玉置に置き去りにされた俺は、腑に落ちない気持ちを抱えたまま駅前まで向かった。
駅前から温泉街、翠和神社に続く道は、店の間や駐車場などの空きスペースを利用して祭り屋台が並んでいる。頭上には、街灯に取り付けられた「灯籠祭り」旗。普段は駅前の足湯だけから湯気が立っているけど、今日は屋台からも煙が立ち、いつも以上に靄が濃い。
硫黄とか潮風とか、そんな匂いも微かに感じるけど、空腹の俺は、焼き鳥やベビーカステラの焼ける匂いを敏感に感じ取っていた。
腹減った。
それにこの辺、いつも以上に賑わってて、陸たちの姿を探すだけでも一苦労。
「おーい、千秋こっち~!」
聞き馴染みのある、クラスメイトの声が聞こえて振り返る。
そこには、手を振る篠岡と、待ち望んだ陸の姿。
「陸!」
さっきまでの玉置事件の衝撃はどこかへ吹き飛んでいった。
陸だ、陸に会えた!
夏休みに入ってから、しばらく見ていなかったその姿に、一気にテンションが上がる。
凛とした黒い瞳。日焼けで少し赤くなった肌。俺を見てふわりと微笑む口元に、つられて俺も頬が緩む。
「楓!練習おつかれさま」
「陸…!」
「遅かったな~、玲央くん待ちくたびれちゃったぜ」
「お前らが早過ぎんだよ」
「楓先輩。こんにちは。」
篠岡に軽口を返していると、二人の後ろから爽やかな声が聞こえた。
「…何でお前もいるんだよ」
「ここは翠和神社の臨時授与所なので」
穏やかな笑みを浮かべる伊吹。でもその笑顔はどこか暗い、…気がする。珍しい。
「ユキちゃんの邪魔しちゃ悪いし、あっち行こーぜ」
「ユキちゃん?」
「ユキちゃん。こいつ」
篠岡が視線で伊吹を示し、伊吹の笑顔が引き攣った。
「…楓先輩。楓先輩のご友人は、なんというか、類は友を呼ぶって感じですね」
「よく分かんないけど、褒められてないことだけは分かるわ」
「涼海~、お前ユキちゃんに貶されてるぞ」
「玲央先輩のことですッ!」
身を乗り出して訴える伊吹。いつも落ち着き払って、余裕綽々って感じの伊吹が、こんな風に子供っぽく人に噛みついてるの初めて見た。
恐るべし、無神経男・篠岡。
授与所に客も増えてきたところで、なんだかキリキリしてる伊吹に別れを告げて、歩き始める。
「玉置はまだ来ねぇのかな~?」
「…うん。遅れるって言ってた」
「そうなのか」
「期末もヤバかったもんなー、あいつ。補習でこってり絞られてんだろうな!ハハハ」
脳裏に蘇る、玉置のワルそうな笑み。
一拍返事が遅れたけど、うまく誤魔化せたみたい。ここしばらくの舞台練習が功を奏したのか、なんでもない顔をするのが上手くなった気がする。
並ぶ屋台をぼんやり眺めていると、陸が横から覗き込んできた。
「楓、楓にも土産を買ってきた。あとで、…帰ったら、渡す」
上目遣いの陸に、胸の内側がソワソワする。体の中で温かいものが膨らんで、広がって。でも俺は、黙って頷くことしかできなかった。もう気持ちがいっぱいで、口を開いても、何を言っていいか分からなかった。ちょっと、ニヤけてしまう。
「あー、はいはい。まったく、胃もたれするわあ…」
「かき氷でか?シロップをかけ過ぎたせいだろうか」
俺たちの横で、呆れた様子の篠岡が嘆く。すかさず陸が返事をするけど、篠岡は俺にニヤッと笑っただけだった。
「よっしゃ!そんじゃ、射的でもやろーぜ?千秋の奢りで!」
「なんでだよ!それより俺はお腹減った。焼き鳥食べよーぜ、焼き鳥」
「俺も食べたい。行こう」
「えー、俺はパス。二人で行ってこいよ。俺はここで座って待ってるから」
