喪主する君と青い春。ギャラリストの迎合 石川編

『キーン♪コーン♪カーンン コオーン…』


キャンバスを

サカキバラから
取り上げられた、カスガは

拘束まではされないものの、
ハジメとレン、サカキバラ夫妻を前にして 、
アンティークチェアに 座らされいる。

アトリエで 暴れられては困ると、
カスガを連れて、同じ1階にある サロンに 一行は場所を移した。

その際 キャンバスは
2階のオーナーズルームに、
マダムが持ち上がり鍵をしている。
一応、キャンバスは カスガの手前、布を覆って保管となったわけだ。


サカキバラ夫妻は、
サロンカウンターの向こうに
影を潜め、存在を消す。



『あの絵、、オレが、、その、 高校ん時、描かれたヤツ、っす。』

観念した カスガは 少しずつ
不可解な行動の 理由を、洩らし
始めた。

そうして、
カスガの 心証風景に ハジメと
レンは、聞き入っていく。

青い、学生時代に訪れる
夕暮れ時の刹那の時間に。




『キーン♪コオオオーン、』



授業の終わりを告げる
チャイムが、教室に響くと、
担任が早速 終礼をする為か、
教室に入ってくる。


「あれが、Assoc君が恋する君って事かな~?なかなか、可愛い子だよねぇ。家庭的な感じかも~。」

カスガの 熱心に視線を注ぐ、
その先には、1人の女生徒が、
髪を なびかせ 座っていた。
放課後に入る前の 慌ただしい
空気の中で、彼女の周りだけが
光って見えた。

「変な目で 見んの、やめてくださいっ。その 意味が、わからないっ。オレ、彼女、入学ん時から、ずっと好きだったんすから!」


ハジメは カスガに構わず、
廊下の窓から 顔を突っ込んで
教室の中を、 興味深々に 彼女
以外のクラスメートも 眺める。

「ハジメさんは、家庭的な女性が一番の条件でしたよね?」

レンがハジメの様子を見て、
言い放った。レンの 言い方で、
ハジメが、自分の理想に叶う
女生徒を、物色している事が
分かる。

それを聞いて 赤面した カスガは、慌てて ハジメの目を 自分の方に
反らさせた。

「Assoc君、もしかしてぇ、彼女は初恋の君ぃ?」

ハジメが 揶揄って、
そんな カスガの肩を小突いた。


「さすがにっ、初恋じゃ、ないっすけどっ、、」

それを、レンは 顔色を変えず
見ている。ハジメは、今度は
レンの顔をマジマジと観察する。

「Dirって~、初恋は いつぅ?」

カスガは、ハジメの台詞に
ギョッとするが、関心満杯で
レンの返事を待っているのが、
わかる。

「3才です、けど?」

「早っ!」

思わず 口にしたカスガが、
レンの視線に 下を向いた。
ハジメは、口笛~♪で
レンを煽る。

終礼も終わったのか、担任が
教室を出ていくと、生徒達も
各々荷物をまとめて、教室を
出てい来きはじめる。


高校時代のカスガは、生徒鞄と
一緒に、カメラバックを持って
教室を出ようとしていた。

「カスガ、高校から映像だったのか?」

レンが、高校時代のカスガを
見て、カスガ本人に 聞く。

「いえ、高校は普通っすよ。クラブで写真してて。それから、大学で映像工学はじめた感じっす 。クラブは、写真甲子園とか出てて、活動が活発だったんでっ。」

カスガが、慌ただしく離れた。
例の彼女も 荷物を持って、
クラスメートに声を掛けられ
ながら、出て行ったからだ。


「ハジメさん。初恋してます?」

レンは突然、ハジメに真面目な
顔で言ってくる。

カスガを先頭に、ハジメとレンは
彼女の後をついて、
校内を歩きながら 校内の様子も
伺っている。

「Dirはぁ、失礼だなあ~。私も初恋ぐらい、小学生でしているよぉ。ありがちだけどぉ、ほら 小学生って、勝ち気な女の子とか 友達の延長で 好きに成っちゃうでしょ~?」

そう レンを見たハジメに、
カスガさえも疑いの目だ。

「じゃあ、告白、しました?」

レンが、ハジメに突っ込んで
くる。
掃除当番の生徒が、バタバタと
遊びながら 箒を使っている。

放課後の活動に行くだろう、
生徒達も慌ただしく 三人の回りを
行き交かう。

「なんかさあ~、高校建物の感じが、シンプルだよ?こんなモノなのぉ?」

キョロキョロと教室や廊下を
珍しそうに見回しながら
ハジメは 続けた。

「告白!したよ~!でも、他の男子も皆いたんだよねぇ。これが~。クラスの勝ち気な、マドンナだったからさぁ。Dirって~どうして そんなに私に聞くのぉ?」

三人は、彼女を追いかけて
特別教室棟らしき建物へ
やって来た。

「貴方の、 恋愛観が、何時からかと、」

「・・・」

そう レンに聞かれて、
ハジメ自身が 目を瞬きさせた。
そして、

「どうかなあ。いつが、家庭的が理想の、始まり?かあ~」

廊下のずっと奥を見るように、
ハジメは呟いた。



追っていた彼女の姿が消えたが、
カスガは さして急がない。
彼女の行き先が 解っている
素振りだった。

「彼女、これから クラブ活動なのぉ?」

空気を変えるように、ハジメが
カスガに聞いた。

テニスコートが二面グランドに
作られ、ラケットを手にした
生徒が、備品の籠を運んでいる。

カスガは 彼女の行き先なのだろう、棟の階段を登って行く。
どうやら ハジメの足は、
ここでは疼かないらしい。

「彼女は 美術部っす。ここの先が、美術室で。」

三人は、 階段を登る。
ハジメは、各階をわざわざ
覗き込んでは 楽しんでいる。
まるで、女子高の学祭に来た
男子校生みたいだと、カスガは
ひっそりと 呆れた。


先を行く 彼女は、
美術室と表示が出る教室の、

隣の引き戸を開けて入って行く。

「今、彼女が入ったとこが、教員準備室なんですけど、」

カスガは、美術室に入って、
隣の教員準備室と繋がる
ドアを開ける。

美術室には、
明かり取りの窓が天井にあり、
デッサン用の彫像が並んでいる。

壁には、簡易イーゼルが数十脚、重ね置かれていた。

「カスガが持っていた、キャンバスのモデルが、彼女という事だね?カスガ?」

隣とのドアを開けると、
衝立の向こうに、

大判キャンバス用のイーゼルが
見える。

レンは

そのイーゼルに、
キャンバスが置かれて、
男性の足が、下から
見えているのを見つめて

聞いたのだ。

男性の上半身は、キャンバスに
隠れて見えない。

「あそこにいるのは、若かりしMy maestroだよねぇ?Assoc君? ということは、そうなんだ、彼女が 最後のモデルかぁ。」


隣に 先ほどの彼女が 笑顔で
座っているのが見えた。


目の前の 光景を
衝立のこちら側から、
食い入る様に見るカカスガは、

無言だ。


教師と、彼女と、それを見る
カスガの様子。
ハジメも、レンも、
なんだか 居心地を悪く感じる。


「先生は、、非常勤で 美術を教えて、て、」

カスガの歯切れは悪い。

窓から指す 明かりに 照らされ、
ボンヤリと明るく 彼女と、
教師が 浮き出される 。

幻灯機に写し出されるような
二人を 見ながら、
レンは 腕組みをして 言い放つ。

「教え子をモデルにしていたということだろう。何年かすれば、別の学校っで、またモデルを探すというところかな。」

そんな 非情な台詞を吐く
レンを
ハジメは、眉間に皺を寄せて
非難する。

「なんかぁ、言い方に刺あるんじゃない Dir?」

ハジメとレンの雲行きを見て、
カスガが 仲裁に入った。

「へんな先生じゃないっすよ。男女の生徒に人気あったしっ。先生が、三年の女子をモデルに 絵を描くのは 有名ってか。その絵は、絵画展に出るんで、結構モデルは名誉な感じっつー、女子の憧れって感じでしたっ。」

