拓海は頭の中に、複数の少女の顔を思い浮かべた。
少し前まで三人の少女が頻繁に家に遊びに来ていた。彼女たちは居間にいた拓海にちゃんと挨拶をしてくれて、母親も気に入っていた。
「二週間前、鈴さんが久しぶりに学校に来て、クラスメートは驚いていました。鈴さんと同じグループにいた人達は、鈴さんに話しかけることなく遠巻きに見ていました。私はそれで、やっぱりあのグループ内でなにかあったのだと確信しました。その後も誰も鈴さんに話しかけることなく、朝のホームルームと一時間目の授業が終わりました。そして二時間目の休み時間に、思い切って鈴さんに話しかけてみました。私が久しぶりだねって言うと、鈴さんは驚いた顔をして、小さい声でそうだねと答えてくれました。色々話したいことがあったけれど、なにを話していいのかわからなくて、とりあえず、スタートのIDを教えてほしいと頼みました。すると携帯を持っていないからと断られました」
スタートとは、日本全体で流行っている通信アプリだ。携帯電話、主にスマートフォンと呼ばれる端末を持っている若者のほぼ七割が利用していて、社会人にとっても重要なアプリであると度々新聞や雑誌で特集されるほど人気がある。
拓海も日常的に利用し、ちょうど今もスタートで友達とメッセージのやり取りをしていたところだった。拓海にはスタートなしの生活はもはや想像できなかった。そして確か鈴もスタートを利用していた。
「あの、鈴さんの携帯は、今どこにあるんですか?」
知恵にたずねられて、拓海は首を傾げる。
事故当時、鈴が携帯電話を持っていたのかどうかを拓海は知らなかった。そして少し考えてみて、持っていたはずだと思った。
元気だった頃の鈴は携帯電話に依存気味で、肌身離さずに持っていた。ならば事故後、鈴の携帯電話はどこに行ってしまったのか。
事故の時に鈴が着ていた制服は母親がクリーニングに出している。携帯電話もきっと母親がどこかにしまっているのだろうと思った。
「たぶん家にあるよ」
「そうなんですか。私、二年生の頃、授業中に携帯電話を弄っている鈴さんの姿をよく見ました。先生から何度も注意されていて、だから鈴さんが携帯電話を利用しているのは知っていたんです。それなのに携帯を持っていないと断られた時は結構ショックでした。鈴さんは私なんかと、仲良くしたくなかったんですよね。ならわかりやすい嘘なんてつかないで、教えたくないとはっきりと断られたほうがまだ気持ちが楽でした」
断られた時のことを思い出しているのか、知恵は落ち込む。
拓海は知恵の話を聞きながら、鈴はなぜそんな嘘をついたのだろうかと疑問に思った。
鈴といえば携帯電話というイメージを持っていた。それは知恵も同じようだ。だけど学校へ行かなくなった鈴はあまり携帯電話を弄っていなかったかもしれないと、拓海は最近の記憶を辿って気づいた。そしてひょっとしたら嫌がらせのメールが届くようになっていたのかもしれないと思った。だとしたら携帯電話から手が遠のくのも頷けた。
「鈴は、授業中に突然教室を飛び出したって聞いたけど、その時、教室でなにが起こっていたの?」
拓海と母親は鈴の担任からある程度の説明を受けている。
その時は数学の授業中で、話していたのは数学の教師だけだったらしい。
生徒たちの多くは真面目に授業を受けていて、鈴も熱心に板書していたそうだ。だけど授業の後半、気分が悪くなったのか鈴は突然席を立ち、教室を飛び出して行ってしまった。教師は鈴を追いかけて、生徒たちはその場に待機していた。そして鈴はトラックにひかれた。
担任は生徒全員から当時の様子を聞き出し、数学の教師の証言と特別に食い違う点はなかったと言っていた。
拓海は担任が嘘をついているとは思っていなかった。その上で、事故が起こる前のことを知恵の口から聞いてみたいと思った。
「えっと、鈴さんの席は、教室の、窓側の、一番後ろなんです。学校に来なくなって、席を後ろに移されました。私の席は窓側の真ん中で、後ろの席を見ることはできません。だから、授業中、鈴さんがなにをしていたのかわかりません」
「授業は通常通り進んでいたそうだね」
「はい。テストが近いこともあり、みんな比較的真面目に授業を受けていました。ただ、私の斜め前の席の小田さん。えっと、小田さんは、以前鈴さんと同じグループにいて、鈴さんと仲が良かった子の一人です。その小田さんが、机の下で携帯電話を弄っているのを見ました。内容までは見えなかったけれど、たぶん、他のクラスメートとメッセージのやり取りをしていたんだと思います。二年生の頃から、鈴さんと、小田さんと、あと、加賀美さんと、江口さんは授業中に携帯電話を弄っては先生から怒られていたんです。だからあの時も鈴さんを除いた三人でやり取りをしていたんだと思います」
「鈴は一番後ろの席にいたから、三人が携帯電話を弄っているのが見えていたのかな」
「そうですね。見えていた可能性が高いです。だけど内容まではわからなかったと思いますよ」
鈴は他の三人が仲良くしているのを見ているのが辛くて、耐えられなかったのか。
一人だけ仲間外れにされて悲しくなる気持ちはわかるが、教室を飛び出すほどかと拓海は思う。
拓海には女同士の友情がよく理解できなくて、目の前の知恵も不思議そうな顔をしていた。
