僕には友達と呼べる存在が、少なくとも高校生活においてはいない。
 僕は中学を卒業してから家庭の事情により生まれ育った地を離れ、他県にあったこの高校に進学したため、ここには誰一人として知り合いがいなかった。第一、僕はクラス替えがないので、友達が欲しかったら入学した時点で同じクラスに友達をつくる必要があった。単純に僕がそれをしようとしなかっただけだ。
 一年生の五月を迎えるころには、すでにクラス内にいくつかの仲良しグループが出来上がっており、僕は一人になっていた。この時、友達をつくるには自分から行動しなきゃいけないんだなと学びつつも、友達が欲しいとも思っていなかったので、それからも僕は動こうとせず、今まで一人で高校生活を送ってきた。だから決して虐められているというわけでもない。
 逆にここまで友達がいないと『山野は一人でいるのが当たり前』という悪意のないクラスの公認事項みたいなものになっていた。そもそも僕の存在がクラスメイト全員に認識されているのかは、怪しいところではあるんだけど。
 とりあえず、これまでそんな存在だった僕が今、教室内にあるほぼすべての視線の的となっている。今まで僕の事なんか気にも留めてなかったクラスメイト達が、僕の方を見てざわざわしている。いや、正確には僕たちの方だ。
こんなことになっている原因は間違いなく、僕の机の前に立っている彼女にあった。
 僕は朝起きて、いつも通り学校へ来た。教室に入って誰にも挨拶せず、そしてされずに窓際の最後列の自分の席に座った。ここまでは確かにいつも通りだった。
 机に肘をつき顎を支えながら、窓の外の蒼天に描かれた飛行機雲をぼんやり眺めていると、机の前に誰かが来た気配がした。前の席の人が登校してきたのかと思ったが、その人の視線が僕に向けられている気がして、僕もそっちに顔を向けた。
「おはよう、山野くん」
 そこには、温容な笑みを浮かべる成瀬さんが立っていた。
「………おはよう、成瀬さん」
 一瞬、成瀬さんが誰にあいさつしているのか分からずに唖然としてしまったが、すぐにそれが僕へのものだと気づき、とりあえず挨拶を返しす。
「今日の放課後、暇?」
「暇………かな」
「じゃあ、これ観に行こっ!」
 そう言って、成瀬さんは嬉しそうに携帯の画面をみせてきた。そこには映画の情報サイトのようなものが表示されていた。最近テレビのコマーシャルなんかでよく見かける、現在上映中の感動系恋愛映画のものだった。たしか主人公の男の子が、不治の病に侵された女の子を助けようとする内容で、若者の間では人気を浴びていた。
 ただ、ここでいう若者の中に僕は含まれていない。僕はこの映画に全く興味がなかった。
 この時点で教室内の数人は、僕と成瀬さんに気づいてざわざわし始めた。クラスの中心人物である成瀬さんと、クラスの影でもある僕が、まるで友達のように話しているのだから驚くのも無理はないと思う。