あやかしなごり ~わらし人形店の幸運お守り~


「あぶなかったね~」


蒼士は、いつも通り屈託のない笑顔を見せると、入口にいた二人に顔を向けた。


「危うく俺を殺しかけたがな」


一人はかなりイケメンだが、目つきの悪い男性。初めて見たとき、その綺麗な顔立ちにドキッとしたから覚えている。蒼士に呼ばれてきたと言っていた男性だ。

男性は、おそらく銃口を反らした反動で撃たれたであろう彼の顔の横の壁に空いた穴を指さすと、やれやれといった体で息を吐く。

もう一人は、女の子。男性と一緒にいた可愛らしい子だ。


「司さん! いまは、蒼士さんに怒っている状況じゃないですよ」


彼女は男性を窘め、こちらへと近づいてきた。


そして、


「受付勤務の斉藤響子さん。もう、大丈夫です」


なぜか、名前を呼ぶと、空いた手を握ってくる。
まったく訳が分からなかった。

響子はいま本城警視を、人を殺そうとしていたはずだ。
止めに入ったということは、それがわかっているはず。
なのに、蒼士や女の子は、自分にとても好意的にすら見えた。
イケメンだが少し怖そうな男性ですら、


「おまえは物を盗むあやかし、百々目鬼のなごりもちだ」


意味深なセリフを吐いて、大丈夫だと言わんばかりに頷いている。

響子は一瞬、初めて柚葉に秘密を打ち明けた日のことを思い出していた。
なにも知らないはず。だけど、理解してくれる。この人たちは許してくれる。そんな気がした。


しかし、それは本当に一瞬だった。


〈盗れ!〉


頭の中ではまだあの声が、鳴り響いていた。

本城の無事を確認してから、ずっと頭の中で、


〈盗れ! 盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ盗れ!〉


次第に大きくなりながら木霊している。
この声には抗えない。

何度も抵抗を試みたことはある。だが、どれだけ強く反発しても、意識が遠のくだけで結果は同じだった。

今度も、気の良い知り合いや若い女の子相手ですら、自分の意志は勝てない。

響子は女の子の手を振り払い、蒼士に体当たりをすると、再び銃口を本城に向けていた。


「動かないで! お願い! 危ないからみんな動かないで!」


本城だって、本気で殺したいわけではない。
仕方がないのだ。この声には、この病気には逆らえない。
それが結論だった。


それなのに、


「ダメです!」


女の子が前に立ちはだかってしまう。


「撃たないでください!」


彼女は本城と響子の間に立って両手を広げた。


「なごりで我慢できないのはわかります。でも、人を殺すなんてダメです! しかもこれは勘違いなんです!」


「勘違い? なによ、それ──」


さっきの男性のセリフといい、何を知っているというのか。
響子の頭に疑問が湧くが、それもすぐにあの声にかき消されてしまう。


〈盗るんだ! 盗れ!〉


「柚葉さんは本城さんじゃなくて──」


「クッ……ど、どいて! 退きなさい!」


頭を抱えた響子は考えるのを諦め、少女を怒鳴っていた。

こうしている間にも指は引き金を引こうと力を込めていくから。


「ダメです!」


女の子の瞳には、強い決意が宿っている。

どうしてそんなに止めたいのだろうか。

ただの他人なのに……。


「お願い……逃げて……」


こんなに、声に抵抗したのはいつぶりだろう。
初めてオモチャを盗んだ時だろうか? 
いいや……、はじめて柚葉に秘密を打ち明けた後だ。「悪いことは悪い……けど、自分ではどうにもできないこともあるわ」と、理解してくれ、受け入れてくれた柚葉のためだった。


「もう……限界」


視界が歪んでいく。
意識は自分であり自分ではなくなっていく。


遠くに銃声が聞こえる。


響子はそこで意識を手放していた。





※※※※※


しまった!

そう思った時には遅かった。


バン! バン! 

