「そう。数学は得意だけど、理科の知識はその辺の高校生と変わらんレベル。こないだ話題に出たスペースデブリっつーのもサッパリだ。飛行士たちはそれの何を調査したかったんだ?」
「そっか。じゃあここは先輩らしくわかりやすい解説をしないとね」
片手間に猫の腹を撫でつつ、人差し指を立てたあおいはほほ笑んで、
「スペースデブリは、簡単に言えば宇宙ゴミのことだよ。人工衛星とかいろいろ、宇宙にたくさん発射されるでしょ? でも、用途を終えたそれは地球の周りに放置されたまま。軌道上を高速で回るから回収が難しくて」
「ゴミなら放置しとけばよくないか? 宇宙は広いしな、ちょっとくらい汚してもいいって」
「宇宙に漂い続けてくれずに、いつか地球に落っこちるかもしれなくて。それにデブリ同士がぶつかって粉々になれば、地球の周りは増殖したデブリで覆われちゃうでしょ? デブリの危険性を表すケスラーシンドロームってシミュレーションがあるんだけど、それによると人類はいつかデブリで閉じ込められるとも……」
「その状態なら衛星も打ち上げられないか……。なるほど、事の重大さがわかった」
「でもね。私の推測だけど、デブリの調査は単なる口実。たぶん真の目的は、未来都市が高校生の宇宙飛行に成功したっていう功績が欲しかったから……、じゃないかな」
真っ青な晴天の空を見上げたあおいは言葉にする。猫の喉を擽ると、猫は「にゃぁ~」と心地よさそうに鳴いた。
「犠牲者が出たことは……残念。けど本音を言うと、羨ましいとも思った。高校生で宇宙飛行士になれたことに、あの宇宙に飛び立てるチャンスがあったことに」
「誰だって宇宙には、一度は憧れるもんだ。シンポジウムで久しぶりに思ったけど、高校生で飛行士なんてやっぱ信じられん。どういう生活をしたらそんなチャンスがあるんだろ」
「私だって信じられないよ。だからプロジェクトを研究してくうえで、個人的に知りたいことがあるんだ」
「ほお、どんなことだよ?」
「飛行士に選ばれた高校生と私との違い、かな。どういうことを考えて、どういう毎日を過ごして、何を大事にしていたのかを知りたい。そういう個人的な目標、大地くんもある?」
「そうだなあ、……まだハッキリした目標はない。まあ、宇宙にはロマンがあるし、研究をしながら宇宙の広さは感じたいな」
幼いころから常に自分を見守る空。広大な地球を包む宇宙という神秘。知りたい、その気持ちは大地の心の中には密かに根づいている。でも、
「あの事故で当分は凍結するのかもな、宇宙飛行プロジェクト。未来都市製のロケットが人を乗せること、下手したら一生ねえのかも」
「残念だけど、そのとおりかもね。今後、未来都市がプロジェクトを立ち上げても、反対意見がたくさん出ると思う」
だけどあおいは曇りない瞳、引き締めた面構えで、天を今一度見つめて、
「それでもやり遂げてほしいと思うよ。科学の発展のために犠牲が出ても、諦めずに最後まで続けてほしい。成し遂げて、最後に結論を出すことが犠牲者の弔いになるんじゃないかって私は考える」
「犠牲を出してでも、科学の発展が大事なのか?」
「科学が世界を救えるって、救ってくれるって、私はそう信じたい」
そうか……、大地は簡潔に返答した。毎度のことながら、彼女の科学に対する想いの強さには頭が下がると、大地は素直にそう思う。
「さてと、いい頃合いだし戻るとする――……」
ベルトに絡んだアクセサリを鳴らすように、ゆらりと腰を上げたその時だった。
「あなたの言っていることは、夢や希望という言葉で正当化した、狂った科学者の戯言よ」
耳に入ったのは凛とした女の声。そして目の端に掠めた、艶やかな青い長髪。
「あん? ……って、アンタは?」
声の方を見れば、桜鈴館高校の制服を着た一人の女子生徒がそこに立っていた。くりくりと大きな瞳だが、鋭さを帯びた視線をあおいに向けている。
「犠牲が出ても続けてほしいとは言うけれど。なら仮にあなたの大切な人が犠牲になっても、はたして同じセリフが言えるかしら?」