そう言って、ちょうど空いたベンチに腰掛けた篠岡。「な?」と言って、ウインク。それが、心なしか陸に向けられているような気もして、胸の奥がジリっと焼けた。
「…!、ああ…、わかった。行こう、楓」
「おー」
まあ、陸と一緒に行動できるなら、良いか。
そう考え直して、陸に続く。汗の滲むうなじが、色っぽい。
「あ、陸」
「なんだ?」
人の波の中、陸が俺を見上げる。
「おかえり、陸」
「…ただいま、楓」
ちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうな笑顔を見た瞬間、周りの音が止まったような気がした。
ここが外でよかった。二人きりだったら、感極まって抱きしめていたかもしれない。いや、しないけど。…多分。
そのくらい、久々に見る陸の笑顔は、俺を癒して幸せにした。
焼き鳥屋台の列に並ぶと、陸が控えめに俺を呼んだ。顔を向けると、陸は何か言いたそうに口を開くのに、言葉が出てこない。
気まずそうに視線を逸らし、列の先に目をやった。
「どした?」
「…楓は、俺が帰省してる間、ずっと、舞台練習だったんだよな、その、…天音先輩と。」
陸の横顔は、少し硬い。
「まー、そーだね。」
なんだ?陸の考えが読めない。
「その…、天音先輩と、つ、付き合ってる…のか?」
「…ハァ!?」
予想外の質問に、思わず大きな声がでた。ちょうど前の人が会計を済ませて去った所だったから、屋台のおじちゃんが驚いた顔で俺を見た。すみません。
「あ、いや、そんな噂を耳にして…な。えっと、焼き鳥二本、お願いします。」
マジで?そんな噂流れてんの?最悪じゃん。
よりによって、陸の耳に入ったっていうのが最悪。陸はそういうの頭から信じるタイプだから。
焼き鳥の注文で、会話が途切れる。渡された串を手に、列を離れ、来た道を戻るけど、陸の表情は硬いままだ。
少し前を歩く陸に手を伸ばし、服の裾を引いた。
立ち止まった俺に気づいた陸が、俺を振り返る。
ようやく、目が合う。
「……気になる?」
陸の服をつまむ指先に、ぎゅっと力が入った。
陸の瞳が揺れる。
「俺が、先輩と付き合ってるかどうか。気になる?」
「…」
陸の唇がキュッと結ばれる。でも眉尻は下がっていて、目には不安の色が滲んでいた。
「俺が百合羽先輩といると、…嫌?」
「…そんな、わけ…」
弱々しい声。
ようやく口を開いても、歯切れの悪い言葉。
…嫉妬、してくれてたら、嬉しいのに。
そう思いながら、陸に近付く。
陸は身構えるように肘を引き、体を硬くした。
その反応に、足が止まる。
「…楓が誰と付き合おうと、楓の自由だ。その…、詮索するようなこと聞いて、すまなかった」
そんな言葉が、聞きたいわけじゃないのに。
踵を返し、俺から逃げるように歩き出した陸を、今度は手を掴んで引き止める。
「陸、ねえ、…俺を見てよ」
まっすぐに黒い瞳を見つめると、サッと頬に朱が差した。陸の手、熱い。
「楓…、手、離してくれ」
「陸が答えてくれるまで、離さない」
何かを堪えるように、唇を噛んだ陸。湖面のように澄んだ瞳が揺れる。長いまつ毛が伏せられ、陸は小さく息を吸った。
「俺は…、楓が先輩といても……嫌…じゃ、ない…。だから、手を離して、くれ」
震える、小さな声。喉の浅いところから、絞り出したように聞こえた。
力が抜け、握っていた陸の手もするりと抜けていく。
「…早く戻ろう」
苦しそうに息を吐き、そう言って振り返らず歩いていく陸。
「…『嫌じゃない』の顔かよ…」
泣き出しそうな横顔が、目に焼きついて離れない。
心臓が、ぎゅっと締め付けられた。
篠岡の元に戻る頃には、祭りの雰囲気に飲まれて、陸との先ほどまでのやりとりも、あの空気も、少し薄れていった。