三人は、改めて モデルをする
彼女と、イーゼル前の教師を見た。

「だから、二年の時に、先生が三年の先輩モデルで書いてたのも、皆、知ってますっ!」

気が着くと、幻灯機の二人の
後ろにも、描かれたキャンバスが壁に飾られているのに、
ハジメが気が付く。

「『No.11』ってことぉ?」


「はいっ。」

カスガが返事をする。

それを 良く見れば、
紫陽花色の気球が背景に、
後ろ姿の女子高生が描かれた
絵画だ。

『コンコン!』

すると ドアがノックされ、
高校時代のカスガが、カメラを
持って 準備室に入ってきた。

「何やってるんのん?Assoc君は、ストーカーのカメラボーイ~?」
ハジメが、高校カスガを見て、やや怪訝そうに言った。

すると、
イーゼルの向こうの教師が、
カスガに声をかけ、
モデルをしている 彼女に
カメラを向けたのが 分かった。

「違う、違いますっ。あれは、 モデルにずっと彼女が来るのも悪いから、先生が写真を撮ってくれって、オレに頼んだんすっ!」

「で、おまえの分も現像したんだよね?」

レンの言葉に被さり、
カメラのフラッシュが光る。

「まあ、、そうっす。て、先生とこに 彼女が行くのが、嫌で。オレ、先生に 彼女が好きなんで、手伝って欲しいって。相談して、そしたら 先生が、彼女のモデルの時間減らすって!」

『 パシャ!!』
目映い光が 閃光になる。

「そうやって、先生を 牽制したんだな?」

『パシャ!!』


「は、い。」

「なんだか、ガキっぽいよな。」

写真を撮った後、
彼女は 美術室と繋がるドアから、外へ出て行った。


「え?」

「え~そうなかなあ?」

そうすると、高校時代の
カスガが、
イーゼルの向こうに居る教師に
現像が出来たのだろう

写真を渡している。


「いや、十代って 俺もそうだったのかなって思って。いや、カスガの場合は、若い小聡明さが 裏目に出そうで、危ういんじゃないのか?」

教師は、イーゼルの端っこに、

その写真を止めた。


「だから何が~?」

「ハジメさん、貴方は、 博愛過ぎるから、わからないですよ。」

レンが、ハジメを バッサリと
言葉で切り捨てる。そして、

「大人の余裕をぶっこいて、それこそ 彼女に おまえの気持ち、 教えてそうな 教師だな。」

カスガに 憐れな視線を向けた。

高校時代のカスガは、
その 渡したはずの写真を
勿体なさそうに、見つめている。


「止めてくれたまえ~、Dir。M y maestroは、大事なアーティストだよん。そんな、Dirみたいな、性悪じゃない~。」

今度は、レンがハジメに
瀬世ら笑うような顔を向けた。

「大事になるのは 後の話でしょ?」


そんな、高校時代のカスガに
教師は、
目もくれないで、
筆を動かしている様だった。

「先輩が、言いたい事は、、なんとなく、分かってっますよっ!でも、こん時は、こうすれば、一石二鳥だろって考えたん、す。」

「ねぇ~、彼女って。My maestroの事 好きとかじゃないの?」

「ハジメさん。」

「あのっ、それこそ、止めてくださいっ!」

「だって~、そうじゃないなら 普通モデルしないよん。」

「う、うぅ。」

そんな教師を 横から 見る
高校時代のカスガを、
ハジメとレン、
そして カスガ本人も 眺めていた。

『~♪ー♪、♪~』

吹奏楽部が練習を始めたのか
楽器の音色が、聞こえてきた。


「そうだな、 まるで、ガキっぽいよな。」

レンは、そう言って ドアから出る。
ハジメと、カスガも それに習った。


「でもさあ、Assoc君は 偉いよ!子供っぽくてもぉ、相手に、 My maestroに、ちゃんと宣戦布告してる~。」



ドアの外に出ると、
そこは 美術室ではなく、
ハジメのオフィス1階サロンだ。

ハジメは、
アンティークチェアに腰掛け、
レンも 続く。

「まあ、写真でも、先生とこにあんのは、めちゃくちゃ嫌 でしたっし、先生は人気あったっすから!言う時は、言いますっ。」

最後に、カスガが 腰掛けた。

「ふーん。だから、あの絵画も、俺達が見るのを 嫌がったのか?いつまで、ガキなんだよ?」

マダムが カウンターから、
出てきて
三人にお茶を出していく。
ハジメは、
マダムに笑顔で応えて、
出されたティーカップを
手にした。

「嫌なのは、嫌で、、すいませんでしたっ。」

そう言って カスガは
椅子に座ったままだが、
頭をテーブルに擦り付けて 謝る。

「まあ~、絵画を破損したとかじゃあないからねぇ。理由がわかれば 問題はないよ~。一応、今回はぁ」

ハジメが、口を付けて
満足そうにすると、
マダムがレンとカスガにも
遠慮するなと合図する。

二人も 甘い香りの
ティーカップに口を付けた。
濁みのないのに、

芳醇な甘薫り。

「それに~、初めて気がついたよ
。私は 小学生以来、ちゃんと告白なるものを、してないって事にぃ。」

レンは驚いて、ハジメに問う。

「これは、もしかして、月下美人のお茶ですよね?」

一瞬、
カウンター向こうの
サカキバラを見てから、
ハジメは、

口を弓なりにして

Yes と答えた。


片山津温泉郷。
シオンは、その干潟湖である
柴山潟の真ん中にある、
高さ70mの噴水を
船から見ていた。

「「いやゃああ♪ー!」」

というより、噴水の豪雨に
船が穿たれるのを
ヨミとシオンは 大きく声を上げて 楽しんでいた。

多方向に豪快な水を咲かせる
巨大噴水。
夕方から 七色にライトアップ
された噴水や、
浮御堂への遊歩道の眺めが

綺麗だ。

「先輩、見てくださいー!あれ♪ー!」

見上げると、
夕方の斜陽が噴水に 大きな虹を
掛けてる。ヨミとシオンは
そんなサプライズに 息を飲んだ。

これで 夏には、花火まで見れる
なんて、どんな贅沢だ。
と溜息をつくしかない。

船に また噴水の飛沫を
風が運んでくる。

「後輩ちゃん、今日は とりあえずだったけど、挨拶周り お疲れ様ね。」

そういって、ヨミは 纏め上げて
いる髪を 押さえた。

風が少し出てきた様だ。

それは、すこし潮を含んだ風。
日本に、風の名前は、二千以上
ある事を 何気無く、
シオンは思い出す。

日本で最も古い風の名前は、
この北陸に吹く『あいの風』だ。

「こちらこそ、1日有り難うございますー、先輩。」

シオンも、乱れ髪を 押さえ
ながら、笑顔で ヨミに礼をする。

「今日は、挨拶だけじゃなくて、いろいろ連れて貰えて、良かったです。また、先輩に 何かお礼しますねー。」

船を気持ちよく動かし、
船乗りを味方する風。

江戸時代、北前船の順風も
『あいの風』だった。

「お礼ね。まあ、楽しみにしておくわね。じゃあ、最後の顔出しをして、今日は直帰だから。」

昼間訪れた建物を シオンが
いたく称えたので、ヨミが
金沢にある、同氏設計の図書館にも 連れてくれたのだ。
『世界で一度行ってみたい図書館』に選ばれている場所だ。

船は 少しずつ日が落ちる中を、
復路へと揺蕩う。

「最後って、『晶子染め』の工房ですか?」

昼にヨミから渡された、
リストの最後を見て、
シオンが確認をする。

「そうよ。この柴山潟の底にある土と片山津温泉の源泉を使った泥染めを、金沢大学の教授が発案したの。」

ヨミは、船の上から 湖面を
指差して、続ける。

「落ち着いた 薄い紫に染まるんだけど、それが、あの有名な女流歌人が詠んだ歌に合うって、『晶子染め』って、なったのよ。」

シオンは、へぇっ!と感心する。

「『風起こり うす紫の波うごく 春の初めの片山津かな』ってね」


辺りが薄暗くなると、
ライトアップの光が増してきた。

「全国をサロンを開きながら、ご主人と旅されたんですよね?片山津にも来てたんですねー。」

「なんでも、北海道から九州まで巡業的にサロンを開いてたらしいわよ。『旅かせぎ』って言って、 100カ所は温泉だけでも回ったって。旅行先を歌で発信。今でいう元祖旅ブロガーよね。」

