学校嫌いと、イヤーブック。


「佐奈、明日は土曜日だから学校が休みだよ! やったね!」

紅羽が親指を立ててグットのポーズをする。 

「そうだね! 本当に気が楽だよ! 心が軽くなる!」

私はそういって大きくのびをした後、グットのポーズを作って紅羽に返した。

「……どうして、佐奈はそんなに学校が嫌いなの?」
紅羽は少しさみしげな表情をして、呟くように言う。

「学校嫌いに理由なんかないよ」

私は紅羽にそう言った。だけど、なんだか、自分の心になにか引っ掛かったようなものを感じる。

――自分の言った言葉が自分でも違うような気がする。

「本当にそうかなあ? 佐奈の心の奥の部分になにか理由が潜んでいそうな気がするんだけどなー」

紅羽は納得がいかないような表情をした。

「……本当だよ! 理由なんて思いつきもしないから!」

私はなるべく陽気な感じを装って言う。実際に学校が嫌いな理由を私は思いつかなかった。

――だけど、なんだか心に違和感を覚える。

なにかが絡んでいるような、そんなような気がした。

……ただなんとなくそんな風に思うだけかもしれないけど。

「そうなんだ。……ところで話は変わるけど、明日の土曜日って忙しい?」

紅羽は唐突に話を変えた。

「いや? 特に忙しくないし、用事もないけど。……なんでそんなこと聞くの?」

「友達の私が土曜日に忙しいかどうか聞くってことは、理由は一つしかないでしょ!」

「……遊ぶってこと?」

「正解!」紅羽は片方の手をピースサインにした。

「別にいいけど……、どこで?」私は聞く。

紅羽は立ち止まって、商店街全体に響くような大きな声で言った。

「佐奈の家!」
 

――ピーンポーン。家のインターホンが鳴った。

今日は土曜日で、紅羽と遊ぶ予定になっている日だ。

私は、私の家で友達と遊ぶことには少し抵抗があったけど、それは物が散らかって汚い自分の部屋を見られたくないだけで、他には思い当たる理由がなかったため私は紅羽に家で遊ぶことを許可した。

