『今から二人で話したいから、少し会えないかな?図書室で待ってるよ。もちろん樹々ちゃんには内緒でね』
短いメールの内容を樹々は確認する。
そして私がなんで樹々に言いたくなかったのか、樹々は理解してくれたみたいだ。
「どうせあれでしょ?あたしに言ったら、『心配してついてくる』と思ったんでしょ?」
「バレてましたか・・・・」
「当たり前じゃない。何年茜と一緒にいると思うのさ?」
『だいたい三年弱』って私は言おうとしたけど、私は疑問に思った。
たったこれだけの短い期間で、樹々は私のすべてを把握しているんだ。
『桑原茜のことを、桑原茜よりも考えていてくれている』のだろう。
・・・・・・・。
私、樹々のことをまだ何も知らないのに・・・・・。
樹々は続ける。
「まあ、もちろん行くけどね。だってあたしも正直言って、今の紗季が少しだけ怖いし。多分茜と二人きりになった所を紗季は襲うつもりだよ」
「いやいや、紗季に限ってそんなこと・・・・・。」
何故だか言葉詰まる。
そのあとの私は、ただの思い付きの言葉が漏れていた。
「あるかもしない」
とんでもない私の言葉に、樹々は真っ青な表情になった。
『そりゃないだろう』と言っているような呆れた表情で私を見ている。
「えっ、ホントに?親友をそんな風に見る茜って最低だね」
「罠か、こら」
いやだって、私は樹々の言葉に同情しただけだし。
そんなことを冗談でも例に出す樹々が悪いって言うか・・・・。
紗季が怖い理由。
それは私の関係が壊れた日に彼女が関わっていたと知ったから。
今まで紗季は『自分はウサギに餌を与えたことがある』なんて一言を言ったことがないし、もしかしたら紗季が私達の関係を壊した犯人かもしれないし。
そんなことを考えていた私は、樹々に対して不満げな表情を見せた。
一方の樹々は私を見て笑った。
「大丈夫だって、いい方法あるし」
「いい方法?」
私は首を傾げると共に、樹々の提案に耳を傾けた。
なんか、よく分からない樹々の提案・・・・・。
高校の新校舎の二階には図書室がある。
小学校の図書室とは違って、我が校の図書室は小さかった。
本の分類も少なく、高校生らしく難しそうな本がずらりと並んでいる。
普段本を読まない私には少しだけ異次元の世界に来てしまった感覚だ。
ってか漫画もないし。
・・・・・・。
だから生徒から人気がないんじゃないかな?
我が校の図書室は。
漫画くらい置いてよ・・・・。
放課後だからか他に生徒はいない。
でも強いて言うなら『図書委員』と思われ女子生徒が一人。
仕事を放り投げて、タオルを頭に被せて図書委員が仕事をする受付のカウンター席で寝ているだけ。
『真面目に仕事しろ』と思う私もいるけど、飼育委員の仕事を適当にこなしていた私が言うのも変だと思って、私は考えるのをやめた。
それと図書室にはもう一人。
奥の席でチャームポイントのポニーテールを揺らす女の子が本を読んでいた。
分厚く難しそうな本でも、学力学年一位の彼女なら理解できるのだろう。
彼女の名前は山村紗季(ヤマムラ サキ)。
幼いときからの私の親友だ。
中学校は離れてしまったけど、またこうして高校で再会出来た。
これも運命の出会いと言うのだろうか。
でもそんな紗季が今は怖い。
一昨日まで仲良くしていた親友の存在が恐ろしい・・・・・。
理由としては一つ。
私のトラウマである七年前の出来事に、目の前の親友が絡んでいると知ったから。
今まで励ましてくれる側の人間だったのに、下手すりゃ紗季も『容疑者』だと知ったから。
同時に『私達の関係って何だったのだろう?』と自然と考えさせられたから。
でも私は前に進む。
紗季から本当の話を聞きたい。
「紗季」
小さな声で私は紗季の名前を呼ぶと、紗季は私の存在に気がついた。
本を閉じると、いつもの優しい笑顔を私に見せてくれる。
「ごめんね急に呼び出して。どうしても茜ちゃんに話しておきたいことがあったから」
「それって」
私は言葉を続けようとしたけど、紗季に言葉を上書きされた。