岸に近くなると、
ライトアップだけでなく、
湖の辺りは『青』のイルミネーションや、マッピングもしているのがわかった。
とても、幻想的だ。


「たしか、不倫の末結婚して、子供も12人?13人生んだんですよねー。愛に生きる。羨ましいかもー。」

浮御堂の横を船が行くと、
一際、黄金に輝いてみえる。


「うちの、旅するギャラリーの発想も、案外 この女流歌人の手法からかもね。」

シオンは、黄金に輝く浮御堂の姿を、電話を翳して 写真に収めた。

「 オーナー見てると、『原始女性は太陽だった』的な発言が多いですもんねー。その割り、女性への思いって、淡白そうー」

シオンは その 写真を ヨミに見せる。

「あたしも、写真撮ろっと。で、後輩ちゃん、その台詞はまた、別の人よ。」

「あれ、そうでしたっけー。」

「それに、淡白なのか?拗らせてるのか?オーナー本人も解ってないんじゃない?」

ヨミが シオンを見ずに言う。

『今、片山津温泉郷の船ですー。工房行って、直帰でーす。両足、気を付けて下いよー!』

シオンは、さっきの写真を
ハジメオーナーに
送信した。

「じゃあ、オーナーが、本当に好きになる人って どんな人なんですかねー。」

さあね。
生きてるうちに会えたらいいわねーと、ヨミの声が聞こえて、

『男は夢を追う生き物、女は現実を生きる生き物。』って、誰が言ってたかしらね。

と 重なってシオンの耳に届くと、

船はクルージングを終えた。


夕方。

斜陽傾く時間に 結局、
レンが 引きずるようにして、
カスガを ハジメのオフィスから連れ出し

今、レンとカスガは、レンが運転する車に居た。
予定通り、片山津温泉で泊まる為だ。

「カスガ、もう 落ち着いたな?。今日は、もう このまま宿に行くが、いいな?」

車は、オフィスから国道に入って、干潟の柴山潟に向かっている。

宿泊先は、一応 仕事で来ているので、ビジネスで良く使われる系列だ。
夫人が帽子を被って広告塔になっている 逆張りキャッシュ仕入れで全国展開するグループホテル。


押しだまった ままのカスガを
ミラーで伺いながら、レンは 白い手で ハンドルを握り直す。

「カスガ、今のうちに言っておくが、」

レンがそう言うと、カスガの肩が僅か少し 動いた。
外の景色は、林道のようで、前後が同じ様にみえる。

車の案内がなければ 本当に迷いそうだ。

「これから、カスガだけで、北陸を車で回る事もある。だから、敢えて伝えるが、周りの景色でわかるだろう?夜は なるべく 1人の時は、移動をしない方がいい。」

カスガは もっと別の話をされるだろうと考えていたのか、助手席で
狐に摘ままれた顔をしている。

「この辺りは、まだ平地だから
マシだが、山間部で 蛇行した道は、車のヘッドライトしかない
場所もある。案内を見るヒマも
ないぐらい、ハンドルを切る道もある。」

カスガは、ようやく 窓の外を
確認して 納得した 顔をした。

「こういうのも、変な話だが、
俺は夜、北陸のハイウェイを
走らせると、人外な力が通って
いるような気配を感じたりして、
肝を冷した事もある。『伊勢が表なら、能登は 裏のパワスポ』も、
俺は頷けるよ。何より、昔は、
拉致も多い半島だった。1人で回る時間は、夕方までにするのが、
ベターだろうね。」

レンが 静かに 説き伏せるように
助手席の カスガに語ると、

「もっと、責任とか、信用、謝罪とか 説教されるかと思ってたっす。」

カスガが、静かに呟く。

「まあ、そうだな。」

レンは、それだけしか 言わない。

景色は ようやく街に入り、
薄暗くなる中、ポツポツと幾つかのホテルの灯りが並び始めた。
温泉郷に入ったのだろう、茶屋にあるような 灯明が並んでいる。

「…ホテル、なんか何時もと違う感じっすね、」

カスガが、和風ホテル前に着くと
声を少し 上げた。

「まあ 出張宿だよ、これでも いつものグループホテルだ。それより、今回は1人部屋がないから、俺と一緒だ。四六時中、上司と一緒で、悪いな。」

レンは 苦笑しながらも、
車をホテルに入れて、
案内で ロビーに向かう。

カスガも周りを見回すが、
エントランスは広く、
天女が天井で舞い、
大階段の両脇には 青磁の大壺が
飾られている。

グループが『錦に貢献修得』したという、
もと高級老舗旅館だけはある。
入り口の和風重厚と、
中の解放感は、他のグループホテルとは一線を画していた。

まさに グループの本陣が金沢と感じる。


2階フロントで レンが受付をして、車のキーを預ける。
好印象なフロントマンが 、
片山津温泉で最大の絶景風呂から、
巨大噴水のライトアップも
見れると、説明をしてくれた。


「カスガ、いつもの出張通り、
朝食だけだ。夕メシは、 ホテルの日本食でいいか?」

カスガは、
少しボーッとしながら、
フロントビューになっている
一面ガラス張りから、
干潟湖を眺めていた。

「おまえ、大丈夫か?ハジメさんの所に顔出したのは、どうも 間違いだったな。」

レンは カードキーの1枚を、
カスガに渡しながら そのまま
食事処にカスガを促す。

「…すんませんっ。やっぱり、ハジメさん所は、当分、、行く事ないですか。」

また、カスガの歯切れが悪いと、
レンは察し、

「ハジメさんには、俺から また詫びを入れておくから、大丈夫だ。」

とだけ、言い渡して、二人は
すぐに食事をした。

結局
その後、部屋に入って、
露天風呂から帰ったレンは、

部屋からカスガの姿が
消えるまで、

カスガへの疑念は
全く脱ぐ得なかったのだ。

そして、
フロントで レンタカーの鍵を、
カスガが持って行った事を
確認すると、

ハジメに連絡を入れた。

「ハジメさん、すいません。
やっぱり、カスガが 宿を抜けて、そちらに向かっていると思います。」

そう言って、レンは
フロントビューから見える

チェックイン時よりも、
鮮やかになった

干潟湖に映りこむ
七色のイルミネーションと、

金色に輝く 浮御堂を 見つめる。

電話の向こうの
ハジメの声を 捉えつつ。

「あとは、ハジメさん次第かな」

と レンは 思考にふけった。


ハジメは オーナーズルームに、
保管していたキャンバスを
イーゼルに飾って、室内の照明を
消す。

すっかり日も暮れて
照明を消せば、カーテンを引いた
室内は 真っ暗になる。

そうして、ハジメは 飾った
キャンバスの面に、 手にした
ブラックライトを当て 見た。

う~ん。
シオン君が レポートしてくれた
作品が、『No.12』だったとはね~。

と ハジメは 愉快そうに、
その キャンバスに 目を光らせた。

さて~、
Dirの電話から、もうすぐ
この 『No.12』に ゲストが
やって来るらしい。
どうなること やらだねぇ。



ハジメは 再び 部屋の照明を
光々と点けて、デスクチェアに
座って、クルンと回ってみた。

普段なら オフィスの終業時間になれば、サカキバラ夫妻と共に、
生活をする 近くの別屋敷に、
戻るのだハジメだが、今日は
昼間の事から、戻るつもりは
無かった。

そうしている内に、
車が止まった気配がするれば、
サカキバラが ギャラリー玄の関を
開けて、上に通す手筈だ。

案の定、暫くして、ハジメがいる
オーナーズルームのドアが、
ノックされた。


「やあ~ Assoc君は、鳥でなくて、コウモリだったかなぁ?」


サカキバラの後ろから、
カスガが現れたのをハジメが視線で捉え、声をかける。

「コウモリ?っすか?」


中に促されと、仏頂面をした
カスガはハジメの前で、答えた。

「昼間に君のとこのDirが言ってたろぅ? 私が付けてる薫りが『月下美人』だって。あの花は 夜に1日だけ咲く花だけど、受粉に呼ぶのがね、鳥でも虫でもない、コウモリなんだよねぇ~。」


