「やっぱりそう考えるよね。ちゃんと話せばよかったんだよね。ごめん」
「ううん、今こうやって話してくれたから、本当のことが知れてうれしい。私ずっと勘違いしていたから」
みんなの本当の気持ちが分かって、安心した。気になるなら私もうじうじしていないで、聞けばよかった。ひとりで思い悩むのではなく、友だちなのだから話せば解決できる。
中学でのことがトラウマになっていて、嫌われないようにと言いたいことを我慢したりして、おとなしくしていた。だけど、祐奈、菜摘、瑠衣は中学の時のあの子たちとは違う。
三人は本当に私のことを考えてくれていて、優しい。
中断してしまったゲームは集中できないからと片付ける。瑠衣がなにか食べようと自分の荷物からチョコレートを出してきて、カードを置いていたところに置く。
私たちはひとつずつ口に入れた。
「心配性といえば、菜摘さ、未央に対してかなり心配性になってなかった?」
「私も思った。あの亮平さんに敵意をむき出しにしていたよね?」
祐奈と瑠衣はあの時、空気を変えようとカルガモに目を向けたらしい。あれはなかなか良いタイミングだったとふたりは笑う。
「だって、見るからに怪しげだったし。未央はぼんやりしていて騙されやすそうだから」
「まあ、確かに怪しそうではあったよね。でも服装は変だけど、顔はよかったよね」
「だから、それが怪しいんだって。未央は怪しいと思わなかった?」
「私も思ったけど。でも、優しい人で楽しい人だったよ」
菜摘は私の話にまだ安心出来ない顔をした。心配してくれるのはうれしいけど、亮平さんのことを分かってほしかった。
私たちの間にまた祐奈が入る。
「でも、なにもなかったからよかったよね。明日、会うんでしょ?」
「聞いていたの?」
「聞こえたんだってば」
カルガモに夢中になっていて、私たちのことなんて見ていないと思っていたのに、会話を聞かれていたのは恥ずかしい。私は三人に彼が過去から来た人だと言わなかった。
明日しか会えない人だから。
だけど、亮平さんは約束した時間に現れなかった。その日の朝の天気は雷雨だった。
旅行三日目の朝、雷の鳴り響く音で目が覚めた。雷だけでなく雨もが激しく降っていて、部屋の窓を叩きつけていた。私は窓に張り付いて、雷で光る空を見あげた。
「未央、こんな雨と雷がすごい中で出ていくの危ないよ。亮平さんに連絡して時間をずらしたら?」
「うん……でも、約束の時間までまだあるから、ギリギリまで待つよ。九時前にはやむかもしれないし」
菜摘が心配してくれるが、亮平さんと連絡を取る手段がない。お世話になっているおばあちゃんの家の電話番号を聞いたが、覚えてないと言われた。
私の番号を渡しておけば、亮平さんから連絡がきたかもしれない。今後悔しても仕方がないけれど。約束の時間まであと二時間あるから、やむことを祈った。
祈りが空に届いたのか、雷雨はおさまり、雲の切れ間から太陽の光が地上へと差し込んでいる。よかった、会える。
祐奈たちに「行ってくるね」と伝えて、ホテルを出た。昨日ひとりでホテルの出たのとは足取りが違う。今日の足取りは軽くて、心は弾んでいた。浮かれた私は九時になる10分前に到着した。
待ち合わせ場所は案内看板の前。そこでワクワクしながら待った。だけど、時間になっても亮平さんは姿を見せなかった。
なにか出るときにアクシデントがあって、遅れているのかもしれないと30分待ってみた。でも、来ない。
看板の前ではなく昨日見たカルガモのところにいるのかもと行って見るが、そこにも姿はなかった。もう一度看板に戻り、また30分待った。散歩コースのどこかにいるのかもしれないと一周歩いた。だけど、どこにもいない。
約束を忘れないと言っていたから、忘れてはいないはず。だったら、どうして来ないの?
「未央ー!」
「祐奈……」
看板の前でぼんやりと立つ私に祐奈が走ってきた。いつまでも戻らない私を心配して、来てくれたようだ。
「またスマホ見てない? 亮平さんはどうしたの? もう話は終わって帰ったの?」
「祐奈」
私は祐奈の両腕を掴んで、涙をぽろぽろと流した。
「未央、どうしたの?」
「亮平さん、来ない……ずっと待っているけど、来ないの」
「九時の約束だったよね? もう二時間も経っているのに、来てないの? 連絡してみたの?」
祐奈は私の涙を水色のハンカチで押さえながら、時間を確認する。もう二時間も待っていた。でも、連絡は出来ない。私は首を横に振って、連絡先を知らないことを伝える。
連絡先だけでなく、亮平さんの住んでいるところも知らない。お世話になっているというおばあちゃんの名前でも聞いておけば、誰かに尋ねることが出来たかもしれないが、聞いていない。
祐奈と昨日行ったパン屋とアイス屋に行って、今日亮平さんが来たか聞くが、どちらの店にも来ていないという答えだった。彼はどこに行ってしまったのだろう。
「せっかくあのひどい雨と雷がやんで、会えると思ったのにね。未央がこんなにも待っているのに」
「雨……雷……」
「え、なに?」
亮平さんがどこにいるか全く分からないから、ホテルに戻ろうと私たちは歩いた。新幹線の時間まであと1時間しかない。私は今朝の雷雨を思い出した。雷雨……あ!