乾いた発砲音が二発、室内に鳴り響いた。

銃口を向けられていた来夢は、キュッと目を閉じ──ようとしたところで、再び瞼を持ち上げた。


なぜなら、


「あ!」


銃声が聞こえたと同時に、誰かが自分を押し倒して覆い被さってきたから。


「大丈夫か」


「は、はい……」


その人物は、来夢の無事を確認すると、少しだけ顔をしかめた。
見れば綺麗な顔、頬から一筋の赤い線が下へとのびていた。


「え!? 撃たれたんですか! ──司さん!」


「もう動くな、まだ終わってはいない」


確かに響子はまだ銃を構えている。
虚ろな目で頭部が若干揺れているが、それは、


「なごりに抵抗して意識が遠のいているらしいな」


ということであった。撃つ前に「逃げて……」と、そう言っていたから司の言っていることは間違いないだろう。彼女も本当は人なんて殺したくはないのだ。

司は振り返ると、それ以上近寄ることはなかったが、いま撃たれたばかりなのに平然と響子の前に立った。


「まだ意識があるなら聞け、斉藤響子。お前は百々目鬼という物を盗む妖かしの血を受け継いだあやかしなごりの持ち主だ。自分で止められないのはわかっている。だから、──これに願え」


司はいつの間にか手にしていたぬいぐるみをゆっくりと投げた。

それは蒼士に渡した偽物とは違い、来夢には一目で手作りと見て取れるブサカワイイ本物の幸運を呼ぶぬいぐるみだった。


「本当にお前がいま欲しいものを願え」


反射的なのか、それを響子は受け取ったが、動く気配が見えない。
拳銃を握った手は、まだ下ろされてはいない。

それでも、来夢には分かるような気がした。
おそらく、いま彼女は心の中で戦っているのだと。
薄い意識でも司の声が届いていれば、藁にもすがる思いで願いたいはずだ。
本当は人なんて殺したくないし、盗みなんてしたくはないと。
その証拠に拳銃を握る腕がぶるぶると震え始めている。

引き金を引こうとする妖かしの血と、止めたい自分が争っているように見える。
一歩間違えれば、はずみで発砲しかねない状況で、目の前にいる司に当たるのではとヒヤヒヤしてしまうが、来夢はさらに冷や汗が止まらなくなった。


「ま、また、です……」


こんな時なのに、司の脛をスリスリしたい衝動が襲ってきたのだ。

すねこすりのあやかしなごり。

さっき存分に触ったはずなのだが、触りたくてしょうがない。

考えている暇はなかった。


欲望が一気にマックスに到達すると、倒れた姿勢のまま床を這い、司の足めがけて突進していた。


「あああ! 司さん! ごめんなさい!」


その時。


パン、パン! 


再びの銃声。 

響子の震える手が引き金を引いていた。

倒れ込む司。


撃たれた!

来夢は一瞬そう思ったが、それは間違いだった。

司を倒したのは、必死で彼の足を引き寄せようとした自分の手だったから。

さらに、


「あっ!」


前のめりに倒れた司は、響子を巻き込みどさくさで銃を奪い取っていた。


なんだか、しまらない結末……。


そう思いながらもホッとした来夢は、みんなそっちのけで目的の脛を存分にスリスリと撫でるのだった。










カランカラン。
乾いた音を立てる扉を抜けると、たくさんのぬいぐるみたちを後目に蒼士は奥にあるテーブルについた。


「お待たせ」


前のイスにはこの店の主である司と、複数のあやかしなごりを持つ少女、来夢が肩を並べて座っている。


「来たか」


「お疲れさまです」


司は相変わらずの無愛想顔で、来夢は笑顔で迎えてくれた。

あの日から三日が経っていた。

事後処理で忙しく、中々顔を出せなかったが、今日やっと事件の報告をしにやってきたのだ。


「それで、どうなったんですか」


さっそくとばかりに来夢が身を乗り出す。


「響子さん、重い罪になっちゃうんですか」


「う~ん、それがね」


あの日、副所長室で司に銃を取り上げられた響子は、蒼士が逮捕した。
罪状は窃盗と殺人未遂。


なのだが……。


「え!? 軽い罪で済むんですか」


「そう、窃盗に関しては本人が隠し持っていた物と自供で多少の罪にはなった
けど、殺人未遂の方は無罪。というか最初からなにもなかったということになったんだ。本人は罪を認めているんだけどね」