後ろのドアは
閉められたが、サカキバラが
気配を潜めて 隅にいるのを、
ハジメは キッチリ 確認している。

「君は バットマンてわけだぁ~。さあ、私の所から、何を持って行くつもりなのかなぁ?」


そんな のっけからの、
ハジメの挑発に、カスガは、
ハジメの横にある 布が掛けられたイーゼルを睨んだ。

「私が居なかったら、盗む勢いだよね~、バットマン?」

ハジメは、
睨んだままの カスガに
オーナーズルームの革張り
キャメルソファーに座る事を示して揶揄する。


カスガは 示されたままに、
ソファーへ座り、

「ハジメオーナーっ。その絵を 公にすんのを 止めて下さいっ!」

ハジメを真っ向から 見据え、
言い放った。
ハジメは 暫し、カスガの顔を
思案するかの様に 凝視する。
そして、覚悟を決めた
声で、カスガに告げる。


「Assoc君~。このモデル、只の片思いのお嬢さんではないよねぇ?」

そうカスガに
質問しながらも、
ハジメは、隣のイーゼルに
立て掛けている、
キャンバスに
一旦、顔を向けて、
カスガを見た。

「ここに、描かれているのはAssoc君を、スウィートホームで待つ、ハニーでいいのかな?」

「、、、」


「Assoc君 てぇ、もしかして学生結婚?で、デキ婚とか?高校卒業とかで 直ぐなんじゃない~?きっと、図星だよねぇ。」

カスガは、無言だったが、
その目に ハジメは
何かしらの焔が揺らぐのを
見つけると、

「しかも誘ってきたのが~、意外にもハニーからとかぁ?違う?」

畳み掛ける。

さすがに、カスガが口を開いた。

「ち、違いっます!ちゃんと、オレが告白してっす。」


カスガが手を、
壊れそうなぐらい
握り締めているのを、
ハジメは 気が付いている。

ああ、目の前のAssoc君も、
これは 冷や汗かいてるよ~。

「で、それも My Mestoroにでも相談して 、告白にお墨付きでも貰っての行動だった?。」

「?!その、通り、ですっ。」

はあ~、これは Assoc君は、
口にする勇気もないだろうし、
私が ハズレクジを引いたよん。


「ねぇ~、『No.12』以外の
少女達は 、本当に みんな後ろ姿の制服なんだよぉ。なのに、
この少女は 正面を向いた
半身裸体の女神。実は Assoc君、 完成品を見たのは今日が初めて
なんでしょ~?」

この言葉に、カスガの目が
大きく見開く。それは 今日、
昼間に アトリエへカスガが入ってきた時に見た顔と同じだと、
ハジメは 確信する。


「『No.12』の女神は、瞳を閉じてまるで眠っているみたいだぁ。この顔って、どんな時の表情なのぉ?Assoc君は 分かるんじゃないのかなあ~。」

もう、
そう昼間も、蒼白だったんたよねぇ。
まるで、不倫現場に遭遇した
男の顔見たいだったんだよ~、
Assoc君。


「あとぉ、1ついい~?」

ハジメは、まだ布が掛けられた
キャンバスをの淵を手にして、

「この絵~、不可視インクで、
女神に何かしら描かれてるんだけどぉ、ーーー Assoc君、
気にならないかい!?」

大袈裟な程に、
頭を振って ハジメは、カスガを
挑発する。

カスガは 昼間の再来、
崖に 追い詰められた
犯人の様な顔をしている。

「く、うぅ、」

とても、声を出せそうに無い
カスガを前に、ハジメは非情な台詞を続けた。


「まあ?いいや。で、さっきの話だけどぉ、Assoc君もわかるよね~。Assoc君の希望には、『無理だよん。』が答えだぁ。
委託さるている以上、価値を発信するのが、仕事だからねぇ。」


「、、じゃ、あ。売って、、下さい、」

呻くような、声が 相手から
発せられた。



「本気~?、そりゃAssoc君のモノにすれば、インクを確認する事もできるわけだしねぇ。」

それは、なんという表情~。

「いくら、な、んですかっ、」

「Assoc君は、

この絵を幾らで

買ってくれるの?。」



そんはに、ショック受けたみないな顔されてもね~♪

「絵ってねぇ、本当にピンから
キリだよ~。1号2万円から、
200万円も 幅があるぐらいぃ。
この絵はF40号。どう?」

ハジメは、立ち上がって
キャンバスを持ち上げる。

カスガが、そのキャンバスから
まるで目を放さないで、

「あ、80万から、、2000万円、ですっか、」

明らか 落胆した声で 嘆く。

「それが基本ねぇ。ネームバリュー付くとまた 別。さて、この絵は Assoc君には、どれだけの価値があるぅ?」

それと、現金は今日、
用意出来ないよね~と
ハジメなりに 気を使う素振りだ。

でも、いい考えを思い付いたと

カスガの左手にある
指輪を指差して、

「その、ハニーとのマリッジリングを担保に預かる~」と

口を弓なりにして、ハジメが
カスガに

提案してきた。


「「オーナー、お早うございます。」」

一夜明けて、本部オフィスに
出社した ヨミと シオンは、
朝のミーティングで
サロンに居た。

外の光が 清々しく
サロンは白く 明るい。

すでに マダムが 、二人の前に
珈琲を淹れ出しているのを、
ハジメはチラリと見る。

今日も、ハジメは
麻のスリーピース姿、
ピンクのネクタイだ。

「昨日、久しぶりのオフィス出社どうでしたか、オーナー?
それに 足、無理してませんで
しょうか。」

ヨミが、昨日回ったリストを
ハジメに渡しながら、
ふと視線を落として足を気遣う。

「ああ~、やっぱり仕事出来る
のは良いよねぇ。刺激があるよん。それに、足も 問題なしぃ」

軽口叩く ハジメの後ろから
入って来た、サカキバラは
珈琲を淹れる、マダムのカウンターへと回り込んだ。

全員の定位置だ。

サロンのアンティークチェアに、座ったハジメに、

「それは、良かったですー。
昨日は、ヨミ先輩を 半日も、
つけて頂き 有り難うございました。
無事に、県央の主だった処は
顔出し完了です!」

シオンが、ペコリとお辞儀をして
簡単に 報告をする。
昨日に、電話報告も済ませて
いるからだ。
そんな シオンに、ハジメは、

「それは何より。そうだ、
シオン君、私の部屋に リペア
クリーニング して欲しいリングが
2人分あるから、お願い出来るかな。2つ共同じ場所に 送り状も
用意してるから、宜しく頼むねん~。」