黄色い星模様の髪飾りで前髪を留めた、背中の半ばまで掛かる青い髪を手で払った彼女。スマートな体型にもかかわらず豊満なバストを強調させるように、彼女は立つ。
「……えっ、あ……あのぉ……」
冷たい目つきに怯えるあおい。すかさず大地はたじろぐ先輩の前に立ち、
「おいおい、何者だ? 文句を付ける前に名乗るほうが先だぜ?」
「……〝冷たいお嬢様〟とでも名乗ればいいかしら? 周りが勝手に付けた蔑称だけど」
「冷たい……お嬢様? 聞いたことあるような、……ないような?」
「ともかく中原さん。もう一度言うけど、自分の言葉がマッドサイエンティストそのものであること、自覚したほうがよさそうね」
突き放すようにあおいに言うと、青髪の女はその場から去ろうと背を向けた。だが、
「――――科学のわがままで奪われることだって、あるのよ」
最後に一言付け加え、今度こそ彼女は去っていったのであった。
大地はその後ろ姿にブーイングを放ったが、顔を伏せるあおいへ白い歯を見せ、
「気にすんな、あおい。信念を持つことは大切だと思うぜ……ってオイ!」
徐々に顔を上げたあおいは、水分を包んだガラス玉のように瞳をウルウルと揺らしていた。
「……うっ、うう……、大地くぅん……」
「な、泣くなって! これしきで泣くようじゃ科学の発展に貢献できねえって! な、なっ?」
「かがくは……かんけいないもぉん……」
すぐに大地はあおいのふわふわした紺髪を撫でた。髪越しに伝わる温もりが心地いい。
「ガマン、ガマン。あおいは強い子だ」
撫で続けたおかげか、揺れ動くあおいの瞳も次第に収まりを見せ始めた。
(ほんと泣き虫だな、この先輩は……。これじゃあどっちが先輩だよ。……ま、悪い気はしないけど)
と、あおいの弱弱しい仕草に喜びを覚えつつも、大地は遠く離れた青髪の女を捉え、
「……、何かあったんか、アイツ? でなきゃあんなこと言わんよな、フツー?」
凛然と振る舞う後姿ではあるが、同時に一種の“寂しさ”とも呼べるような印象も、薄っすらと覚えた大地であった。
3
「『話したいことがあるから来てちょーだい』って……。いったい何の用だ?」
手にする携帯電話のディスプレイには、大地が読み上げた文面が。チャットアプリの研究部グループで、レミから自分宛にメッセージが届いていたのだ。
(ま、どうせ宇宙飛行プロジェクトの件だろけど)
とりあえずはレミ部長の元へと向かうことにする。
(そういえば……。宇宙と言ったら)
大地は廊下を歩みながら、ふと思い出す。
未来都市に来るきっかけをくれた“先輩”のことだ。
(講演の時、いつか宇宙飛行士になりたいって、オレの質問に答えてくれたんだっけ。あの事故があった前の答えだけど、今も変わってねえのかな)
レミの元へ向かうがてら、大地はきっかけとなったあの日のことを久しぶりに思い返した――……。
中二の夏。校外学習の一環で、研究者育成の街として名高い未来都市を訪れる機会があった。中学高校問わず、いかなる学校も生徒の学力のレベルが非常に高く、田舎の公立中学校に通う大地にしてみれば、この機会に行く以外に縁のある街ではないだろうと考えていた。
「さっさと終わんねえかな~」
脱力した背中をパイプ椅子に預け、退屈な声を漏らした大地。同級生の友達もそれに同調して笑う。
「そろそろ始まるか。長くならなきゃいいな」
そして始まったのは公演。“主役”の登場の前に、初老の男性が壇上で話している。
なんでも未来都市の中学に通う三年生の生徒が、街で過ごす日々をこれから語るそうだが、
(未来都市って勉強のイメージしかねーし。どうせオレたちの学校と変わんねえ……いや、それ以上に教師がウザそうだ。どうせ退屈な街だろ。あー、はよ帰りてー)
大地の興味はこれっぽっちもなかった。どうせ優等生のつまらない体験談だ。
(ん? どうした、壇上に釘付けになって?)