銃は暴発ということで事件事態がうやむやに処理されることになった。
それというのも、


「本城さん、怒ってないんですか」


正にそれであった。


「怒るどころか、すべて本城警視が強権を発動したおかげなんだよね」


「どういうことですか?」


「動機が不十分過ぎるって。あやかしの血に強制されて殺すなんてありえないって。しかも勘違いで」


「ああ、それでですか」


そう、実は勘違いなのだ。
響子が本城を殺す理由なんてなんてはじめから存在しなかったのだ。
すべては中田が説明してくれていた。
あちこちで物が紛失し警察署中がパニックになった時、柚葉を捜して会議室へやってきた中田が。



『お前たち、柚葉を知らないか』


扉を開けるなり中田は焦ったように早口でまくし立てた。


『まったく、こんな大変な時にあいつはなにをしているんだ』


いないと見ると、すぐに部屋を出ようとするが、


『待ってください! 聞きたいことがあります』


来夢がそれを止めた。


『なんだ! 見て分かるだろう。急いでいるんだ』


中田は拒否して去ろうとするが、


『柚葉のことだ。お前が脅していたな』


司が言い放つと、半分行きかけていた中田は部屋へと入りドアを閉めた。


『どういうことだ』


『昼間、ここから柚葉を連れだして大会議室へ行き、彼女を脅していたのだろう?』


『そうか、お前らか! あの時盗み聞きしていたのは!』


中田は顔を真っ赤にして怒気を露わにするが、


『私です! でも、どうしてあんなことをしたんですか。柚葉さんが可哀想です!』


来夢が負けじと抗議の声を上げると、


『かわいそう?』


その言葉が引っかかったようで口調が和らいでいく。


『……確かに、そうだな。可哀想だ。あいつは可哀想な女だ』


そして、近くにあったイスにドカリと腰を下ろすと、ハアーと深いため息を吐いた。


『もう限界かもしれんな。隠し通すのは……』


『中田さん?』


中田は先ほどまでとは打って変わって落ち着いた表情になると、話し始めた。
事の経緯を。


『実はな……。俺と柚葉は付き合っているんだ。冗談ではなく男女の仲でだ』


『は?』


『え!?』


突然の告白に、みんなの目が点になる。


『ええと、中田さん……本気ですか』


と来夢。


『美女と野獣?』


これはもちろん蒼士。


二人の反応は予期していたのか、中田は自嘲ぎみにフッと鼻を鳴らす。


『不釣り合いなのは分かっている。俺のなにが良かったのかも分からん。だが、問題はそこじゃあない。問題はあいつの抱えていた悩みだ』


『もしかして、泥棒の友達ですか』


『なんだ、そこまで知っていたのか。素人が半日でそこまで捜査するとは大したもんだな』


中田は感心したように司と来夢を交互に見やった。


『あのう、僕もいるんですけど……』


蒼士は不服そうだったが、話は進む。



『柚葉は盗みの止められない友達をずっと見逃してきた。それを結婚をするなら隠し事はなしにしたいと打ち明けてくれたんだ』


『結婚!? するんですか!』


『ああ、正直不釣り合いだと思って俺自身が煮え切らなかったんだが、本城警視が柚葉にプロポーズをしてな』


『警視が! こっちは美男美女だ! ──ああ、分かった! それで中田さんはフラれて柚葉さんを脅してたんですね』


蒼士が空気を読まない発言をするが、そこは来夢にキッと睨まれすぐにおとなしくなる。


現実はそれをきっかけに中田も重い腰を上げ、結婚をする気になったということだった。


『俺にその気がないなら警視の申し出を受けると柚葉に脅されてな。ハハ、年甲斐もなく焦ったというわけだ』


そして、署で起こっている盗難事件の秘密を打ち明けられた中田が、柚葉に響子を止めるよう説教しているところを来夢が盗み聞きしたという訳であった。
中田は口が悪いだけに誤解を招くようなセリフが多々あったが、説明されると納得だった。


