「兄貴ぃ、寒いからそっちも窓閉めてー」
(かえで)、分かるか?この潮風と、かすかに香る硫黄の匂い…。蒼泉台(そうせんだい)の生徒なら、これが青春の香りだ!って思うようになるもんだぞ?」
「俺は明日から初めて蒼泉台の生徒になるんだから、まだぜーんぜん共感できませ〜ん。兄貴の青春の振り返りは、帰り道に1人でやっといてくれるー?」

「いいから早く、窓閉めて」と急かすと、やれやれと笑った兄貴が運転席と助手席のドアウィンドウを閉めてくれる。波の音と温泉街の賑やかさが窓に遮られる。
兄貴と2人きりの車内は、カーラジオから流れるアップテンポの流行曲と、トランクの中でガタガタ揺れるキャリーケースの音だけになった。

家から車で2時間。ここ灰霞町(はいかちょう)は、温泉が売りの、山と海に囲まれた小さな町。そして俺たちが向かっているのは、山の中腹に立つ「私立蒼泉台高等学校」。俺の兄貴も姉貴も通ってた学校で、明日から俺も、ここの生徒になる。

「駅前は相変わらずの賑わいっぷりだなぁ。俺が高校生の時より、更に観光客が増えたんじゃないか?」
「兄貴が高校生って、5年も前の話じゃん!」
「5年“しか”経ってないだろ?」
「あー…、歳取ると、時間の流れって早くなるらしいよ、オ・ジ・サ・ン?」
「誰がオジサンだ!まだ23だ!」

ルームミラーごしに兄貴と目が合う。俺と同じ、焦茶の髪と目が楽しげに揺れて、俺もハハッと笑い返した。
8歳上の兄貴は、6歳上のワガママな姉貴よりずっと大人で、俺からしたら小さい親父みたいな感覚。尊敬はしてるけど、ちょっとオッサンっぽいと思っているのも事実だ。

「ったく。お前もあっという間にオジサンになるんだからな?」
「オジサンなのは、認めるんだ?」
「ここで降ろすぞ〜」
「うそうそ!ごめんって」

兄貴といつも通りのふざけ半分な会話が一区切りすると、また車内は静かになる。
窓の外、線路沿いの道からは、建物の合間、線路の向こうに温泉街が見えた。駅前の一本道が観光客向けの温泉街で、その奥、山の麓は温泉宿が立ち並ぶ。
山の方は桜の花が咲き誇り、温泉宿から出る煙の向こうに、薄ピンクが幻想的に浮かんでいた。
しばらく山の景色を眺めていた俺は、今度は反対側に見える住宅街に目を移した。

…相変わらず、愛想のない町。

少し、気分が沈む。
海に面した住宅街は、休日の午前だというのに、どの家も窓もカーテンも閉ざし人気は感じられない。潮風を嫌ってか、洗濯物すら出ていない。

───外の喧騒はもううんざり。

そういっているかのようだった。


狭い交差点を曲がり、山の中腹を目指し進んでいく。
山を切り開いて作られた道は、坂道やカーブが続いていて、細い道で観光バスとすれ違うときは少しヒヤヒヤする。
無事に学校の門の前まで着くと、兄貴がメタルレッドのキャリーケースと、黒のボストンバッグをトランクから降ろしてくれた。

「寮生活、きっと楽しいぞ!青春してこいよ〜!」
「ありがと。兄貴も仕事がんばって」

賑やかな兄貴の声を乗せ、スムーズに発進した車を、少しの寂しさを覚えつつ見送った。
学校の門を振り返る。
ここまで来ると、潮や硫黄の香りは感じられず、代わりに森の中のような露が滲む緑の匂いがする。
私立といっても、その歴史の深さが売りのこの学校は、なんだかボロい。建物の白い壁は全体的に黒ずんでるし、校舎の背後を囲む鬱蒼とした森も、ぶっちゃけ不気味。

俺、千秋楓(ちあき かえで)は、明日からここで高校3年間をスタートさせる。兄貴の言うような青春とかいうものは、特に期待してない。けど、まあそれなりに楽しく生活できたらいいなとは思う。