周囲の同級生の異変に大地は気づく。居眠りもせずに、妙に壇上に集中している。ははーん、さては教師の巡回にビビったのか? しかし周囲を見ても、そういうわけではない。首を捻り、彼らの視線の先を追うと、
「…………」
壇上で立つ少女を捉え、大地はごくりと息を呑んだ。
(メ、メッッッチャかわいいじゃん!?)
赤い髪は首元に掛かる長さで、目鼻立ちは整っており、万人受けするクセのない顔立ちをしている。それこそテレビに映る女優やタレントが顔負けするほどに。
(え、どんな生活してるんだろっ。しまった、いつの間にあの子が話を……ッ。もったいねー、最初のほう聞きそびれちまった!)
話を聞くに至る経緯は間違いなく下心。けれども彼女が語る未来都市での生活は、話し上手というのもあるが、いつしか下心を払拭させてしまうほどに大地の心を見事に掴んでしまう。
――一般的な授業の傍らで同級生とチームを組み『IoT』の研究を進めており、ウェアラブルなシステムを日常に導入することで、不便のない世界を実現させる方法を提案することがチームの目標。未来都市は図書館が豊富で、勉強や調べものをするうえで困ることはない。最先端の研究施設を見学する機会に恵まれた環境。未来都市で研究者として働く両親、そして双子の姉とこの街で暮らしている――
(面白そうだな、未来都市って! けど……今のオレの学力で行けるトコか?)
講演後、質問をする機会があった。大地は思い切って挙手し、『将来の夢はなんですか?』と質問を投げた。
「夢? えー、言うのはちょっと恥ずかしいな。うーん、笑わないでくれます、か?」
彼女は照れて頬をかいたが、
「――将来の夢は宇宙飛行士になることです。小さいころから宇宙に憧れて、宇宙でやってみたことがあって、今はそのためのお勉強もしています」
「…………」
笑う気なんか起きず、それどころか夢を語る彼女がとても眩しく見えてしまい、
(オレだって……っ)
……――階段を上った大地はニヤケ面で、
(かわいかったな~、また会いて~。この街に来て半年経つけど、まだ会えてないのが悔やまれる。どこの高校に通ってんのかな? 研究者の両親と暮らしてるらしいし、まだ未来都市に住んでるはずだろうけど)
講演の途中まで全く話を聞いていなかったせいもあるが、名前を知る機会がなかったのが残念だ。それでは調べるにしても調べようがない。
レミとあおいが共用で使用する部屋の前で、大地はドアを三度ノックし、
「オレだ、言われたとおり来たぞー」
すぐに返事はなく、
「ジュース買ってきて~。メロンジュースでおねがーい。じゃないと開けてやんにゃ~い」
痺れを切らしかけた時に返ってきたのは、ナマケモノがしゃべったらこんな口調ですよ、を見事に体現したようなだらしのない声。
「…………チッ」
イラッと眉を上げた大地は舌打ちを放ち、勢いよくドアを開けた。完璧とも評してよい快適な室温が大地を迎える。
「あっコラ! パシられてから入りなさいよ!」
やれやれと、大地は部屋を見回し、
「ジュース? そのコップの中身はなんだ?」
頭部を飾るチェック柄のリボン、そしてツインテールの金髪がトレードマークなその女子は、ビーズクッションに小柄な身体を埋め、並べたデスクトップ型パソコンとノートパソコンに手を伸ばしながら、首の動きだけで来客者に向き、
「そんだけしか残ってないの。ほら、さっさと買ってきな」
派手な不良姿に臆することなく、切れ長の碧眼で大地を睨みつけた。
「わかったよ、買ってきてやる。ただし用を済ませてからでいいか?」
「さーっすがは大地くん。よーし、そんじゃこっち来て」
ニコリと八重歯を覗かせたレミは、手のジェスチャーで後輩を招く。
「あおいは今日も悩み中か?」
「そうね、気分転換に外行ってるわ。はい、ここに座って。座布団はないからこれでガマンしてね」
