってしまう。

「ちょっ、本当に大丈夫なんですよね!?」
「任せておけい! お前はいずれ大物になる男じゃ!」

 老人がウォリーの手首に人差し指と中指を並べて置き、呪文を唱え始める。すると、ウォリーの全身を魔力が駆け巡って行く感覚がやってきた。
その感覚はどんどんと大きくなり、彼の身体が緑色に発光し始める。
(もう立っていられない)そう彼が感じたあたりで、頭の中でガラスが割れるような音が響き渡った。


≪スキル『治癒師』を失いました。≫


 続いて頭の中でその様なメッセージが聞こえた。スキル喪失の瞬間だった。

 老人はまだ腕を離さない。ウォリーは足の力が抜けてその場に崩れ落ちる。それでも老人は腕を掴んでまま呪文を唱え続けた。
 老人の目は真っ赤な光を放っている。ウォリーは自分の中で魔力が波打つ感覚を必死で耐えていた。
 そして、再び頭の中で音が鳴る。今度はラッパの音だった。
 その後、メッセージ音が聞こえた。


≪スキル『お助けマン』が覚醒しました。≫
「お助け...マン?」

 ウォリーの頭の中に響いたその名前。おそらく自分のスキル名であろうそれを、彼は困惑しながら口にする。

「そう。それがあんたの新しいスキルじゃ。その名の通り、人助けに特化したスキル。今のあんたにはぴったりじゃろう?」
「なんか…あまり凄そうでは無いんですが…」

 まだスキルの全容を掴めていないウォリーは、苦笑いをする。

「ふむ。本来スキルの能力を調べるのは鑑定師の仕事じゃが、スキル覚醒の能力を持つワシにはあんたのスキルの詳細まではっきり見えとる。特別に教えてやろう」

 老人は人差し指をピンと立ててウォリーの顔の前に突き出した。

「『お助けマン』の能力。その1!『お助けポイント』!!」

「お助け…ポイント?」
「そう。通常冒険者は敵と戦い、経験値を入手することで強くなる。じゃが、お助けマンはそれとは別の方法でも強くなる事が出来るんじゃ。それが…お助けポイント」

 老人は嬉々とした態度で説明を始める。

「人助けをする度にお助けポイントが加算される。どれだけ加算されるかは人助けの内容の大きさによって変わる。ただし、自分の仲間や親しい友人、親族などを助けてもポイントは入らんから注意じゃ。仲間を助けるなんて事は当たり前の事じゃからの。助ける筋合いの無い人間。赤の他人をあえて助ける事が人助けとして認められるんじゃ」
「その…お助けポイントでどうやって強くなるんです?」
「このお助けポイントは消費する事でステータスを上げる事が出来る。つまり人助けをすればするほど強くなれるんじゃ!じゃが、お助けポイントの使い方はこれだけじゃあない」

 老人は指を2本立て再びウォリーの前に出す。

「『お助けマン』の能力。その2!『お助けスキル』!!」

「あ…すいません深夜なんで声抑えて貰えます?」
「なんじゃ、テンション下がるのう…。まぁいい。あんたがもし困ってる人に遭遇して、その人を助けたいと強く願う時、それに見合ったスキルが手に入るというとんでもない能力。それがお助けスキルじゃ!…例えばそうじゃな。あんたの前で怪我人が倒れているとする。あんたは彼を助けたいと思ったが、治癒師のスキルを失ったあんたにはそれが出来ない。そんな時、お助けマンはお助けスキルとして治癒系のスキルをあんたに与えてくれるんじゃ!」
「…え?それってつまり、複数のスキルが使えるって事ですか!?」
「そう!本来1人にひとつのはずのスキルを、2個も3個も…いや、10個、20個も夢じゃない!凄まじい能力じゃ!」
「そ、それってやばくないですか…?」
「ただ〜し、お助けスキルはタダでは手に入らない。スキルを取得するためには、お助けポイントを支払わなければならないんじゃ。強いスキル程高いポイントが必要になるからそこは注意じゃ」

 ウォリーは顎に手を当てて眉をひそめた。

「なるほど、とにかく強くなるためにはお助けポイントを稼いでいかなきゃいけないってわけか…」
「そうじゃ。今のあんたはお助けポイント0な上に、治癒師を失って使えなくなっておる。ヒーラーは魔力以外のステータスが低いから、そんな状態で戦闘に出たら相当苦戦するじゃろう。今のままではまだ弱いっちゅう事じゃ」

 そう言うと老人は立ち上がり、部屋の窓を開けた。夜風が入り込みウォリーは涼しさに包まれる。


「ま、このスキルをどう活かすか、それはあんた次第じゃ。期待しておるぞ」
「え!?…ちょっと!」

 突然老人が窓の外から飛び降りたので、慌ててウォリーが窓に駆け寄ると、そこから見えたのは物凄いスピードで走り去っていく老人の姿だった。

(普通に扉から出ればいいのに...)