その後すぐに玉置も合流して、いつもの四人が揃うと、いよいよいつも通りな空気に戻る。
玉置は、何事もなかったような顔で「中学時代の知り合いに会って、つい話し込んじゃった」と言うので、俺も適当に返事をしておいた。玉置は俺に、いつもの可愛らしい笑顔を向ける。
…さっきのあれは、幻覚だったのかもしれない…、そう思いたい。
「じゃあ、今度こそ!射的!いこーぜー!」
「射的は初めてだ、楽しみだ!」
「僕もー!」
「千秋の奢りだからな!打ちまくるぜ~」
「だからなんで俺の奢りなんだよ!」
結局一人二回ずつ挑戦したのに、結果は振るわず。戦利品は、飴玉とかスナック菓子の小袋とかの駄菓子が4つと、見たことないキャラクターのソフビが1つ。それとどう見ても女児向けのサイズの小さいカチューシャ。
「まー、こんなもんだよねー」
「僕このソフビ要らないけど、誰かほしい?」
「要らねー。でもそれ、ヒロ丸に似てんな!」
「確かに似ている。目の細い感じが特に」
ヒロ丸とは、我らがクラス担任の丸先生のこと。主に篠岡がそう呼んでいる。
「あ、玉置、俺のカチューシャやるよ」
「ええ~?それもすごく要らない」
「でもお前、部屋でいつも前髪上げてんじゃん?」
「…カチューシャは…、ハゲるから…」
ちょっと恥ずかしそうに言う玉置の頭を、全員が見つめた。
「ちょっ、何でみんな黙って頭見るの!?まだハゲてないからっ!!」
「何も言ってねーけど」
「玉置、大丈夫だ、ちゃんとあるぞ」
「あはは!それより勉強のしすぎでハゲねぇように気をつけろよ~」
「え!?勉強のしすぎってハゲるの!?」
「本当か篠岡!?」
「陸はともかく玉置まで騙されんなって」
景品の駄菓子を齧りながら、道中でフライドポテトやフランクフルトも追加で買って食べ、お腹を満たしていく。
「あ、神社の方、人が集まってる」
「行ってみよーぜ!」
玉置が指差すと、すぐに篠岡が先頭を歩き、四人で境内に入る。
鈴や太鼓、笛の音が聞こえてくる。
「なんかやってるー!舞?みてーなやつ!」
静かに舞台を見守る観衆の中、篠岡が、俺たちに振り返り報告する。
てゆーか恥ずかしいから大声出さないでほしいんだけど…。
境内には拝殿の前に仮設のステージが用意されているようで、それを囲むように人だかりができていた。
「あー、僕の身長じゃよく見えないや。」
「あ、あれは…」
玉置が観覧を諦めると同時に、陸が呟いた。
舞台上では、平安時代の貴族みたいなピシッとした折り目の付いた着物を着た少年が、扇を持って舞っている。
「…伊吹?」
「似ているけど、あそこにいるのは弟くんの方だ」
え、と陸を見る。陸は「俺もさっき初めて会ったんだ」と補足する。
「祐希人の一年下の弟で、陽凪大くんと言うらしい」
「弟いたのか、あいつ。」
伊吹は今、駅前広場で臨時授与所の手伝いをしているはずだ。
──弟は、表舞台にいるにも関わらず。
舞は、少しぎこちない印象も受けるところもあるけど、なによりエネルギッシュで、それに衣装や舞台の雰囲気も合間って、それらしい形になっている。
演奏をしていた太鼓や鈴が、ドンと一際大きな音を打ち鳴らし、沈黙した。次の瞬間には、観客から拍手が湧き起こる。
舞台にいた少年は満足げな笑顔を残し、その場を去っていく。
「よくわかんねーけど、祭りっぽいな!見れて良かったー!次いこーぜっ!」
「ねぇねぇ、僕かき氷食べたい!かき氷食べ行かない?」
「すまない、篠岡と俺はもう食べてしまった。」
「『生コンかき氷』な!」
「…なにそれ、不味そう」