「まあまあ座ってよ。ちょっと長くなるかもしれないし」
『ちょっと長くなるかもしれない』か・・・・。
確かにそうかもね。
紗季に言われた通り、私は紗季の目の前に座った。
そして気がついた。
『紗季の手が震えている』ことに・・・・。
こんな紗季、初めて見るかもしれない。
どんな場面でも強気の紗季なのに。
いつも私を励ましてくれる優しい味方なのに。
・・・・・・・。
あぁでも、今は『敵』なのかもしれないね。
そう思ったら、紗季が動揺する理由が何となく分かる気がする。
・・・・・。
そして紗季は始める・・・・。
「大体の事はこっちゃんから聞いたから。あの子凄いでしょ?変な所まで気がついて。『監視カメラ』なんて、普通は気付かないよ」
少し怯えたような紗季の声に、私は少し間を置いてから答える。
「確かにそうかも。最初は小緑が何を見ているのか分からなかったし」
「その小緑の行動で、姉の私はドン底に叩き落とされたんだけどね」
聞きたくない紗季の言葉に、私は無意識に紗季から視線を逸らした。
そして『それ以上は聞きたくない』と自分に言い聞かせる。
私は言葉が出てこなかった。
落ち込む紗季の表情を見て必死にフォローをしたかったけど、私の脳裏に浮かぶ言葉はすべて今の紗季を苦しめるだけの言葉。
『やっぱり紗季が犯人なの?』とか。
『どうして紗季はあの場所にいたの?』とか。
出てくる言葉は今の紗季を精神的に追い詰める言葉だけ。
それでも紗季は自ら七年前の出来事を私に告白した・・・・。
「知っての通り七年前のあの日、私はウサギ小屋に行っていた。それだけじゃなくてウサギに餌を与えていた。何を食べさせていいのか分からなかったから、道端の草を食べさせた。だからウサギを殺したのは犯人は、山村紗季。・・・・・私、なんだ。茜ちゃんのトラウマをネジませた犯人は、実は私なんだ。ずっと黙っていて、本当にごめん」
紗季は私の顔色を伺うと共に辛そうな表情を見せていた。
その仕表情を見ると、どれだけ紗季が苦しんできたのかよく分かる気がした。
紗季の気持ちが痛いほど理解出来る。
けど・・・・・。
私はそんな紗季の言葉、納得したくない。
「まだ『紗季が犯人』って決まったわけじゃない。何か別の要因があったかもしれないし」
紗季が犯人だと言う証拠がない。
証拠がないないのに、紗季の言葉を鵜呑みにする方がやっぱりどうかしている。
紗季が親友なら、私は助けたい。
「茜ちゃんは本当に優しいんだね。もっと怒ってもいいんだよ」
一方で、そう言う紗季はこんな状況でも笑っていた。
きっと不安になっている私を励ましてくれているのだろう。
励まさないといけないのは私の方なのに・・・・。
私は紗季の言葉を否定する。
「出来ないよそんなこと。だって紗季だし。ずっと信頼してきた大好きな親友だし」
何か紗季には理由があるはず。
『紗季があの場に居た理由』があるはず。
そう思いながら私は続けた。
「それに、城崎さんや樹々に言われたんだ。『もっと前向きに考えよう』って。『本当に紗季が犯人だったとしたら、みんなで紗季を助けよう』って。それに愛藍が花について調べてくれているんだ。映像の画質が最悪だから、特定するのは難しい。それに時間はかかるけど、絶対になんとなるって!というか、そもそも紗季が犯人なわけないじゃん!だからもう少し私と一緒に頑張ろうよ。その・・・・また私を助けてよ!」
私は慌てて言葉を組み立てた。
そして紗季を励ました。
『今の紗季には何が一番有効かな?』って考えたけど・・・・・。
「ごめん、それは無理かも」
どうやら紗季の心には私の言葉は届いていないみたいだ・・・・。
「なんでさ! 」
紗季は小さな声で答える・・・・。
「私、七年間も茜ちゃん達に嘘ついてきたし。今さら謝っても許してもらえないだろうし。ってか私達、最初から『出会ってはならない存在』だったんだよ」
なんで、なんでそんなこというの?
紗季、どうしちゃったの?