「えーと、まずは寮の管理人から鍵を貰わないとだから…」

キャリーケースを引きながら、門を抜け、やたら広い敷地を歩く。男子学生寮は、横長い校舎の左手。ちなみに女子寮は校舎の反対側。
兄貴も姉貴も通ってた学校だから、何度か遊びにきたことはあるし、色々話も聞いてるから、真新しさみたいなものはあんま感じないけど。

「あった。あそこが入り口か。で、あの人が管理人…?」

寮に着くと、入り口近くには60代くらいのおじさんがいた。寮の入り口に積まれた段ボールを中に運んでいる。服装からして、あの人が管理人だろう。近づくと、向こうから声をかけてくれた。

「あ、新入生の子かい?」
「そうでーす。121号室に入る予定です」
「そうかい。私は小日向(こひなた)です。男子寮の管理人兼用務員、まあ雑用係ってところだよ。ああ、ちょっと待ってなさい」

目尻の皺を濃くして優しそうに笑う小日向さんは、そう言うと管理人室から121号室の鍵を取って戻り、俺の手に渡した。

「121号室は入って目の前の扉だよ。廊下に生花の入った段ボールがあるから、気をつけておくれ。あとでまた片付けておくから」
「はーい」

小日向さんの言うとおり、寮玄関に入ると短い廊下があり、その先にはもう121号室が見えていた。扉の前には先ほどの段ボール。花の匂いがする。
あー、生花って、新入生がもらうやつね。
地元の花を地元の花屋から…みたいな、この学園が大事にしてる地域密着系アピールの1つで、入学式の日、両親が持って帰ってきてたわ。

121号室の扉の前に立つと、短い廊下と垂直に左右に伸びる長い廊下。右手は20室程が向かい合うように並び、左手は、テレビや雑誌などが置かれている共有スペースを挟んで、また奥に部屋が続いている。

「共有スペース近くとか、うるさそー」

なんて文句言いつつも、親元離れての新生活の始まりが徐々に実感されてきて、気持ちは弾み始める。

扉を開けると、2段ベッドと机やタンスといった最低限の家具が置いてあるだけの簡素な部屋。今日は4月にしては異様な寒さだけど、このなんもない部屋は余計寒く感じる。

「同室の奴はまだ入ってないっぽいなー。気ぃ合う奴だといーけど…、まあ、どんな奴でも、いつも通りテキトーに合わせとけばいけるっしょ。」

上っ面だけ、演じる。相手の表情とか空気とか読んで、“テキトーな距離”がとれるように振る舞う。今までそうやって生きてきて損したことはないし、これが一番いい生き方ってやつだと思ってる。
エアコンの下に引っ掛けられていたリモコンを手に取り、暖房ボタンを押す。

「4月なのにこんな寒いのおかしいって。部屋あったまるまで購買見てきてみよーっと」

ボストンバックの中をまさぐって、財布とスマホをポケットに突っ込む。
そして、上機嫌に部屋を後にした。

─────この時の見落としが、俺の高校生活を一変させることになるとは、気付かないまま。


千秋楓が去った部屋には、エアコンの暖房音だけが響いている。
前の入居者は、エアコンの風が苦手だったのだろうか、風向はほぼ水平、天井に向かっている。

「こ、こんにちは…?」

落ち着いたテノールの声。戸惑い気味の挨拶と共に121号室に入室してきた青年は、涼海陸(すずみ りく)。白い肌に黒い瞳と髪。凛とした吊り目と、均整の取れた体つきは、彼の美しい顔立ちを更に引き立てている。
涼海は、狭い部屋の中を見渡し、同室者を探すも、荷物だけが置き去りになっているのを見て、同室者は不在であることを読み取った。

「この部屋、暑すぎないか…?」

涼海は自分の荷物を置くと、部屋の窓を開けようと近づく。
その時、部屋の中に警報音が響いた。

「ピーピーピー火事です火事です」
「な、なんだ!?」

エアコンの温風で温められた火災報知器が作動。火元もないのに煩く鳴り響く警報音に涼海は焦る。

「何もしてないのに何故…!?と、とにかく止めないと!」

椅子を引き寄せ飛び乗る涼海。火災報知器は相変わらずけたたましく警告を伝える。

「焦らせるなよっ!えーと、えーっと…?よ、要は壊れてるんだよな!?とりあえず叩いてみよう!」

ピーピーピー、……パカッ

「……え?なんかフタ?が取れちゃっ…」

シュバーーーーーーー!!!