紅羽とは、午後から遊ぶと約束をして、午前中は自分の部屋の片づけに時間を使うことにする。

昨日の帰り際に、紅羽に私は家の住所を教えた。

そして今日、お母さんに家に友達が来ることを伝えた。なので、自分の部屋さえ掃除すればなにも問題はない。

――部屋さへ片付けられれば。

インターホンが鳴ったのは午前十時のことだった。

宅配便だと思い、私はモニターで外を確認せず扉を開けてしまう。――これがいけなかった。
 

玄関扉を開けた先には、紅羽が立っていた。

「おはよっ!」

元気よく挨拶する紅羽。

……ああ、約束は守られなかったな。私は落胆する。部屋の掃除はまだ終わっていない。

「その『おはよっ!』の挨拶をしたいがために、午前中に私の家に来たんでしょ!」

「あっちゃー、やっぱりばれちゃいましたか」

紅羽は頭を掻いて、いたずらがばれた子供のような表情をした。

「もうっ! 私の部屋、まだ片付いていないのに!」

私は不機嫌になり、強めの口調で言う。

「大丈夫だよ佐奈、私は部屋が汚さとかあまり気にしないから」

紅羽は軽くそう言い、にこやかに笑う。そして土間に入ってくる。

「私が気にするの!」

私は紅羽を睨みつけ、吐き捨てるように言った。

「だったら私が部屋の掃除を手伝ってあげるよ! 部屋はどこ? 一階なの? 二階なの?」

そう言って土間で靴を脱ぎ、上がり框(かまち)へ入ってくる紅羽。

「二階の左側にある」ぼそりと呟くように言う私。

私が住んでいる家は一戸建ての一軒家で、私の部屋は二階に割り当てられている。

「おっけー、分かったよ!」

紅羽は颯爽(さっそう)と階段を上っていき、左側にある私の部屋の扉を勢いよく開ける。

「お邪魔しまーす、……うわぁあぁ、この部屋は流石にちょっと汚すぎるよ佐奈」

二階から一階へ、紅羽の小さな悲鳴が聞こえてくる。

「だから、部屋は片付いていないって言ったのに!」

私は紅羽に憤慨(ふんがい)しながら、バタバタと階段を上り始めた。
 
 
「はあ……、やっと綺麗になったね、……里歩」

「……そう、……だね」

紅羽と私は息切れ状態になりながらも言った。息切れしているわけは、二人で部屋の片づけをしていたからだ。

二人係でやっても、掃除が終わったのは午後二時だった。一人でやっていたら夕方までに終わっていなかったかも知れない。

「……さて、部屋も片付けたことだし、……なにして遊ぶ、佐奈?」

「……片付けを手伝ってもらった紅羽にこんなことを言うのはあれだけど、なんかどっと疲れてしまって今はなにもしたくないです」
 
私は紅羽を申し訳なさそうに見る。

「私も同意見、なにもしたくない」

紅羽は、カーペットの上にゴロンと仰向けになった。

私も紅羽の横に、同じ体制で寝転ぶ。

「小学生の時に夏休みの宿題で出された日記帳に、友達の部屋を隅から隅まで掃除しましたって書いたら、先生に、はなまるを貰えただろうなー」紅羽はポツリと呟く。

「夏休みでも小学生でもないから、先生から、はなまるはもらえないね、残念ながら」

私は苦笑いを浮かべる。

「小学生といえば、佐奈って小学生の頃はどんな感じの子だったの?」

紅羽は好奇心からか私の過去を聞いてくる。

紅羽の言葉を聞き、私は小学校に行っていた時の自分を思い出そうとしたが、頭に浮かばなかった。

「……分からない」

「そうか、……じゃあ小学生の頃の思い出とかは?」

紅羽は残念そうにした後、次の質問を投げかけてくる。

私は、今度は小学生の頃の思い出を考えた。

だけど、思い出どころか、小学生の頃の日常ですら覚えていない。

「いや、……なぜかは知らないけど、小学校の頃の出来事が全く思い出せない。……中学校での思い出は沢山思いつくのに、……なんかごめん」

私は低い声で、現状を正直に話した。

「…………」紅羽は黙り込む。

仰向けの状態で紅羽の方に顔を向けると、紅羽は私を細い目でじっと見つめていたことが分かった。

――その目は、私のことを探っているような目に思えた。

一体どうしたんだろう? 分からないと言い話の腰を折る私の態度に、機嫌を損ねたのだろうか? 

……いや、そんなような感じではない。

紅羽はいきなり立ち上がった。私もつられて一緒に立ち上がってしまう。

「ねえ佐奈、私佐奈の卒業アルバムが見たいな!」

唐突にはきはきとそんなことを言い出す紅羽。

「別にいいけど、……卒アルは部屋のどこにあるのか分からないから探す必要があって、結構時間がかかると思うけど大丈夫?」

「うん! 大丈夫! 私も探すの手伝うよ!」

そう言って紅羽は力こぶを作って私に見せる。あまりこぶは大きくなかった。

私は家族写真が収められているアルバムの棚を一つずつ取り出して表紙を確認していった。棚は勉強机の上に置いてある。

「ええっと、中学生の時の卒アルはどこにやったかなー」

そんな独り言を言い、中学の卒業アルバムを探す私。

 「佐奈、違うよ。私が見たいのは佐奈が『小学校を卒業』した時にもらった卒アルの方だよ」

 紅羽は真剣な眼差しを私に向けて言う。

紅羽が真面目な時の三日月のように細くなった目を見ると、なんだか心の中を覗かれているような気がして、私はなにも隠しごとをしていないのにも関わらず、少し焦ってしまう。

