五月の空に、半分に割れた月が浮かんでいる。まるでかくれんぼをしているみたいに、ひっそりと。

窓辺の席はこれからの季節、紫外線対策が必須だ。前の席の梨央奈なんて、休み時間のたびに日焼け止めのスプレーを体中に吹きかけている。

それにしても眠い。『(しゅん)(みん)(あかつき)を覚えず』と昔の人は言ったそうだけれど、季節や時間に限らず、私はいつでも眠い。昼休みあとの授業となればなおさらだ。

苦手な『社会福祉基礎』の授業ということもあり、脳が拒否しているのか勝手にまぶたが閉じてしまう。

芳賀先生がこの授業を担当している。名前は範子(のりこ)で、歳は四十五歳。

明るい性格でいつも大声で笑い、クラスメイトは陰で『ガハ子』と呼んでいて、本人の耳にも入っているようだが気にしていない様子。

ショートカットの髪で、制服だと言わんばかりにいつも同じ黒色のジャージを着ている。

「はい、次のページ行くよ。ここテストに出すかもしれないし、出さないかもしれないよ」

「どっちなんですか」

ムードメーカーの三井くんのツッコミに、

「ガハハハ」

といつものように大笑いしている。

そんな、月曜日の午後。

あの不思議な体験から一カ月が経とう としている。

今日の全校集会で、久しぶりに涼音さんを見かけた。私を見つけると、大きく手をふってくれた。

少しずつでも元気になってくれるといいな……。

と、突然教室に悲鳴があがった。

「ねね、見て!」

梨央奈が教壇のほうを指さしている。

「え……?」

「ほら、猫ちゃん」

見ると、教壇の上にあの黒猫がちょこんと座っていた。

芳賀先生は猫が苦手らしく、

「誰か、どっかやってちょうだい!」

半泣きでさわいでいる。

「かわいい」「どこから来たの?」「名前はなんていうの?」

女子を中心に声をかけているが、黒猫は胸元の白毛を誇示するように私をまっすぐに見つめてくる。いや、にらんでいる。

……ヤバい。

五月の連休が終わってすぐのころ、昼間に薄い青色の月が出たことがあった。すぐに気づいたけれど、なかったことにしてやり過ごしてしまった。

『青い月の伝説』は碧人との思い出の本。青い月を見つけたときはうれしかったし、私にできることをしようと思った。

でもまさか、幽霊の悩みを解決することになるなんて思っていなかった。

使者として幽霊の役に立てたのはうれしかったけれど、私が夢見ていたのはそういうのじゃない。

伝説のように碧人と手をつなぎたいけれど、そもそも恋人同士じゃないから参加資格もない状態だし……。

「そっち行った!」

男子のひとりが叫び、みんなの視線が一斉に集まる。

「あ……」

黒猫は優雅に私の足元へ来ると、

「にゃあ」

とひとつ鳴いた。

触ろうと手を伸ばす三井くんを優雅にかわし、黒猫は教室の壁側の席へ移動した。

その席に座っている女子は、持田(もちだ)葉菜(はな)さん 。

入学当初から不登校気味で、顔を見るのは週に一度か二度。ウワサでは近いうちに普通科へ移ることになるそうだ。

持田という苗字の人がクラスにふたりいるので、みんな名前で呼んでいるけれど、きっと話したことがある人はほとんどいないんじゃないかな。私も、そうだし。

登校してもいつも机に突っ伏していて、クラスメイトとの交流を避けている。今も、黒猫に気づかず、両手を顔に押し当てたまま身じろぎひとつしない。

黒猫が私をもう一度見て、

「にゃあ」

と鳴いたあと、やっと教室から出て行ってくれた。

「はい、それじゃあ続きをやるから集中して」

芳賀先生は黒猫を見なかったことにするらしい。椅子を鳴らしてクラスメイトが前を向く。

「あの猫、実月に話しかけてなかった?」

「そんなわけないでしょ」

梨央奈の問いに答えてからため息をつく。猫語はわからないけど、なんとなく言いたいことはわかる。

『今度はちゃんと来いよ』

そう伝えに来たのだろう。