少し前まで三人の少女が頻繁に家に遊びに来ていた。彼女たちは居間にいた拓海にちゃんと挨拶をしてくれて、母親も気に入っていた。
「二週間前、鈴さんが久しぶりに学校に来て、クラスメートは驚いていました。鈴さんと同じグループにいた人達は、鈴さんに話しかけることなく遠巻きに見ていました。私はそれで、やっぱりあのグループ内でなにかあったのだと確信しました。その後も誰も鈴さんに話しかけることなく、朝のホームルームと一時間目の授業が終わりました。そして二時間目の休み時間に、思い切って鈴さんに話しかけてみました。私が久しぶりだねって言うと、鈴さんは驚いた顔をして、小さい声でそうだねと答えてくれました。色々話したいことがあったけれど、なにを話していいのかわからなくて、とりあえず、スタートのIDを教えてほしいと頼みました。すると携帯を持っていないからと断られました」
スタートとは、日本全体で流行っている通信アプリだ。携帯電話、主にスマートフォンと呼ばれる端末を持っている若者のほぼ七割が利用していて、社会人にとっても重要なアプリであると度々新聞や雑誌で特集されるほど人気がある。
拓海も日常的に利用し、ちょうど今もスタートで友達とメッセージのやり取りをしていたところだった。拓海にはスタートなしの生活はもはや想像できなかった。そして確か鈴もスタートを利用していた。
「あの、鈴さんの携帯は、今どこにあるんですか?」
知恵にたずねられて、拓海は首を傾げる。
事故当時、鈴が携帯電話を持っていたのかどうかを拓海は知らなかった。そして少し考えてみて、持っていたはずだと思った。
元気だった頃の鈴は携帯電話に依存気味で、肌身離さずに持っていた。ならば事故後、鈴の携帯電話はどこに行ってしまったのか。
事故の時に鈴が着ていた制服は母親がクリーニングに出している。携帯電話もきっと母親がどこかにしまっているのだろうと思った。
「たぶん家にあるよ」
「そうなんですか。私、二年生の頃、授業中に携帯電話を弄っている鈴さんの姿をよく見ました。先生から何度も注意されていて、だから鈴さんが携帯電話を利用しているのは知っていたんです。それなのに携帯を持っていないと断られた時は結構ショックでした。鈴さんは私なんかと、仲良くしたくなかったんですよね。ならわかりやすい嘘なんてつかないで、教えたくないとはっきりと断られたほうがまだ気持ちが楽でした」
断られた時のことを思い出しているのか、知恵は落ち込む。
拓海は知恵の話を聞きながら、鈴はなぜそんな嘘をついたのだろうかと疑問に思った。
鈴といえば携帯電話というイメージを持っていた。それは知恵も同じようだ。だけど学校へ行かなくなった鈴はあまり携帯電話を弄っていなかったかもしれないと、拓海は最近の記憶を辿って気づいた。そしてひょっとしたら嫌がらせのメールが届くようになっていたのかもしれないと思った。だとしたら携帯電話から手が遠のくのも頷けた。
「鈴は、授業中に突然教室を飛び出したって聞いたけど、その時、教室でなにが起こっていたの?」
拓海と母親は鈴の担任からある程度の説明を受けている。
その時は数学の授業中で、話していたのは数学の教師だけだったらしい。
生徒たちの多くは真面目に授業を受けていて、鈴も熱心に板書していたそうだ。だけど授業の後半、気分が悪くなったのか鈴は突然席を立ち、教室を飛び出して行ってしまった。教師は鈴を追いかけて、生徒たちはその場に待機していた。そして鈴はトラックにひかれた。
担任は生徒全員から当時の様子を聞き出し、数学の教師の証言と特別に食い違う点はなかったと言っていた。
拓海は担任が嘘をついているとは思っていなかった。その上で、事故が起こる前のことを知恵の口から聞いてみたいと思った。
「えっと、鈴さんの席は、教室の、窓側の、一番後ろなんです。学校に来なくなって、席を後ろに移されました。私の席は窓側の真ん中で、後ろの席を見ることはできません。だから、授業中、鈴さんがなにをしていたのかわかりません」
「授業は通常通り進んでいたそうだね」
「はい。テストが近いこともあり、みんな比較的真面目に授業を受けていました。ただ、私の斜め前の席の小田さん。えっと、小田さんは、以前鈴さんと同じグループにいて、鈴さんと仲が良かった子の一人です。その小田さんが、机の下で携帯電話を弄っているのを見ました。内容までは見えなかったけれど、たぶん、他のクラスメートとメッセージのやり取りをしていたんだと思います。二年生の頃から、鈴さんと、小田さんと、あと、加賀美さんと、江口さんは授業中に携帯電話を弄っては先生から怒られていたんです。だからあの時も鈴さんを除いた三人でやり取りをしていたんだと思います」
「鈴は一番後ろの席にいたから、三人が携帯電話を弄っているのが見えていたのかな」
「そうですね。見えていた可能性が高いです。だけど内容まではわからなかったと思いますよ」
鈴は他の三人が仲良くしているのを見ているのが辛くて、耐えられなかったのか。
一人だけ仲間外れにされて悲しくなる気持ちはわかるが、教室を飛び出すほどかと拓海は思う。
拓海には女同士の友情がよく理解できなくて、目の前の知恵も不思議そうな顔をしていた。