「そっか。じゃあここは先輩らしくわかりやすい解説をしないとね」
片手間に猫の腹を撫でつつ、人差し指を立てたあおいはほほ笑んで、
「スペースデブリは、簡単に言えば宇宙ゴミのことだよ。人工衛星とかいろいろ、宇宙にたくさん発射されるでしょ? でも、用途を終えたそれは地球の周りに放置されたまま。軌道上を高速で回るから回収が難しくて」
「ゴミなら放置しとけばよくないか? 宇宙は広いしな、ちょっとくらい汚してもいいって」
「宇宙に漂い続けてくれずに、いつか地球に落っこちるかもしれなくて。それにデブリ同士がぶつかって粉々になれば、地球の周りは増殖したデブリで覆われちゃうでしょ? デブリの危険性を表すケスラーシンドロームってシミュレーションがあるんだけど、それによると人類はいつかデブリで閉じ込められるとも……」
「その状態なら衛星も打ち上げられないか……。なるほど、事の重大さがわかった」
「でもね。私の推測だけど、デブリの調査は単なる口実。たぶん真の目的は、未来都市が高校生の宇宙飛行に成功したっていう功績が欲しかったから……、じゃないかな」
真っ青な晴天の空を見上げたあおいは言葉にする。猫の喉を擽ると、猫は「にゃぁ~」と心地よさそうに鳴いた。
「犠牲者が出たことは……残念。けど本音を言うと、羨ましいとも思った。高校生で宇宙飛行士になれたことに、あの宇宙に飛び立てるチャンスがあったことに」
「誰だって宇宙には、一度は憧れるもんだ。シンポジウムで久しぶりに思ったけど、高校生で飛行士なんてやっぱ信じられん。どういう生活をしたらそんなチャンスがあるんだろ」
「私だって信じられないよ。だからプロジェクトを研究してくうえで、個人的に知りたいことがあるんだ」
「ほお、どんなことだよ?」
「飛行士に選ばれた高校生と私との違い、かな。どういうことを考えて、どういう毎日を過ごして、何を大事にしていたのかを知りたい。そういう個人的な目標、大地くんもある?」
「そうだなあ、……まだハッキリした目標はない。まあ、宇宙にはロマンがあるし、研究をしながら宇宙の広さは感じたいな」
幼いころから常に自分を見守る空。広大な地球を包む宇宙という神秘。知りたい、その気持ちは大地の心の中には密かに根づいている。でも、
「あの事故で当分は凍結するのかもな、宇宙飛行プロジェクト。未来都市製のロケットが人を乗せること、下手したら一生ねえのかも」
「残念だけど、そのとおりかもね。今後、未来都市がプロジェクトを立ち上げても、反対意見がたくさん出ると思う」
だけどあおいは曇りない瞳、引き締めた面構えで、天を今一度見つめて、
「それでもやり遂げてほしいと思うよ。科学の発展のために犠牲が出ても、諦めずに最後まで続けてほしい。成し遂げて、最後に結論を出すことが犠牲者の弔いになるんじゃないかって私は考える」
「犠牲を出してでも、科学の発展が大事なのか?」
「科学が世界を救えるって、救ってくれるって、私はそう信じたい」
そうか……、大地は簡潔に返答した。毎度のことながら、彼女の科学に対する想いの強さには頭が下がると、大地は素直にそう思う。
「さてと、いい頃合いだし戻るとする――……」
ベルトに絡んだアクセサリを鳴らすように、ゆらりと腰を上げたその時だった。
「あなたの言っていることは、夢や希望という言葉で正当化した、狂った科学者の戯言よ」
耳に入ったのは凛とした女の声。そして目の端に掠めた、艶やかな青い長髪。
「あん? ……って、アンタは?」
声の方を見れば、桜鈴館高校の制服を着た一人の女子生徒がそこに立っていた。くりくりと大きな瞳だが、鋭さを帯びた視線をあおいに向けている。
「犠牲が出ても続けてほしいとは言うけれど。なら仮にあなたの大切な人が犠牲になっても、はたして同じセリフが言えるかしら?」