「ブッ、うわあああ!!」

勢いよく発射されるスプリンクラーの水。
壊れた家電を叩いて直すという完全なる脳筋発想で、真剣な表情で火災報知器に平手打ちを繰り返した涼海。
その判断は、もちろん悪手。
涼海の打撃により火災報知器は壊れ、スプリンクラーまで誤作動したのだ。

「うわあああ!濡れる!濡れるっ!あ、荷物っ!」

至近距離でスプリンクラーの噴出をくらった涼海は狼狽えるも、同室者と自分の荷物の存在を思い出す。
椅子から飛び降り、持てるだけの荷物を手に勢いよく玄関の扉を開いた。



寮玄関に入った瞬間、火事の警報音が俺の耳に響いた。
え、火事?どこにも煙は見当たらないけど?

なんか、嫌な予感…。

どうかこの勘は外れてくれと、思いながら部屋のドアに手をかけた、その時。

シュバーーーー

「え」

廊下の天井から降り注ぐ水飛沫。

これって…スプリンクラー!?

スプリンクラーは近場の数箇所が連動しているようで、廊下も、隣の共有スペースも、天井から水が噴出されている。それに気を取られていると、目の前の扉が勢いよく開いた。

「わ!」
「うわあ!」

全てがスローモーションのようだった。
飛び出してきた黒い頭に激突され、そのまま2人、勢いよく廊下に飛び出る。
2、3歩後退りしたところでつまずき、なすすべなく、黒頭と段ボールに突っ込んだ。

背中でグシャッと潰れる感触。
ふわっと、舞い上がる色とりどりの花びら。
派手な水飛沫。
目の前には、濡れた黒い瞳。

……キレーな顔、してる…。

幻想的な一瞬に、相変わらずけたたましく鳴る警報音が遠く聞こえた。
後ろから「どうしたんだい」と飛び出てきた小日向さんの声も。

しかし次の瞬間には、耳をつんざく怒号で、目が覚めるように今に意識が戻った。

「お前らァ!なにしてる!!」
「「!」」

ただ呆然と見つめあっていた俺と黒頭は、弾かれるように声の発生源を見る。
共有スペースの方から登場した上下赤ジャージ姿の男は、どうやら教師のようだ。
この人も俺らと同じようにびしょ濡れ。
…これはヤバい予感。

「あらら、また誤作動したんだねぇ。でもスプリンクラーまで動いちゃうとは…ははは、今年の1年生は元気だね」
「小日向さん、すみません。お前ら!来いッ!」

状況がよく飲み込めないまま、俺たちはジャージ教師によって無理矢理立たされ、そのまま腕を引かれて連行されていったのだった。


連れてこられたのは社会科教科室。
机には付箋だらけのノートパソコンと、その両脇に山ほどノートや書類が積まれている。机の横に無造作に掛けられている名札を見るに、ジャージの教師は前野大輔(まえの だいすけ)というらしい。しかも“主幹教諭”の肩書きまである。…偉い人じゃん?
椅子にドカリと腰掛けた前野先生は、俺たちにタオルを渡すと、自分も白髪混じりの頭をタオルで拭きながら、事の顛末を話すよう促した。

「…それであんなことに…。このっ、バカ共!」

鼓膜が震えるほどの怒号。声量バグってるんじゃないの?ってくらい。
俺、怒りやすい人ってマジで苦手。こんな風に怒鳴られる経験なんて今まで全然無かったから、正直堪える。
あー、なんとかしてこの場から逃げたい。

「お前らのせいで、共有スペースも水浸し、明日使う生花も台無しだ!どうするつもりだ!」
「……すみません…でした」
「すみませんでした…。でも先生、これって事故じゃないですか。それにコイツはともかく、俺はそんな悪くないと思いません?共有スペースも花も、スプリンクラー稼働しちゃったのが原因なんで。」