ヨミのリストを目に、2階を指差して、ハジメはシオンに、午前仕事の依頼をする。

「わっかりましたー。」

戯けて、敬礼をした シオンは、
メモに書き込みをして、
珈琲を口にした。
このタイミングで、マダムが

「ハジメ様。」

ハジメの前に香ばしい薫りを、燻らせた 珈琲を 置く。

「有り難う♪~。いつ飲んでも、マダムの珈琲は 格別だよねぇ。」

そんなハジメの顔は 満面の笑み。

朝のミーティングは、
出社の顔合わせの流れで
そのまま始まる。
まるで リビングで、
朝食を摂るような雰囲気なのだ。


「忘れないうちに、ヨミ君。『No.12』。早速、嫁入り先が
決まったよ。サカキバラに、
入金確認と配送、諸々任せる
から、リストから外してくれ
たまえ~。」

シレっと、
ハジメから告げられた内容に、
ヨミの片眉が 跳ね上がったが、
すぐに取り繕われたのを、
シオンは隣で 見逃さない。

「まあ、早いですね。畏まりました。では、オーナー。」

「なに~?」

「今週末は、アタクシ、滋賀に
参りますので、何かございましたら又 後輩ちゃんに、お知らせくださいまし。」

あ、やっぱりそうなったかと、
シオンの顔が ヨミに語る。
ヨミは 笑顔で頷いた。

「え、どしたのん! なに~、
ヨミ君も 滋賀行くんだぁ」

少し、ハジメの額に、
怒りマークが見えるのは、
もちろん、全員感じている。
けれども、とヨミは
お構い無し だった。

「はい。あ、昨日 後輩ちゃんから聞きましたら、昔、オーナーが
言われてた『聖徳太子と人魚』
の浮世絵は 石山寺だということで、
そこに行って参ります。」

その ヨミの言葉に、
ハジメの機嫌が 少し変わり、
手元のカップを 調子良く弾いた。

「へぇ、人魚のあの絵!ヨミ君、
よく覚えたねぇ」

「先輩は、鳥の土鈴品を フル
コンボゲットに行くですよー。」

ねぇー。
とヨミとシオンが声を揃えた。

ハジメは、二人の様子を
面白がって、

「何それ~、意味わからないよ~。あれ?昨日 誰かに 私も、
言われたなあ?何だっけ?」

頭を傾げる。

そんな ハジメに、
カウンターからサカキバラが、

「ハジメ様の欲求アンテナの張り方について、ご指摘された ハズですが。」

と 事務的に伝えた。

「え?そうだっけ~?」

「はい。」

ハジメは 腑に落ちない顔を
しつつも、何か 頭に閃いた 様に、

「ま、いいや~。そうだ、あのさ
人魚姫って、最後どうなる話だっけぇ?」

サロンの誰とは無しに、
口にした。

「あら、恋に破れて、海の泡になるんですよね。」

そう、ヨミが 応えると、

「そうです、で、続きは、人魚は
泡から、風になるんですよー」

シオンが 重ねて続けた。

「そうなの?」

「そうですよー。」

シオンが ドヤ顔を 皆に向けた。
そんな中で、マダムが

「自分の気持ちを、伝える声の
代わりに、両足を手に入れた、
果てが風、でございますか…。」

空を見つめて 呟くと、
シオンは、

「300年は 生きれる力を 捨てて、
人になったのにです。」

と、シタリ顔で、
手のカップをサロンテーブルに
置いた。


「はい。そういう、わけですので、私的にアンティーク家具を
買い付けまして、鳥の土鈴を
手にするべく、週末は 完全、、」

ヨミの私的な、
お願いが始まった事で、
朝ミーティング内容は
霧散の合図だ。

「やめて~。それって、有給使う気、、」

ハジメの声を 聞きつつも、

「先にリング、確認してきますねー♪。」

シオンは 早速、2階にあると言う、

作業品を確認に行く。

オーナーズルームのドアを
開いて、
ハジメのデスクを見ると、
ガラスドームを被せられた、
シルバートレーがあった。

シオンは、近寄り
ガラスドームの上から
トレーを確認する。

2つ並んだ指輪には 『Dir』と、『Assoc』と其々に付箋が
傍らに貼っていたが、

その1つの指輪を見て
シオンは 目を見開いた。

「わ、これ!最初に作った
フィレンツェ彫金リングー!
また、会えるなんて思わなかった。」

ニマニマしながら、シオンは
ガラスドームを外して、

「へぇー。 綺麗に使って貰ってるー。」

と、指輪を手にしようとした。


とたんに、なつかしいような、
最近 薫ったような記憶が、
鼻腔を掠める。


「… レン!?」

シオンは、慌てて
すぐに横にある配達用の
送り状に視線を落とす。

アドレスに覚えは無いが、
届け先の名前は、
従兄弟のレンに間違いない。

文字も、間違なく レンだ。


「そっかー。」

それだけ言うと、
シオンは デスクの後ろの出窓を
思いっ切り 開ける。

デスクの横には、
空っぽの 木製イーゼルが
立てられていた。



窓を開けると、
大聖寺川から 吹く
『あいの風』が、
カーテンを旗めかせる。

それは、
まるでシオンにとって、
風で海を割る、
十戒のシーンを想わせ、

「ははっ。」

思わず、渇いた笑いを漏らした。

亡き義叔父が 、教えてくれた
お伽噺のような、
ジュゴンの味と効能。

『甘露の甘みに、全身は 蕩けて、
夢の様に死にそうな味なんや。
疲労は たちまち 回復する。
目や耳の力が、千里を 超えて、
精神が 澄み渡わたるって。』

もし、それが本当で、
口にすれば
この風の向こうに

レンの姿を シオンも
感じれただろうか?

そう、思いながら、
シオンは 指輪の声を

静かに 聞く。

今日も、潮を孕んだ 風が
心地いい。

シオンは、シルバートレーを
持って 1階に降りて行った。
サカキバラは、
蔵中の保管庫で作業を始める為、
朝のミーティングが終わったサロンを退出する。

彼の前には、主であるオーナーが
必要以上に足を気遣い、シズシズと、歩いて サカキバラが いつも
運転する車へ歩いた。

今日も良く晴れて
風が 心地いい。

大聖寺川沿いには、
かつての北前船運搬の名残で、
川から荷出しをしやすいよう、
船着場や、蔵が並ぶ場所がある。

その一角に並列する蔵が、
ギャラリーが保管用に
管理している蔵だ。

日本の風土に合わせて
造られた蔵。
耐久もちろん、通風、耐火、湿度に優れ、作品の管理に
持ってこいの倉庫になる。
並列している蔵は、
中が1つに 繋がった空間で、
外からみる以上に広い。

その蔵の1つで、サカキバラは 『No.12』の 運搬処理を始める。

車の 後部座席に、
ハジメを 乗せて、蔵に到着。
先程
絵画の状態を 確認し終わった。


目の前の絵画は、
「星のきらめく天空の破片」だ。

ラピスラズリの美しさを表す言葉が、絵画自体をまるで、表現しているかのようある。



「ハジメ様。本当に宜しいのですか?こちらを、アフガニスタンに送りましても。」


サカキバラは、寄贈 手続きをしながらハジメに 確認をしつつ、
再び 手元の絵画を眺める。


紺碧の空間に
金糸の煌めきは、
まさに 磨かれた
ラピスラズリ鉱石を
そのまま 塗ったような
『青』の色味。

「本来なら、この絵画達の ライセンスが もとの作家様から得られば、大々的に御披露目をされる予定なのでは、ございませんか。」


中央には、蓮の花に
足を組んで寛ぐ少女神。
瞳は 惚け眠る様に閉じられ、
12本手には梵字を象った 宝。

真ん中に 合掌された手。
上半身は、裸体だが
腰からはプリーツの
スカートが纏われいた。


サカキバラは 『No.12』が
梱包処理をするの様子を
見つめる、
ハジメの表情を そっと見やる。


青の宇宙に浮かぶ如く、
神々しい、可憐な 神か、人か?

そんな 狭間を彷彿と
させる この絵画は、
あらゆる人の眼を
惹き付ける力を感じる。


サカキバラの問いに、
全くハジメは表情を
変える事はない。

「それに、ランドセルの寄付と
一緒に、彼の国に送るといのも、
随分お戯れが過ぎませんか。」


サカキバラも、
一切手を止める事をし無い。

「この作品のオーナーは、すでにAssoc君だよ~。オーナーは、『公に出て 来ないよう処理するが』、希望なのだからねぇ。」


サカキバラにも、カスガのそれは
意外な言葉だった。
まさか、『目に入らないよう』に
してくれと 頼む為に、 あんな
支払いを約束するとは。
Assocは、いや、策士なのか?


入金担保に、結婚指輪までも 置いて。

「そうかなあ、ピッタリだよ?!、『バックパッカーの天国』って言われた国だからねぇ。」

ハジメは、サカキバラに 悪戯な顔を見せる。
一体この言葉には、
幾つの揶揄が 隠されているのやら。

「なるほど、ランドセルは 原型が背のう、バックパック、でございますからね。 」

駄洒落で ございますねと、サカキバラが 技とらしい笑みを見せる。
しかも、彼の国になんてと。

そんな サカキバラに、ハジメは

「いやだなあ~、それだけじゃないよ。教育ボランティアとしてランドセル運動なら 彼の国には支援があるからねぇ。」

少し遠い目を向けて、サカキバラの手元を また見る。

「もしかすれば、彼の国で 行方知れずの Mestoroの目に触れるかもしれないと、お考えでございますか。」


『No.12』以外の 同じタッチの絵画が サカキバラの後ろに タイトルの順番に、11枚 並べられている。

「まあ~、だからと言って、私も作家の命でもある作品を、無下に破壊する事は遠慮したいなぁ。奇跡の可能性に賭けるよぉ。」

そんな ハジメに、
サカキバラは 静かに頷くだけだ。


「しかし、この青。本当に素晴らしい色でございます。さすが『風景画巨匠の愛し子』Mestoro様でございます。」

サカキバラは、書類の書き上げを始め、ハジメは 『No.12』以前のナンバリング作品を 順番に見ていく。


「天然ラピスラズリの色だよ~。
凄いよね。My Mestoroは、画材としてのラピスラズリではなく、
鉱石のラピスラズリを自分で岩絵具の様に加工して使っているぅ。
ある意味、本物の宝石絵、宗教画のイコンだよん。」

