高校一年生の時、私はある出来事をきっかけに人を信じることができなくなった。信じていた人に裏切られ、深く傷ついた。それは、中間テストの結果が返ってきた日のことだった。私は、苦手な数学でクラス最高点を叩き出し、周囲から羨望の眼差しを浴びていた。しかし、その瞬間、中学時代からの親友だった美咲の顔が歪んだ。
「葵って、いつも一人でいるくせに、テストだけはいい点取るんだ。本当は私のこと、見下してるんじゃないの?」
美咲は、そう言い放ち、私がテスト前に必死で勉強していたことをクラス中に言いふらした。その言葉は、まるで鋭い刃物のように、私の心を深く抉った。信じていた人に裏切られる痛み、それは、まるで心臓を握りつぶされるようだった。
「あいつ、テスト前にカンニングしてたんだって」「やっぱりね、あんなに一人でいるやつ、性格悪いんだよ」
クラスメイトたちは、好奇の目に輝かせ、私を嘲笑った。机を叩く音、ひそひそ話、そして嘲笑の言葉が、教室の空気を重くした。「気持ち悪い」「キモい」そんな言葉が、まるで棘のように私の耳に突き刺さった。その嘲笑は、まるで冷たい雨のように、私の心を濡らし、凍らせた。親友だと思っていた人物からの酷い言葉と、クラス全体に広められた在りもしない噂は、やがて私の心の中に、決して消えることのない深い傷跡を残した。
その痛みは、私の中で膿のようになり、やがて人を信じることへの不信感へと変わっていった。あれから一年。私は高校二年生になった。友達を作ることもなくなった。クラスでは、まるで透明人間のように、誰にも気づかれない存在だった。誰かと話すことが苦手になった。人が集まる場所が嫌いになった。一人でいる方が楽だった。部活でも孤立していた。私の所属するバスケットボール部では、レギュラーから外されたことをきっかけに、チームメイトからの無視や陰口が始まった。体育館に響き渡るボールの音、シューズの軋む音、そして私の耳にだけ届く陰湿な言葉。「邪魔」「出ていけ」そんな言葉が、練習中の体育館に響き渡った。周りの目は冷たく、私を拒絶しているようだった。軽いいじめも日常茶飯事だった。教室では、毎日私の悪口が飛び交い、机には悪意のある落書きが刻まれた。教科書に隠された悪意のある手紙、そして背中に浴びせられる冷たい視線。まるで、私がそこにいないかのように。居場所なんて、どこにもなかった。私にとって、学校は苦痛でしかなかった。
家に帰れば、一人SNSにアクセスした。そこには、私の誰にも吐けない想いがたくさん綴られ、フォロワーさんとかから沢山のリプライがきていた。それが、唯一の捌け口だった。
「大丈夫?無理しないでね。いつも応援してるよ」
フォロワーさんたちの温かい言葉に、何度も救われた。時には、同じように孤独を抱えるフォロワーさんと、お互いの悩みを打ち明け、励まし合うこともあった。
「私も、誰にも言えない過去があって…」「でも、一人じゃないって思えるから、頑張れるんだ」
そんな言葉に、私は心の支えを見出していた。現実世界で傷ついた私の心を癒したのは、SNSの温かい繋がりだけだった。フォロワーさんたちの言葉は、私にとって暗闇の中の一筋の光だった。私は、彼らの言葉に励まされ、なんとか生きる希望を見出していた。SNSで出会ったフォロワーさんの中には、私と同じように過去に傷ついた経験を持つ人もいた。私たちは、互いの痛みを分かち合い、励まし合うことで、少しずつ心の傷を癒していった。そして、私は、再び人を信じることを学んでいった。SNSの画面越しに感じる温かい繋がりだけが、私を辛うじて現実世界に繋ぎ止めていた。
「今日も、学校で酷いこと言われた。もう、疲れちゃった…」
私は、そう呟き、スマホの画面を閉じた。暗い部屋の中で、私は一人、膝を抱えて丸くなった。窓の外では、街灯が寂しげに光り、私の孤独を際立たせていた。
そんなある日、私は図書室で一人の先輩に出会った。彼は私を見るなり私に優しく微笑みかけた。先輩の名前は、太智といった。図書委員をしていて、物腰が柔らかく、いつも穏やかな笑顔を絶やさない人だった。図書室ではいつも一人で本を読んでいて、周囲とはどこか違う、静かで落ち着いた雰囲気を纏っていた。先輩は、窓から差し込む光を背に、まるで絵画から抜け出してきたかのように美しかった。その笑顔に、私はなぜか惹かれてしまった。
太智先輩の笑顔は、私の凍りついた心を、ゆっくりと溶かしていくようだった。人を信じることを恐れていた私にとって、それは久しぶりの、温かい感情だった。
「また、明日。」
先輩は、そう言って私に手を振った。その手の振り方は、まるで私を温かく包み込むようだった。私は、彼の笑顔が忘れられなかった。それは、私にとって初めての恋心だった。
図書室は、高い書棚に囲まれ、静かで落ち着いた空間だった。埃っぽい本の匂いと、静かにページをめくる音だけが、微かに聞こえていた。窓から差し込む光が、埃っぽい空気中の微粒子を照らし出し、幻想的な光の筋を作っていた。先輩は、奥の窓際の席で、分厚いハードカバーの本を読んでいた。タイトルは『星の王子さま』だった。窓から差し込む光が、先輩の横顔を優しく照らし、まるで絵画のように美しかった。私は、その光景に目を奪われ、しばらくの間、時が止まったかのように立ち尽くしていた。
(あの時、先輩が読んでいた『星の王子さま』は、私たち二人の物語を予感させるものだったのかもしれない。孤独な王子と、一途なバラ。互いに惹かれ合いながらも、すれ違い、傷つけ合う。それでも、最後には、互いの大切さに気づき、再び寄り添う。そんな二人の姿は、まるで私たちを見ているようだった。)
そして、それは私と大智先輩との出会いであり、未来へ進むきっかけになっていった。過去のトラウマに囚われた私にとって、先輩の存在は、まるで暗闇に差す一筋の光だった。先輩と出会わなければ、私はずっと孤独なままだっただろう。先輩の優しさに触れ、私は少しずつ、人を信じることを学んでいった。それは、私にとって、長い冬が終わり、春が訪れたような、そんな温かい出来事だった。