そうは言ったものの、本音を言えば、断られることを少し期待していた。彼女はもう、俺にとってただのモデルではなくて、誰よりも気になる存在に変化している。そんな相手を広告写真として撮ることが、はっきり言えば怖かったのだ。
 プライベートなら、誰かの目に触れることを考えずに撮ることができる。読者モデルとしての撮影だって、正直そこまでクオリティは求められない。きちんとした広告写真だと、そうはいかない。他人に見てもらうことが前提で、かつ広告ビジュアルとして人を惹きつけるだけの芸術性なりクオリティを求められる。
 自分の感性をフルに働かせようとすれば、必ず撮り手の感情も映り込むもので……自分の彼女への思いが不特定多数の人たちにさらけ出されるのが、少し、怖い。
 それでも、是非、と言われた依頼を断りたくなかったし、今の俺が彼女を撮ったらどんなふうに仕上がるのか、少しだけ興味もあった。優衣に重ねてではなく、彼女自身を見ることができるのか。
 とりあえず、彼女からの了解も得た以上、できる限りやるしかない。
 まだ不安そうにしていた彼女は、手を動かし始めた俺を見て、やっと安心したように話し出す。
「そういえば、日曜日、大丈夫そうですか?」
「うん。今度こそ一日空けとくから安心して」
 次は紅葉を見に行こう、と約束していた。前回はいきなり沢木さんに呼び出されて、熱を出したスタッフの代打をやらされたのだ。
「わかりました。でも、お仕事の方優先させてくださいね?」
 彼女はあの後も全く不機嫌になったりせず、むしろこちらを気遣ってくれて助かった。お忙しいのにすみません、と逆に恐縮するような態度まで見せて、かわいそうなことをしたなと思う。
 だけど、あの時沢木さんから電話が入って、助かった、と思ったのも事実だった。
 勝手に体が動いていたけど、彼女の顔が近づいてきた時、一瞬優衣の顔がよぎった。
 まだ、彼女に触れてはいけない気がする。中途半端に触れれば、また何かを傷つける。
「おすすめの場所に連れて行ってくれるんですよね?」
「昔撮影に行った時、きれいだったんだ。変わってなければいいけど」
「いろんなところを知ってるって、いいですよね。私、行動範囲狭いから、羨ましい」
 楽しみだなあ、と微笑む彼女を、泣かせるようなことはしたくなかった。