【コミカライズ】ひきこもり令嬢は購入した奴隷に溺愛される(旧:好きでいてもいいですか?)


 可愛くない女だ。

 思わず小さくため息を吐き出せば、イザベラは諦めたような顔で俺を見て笑った。

 イザベラはそのまま朝食へ向かった。オレはそれについていく。テーブルではすでにセシリオ坊ちゃまがイザベラを待っていた。

「叔母さま、かわいい!!」

 セシリオが立ち上がってイザベラに駆け寄る。
 イザベラは顔を真っ赤にして、膝を折ってセシリオを抱き留めた。

「とってもお似合いです! どこかにお出かけですか?」

 セシリオがキラキラとした目でイザベラを見て、小首をかしげた。

「いいえ。予定はないのだけれど……」

 答えを聞いて、セシリオはウフフと笑った。
 その笑顔にイザベラは相好を崩している。こんな顔、オレには絶対見せないのに。

「僕、嬉しい。叔母さまがずっと黒を着ていると、時間が止まってるみたいだったから……」

 その言葉にイザベラはハッとしたようだった。

「気がつかなくてごめんなさい」
「ううん。叔母さまがお父様とお母様を大切に思ってくれてるのは嬉しいの。でもね、なんていうかね……上手く言えないけど……」
「……うん、そうね、セシリオの言おうとしていること、叔母さまにも少しわかるわ」
「わかる?」
「このままじゃいけない、ってことかしから?」
「! うん! そう、そう思う! それだとお父様が悲しむと思うの」

 セシリオが少し大人びた顔で笑った。それを見てイザベラはセシリオを抱きしめた。

「愛しているわ。セシリオ」
「僕も。叔母さまが好き」

 二人は頬を擦り合わせて、目を合わせてから微笑みあった。そして改めて食卓に着く。
 本当に仲の良い二人。

 その姿を見て、オレの心にチクリと棘が刺さった。オレはあんなふうには愛されない。愛されたことがない。

 あんな風に。

 そう思いかけて頭を振った。



 それから毎朝、オレはメイドと共にイザベラの部屋に行くようになった。イザベラも最初の一日以降は素直に従うようになった。
 多分、セシリオの言葉が何よりも効いたのだろう。黒い服をメイドたちに仕舞わせたのだ。そして代わりに、古い地味な服を出すように命じたので、オレがそれを奥にしまい、新しい服を入れた。
 セバスチャンは、イザベラの服を買うことには何も言わなかった。それどころか、少しずつオレへの当りも弱まってきているようだった。

 初めは明るいグレーから、ブルーグレーに変えて今は水色まで来た。茶色いワンピースは、ピンクベージュを通ってピンクまで。抵抗がないように、少しずつ色味を変えた。新しい服を見るたびに、セシリオは可愛いとイザベラを褒めた。セシリオに褒められれば、イザベラは喜んでそれを着た。


「今からセシリオと町へ行こうと思うの」

 昼過ぎ、イザベラが鏡の前に座って言うと、メイドたちが満面の笑みになった。

「それはようございます」
「だから、すこし……その」
「ええ、ええ、わかりましたわ」

 イザベラよりもメイドたちの方がウキウキと沸き立っている。
 なぜなら、イザベラは町へ出ないからだ。出ても家の林まで。それ以上は外へ出ない。いつも屋敷に引きこもり、領主の仕事や、子供向けの本を執筆、訳のわからない分解や実験らしきことをしている。
 オレがこの屋敷に来てからも、一度も町へ出かけるのを見たことはなかった。

 オレとメイドで町歩き用のドレスを選ぶ。
 いつもより少し派手でもかまわないだろう。上質だけれど仰々しくない軽やかなワンピースには、いつもは控えめなレースをふんだんに使った。家の林の中で好きだと言っていた菫の花柄のレースにしたのだ。いつかのために誂えておいてよかったっと思う。