「え? どうしてわざわざ小学生の時の卒業アルバムが見たいの?」

私は紅羽にちょっとだけ不信感を抱く。

「いいからいいから、私は小学生の時の卒アルが見たいの! 早く探そっ!」

紅羽はせかすようにそう言って笑った。

笑ったことにより、紅羽の真剣な目が普段通りの目に戻り私はホッと息をつく。

――小学生の頃の卒業アルバムを探し始めて、十五分後。

「佐奈、見つかったよー!」紅羽が大声を上げた。

「えっ! どこにあったの?」私も思わず大声を出してしまう。

「洋服ダンスの服の下にあったよ。……まるでエロ本を隠すみたいに」

紅羽は卒業アルバムを私に手渡すと腹を抱えてしゃがみ込み、笑い始めた。

「なんでそんなところにあったんだろう? ……私がそこに入れたのかな?」

私はまるで未知なる生物に遭遇した時のように驚く。

「私に聞かれても分からないけど、多分そうなんじゃない? 紅羽の部屋なんだから」

「まあ、……そうだね」私は軽く頷いた。

私はなんだかムズムズとした気持ちになった。

洋服のタンスの中に卒業アルバムを入れた覚えはないからだ。

……きつねにつままれるような思いというのは、こういう気持ちなんだろうなと私は思った。
 

「佐奈って六年何組だったのー?」

紅羽は床にあぐらをかいて座り、卒業アルバムをめくりながら言う。

「……何組だったか覚えてないな、ごめんね」

私は床に正座で座りながら、開かれる卒業アルバムを遠目で見ていた。

なんだか心がそわそわとして、落ち着かない。

「大丈夫だよ! 一組から順に一人ずつ顔と名前を見ていけばいいんだから」

紅羽がそういって、一組の一番から順に顔写真を指差して確認していく。

「…………」

私は紅羽が小学生の時の顔写真を探している間、なにをすることもなく黙ってその作業を見ていた。

なんだか、体や心の調子がおかしくなっているような感じがした。

心の内側からなにかが剥がれだしそうな感覚がして、胃がキリキリとし始め、お腹が痛くなり、吐き気のようなものまで襲ってきた。

得体のしれないなにかが、私の体を飲み込んでしまうような感じがした。

――なんだこの感覚は、私の体は一体どうなっているんだ?

「佐奈、どうしたの? 大丈夫? なんだか顔色が悪いよ」

「大丈夫、……じゃないかも。なんだか具合がもの凄く悪い」

私は自分の手を確認した。手はなぜか震えていた。

なんで? どうして? 風邪でも引いたのかな?

「……なるほどね。なんとなくそうだとは思っていたけど、やっぱり原因は『ここ』にあったのか」

紅羽がゆっくりと瞬きをして、なにやら意味深なことを言う。

「紅羽それは一体どういうこと?」

私は紅羽に質問する。言っている意味が全く理解できないからだ。

原因はここってなに? ……なんの原因? その原因でなにが起こっているの?

「佐奈、苦しかったら目を瞑っていた方がいいかも。多分佐奈は、この『小学生の時の卒業アルバム』を見ている限り、体の不調が続くと思うから」

「……どういうこと?」私は混乱する。

「――とりあえず目を瞑って、安静にしていなよ! 卒業アルバムを見るのは私だけで十分だから。……私がなんとかするから、佐奈まで苦しむ必要はないよ」

そう言って紅羽はひきつった顔で無理に笑った。

なんとかする? 苦しむ? 紅羽は本当になにを言っているんだ? 

