土日はまったり過ごし
すっかりスズメのペースとなる。

朝、起きたら
いつものようにスズメがベランダから僕を見て飛び出してきて

「ご主人様大変です!」
丸い目を大きくして僕に訴える。

「なっ……何?」
何かあった?どうしたの?

「今、ベランダで友達に聞いたんですが、近所の商店街でタイムサービスです。玉子がおひとり様80円です!」

「あっそうなの」
友達って誰?って突っ込みたいけどガマンしよう。
休みの朝から混乱したくない。

キラキラした目でスズメは僕を見て
「おひとり様1パックなんです。スズメは2つ欲しいんです」
切なる願いの顔。

うーん。
きっとベストアンサーはこうかな。
「あとから一緒に買いに行こう」

「ありがとうございます」

朝から元気に声を出し
スズメは朝食の支度を始める。

「今日はフレンチトーストにしました」

三日前に来た女の子は
すでに部屋の主って感じ。


この心地良さに慣れてはいけないのだけれど


彼女と過ごす時間は優しい光に包まれたように

僕を癒してくれていた。





『早く行かないと売り切れます』
買う前から力の入ったスズメに急かされながら朝食を食べ、一緒に商店街へ走る。

無事に玉子をゲットし
ついでに他の食材も買い
幸せそうに歩くスズメ。

「お昼はパスタにしましょうか?夜は冷やし中華もいいですね。あ、麺が続くか」

彼女の頭の中は食事ばかりで笑ってしまう。

太陽がジリジリと僕達を狙い始め、早く食材を冷蔵庫に入れなきゃって思って歩いているとスズメの足が止まる。

「可愛いですね」

商店街の端にあるのはペットショップ。
小型犬が並んでる。

「猫は怖いけど、犬は好きです」
堂々と僕に言うけど
似たようなのだろう。

「同じ仲間のインコとかの方がいいんじゃない?」って聞いたら

「インコは……俺様で上からだから……」目を細めて遠くを見つめる。
どんなトラウマがあるのだろうか。

「金魚は?」

「非常食で飼う手もありますね」
金魚も食材なの?怖っ。

「ご主人様。このトイプードル可愛いですよ」
膝を揃えて座り込み、茶色いトイプードルを見つめて彼女は微笑む。

「可愛いから飼いましょう!」

その単細胞な考え方。
シンプルでうらやましい。

僕は一緒に隣に座り込みトイプードルを見つめる。

「可愛いから飼えない」

「え?」スズメは首を傾げて僕を見る。

「可愛いと別れがつらくなる。だからペットは飼わない」

正直に言うと彼女は返事をせず、ただ不思議な顔をする。

「可愛がって死なれるのがつらい。だから飼わない」
立ち上がって歩き出すと

「それは違いますよ」

初めて彼女は怒っていた。

「その考えは違います。ペットに謝って下さい。ペットに失礼です」

「でも」

「ご主人様はヘタレです。弱虫です!」

スズメはそう言って買い物袋を振り回して走り出し、僕のずーっと前に行ったところで


転んだ。

玉子を持って

転んだ。

ぐしゃっと玉子が崩れた音とスズメの泣き声が、遠くの僕まで聞こえた気がした。


ショックで起き上がれないようだ


これは
かなりへこんでるぞ。




お昼はオムライスで、夜は玉子チャーハン。

『ごべんざさい』涙でぐちゃぐちゃになりながら彼女は僕に謝った。
僕はその情けない顔を見て笑ってしまい、スズメは泣き顔から怒り顔に進化した。ポッポからピジョンになりました。

うん。泣くより怒った方が元気な感じがしていいね。

「ご主人様?」

「何?」

「今日はごめんなさい」

食事をしながらまた謝る。

「割れても料理で使えたから大丈夫だよ。ケガしなくてよかったね」

「違うんです。へタレって言ってごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに彼女は謝った。

「そっちか、いいんだ事実だから」

「事実でもごめんなさい」

いや否定はしないんだね。まぁいいか。

「でもご主人様。『別れがつらいから出会わなければよかった』って思うのは違います。それなら世界中で自分だけしかいなくなります」

「うん」

「『また会おうね。出会えてよかった。ありがとう』ですよ」

年下の小柄な女の子に教えられる27歳。

「私はそう思います」

澄んだ目で僕を見つめるスズメ。

僕は自分の過去をスズメに言いたかったけど、その場は素直に「うん」って返事をした。

「ですよね」

スズメは何度もうなずきながら笑顔を見せる。

明るいおひさまのような笑顔だった。






日曜日は家で平和に過ごし。
マリオカートを教えてあげると、身体を斜めにさせながら暴走して楽しんでいた。
族の素質あり。

そしてすぐ月曜日。週の始まりの朝。

スズメはお弁当をふたつ用意している。

「スズメも今日からお仕事です」

「仕事?」

「はい。働きながらご主人様を幸せにする種を探します」

また
わけのわからない事を言い
うっとりと遠くを見て自分に酔っている。
幸せそうでうらやましい。

「合鍵は作りました」
ジャ―ンと取り出した鍵。いつの間に作ったの?油断も隙もありゃしない。

「行ってらっしゃいませーー!」
いつも以上に大きな声を出して
スズメはベランダから落ちそうなぐらい身体を使って両腕をブンブン振っていた。

朝の罰ゲーム気分。

僕は今日も振り返らずに、走って駅まで一直線。

じっとり朝から汗ばみながら電車に乗り、企業広告をチェックする。
一番目を惹くのはどれだろう。
色合いがいいのはどれだろう。

秋にリニューアルする目薬で頭がいっぱいになり、スズメの仕事の件をすっかり飛ばしてしまった僕。

へタレなだけじゃなくて

僕の考えは甘かった。



「コストがかかります」

「要領が悪いと思います」

「長続きしません」

広報部との合同会議で木之内さんが吠えていた。

否定的というのか
安全策を狙うというのか。

綺麗な顔でテキパキと強気発言をする木之内さんを見て、なぜか男子社員はウットリする率が高い。

「いやカッコいいわ萌える」
そんな中岡の発言に呆れながら、女子社員の冷たい目も気になってしまう。
その冷たい目は僕ら男子社員に対してなのか、木之内さんに対してなのかわからないけど。

