あやかしなごり ~わらし人形店の幸運お守り~



※※※※※


「ヒドイです先生!」


話を聞いた来夢が、怒りの目を高見沢に向ける。


「弓長先生が可哀想です」


「やっぱり、そうだよな」


「ちゃんと謝ったんですか」


「もちろん……ついこの間だけど」


「この間? って、喧嘩別れしてから何年経ってるんですか」


「4、5、年? かな……。ハハハ……」


「ハハハじゃないですよ! そんなにずっと無視してたなんて」


「ずっと気にはしていたんだ。心配もしてたんだけど、仲直りするキッカケが
なくて、気づいたら何年も……」


高見沢は申し訳なさそうに肩を落として、うなだれる。

その姿に来夢はハアと小さくため息を吐くと口調を和らげた。


「それで、謝ったけど弓長先生は怒ってるんですか?」


「いや、それがそうでもないんだ」


「はい?」


てっきりそれが理由だと思っていた来夢は頭に?を浮かべるが、次の言葉でこ
れがただの喧嘩ではなかったことをすぐに思い出す。


「許してはくれたんだ。ただ、その後【豹変】したんだ。昔とは人が変わったみたいに」


「豹変!? あ! それがあやかしなごりですか」


振り向くと司が静かに頷く。


その時の話はこうだった。

この春、新しく赴任してきた新人教師に弓長美波を見つけた高見沢は、これは運命だと感じ意を決して昔のことを謝罪した。

何年も絶縁状態だったが、弓長はそれを心良く許してくれた。それどころか泣いて喜んだという。

それから空白の時間を取り戻すように二人はデートを重ね、かつての曖昧な幼なじみから本物の恋人になった。

それでめでたし──のはずだった。が、そう簡単に幕引きとはならなかった。

会えない【時】は彼女を変えてしまっていた。

表面上は昔と何も変わってはいないのだが、極度の、いや病的なまでのヤキモチ焼きに変貌を遂げていたのだった。


正式に付き合うと決めた翌日、高見沢はいつも通り学校へ向かっていると同僚の女性教師とバッタリ出くわした。


「おはようございます。高見沢先生」


「おはようございます。早見先生」


「今日は暖かいですね」


「ええ」


所謂、社交辞令的な挨拶を交わしていると、


「信二くん!」


血相を変えた美波が駆け寄ってきた。


「美波?」


「なにをしているの!」


「なにって、学校に向かっているんだけど──」


「早見先生と? 一緒に? どうして?」


「いや、たまたま会ったから──」


「たまたま会ったら仲良くするの?」


「え?」


いつものおとなしい美波とは違う、まるで別人のような態度に高見沢が戸惑っていると、


「あ、えっと、それじゃあお先に」


同僚教師は危機を感じたのか、早足で行ってしまった。
残された高見沢へ美波は、怒りを隠そうともせず告げた。


「浮気は絶対に許さない……」



それからというもの、生徒だろうが道ゆく人だろうが、女性と話をしているだけで、飛んできては一騒動起こすのだった。

その鬼気迫る勢いには、身の危険すら感じるほどであった。


「そういうことでしたか……」


話を聞いた来夢は、ついさっき見た弓長美波を思いだしコクコクと頷いた。

ただ、普段はおっとりしている弓長がそこまで嫉妬するとは誰も思わないであろうが、そこはすでに答えがでていた。


「嫉妬するなごりですか。清姫、でしたっけ」


問いを投げると司は首肯し、来夢の言葉を受け取った。


「おそらくは、会えない期間で鬱積した想いが弓長美波の持つあやかしの血を呼び覚ましたんだろう。トリガーは念願叶って恋人になったこと。もう離れたくないという深層心理か」