……だけど確かに、体の調子が悪いのはどうにかしたいので、私は目を瞑ってカーペットの上に横になることにした。

目を瞑ったため、辺りが黒一色に染まる。

目を瞑ったことにより、私の体の不調は結構治まったが、不安な気持ちは余計に強まる。どうして体調が悪くなるのかという謎がまだ解明されていないからだ。


――どれぐらい経った後だろうか? 私はしばらく目を瞑ってじっとしていた。

「佐奈、卒業アルバムは閉じたから、もう目を開けて大丈夫だよ!」

紅羽の優しく穏やかな声が聞こえた。

私はゆっくりと目を開ける。紅羽は見下ろすような形で私を見ていた。

「佐奈、具合はよくなった?」

紅羽は心配そうな表情で言った。

私は立ち上がって「……うん、結構よくなったよ」と答える。

「なら良かったよ、安心した!」

私の肩をポンと叩いて、紅羽は安堵の表情を見せた。

私は部屋全体を見渡す。卒業アルバムは勉強机の上にひっそりとした感じで置いてあった。

「……ねえ紅羽、さっき紅羽は私が『小学生の時の卒業アルバム』を見ていると、体の不調は続いたままだと思うと言っていたけど、あれはどういうこと?」

私は気になっていたことを紅羽に聞いた。

「……本当に知りたいの? ……今は聞かない方が良いと思うよ」

紅羽は目線を下の方にやりながら、か細い声で言う。

「知ってしまったら、まずいの?」

私は少し不安になりながら言った。

「……いつかは知ることになると思うけど、とても衝撃を受けることだと思う。ショックもうけると思う。……それでも聞きたい?」

そう言って紅羽は私の目をしっかりと見据えた。

その目はいつにもまして真剣な目をしていて、三日月のように細長くなっていた。

――私は迷う。

どんな衝撃な内容が待っているか分からないから簡単に決心がつけられない。

紅羽が言いたいのは、多分だけど私の小学生の頃が関わってくることだと思う。

その小学生の頃の記憶が私にはなぜかまるっきりないため、何の話をされるのか分からず、聞くのを躊躇ってしまう。

だけど、聞いてみたい気持ちもある。

……私は悩んだ。うんと悩んで判断をしようと思った。



――そして悩んだ末に結論を出した。

「……うん、それでも聞きたい。紅羽教えてくれる?」

私は紅羽から目を逸らさず、真っ直ぐ目を見て言った。

なぜ、私が聞くという選択をとったのか、……それは紅羽のこれまでの様子から決定したことだ。

紅羽は最近ちょっと様子が変だった。

私の学校嫌いを気にしたり、疲れ気味だと心配してくれたり、最近私の元気がないからといってゲームセンターに連れて行ってくれたりと、なんだか私に対してとても気を遣ってくれた。

そんな紅羽の様子を見ていると、私はもしかしたら自分が思っている以上に、どこか変なのかもしれないと思った。

もしかすると紅羽は、そんな変な私を救おうとしてくれているのかもしれないと思ったんだ。

紅羽は私にその卒業アルバムから見つけた『衝撃な事実』を、本音では話したいと思っている。……私はそんな気がした。

紅羽が全力で私になにかを伝えようとしている。

――なら、私も逃げないで、ちゃんと聞かなきゃだめだ。

私はそんな風に思い、衝撃な事実を聞く決意を決めた。

「……よかった、その言葉を聞きたかったんだ」

紅羽はホッと息をなで下ろす。

「……それで、話ってなに?」

「説明のさいに、小学生の時の卒業アルバムを見てもらった方が伝わりやすいと思うからそうしたいけど、佐奈はそれでいい? 大丈夫?」

「多分平気、……また具合が悪くなったら少し横になるかもしれないけどいいよね?」

「うん、もちろんだよ」

紅羽は学習机の上に置いてあった卒業アルバムを持ってきて、床に置いて広げる。

私は一瞬、くらっとめまいがした。床にゆっくり座り込む。

……本当に、卒業アルバムと私の具合は関係しているみたいだ。どうして?