黄色い星模様の髪飾りで前髪を留めた、背中の半ばまで掛かる青い髪を手で払った彼女。スマートな体型にもかかわらず豊満なバストを強調させるように、彼女は立つ。
「……えっ、あ……あのぉ……」
冷たい目つきに怯えるあおい。すかさず大地はたじろぐ先輩の前に立ち、
「おいおい、何者だ? 文句を付ける前に名乗るほうが先だぜ?」
「……〝冷たいお嬢様〟とでも名乗ればいいかしら? 周りが勝手に付けた蔑称だけど」
「冷たい……お嬢様? 聞いたことあるような、……ないような?」
「ともかく中原さん。もう一度言うけど、自分の言葉がマッドサイエンティストそのものであること、自覚したほうがよさそうね」
突き放すようにあおいに言うと、青髪の女はその場から去ろうと背を向けた。だが、
「――――科学のわがままで奪われることだって、あるのよ」
最後に一言付け加え、今度こそ彼女は去っていったのであった。
大地はその後ろ姿にブーイングを放ったが、顔を伏せるあおいへ白い歯を見せ、
「気にすんな、あおい。信念を持つことは大切だと思うぜ……ってオイ!」
徐々に顔を上げたあおいは、水分を包んだガラス玉のように瞳をウルウルと揺らしていた。
「……うっ、うう……、大地くぅん……」
「な、泣くなって! これしきで泣くようじゃ科学の発展に貢献できねえって! な、なっ?」
「かがくは……かんけいないもぉん……」
すぐに大地はあおいのふわふわした紺髪を撫でた。髪越しに伝わる温もりが心地いい。
「ガマン、ガマン。あおいは強い子だ」
撫で続けたおかげか、揺れ動くあおいの瞳も次第に収まりを見せ始めた。
(ほんと泣き虫だな、この先輩は……。これじゃあどっちが先輩だよ。……ま、悪い気はしないけど)
と、あおいの弱弱しい仕草に喜びを覚えつつも、大地は遠く離れた青髪の女を捉え、
「……、何かあったんか、アイツ? でなきゃあんなこと言わんよな、フツー?」
凛然と振る舞う後姿ではあるが、同時に一種の“寂しさ”とも呼べるような印象も、薄っすらと覚えた大地であった。
3
「『話したいことがあるから来てちょーだい』って……。いったい何の用だ?」
手にする携帯電話のディスプレイには、大地が読み上げた文面が。チャットアプリの研究部グループで、レミから自分宛にメッセージが届いていたのだ。
(ま、どうせ宇宙飛行プロジェクトの件だろけど)
とりあえずはレミ部長の元へと向かうことにする。
(そういえば……。宇宙と言ったら)
大地は廊下を歩みながら、ふと思い出す。
未来都市に来るきっかけをくれた“先輩”のことだ。
(講演の時、いつか宇宙飛行士になりたいって、オレの質問に答えてくれたんだっけ。あの事故があった前の答えだけど、今も変わってねえのかな)
レミの元へ向かうがてら、大地はきっかけとなったあの日のことを久しぶりに思い返した――……。
中二の夏。校外学習の一環で、研究者育成の街として名高い未来都市を訪れる機会があった。中学高校問わず、いかなる学校も生徒の学力のレベルが非常に高く、田舎の公立中学校に通う大地にしてみれば、この機会に行く以外に縁のある街ではないだろうと考えていた。
「さっさと終わんねえかな~」
脱力した背中をパイプ椅子に預け、退屈な声を漏らした大地。同級生の友達もそれに同調して笑う。
「そろそろ始まるか。長くならなきゃいいな」
そして始まったのは公演。“主役”の登場の前に、初老の男性が壇上で話している。
なんでも未来都市の中学に通う三年生の生徒が、街で過ごす日々をこれから語るそうだが、
(未来都市って勉強のイメージしかねーし。どうせオレたちの学校と変わんねえ……いや、それ以上に教師がウザそうだ。どうせ退屈な街だろ。あー、はよ帰りてー)
大地の興味はこれっぽっちもなかった。どうせ優等生のつまらない体験談だ。
(ん? どうした、壇上に釘付けになって?)