「だから、本当にごめんね茜ちゃん。私も今から小学校に行って、学校側から茜ちゃんに謝るようにお願いするから。それとバレてしまったから、もう茜ちゃんの前には現れないようにするから。目障りでしょ?『親友のとの関係を壊した偽りの親友の顔』なんて見たくないでしょ?」
笑っている紗季だけど、そこには感情はない。
何もない辛そうな笑みを見せているだけ。
まるで、誰かに無理矢理笑うように命じられたロボットのような紗季の顔。
その紗季を見ているのが私には辛過ぎた。
『本当にどうしちゃったんだろう?』って思う。
・・・・・・。
ってかふざけんな!
どうして私から逃げるのさ!
紗季らしくないよ!
「今さらカッコつけないでよ!バカ紗季が!」
物音一つしなかった図書室に私の声が響く。
あまりにも唐突だったためか、タオルを被って寝ていた図書委員は突然立ち上がり、すごく驚いた表情を見せている。
そして『驚いた表情』と言えば紗季も同じだ。
紗季の目は丸くなっていた。
とても驚いた表情で私を見ている。
そんな『バカ紗季』に、私は思いを伝える。
「どうしていつも紗季は他の人の事しか考えられないかな?どうして紗季はもっと自分の事を大切にしないのさ!私と疎遠になってどうするつもりなのさ!あと数ヵ月で卒業だし、顔を会わせる時間も限られているから、この際に縁を切っちゃおうと考えているの?だとしたら本物のバカだよ!そんなことしたら『後悔する』って見え見えなのに、なんでそんなことを考えるのさ!もっと自分を大切にしてよ!」
自分の正体がバレそうになったから逃げる?
その考えは本当にバカらしいと私は思う。
ってか頭のいい人はどうして『すぐに逃げよう』と考えるのだろう。
どうして目の前の壁に立ち向かうことをやらないのだろうか?
『あれ』をしたら『こうなる』とか、やってみないとわかんないじゃん!
屁理屈ばっか並べて、誰かが幸せになった試しがないじゃんか!
ある意味それ、『バカの一種』じゃん。
怒りが収まらない私は同時に悔しかった。
また情けなく涙を流すと共に、私は紗季に説教を続ける。
「それと人を励ますことは得意なくせに、『自分を励ますのは無理』なのですか?無理なら私達を頼ってよ!私でもいいし樹々でもいいし、小緑でもいいじゃん!どうして『人に頼れ』って何て言うくせに自分が出来ないのかな?それ一番カッコ悪いよ。一何情けないよ。私に『みんなをもっと頼れ』って言っておきながら、『自分が仲間を頼らない』って変だよ。おかしいよ!」
そして、私も充分に『バカ』で『変』だ。
まだ完全に人を頼ることが出来ないのに、そんなことを偉そうに人に語るなんて。
本当にバカ以外の何者でもない。
でも不思議だった。
何故だか力が湧いてくる。
紗季には悪いけど、『今の紗季にはなりたくない』と思う自分がいる。
『口だけの人にはなりたくない』と思う自分がいる。
『頑張ろう』と心が騒ぐ自分がいるんだ。
・・・・。
なのに、その私の『頑張ろう』と言う気持ちを嘲笑うように、目の前から大きな笑い声が聞こえてくる。
「あはは!何それ!」
紗季は突然笑いだした。
腹を抱えて、大声で笑い始めた。
爆笑する紗季は何かを言っているけど、なんて言っているのか全く伝わらない。
笑い声しか聞こえない。
・・・・・・。
って、なんで?
「どうして笑う?紗季?」
その紗季の変わり果てた姿を見て、私は一気に不安に包まれた。
私、何か変なことを言ったのだろうか。
いや、言ったつもりなんだけど、そんなに笑う所かな?
笑い過ぎたのか、紗季の目には涙があった。
そしたその涙を手で拭うとと、私に優しい笑顔を見せてくれる。
「ビックリした。まさか茜ちゃんに説教される日が来るとは思わなかったから」
何故だか喧嘩を売られている気分になった私は直ぐに反論する。
「軽く私の事バカにしているよね?」
「そうかな?でも『自分の事が少し情けない』と思った。『茜ちゃん以下』だと思った」
はい、ぶん殴る。
「絶対にバカにしてでしょ!紗季!」
紗季に対して怒る自分がいる。
『背後から首を絞めてやろうか』と思ったりもしたけど、同時に『まあいっか』と紗季の挑発に納得する自分もいる。
紗季とこんなこと言い合ったのは初めてだからかな?
