「おっと、あんたの相手はおれじゃねぇよ」

 素早く重実は、身体を北山のほうに向けたまま、後ろ向きで庭に飛び降りた。そこでようやく、安芸津が茂みから立ち上がる。

「全く、いつ出て行っていいものやらで、ひやひやしたぞ」

 思わぬ重実と北山らのやり取りで、返って緊張がほぐれたようだ。先ほどまでの力みはない。安芸津の姿を認め、北山の顔に緊張が走った。

「あ、安芸津様が、何故このような奴と……」

 重実は普通に接するので気付かなかったが、どうやら安芸津は結構な地位の人間らしい。考えてみれば家老の一人である小野とやり取りできる辺りで、相当な地位なのだ。与力風情がおいそれと会える者ではない。

「おぬしこそ、何故このような米問屋と、このようなところでこそこそと会っておるのだ? いかがわしい浪人までつけて」

 う、と北山が言葉に詰まる。安芸津が、ちらりと清水を見た。それを受けて、清水が斜向かいに合図を送る。途端にわらわらと、潜んでいた捕り方が庭に散開した。あからさまに狼狽えた米滋が、慌てて逃げ出そうとする。

「出入り口を固めろ!」

 清水の声に、庭に入ってきた捕り方は、大方が枝折り戸付近に固まった。そして先に庭に入った幾人かが、米滋に殺到する。

「ひぃっ! わ、わしは北山様に言われる通りに動いただけじゃ!」

 捕り方に囲まれ、米滋が喚いた。それに、北山の表情が一変する。

「米滋! 余計な口を叩くんじゃねぇ!」

 地の出た伝法な物言いに、米滋がびくっと身体を震わせて口を噤んだ。

「お前には、後でとっくり話を聞かせて貰う」

 安芸津が言い、集まった者らに合図する。たちまち後ろ手に縛られ、米滋は引っ立てられていった。

「さて、おぬしからも話を聞く必要があるのだがな」

 腰の刀に手をかけ、安芸津が部屋の中の北山に言った。しばし口を引き結んで安芸津を睨んでいた北山は、ざっと周りを見回した。清水が手配した捕り方は、米滋を連れて出て行った。今は先の半数ほどが、料亭の裏口を固めているのみ。北山・鳥居と対峙しているのは、安芸津と清水に、重実と伊勢だけだ。