「もとの彼女に戻りますか?」


高見沢が懇願するように見やると、


「……お前しだいだな」


司ははっきりと答えるのだった。








浅草には小さなアミューズメントパークがある。

日本で一番古い遊園地というだけあって、浅草に住む者にとってはとても馴染みのある場所だ。

友達の少ない来夢ですら例外ではなく、訪れたことはあった。

だが……、


「いくぞ」


「よろしくお願いします」


「……」


決して広いとは言えない入場口を共に入る面々を見て来夢は、不安を隠せなかった。


「どうした。珍しくテンションが低いな」


そう言って歩調を合わせてきたのは、今日行動を共にする三人の内の一人。
みんなで出かけようという提案をした張本人。言わずと知れた神代司だった。


「デートなんだからもっと楽しそうにしろ」


そうなのである。これはデート。

前を歩く高見沢と弓長の教師カップルと共に、司と来夢の凸凹カップルが一日を過ごすというダブルデートなのだった。

だから一応可愛い服を選んで着たし、普段はしない化粧もうっすらだが頑張ってしてみた。

それなのに司は、


「腹でも痛いのか」


と、ムードもへったくれもないポーカーフェイス平常運転。

高見沢たちと違い、来夢と司が本物の恋人同士ではないのは分かってはいるが、これで果たして男女のデートというものが成り立つのか。
来夢は不安、そして不満であった。

そもそもどうしてこなったのかと言うと、話は数日前に遡る。


「ダブルデート!?」


高見沢の話を聞いた翌日。学校へ着くなり来夢は声を上げていた。

教室の自席に座った瞬間、突如現れた司に告げられたのだ。


「次の日曜日だ。高見沢には伝えてある」


「ええ?! でも、デートなんて私、したことないです」


「気にするな──それよりも声のボリュームを気にしろ」


「っ!?」


気づいた時には、クラス中に注目されていた。


「デート? 北条が?」


「あのイケメン誰!」


「ウソッ!? 北条さんがイケメンとデート!」


一気に教室中がざわつき始めたので、


「来い」


司に腕を引かれ、保健室の隣の部屋へ移動する。


「ここって、司さんの?」


「そう、スクールカウンセラーの、俺用の部屋だ」


わざとそうしているのか表にはネームプレートなどは張り出されておらず、来夢のみならずたいていの生徒は保険準備室ぐらいに思っていた場所であった。

中はこざっぱりとしていて、カウンセラー用であろう机とイス、本棚。それからリラックス出来そうなソファと低いテーブルのみだった。


「へー……知らなかったです。一週間に一日はここにいたんですね」


「そういうことだ。それよりデートの──」


「ああ! そうでした! デ、デートです!」


その言葉を思い出した来夢は、再び大声で連呼する。

「私、司さんとデートするんですか!? D・A・T・Eの? 男の人とデート!? デートなんてしたことありませんけど、初めてでもデートってしてもいいんですか? な、なにを着ればいいんですか、靴は? 髪型は? 前日に顔パックは? ──あっ……」


そこまでまくし立てると、冷静に自分を見つめる司にやっと気がついた。


「まあ座れ」


進められるままソファに身を沈める。


「お前がそう言ったことに不慣れなのは理解した。だが、これは本物のデートではないから安心しろ」


「どういうことです?」


「弓長のなごりの状況把握、そして来夢と高見沢が浮気しているという疑惑を晴らす一石二鳥の偽りダブルデートだ」


「私と司さんが恋人だと弓長さんに思わせるってことですか」


「そうだ。疑念が晴れれば少なくとも学校で弓長に追い回されることはなくなるだろう」


「そう言えば、そうでした」


先日、高見沢と仲を勘違いされ、なごりの発症した弓長に危うく追いつめられたのを思い出す。


「そして一緒に行動して解決策を模索する。いまの弓長に小運のぬいぐるみを渡してもいい結果が生まれるとは思えないからな」


確かに、嫉妬の鬼と化した彼女がぬいぐるみを使っても、邪魔者を排除して欲しいなんて願いを祈りかねない。


「それでダブルデートですか」


「そういうことだ。まあ、弓長には俺と来夢が恋人だと信じさせなければいけないからそれらしくすることは必須だがな」





──かくして今に至る、という訳であった。


それなのに……。


「司さん、いつも通りじゃないですか」


「ん? なにか言ったか」


「別にです」


司は恋人ではない時とまるっきり同じ態度で、服や化粧を褒めるでもなく、会ってから特に気を使うでもなく、甘い感じを出すでもなく、それどころか、


「腹が痛いならトイレをチェックしておけよ」


初っぱなから下の話であった……。


「あのう……」


中へ入ると、弓長が改まった感じで振り返った。


「北条さん、この間はごめんなさい。私てっきりあなたと信二が浮気しているのかと勘違いしてしまって」


「それはもう気にしないでください」


今日のデートは誤解を解くためだと高見沢が説明しているらしく、弓長は素直に頭を下げた。
この間の鬼気迫る表情とは打って変わって、生徒たちのよく知るおっとりと柔和な顔つきだ。


「こんなに素敵な彼氏がいるならそんなはずないものね」


「は、はあ」


素敵という言葉には引っかかるものがあったが、ここは素直に笑顔で頷いておくことにする。

出だしから疑われて問いつめられるケースも想像出来ただけに、こちらの件に関しては好調なスタートと言っていいだろう。

弓長は高見沢の腕を取ると、楽しそうにみんなを先導し始めた。


「あれに乗りましょう」


「いいかな?」


高見沢が確認のため振り返ると、司は頷き歩き出す。


「ちょ、ちょっと司さん!」


「トイレか?」


「違いますよ! どうして私を置いて行っちゃうんですか。一応これデートなんですよ」


「なら、遅れるな」


「え!?」


言うと、司は一人高見沢たちの後を追ってしまう。

世間一般のデートを想像していた来夢は、


「恋人じゃないってバレても知らないですからね!」


小声で苦情を吐きながら司に歩を合わせた。



※※※※※


まず弓長が選んだのはジェットコースター。

見た目が古風でサイズ感も小さく、民家の横をすり抜けるという他の遊園地とは違ったスリルが味わえると噂の代物である。


「司さん、こういうの平気な人ですか?」


「いつ壊れてもおかしくない、古くてボロい乗り物に身を委ねる恐怖ということか?」


「違います! 高い所とか速いスピードの怖さです!」


司の声が聞こえたのか、むっとした近くの係員に来夢が愛想笑いを浮かべると、コースターは動き出す。


前に乗る二人、高見沢と弓長は、


「キャア!」


とか、


「うわ、思ったより速い!」


とか、見たまま普通のカップル。


一方、その後ろの二人。来夢はブツブツと小言を言い、それを受け流して楽しそうにもしない司のカップル。


二組を乗せたコースターは数分の後、元いた場所へと戻ってきた。


「分解はしなかったな」


「ちゃんとメンテナンスしてますよ! 係りの人に聞かれたら怒られますよ」


その後もほぼ変わらない状態でデートは続き、途中から仏頂面を全面に出していた来夢ではあったが、最後に入ろうと言われたアトラクションでその顔色が変わる。


四人の目の前には、瓦屋根と障子扉の建物。

大きな看板にはドストレートに【お化け屋敷】の文字があった。