でも紗季はまた私を『挑発』する・・・・。
「それとやっぱり茜ちゃんって純だよね。『真っ直ぐで頑固で嘘つけない性格』って言うか。無愛想なのによく泣くし」
「最後の言葉は余計だよね?」
「誉めてるの。同時に羨ましいなって思うの。『私も素直になれたら、どんなに幸せになれたのかな?』って・・・・」
その紗季の言葉に、私の脳裏に『山村紗季』という女の子の人生が浮かんだ。
紗季生まれつき身体が弱く、『幼児期は殆ど病室で過ごした』と言っていた。
まともにみんなと一緒に遊ぶことなんて出来ないし、学校のグランドを走り回ることすら出来なかった。
そんな彼女に与えられたのは、ふざけた親から言われた一言のみ。
『人生の勝ち組になりなさい』
その言葉を紗季は信じて、紗季は勉強を頑張った。
学力は誰にも負けず、学力テストの点数は常にトップだった。
でもそれは『偽りの山村紗季』の姿。
本当の紗季は勉強なんてしたくなかった。
本当はずっと大好きなゲームをしたかっただけ。
『勉強が出来たらゲームをしてもいい』という条件を親と約束命じられたから、紗季は常に勉強を頑張っていただけ。
やりたくない勉強をさせられて、その行動がすでに『紗季が嘘を作る動機』になって、紗季の心はどんどん荒んでいく。
それに『生まれ付き体調が悪い』と言う理由で、小学生時代はクラスメイトから離れて保健室登校。
おまけに両親からの理不尽な虐待。
更に不幸にも妹である小緑のあの一件・・・・・。
確かに私が紗季のような人生を歩んだら、『嘘を付かないと生きていけない』と思う。
『こんなにも自分対して理不尽な世界、真面目に生きていく方がバカ』だと思う自分が現れそうだ。
ってかそれ、『紗季のせい』じゃないじゃん。
だって紗季は望んでそんな人生を選んだんじゃないし。
そもそも好きで産まれてきた訳でもないんだし。
だから、そんな理由で自分を責めていい理由にはならないと私は思う。
紗季は何一つ悪いことしていないんだし。
というか、紗季は『自分が嘘ついている』と言っている時点で、『紗季が純で素直な人の証拠』だと思うのに。
紗季はその事に気がついているのかな?
「と、とにかく、私は気にしていないから。何とも思ってないし。というかまだハッキリと結論が出てないのに落ち込むってバカみたいだし。クヨクヨしても意味ないじゃん」
昨日の自分にも言い聞かせるように、私は紗季との会話をまとめた。
首のアザを触りながら・・・・。
紗季も笑顔になってくれる。
「うん。ありがとう茜ちゃん。さすが一回『死』を覚悟した人の言葉は重いね」
死?
・・・・・・・。
「は?」
紗季の言葉に私は疑問を抱いた。
『なんで紗季がその事を知っているの?』と言うのが私の心の声。
確か昨日の私の出来事を知っているのは、樹々と私の家族だけ。
『自殺しようとした』なんて言ったら、恥ずかし過ぎて周りに言い触らしたくないから。
相手が紗季や城崎さんであっても隠すように決めたのに・・・・・・。
「ん?私、何か間違ったこといった?」
なのに、なんで紗季が知っているの?
まさか樹々が言った?