ハジメの目の前に、サカキバラが
書類を出して、決済の確認を促す。
余計な事を口にはしない。

「他のナンバーは、油絵具でございますが。」

腕を組、顎にその片手をあてて、

「それだけぇ、思い入れが違うといか。だいたい、不可視インクまで使ってるんだよぉ。よく、シオン君も気が付いたわけだけどぉ。」

ハジメは、真剣な目をした。

この案件は、微妙な扱いだな~。
そう、呟くと ハジメは、ソッと息をついた。

「結局、Assoc様は、最後まで
インクの部分はご覧になりませんでしたね。」


サカキバラの台詞に、

当分 他の作品も、蔵に寝かせる
よん。こんなドラマになるなんて、思ないからね~と、ハジメは
この 言葉を 心に留めた。

そのかわり、ハジメは、
口を弓なりにした。

「本当に!Assocは禁断の林檎
を食べなかった。郭公か否か?
そんな誘惑にAssoc君は勝ったんだ。それが愛なのか!保身なのか!」

心底、楽しそうだと顔にする、
ハジメを見て

「ハジメ様は、全て御解りでございますか。」

サカキバラが、ハジメから
書類を受け取った。

くるりと、ハジメが サカキバラに
背中を見せる。
蔵でのハジメの確認作業が
完了した合図だ。


「サカキバラ、ラピスラズリは、
エジプトではね、天空と冥府の神『オシリスの石』と言われるんだよ。」

サカキバラは、書類を手に、
梱包を手早く終わらせた 品物に
一瞥をくれる。

「その理由はね、『審判を潜り抜ける護符』 だと崇められる石だから~。エジプトでは死後、
人は オシリスの審判を合格して、
天国に行住む権利を得るんだ。
オシリスは日本でいう 閻魔なんだよ。 」

そして、蔵の扉を観音開きにして、ハジメを 外に出した。

「My Mestoroは 知っていて、
この『星のきらめく天空の破片』を使ったと、かつての『ナサケ』である 私は読むね」。

蔵の外に出て新鮮な空気を、
ハジメは深呼吸して 味わう。

「凄いよ、Assoc君も、MyMestoroも。易々と、理性の
ラインを飛び越える。それは、
パンジ川みたいな、命懸けのモノだよ。」

この台詞に、サカキバラが目を
不機嫌そうに大きくした。

「それは、ハジメ様が彼の国へ
行かれた時で ございますね。」

ハジメは 先に、蔵を出ると、
サカキバラが 後に続く。


「そう、私がMy Mestoroの消息を
探しに行った時、渡れなかった『あっちとこっちの川』さ。」

ハジメは、そのまま 庭から、
外に出る。かつて 海を運搬手段とした、船の 着場だった道路へと。

そして、
川の傍らに ハジメは腰を掛ける。
かつて、ライセンスの為に
作家を追いかけて 向かった国を
追憶するのだ。


遥かに古く
交易の道が すでに、大陸には
あった。それは、シルクロードよりも古い、紀元前3000年以上前にもなる。
ラピスラズリを指標とした
『ラピスラズリ・ルート』。

乾いた大地を
風が 頬をなぜていく。

かつて、カブールは
カトマンズやバンコクに並ぶ
『バックパッカー』の聖地、
『天国』と呼ばれ、
世界中から旅人が集まった街。

古来でも、西洋と東洋が交わる
交易の地点でもあった場所。

何故か、日本人に似た種族も
多く現地民族にみられる。

サカキバラは、そのままハジメの
傍らで立ちながら、
話を聞いている。



イスラマバードで、
ハジメは なんとか ビザを取って、パキスタンから アフガニスタンに、入国する事にした。

国際的にレッドゾーンの地域は
テロが再び息を吹き替えしている。

「無論、パキスタンで 誰もが
私を止めたよ。
なのに、国境の向こう側で
初めに目にしたのは、
パキスタンで聞かされたのが
嘘のように広がる
緑と青の美しい山々だ。
そこには
真っ赤な血で染まる
大地は無かったんだよぉ」