 ウォリーは全身の力が抜けた様にベッドへ倒れ込む。まだ頭が混乱している。
 思えば今日は色々な事があった。パーティを追放され、部屋に帰れば老人に侵入されていて、新しいスキルに覚醒した。
 現状を一生懸命受け入れようと頑張っているうちに、いつの間にかウォリーは眠りに落ちていた。





 ウォリーが目を覚ますと既に昼時だった。昨日色々あったせいで疲れが溜まったのか、10時間以上寝てしまっていた。
 とりあえず冒険者ギルドへ行こうと身支度を始める。
 『レビヤタン』に居た頃は結構稼ぎがあったので貯金は結構溜まっていたが、パーティを抜けた今後は稼ぎも少なくなるだろうし、色々と頑張らなければならない。
 ウォリーが住んでいるのは冒険者向けの宿屋。あちこちのダンジョンに行く関係上、各地の宿泊施設を転々としていた。
 彼の部屋から廊下に出れば、多くの冒険者達とすれ違う。
 今さっきも彼の横を屈強な肉体をした男性が通り過ぎていった。見た目からして前衛タイプだろう。
 ふと、ウォリーの足元に一本のペンが転がっているのに気が付いた。彼はそれを拾うと、さっきすれ違った男に声をかける。

「あの、これ落ちてたんですけど、もしかして貴方のですか?」
「え?ああっ!俺のだ、悪いな」

 男は頭を搔きながらペンを胸ポケットに刺した。

≪お助けポイントが100ポイント付与されました。≫

「えっ!?」
「ん?」

 突然頭の中で鳴った声に反応したウォリーを、屈強な男は不思議そうに見つめた。

「あ、いや何でもないです…」

 そう言いながらウォリーは実感した。
 昨日の出来事が夢では無かったと。
========================

◽︎ウォリー
◾︎スキル:お助けマン
◾︎体力:1280
◾︎魔力:3470
◾︎攻撃力:71
◾︎防御力:53
◾︎魔法攻撃力:115
◾︎魔法防御力:82
◾︎素早さ:32

========================

 ウォリーはギルドに寄る前に鑑定師の元を訪れていた。
 鑑定師スキルを持つ者には冒険者のステータスを数値化して表示する能力がある。ギルド周辺には冒険者をターゲットにして、ステータス鑑定を行っている店がいくつか存在している。

「やっぱりヒーラーでずっとやってて戦闘する事が少なかったから魔力以外の数値が低いなぁ」

 しかも今は回復魔法も使えない。この状態でクエストを受けるのは危険すぎた。
 そこでウォリーはさっそくお助けマンの能力を試してみる事にした。彼は今日の昼にペンを拾った事で100ポイント入手している。

「えっと、ポイントを使うにはどうすればいいんだ?」

 とりあえずポイントを使用したいという思いを込めて念じてみる。すると、すぐにメッセージ音が鳴る。

≪ポイントの使用目的を選択してください≫
≪ステータスアップ≫
≪お助けスキル取得≫

 ステータスアップの方を頭の中で念じると、さらにメッセージが鳴る。

≪アップしたいステータスを選択してください≫
≪体力アップ:1900ポイント≫
≪魔力アップ:5200ポイント≫
≪攻撃力アップ:1000ポイント≫
≪防御力アップ:800ポイント≫
≪魔法攻撃力アップ:1700ポイント≫
≪魔法防御力アップ:1200ポイント≫
≪素早さアップ:700ポイント≫

「げえっ!」

 ウォリーは急いで選択を中断した。

「殆ど1000ポイント超えだ…100ポイントじゃ全然足りないじゃん…」

 彼は深くため息をついた。どうやらそう都合よくポンポンと強くなれる訳では無さそうだった。

「でも、あのお爺さんは人助けの内容の大きさで取得ポイントが変化するって言ってたよな…ペンを拾う程度じゃなくて、もっと凄い人助けをすれば沢山ポイントが入るかも…」

 そう思うと彼の気分は一転。街中で困っている人がいないか探し始めた。

 それから数時間。結局彼が稼いだポイントは1000程度だった。
 大きな困難に襲われている人が街中で簡単に見つかるわけもなく、荷物持ちだったり道案内など小さな手助けを重ねて稼いだポイントだった。