周囲の同級生の異変に大地は気づく。居眠りもせずに、妙に壇上に集中している。ははーん、さては教師の巡回にビビったのか? しかし周囲を見ても、そういうわけではない。首を捻り、彼らの視線の先を追うと、
「…………」
壇上で立つ少女を捉え、大地はごくりと息を呑んだ。
(メ、メッッッチャかわいいじゃん!?)
赤い髪は首元に掛かる長さで、目鼻立ちは整っており、万人受けするクセのない顔立ちをしている。それこそテレビに映る女優やタレントが顔負けするほどに。
(え、どんな生活してるんだろっ。しまった、いつの間にあの子が話を……ッ。もったいねー、最初のほう聞きそびれちまった!)
話を聞くに至る経緯は間違いなく下心。けれども彼女が語る未来都市での生活は、話し上手というのもあるが、いつしか下心を払拭させてしまうほどに大地の心を見事に掴んでしまう。
――一般的な授業の傍らで同級生とチームを組み『IoT』の研究を進めており、ウェアラブルなシステムを日常に導入することで、不便のない世界を実現させる方法を提案することがチームの目標。未来都市は図書館が豊富で、勉強や調べものをするうえで困ることはない。最先端の研究施設を見学する機会に恵まれた環境。未来都市で研究者として働く両親、そして双子の姉とこの街で暮らしている――
(面白そうだな、未来都市って! けど……今のオレの学力で行けるトコか?)
講演後、質問をする機会があった。大地は思い切って挙手し、『将来の夢はなんですか?』と質問を投げた。
「夢? えー、言うのはちょっと恥ずかしいな。うーん、笑わないでくれます、か?」
彼女は照れて頬をかいたが、
「――将来の夢は宇宙飛行士になることです。小さいころから宇宙に憧れて、宇宙でやってみたことがあって、今はそのためのお勉強もしています」
「…………」
笑う気なんか起きず、それどころか夢を語る彼女がとても眩しく見えてしまい、
(オレだって……っ)
……――階段を上った大地はニヤケ面で、
(かわいかったな~、また会いて~。この街に来て半年経つけど、まだ会えてないのが悔やまれる。どこの高校に通ってんのかな? 研究者の両親と暮らしてるらしいし、まだ未来都市に住んでるはずだろうけど)
講演の途中まで全く話を聞いていなかったせいもあるが、名前を知る機会がなかったのが残念だ。それでは調べるにしても調べようがない。
レミとあおいが共用で使用する部屋の前で、大地はドアを三度ノックし、
「オレだ、言われたとおり来たぞー」
すぐに返事はなく、
「ジュース買ってきて~。メロンジュースでおねがーい。じゃないと開けてやんにゃ~い」
痺れを切らしかけた時に返ってきたのは、ナマケモノがしゃべったらこんな口調ですよ、を見事に体現したようなだらしのない声。
「…………チッ」
イラッと眉を上げた大地は舌打ちを放ち、勢いよくドアを開けた。完璧とも評してよい快適な室温が大地を迎える。
「あっコラ! パシられてから入りなさいよ!」
やれやれと、大地は部屋を見回し、
「ジュース? そのコップの中身はなんだ?」
頭部を飾るチェック柄のリボン、そしてツインテールの金髪がトレードマークなその女子は、ビーズクッションに小柄な身体を埋め、並べたデスクトップ型パソコンとノートパソコンに手を伸ばしながら、首の動きだけで来客者に向き、
「そんだけしか残ってないの。ほら、さっさと買ってきな」
派手な不良姿に臆することなく、切れ長の碧眼で大地を睨みつけた。
「わかったよ、買ってきてやる。ただし用を済ませてからでいいか?」
「さーっすがは大地くん。よーし、そんじゃこっち来て」
ニコリと八重歯を覗かせたレミは、手のジェスチャーで後輩を招く。
「あおいは今日も悩み中か?」
「そうね、気分転換に外行ってるわ。はい、ここに座って。座布団はないからこれでガマンしてね」