首都のカーブルにある、
小さな遊園地に よく知るキャラ
クターまであって、面食らった。

多彩な民族衣装。 交わる言語の中、ぼろぼろな日本語の教科書を持つ子供さえいた。


本当に ここは支配国の境
均衡危うい場所なのか?
という あやふやさ。
そして、

目の前に広がる、パンジ川の
向こうには、
ラピスラズリの産出地がある。

なのに、見えているのに、

バダフシャーン州に
どうしても ハジメは、

渡れ無かった。
踏ん切れ無かった。

「お渡りにならなくて、良かったです。本当に 無茶をなさる。」

大聖寺川からの風を受けて、
サカキバラは髪をなぜつけた。

「今でも、思うよ。あのパンジ川は、只の川じゃない。私が私を捨てれるか?それこそ、前後不覚になるような 恋愛に飛び込めるか?そんな境目だよ」

そう言い、ハジメは
目の前の川を見つめた。
川面がキラキラしている。

「サカキバラ、私も、もっと 前後が解らない十代に、恋愛すれば良かったよ。」

サカキバラは、意外そうな顔を
した。そして、目を細めて

「遅くはございませんが。」

ハジメに 答えてやる。

サカキバラは、相変わらず
ハジメが 伴侶を見つける事を
諦めていない。


「いや、無理だよぉ。人はやっぱり、社会に組み込まれると いつの間にか、打算のない恋愛なんかは出来ない。そんな 生き物 なんじゃないかな~。」

ハジメは、
なのにと、呟く。


「昨日、思ったんだけど、
そのくせ 独占欲は生まれた時から その姿に変化がないんじゃないかって。」

Assoc君を見て 気が付いたよ~と、笑うハジメは、続けた。

「貪欲に あの川を越えるか?
越えれないか?私は、後者だ。
そのくせ、ずっと 欲している。
もう、前後不覚に恋する季節は終わっているのにだよ。」

ハジメは、ゆっくりと立ち上がる。

「だから、Assoc様を羨ましいのですか。」

サカキバラは、
ハジメの手を持って 助けた。


「どーかなあ~。Assoc君だって、今は親愛の情を生きているんだろうしなぁ。それさえ、私は 羨ましいのかなあ~」

そう言いって、
良く晴れた 青空を
ハジメは サカキバラに
支えられながら
仰ぐと、
空を割る 飛行機雲が 見えた。




『キィーーーーーンンン』
『グオーーーーーツツツツツ』
『ゴオオオーツツツ』

レンとカスガが 仰ぎ見る中、
爆音を轟かせて、戦闘機が着陸
するため急旋回して降りていく。

ベースオペレーション屋上。

頭上で、コンバットブレイクしているのを、カスガは 目を輝かせ
て見守る。
何かしゃべるが、レンには聞こえ
ない。

レンとカスガがいる、小松空港。
本来は『小松飛行場』が正しい。

何故なら、いわゆる、
航空自衛隊 小松基地の滑走路を、
民間航空機が借りている
空港だからだ。

旅客機と、戦闘機、又は
練習エアバスが まるで隣に
合わせて存在するように見える。



レンとカスガは、朝早くホテルをチェックアウトして、午前中1番の小松基地見学に参加していた。

『キィーーーーーーーン』
『ゴオーーーーーツツツ』

という甲高い音、
空気を裂く音が聞こえる。
そして、起こる風。

まるで 延々、雷鳴が響いている。
そんな感覚だ。

夏、風が強い時は ランウェイ24を使って、アーミングエリア
=滑走路入り口にある駐機場で
F15が 最終確認を して飛び立つ。


「訓練は午前中が多いようだな。
今日は、戦闘機やヘリも、飛ぶようだが。」

レンは F15を 見つめて、
カスガを見る。

小松基地の隣は 企業城下町がある。
太平洋戦争中も、軍事産業に携わってきた。それが発展し、今や建設機械の大手企業があるのだ。

基地で使われる 重機や装甲車。
小松市は基地やその企業関係者の多い街。

「小松にとって、24時間この 戦闘機音は 生活音だからな、カスガも間近で聞いておけよ。」

そう説明して、出張最終の今日、
事前予約をし、レンは基地の見学にカスガを連れてきたのだった。

レンは、カスガに 電話で互いに話をする旨を、 手で合図を送る。
音が凄いのだ。

日本海を隔て、
航空機で約1時間という、諸外国に
極めて近い事から、日本海側で
唯一、空の守りを 固める戦闘機部隊が所在する 小松基地。

小松基地は領空侵犯措置の任務には時に、舞鶴の海上自衛隊の、イージス艦と連携して、空と海の防御をする。

小松飛行場は、文字通り 空港よりも、荒野の滑走路のイメージだ。


「カスガ、真ん前が空自のハンガーだ。滑走路側は撮影も可能だよ。
カスガの望遠で撮れば 良く撮れるからな。」

電話ごしに、そうカスガに伝えると、カスガが 了解とばかりに、親指を立て合図する。

そして、首に掛けた望遠カメラを構えた。


背尾に 『ファイティング・ドラゴン』『ゴールデン・イーグル』をマークにした F15達。

小松では この戦闘機体を50機、
配備している。

今度は、離陸するF15。
エンジンの音が ものすごい爆音を上げて エア音と重なる。

離陸までの迫力は、高揚する
ような 未知への畏怖のような。

『グァアアアアンンンン』

高速で低空離陸し、足が素早く格納。翼をまるで垂直に傾ければ、鋭角に旋回して高度をグイんと立ち上げる。



結局、
カスガは 深夜遅くになって
宿へ戻ってきた。

帰ってきたカスガは、左手を
レンに見せて

『ハジメオーナーにっ! 担保されたっす』

と、笑った。
その顔が サッパリとしていた事と、空になっている指が、
だいたいの事情を物語る。


「先輩!凄いっすね、あんなに一気に旋回して高度あげてっ!」

カスガは 望遠カメラを 動画に
して、戦闘機を追いかけている。

一時の小松基地は、
年間で1000回以上のスクランブル。
3日に1度はスクランブル状態だった。
凄まじい 冷戦時代も経験した
基地は、常時 5分で スクランブルができ、小松基地の管制で
24時間離着陸が可能だ。

「カスガの突拍子のない、行動と、 あの舞い上がる 機体が重なって俺には見える様だよ。」

レンは、目を細めて、ここぞとばかりに カスガに嫌味を投げつけた。
目を機体に向けたままに。

ギクリとした様子で、カスガが
そんな レンを見て、

「すいませんっしたっ」

と、折れる勢いで 頭を下げて
誠心誠意の姿で 謝った。

『オオオオオオオンンンン』

24時間体制。
だからこそ、民自共に、パイロットが安心して 着陸できる空港でもある。
その為、日本海でトラブる外国機が緊急着陸してくる事もあるのだが。

レンは、そんな小松の夜の姿を
ふと、思い描いた。そして、

レンは、大きく、 それでも
爆音に消されるだろう、
溜息をついて、カスガに 頭を上げろと手で合図した。
ションボリとした、カスガが

「先輩、そろそろ 帰りたいっすね。」

電話ごしに、思わず 呟くのを
レンは、拾った。やれやれと、レンは口を弓なりにした。

「カスガのところ、まだまだ家族
増えそうだな。」

その言葉に、カスガは、気まずいながらも、

「先輩!あれっすよ、さっき 空自の広報でみた、LOVE&PEACE !」

と、何故か自信満々で言い切った。

「お前、やっぱり、、」

レンはカスガの顔に、 残念な視線を向けて呆れる。

『フアイティング・ドラゴン』の魂は、『平和と安全』を守る意気を示しているのだ。
お前、怒られるよ。

たが、そんな カスガに、とうとう レンは大声を上げて笑った。

「ア、ハッハッハ!!お前、凄いよ。本当に、ある意味、この仕事に向いている。」

『ギィイイーーーーーーーンンンン』


「ハアー、それに 何より『引きが強い』。運が強いのも、能力だよ。頑張れよ。子供達もいるんだからな。十分 俺を越えていけるよ。」

カスガは、レンを見つめた。

「先輩。 オレ、どーしようもなく
ガキなんですよね?」

レンは 旋回から 直線に、高速 横移動を 空で展開する、機体を見ながら

「『あの時』はそう思ったよ。でも 今は少し違うな。」

カスガの問いかけに 素直に応える。
もうすぐ、基地の訓練も一段落
なのだろう。広報の係が、
合図をしているのが見えた。


「ちゃんと、自分の欲を見て、
ちゃんと、向き合って、ちゃんと進化してる。お前、俺の周りで
1番、愛すべき『人類』らしいよ。」

レンは、カスガに 広報係を
指差して、歩き始めた。それでも
まだ、電話は繋がっている。

「恋や愛とかに、ゴールがある
なら、そこまでお前は 突っ走れ
るんだろ」

レンは、歩きながら カスガを
見つめ、言葉を重ねた。

風が降りてくる。

「俺や、ハジメさんみたいな奴じゃあない、カスガみたいなのも
いるなら、安心だよ。きっと、」


そうして この後時間まで、
空港に屋上デッキのビアガーデンがあるから行くか?
まるで映画みたいなビューで
最高だぞ、戦闘機見ながら
だからな。と

「まあ、飲めないがな。まだ春江がある。この辺りの空港は 、知ってる方がいい。家が恋しいだろうけどね。」

レンが また 爆音の中で 笑った。

カスガが 見上げると、
雷鳴音が突っ込んで、
下降し始めるのだ。

青空の中、白い筋を上げて

F15の機体が 風と共に

帰えって来る。

青い空から 帰る。

その機体と、レンの背中
そして、空の指を見て、

カスガは、
やっぱり早く 帰りたいと

張り付く潮風に

喉が沸くのを

感じた。



2020年5月19日 昼 脱稿
さいけ みか
最後まで、読んで頂き 本当に、
有り難うございました。

春の作品『春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客~旅すれば恋はある』
のサンキューストーリーとして
書いた『喪主する君と青い春』

完結です。

今回は短編でしたので、
この後
サイドストーリー
「ハジメの事情~」
1作品だけあります。



また、夏の作品を、お目見え
できるようにと思っています。

では、また来世なる前には。
『大蔵省』は この日本国において、実に1300年の長きに、
国の金の全てを握って参りました。
戦後 全省庁が、GHQにより解体のうきめにあっても、
連合国の「協力者」として、
生き残りました。
「省の中の省」「官僚の中の官僚」と云われた由縁でございます。

ハジメ様をはじめ、私共夫妻は、代々 大蔵一族を成した 元 家格の末席家でございます。

末席と 言いますのは、
体の弱かった ハジメ様のお母上が 旦那様と離縁され、
静養地を廻られましたのは
ハジメ様の幼少時。

母様方にハジメ様が籍を移され
家を興されたからで ございます。

本来ならば、
ハジメ様も 財務省に入られる筋ですが、
旦那様の 後妻様 長子が 現在、席に着かれております。

「私には、似合う椅子では 無いよぉ。」

と 軽口され、

ハジメ様は、
卒業後すぐ 次なる席があります、国税庁の管轄へと入所されました。
その頃、残念ですが、ハジメ様のお母様が、亡くなられて。

「母さんの、顔は立てておくべきだろう~?」

と私共に 弱味を見せないように、ウインクされましたから、
生前 奥様が 元旦那様に 申し入れされてたのかもしれません。

私共夫妻は、お世話の為
ハジメ様に付いて、下向致しました。

税の番人の名で、国民のあらゆる『事柄』を調査する権利を
実は持っており、
治外法権の国税でございます。

警察の捜査権よりも、
国税庁調査権の方が強力。
警察を凌ぐ『徴税権』なる権力
が国税に あるのは、
皆様は 意外ではないでしょうか。

ハジメ様は、その中枢の
別名『ナサケ』、にいらっしゃいました。
キャリア的にも
花形の 別名『ミノリ』にいるはずのお方ですが。

「この性格には、こっちが性に合っているよね~」の一言で、

敢えて、『ナサケ』で
内偵班に身を置かれました。
でも、それも どうなのでしょう。

嫌疑関係者 全ての内偵は、
苛烈な任務でございます。
入れば、1年で精神を病むなどと噂されますが、
実際そうでございます。

そんな場所を 敢えて選ばれる、
ハジメ様の気持ちは、
解りかねますが、

「そんなに、真面目じゃない私だからねぇ。それに、アイツも 良い奴だから。ほら、バディなんて、ドラマみたいで、憧れるだろぅ?」
と、それは 嬉しそうでした。

指南役の 同僚様の存在と、
ハジメ様自身の好奇心を
満たす事があるのだと、
当時は 毎日、
私共夫妻に 話してくださいました。

脱税疑惑のライン金額は、
都市部に置いて
2000万円でございます。
ああ、覚えて置かれると 良いですね。

「う~ん。地方とかだと、1000万とかでも 見る件数少ないと 疑惑持たれるかもね~。」
など、云われた事も ございますが。

脱線いたしました。

まあ、
大口の嫌疑者は
守秘義務でございます。

最近 新しいところで、
フリーランス業の
コンピュータ周辺業、インターネット各種取引や、活動を行っている個人様も 増えたようでございます。
例えば ネットオークション。