「なんか、人が困る事を望んでいるかの様で自分が嫌になってくるなぁ…」

 そう呟きながらウォリーは本来の目的地であったギルドへ向かっていった。

 今日のギルドはかなり混雑していた。受付には冒険者がずらりと並んでいる。ウォリーはその列に並び、自分の番が来るのを待つ。
 彼がギルドに来た理由は、新パーティの設立とそのメンバーの募集だった。ギルドを通して募集をかけると、掲示板に張り出されてフリーの冒険者に情報が行くようになっている。もしパーティ加入希望者が現れれば、ギルドからウォリーに通達が行く。
 彼自身パーティ設立は初めての事だったので、緊張気味で列が進むのを待っていた。

 すると、ウォリーの後ろに1人の女性が並んだ。
 見れば肌の色は全身紫色。頭には角が生え、人間の白眼にあたる部分は真っ黒に染まっていて、その中で金色の瞳が怪しく輝いていた。
 魔人族か…とウォリーは思った。
 魔国と呼ばれる国に住んでいる種族。この種族の王は魔王と呼ばれている。大昔は人間族と魔人族は敵対関係にあって何度も戦争を繰り返していたが、現在は和解し双方共に平和な関係を目指している。

「おっと、邪魔するぜぇ」

 突然、別の冒険者がやって来て魔人族の女性を突き飛ばし、ウォリーの後ろに割り込んで入ってきた。

「おい、そこは私が並んでいたのだが…」

 当然彼女は抗議したが、冒険者の男は悪びれる様子もなかった。

「悪いが、このギルドは人間様優先なんでな」

 国同士、今は争ってはいないものの、過去の歴史やその外見の不気味さから魔人族を差別する人間は多い。
 彼女は割り込んできた男を睨んだがそれ以上言い返す事は無かった。こういう事には慣れているのだろう。

「あのー、ここどうぞ。代わりに僕が最後尾に並ぶんで」

 ウォリーはそう魔人族の女性に声をかけた。差別されるのが日常だった彼女はそんな言葉をかけられるとは思ってもいなかった為、驚いて目を丸くした。

「いや、私はここで結構…」
「いやいやどうぞ遠慮なさらず!」

 そう言ってウォリーは断ろうとした彼女の背中を押して強引に列に押し込んでしまった。
 彼が最後尾に並ぶと、目の前の、さっき割り込みを行った男がチッっと舌打ちをしたのが聞こえた。

≪お助けポイントが30000ポイント付与されました。≫

「さ、ささ、3万!!?」

 予想外の数字に大声を出してしまったウォリーに、周囲の冒険者達の視線が集中する。
 彼はあっと気付いて自分の口を押さえた。
 何かの聞き間違いだろうかと、ポイント残高の確認をしたいと頭で念じてみる。

≪現在のお助けポイントは31100ポイントです。≫

 やはり聞き間違いでは無かったと分かり、ウォリーは現状を必死で理解しようとした。
 彼がやった事と言えば列を少し前に譲っただけだ。街中で複数の人助けをしても1000ポイント貯めるのがやっとだった事を考えても、このポイント加算の量は異常だった。
 彼があれこれと考えているうちに列が進んでいき、受付が目の前まで迫っていた。
 ウォリーはひとまず受付で手続きを済ませると、ギルドの出口へ向かって歩き出した。
 すると、彼の前に先程の魔人族の女性が立ち塞がってきた。

 パンッ!

 どうしました?と彼が声をかけるよりも前に、彼女の平手打ちが飛んだ。

「二度と私に話しかけるな」

 彼女はそう言って真っ黒な目でウォリーを睨むと、ずかずかとその場から去っていった。

 ヒリヒリと痛む頰を撫でながら、ウォリーはぽかんとしてその場に立ち尽くしていた。
「うわぁ…ひでえなあの女」
「やっぱ魔人族は野蛮だ」
「兄ちゃんも災難だなぁ。何を血迷ったか魔人族に列譲るなんて。まぁこれでわかったろ?あいつらは最低の種族だ」

 今さっき魔人族の女性に平手をくらい、呆然としているウォリーの周りで冒険者達が口々に言う。
 ウォリーは何か気に触る事をしてしまっただろうかと思いを巡らしながらギルドを後にした。



 ギルドを出て、彼はステータスアップをもう一度試してみる事にした。何故かはわからないが3万ポイントが急に飛び込んで来たので今度は足りるはずだ。
 彼はステータスアップを頭の中で起動させると、アップしたい項目を選択した。

 選択したのは攻撃力アップと防御力アップ。ステータスで特に低い部分をカバーしようという考えだった。全部使い切るのはもったいないと思い、残ポイントを約1万程残して攻撃力アップを8回、防御力アップを9回行った。

 ステータスアップを終え、ウォリーはもう一度鑑定師の店に寄ってみる。アップしたと言ってもどれぐらい強くなったのかまだ本人には実感が無かった。



========================

◽︎ウォリー
◾︎スキル:お助けマン
◾︎体力:1280
◾︎魔力:3470
◾︎攻撃力:103
◾︎防御力:89
◾︎魔法攻撃力:115
◾︎魔法防御力:82
◾︎素早さ:32