『いっそ自殺してもらうか、は流石に言い過ぎだった。カーっとなってついな……』


『それで、柚葉さんを捜していたのは、一緒に友達を止めようとしていたんですね』


『そういうことだ、なぜこんな大々的に盗んでいるのかも分からんからな』


すべてを明かされ来夢は一瞬終わった気になっていたが、中田の言葉で我に返る。

今は、あちこちで物がなくなり警察署中がパニックになっているという話だった。

耳を澄ませば廊下からは、大きな声や誰かが走り回っている音も聞こえいる。


『犯人は二人の結婚話を知っているのか』


ここで司が名探偵よろしく口を開く。


『いや、すべてが終わったらみんなに言うつもりだった。柚葉もまだ誰にも言っていないはずだ』


『本城のプロポーズは?』


『イケメンエリートのプロポーズだ。女性の間では噂になっているようだから、誰が知っていてもおかしくはない』


『そうか、なら……』


司は顎に手を当てて少し考えると、


『そういうことか』


謎は解けたと言わんばかりに一人納得しはじめた。


『中田さんは柚葉を捜して念のため隠れていてくれ』


『隠れる?』


『ああ、さっき柚葉に犯行を止められた犯人はおそらく自棄になっている』


ロッカーでの話をすると、すぐに中田も納得した。


『長年唯一の味方だった柚葉に見放されたと思ったのか。なら……』


『原因を狙う可能性がある』


『どういうことですか?』


『え!? なに?』


未だ話の見えない来夢と蒼士は、移動中に説明を受けながら、司と共に本城の元へ向かったのであった。


「まさか、命まで狙っているなんて思いませんでしたけどね」


あの時は必死で体が勝手に動いたが、自分の行動を思い出して来夢は身震いする。


「それにしても本城さん、殺されるところだったのに許してくれたってことは、あやかしなごりを信じてくれたってことですかね」


「そうかも!」


「違うな」


蒼士が肯定するが、それに被せて司が打ち消した。


「信じたくないからすべてをなかったことにしたんだ」


「信じたくないから?」


「あやかしの血が原因なんて現実主義のあいつには理解不能だろうからな。理解できないものはない=最初からこんな事件はなかった。大方そういう方程式だろう」


司はキッパリと言い切る。が、


「半分正解で半分不正解です」


ぬいぐるみの並ぶ棚の方から、なぜかエプロン姿の当の本人──本城が現れるのだった。


「け、警視! なにをして?」


蒼士は驚いて咄嗟に敬礼までするが、それを手で制して本城は続ける。


「起こったことは事実として認めています。要するに理解はしているということです。その証拠に私はあなたとの約束を守ってこうしてお人形屋さんの一日店長をしている」


「ただの無給バイトだ」


司はすかさずツッコムが、それをスルーして本城はさらに続ける。


「しかし、それが納得できているかといえばそれはまた別の話です。あやかしの血が人を動かすなど、ありえない。少なくとも私にそれは非現実的すぎます」


「だから、なかったことに?」


蒼士は疑問を投げるが、そこで、


「すいませーん」


来店客があり、本城はそちらへ行ってしまった。



司といがみ合いでした口約束だが、それを律儀に守っている。現実主義というか蒼士には根がクソのつく真面目なだけに見えた。


来夢に言わせれば、


「きっと本城さんは照れ屋なんですね。ちょっと司さんに似てます」


で、司に言わせれば、


「あいつはただの頭でっかちだ」


であったが。


「そういえば司さんも響子さんを責めなかったですよね」


今度は来夢が疑問を口にする。


「なぜ責める?」


「副署長室で、顔を響子さんに撃たれて血がでてましたよね。下手したら死んでたんですよ」


しかし、


「あれか……。あれをやったのは響子じゃない」


意外な答えが返ってくる。


「あれをやったのはこいつだ!」