能天気な声で、失礼とも取れそうな感想を言う篠岡を始め、三人はかき氷の話をしながら神社の階段を下る。
俺は、初めて伊吹に会った、蚤の市の日のことを思い出していた。
陸のことを貰っちゃうだとかほざいてたあの日だ。
暗い目で、「子供っぽい人は嫌い」と冷たく言い放った伊吹。
なんか、あいつも抱えてんだろーな…。
「あ、楓、そろそろ会場に向かおう」
陸に声をかけられ、回想を止める。スマホで時間を確認すると、集合時間まで、あと15分程になっていた。
「そーだね」
「僕らも流し手やるから、一緒に行こー」
「あーあ、折角なら、かわいい浴衣女子と参加したかったぜー」
灯籠流し会場は、この町の東を流れる「霞川」。ネットで調べた情報によると、この川は途中で大きなカーブがある。川幅が広くて周りの土手も低いから、そのカーブを灯籠が流れる時、灯籠が山に向かって行くように見える角度があるらしい。SNSでは、その不思議な光景のショート動画が散見された。
「ボランティアの集合は下流だ。ここで解散だな」
「うん、二人とも、頑張ってね~」
「俺が1番派手な灯籠流してやるから、見逃すなよ!」
「篠岡、あんま玉置に迷惑かけんなよ…」
「またなー」と手を振り合い、二手に分かれる。
河原には家族連れや友人グループ、カップル達が、各々好きな場所に座って、灯籠流しの開始を待っていた。
…本当だったら、俺も陸と、ここのどこかに座っている予定だったのに…!
「前野先生は下で待ってんの?」
「先生は来られないらしい。娘さんの彼氏が、結婚の挨拶に来るんだと言っていた」
「…お前、ほんと前野先生と仲良いな…」
先生は来ねーのかよ、というツッコミより、驚きが勝った。そんな話まで生徒にする?
そのまま少し行くと、SNSで見たカーブポイントを通りかかり歩調を緩める。動画と同じように山に向かうように川が流れている。ちょうど翠和神社や学校のある方角だ。ここは最も見物人が多くて、中には一眼レフを抱えた人や、ローカルテレビ局も撮影に来ていた。すげー。
「あ、あそこだな」
さらに進み、下流に近付くと、見物客は減っていった。陸が示した先には人だかりがあって、その中には、蚤の市やゴミ拾いボランティアで見た顔もちらほらいた。商店街や消防団の人達だ。
挨拶をして、すでに割り振られていた持ち場に行く。俺たちは回収された灯籠を分解・分別する係。
灯籠が流れ着くまでは、やることはない。陸の隣に並んで、月明かりを反射する川を眺めた。
「そろそろ流し始める頃だって」
「そうか。篠岡の派手な灯籠、分かるだろうか」
「どうかなー、てゆーか、どんな灯籠なのか想像つかねー。あいつ絵心とかなさそうだし…」
「絵心とかなさそう」と言った瞬間、陸が俺をジッと見た。何だよ。
すると、遠くの方から、わっと歓声が上がる。最初の一斉放流が始まったみたい。
「盛り上がっているな」
「うん」
川の水がさらさらと絶え間なく流れていく音。少し離れたところで雑談に花を咲かせる大人たちの声。
隣の陸を見ると、黙ったまま、澄んだ瞳に月の煌めきを映していた。口角をゆるく持ち上げながら、唇はぎゅっと結んだままで、溢れる気持ちを堰き止めているように見えた。
「陸?」
「…楓、今日、一緒に来てくれてありがとう」
「いーえ。どーしたの急に」
「いや、なんだろうな。なんだか嬉しくてな…。」
そう言うと、陸は視線を落とした。
「俺たちがやることは片付けだけど、それがあるからこそ、たくさんの人が、ああやって夢中で楽しめる。…見えない場所から、ちゃんと人の役に立てている。それが、嬉しいんだ」
頬を染め、はにかんだ笑顔を俺に向けた。