========================


「おお!本当に上がってる。攻撃力は100超えたよ」

 一瞬でステータスがここまで上昇する事は普段無いので、彼もつい上機嫌になった。
 しかし『レビヤタン』メンバーと比較すればまだまだだった。特に幼馴染のミリアは攻防ともに200は超えている。
 加えてステータスが高くなればなるほど支払うポイント量も増えていく様だったので、今後はさらに伸びにくくなると考えられる。

(でも、これだけあれば僕でも近接戦闘が出来るんじゃないか…?)

 そんな事を考えウォリーは剣を振る素振りをしてみながら、宿屋へ向かって歩いて行った。






「満室!?他の宿も全部そうだったぞ!今日は祭りでもあるのか!?」

 ウォリーが宿屋に戻ると聞き憶えのある声が耳に飛び込んで来る。
 見れば受付で先程の魔人族の女性が何やら揉めている様だった。

「他に部屋は無いのか?この際倉庫でも構わない!」
「いや〜悪いけど余裕ないね」

 受付の中年男は面倒くさそうに応えている。
 どうやら彼女は部屋を取ろうとしたが、満室で断られている様だった。
 だがウォリーにはこの受付が嘘を言っている事がすぐにわかった。彼はこの宿屋をよく利用する常連だから知っているが、ここの部屋が満室になる事なんて滅多にない。
 恐らく、嘘をつく理由は彼女が魔人族だからだろう。周囲から差別を受けている彼女に部屋を貸すのは宿にとって不利益だと宿側は考えている。
 あの様子だと、あちこちの宿屋から断られたらい回しでここに来たといった感じだった。

「すいません。ここの部屋取ってるウォリーですけど…」
「おや、これはウォリー様。お帰りなさいませ」

 ウォリーが受付に話しかけた途端、受付の男は態度をコロッと変えた。

「実は連れと一緒に部屋を使いたいんです。今泊まってる部屋に1人追加してもらって良いですか?」
「そうなりますと、追加料金が発生しますがよろしいですか?」
「はい。料金は前払いでお願いします」

 ウォリーは料金を支払い鍵を受け取ると、魔人族の女性を指差して、言った。

「じゃああそこにいる彼女が僕の連れなんで、よろしくお願いしますね」
「え、ちょっ」

 予想外の事に受付の男が慌て始める。指を刺された彼女もウォリーの行動に気付き困惑している様子だった。

「部屋が空いてさえすれば泊まれすよね?お金も払いましたし」

 そうニッコリと語るウォリーに、受付の男は力なく頷いた。男が何も言い返せなかったのは彼がAランクパーティの出身者でここの常連だという事も大きかったのかもしれない。
 受付で了承を貰うとウォリーは魔人族の女に鍵を差し出した。

「これ、部屋の鍵だから使ってください。あ、僕は出ていって他の宿を探すから安心してください。流石に男女で同じ部屋は不安でしょう。あとお金は前払いしてあるんで…」
「貴様!ちょっと来い!」

 彼女は睨みを効かせてウォリーを怒鳴ると、腕を引っ張ってウォリーが取った部屋まで連れ込んで行った。
 扉が閉められると同時に彼女は物凄い形相で再びウォリーを怒鳴りつける。

「貴様!さっきからどういうつもりだ!いちいち私にお節介を焼きおって!さては私を詐欺にでも嵌めるつもりか!?」
「いや、別にそんなつもりは…あ、この荷物だけ持って僕は出ますんで、使ってくださいねこの部屋」

 そう言ってウォリーは部屋の荷物を急いでまとめて部屋を出ようとしたが、彼女がはウォリーの腕を掴んでぐいっと部屋の中へ連れ戻した。

「使えるか!見ず知らずの人から施しを受けるわけにはいかん!」
「いや…自己満足でやった事ですから気にしないでください。僕、困ってる人を見るとつい助けちゃう性格で…」
「ふざけるな!お前私を誰だと思ってる!魔人族だぞ!この国で私がどんな扱いを受けているか知っているはずだ!」

 それについてはウォリーも理解しているつもりだった。差別を受けている彼女を助けるという事は自分も巻き込まれて差別を受ける危険性があるという事だ。その危険を犯してまで助けようとしてくる彼の行動が、彼女には理解出来なかったのだろう。