 イザベラはそれを見て目を見張った。初めて着るペパーミントグリーンのワンピース。怖気づいたように鏡の中の目を泳がせた。
 メイドたちは気が付かないふりをして、準備を進める。
 
「ねぇ、これは少し派手ではないかしら?」
「いいえ、お似合いです」

 メイドたちはきっぱりと答える。

「本当によく似合っていますよ、ご主人様」

 自信なさげなイザベラの後ろに立って、声をかければギっと睨まれた。
 セシリオとはずいぶんな態度の違いだ。

「またあなたが選んだの」
「そうです」
「どうしてこんな!」
「ご主人様に着て欲しかったからです」
「私に恥をかかせる気?」
「オレが選んだ服が似合わなかったことがありますか?」
「!」
「セシリオ様は毎回可愛いとほめてくれるではありませんか」
「……でも、セシリオは、気を使って……」
「七つの子がそんな気を使うんですか? ご貴族様は」
「っ!」

 少し最後がトゲトゲしかったかもしれない。
 しかしイラついたのだ。俺が何度言っても拒絶するくせに、セシリオに言われればお世辞だと思いながらも喜ぶ、そんなのがムカついた。
 オレだって何度も何度も言っているのだ。それなのに、嘘だと決めつけられる。絶対に信じない。

「綺麗です。ご主人様。誰よりも」

 そう囁いて肩を抱けば、振り払われて部屋から逃げられた。
 メイドたちがクスクスと笑う。

「ジャン、それじゃ、うちのお嬢様は無理よ」
「なんでそんなに頑なんだよ、あの人」
「いろいろあるのよ、色々ね」

 古参のメイドたちは困ったように笑った。

「なにそれ」
「自分で聞きなさいな」
「オレになんか話してくれないよ。交合うためにオレを買ったくせに受け入れる気なんか全然ない」
「ジャンはお嬢様に受け入れて欲しいの?」

 そう問われて、ビックリした。

「……いや、そう言うわけじゃないけど。無理やりはシンドイし」

 モゴモゴと答えれば、メイドたちが優しい顔で笑った。

「ドンマイ!」

 って、え、オレなんか可愛そうな子認定されてる? 嘘だろ? この町で一番の性奴隷なんだぜ?

「買われてきたのがジャンでよかったわ」

 メイドがそうオレの肩を叩いた。


 セシリオはイザベラの街行き姿をそれは盛大に褒めちぎった。それはそうだろう。初めのころのイザベラに比べれば、ペンペン草と菫ほどの違いがある。
 男だったら必ず褒めるはずだ。

 気分を良くしたイザベラは馬車に乗って町へ出かけた。オレもそれに付いていく。イザベラはセシリオにオレのことをなんと伝えているのだろうか、と不意に思った。セシリオはオレに話しかけることはない。

 久々に出た街は、にぎやかで明るくて懐かしい匂いに満ちていた。
 セシリオの目当ての店についた。看板には百科物屋と書いてある。窓際には天球儀が見えた。まるで、イザベラの寝室のようだ。
 セシリオは店につくなり駆け込んでいった。カランカランとドアのベルが鳴る。イザベラもそれに続く。

 薄暗い店の中は、武骨なものがいっぱいだった。時計、イザベラの寝室にもあった液体の入った長い筒にカラフルな丸いカラスが浮き沈みしているもの。ブリキの四角い胴乱、ビーカーにフラスコ、何かわからないけれどネジや歯車。
 セシリオは目をキラキラさせている。
 その様子をイザベラが微笑ましく見守っている。

「イザベラ様、店までお出ましとは……」

 店の店主らしき男が頭を下げた。

「セシリオも自分で選びたいと言い出しましたので」
「お坊ちゃまもそんなお年ですか。イザベラ様が初めてこちらに見えた時も、ほんの小さな頃でしたからね」
「懐かしいわね」

 なじみの店らしく、イザベラはリラックスしたように受け答えしていた。