亮平さんが過去で雷雨があった日に、こっちの時代に来たと言っていた。もしかして、あの雷雨で過去に戻った?
同じような雷雨があったら戻れるかもと話していた。戻れるなら戻ったほうが亮平さんのためになる。でも、なんで今日の朝なの? なんで約束の時間より前だったの?
もう二度と会えない。
どんなに願っても、過去の人に会うことは叶わない。
もう一度だけでいいから、会いたい……。
会わせて。
***
「ねえ、最新情報よ! 三年に転校生が来たらしいよ。それがイケメンなんだって!」
「瑠衣の噂好きなところは絶対おばさん似だよね」
夏休みが終わり、二学期になった初日。瑠衣がどこかから情報を得てきた。校内の噂はいつも瑠衣から入ってくる。瑠衣が新聞部に所属しているせいもあるかもしれないが、噂好きだからというのが一番大きい。
興奮する瑠衣に菜摘は呆れる。私と祐奈はまたいつもの噂だと苦笑した。
「噂じゃなくて、本当なの! 私は真実しか言わないからね」
新聞部員としての誇りである真実だけを伝えると口を尖らせながらも瑠衣は胸を張った。新聞部員としては必要な誇りだから、いい心掛けではある。
「へー。でも、三年の二学期に転校なんて珍しいね」
「そう、そこなのよ! 珍しいから真実を探ろうと思うの」
「真実というか人の家庭事情を探るのはプライバシー侵害になるんじゃないの?」
菜摘がもっともらしく突っ込むと瑠衣は口をつぐんだ。自分でも探る部分が違うと気付いたようだ。私と祐奈は首を垂れる瑠衣の肩を励ますように叩く。
「またなにか情報あったら教えてよ。瑠衣から聞くの楽しいから」
「うん、私も楽しみにしてるよ」
「うん、祐奈も未央も優しい」
瑠衣は顔を上げて、屈託なく笑った。
「ちょっとー、私だって優しいでしょ?」
「菜摘はちょっと厳しいから怖い」
「なによ、それ」
私と祐奈は二人のやり取りを見て、笑った。その時、「あの人初めて見るけど、かっこいい」と窓際にいたクラスメートの女子数名外を見て、話している声が私たちの耳に届いた。
私たちもどんな人がいるのかと窓際に行く。
「もしかしたら、瑠衣が言ってたイケメンだったりして」と一番早く外を見た祐奈が「え?」とびっくりした声を出す。続いた菜摘と瑠衣も「ええっ!」とびっくりしていた。
そして、三人は私を見る。一体何が見えたのだろう?
窓から下を見下ろす。そこは校庭になっているが、校庭ではなく真下に見える花壇のところに三年生の男子が五、六人固まっていた。そこで、何をしているのかは分からないが、ひとりの三年生に目が釘付けになる。
私も今まで学校では見たことのない人だ。だけど、軽井沢で会った人だった。
まさか? そんなはずはない。
だって、彼は過去に帰ったのだから、ここにいるはずはない。
私の目がしっかりと捉えたのは、あの日会えなかった亮平さんだった。
「ちょっと未央! あの人、亮平さんじゃない?」
「え……違う。亮平さんはここにいるはずがない。この世界の人じゃないもの……」
「は? 何言ってるのよ。もしかしたら、他人の空似かもしれないけど、確かめてきなよ。早くあそこ行って」
呆然とする私の肩を祐奈が揺さぶった。私は必死に頭の中を整理する。他人の空似だったら、納得できる。あの人が亮平さんのはずはない。
過去の世界に戻った人が、ここにいたらおかしい。
とにかく確かめようと急いで階段を降りて、玄関へ向かう。その時、ちょうどさっき見た三年生たちが校舎内に戻ろうとこちらへ向かってきた。立ち止まった私と亮平さんによく似た人の目が合う。
彼は一瞬驚いた顔をしてから、フッと微笑んだ。笑顔までよく似ている。そして、他の人と同じ方向に行かないで私に近付いてきた。
「あれ? 棚橋ー、行かないのー?」
「ごめん、先に行ってて」
彼は名前を呼ばれて、答えた。彼の名前は棚橋……?
「棚橋亮平さん?」
「うん、当たり。未央ちゃん」
他人の空似ではない。彼は正真正銘の亮平さんだ。右目の斜め下にあったホクロがある。でも、どうしてここにいるのだろう。
帰りのホームルームが始まりを告げるチャイムが鳴った。亮平さんは玄関の方を見る。
「やばい、転校初日から遅れたら、目をつけられるかも。未央ちゃん、終わったらここで待っていて。一緒に帰ろう」
「ここで? 一緒に?」
「うん、今度は絶対約束を守るから」
「うん……」
亮平さんは私が頷くのを確認してから、玄関へと走っていった。私もあとに続いて自分の教室に戻る。
ホームルームが終わって、担任教師が出ていくと祐奈たちは私を囲んだ。
「やっぱり亮平さんだった?」
「うん」
「すごい! 運命の再会だね」
「え、運命?」
瑠衣の言葉は大げさに聞こえたが、ここで会えたのは運命なのだろうか。
私が亮平さんと一緒に帰る約束をしたと言うと、三人は早く行くようにと背中を押した。あの日の三人も『行ってらっしゃい』と背中を押してくれた。
でも、彼は現れなかった。
さっき見た姿は幻でまた現れなかったら、どうしよう?
おそるおそる玄関を出て、会った場所へゆっくりと歩く。
心はあの人同じように弾んでいるが、不安になる気持ちもあった。