黒のジャケットを好んで着るようになった僕は、色々な人間から言い寄られるようになった。
僕の明るい茶色の髪と透明感あふれる白肌に、黒は良く映えたからだ。
それなりに遊んでもみた。
だけど、結局、
大学を卒業する時、僕を見送ってくれる奴はひとりとしていなかった。

4月になり、僕は会社員になった。
真新しいスーツに身を包み、先輩と取引先を巡る日々。
青空は続き、街角にコンパス・ツリーの白がふっと見える頃、
僕は、誠実な同僚と恋に落ちた。
彼とは似ても似つかない、まるで熊のような大男。しかし心根はとても優しかった。

僕はその同僚、想いを寄せている自分に気付いた時、
自分の中でひとつ何かが終わったのだと思った。
僕は黒いジャケットを脱ぎ捨て、彼の影を脱ぎ捨て、人並みの幸せを手に入れる。
その想像にしばし酔いしれたその後にがく然とした。
僕はそう考える事で、まだ、彼への執着を引きずっているのだ -

彼は消えた。
まるでシャボン玉のような淡い微笑みひとつ残して。
もう彼と何を話したのか記憶も曖昧になっているのに。
ただ、
今年も白木蓮は北を向いて咲き誇り。白い鳩は統率され青空を飛ぶ。

踏み出さなければいけなかった。このクロスロードから。

もう一度、空を見上げる。
東京の空の色は薄く、薄情で、高層ビル群でさまざまな形にするどく切り取られ、
ひとつはぐれたかのように白い鳩が飛んで行った。

横断歩道の白線に踏み出す。メトロポリスのスクランブル交差点。
はらはらと散り始めた白木蓮の、花。

「久しぶり」