隣にいる涼海とかいう奴を目で示す。綺麗な見た目に反して、中身は脳筋野郎のコイツ。悪いけど責任は涼海一人に取ってもらおう。俺は一刻も早くここから逃げ去りたい。

「なっ!お前…!元はと言えば、お前が部屋の暖房を付けっぱなしにしたからじゃないか!」
「そーだけど、それだけなら火災報知器の誤作動が起きただけじゃん?結局、お前が馬鹿力で火災報知器壊したから、水浸しになったんでしょ?」
「うっ…、た、確かに、そうだけど……でも!」

一瞬、眉を下げ悔しそうな表情を見せるも、再びツンと吊り上がった目で俺を見る。ムッと口を一文字に結び、悔しそうな態度。
分かりやすいやつ。そういう本音を隠せない性格、身を滅ぼすと思う。
涼海の反撃に備えてちょっと身構えた、その時だった。

「オイッ!」

突然、前野先生が思い切り机を叩いた。部屋に響くバンッという音と共に、机の端に山になっていたプリント類がバラバラと雪崩れる。俺の身体もビクッと飛び跳ねる。
しかしそんなのお構いなしに前野先生は大声で俺たちを窘めた。

「いい加減にしろ!!」

前野先生の咆哮に背筋がビリリと震える。

「いいか。寮生活、ひいては社会生活において“思いやりと助け合い”は必要不可欠だ。罪のなすり付け合いなんて言語両断!」

真剣な目が、俺を貫く。
…俺、熱い人間もマジで苦手なんだけど。
萎縮する気持ちを無視するように、あえて心の中で悪態をつく。
前野先生は俺たちの2人をじっくり睨みつけてから、ひとつ咳払いをして続けた。

「…お前達は、“助け合い”の精神を学ぶべきだ。ちょうどいい。俺が担当する部に入りなさい。その根性を叩き直してやろう。」
「「へ?」」
「『おたすけ部』。ちょうど今年度から設置しようと思っていた部だ。」

思ってもいなかった急な提案に、思わず気の抜けた声が出てしまう。
てか“おたすけ部”?何それ?
まずダサい。ダサすぎる。名前が。

「早速だが、お前達が取り組むべき活動がある。小屋の管理だ。学校の敷地の奥に、かつて管理人住居として使われていた小屋がある。理事長の意向で残されたままになっているが、今は誰も使っていないせいで劣化が早い。」

本日2回目の嫌な予感。
その小屋の話、兄貴からも姉貴からも聞いたことがある。この学園で“幽霊小屋”と呼ばれてる、あの曰く付きの場所に間違いない。
冷たくなった手のひらに、冷や汗が滲んだ。

「今日の一件で、121号室はしばらく使いものにならない。お前達はその小屋で生活し、清掃活動に励むこと。なに、昨年度中に準備はしていたから、最低限の生活インフラ“は”問題ない。それに、」

少し溜めると、先ほどまでとは違う若干の優しさを滲ませた声で続けた。

「お前たちなら、きっといい学びを得られるはずだ。……期待してるからな!」

己への自信と、俺たちへの期待の目。
いやいや、いい話風にしようとしてるけど、冗談じゃない!

「ちょっと待ってくださいよ先生!俺もコイツと同罪なんですか?!」
「さっきも言っただろ?お前たち2人で、助け合い、協力するんだ。ああ、清掃に使える道具は、小屋の近くの納屋にある。困ったことがあれば、俺か、小日向さんを頼りなさい。話は以上だ。いいな?」
「「…はい」」

マジで…?
口を開こうにも、熱血教師・前野先生に、これ以上の説得は無理だと肌感で分かる。クッソ…。納得いかないけど、ここで食い下がるのは得策ではない。
恨めしい気持ちで、隣にいる涼海を睨む。お前もなんか言えよと念じるが、肝心の涼海は真剣な表情で「頑張ります」と胸を叩いている。
あ、ダメだこれ。熱血教師と脳筋野郎って、なんか相性いいんだ。そして俺は、どちらとも相性最悪。
関わってしまったが最後、俺はもうこの最悪コンビからは逃れられない未来を悟った。
俺は項垂れながら、黒髪の疫病神と共に社会科室を後にした。