「でももうやっちゃった事ですから今さら遅いでしょう。お金も支払っちゃいましたし。ここを出てもあなたは行く当て無いんでしょう?」

 ウォリーの言葉は彼女を困らせた様で、眉をひそめて何か言いたそうにもじもじとしている。その隙に彼は部屋を出ようとするが、またしても腕を掴まれてしまった。

「まて!分かった!泊まればいいんだろう泊まれば!だが私の為にお前を部屋から追い出すのは私自身納得がいかん!お前も一緒に泊まれ!」
「…あのー…あなたは一体何をしているのです?」
「置物だ。私は置物になるのだ」

 彼女の行動にウォリーは困惑していた。
 遡る事、数十分前。一緒に泊まれと言ってくる彼女の要求に対して、流石に初対面の男女が同じ部屋に泊まるのはまずいとウォリーは拒否をした。
 しかし彼が部屋を出ようとするたびに彼女は腕を掴んで強引に部屋に連れ戻すのでついにウォリーの方が根負けしてしまった。
 ちなみに彼女がこの部屋に泊まることを了承した瞬間、お助けポイントが5万加算された。やはり彼女を助けると何故か多量のポイントが入る様だった。

「楽にして貰ってて良いんですけど…」
「ここは元々君の部屋だ。そこに居座らせて貰っている私が住人として振る舞う事は出来ん!私は置物としてここに居させて貰う事にする」

 そう言って先程から彼女は部屋の隅っこで正座をしたまま動こうとしない。
 ウォリーが困り果てていると、彼女が突然思い出したかのように立ち上がりウォリーの前まで歩み寄ってきた。

「失礼、私の名を名乗るのを忘れていた。私はダーシャ。魔国から遥々この街に来て、冒険者をやっている者だ」
「あ、どうも。僕も冒険者で、名前はウォリーって言います」
「それから…」

 ダーシャはそう呟くとウォリーの足元に手をついて土下座をした。

「先程は大変失礼な事をした!どうか許してくれ!」
「わっ!何ですか急に!?頭上げてください!」

 突然の謝罪に訳がわからずウォリーは焦り出す。

「ギルドでの事だ。君の顔を打ってしまった」

 彼女がなかなか頭を上げようとしないので立っているのも気まずくなり、ウォリーもその場にしゃがみ込む。

「いえ、気にしてませんよ。僕を守る為にやってくれたんでしょう?」

 そこでようやく彼女は顔を上げた。

「なんと、気付いていたか」
「はい。僕があなたを助けた事で、僕まで差別に巻き込まれるんじゃないかと心配してくれたんですよね?だから周りの冒険者達に見せつけるような形で僕を突き放した。自分一人が悪役になるために…」

 彼女は身を起こして正座の姿勢になる。

「そうだ。助けて貰っておいて何だが、君ももう少し自分の身を大切にした方がいい」
「はは…それはお互い様ですよ」

 そこまで言ってウォリーは気付いた。彼女を助けた際に大量のポイントが入った理由はこれかと。
 周りから差別を受けている彼女を助ける事は、ウォリー自身にも大きなリスクが伴う。
 危険を犯してまで彼女を助けた事があの大量のポイントに繋がったのではないかと、彼は推測した。

「言いたい事はそれだけだ。では…」

 そう言うと彼女は再び部屋の隅に行って正座をした。








「よいしょっ」

 ボフッっと音を立ててウォリーは両手いっぱいに抱えていた布団を床に置いた。

「宿屋の人に布団貰ってきました」

 ダーシャがここに来てから2時間程経ったが、未だに部屋の隅で正座している。
 足が痺れないのだろうかとウォリーは気が気でなかった。

「じゃあ僕は床で寝るんでベッド使ってください」

 そう言いいながら彼が床に布団を敷き始めると、今まで本当に置物の様だった彼女が急に反応した。

「おい!何だって君はいつもそう私に気を使うんだ!ベッドは君が使え!」
「いや、しょうがないじゃないですか。ここ本来1人用の部屋だし…女性を床に寝かせるわけにもいかないですし…」

 ダーシャは拳を壁に叩きつけた。

「だからそういう気遣いは無用だと言っている!私は置物だ!置物と思ってくれ!」
「あなたが使わないなら僕もベッドは使いません」

 そう言ってウォリーは床に敷いた布団に潜り込んだ。

「こいつ!引きずり出してでもベッドで寝かせてやる!!!」

 そう言って立ち上がった瞬間、彼女は凄い勢いでその場に転げ落ちた。
 ウォリーが驚いて見ると彼女は涙目で自分のふくらはぎをさすっていた。

「やっぱり痺れてたんだ…」

 苦笑いをして呆れているウォリーを、彼女がキッと睨んだ。

「よろしい。お互い頑固なようだ。ここは双方納得する形で決着をつけよう…」

 まだ痺れが引かないのか、震える足でゆっくりと彼女が立ち上がった。

「私と何かしらの勝負をしろ!勝った方が床で寝る。負けた方がベッドで寝る。これでどうだ?勝っても負けても恨みっこ無しだ!」
「…なるほど、わかりました。僕としても正座のまま寝るとか言われても困りますしね。それでいきましょう」

