真鍮のドアノブを回すと軽やかな鈴の音色をしたドアベルが響いた。それと同時に焼いたパンの甘くてほのかに香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。一つ一つ丁寧にビニール袋に梱包されたパンたちが行儀よく陳列していた。
こちらにどうぞ、と女性が小さなテーブルと椅子が並んだイートインスペースを示す。古いけれど大切にされているのが伝わる木目が深い椅子に腰を下ろした。
棚に並んだパンに顔を寄せる碧にハッとして「触っちゃダメだよ!」と声をかける。はぁい、とすっかり機嫌を直した碧が小走りでこちらへ駆け寄ってくる。
「お母さん、これ良かったら」
女性が手のひらサイズのバスケットをテーブルの上に置いた。バスケットの中には1口サイズにカットされた様々な種類のパンが入っている。
「え、でもこれ」
「もともと試食用にカットしたものなんで気にしないでください。もうすぐ閉店ですし、出しても勿体ないだけなので」
もうすぐ閉店、という言葉を聞いて余計に恐縮した早苗。そんな早苗の様子に慌てた女性は、「碧くーん」と店内を探索する碧を呼ぶ。いつの間にか自己紹介は済んでいたらしい。
「お腹すいてるかな? このパン食べてもいいよ」
「チョコのパンあるぅ?」
「あるよ〜。これとこれとか、チョコのパンだよ。チョコチップが入ってて美味しいんだ」
金色のトングでバスケットの一番上に乗せた女性の親切心に「あ……」と呟く。碧が食べたがっているのはコンビニやスーパーで売っているスティックのチョコパンだ。思っていたものと違うものが出てくれば、また癇癪を起こすかもしれない。
どう伝えるかと思い悩んでいるうちに、椅子によじ登った碧はお手ふきでぱふぱふとと手を拭いたあと、「いただきます、ぱっちん」と手を合わせる。
泣き喚くことも変な顔をすることもなく、1番上のチョコパンを頬張る。「おいしいね!」と機嫌よく早苗を見上げて笑った。
「穂咲、ちょっとこい」
女性は穂咲というらしい。厨房の中から男性の声に呼ばれて「はーい!」とポニーテールを揺らして走っていった。
「ママたべないの? チョコのパンおいしいよ!」
「ママは、いい。碧が全部食べなさい」
「わーい!」
バスケットを自分のそばに引き寄せた碧は足をバタバタさせる。パクパクと碧の頬に消えていくパンをぼんやりと眺めていると、空いたスペースにコーヒーとオレンジジュースが置かれた。顔を上げると穂咲がお盆を持って笑っている。
「これ、お父さん──店長からです。こっちは本当のサービス」
へへ、とおどけるように笑った穂咲に、なんだか肩の力が抜けた。ガラス張りの厨房に視線を向けると、小難しそうな顔をした男性が眉間にぎゅっと皺を寄せて小さく頭を下げる。
「あの怖い顔がデフォルトなんで気にしないでください」
穂咲の解説に思わずプッと吹き出した。ありがとうございます、とお礼を伝えた声は今日一番落ち着いていた。
こちらにどうぞ、と女性が小さなテーブルと椅子が並んだイートインスペースを示す。古いけれど大切にされているのが伝わる木目が深い椅子に腰を下ろした。
棚に並んだパンに顔を寄せる碧にハッとして「触っちゃダメだよ!」と声をかける。はぁい、とすっかり機嫌を直した碧が小走りでこちらへ駆け寄ってくる。
「お母さん、これ良かったら」
女性が手のひらサイズのバスケットをテーブルの上に置いた。バスケットの中には1口サイズにカットされた様々な種類のパンが入っている。
「え、でもこれ」
「もともと試食用にカットしたものなんで気にしないでください。もうすぐ閉店ですし、出しても勿体ないだけなので」
もうすぐ閉店、という言葉を聞いて余計に恐縮した早苗。そんな早苗の様子に慌てた女性は、「碧くーん」と店内を探索する碧を呼ぶ。いつの間にか自己紹介は済んでいたらしい。
「お腹すいてるかな? このパン食べてもいいよ」
「チョコのパンあるぅ?」
「あるよ〜。これとこれとか、チョコのパンだよ。チョコチップが入ってて美味しいんだ」
金色のトングでバスケットの一番上に乗せた女性の親切心に「あ……」と呟く。碧が食べたがっているのはコンビニやスーパーで売っているスティックのチョコパンだ。思っていたものと違うものが出てくれば、また癇癪を起こすかもしれない。
どう伝えるかと思い悩んでいるうちに、椅子によじ登った碧はお手ふきでぱふぱふとと手を拭いたあと、「いただきます、ぱっちん」と手を合わせる。
泣き喚くことも変な顔をすることもなく、1番上のチョコパンを頬張る。「おいしいね!」と機嫌よく早苗を見上げて笑った。
「穂咲、ちょっとこい」
女性は穂咲というらしい。厨房の中から男性の声に呼ばれて「はーい!」とポニーテールを揺らして走っていった。
「ママたべないの? チョコのパンおいしいよ!」
「ママは、いい。碧が全部食べなさい」
「わーい!」
バスケットを自分のそばに引き寄せた碧は足をバタバタさせる。パクパクと碧の頬に消えていくパンをぼんやりと眺めていると、空いたスペースにコーヒーとオレンジジュースが置かれた。顔を上げると穂咲がお盆を持って笑っている。
「これ、お父さん──店長からです。こっちは本当のサービス」
へへ、とおどけるように笑った穂咲に、なんだか肩の力が抜けた。ガラス張りの厨房に視線を向けると、小難しそうな顔をした男性が眉間にぎゅっと皺を寄せて小さく頭を下げる。
「あの怖い顔がデフォルトなんで気にしないでください」
穂咲の解説に思わずプッと吹き出した。ありがとうございます、とお礼を伝えた声は今日一番落ち着いていた。