でも樹々は約束はいつも守ってくれるし・・・・・・。
本当に意味がわからない。
どうしてあの場にいなかった紗季が知っているのか理解出来ない。
とりあえず聞いてみよう。
「・・・・・なんで知っているの?」
最大の疑問を紗季にぶつけると、紗季は何の躊躇いなく答えた。
「なんでって、葵くんに教えてもらったから?」
でも直後、それは『暗黙の言葉』だったのか紗季は不味い表情を浮かべる。
同時に口を押さえた。
一方の私はどうして紗季の口から『葵』の名前が出てくるのか全く理解できない。
「えっ?どういう事?」
「ごめん、やっぱりなんでもない」
「え?」
「ごめん!忘れて!」
いや、『忘れろ』って言われても、もうその言葉が脳裏に焼き付いちゃったし。
絶対に忘れられないし。
私は紗季を睨む。
「さーき。私に何か隠している事あるでしょ?私に嘘ついている事があるでしょ?」
「うーん・・・・。あるけど言いたくない」
『言いたくない』と言われると余計に聞きたくなる。
あからさまに嫌がっているけど、何としてでも私は理由を聞きたい。
そもそもどうして『紗季が葵を守っている』のか理解に苦しむ。
きっと複雑な理由があるのだろうけど、理由を聞かないワケがない。
何より『七年前のあの場所に、どうして紗季が居たのか?』と言う疑問の答えを、まだ紗季聞いていない。
「さーき教えて。葵と何したの?付き合っているの?」
山村紗季という女の子は恋愛話には敏感だ。
そして今だってそうだ。
私の冗談なのに、まるで好きな相手が目の前にいるみたいに紗季は恥ずかしがる。
そして『言葉を濁して逃げようとする』のが紗季のやり方だ。
だから、隙が出た紗季から何かボロが出るかと思ったけど・・・・・・。
「いや、違うから!葵くんとはただの友達って言うか・・・・・」
本当に『ボロ』が出て私は少しだけ困惑した。
「友達?えっ?」
小緑と葵の関係はダンススクールのチームメイト。
一方で紗季と葵の関係なんて聞いたことがない。
二人が友達なんて、聞いたことがない。
それに二人が会話をしている所を見たことないし。
私は『どこで知り合ったの?』と言葉を投げようとした。
だけど、どうやらその必要性はないみたいだ。
「まあいっか。もう今さらカッコつけても意味ないし」
紗季は小さな息を一つ吐くと覚悟を決めたみたい。そ
して再び私に優しい笑顔を見せると続ける。
「私と葵くん、仲良いんだよ。小学生の時よく喋っていたし。同じ『飼育委員』として、入退院や保健室登校で幽霊委員だった私に葵くんが色々と教えてくれたし」
・・・・・。
はい?
「飼育委員?えっ、ちょっと待って。それって『紗季が飼育委員だった』って意味?」
混乱する私の表情が面白かったのか、紗季は私に笑みを見せて答える。
「まあ他人に全く興味がない茜ちゃんは、知らなくて当たり前だよね。当時の隣のクラスの飼育委員って、私だったんだよ。殆んど入院とかで仕事をしていないけどね」
だとしたら、紗季の言葉が本当だとしたら、私は一つ気になることがある。
「え?じゃあもしかして『紗季がウサギ小屋に向かった』のって、飼育委員だったから?」
私の言葉に、紗季は小さく頷いた。
「うん。身体悪くて委員会もまともに行けないし、当番の曜日も分からなかったし。だから私が教室に登校した日は、当番関係なくウサギに葉っぱを与えていたって言うか」
教室に登校した日?
それってつまり・・・・。
「ちょっと待って!紗季がウサギに葉っぱを与えていたのって、あの日だけじゃなかったの?」
紗季は少し考える仕草を見ると答えた。
「そうだね。いつも同じ葉っぱをウサギに与えていたし。一応『食べさせても大丈夫な草』だと自分で調べた上で食べさせていたから大丈夫だと思ったけど・・・・。結果的に死んじゃったし。だから『結局は私がウサギを殺した』って言うか。勝手に葉っぱを食べさせていたのも、飼育委員の先生には内緒にしていたし」
・・・・・。
・・・・・ん?