 ウォリーは布団から身体を起こした。

「で、何の勝負をするんです?」
「うむ…何がいいかな…君は何か使えそうなもの持っていないか?」
「今僕が持ってるのですと…チェスくらいですかね」
「おお!チェスなら出来るぞ!よしそれで行こう!」

 ウォリーは気まずそうに頰を掻いた。

「言っておきますけど…僕結構強いですよ?」
「上等だ!やろう!」

 どうやら彼女の気持ちはチェス一択で固まってしまったらしく、ウォリーは仕方なくチェス盤を取り出した。


 そして、30分後…


「だああああ!負けた!!!」

 ダーシャは叫び声を上げてチェス盤をひっくり返した。チェスの駒があちこちに散らばっていく。

「ちょっと!やめてくださいよ!片付け大変になるじゃないですか!」
「…あ、すまない。悔しくなるとついやってしまうんだ…」

 ダーシャは焦りながら駒をせっせと拾い始めた。

「しかし本当に強いな。まさかここまでとは…」
「僕の幼馴染がめちゃくちゃチェスが上手いんですよ。その人に昔からよく鍛えられてましたからね…」

 駒の回収が終わると、ダーシャは再び盤に並べ始めた。

「よし!もう一戦だ!」
「ええ!?一回勝負でしょ!?恨みっこ無しって言ったじゃないですか!」
「ああ、ベッドの件はもういい。負けたから私が使ってやる。ここからは私が個人的にやりたいからやるんだ」

 どうやら彼女は相当負けず嫌いなようだった。正直眠たいんだけどと思いつつも、ウォリーは彼女に付き合う事にした。

「ダーシャさんはどうしてこの国に来たんですか?色々大変そうですけど…」

 チェスを指しながら彼女に疑問をぶつけてみる。

「人間族と分かり合う為だ。知っての通り我々は国同士で争う事は無くなったものの、まだ国民同士は互いを良く思って居ない。私は、この状況を何とかするには私自身が相手の国に赴き、そこで人々と分かり合う必要があると思ったのだ」
「凄いですね。どうしてそこまで…」
「魔王様の意思だ。魔王様は人間が魔人を嫌い、魔人が人間を嫌っている今の状況に頭を悩ませておられた。双方が完全に和解する事が、魔王様の望みなのだ」
「とすると、ギルドで僕をビンタしたのはまずかったかもしれませんね。周りから魔人族の印象が悪く見えたかも…」

 ウォリーは申し訳なく思った。その状況を作ってしまったのは元々はと言えば自分の行動が原因だったからだ。

「実は私も人間族に親切にされたのは初めてだったんだ。だから、あの時はどうすればいいのかわからず混乱して居たんだ」

 ダーシャは恥ずかしそうに頰をポリポリと掻いた。

「だが私の今の目標はこの国で冒険者として成功する事だ。冒険者としてこの国に貢献出来れば、周りの人間達もきっと私を認めてくれる。そう信じて私は冒険者をやっているんだ。今の魔人族の印象は私が功績を上げる事で払拭してみせよう!」

 彼女の駒を持つ手に力が入る。決意の表れか、金色の瞳がギラギラと燃えているように見えた。
 ウォリーもそれに応えるかのように駒を動かす。そして…

「だあああああ!!!!負けた!!!」

 チェス盤が天井まで跳ね飛ばされた。

「だからそれやめてくださいって!」
「ギルドから依頼を受けてやって来ました。ウォリーと申します」
「おお、よろしく頼むよ」

 口の周りに濃い髭を生やした男はにっこりとほほ笑んだ。

「私がこの村の村長のシドだ」

 ウォリーはシドと名乗った男と握手をする。
昨日ギルドに寄った際、ウォリーはパーティ設立の手続きついでに依頼を受注していた。ベボーテ村の付近に盗賊が潜伏しているらしいとの事で、その討伐をせよという依頼だった。
 本来ウォリー1人に盗賊の討伐は荷が重いのだが、今回の依頼は複数の冒険者が同時に依頼を受けて臨時パーティを組み協力して行うというもので、ウォリーが村に到着した頃には既に3人の冒険者が集まっていた。

 ちなみにダーシャはと言えば今朝ウォリーが目覚めた時にはまだ眠っていたので、起こさないようにこっそり抜け出して出発した。

「村の者が近くの山道で何度か襲われてな、こもまま放っておくといずれ村へ襲撃に来るかもしれん。なんとか村人の不安材料を取り除いてほしい」

 シドは冒険者たちに語りながら頭を下げた。

「失礼。ギルドから盗賊討伐の依頼を受けて来たのだが…」

 その時、また新しい冒険者がやって来た。その人物を見てウォリーはあっと声をあげる。
今村に到着したばかりの冒険者、それはダーシャだった。彼女もウォリーの存在に気付いたのか、目を丸くした。