「佐奈、大丈夫?」

紅羽が不安そうな表情で聞いてくる。

「う、うん……、大丈夫」私は無理に口角を上げて答えた。

「……具合が悪くて耐えられそうになかったら、直ぐにいってね」

私は紅羽の言葉に無言で頷いた。

紅羽は私の頷きを確認した後、床に座り込んだ。

「……佐奈、これを見て欲しいんだけど」

紅羽が沢山並んでいる顔写真の中の一つを指差した。

それは私の写真だった。顔写真の下には私の名前が書いてある。

写真の私はぎこちなく笑っていた。写真を見ているとなんだか心がギュっと掴まれるような感覚になる。

「私が小学校を卒業する時に撮った顔写真みたいだね」

私は昔の自分の写真を見て、少し複雑な気持ちになりながら言う。

「うん、……佐奈、この写真を見てなにか思い出さない?」

「この写真を見て?」

「そう」

私は写真に写った昔の私を、目を凝らしてよく見た。

――だけど。

「紅羽、別になにも思い出さないよ」

私は紅羽に対して申し訳ない気持ちを感じながらも、なにも思い出せないことを話した。

「そう……、じゃあなにか不自然な点には気づかない?」

「不自然な点? ……ううん、それもよくわからない」

「なるほどね、じゃあ私が直接説明した方がいいみたいだね」

そう言って紅羽は大きく深呼吸をした。

「うん、お願い。紅羽」

私は紅羽に向かってペコリと頭を下げる。

「写真の佐奈の髪型、なんだか変だよ」

紅羽は軽く眉を顰めて低い声で言う。

「……まあちょっと不格好かもしれないけど、大して問題ではないと思うけどな」

私はキョトンとしながら言った。

確かに私も写真を見た時に、写真の中の私の髪型に、すこし違和感は感じた。
だけど、そこまでおおげさなことではないと思い、特に髪については触れなかった。

髪型はショートカットだ。

「写真ではそう思うかもしれないけど、実際に見たら相当変だと思うよこの髪型。髪が顔を挟んだ右と左で相当差があるし、毛先はばらばらで、どう考えても適当に切っているとしか思えないんだよね」

紅羽は深刻な表情で、私の目をしっかり見て話す。

「まあ確かに変かもしれない。……でも髪が変だからって、そんなに深刻そうに話をする必要なんてないんじゃ――」

「いいや、とても深刻だよ。……だって佐奈はそのことを無意識に引きずっているのだから」

紅羽は悲しげな表情で私の声を遮って言う。

「どういうこと?」

私の頭の中にはてなマークが沢山浮かんだ。

「じゃあ、聞くけど。この髪は誰が切ったの?」

「……いや、分からないけど。お母さんか美容師の人じゃないかな」

「絶対にあり得ないね! 髪を切るプロの人がここまで失敗することはないと思う。佐奈の母だってここまで変に切ることはない!」

紅羽は少し怒っているような口調で言う。

「紅羽はなにが言いたいの?」

「……これは失敗でこうなったんじゃなくて、何者かに悪意をもってこんなヘンテコな髪にされた可能性があるってことだよ、佐奈」

紅羽は重々しい口調で私に言う。

悪意をもってヘンテコな髪にされた? ……もしそうだとしたら、誰に?

私は、小学生の時の私を変な髪にした犯人を考え始めた後、ハッとする。

――つい、考えてしまった。髪型はただの失敗だ、それ以上に深い意味はないだろう。
「紅羽は気にしすぎたよ、これはただの失敗だよ!」

私は手を横に振りながら、おちゃらけて言う。

「いいや、気にしすぎじゃないね。……見た感じだけど、今の佐奈の髪は、佐奈の親が切ったものじゃない?」

紅羽が私の髪に目線を移動させて言う。

「う、うんそうだよ、この髪はお母さんが切ってくれた。……なんで分かったの?」

私は驚嘆する。

「髪を見て分かったんだ。こんな言い方しちゃあれだけど、素人が切った髪と、職業としている人が切った髪の区別は結構分かるからね。それに、髪の切り方の癖や特徴とかも私にはなんとなくわかる」

「……凄いね紅羽は」

私は紅羽の能力に驚き、息を漏らすように声を出した。

これまでにも、紅羽の能力に驚かされたことはあったけど、まさかそんなことまで当てられるなんて……。まるで探偵みたいだ。紅羽は凄い。

「ありがとう。それでね、今の佐奈の髪の切られ方は、この写真の髪型の切られ方とはまるで違うんだよ。だからこの写真の髪は、佐奈のお母さんが切ったものではないと思うし、美容師の人だったらここまで酷くはならないと思う」

紅羽はいったんここで一呼吸おいて、少し間を開けた後続けて話をし始めた。

「――これは長い髪をざっくり適当にハサミで切り落として、無理やりショートカットにしているような切り方、髪をいじめるような切り方だよ」

「どうしてそこまでいろんなことが分かるの?」

「……実は、私は美容師系の大学への入学を目指していて、今は独学で髪について勉強しているの。――だから分かるんだ」

「…………」

私は紅羽になんて答えていいか分からず、黙り込む。

紅羽が美容師系の大学を目指しているなんて私は知らなかった。

……私は紅羽と友達のはずなのに、紅羽のことをよく分かってないことに少し悲しくなる。

「このままだと話がダラダラと長くなっちゃうから、単刀直入に言うよ」

紅羽が深呼吸をして体勢を整え、私の目を睨むように見つめる。

今までの中で一番強い目力を感じた。

そして――。

「佐奈は、小学生の時にいじめにあっていたんじゃないの?」
紅羽は、はっきりと衝撃的な一言を発した。
  

――私がいじめられていた? 