時刻は昼過ぎ。寮の片付け作業を終えた俺たちは、濡れた荷物を持ったまま、幽霊小屋の前に立ちすくんでいる。爽やかな土と緑の香りが、ほんの少し、苛立った気持ちを落ち着けてくれた。
幽霊小屋は、学校の敷地の奥の方、もはや森といっても過言ではない場所にひっそりと建っていた。小屋の見た目は丸太を積み上げたような、いわゆるログハウスって感じ。
でも屋根からはよくわからない植物が不気味に蔦を垂らし、丸太の表面はほぼ黒ずみ、学校の校舎よりも暗い。
デッキも蜘蛛の巣だらけで、大きな窓ガラスは雨の跡なのか白くモヤモヤと濁っている。カーテンもビリビリ。

思わずため息が出る。
最低限の生活インフラは整えてあるとは言っていたものの、どこまで生活可能なのか分かったもんじゃない。
校舎や寮ともかなり離れていて、ここでは野鳥の囀りと、木のざわめき音が聞こえる。
やっぱり、もはや森。
日が沈めば本当に何かが出そう………いーや、俺は非現実的なものは信じてないけどね?ものの例えだから。例え。

濡れてたっぷり重くなったボストンバックが、さらに俺の気を重くさせているのは間違いない。
預かった鍵でログハウスの扉を開ける。…なんかドアノブグラグラしてんだけど?

「………外見よりは、マシだな」
「………本気で言ってる?」

昼なのに薄暗い室内は、なんだかジメジメして埃っぽい気がする。電気をつけてみると、外の昼間の明るさに反して、小屋の中だけ温かみを演出するようなオレンジっぽい明かりが灯る。
天井はリビング部分が吹き抜けになっていて、広さはそこそこある。前野先生も言ってたけど、管理人が住んでた小屋ではあるから、小さなキッチンやトイレ、浴室、洗面所、あと家電も、型は古そうだけど一通りある。
…問題は使えるかだけど。

一歩を踏み出すと、床が「キィ…」と軋む。
…抜けないよね?

「なんかここ………出そう、だな」
「へ、へぇ〜?お前、そーゆーの怖いタイプ?」
「べ、別に怖くはない!ただの感想だ!」

玄関入ってすぐのリビングダイニングの奥には階段。おそらく吹き抜けの向こうに見える2階部分にベッドルームがあるのだろう。
入学式は明日。とりあえず寝床だけは確保しないといけない。
…あ。

「ベッドって、いくつあんだろ…」
「…」

一瞬の思案の後、2人同時に軋む床を蹴って階段に走る。

「どけよ!」
「お前こそ!」

先に気づいたのは俺だっつの!空気読めよ!!
階段の1段目に片足をかけながら、体当たりで身体を押し合う。ギシギシと辛そうに悲鳴をあげる踏み板。

「お前どんな馬鹿力だよ!落ちるってば!」
「お前こそ、肘が食い込んで痛いだろ!」

揉み合ったまま一段ずつ、階段を踏みしめていく。
ギシギシ。
木の板を踏み板として並べてあるだけの階段は急な重みに耐えかねたのだろう。
とうとうミシッと限界の音を上げた。そして。

パキッ、バキバキバキバキ

「「うわあああ!」」

ちょうど半分のところで、階段は派手な音を立て崩れる。
散らばった木の板と破片の中、呆然と座り込む俺たち。
…なんかもう、疲れた。

「…お前といると、ほんとロクなこと起きないわ」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやる!」

ツンとした吊り目で俺を見返す涼海。

───どんな奴でも、いつも通りテキトーに合わせとけばいける───。なんて思ってた数時間前の俺を殴りたい。
コイツ相手だと、自分にとって都合のいい“テキトーな距離”に持ち込めない…っていうか、表情やら空気やら読んでも全く無駄!バカすぎて通用しない!もうとにかくムカつく!

痛む足首を押さえながら、大きなため息を漏らした。

俺の高校生活、マジ終わったわ。