「なっ…ウォリー!?まさか偶然同じ依頼を受けていたとは…」
「あー…冒険者さんね。はいどうもどうも」

 シドがダーシャにそう声をかける。ウォリーは彼の態度が自分の時とかなり違う事に気付いた。

「あー、悪いけどな、あんたはいいや。帰ってくれ」

 そう言ってシドはシッシと野良猫でも追い払うかのような仕草をした。他の冒険者たちは見て見ぬふりをして黙り込んでいる。
 ダーシャはシドの考えを察したのか何も言い返さずその場を去ろうとした。

「ちょっと待ってください」

 たまらずウォリーが声をあげた。

「なぜ彼女が参加できないんです?まだ盗賊の人数も把握していません。人は多いに越したことはありません」
「なぜって…魔人族なんかの手を借りられるか」

 シドは苛ついた様子で答えた。

「それって冒険者を追い返す正当な理由にはなりませんよね?ギルドに報告したら違約金を払う事になりますよ?」

 国が魔国との平和的関係を目指している以上、ギルドは表立って人種差別は行えない。宿屋がダーシャを追い返そうとした際に名目上は満室という事にしたのはその為だ。

「ウォリー、もういい。私はこういうのは慣れている」

 ダーシャがそう言うがウォリーは引き下がるつもりは無い。

「ダーシャさん。あなたもこの山奥の村にわざわざ移動してきたんでしょう?それを魔人族だからという理由で追い返されたらここに来るまでに費やした時間や費用は無駄になってしまいます。参加できなければあなたに報酬もありません。あなたはここに居てもいい権利があります」
「もういい!勝手にしろ!」

 シドが怒鳴った。どうやら彼の方が折れたようだった。ぶつぶつ何かを呟きながら彼はその場を後にした。
 ダーシャは気まずそうにウォリーの横に立つ。

「おい!なんだってお前はそう余計なお節介を焼くんだ!」
「僕は当然の事を言っただけですよ」

 ウォリーとダーシャが揉めていると、冒険者の一人が声をあげた。

「まあまあ、あれこれ言っていても仕方ないだろ。俺たちの敵は盗賊であって魔人族じゃない。今は力を合わせるのが最優先だ。だが盗賊のアジトも人数もまだわからない状況だ。今日は一日周辺の調査と作戦会議に集中して、もし盗賊の居場所が分かれば明日行動しよう。」

 その冒険者の発言から場の流れは変わり、盗賊討伐に向けてそれぞれ意見を言い始めた。

「盗賊は夕方から夜間に活動して人を襲う事が多い。昼間に攻撃を仕掛ければ寝込みを襲えるかも」
「今夜は交代で村の見張りを立てよう。向こうから襲撃してくる可能性がある」
「この付近で潜伏できそうな洞窟は…」






 冒険者同士の話し合いが終わり、チームを分けて村周辺の調査が始まった。
 ウォリーとダーシャは同じチームになり、二人で周辺の山道を調べることになった。村長からの情報によれば、山賊がよく出現するポイントだ。

「だいたいお前は周りの目も気にせずいつもいつも…」

 ダーシャは先ほどのやり取りが未だに不服だったで、調査中もグチグチとウォリーに文句を言ってきた。
彼は彼で、それを軽く受け流しつつ盗賊の痕跡などを探していた。



「誰か!誰か!!」

 突然叫び声が聞こえ、二人が声の方へ走ってみると、そこには馬車と血まみれの二人の男が居た。ウォリーが察するに二人は商人のようだった。馬車の荷物がほとんど無くなっている所を見ると、盗賊に襲われ奪われたのだろう。

「ウォリー!二人を頼む!盗賊はまだ遠くへ行ってないはず!」
「待って!相手の人数は未知数です!今一人で行動するのは危ない!」

 ウォリーの言葉に駆け出そうとしたダーシャが足を止めた。彼は傷を負った商人の一人にポーションを飲ませて回復させる。治癒師のスキルを失った今の彼は回復魔法が使えない。その為、ポーションに頼るしかなかった。
 ウォリーのポーションで一人はある程度回復したが、もう一人はあまりにも傷が深く、ポーションを飲ませても回復しきれなかった。

「頼む!助けてくれ!息子なんだ!!」

 先に回復した商人が涙を流しながらウォリー達に訴えた。どうやら二人は親子で商業を営んでいるらしい。そうは言ってもウォリーの回復手段はポーション以外に無い。ダーシャが悔しそうに歯を食いしばっているのを見る限り、彼女も回復魔法は使えないようだった。