若者向けの目薬を売り出す会議は、色んな意見が出たけれどまとまらず終わる。

だいたい
第一回目はこんなもの。
それぞれの意見を受け止めて、自分の考えをまた冷静に見つめ直して様子を見る。

でも木之内さんは必死で吠えていた。

その場の空気はいつもと違って
妙に浮いた感じの会議になってしまった。
だから
三日後にもう一度集まる話になり解散。

ヒールを強く鳴らして部屋を出る木之内さんが気になって、僕は考えもせず追いかけてしまった。

自分の行動が不思議。
人と関わるのが苦手なくせに
なんとなく気になって、追いかけてしまう。

誰の影響だろう。

きっとスズメ。






「木之内さん?」

今日も髪をひとつにまとめ、隙のないスーツ姿。

僕が声をかけると
表情のない綺麗な顔で振り返る。

なるほど鉄仮面。

「亀山さん。いつも会議ってあんな感じなんですか?」
声をかけた僕にツカツカと急接近。

「会議ってあんなダラダラですか?活気がないんですか?」

「えーっと」
迫力で負けそう。

広い廊下の真ん中で僕に喰いつく木之内さんを手招きし、観葉植物の陰に移動。

「一回目は様子見だから。人の考えを聞きながら……」

「ツィッターに頼り過ぎた戦略です。もう少し中味を考えなきゃ、パッケージだって弱いです」

「それはこれからの話で……」

「遅すぎます」

怒られてます僕。

「えーっとですね。何て言えばいいのかな」
資料展開は上手いけど、こんな感じで女性に怒られると上手く説明できない僕。

「結果を出さなきゃ意味はありません」
僕を見上げてキッとにらむ。
強気だなぁ。うちのスズメみたい。

『ご主人様っ!』って、スズメの声が遠くから聞こえそう。
思い出して頬を緩めると
木之内さんはバカにされたと思ったのか、余計怒り出した。

「亀山さんまで私をバカにして」

「バカにしてないよ」

「もういいです!」

木之内さんは大きな声を出し、僕の目の前から去ってしまった。

大きなお世話だったか。

まだ何日か一緒に過ごしてないのに
スズメの影響を受けてしまってる。

『ご主人様ぁ』
遠くから僕を呼ぶ声まで聞こえるし。

『ご主人様ー!』
後ろからしっかり聞こえるのはなぜだろう。

「ご主人様。無視しないで下さい!」

それは現実だから。

うわっ!スズメっ!スズメの声っ?








振り返ると満面の笑みのスズメが立っていた。

「なっ……な、何を?なっ……なんで」

「何?って仕事ですよ」

当然って顔でスズメは胸を張る。

彼女は水色の作業服を着てキャスケットを被りモップを持っていた。
これは社内でよく見かける
お掃除のおばちゃんスタイル。

そして首から下げているパスケースを僕に見せた。

【共同美装サービス 臨時職員 小畑 鈴芽(オバタ スズメ)】

「スズメのお仕事です」
えっへん。どうだ。驚いたか。
そんな顔で僕を見る。

驚いたってもんじゃないだろう。
どうしてうちの会社のお掃除サービスに?
あまりにも自然すぎて似合いすぎるその姿を二度見。

「ご主人様を見守るのもスズメの仕事です。さっきの人がご主人様の彼女ですか?」

「いや違う違う。絶対違う」

「綺麗な人でしたよ」

「綺麗でも身分が違う。彼女はここの社長のご令嬢で雲の上の人だよ」

別の意味で別世界だよな。
話しても会話になってないし。
どうしてあぁなんだろう。もう少し協調性があってもいいのに。力が入り過ぎてる。

でも、その力の入れ方は僕から見れば嫌味はなく
ただ不器用なだけに見えた。

「ご主人様」
スズメは持っていたモップを観葉植物に預け僕の手を取る。

「愛があれば身分差なんて。このスズメが必ず、さっきの人とご主人様をつがいにさせますから」

「はぁ?」

「このスズメにお任せをっ!」

酔ってる酔ってる。自分に酔ってる!!

カンベンしてくれっ!


そして
つがい?って何?
つがいって……つがい?
僕は鳥じゃないぞ!

いやちょっと落ち着こう。説得しなきゃ。
会社でもあのハイテンションの『ご主人様』呼びをされると思うと心臓に悪い。
そしてお騒がせ彼女が、何かやらかしそうで心配になり仕事に集中できない。

「あのさ、働くのはいい事だと思うんだけどどうしてここ?他の場所で……」

「鈴芽ちゃーーーん!」

冷静に説得しようとすると
同じ掃除仲間のおばちゃんに呼ばれて笑顔で振り返るスズメ。

「ご主人様すいません。スズメはお仕事があるのでご主人様と遊んでられないのですよ。家に帰ったら遊んであげますからね」ってモップを持って行ってしまった。

馴染んでる。
今日が初日なのに
しっかり掃除のおばちゃん達に馴染んてる。


胃が痛くなる事ばかりかも。