と同時に、蒼士の頭に拳骨も飛んできた。


「痛! なにすんの、司!」


「三日遅れたが、それはこっちのセリフだ。最初に蒼士が響子の腕を押さえた時、勢いで発砲しただろう」


「あ! 司さんの横の壁に穴が空いてました」


「え? もしかして……」


「そのもしかしてだ。その時に撃たれた傷がこれだ」


司はこれ見よがしに頬の絆創膏を指さす。


「罰としてお前も今日は一日無給バイトだ」


「えーっ! やっと休み貰ったのに! この後はいっぱい食べていっぱい寝る予定だったのに!」


「つべこべ言うな。ちゃんと働いておけよ! 来夢、二人がサボらないよう見張っておけ」


言うと司は立ち上がり店を後にする。



まだ残る最後の謎を解決するために。




※※※※※


警察署の屋上へ出ると、柚葉は大きく伸びをした。

空は曇っていて少し肌寒く感じるが、心はスッキリとしていた。
すべてはこれで終わるから。いいや、終わらせてくれるであろう人が現れたから……。


「待たせたか」


「いいえ」


彼は待ち合わせの時間通りにやってくると、数歩の距離で立ち止まった。

その鋭い眼光の奥では何を考えているのかは想像もできない。
ただ柚葉にわかるのは、彼は気付いてくれたということ。それだけはその知的な瞳が物語っている。


「呼び出した理由は分かっているようだな」


「ええ。分かったのでしょう。私が響子の共犯だったって」


「二人で共謀していない共犯者だということがな」


「あら、本当にすべてお見通しなのね──司さん」


「そうでもないさ。だから、そっちから話してくれるか。【神隠し】のなごり持ち、土御門柚葉」


司が怪しんだのは、土御門という名を聞いた後すぐだった。
土御門とは陰陽師の家系に伝わる名字で、あやかしとも関わりが深い。
先祖の中に出会ったあやかしと恋に落ちた者がいてもなんら不思議ではないのだ。
だから司だけは大会議室での盗み聞きの後も、柚葉の後を尾うことを優先していたし、たどり着くことができた。
今回の一件が、百々目鬼のなごりだけでは不可能だという真相に。


二人はしばらく無言で見つめ合っていたが、柚葉は、


「……そうね」


そう言って小さく微笑むと語りはじめた。

すべてを──。


自分に不思議な力があることに気付いたのは高校生の時。
初めての彼氏が出来て浮かれて間もない頃だった。

最初は、なにをするのもドキドキでとても楽しかった。
あの頃は正に青春を謳歌していた。

けれど、それはすぐに負の感情に押し流されてしまった。
彼氏はイケメンの生徒会長で運動神経も良く、女子たちの憧れの的だったのだ。
最初は優越感もあり満足していたが、段々と周りの女子たちの目がうるさく感じ始めていた。

あきらかに好意を持って話しかける子や、ヒドイ子になると彼女持ちと分かっていながらデートに誘うなんていうこともあった。

どうして自分たちの関係を壊そうとするのか。
そう思い始めると、すべてが目障りで邪魔だった。
彼は誰にも渡さない。
そんな感情が大きく膨らんだある日。


「ウソ! なんなのこれ!」


柚葉は彼を隠すことに成功した。

不思議なことに強く念じると、彼を人の目から見えなくすることができたのだ。
まるで透明人間のように、誰にも見えなくなるのだ。

どうして? なんて思ったのはほんの少しで理由なんてどうでもよかった。
これで彼を独り占めできる。
その想いで心の中はいっぱいだったから……。

しかし、高校生の柚葉にそんな力をうまくコントロールする術はなかった。
何度も試している内に発動するためのコツは掴んだが、それだけだった。
その時もデート中、彼に色目を使う女性を発見しいつものように力を使った。
が、それは交差点に差し掛かったところだった。

力を使うため立ち止まった柚葉の数歩先を行く彼。

そこへ右折してきた車が突っ込んだ。

車の運転者には誰もいないように見えたのだ。柚葉が彼を隠したから……。