 その時、頭の中であのメッセージ音が鳴った。


≪お助けスキル『回復マン』の取得が可能になりました≫
「お助けスキル…そうか!まだこれがあった!」

 時間がない。手遅れになる前に…とウォリーは急いで頭の中でお助けマンを起動させ、お助けスキルを選択する。


≪回復マン≫

≪対象に手を触れた状態で回復マンと唱えると対象を回復させる事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:35000ポイント≫


 先程2人の商人のうち片方を助けた事でポイントが増え、今のポイント残高は80900。スキル取得には十分足りる。
 ウォリーは迷う事なくポイントを支払った。

「回復マン!!」

 重体の商人の身体に触れてウォリーが唱えると、あれ程深かった傷がみるみるうちに治っていく。
 その回復力にウォリー自身も驚いた。彼が治癒師だった頃でさえ、これほどの効果を持つ回復魔法を出せただろうか。

「ウォリー!何をした!?こんな魔法が使えたのか!?」

 ダーシャも驚きの声を上げる。
 回復された男が目を開けると、男の父親は彼に抱きつきウォリー達に何度も礼を言った。






「みんな聞いてくれ!盗賊のアジトがわかったぞ!」

 ウォリー達が調査から帰り他の冒険者と情報を交換し合っていると、村長のシドがそう言って飛び込んできた。

「さっき偶然森の中で奴らを見かけたんだ。後を追ってみたら…」

 シドはテーブルに村周辺の地図を広げる。そして、森の中のある箇所を指差した。

「ここだ。あいつらはここに潜伏してる」

 冒険者達の目が一斉に地図に注がれた。

「なるほど。良く見つけたな…」
「どうやって攻め込む?」
「まず先に誰か偵察に行った方がいいのでは?」
「時間帯は…」

 彼らがそう話し合っているところに、シドが口を挟んだ。

「待ってくれ。それだけじゃないんだ。奴らの話し声を少しだけ盗み聞きする事が出来たんだ。奴らは昼頃の13時に就寝する者が多いらしい。だからその時間に攻め込めば寝込みを襲える」

 さらにシドはペンを取り出して地図に線を引いた。

「俺はここの村に長く住んでいるからな、この辺りの地形は熟知している。このルートで行けば、奴らに気付かれにくくアジトに接近する事が出来る」

 冒険者達はシドの助言を頼りにしばらく話合った後、明日にアジトへ攻め込む事が決定された。






 翌日の昼。ウォリーやダーシャを含める冒険者達はアジトを目指して森の中を進んでいた。
 事前に向かわせた偵察からの情報では、確かにそこに盗賊達が居るという事で間違いないようだった。
 アジトが近づいてくるにつれて、冒険者達の足はゆっくりになる。
 こちらの気配に気付かれないように、足音を立てずに慎重に前へ進んでいく。
 彼らの手にはシドが進行ルートを書いた地図が握られている。そのルート通り、正確に彼らは進んでいった。


 ヴォン…


 突然妙な音が鳴ったかと思うと、冒険者達の足元に巨大な魔法陣が出現した。彼らがそれに反応する間もなく、その場の全員の身体に強烈な電流が走った。

 バタバタとその場に倒れていく冒険者達…

 それを囲うように周囲から盗賊達が集まってきた。






 ウォリーが目を覚ますと、冷たい岩に囲まれた場所に居た。どうやら洞窟の中のようだった。
 目の前には巨大な鉄格子があり、外に出られないようになっている。見ればダーシャを含め他の冒険者達も一緒に閉じ込められている様だった。
 ウォリーは鉄格子の扉を掴んでガシャガシャと強引に揺らしてみる。

「ウォリー、無駄だ。鉄格子に魔術がかけられて強化されている。私達が攻撃しても壊れなかった」

 ダーシャが彼の背後から声をかけた。
 他の冒険者達もうなだれている。どうやら既にあれこれ手を尽くした後のようだった。

「はははは!実に間抜けな冒険者達だ!」

 鉄格子の向こう側から笑い声が聞こえたかと思うと、影の中から盗賊の1人が姿を現した。

「お前らあんな都合の良い情報を鵜呑みにするなんて、どうかしてるぜ」

 盗賊はにやにやと冒険者ひとりひとりを見回しながらそう言った。

「どういう事だ?」

 ウォリーの問いに、盗賊は大きく溜息を吐いた。

「どうせお前らはここで終わりだから教えてやるよ。あのシドっていう村長がお前らが来る時刻とルートをこっちに流してくれたのさ。お前らはあいつに裏切られたんだよ」

 盗賊はそう言い捨てると、高笑いをしながら闇の奥へ消えていった。