「…そんな時間を、楓と共有している。…それも、すごく…、嬉しい。」
微かに潤んだ瞳が、星の雫のように、美しい陸の顔に輝いた。
ああ、綺麗。
「陸…、」
不器用なくせに他人想いで、一生懸命な陸。
鈍感で、周りを気にせず行動に移すくせに、独りになることを恐れて不安がる陸。
真面目でまっすぐで、天然なのに、そんな風に綺麗に、かわいく笑う陸。
俺が誰かと付き合っているかもと聞いて、泣きそうな表情を浮かべた陸。
──そんな陸が、どうしようもなく、
「好き」
「………え?」
「……え、」
思わず、口から溢れていた。
うそ…、何口走ってんの、俺。
目を逸らす。手の甲で口元を隠した。
顔が、耳が、首が、熱い。
「楓、いま…」
小さく震えた陸の声が聞こえる。
上流からゆらめく光たちが流れてくる。
眉間に皺を寄せ、はぁ、と息を吐く。
…腹を、括ろう。
だって、もう抑えられない。そう思った。
「好きって、言った。陸のことが」
心臓がうるさい。
手を下ろし、体の横で強く握り込む。
真っ直ぐに陸の揺れる瞳を見つめた。
「す、す、す…、き……って…」
「っ、分かれよ。…触れたい、抱きしめたい。…そういう、“好き”。」
恥ずかしさから、少し拗ねたような、そっけない口調が混ざる。腹を括ったはずなのに、尻すぼみになる声が情けない。
目の前の陸は、みるみる赤くなっていく。
その目は見開かれ、言葉は出ていないのに、口はぱくぱくと動いている。
それから恥ずかしそうに視線を落とし、小さく身じろいだ。足元の石がコツンと鳴った。
「…で、でも…、楓は、天音先輩と、付き合っているって…」
「付き合ってねーよ」
「え…、そう…なのか」
「俺が好きなのは、陸だから。」
驚いた表情で、一瞬、俺を見て、ハッとしてまた逸らす。安堵したような、照れているような、そんな様子で、赤い顔のまま視線を彷徨わせる陸。
「陸、前に言ってたよな。『友人に告白されたら断る』って。それでも、いい。でも、」
顔が俯く。
視界の端にはゆらゆらと集まり、流れていく小さな光。
言葉を探して、一度口を閉じる。緊張と一緒に息を飲み込みこんで、願うままに、伝える。
「少しだけ、考えてみて欲しい。…俺のこと。」
カタン、コト、と静かな音を立てながら、灯籠が網に堰き止められていく。
次々と流れ着くそれは、大きな塊になって、溢れそうになっている。
「…おねがい。」
視線だけ陸に戻して、懇願するように、呟いた。
全てを吐き出したはずなのに、胸が苦しくて、眉をぎゅっと顰めた。
流れる灯籠の一つが、石に当たってくるりと向きを変える。
陸の頬を、灯籠の光が柔らかく照らした。
「……わかった」
少しの沈黙の後、陸が静かに答えた。
その声を聞いて、自分が息を止めていたことに気付く。胸いっぱいに大きく息を吸った。
はあっと一気に吐き出すと、いつものようにヘラッと笑ってみせる。
「さ、いこーぜ。片付け、やるんだろ?」
「…ああ。行こう」
少しの迷いを見せながら、俺の半歩後ろをついてくる。
いつもより、少し遠い距離。でも、一緒に歩いている。…今は、それだけで十分。
だって、気持ちを伝えた途端に、拒絶される可能性だってあったんだから。
もしかしたら、明日にはこの距離が、もっと遠くなるかもしれない。
でも、今は。
陸を振り返る。
笑いかけると、恥ずかしそうに頬を染めて、ぎこちなく笑い返す陸。
好き。
この気持ちは変えられない。
心の中にしまっていた、小さな光。
俺の手から放たれたそれは、川のせせらぎと共に、陸に向かって、暗い水面をゆらりゆらりと流れていった。