私はおかしなことを言い出す紅羽に笑って言い返そうと口を開けた。

――だけど声が出なかった。

体全体が震え始める。

先ほども具合が悪くなったことはあったけど、『いじめ』という言葉を聞いてからは、それを聞く前の具合の悪さとは比較にならないぐらい、具合が悪化する。

――まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまったように。

頭が割れるように痛い。

頭の中でなにかが思い返されるような感覚がした、けれども頭痛がそれを遮る。――思い出さないでくれと、悲鳴を上げているみたいに。

私はもしかして、小学生の時に誰かにいじめにあっていた?

その嫌な記憶を今までは無意識に頭の中で消去していたのか?

……そんなはずはない、そんなの認めたくない。

激しい立ち眩みが私を襲った。

私は我慢できずに、その場に倒れてしまう。意識が段々と遠のいていくのを感じた。
 ――最後に擦れていく視界に映ったのは、紅羽が私の元に駆け寄って、名前を必死に呼ぶ姿だった。

私はゆっくりと目を開ける。眩しい照明の光が目に飛び込んできた。

私は仰向け状態でベッドの上にいた。首を動かして周りを確認する。周りにある家具には見覚えがあった。

……どうやら私は、自分の部屋のベッドに横になっているようだ。

紅羽はベッドの直ぐ横に立って、私の姿を心配そうに見下ろしている。

「佐奈! よかった目が覚めた! 具合はどう?」

私の目が開いたことを確認し、紅羽は安堵の表情を見せた。
 
「……うん、大丈夫……」

私はいまいち状況を飲み込めないが、具合は悪くなかったので大丈夫と伝える。
 
「まってて、今直ぐに紅羽の親を呼ぶから!」

そう言って紅羽は部屋の扉を開け、扉を閉めずに勢いよく部屋から出て行ってしまった。紅羽のポケットからなにかが飛び出す。

紅羽は気づかないまま、行ってしまった。

「紅羽! なにかがポケットから――」私はそこまで言いかけて、やめた。

急いで部屋から飛び出していった紅羽に、声が届くはずが無いと思ったからだ。

私はわけもわからない状態で、一人部屋に残される。

私はどうしてベッドの上にいるんだろう? ベッドから起き上がり私は考える。

――ああ、そうか。紅羽が、私は小学生の時にいじめられていたんじゃないかと話した後に、私は急に具合が悪くなって、激しいめまいがして、それから――。

倒れて気を失ったんだ。

私は一体どうしちゃったんだろう? いじめという言葉にあそこまで過剰に反応するなんて。

……紅羽はただ可能性を提示しただけなのに、私は気を失ってしまった。

どうしてそこまで衝撃を受けたんだろう? 思えばなんで私は小学生の時の記憶がないんだろう? 

やっぱり私は――。そう考え始めると、また具合が悪くなり始めたので、あまり考えないようにした。

私は立ち上がって、紅羽のポケットから落ちたものに近づく。

――それはクシャクシャに丸まった写真だった。私はしゃがんでその写真を拾い、広げる。

その写真は、小学生の時に教室で、クラスの班の人ととった写真のようだった。六人の人物が写真には写っている。

一番左側に小さくピースをしている私の姿が見える。

笑顔でピースをしているけど、目は笑っていなく、なにかに怯えているような目をしていた。

私はその隣にいる意地が悪そうな笑みでピースをしている男に目を移した。
 
――すると突然、頭に電流が流れたような衝撃を受けた。

私の頭の中で、得体の知らないなにかが暴れているような感覚がし始める。

やがて、頭の中に映像らしきものが流れ始める。それはどうやら私が小学生の時の映像らしかった。