気を付けねば なりませんね。

述べましたのは、
如何にも『未申告の例』でございますが、
それ以外が 『確信犯申告』で ございます。

施設費として、絵画。
備品として、高級服飾品。
接待費として、骨董。
換金制の高い物質を透視する
目が必要でございます。

まあ、ハジメ様は 大口内偵先での、そのような
『裏金物品』自体に
大変興味を向けられ、
楽しんで居られました。

内偵先では、
思いも掛けない珍品に出会う事が どうもあるようなのでございます。
一見すると、ガラクタ。
しかし、マーケットに出せば、
うなぎ登りの金額が付く品。
ハジメ様は、幼少頃より、
特殊でございまして、
目が利く方なのです。

しかも、やれ、
「あの絵画はもともと別の家の盗品だ、」とか。

「あのオリエンタルグラスは 希少価値が国宝級だから、差し押さえたら寄贈すべきだ」とか。

「申告しないのは 問題だけど、生きた金使いをしている奴だ」とか。

よく、指南役様にも
「『お前は、へんな 鼻が効きすぎる』と、呆れられるんだよ~」

と、ヘラヘラ 笑ってらっしゃいました。

でも、その方も 体調を崩し入院されまして。

「私は、お飾り『ナサケ』だから、アイツにツケが廻ってるんだろうか?」

などと、柄になく悩んでらして、
顔を出せる時は、必ず病院へ行かれてました。

「今日 見た、面白いモノを、アイツに話てやると 声出して笑うんだよ。」

ハジメ様には、
家族が いませんから・・・。

そんな頃で、ございます。
海外顧客を持つ、
ネットオークション主が
該当者になりまして。
格式ある家から 火事場泥棒された品を 在ること無いこと付けて売り出されおりました。

普通でしたら、
海外貨幣ならば帳簿操作も安い事、盗品同然の売買、
まあ、なんと上手い悪事をする輩か?と憤ると頃でございます。
建前としても。

ところが、ハジメ様は、
その在ること無いことを紹介して、日常工芸品を売り付ける様に、
驚かれて、
「凄い カルチャーショックだ!!
まるで、古の海外貿易みたいじゃないか!!」とまあ、
こともあろうか 感嘆さえされたのでございます。

大口 嫌疑者だっただけに、
ハジメ様の言動は、
不謹慎極まり無いと、大元の国税からも教育が入りました。

まあ、もっと『元』からの横槍でございましょう。
国税が独立した庁などと、
それも建前でございますから。
世界中で
日本ぐらいでございます。
『予算立権』と『徴税権』の実権を1つ所が持つような国は。

置いておきまして。

それでも、そんな事は、
ハジメ様にとっては 些末な事。

指南役のご同僚様が 亡くなられた事に、心を痛められてましたから。
ハジメ様にとって、
初めての気のおけない 同僚で、
一般事の指南役様。
それでいて、
特殊な任務のバディ様。

ハジメ様に、
心から 寄り添える『家族』
という存在が 出来るならと。
やはり 私共夫妻は、
思うので
ございます。



ハジメ様が、指南役様と
最後に話されたのが、
ハジメ様最後の内偵先の
品物について、だったようです。

「アイツに、今日は 凄いお宝を見たんだよ~って報告したんだよぉ。『聖徳太子と人魚の浮世絵』が裏蓋に貼られた『船箪笥』なんだぜ~って。」

「そしたら、アイツが『人魚って、肉食ったら不老不死になるんだろ?』って云うんだ。なんでも、『有名な都市伝説』だって。笑うよね~。」

「だから、『日本書紀』に、もう人魚は出て来てるし、第二次世界大戦中の日本軍の機密文書に、『日本の領海、沖縄海域で多く目撃の報告。
日本海軍が多数人魚を銃殺』って記録があるんだよんって 教えてやったんだぁ。」

「そしたら、驚いてさあ。『不老不死になれるなら、食べてみたいな』って云うんだ。だから『昔、北陸の漁師が もらった人魚の肉は、白くてぶよぶよした 薄気味悪い肉』だって書き残しているけど、食べれそうなのかい?って聞いてあげたんだ~。」

「そしたらアイツさ、『見た目気持ち悪くても、味だろ?』って。
だから、ちゃんと教えておいたよ。『食べた娘は、天下一品の味だったって。』って。アイツが食べるなら、そうだな 私も食べていいかな。」

「西鶴はさあ、『人魚の塩漬け』の効果をさ、高血圧、ガンの免疫強化、老化防止って、書いてたんだよね。800年も生きなくていいから、せめてガンに効くならねぇ。食べさせたいよねぇ。」

さようで、ございますね・・・



伝説では、人魚は不老長寿の妙薬とされます。

八百比丘尼は、人魚を食べたことで長寿になりました。
800歳まで生き姿は、
17~18歳の様に若々しかったといいます。

そうそう、最近いいます
『アマビエ』も、予言をする人魚でございます。



それから間もなくしてです。

ハジメ様は 『ナサケ』を辞められました。
もう、実権のある舞台ではなく、
自分の『本当』の場所を

芸術の世界で造られました。


「アイツがさあ、『どうして、船箪笥の蓋に聖徳太子と人魚の絵を貼ってたんだろな?』って云ったんだよぉ。その言葉で、私は、雷に撃たれたみたいに なったんだ~。」

「思い出したんだよ!人魚のミイラの事!!もう、運命的だよね~!!あの、嫌疑主の所で 同じような手法をする存在を思い出すなんて!!」

ハジメ様の恍惚とした顔は、
忘れもしません。
あの勢いで、
ここまで来られましたね。
無理されたかもしれません。



もうずっと昔は、
本当に人魚を 見た人がいるのかもしれません。

江戸時代『人魚の見世物』は、
多額の金銭が動くエンターテイメントになったそうでございます。

そうしますと、模造品を作って
儲けようという輩が出ます。
主に漁師が、
偽造人魚制作に手を出したのでした。
猿の上半身と鮭や、
鯉の下半身を縫い合わせ、
動物の毛皮や皮膚で覆います。

人魚のミイラ職人が誕生し、
名人がでてきます。

緻密に、様々な素材をつかい、
オオカミウオの顎、
狐の毛皮、中にはコウモリの翼
などなど。
こうして、秘伝の職人技になるのでございます。

これが密貿易の際に、
西洋人に
現在の1千両=11万円で売られ、ヨーロッパで模造人魚旋風が上昇。
もちろん、模造だと伝えて。

はい、世界の模造人魚のミイラは全て、Made in Japanなので ございます。凄いですね。

模造人魚は 西洋博物学者ですら
騙せるほどのクオリティでございました。
当時、日本人船乗りから、
11万円で卸された人魚のミイラは、ヨーロッパでは 85万円相場で売買されるのでございます。


「全国から 人魚のミイラに使う材料を 職人地へ運んで、今度は日本の海域から海外へ、鎖国中に密輸出する。そんな船の船箪笥だったんじゃないかって思うよね!」

「たとえ、近年の紙幣だとしてもさ、初めて「お札の顔」になった聖徳太子と 不老不死の人魚の浮世絵だよ!『錬金と不死』人類の最大ロマンだ!」


「想像しただけで、なんてグレートな商魂。どれだけ戦略的なアピールをしたんだ!」

って、まあ、大興奮でございました。
間違いなく、あの頃の全てが、
今の、ハジメ様の切っ掛けでございましょう。

ところで、
海外では模造としても
十分な価値を見出だされた、
人魚のミイラは、

国内ではまた別。
本物とされるものが
信仰対象でございまして、

日本国内で、最古の人魚の標本は1400年前とされ、
富士山の麓で某神道団体が保有されております。

実に模造人魚のミイラが
造られたより

ずっと古いものが

国内各地にはございますねぇ。


ハジメ様は、人魚の肉でも、
ミイラのような蘇生術でも、

何かしら そのようなモノを
探しているのでしょう。

では、私は、
倉庫1度戻らせて頂きましょう。
ハジメ様が、

『マドンナ・ブルー』

『聖母の青 』でございますね。

今回は

これを、

お探しになられるみたい
なので。

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