「ということは紗季、どういうこと?」
「私が犯人ってこと」
「いやそうじゃなくて。食べさせても大丈夫な草だったんだよね?」
「まあ一応。確か『ノコギリソウ』だったような・・・・・」
ノコギリソウ。
聞いたことあるかも。
そう思った私は慌てて携帯電話でノコギリソウを検索する。
出てきたのは赤や白や黄色の綺麗な花。
そしてノコギリみたいなギザギザの葉っぱ。
同時に私は思い出す。
「これ、道端によく生えているやつだ。違うかもしれないけど、何だか似てない?」
樹々といつも一緒に登校する通学路の道端に、よく似た葉っぱが映えているのを私は思い出した。
それがノコギリソウがどうかは分からないけど、ふと思い出した。
でも問題はそこじゃない。
問題は『この草をウサギが食べてもいい草なのか』って事。
そういえば樹々がウサギについて色々と調べてくれたっけ。
って言うか、肝心な時にいないし・・・・。
だけど私の背後から樹々の声が聞こえた。
「ノコギリソウは食べても大丈夫な草みたいだよ。昨日調べた図鑑にも書いてあったし」
その声に慌てて私は振り返ると、そこにはタオルを頭に被せた樹々が私の携帯電話を覗いていた。
そしてもちろん私は驚く。
「うわっ樹々!居たの?」
「ってなんで茜が驚いているの?」
「いや、何となく?雰囲気作り?紗季を驚かせるだけの・・・」
私と樹々のやり取りを、紗季は首を傾げて見ていた。
私と同じで『なんで樹々ちゃんがここにいるの?』と言っているような不思議そうな表情。
一方の私は思い出した。
樹々と打ち合わせをした、数分前の出来事。
実は樹々、私より先に図書室に訪れていた。
自分のタオルを被って、仕事を放り投げた怠け者の図書委員を演じてくれた。
手前の机で寝たフリをしていた。
私と紗季の会話をこっそり聞くだけのために。
不安な私を支えるために、彼女は隠れながらも私の側にいてくれた。
って言うか、この学校に図書委員なんて言葉はないし。
この学校では『図書委員』は死語だし。
殆どの生徒が図書室の本を利用しないから、本を借りる人もいないし。
勝手に持ち出してもいいらしいし・・・・・ 。
ってか、紗季は樹々の存在に気が付いていたのだろうか?
あんまり驚いてはいないみたいだけど。
まるで最初から樹々が居たことを知っていたような薄い反応。
樹々はもう必要がなくなったタオルを肩に掛けて私の隣に座る。
そして予め用意していた動物図鑑を私達の目の前に置いた。
と言うかその動物図鑑、小学校の本じゃないかな?
裏面には昨日行った小学校名が書かれているし。
いつの間に『借りた』のだろう。
・・・・じゃなくて、いつの間に『盗んできた』のだろう?
樹々は穏やかな顔で図鑑のページを捲っていく。
そして目的のウサギのページを開けると、樹々は蛍光ペンで線を引かれた項目を指差した。
「ここにウサギが食べても大丈夫な花や草が書かれているんだよ。ノコギリソウも書いてあるでしょ?だから紗季は無罪だよ!」
なるほど。
って樹々・・・・。
『どうして小学校が管理する図鑑に蛍光ペンで線を引かれているのだろう?』と私は気になって、樹々の言葉があまり入ってこなかった。
何よりもう樹々の私物化しているし。
今頃小学校の図書室では、『大変な事』が起きているんだろうな。
想像したくない・・・・。
その蛍光ペンで線を引かれた項目には、聞き覚えのある花の名前が書かれていた。
クローバーにタンポポ。
そしてノコギリソウ。
他にもオオバコとかハコベと言った名前が書かれている。
それと『ナズナ』ってどんな花だろう?
あまり聞き覚えない花の名前に私は再び混乱した。
同時に不安になってしまった。
だってこの図鑑で、一つの事実が証明されたから。
嬉しいことなんだけど、再び振り出しに戻ってしまったから・・。
「『ノコギリソウは食べても大丈夫な花』ってことは、やっぱり紗季は無罪。無罪ってことは、やっぱり私と葵があげた花が原因?」
私が出した結論に、樹々は頭を抱えた。
まるで『それだけは言わないで』と叫んでいるような落ち込んだ表情・・・・。
「結局はそこに戻っちゃうんだよね。まあ紗季の容疑が晴れたから嬉しいんだけどさ。と言うか、葵って人があげた花が何なのか分かったら直ぐに解決するのに!」
確かに樹々の言う通りだ。
葵があげた花が図鑑に載った花ならば、私達も無罪なはず。
これで葵と向き合って話が出来るハズなのに・・・・。
まあでも、ウサギの死因を調べたら一発で分かることなんだけどね。
そもそもウサギの死因って私達は知らないし。
『私と葵があげた花で死んだ』って言う証拠もないし。
学校側はそこについては調べていたのだろうか?
「そういえばウサギの死因って何だろう?寿命で死んだとか考えられないかな?」
私はいつの間にかそんなことを口にしていた。
ウサギの寿命ってどれくらいなんだろう?
私の言葉に直ぐに樹々は行動してくれた。
『その項目、どこかで見たような気がする』とでも言うように、樹々は隅々まで図鑑を確認する。
けど寿命については、紗季が指を指して教えてくれた。
興味深い言葉と共に・・・・。